【夏の日の想い出・龍たちの伝説】(5)

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八雲佳南は9月2日に出産した後、1週間入院して退院した。誰にも連絡ができずに自宅でひとりで自力出産してしまったわりには、身体の傷もあまり痛まず、また赤ちゃんにも何も異常が無く、無事退院となった。
 
退院には春朗は多忙で付き添えなかったものの、両方の母が付き添い、3人で病院を出て、春朗のマンションに戻る。
 
「でもホントあんたよく1人で産んだね」
「あれはもう本当に心細かった。このまま誰にも発見してもらえなかったら、私も赤ちゃんも死んじゃうかなとか不安になったよ」
 
「まあ無事だったから良かったね」
「春朗さん、凄く嬉しそうにしてたし。あんたのことよくお世話してたね」
と貞子は言う。
 
「あの子は表面はクールに見えるけど、結構情に篤いんですよ。AB型特有の気質ですね」
などと京は言っている。
 
「それ本人も言ってました」
と佳南。
 
それでマンションでお茶でも飲む。佳南の母・貞子は何気なく母子手帳を見ていた。そしてある記述を見た時、ギョッとした。
 

京がトイレに立ったのを見送って貞子は娘に厳しい顔をして言った。
 
「佳南、正直に言いなさい。あんた誰の子供産んだの?」
「え?春朗さんの子供だけど」
「嘘ついてもダメだよ。さっき京さんは春朗さんはAB型だと言ってた」
「うん。あの人はAB型」
「あんたはO型でしょ?」
「そうだけど」
「それで赤ちゃんの血液型はO型なんだよ」
「それがどうかしたの?」
「AB型とO型の両親からO型の赤ちゃんが生まれるはずがない」
「え?でも私がO型だから赤ちゃんがO型になってもいいんじゃないの?」
「何言ってるの?こんなこと中学生でも知ってるよ。AB型とO型の両親からはA型かB型の子供しか生まれない。O型の子供が生まれることは無いんだよ」
「そんな!?」
 
↓再掲:両親の血液型と(通常)生まれる可能性のある子供の血液型
 

 
「一体誰と浮気したの?正直に言いなさい」
と貞子は厳しい目で娘を見る。
 
「お母さん、誓って私は他の男の人とはしてない」
「そんな嘘は通らないよ。科学的にあり得ないんだから」
「でも浮気なんてしてないよー」
と佳南は泣きそうな顔で言った。
 
そこに京がトイレから戻って来たので、この話題はこれまでにした。
 
佳南が涙ぐんでいるので京は
「あら、どうしたの?」
と訊いた。
「あ、いえ。こないだここで宏文を産んだ時、辛かったなあと思い出しちゃって」
「ほんと、あなたよく頑張ったよね」
と京は佳南をいたわるように言った。
 

その日、放送局でアクアが廊下で休憩しながらドラマの台本を見ていたら、通りがかりに声を掛ける人がある。
 
「おはようございます、龍ちゃん」
「あ!おはようございます、成美ちゃん」
 
高校の同級生だった田中成美である。彼女は衣装だろうか、黒いドレスを着てヴァイオリンケースを手に持っている。
 
「番組撮影か何か?」
「うん。西宮ネオンさんのバックで演奏したんだよ」
「ああ、ネオンちゃんか」
「彼、格好良いよね」
「うん。うちの数少ない男の子タレントだし」
「そちらの事務所、女の子タレントばかりだから事務所の中でも人気だったりしない?」
「ネオンは彼女いるよ、内緒だけど」
「そうなの?」
と彼女は残念そうに言った。
 
「私妊娠しないから、セックスの練習相手にしてくれませんか?とか迫ってみようかと思ったのに」
などと成美は言っている。
 
「成美ちゃん可愛いから、子供くらい産めなくても、お嫁さんにしたいって男の子はきっと現れると思うよ」
「そうかなあ」
「頑張りなよ」
「うん。でもアクアちゃんも、ちんちんくらい無くてもお嫁さんになりたいって女の子たくさんいるみたいだしね」
「あはは」
 
