【夏の日の想い出・龍たちの伝説】(1)

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聖子F(葉月F)はその日、情報処理の授業を受けていた。
 
「そういう訳でデータを電気信号として送る場合、伝送経路の近くで強い電界が発生したりして、ノイズが入ることがあります。それで電気信号を受けとった側では、受けとったデータが正しいかどうか検査をする必要があります。上位レベルではCRCといってもっと厳しい検査をするのですが、下位レベルでも“パリティ・チェック”というのをします」
 
「これはデータを送る時、各々のバイトにパリティビットというのを付加しておきます」
 
「例えば 11100000 みたいに1が3個・奇数の場合は1を付加して 111000001 にし、11001100 みたいに1が4個・偶数の場合は0を付加して 110011000 にします。するとパリティビットまで入れると必ず1の個数は偶数になる訳です。それで受信した側で1の数を数えてみてもし奇数だったら、伝送中の事故でビット落ちが発生したことが分かるので、再送を要求する訳です。これは偶数にするので偶数パリティと言いますが、奇数に揃える奇数パリティで運用される場合もあります」
 
と先生は言っていた。
 
聖子Fはノイズが乗るって、「そういうことをおざなりにしては困ります」というセリフを言おうとした時、近くで誰かがおにぎり食べてるのを見て、「そういうことをおにぎりにしては困ります」と、うっかり言っちゃうようなものかな?などと考えていた。
 

青葉は6月に『作曲家アルバム』の撮影で東京に出て来た後は、8月1-4日に出てきて、やはり私とラピスラズリと一緒に作曲家の先生たちの所を巡った。今回取材したのは下記の先生たちである。
 
山上御倉・吉住尚人・吉野鉄心・関沢鶴人
 
これで10月放送分まで確保できることになる。今回一気に4人の取材になったのは、8月分とと9月分をまとめて収録したからである。9月分は最初9月上旬に取材する予定だったが、夏休み中の方が中学生のラビスラズリは動きやすいので、8月下旬に撮影しようかという話もしていた、ところが8月23日にアクアのライブがあるので、私がその前後は時間が取れない。それで一時は8月12-13日頃にしようかとも言っていたのだが、青葉が8月1-2日に東京に出て来て、また12-13日に出てくるのも大変である。それで8月頭に2ヶ月分まとめてやってしまおうということになったのである。
 

今回は、まず前回の取材で積み残しになっていた、山上御倉さんを訪問する。先生は万葉歌人のコスプレをなさっていて
 
「僕の歌を何か歌ってみて」
といきなりおっしゃるので、町田朱美が
「銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も何せむに勝れる宝、子にしかめやも」
と答えて
「よしよし」と言われる。
 
先生は気さくな方で、田中晶星さんと似たような感じでリラックスして取材することができた。保坂早穂さんが歌ってヒットした『夜10時のシンデレラ』が指定されていたのでラビスラズリの歌唱でお聴かせしたが、先生は「君たち本当にうまいね」と言われ、ぜひアルバムにでも入れてと言われたので了承した。
 
吉住尚人さんは、ローズ+リリーのデビューのきっかけになった“お騒がせユニット”リリーフラワーズ(現在生死不明!)の後見人となっていた人である。1970-80年代にフォーク歌手として活躍した人だが、1990年代以降は作曲家としての活動が音楽活動の大半を占めている。リリーフラワーズは失敗だったが、その後売り出したベビーブレスはそこそこ売れたし、最近では芙蓉茶(ハイビスカス・ティー)という女性3人組をプロデュースしている。先生はベビーブレスが歌った『木恋湖の想い出』を指定しておられたのでラビスラズリに歌わせたのだが
 
「君たち本当にうまいね」
と言い、ぜひアルバムか何かにでも入れて欲しいと言われたので入れることを約束した。
 

吉野鉄心さんは今や演歌界の大御所である。上島先生が不祥事を起こして活動を縮小し、上田正さんも昨年末に亡くなって、現在吉野さんを超えるようなビッグネームは見当たらないし、それに続くのも海野博晃さんくらいである。
 
今回ラビスラズリに歌わせたのは、馬佳祥先生作詞・吉野鉄心作曲で雛田アケミが20年ほど前に歌った『裏磐梯の夜』である。町田朱美が
 
「私もアケミです」
と言うと
「おお、そうだった。ではぜひこの曲を君たちのアルバムに」
と言われてしまった!
 
関沢鶴人さんは現在はポップス・ライターとして知られ、多数のアイドル歌手にも楽曲を提供しているが、10年ほど前にピューリーズに楽曲を提供する前は演歌作曲家として知られていた。しかし最近ではほとんど演歌は書いていない。
 
「なんか僕はもう洋楽の頭になってしまって演歌のメロディーが出て来ないよ」
などとおっしゃる。
 
ラビスラズリに歌わせたのはそのピューリーズが歌った、先生の記念すべき最初のポップス作品『舞い戻ったカモメ』だったのだが、ラピスが本当に良い歌唱をするので、またまた「ぜひこれを君たちのアルバムに」と言われてしまった!
 

そういう訳で、ラビスラズリは各先生から「ぜひアルバムに」と言われた作品を収録するため初アルバムを出すことになった。収録作品は下記である。
 
『恋のバカンス』(ザ・ピーナッツ/岩谷時子作詞・宮川泰作曲)←東堂千一夜
『黒潮』←木ノ下大吉
『駆けるスカイロビン』←東郷誠一
『港町・恋の町』←山本大左
『四つの鐘』(with 雪渡知香・新里好永)←すずくりこ
『涙のロックンガール』←松居夜詩子
『みちのく恋の花』←海野博晃 (八雲春朗作詞作品で高倉竜が歌い2014RC大賞の金賞受賞)
『愛の白い時間』←後藤正俊
『原宿行進曲』←田中晶星
『夜10時のシンデレラ』←山上御倉
『木恋湖の想い出』←吉住尚人
『裏磐梯の夜』←吉野鉄心
『舞い戻ったカモメ』←関沢鶴人
 
アルバムタイトルは『懐メロVol.1』である。多分Vol.2を作ることになる。
 
なお、下記の先生の指定曲はシングルに収録した。
 
『赤いセンターライン』←東堂千一夜
『夢見るからくり人形』←東城一星
 

秋風コスモスは、私の所に来て、ラビスラズリの“ファーストアルバム”がカバー曲構成になるのは良くないと言った。私もそう思ったので、話し合った結果、オリジナル曲で構成したアルバムを先に作り、その後で『懐メロ』をリリースしようということにした。
 
それで8月中旬から9月中旬まで1ヶ月ほど掛けて、ラピスラズリの初オリジナルアルバム『紫色の光』を制作したのである。
 
楽曲はラピスラズリのメインライターである花園光紀さんが3曲提供してくれた(花園光紀は実は3人の作曲家の共同ペンネーム)ほか、私(マリ&ケイ名義)、千里(琴沢幸穂名義)、花ちゃん(紅型明美名義)、秋風メロディー(阿木結紀名義)、青葉(大宮万葉名義)、が1曲ずつ書いた上で上島先生にも1曲お願いし、松本花子作品・夢紗蒼依作品・桧山羽麗作品を1曲ずつ入れて12曲にした。
 
伴奏については、ちょうどKARIONのアルバムの伴奏収録が終わっていたトラベリングベルズにお願いした。全体的な指導も黒木さんにお願いしている。(10月28日発売)
 
そして続けて9月中旬から10月上旬に掛けて『懐メロVol.1』の制作をした。こちらの伴奏は、マリナの出産時期に掛かるローズクォーツにお願いした。ローズクォーツは元々懐メロが大得意なので、監修も彼らにお願いした。普段無口な(実はリーダーである)マキが若い2人に
 
「いや、ここはこういう感じなんだよ」
 
と熱心に指導し、(恐らく)オリジナル曲が好きな人たちにも受け入れられる作品群に仕上がったようである。結果的にラビスラズリは、年齢の高い層にも知名度が広がることになる。(11月11日発売)
 

ところで丸山アイは7月にそれまで住んでいた大田区内のマンションを引き払い、中野区の城崎綾香のマンションに引っ越したのだが、その時、綾香に言われて、しぶしぶ綾香がいうところの“ガラクタ”を処分することになった。
 
何やら怪しげなものが多い。
 
空中歩行器は千里に渡したが、千里は粗大ゴミに出しちゃった!
 
地球破壊爆弾はアクアに渡したがアクアは《こうちゃんさん》を呼んで「危ないから、どこかに捨てて来て」と言ったので、彼は太陽の中に放り込んできたらしい(しばらく黒点として観測された!)。
 
自動性転換機M→Fは城島ゆりあにあげた。「私今更手術するつもりないし」などと言っていたが「これは痛くない(はず)だから」と言うと、おそるおそる股間に装着して両手でスイッチを入れる(片手ではスイッチが入らない仕組み)約1時間ほどの後、無事女性になることができて「夢みたい」と喜んでいたので、アイは、人を喜ばせるのは良いことだと思った。
 
自動性転換機F→Mは、Rainbow Flute Bandsのマイクにあげた。彼は喜んで股間に装着し、スイッチを入れた。2時間ほどで、女の股間が男の股間に変化したので「嬉しい!ちんこは素敵だ。女の子とセックスしまくろう」などと言っていた。アイは、本当に人を喜ばせるのは良いことだなと思った。
 
自動オナニーマシンの女性用は音羽に渡したら「これいい!もう1個ほしい」となどというので、急遽もう1個制作して渡した。音羽と光帆で楽しんでいるようである。アイは、やはり人を喜ばせるのは良いことだと思った。
 
自動オナニーマシンのふたなり用はフェイにあげた。実際これを使える人はフェイくらいしか思い当たらなかった。フェイも「これいいね」と言っていた。
 
「ところでこの箱に書いてあるAOMって何?」
「ああ、Automatic Onanism Machine だよ」
「へー。英語ではオナニズムなのか」
「そうそう。Onanie はドイツ語」
 

大量に製造してしまった、自動オナニーマシンの男性用は、ムーラン建設の作業員さんたちにでも使ってもらってと若葉に言い、まとめて彼女にあげたが若葉はアイの言う事故率0.1%というのを信用せず、全廃棄したようである。全部若葉に渡したつもりが1個、棚の隙に落ちていて、それを見たキャロル前田(引越の手伝いに来てくれていた)が
 
「ボク去勢した後もわりと立ってたんですけど、最近全然立たなくなっちゃったんですけど、これなら逝けますかね?」
 
と尋ねた。
 
「あげるから試してみなよ」
とアイが言うので自宅に持ち帰って使ってみた。
 
それで彼は2年ぶりくらいに性的な絶頂を経験することになる。それで恍惚の気分になっていたら突然激しい痛みがする。
 
何が起きたんだ?と思って見てみたら、ちんちんが切れてる!
 
「うっそー!?」
と思ってアイに電話したらすぐ来てくれた。すぐに麻酔を打って取り敢えず痛みが無いようにする。
 
「ごめーん。希に事故が起きることがあるって言うの忘れてた」
「ちんちん切れちゃったんですけど、どうしたらいいですかね」
「キャロルちゃん、ちんちん要らないんでしょう?」
「将来は女の子になりたいけど、まだ心の準備が。それに半分だけ切れて半分残っているのは困ります」
 

「じゃ治療してあけるよ」
「お願いします」
 
それで横になる。
 
「治療して女の子の形にする?男の子の形にする?」
「あのぉ、男の形にしてちんちんはあるけど玉はない状態というのできます?」
「できるよ。ヴァギナは作る?」
 
「どうしよう?」
「悩むなら作ってあげるよ」
「え〜〜!?」
 
そういう訳でキャロル前田は、ちんちんもヴァギナもある状態に改造されてしまった。(ほとんどアイの実験台にされている)
 
「卵巣もあるから、生理の処理は毎月ちゃんとしてね」
「え〜〜〜!?」
 
「あと男の子とセックスする時は妊娠したくなかったらコンドーム付けさせること」
「ボクが妊娠!??」
と彼は焦ったように言う。
 
「すみません。まだ心の準備ができないので、せめて妊娠しないように」
「仕方ないなぁ」
 
それでアイは再度彼の性器を調整する。いったん完全な女にした後再度完全な男にし、再度女に変える途中で停めて、ペニスはあるが睾丸は無く(正確には睾丸が卵巣に変化する直前で停めたので未分化の性腺がある)、浅いヴァギナのみある状態にした。浅くてもこの程度なら男性とのセックスは充分可能なはずである。
 
「ああ、このくらいは素敵です」
と彼は喜んでいた。バストも膨らみかけの感じだし撫で肩でボディライン自体は以前より女性的になったので、わりと気に入ったようである。
 
「やはり人が喜ぶようにするのはいいなあ」
とアイは思った(AOMが事故を起こしたことは既に忘れている)。
 

その日、うちのマンションにまたまた雨宮先生が、お酒を飲むのを目的に?来訪していた。この日は偶然にもコスモスとアクア・葉月にエレメントガードのリーダー・ヤコも来訪していた。ちなみにマリは“サワークリーム食パン”に出かけていた(竜木マネージャーがドライバー兼監視役で付いて行っている)。
 