成美は性転換手術済みなのだが、彼女は龍虎も性転換手術済みだと思っている。
 

9月頭、聖子Fの学校では“略語”が話題になっていた。
 
「こないだスタジオの隅でピカちゃん(**)とセーラームーンの話してたらさぁ、ケンネルさんが寄ってきて、お前らSM好きなのって訊くのょ」
などと言っているのは立花紀子である。
 
(**)立花紀子と同じFlower Lightsのメンバー川中光梨の愛称。
 
「なんかもう話の先が見えた」
と小泉伊代が言っている。
 
「てっきりSMってセーラームーンのことかと思ったから、大好きですと言ったらさぁ」
 
「あっちの方だったのね」
 
「『そうか。今度やらないか?で、お前はSなの?Mなの?』と言われて」
 
「その先も読めた」
「私、洋服のサイズかと思っちゃって、私はSですよと言ったら」
 
「お前にSされたい!ホテル行こうって言われて」
「マジ、セクハラやな」
 
「私、やっと分かって『イヤ!』っと言って思わずケンネルさん蹴っちゃった」
「あはは」
「すぐごめんなさいって謝ったけど、私降ろされないかなあ」
「大丈夫、大丈夫。あの人は女の子に殴られたり蹴られたりするのは勲章くらいに思ってるから」
と酒井水希(FireFly20)は言っている。
 

「まあ、SMはそのSMとセーラームーンの他にも、セールスマネージャーとかシステム・マネージメントとか、戦略ミサイルとかも色々ある」
 
「Senryaku MisairuでSMなの?」
「英語だとStarwars Missileか何かだっけ?」
「Strategic Missileだと思う」
と文佳がフォローする。
 
「でも同じ略語になるものって多いよね〜」
 
「PMSも Pre-Menstrual Syndrome 月経前症候群と、Post-Menopausal Syndrome 更年期障害とがある」
「現役とOGの違いだな」
 
「デザイン関係だと Pantone color Matching System だよね」
 
「あんたらよく元の英語が出てくるな」
 
「CDになる略語は多いと言われるね」
 
「Compact Disc(コンパクト・ディスク)、Current Directory(カレントディレクトリ)、Certificate of Deposit(譲渡性預金)、Cyclo-Dextrin(サイクロデキストリン)、Christian Dior(クリスチャン・ディオール)、Coefficient of Drag(空気抵抗係数)、Cross Dressing(異性装)、Cadmium(カドミウム)、candela(カンデラ)、たぶんまだまだある」
 
「よく出てくるな」
 
「銀行のATMも昔はCD Cash Dispenser と言ってたらしいね」
「そのATMは Automated Teller Machine だけど、同じATM でも Asynchronous Transfer Mode(非同期通信モード)、Adobe Type Manager(アドビ社タイプ管理ソフト)、Anti Tank Missile(対戦車ミサイル)、Art Tower Mito(水戸美術館)、Atashi wo Tataite Motto とかある」
 
「最後のは何じゃ?」
 
「紛争地帯のコンビニに現金自動預払機を置いといたら、対戦車ミサイルと思われて攻撃されたらしいよ」
「それどこの国の話?」
 
「こないだ森田先生は一番多いのは多分PMだと言ってた」
「へー」
 
「Post Meridiem(午後)、Philip Morris(フィリップ・モリス)、Prime Minister(首相)、Project Manager(プロジェクト管理者)、Power Management(電源管理)、Pocket Monster(ポケットモンスター)、Preventive Maintenance(予防保守)、Precious Metal(貴金属)、Phase Modulation(位相変調)、Play Mate(セフレ)、Particulate Matter(粒子状物質)、Program Manager(プログラムマネージャー)、Private Message(プライベート・メッセージ)、Playing Manager(選手兼監督)、Principia Mathematica(数学原論)、Pace Maker(ペースメーカー)、Permanent Magnet(永久磁石)、pico metre(ピコ・メートル)、Promethium(プロメチウム)、まだたくさんあると思う」
 