先生はアクアにも
「あんた高校卒業したんだからいいでしょ?付き合いなさいよ」
と言ったが、コスモスが
 
「20歳になるまではダメです」
 
ときつく言ったので
 
「あんた本当に偉そうだ」
 
と文句を言いながらも諦めた。ちなみに私もコスモスも飲まないが、ヤコは結構いけるので(コスモスの承認のもと)
「このウィスキー美味しいですね」
などと言って相伴していた。
 
先生たちはサントリーの“響(ひびき)”Japanese Harmony を飲んでいたのだが、元々残り少なくなっていた(先日、トラベリングベルズの黒木さんとスターキッズの鷹野さんがかなり飲んでいった)ので尽きてしまう。それで先生は「もう1本開けよう」と言って、勝手に棚からボトルを出してくる。
 
それで開けて飲み始めるが
「あれ?味が違う」
と言う。
 

それでよく見ると、それはサントリーの“響(ひびき)”ではなく、サラバーンの“饗(うたげ)”であった。
 
「ボトルが似てるから間違えた!」
「響と饗って字も似てるし」
「サントリーもサラバーンもSで始まっているし」
 
「いや、“饗”も充分美味しいんだけどね」
「さすがに“響”と比べると分が悪い」」
 
「先生、ボトルを間違えるほど酔っておられるなら、そろそろご帰宅なさっては」
と私は言ったが、先生は
 
「まだ大丈夫。アクアが2人に見えるようになったら危ないけど」
などと言っておられる。
 
私はほんとうにもう1人のアクアをここに呼ぼうかと思った。
 

「そういえば昔、アメリカのTVドラマシリーズで『スパイ大作戦』というのがあってさ」
と先生はどうも長話になりそうな話を始めた。
 
「君もしくは君のメンバーが捕らえられ、あるいは殺されても当局は一切関知しないのでそのつもりで。このテープは自動的に消滅する、という指令の声もうけたんだけどね」
 
「あ、それは聞いたことある」
とアクアも言った。
 
「政府の非公開組織 IM forceというのが、毎回様々な指令を受けて秘密工作をする。リーダーはピーター・グレイプス演じるジム・フェルプスで、4〜5人の少数精鋭で指令を実行する。このチームのチームワークがまた素晴らしいんだな」
 
「へー」
 
「それである時受けた指令がさ、反戦政治家が、米軍の派兵地での違法行為を暴いて、米軍を撤退させようとしていた。それを妨害しろという指令」
 
「その指令には賛成できかねるなぁ。戦争はやめるべき」
とヤコが言うが
 
「まあお話だから」
と雨宮先生は言う。
 

「その政治家は、派兵地での米兵の過剰行為を録画したフィルムを入手していた。しかしそのフィルムに映っている内容だけでは、違法とまではいえず、国会に政府追及の証拠として提出するには弱い。そこでその先生は俳優を呼んでさ、あたかもそのフィルムの続きであるかのように装い、もっと酷い行為をしている場面を撮影するんだよ」
 
「捏造(ねつぞう)ですか?」
 
「本物に続く場面だから本当のように見える。その先生としては、海外派兵はよくない行為だから、それをやめさせるためには多少の不正はしてもいいと考える」
 
「辞書通りの確信犯ってやつですね」
「そうそう。“確信犯”ということばは、概して誤用の方が多い」
と言って、先生はアクアを見ながら
 
「アクアはしばしば出がけにズボンが見つからなかったという言い訳で、今日みたいにスカート穿いて出歩いているけど、それ絶対確信犯だから、なんていうのが誤用の方だな」
などと言っている。
 
「ほんとに見つからなかったんですよぉ」
「はいはい」
 

「それでIM Forceがやったのはさ、その俳優を使って撮影している場面をこっそり撮影しちゃうんだよ」
 
「ああ」
 
「それでその政治家が、国会の委員たちにそのフィルムを見せる。前半は本物で、委員たちも、かなり難しい顔をしている。そして後半になると、みんな『これは酷い』と口々に言う。このまま行けば、国会は政府に対して即時撤退を求めるだろうという雰囲気。ところがそのフィルムが終わった後に、IM forceのメンバーが撮影したメイキング映像が流れちゃうんだな」
 
「なるほどー」
 
「委員たちはみんな大笑いして『なーんだ』と言って帰っちゃう。それでその先生の政府追及は失笑を買っただけで空振りに終わる」
 
「それは色々考えさせられるお話です」
 
「世間では割と、本物に偽物を少しまぜて、全て本物であるかのように売る手法がある。でも偽物が混じっていることがいったん知れると、全てが偽物ではないかと世間の人は思う。たとえ実は本物が大半だったりしてもね」
 
「それ、不祥事をした警官が発覚すると、警官はみんな不祥事してるのではと思われるのと似てますね」
 
「そうそう。実際はほとんどの警官は真面目で仕事に誠実なんだけどね」
 

そんな話をしていた時に、家電(いえでん)が鳴る。多くの場合、友人からの連絡や仕事関係の電話は携帯に掛かってくるので、家電は珍しい。私は受話器を取ると「はい」とだけ答えた。
 
「あ、ケイちゃん?私、松崎ノエルです」
「久しぶり!」
 
プリマヴェーラの夢路カエルである。
 
「私のアドレス帳のケイちゃんの携帯番号が古すぎる気がして。レイナ(プリマヴェーラの相棒・諏訪ハルカ)に聞いても自分のも古いかも知れないというから、八雲課長に電話して、家電の番号だけ教えてもらった」
 
「ごめんねー。だいたい半年に1度は携帯の番号変えてるから」
「大変だね!それで申し訳無いんだけど、そこに雨宮先生いたりしない?」
「いるけど」
 
「よかった。実は会う約束してたんだけど、なかなか来ないもんだから。あちこち電話しまくっていたら、**さんがお昼頃遭遇して、確かケイさんの家に行くって言ってたよと言ったから。本人も誘われたらしいけど断ったらしくて」
 
「ああ、飲み仲間が欲しかったんだな」
 
会う約束というのは、つまりデートだろうなと思った。彼女と雨宮先生の付き合いは長い。いったん別れていたと思ったが、また復活したのだろう。
 
「じゃ代わるね」
 
それで雨宮先生は彼女と話す。
「ごめーん。うっかりしてた。今どこに居るの?OKOK。じゃ1時間後にそちらに行くよ」
と言って切る。
 
「誰か、私を越中島(えっちゅうじま)駅まで送ってくれない?」
と先生が言うと、コスモスが
 
「私がお送りしますよ。ケイちゃん、申し訳無いけど、アクアと葉月をこの子たちのマンションまで送ってあげてもらえない?」
と言った。
 
「いいよ」
 
(この時期、葉月はアクアのマンションに同居中)
 

それでコスモスが
「じゃ出ましようか」
と言うと、雨宮先生は腰を下ろしてしまう。
 
「越中島駅までは20-30分で行くから、あと30分飲む」
などとおっしゃる。
 
ヤコが心配して言った。
 
「先生、デートなんでしょ?あまり飲み過ぎるとあちら出来なくなったりしません?」
「平気平気。私のはウィスキーボトル2本くらい空けても立つから」
「酔いすぎて間違ってウィスキーボトルの穴に入れちゃったりして」
「そういう失敗は3回くらいしかしたことはない」
 
間違ったことがあるのか!?
 
「そもそも睾丸が無いのによく立ちますね」
とコスモスが呆れるように言う。
 

「立てるのは気合いよ」
などとおっしゃっている。
 
「そうだ。アクアも葉月も睾丸取っちゃったから、女の子と寝る時は気合いでちんちん立てなさい」
とまで言う。
 
「どういう気合いなんです?」
とアクアも呆れたように答える。
 
「普通は睾丸が無いと、ちんちんは立たない人が多い。でも立つ人もある。私みたいにね。それはひとつは、ちんちんが立つと思い込むこと」
 
「自己暗示ですか」
 
「そうそう。MTFの人の多くは去勢した後、立たなくなる。それは自分はもう去勢したから、勃起しなくて済むという精神的な安心感が勃起を阻むんだよ」
 
「へー」
 
「だいたいEDの原因の大部分は精神的なもの」
「それはそうでしょうね」
 
「だから去勢していても毎日ちゃんとオナニーしていれば立つよ」
「毎日するんですか?」
とアクアが訊いている。
 
「普通の男は毎日オナニーしている。あんたオナニーなんてしてないでしょ?」
「週に1回くらいはしてますよ」
とアクア。
 
「それはしてる内に入らない。でも睾丸がたとえ無くても毎日オナニーしてればちゃんと勃起能力は維持できるよ」
と雨宮先生。
 
「そんなものですか?」
「それプラス自分はちゃんと立つと思い込むことだね」
 
「なんか哲学的な話だ」
などとヤコは言っている。
 
「ヤコちゃん、あんただって毎日してれば立つようになるよ」
「立てるものが存在しない場合は、どうすれぱいいんでしょう?」
「最近は、ちんちん要らないという男の子が多いから、譲ってもらえばいいね」
「まあドナーは多いかも知れませんね」
 

今年は多くの学校が8月24日から授業を開始したのだが、聖子F(葉月F)の学校では、元々出席日数が危ない生徒が多いこともあり、8月17日には授業を再開した。聖子Fはその日、生物の授業を受けていた。
 
「そういう訳で、メンデルの遺伝の法則をまとめると(1)優性の法則、(2)独立の法則、(3)分離の法則、という3つの法則にまとめられる。これをきれいに表すものとして血液型の遺伝問題がある」
 
と言って先生は図をプロジェクタでホワイトボードに投影した。
 
「血液型を決める遺伝子は“主なものに”A因子、B因子、O因子がある。これは人間のゲノムの第9染色体上に存在しているが、人間のほとんどは2倍体(diploid)なので、この遺伝子情報を2個持っている」
 
「これは母親由来つまり卵子から来たものと父親由来つまり精子から来たものと2個だな。それで2種類の因子を持ち、因子にはABO3種類があるので、血液型遺伝子の組合せは、AA, AB, AO, BB, BO, OO の6種類ができることになる。数学でいうと、3個から重複を許して2個を取る組合せの数 H(3,2)=C(3+2-1,2)=C(4,2)=(4×3)/(2×1)=12/2=6 だ。しかしここでA型因子とB型因子はO型因子より“優性”なので、AAもAOもA型になり、BBもBOもB型になる。ここに優性の法則が出ている」
 
と言って、先生はプロジェクタで表示した図を指し示した。
 

 
「分離の法則が出るのはこういうケースだ」
と言って、先生は別の図をプロジェクタで表示した。
 

 
「このケースでは第2世代ではAO,BOの子供ができているが、優性の法則によりO型遺伝子は発現せず、どちらもA型・B型になっている。ところが第3世代になると、O型の子ができて、お祖父さんだかお祖母さんの血液型が再現している。俗に言う隔世遺伝という奴だな。しばしば霊感とか、音楽的才能とか、その手のものが隔世遺伝で現れる。つまりそういう能力は優性ではなく劣性遺伝なのだろうと思う。沖縄の伝統的信仰の巫女であるノロはしばしばお祖母さんから孫娘へと継承されたらしい。孫の世代にそういう能力を持った人が現れていたからだと思う。室町幕府も江戸幕府も幕府創立者の子供は大したことないが、孫の足利義満、徳川家光は凄かった。こういうのも多分隔世遺伝なんだろうな」
 
と先生は生物の授業の範囲から飛び出すことまで話していた。
 
そういえばケイ先生のお母さんは音楽苦手だけど、お祖母さんは民謡の家元だったとか言ってたなあ、などと聖子は思っていた。あれも隔世遺伝なのだろうか。
 
ここで手を挙げる子がいる。そして
 
「アルセーヌ・ルパンの孫のルパン三世に泥棒の才能が現れたのも隔世遺伝でしょうか?」
などと質問するのは、例によって紀子である!すると先生は平然として
 
「金田一耕助の孫が名探偵になったようなものだな」
と答えた!
 