「なぜそんなにたくさん言える?」
 
「Penile Mutilation(陰茎切断)もPM」
「何それ?」
「男の子がちんちん切ることじゃない?自分で切っちゃう子、よくいるらしいよ」
「よくいる。というほどまでは居ないと思うけど」
 

聖子は新しいマンションの倉庫部屋?に置いた大量の荷物の中で丸山アイからもらった何か訳の分からない機械類の中に AOM というのがあるのが気になった。中を見てみると、立方体の箱に何か大きな穴が空いている。
 
「これ何だろう?ここは何を入れるのかな?」
と思い、アイに電話してみた。
 
「AOMって書いてあるんですけど、これ何ですかね?」
「AOM?あ、そんなの行ってた?それは多分 Automatic Onanism Machineだと思う」
「オナニズムって何ですか?」
「自慰」
「じいって、おじいさん?」
「そっちじゃなくてマスターベーション」
とアイが言うのを聞いて、聖子は真っ赤になってしまった(龍虎Fなら全然平気な所)。
 
「失礼しました!」
 
「それ穴が空いてる?突起が出てる?」
「なんか大きな穴が空いてますけど」
「ああ。小さい穴が空いてるのは、男性用だよ。そこにちんちんを入れる。女性用はクリトリスとGスポットを刺激できるように突起が2つ付いてる。女性用もあげようか?Mちゃんと2人でそれぞれ使えばいいよ」
 
「いえ、いいです!」
 
と聖子Fは言ったのだが、翌週“AOM(F)”と書かれた箱が送られて来た!
 
(「大きい」と「小さい」が食い違っていることには聖子もアイも気付かなかった)
 
聖子はGスポットというのはこないだまで知らなかったのだが、先日鮎川先生から聞いた後、ネットで調べて概要を知った。でもヴァギナの中なんて触れないし、そんな気持ちのいい場所があるかどうかなんて分からないよなあ、と聖子は思った。アイから送られて来た機械も、自分の処女を機械には捧げたくないしと思い、使わなかった。
 
「誰かボクのバージンもらってくれる人いないかなあ」
などと今井葉月ファンが耳にしたら気が狂いそうなことを聖子Fは呟いた。
 
(聖子・西湖は、11月か12月に2人のアクアが統合されるだろうなんて話は全く聞いていない−それで自分たちも1人に戻るかも?なんて話も聞いていない。概して西湖たちは放置されがち・忘れられがちである)
 

その日、政子は唐突に言った。
 
「ね、ね、急に疑問に思ったんだけどさ」
「何?」
「『ドレミの歌』ってさ、“ドはドーナツのド、レはレモンのレ”って歌うじゃん」
「うん」
「だけどさ、ドは Donuts でいいけどレってReでRなのにレモンはLemonでLだよ。おかしくない?」
と政子は言った。
 
「それはペギー葉山さんが付けた日本語歌詞だからね。原曲だと、ドは deer, レは Ray と歌っている」
「ディアって“○○様”のディア?」
「それはDear D-E-A-R. こちらは Deer D-E-E-R 動物の鹿だよ」
「へー。レイってハワイのレイ?」
「それこそハワイのレイは Lei L-E-I でLだよ。ここのレイは光線 Ray R-A-Y」
「あぁ、ハワイのはLだったか」
と言ってから、
「他のは?」
と訊くので、全部書き出してあげる。
 
Deer(鹿), Ray(光線), Me(私), Far(遠い), Sew(縫う), La(ソの次), Tea(茶)
 
「ソの次って何?」
「原詩だと、 La, a note to follow Sew と歌っている」
「手抜きでは?」
「きっと何も思い浮かばなかったんじゃない?締め切りに追われてて」
「ああ、締め切りは辛いよね」
 