私は8月23日のアクア・ライブに先立ち“実情”を確認しておく必要を感じて、その日、千里2が住んでいる葛西のマンションを訪れた。
 
(現在、千里3(+1)はさいたま市のマンションに、京平君、青葉の婚約者・彪志君と3人で暮らしている。桃香は早月ちゃん・由美ちゃんと一緒に高岡の実家にいる。京平君だけこちらに来ているのは、幼稚園に通うためである)
 
「ぶっちゃけた話さ、龍虎って今基本的にはMとFの2人だけど、たまにNが実体化して3人になっていることがあるみたいなんだけど、何か法則性あるの?」
 
「別に無いけど」
と千里2は、さすがにガードが堅い。
 
「いや、8月23日に生ライブするからさ、一応前半と後半を分担して歌わせるつもりなんだけど、ライブ中に分裂したり合体したら困ると思って」
 
千里は少し考えていたが、言った。
 
「桜木ワルツと和城理紗は察しているみたいだけど、冬は気付いてなかったか。山村マネージャーも気付いてないみたいだしね。龍虎の分裂と西湖の分裂は連動している」
 
「そうなの!?」
 
「そして私の分裂と龍虎の分裂はシンクロしている」
 
「連動とシンクロってどう違うわけ?」
 
「私の分裂と龍虎の分裂は無関係なんだよ。ただお互いに関わりが深いから、影響される。誰かがくしゃみしたら、近くの人もつられてくしゃみするようなもの」
 
「龍虎と西湖は?」
「私も不確かなんだけど、どうも2人で4人分のエネルギーを共有しているみたいなんだよ。だから、龍虎が3人になると西湖は1人になり、龍虎が2人になると西湖も2人になる」
 
「へー!」
と私は感心した。
 
「龍虎が1人に戻ったら葉月が3人?」
「いや。葉月も1人になると思う」
「残りの2人分のエネルギーは?」
「どこかに行く」
「うーん・・・」
 

千里は立ち上がって、窓の外を見ながら言った。
 
「コスモスちゃん、龍虎、山村、と一緒に一度詳細を打ち合わせない?きっと今回のアクアのライブはアクアが2人の状態でのラストライブになる」
 
「統合は近いということ?」
「11月か12月までには統合されると思う」
と千里は言った。
 
「どちらが残るの?」
「どちらも残るよ」
「2人のままなの?」
「いや1人になる」
「意味が分からないんですけど!?」
 
「まあその時になったら分かるよ」
と千里は言ったが最後にこう言った。
 
「イベントの時にアクアが3人必要なら、ちゃんと3人になるようにこちらでコントロールするから」
 
「ありがとう。頼む」
 

私はコスモスとも話し合った上で、コスモス・千里・私・山村に、佐藤ゆか・大崎志乃舞の2人も連れて、その日、龍虎のマンションに集まった。
 
龍虎のマンションに来てみると、アクアが2人いる。
 
「嘘!?アクアさんって双子だったんですか?」
とゆか・志乃舞が驚いていると
 
「ボクだよーん」
と言って葉月がフェイスマスクを外した。
 
「びっくりしたぁ」
 
「これ少年探偵団で使っている差分フェイスマスク。本人の顔と偽装する人の顔を各々立体スキャンして、コンピュータで差分を計算して、その人が装着することで、偽装する相手の顔に見えるようにできてるんだよ。瞬きもするし視線も移動するから結構自然」
 
「すごーい」
 
「明るい所で見るとさすがにすぐバレるけど、ステージの上でなら誤魔化せると思う」
「ああ」
 
それで、ゆかと志乃舞も自分たちが何をするのかを悟ったようである。
 
「鼻の位置は動かせないから、それを中心として配置換えしてる。目の所が見にくいから、楽譜を見ながら演奏するのはちょっときつい。暗譜しておくことが必要」
「それは大丈夫ですよ」
 
「それで今回のライブでこういう演出をしようという訳」
と言って、私は彼女たちに、コスモス・私・アクアたちの4人で話し合って決めた演出を説明したのである。
 
「そうか。それで私とゆかちゃんが呼ばれたのか」
と大崎志乃舞は言った。
 
「これには、ヴァイオリンの弾ける子が3人必要だからね。ひとりは葉月が務めるけど、あと2人をゆかちゃんと志乃舞ちゃんに頼みたい」
 
「分かりました!」
 
「歌う方の代役さん2人は君たちとはまた別途頼んでいるから」
「アクアさんがウヨウヨですね」
 

2020年8月23日(日).
 
この日のイベントで、午前中に行われた§§スターズの公演(無料放送)では冒頭のラピスラズリの視聴率が物凄かった。朝8時からの放送というのにいきなり500万回線(あけぼのテレビ)+110万回線(★★チャンネル)接続され、技術者たちが焦る。★★チャンネルは本来100万回線しか同時接続能力が無いので実はいったんダウンしたのだが、フレームレート(**)を落として1分後に再開し、何とか持ちこたえた。結果的にはこれが本番の予行練習にもなった。
 
ラピスラズリの後は、あけぼのテレビが200万回線、★★チャンネルが50万回線くらいに落ち着いたので、★★チャンネルも本来のフレームレートに戻して配信を続けた。
 
(**)動画というものは基本的にはパラパラ漫画の原理であり、短時間に多数の画像を表示して動いているように見せている。この表示速度をフレームレート(Frame rate)と言い、通常のカラーテレビでは1秒間に約30枚で 30Hz といい、劇場映画では1秒間に約24枚で 24Hz という。映画とテレビの速度が違うので、劇場映画をテレビで放送する場合、余分なフレームを適宜挿入して速度を合わせる必要がある。あけぼのテレビは番組を在来テレビ局と融通しあうこともあるので、在来テレビ局と同じ撮影速度で番組を制作している。
 
(正確には30Hzではなく29.97Hz(30000/1001)、24Hzではなく23.976Hz (29.97×0.8)である。こういう微妙な速度になっているのは、音声信号と画像信号が干渉しあわないようにするためである)
 

この前座のライブはアクアの本番が行われる深川アリーナではなく、大田区のあけぼのテレビのスタジオを使用している。
 
多数のアーティストが演奏するため毎回消毒が必要なので、2つのスタジオを交互に使用し、次の人が歌っている20分間に“お掃除ルンバ隊”により、消毒と清掃を行うのである。その様子もサブチャンネルで視聴することができる。
 
11:00-11:30の30分間はお休みで、その間はアクアの過去のPVが流されたのだが、これがまた凄い視聴率で技術者たちを焦らせる。
 
11:30-13:30の第2部は有料放送だが、定額料金で見られるので視聴率は高かった。白鳥リズムで500万回線+90万回線、姫路スピカでも400万回線+80万回線来たので技術者たちは、万一の場合に備えながら様子を見守った。
 
13:30-14:00の30分間はお休みで、ラピスラズリが『作曲家アルバム』で様々な作曲家先生の前で歌ったビデオ(〒〒テレビに放映権料を1000万円払っている)を流し、テロップで14:00からのアクアのライブは定額視聴料では見られないので特別視聴料(視聴チケット)が必要であることを案内する。ラピスラズリなので視聴率が凄いが、この時間帯にアクアライブの視聴チケットを購入した人の累計が推定400万人に達し、本番はかなり凄い視聴率になることが予測される。
 
(決済は1ヶ月以内にすればよいしチケット購入自体もホストとの通信は不要である。ホストが空いた時に順次処理される:未処理でもちゃんと視聴できる。ローソンチケットの源流会社のひとつの設計に関わった後藤さんの設計が生きている)
 

14:00.
 
深川アリーナに大きな歓声が響く。
 
深川アリーナには5000個の椅子が並べられ、1000個のプロジェクター(+PC)と4000枚の書き割り(ファンから送ってもらった写真をボール紙に印刷したもの)が並べられている。スピーカーから歓声も響く。
 
液晶パネルと違ってプロジェクターで映した映像は、どの角度からでも見られるので「はめ込み合成」する必要がない(震災イベントの時に大量の大型液晶パネルが確保できなかったために取った苦肉の策が、結果的に怪我の功名となった)。技術的にはプロジェクター側のフレームレートがこの番組撮影のフレームレートより速ければきれいに映る。実際にはプロジェクタは60Hz, 番組撮影は約30HzなのでOKである。
 

司会役の川崎ゆりこが振袖姿でステージ端に姿を現し
 
「それではこれよりアクア・オン・ステージ“龍たちの伝説2020夏”を開始します」
と開会の宣言をした。
 
深川アリーナの緞帳がアップするのと共にエレメントガードの伴奏が始まる。最初の曲は『ぼくのアクア』である。そしてステージ下手から、“アクアのアクア”を運転してアクアが登場すると、会場は物凄い歓声である。
 
この歓声は予め抽選で選んだファンクラブ会員1000名(男女500人ずつ)の所にマイクを設置してリアルタイムでスピーカーで流しているものである。会場の座席上のモニターに映っている1000人とは別である。
 

中央までゆっくり走って来た“アクアのアクア”の運転席から、可愛い、白いドレス姿のアクアが降りると
 
「うっそー!?」
という驚きの声。そして
 
「可愛い!」
という歓声が響く。
 
アクアが女の子衣装を着けてライブステージに登場したのはこれが初めてである。
 
「とうとうアクアが女の子になったことをカムアウトか?」
などという書き込みがネットを走る。
 
視聴率は高まり、当初300万回線でスタートしたのがわずか5分で600万回線まで跳ね上がる(その間に200万人以上が視聴チケットを購入してくれたことになる)。
 
★★チャンネルが一時的にダウンする!がラピスラズリの時に一度やっているので、またフレームレートを落として3秒で復旧させる。すぐ復旧したので、あけぼのTV側に流れる人は無かった。そもそも有料放送なので、みんな簡単には移動できないのがこういう時に効いている。なだれ現象が起きたら共倒れする。こういう番組は絶対無料放送できない所以(ゆえん)だ。(ラピスは油断していた)
 
女の子衣装を着たアクアはその後、比較的最近リリースした曲から『ぼくたちは兄弟姉妹』『あの雲の下に』『ラブ・キャンディ』といったナンバーをとても可愛く歌う。
 
その姿は少女歌手にしか見えない。更に
 
「これ北里ナナさんの歌なんですけど、カバーで」
などと言って、『青い城の姫』『白雪姫』『少女の祈り』などナナ名義の曲を5曲、やはりとても可愛く歌った。
 

ともかくも前半は“可愛い女の子アクア”であった。
 
「アクアちゃん、女の子になったの?」
という声も会場では掛かったが、アクアはそれには答えなかった。普通の質問には、
「お昼何食べた?」
というのに
「モスバーガー食べたよ」
とか
「そのドレス可愛いね」
というのに
「キクチヒロエさんのデザインだよ」
とか答えていたが、性別に関する質問には何も答えなかった。結構MCもしていたのだが、自分の性別については何も言及しなかった。
 

司会の川崎ゆりこが「10分間お休み頂きます」と言って、緞帳(どんちょう)が下りる。その緞帳の前に最初、白鳥リズムと姫路スピカがお揃いのセーラー服を着て出て来ると「偽ラピスラズリでーす」などと言う。観衆はけっこう喜んでいる。そして2人のギター弾き語りで『亜麻い雨』を歌う。その後、本家ラピスラズリがお揃いの瑠璃色のドレスを着て登場し、カラオケで『夢見るからくり人形』と『赤いセンターライン』を歌った。
 

ラピスラズリが退場した後、緞帳は静かに上がる。
 
ステージ上に6人のアクアが並んでいるので騒然とする。前方に2mくらいずつ空けて3人、後方、少し高い段になっている所に3人、間隔を空けて並ぶ。
 
現在接続回線数は700万回線近くまで到達している。在来テレビの視聴率に換算すると14%くらいに相当する物凄い視聴率である。万一それを越えると配信のフレームレートを落とさざるをえなくなる。(ネットテレビでは過去にabema TVが1400万回線という数字を出したことがあるらしい)
 
後方の3人はドレス姿だが、ドレスの色は赤・黄・青の3色である。前方の3人はピンク・ホワイト・アクアの3色のパンツスーツを着ている。カメラが1人1人にズームするので、スーツの前合せは男性用の右前であることが分かる。そして後方のドレスを着た3人のアクアは全員ヴァイオリンを持っている。
 
後方の3人のアクアが頷き合い、最初に赤いドレスのアクアが、ミーレードーシー・ラーソーラーシー (キーはD-majorなので実音は2度上)とヴァイオリンで『パッヘルベルのカノン』の冒頭を弾き始める。そこまで2小節演奏したところで黄色いドレスのアクアが、やはりミーレードーシーと演奏し始める。また2小節ずらして青いドレスのアクアが演奏し始める。そして2小節行った所でピンクのスーツのアクアが歌い始める。2小節行くとホワイトのスーツのアクアが歌い始め、更に2小節ずらしてアクア色のスーツのアクアが歌い始める。
 
2年前のミニアルバムに収録した『6人のカノン』である。
 
3つのヴァイオリンと3人の歌唱が美しい世界を紡ぎ出す。
 
観客は声を出すのも忘れて静かにその演奏に聴き惚れていた。
 

演奏が終わると物凄い歓声と拍手が起きた。
 
6人のアクアがお辞儀をする。
 
後方に立っていたドレス姿のアクアの内のひとり、青いドレスのアクアが、ステージ先端までヴァイオリンを持ったまま出てくると、顔の端に手を掛け、“フェイスマスク”を剥ぎ取る。
 