すると政子はしばらく考えていた。何か変なことでも考えているのではと思ったら案の定である。
 
「アクアの歌というの考えた」
「へー」
「冬、曲付けてよ」
「内容によっては」
 
「A-アクアちゃんは可愛い、B-バストを大きくしよう、C-栗ちゃん作ろうね、D-男子廃業、E-Elle(彼女)、F-Feminine、G-Girl、H-花柄の服、I-いい女、J-Jupe(スカート)、K-去勢」
 
「却下」
 
「最後まで聞いてよぉ」
「文学賞の審査員は落選作を最後まで読みません」
「けちー」
 
と言ってから、政子はまたしばらく考えていたが
 
「ね、ね、新しいABCの歌考えた」
と言う。
 

「今度はまともなんだよ」
と言って、勝手に普通のABCの歌のメロディーに乗せて歌い出す。
 
A-Apple B-Biscuit C-Cheese D-Donuts,
E-egg F-Fish G-Grape H-Hamburger,
I-Icecream J-Juice K-kiwi L-Lamb
 
M-Milk N-Noodle O-Onion P-Pizza,
Q-Quail-Egg R-Rice S-Sandwich T-Tea,
U-UFO V-Vegetable W-WaterMelon X-XmasCake
 
「あれ?2個余っちゃった」
 
「いやいいよ。最後の2つは?」
「Y-Yogurt Z-Zucchini」
 
「どこかで無理矢理2個押し込めば行けると思う」
「使える?」
「ライブ冒頭のお遊びソングには使えるかもね」
「ああ、結構やったよね」
 
「うん。音源化してないものがほとんどだけどね。Egg, Quail-Egg(ウズラの卵)ってEggが2度出て来てるけど」
「EはEclair(エクレア)でもいいよ」
「なるほど」
「Qをqing-geng-cai(チンゲン菜)にする手もある」
 
「あとUFOは商品名だから他に何か無い?」
「ウニ?」
「日本語じゃん」
「英語でもUrchinだよ」
「だったら使えるね!」
 

その日仕事が22時少し過ぎに終わり、葉月は桜木ワルツの運転する車で放送局から用賀のマンションに向かっていた。ワルツはしばらく無言だったが、やがて思い切ったように言った。
 
「ね、西湖ちゃんさ」
「はい?」
「あと5ヶ月くらいで高校も卒業だね」
「ええ。何とかここまで来ました。ボク、高校中退することになるのではと何度思ったか分からないけど」
「一度も単位落としてないでしょ?」
「ええ。1年生の最初の学期は何個か追試受けましたけど、その後はなぜか運良く追試にもならずに済んでるんですよね。ちょっとオマケしてもらったこともあるけど」
 
「頑張ってると思うよ」
とワルツは言う。
 
西湖はなぜか自分では中間・期末の試験を受けた記憶が全く無いけど、不思議にギリギリ20点以上の点数が付いてるんだよなあ、と考えていた。
 
(この学校は20点未満が赤点である。しかし18-19点くらいだと結構オマケで20点ということにしてくれたりする)
 

「あのさ、西湖ちゃん、高校を卒業したらさ」
「はい?」
「私をもらってくれない?」
「もらうって?」
「そのつまり、私を抱いてくれないかなと思って」
 
「抱くってもしかしてセックスですか?」
と葉月が確認すると、ワルツは少し恥ずかしそうな顔をして
 
「うん」
と答えた。
 
「でも恋人でもない人同士であまりセックスとか安易にしてはいけないと思うけど」
と葉月が言うと
 
「私を・・・その西湖ちゃんの恋人にしてくれないかな」
とワルツは言った上で
「でも西湖ちゃんのこと拘束しないから。西湖ちゃん、他にも恋人作ってもいいし」
などとワルツは続ける。
 
「えっと・・・つまり・・・」
「私、西湖ちゃんのこと好きになっちゃった。最初は弟みたいな存在と思ってたんだけど、そういう気持で自分の心を抑えておくことができなくなって。何なら、西湖ちゃんがその内誰か他の女の子を好きになった時のための、練習台にしてもいいよ、私のこと」
 