すると、それが佐藤ゆかであったことが分かり、会場はどよめきに包まれる。
 
「ゆかちゃーん!」
などという声も掛かるので、ゆかが会場のモニター群に向かって手を振る。
 
そしてゆかは退場する。
 
これで6人のアクアというのは、本物のアクア1人とフェイスマスクを着けて偽装している5人だったのだろうというのを、観覧している人たちは想像した。
 

5人のアクアが残る。後方に残っている2人のドレス姿のアクアが前方に出てきて、5人並ぶ。
 
ピンクスーツ、赤いドレス、ホワイトスーツ、黄色いドレス、アクアスーツ
 
という5人である。間隔は各々2mほど空けているのでステージ上で横に広く広がっている。
 
『5足の靴』を歌う。5人のアクアが履いている靴も各々のドレス・スーツと同じ色である。ただしドレス姿のアクアはパンプス、スーツ姿のアクアはローファーを履いている。
 
これのオリジナルは、アクア、桜野みちる、品川ありさ、高崎ひろか、川崎ゆりこの5人で歌ったものである。
 
演奏が終わると、今度は黄色いドレスのアクアがステージ先端に出て来て、顔の端に手を掛け、フェイスマスクを剥ぎ取る。するとそれが大崎志乃舞であったことが分かる。
 
「しのぶちゃーん」
という歓声が掛かるので、彼女は客席に向かって手を振り、床に置いていたヴァイオリンを持って退場した。
 
これで残るは4人である。
 

『四季の歌』を歌う。
 
最初、アクアスーツのアクアが前に出て、他の3人が後方に並び、歌自体は4人の2部唱(3度唱)で、1番・春を歌う。間奏の間にポジションを変え、ピンクスーツのアクアが前に出て2番・夏を歌う。更にポジションを変えて、黄色いドレスのアクアが前に出て3番・秋、そして最後にホワイトスーツのアクアが前に出て4番・冬を歌った。
 
歌い終わると最後に前面で歌っていたホワイトスーツのアクアが観客に向かって一礼すると、顔の端に手を掛け、フェイスマスクを剥がす。
 
するとそれが今井葉月であったことが分かる。
 
「はづきちゃーん」
という歓声が掛かるので、彼は客席に向かって手を振り、退場した。
 
これで残るは3人、赤いドレス、ピンクスーツ、アクアスーツのアクアである。
 

『三毛猫のワルツ』を演奏する。
 
観客の手拍子が、タンタッタッ、タンタッタッ、というワルツの手拍子に変わる。
 
この曲のオリジナルはアクア、今井葉月、桜木ワルツの3人で歌ったものである。但し今回は既に葉月は退場している。観客たちは残り3人のうち2人の代役さんは誰だろう?と想像しながら聴いていた。
 
ところが歌い終わったところでステージ上にスモークが流れ込んでくる。
 
一瞬視界が消失するが、やがて扇風機が回されてスモークが晴れると、そこにはアクアスーツのアクアと、巨大な黄色い龍だけがいる。赤いドレスとピンクスーツのアクアは見当たらない。
 
アクアスーツのアクアが空中浮揚し、龍の頭部の高さになる。
 
『龍と子供』を歌う。PPM (Peter Paul & Mary)の "Puff, the Magic Dragon"のカバーである。但し、オリジナルは西洋のドラゴンだが、今ステージ上に出現しているのは東洋の龍である。
 
カメラが映すアクアが涙ぐんで歌っているのが分かる。
 
観客は声を出せずに、ほとんどの人が静かに曲を聴いていた。
 

歌が終わる。
 
空中浮揚していたアクアスーツのアクアがゆっくりと床の高さまで降りていく。
 
すると龍は一瞬にして白いドレスのアクアに変化する。
 
この白いドレスというのは後半のステージには登場していない。後半のドレスを着ていたアクアは、赤・黄・青であった。この白いドレスは前半のステージでアクアが着ていたものである。
 
そして白いドレスのアクアと、アクアスーツのアクアがハグする。
 
そして2人は横に並んで立つが、ふたりの距離が縮んでいくと、合体?して、1人のアクアになった。
 
(後に発売されたDVDでコマ送りして見ると、ふたりの身体が重なっていっているのが確認できるので、恐らくペッパーズ・ゴースト(**)だろうと言われた。龍の出現も同じ方法を使っっているのだろうと多くの人が想像した)
 
(**)ハーフミラーを使用して虚像と実像を重ねて見せる手法で、東京ディズニーランドのホーンテッド・マンションで使用されているほか、Perfumeのライブで、空中で歌うPerfumeなどを出現させるのに使われたこともある。
 

残っているのはアクアスーツのアクアのみである。
 
いつの間にかステージの奥にグランドピアノがおかれており、そこに白いドレスの葉月が入ってきて座り、伴奏を弾き始める。
 
(再放送の際に、スモークが晴れて龍が出現した時、既に置かれていたことを多くの視聴者が確認した)
 
アクアスーツのアクアが 『1人のアクア』を歌い始める。
 
オリジナル版でも、アクアはこの曲を葉月のピアノ伴奏で歌っていた。
 

静かに終曲。
 
割れるような拍手がある。
 
アクアが深くお辞儀をする。伴奏していた葉月も立ち上がり、お辞儀をする。
 

葉月が退場してアクアが1人ステージに残る。
 
「以上、2018年のミニアルバム『6人のアクア』の曲を全曲聴いて頂きました」
とアクアは語る。
 
そしてアクアが突然
「告白します」
と言うので、とうとう性転換のカムアウトか?と視聴者は緊張する。
 
「実はボクって7人居るんです」
とアクア。
 
「日曜アクア、月曜アクア、火曜アクア、水曜アクア、木曜アクア、金曜アクア、土曜アクアの7人で、実は『6人のカノン』を演奏したのが、月曜から土曜までの6人です」
 
とアクアが言うと観客は大爆笑となった。
 
「それで普段は毎日その曜日担当のアクアがお仕事に行っているんですけどね。今日は総出演になりました。ちなみに前半のステージで歌ったのは白いドレスを着ていた日曜アクアです。日曜アクアは女の子なのでドレスを着ていました。彼女は実は北里ナナの変装ではないかという説もあります」
 
観客はまた笑っている。
 
「ボクは本当は土曜アクアなんですけど、1人で2時間歌うのはきついから後半代わってと日曜アクアから言われて、ボクが出て来ました。ちなみにボクは男の子なので、こういう男物の衣装を着ています。この後、まだ25分ほどボクのステージにお付き合いください」
 
アクアがMCをしている間に後方ではエレメントガードが機材を設置していた。それで準備ができたところで、アクアは彼女たちの伴奏にあわせて、『気球に乗って5日間』の挿入歌『風まかせ』、『ヒカルの碁2』の主題歌『361歩の迷宮(ラビリンス)』と歌い、昨年のアルバムから『Motorbike built for two』、春のアルバムから『頑張るリーアウ』、そして人気曲『ナースのパワー』と歌う。
 
ここで『風まかせ』では、アクアが気球の操縦の練習をしている映像、『361歩の迷路』では小浜の碁盤公園の映像の上に重ねて碁石が打たれていく様子が背景に流れた。
 
更に『Motorbike built for two』は本当に“2人乗りバイク”をステージに持ち込み、葉月と2人で並んで乗って歌った。また『頑張るリーアウ』には、ステージ上に、大きな白い虎、大きな黒い亀、赤い巨大な怪鳥、そして青い龍が代わる代わる登場した。『ナースのパワー』ではナース衣装の信濃町ガールズがバックで踊った。
 
15:50になった所で、川崎ゆりこが「ここで本割は終了ですが、残り10分間はアンコール代わりのサービスステージです」と宣言。アクアは『エメラルドの太陽』、『旅人の休息』を歌ってステージを終えた。
 
『旅人の休息』は葉月のピアノ伴奏のみで、静かに歌い上げた。
 
最後の音が減衰して行き、アクアと立ち上がった葉月が深くお辞儀をした所で16:00となり、この日のライブおよび番組は終了した。
 

あけぼのテレビの接続回線は、ステージに龍が出現した所で698万9000回線ほどに到達し、則竹さんは万一700万を超えたら即フレームレート落としというのでスタンバイしていたものの、そのボタンを押さずに済んで、ホッとしていた。瞬間最高接続回線数は699万5000回線ほどで、則竹さんはマウスに手を掛け、緊張してモニターを見ていた。
 
★★チャンネルの方は最初あけぼのテレビと同じ29.97Hz (30000/1001)で配信していたもののすぐダウンしたので23.976Hz (劇場映画のフレームレート)に落としたが、何とかそのレートで最後まで持ちこたえたので、あまり苦情は出なかった。
 
単純計算では29.97Hz で100万回線に配信できるなら、23.976Hz (= 29.97×0.8)なら100万÷0.8=125万回線まで配信できる。実際には124万7000回線くらいまで行き、★★チャンネルの技術者はヒヤヒヤであった。
 
17:00-19:00, 20:00-22:00 23:00-25:00 の再配信はさすがにここまでは行かず、あけぼのテレビはだいたい500万回線前後、★★チャンネルも80万回線前後で推移した。しかし結局本放送と3回の再放送を全部見た人が両者合計で200万人くらい居たようである。
 
タイムシフトで見る人も多く、あけぼのTV・★★チャンネルともに1ヶ月間、接続数が普段よりかなり高めで推移した。
 

「しかし今日は結局、性転換して女の子になったことは公表しなかったんだね」
「それやっていたら、あけぼのテレビも★★チャンネルもダウンしてたろうな」
 
などと、ある場所とある場所では会話が交わされた。
 

なおステージ前半の女装?についてアクアは
「演出上のもので、“女の子アクア”に扮しただけです。ボクは男の子ですよ」
とコメントしたが
 
「絶対嘘だ!あれが本来の姿では?」
と他局の番組などでも、またネットでも言われた。
 

「結局、アクアの代理をしていた残り2人は誰だったんだろう?」
というのがネットでは話題になる。
 
「幕間にも出て来た、白鳥リズムと姫路スピカじゃないの?」
「うん。その2人は過去にアクアのボディダブルとかリハーサル歌手も務めているし、あれだけのために出て来たというのもおかしいもん。2人とも忙しいのに」
 
「身長もアクアとあまり変わらないよね」
 
「ラピスラズリのほうは?」
「時間的に着替えが間にあわなかったと思う」
 
「信濃町ガールズの誰かを使ったとかは?」
「今年のビデオガールコンテストの上位入賞者を使った可能性はあるよね」
 

今回のネットライブは再放送で見た人も含めると1000万契約数に到達し、特別視聴料収入は135億円である。しかしトリプルスターに追加回線使用料を120億円支払ったので粗利は15億円に留まる。
 
しかし私とコスモスは
「巨額赤字が出なくて助かったぁ」
と安堵したのであった。視聴者がもし半分の500万人しか出なかったら50億円ほどの赤字が出ていた所であった。しかしもし500万回線までしか借りていなかったら配信サーバーがダウンして非難轟轟だっただろう。
 
そのどちらが起きても、私とコスモスは経営責任を問われていた。
 
本当に巨大な博打である。
 

私とコスモスは事前のアンケートなどを元に、千里と丸山アイにも意見を聞いて700万回線という数字を決めたが、ギリギリで的中した。本当に今回は運が良かった。
 
「でもこれ、野外イベントの10倍規模の売上と費用だね」
「うん。恐ろしい。コケたら即倒産コースだった」
 
などと私とコスモスは言い合った。
 
「私なんか翌日東京湾に死体が浮かんでいるかも」
「死に逃げは許さん」
「やはり一生奴隷奉公だろうか」
「私はAV女優転身かなぁ」
などと川崎ゆりこ。
 
「アクアが声変わりした時が怖いよ、やはり」
「やはりあの子、拉致して有無を言わさず、玉抜いちゃおうよ」
「マジでそれ考えたくなる」
「一応長野支香さんにも、田代さん夫妻にも承諾は取ってる」
「そうなんだ!」
 

今回のアクアのライブ録画は9月下旬にDVD, Blurayでも発売される予定である(無論ダウンロードでも購入可能)。
 
§§ミュージックでは今後も下記の日程で所属アーティストのライブを実施することを発表した。
 
2020.10.25(日) 品川ありさライブ from 織姫
2020.11.23(月祝) 高崎ひろかライブ from 牽牛
2020.12.06(日) 姫路スピカライブ from 小浜
2021.01.24(日) ラピスラズリライブ from 火牛
2021.02.14(日) 白鳥リズムライブ from 織姫
2021.03.14(日) 西宮ネオンライブ from 牽牛
 

アクアのネットライブの成功を見て、∞∞プロの鈴木社長が私に電話してきて
 
「ケイちゃんさ、うちのアーティストのライブもそちらでさせてくれない?」
 
と言った。私は空いている日程をお伝えし、また必要な費用などについても簡単に説明したのだが、その後、○○プロの丸花社長、ζζプロの観世社長、ΘΘプロの春吉社長からも照会があり、休日の夕方の放送日程がどんどん埋まっていくことになった。
 
そして結果的にはこれが、あけぼのテレビの大きな収入源となっていく。
 
 
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【夏の日の想い出・龍たちの伝説】(1)