ワルツさん、最近なんか思い詰めている感じだったもんなあ、と葉月は思った。物凄く勇気を出してこの告白をしたのだろうと思った。
 
でも葉月にはどうしても彼女を受け入れられない問題があった。それで言った。
 
「ごめんなさい」
「だめ?ただのセックスの練習相手でもいいよ」
 
「ボク女の子なので」
「嘘!?性転換しちゃったんだっけ?」
「いえ。ボクFなんですけど」
 
「え〜〜〜!?なんでFちゃんがお仕事してるのよ?」
 
通常学校に行くのはFで、お仕事はMと分担している。学校が休みの日はふたりで交替しながらするが今日は学校のある日だった。
 
「Mが疲れたと言うから、途中で交代したんです」
「うっそー!?」
 
「でも和紗(桜木ワルツ)さんの気持ちはMに伝えておきますね」
「ごめーん」
 
Fは彼女があまりにも可哀想な気がしたので付け加えた。
 
「でも和紗さん、あの子、そのまま押し倒しちゃえばいいですよ」
「同意取らずにやったらコスモス社長から叱られる気がする」
「女の子は問題あるかも知れないけど、男の子は別に構わないんじゃないかなあ」
「そうかな」
「ただ、あの子、ちんちん立たないから普通の結合ができないかも」
「そのくらいは何とかするよ」
とワルツは言った。
 

その日、うちのマンションに松浦紗雪が来ていた。政子と『アクア改造マル秘計画』について色々話し合うことが目的だったようだ。その時期、マリはまだ出産前で大きなお腹を抱えていた。
 
「ケイちゃん、ホントにアクアを拉致するのに協力してくれない?」
「ダメダメ。こういうのは空想で言ってるから楽しいのであって、本当に拉致して改造したら、松浦さんもマリも警察に逮捕されますよ」
 
「残念だなあ。もういい加減去勢しないと、声変わりがヤバいと思うのに」
などと松浦紗雪は言っている。
 
「でもマリちゃんは2人目か。マリちゃん、8人くらい子供が欲しいって言ってたね」
「はい。でも1人で8人産むのは大変だから、ケイに半分産んでもらいたいんですけど」
「私は産めないよ」
と取り敢えず言っておく。私の“生理”が昨年夏以降、“本物”になったことは政子には秘密である。
 
「アクアにもその内、赤ちゃん産んで欲しいですね」
と政子は言っている。
「あの子は子供2〜3人産みそうな顔してるよね」
と松浦紗雪。
 
「どこから種を取ってくるかが課題だけどね」
「アクアを妊娠させた男性はファンから殺されるから人選が難しい。アクアのためには死んでもいいという人でないと」
 
“殺される”確定なのか?
 

9月中旬、丸山アイと城崎綾香は
 
「妊娠しました!予定日は5月です」
というFAXを報道各社に送った。
 
これだけではさっぱり分からないので、記者会見を開いて欲しいという要請があり、2人はネットで記者会見を開いた。
 
「妊娠なさったのはどちらでしょうか?」
という質問にアイも綾香も
「ボクです」
「私です」
と同時に答えた。
 
「おふたりとも妊娠したんですか?」
「そうです」
「予定日はふたりとも同じです」
「私たち、生理周期が連動していたので」
 
先日妊娠記者会見をした音羽・光帆も同じようなことを言っていた。
 
「父親はどなたでしょうか?」
「お互い相手の子供を胎児認知しようとしたのですが、女ではダメと拒否されました。男女差別ですね」
 
これも音羽たちと同じようなことを言っている。
 
「実際はどなたなのでしょう?」
「綾香に生でされた後で妊娠したから綾香の子供だと思うんですけど」
とアイ。
「アイに付けずにされた後で妊娠したからアイの子供だと思うんですけど」
と綾香。
 
「あのぉ、おふたりとも男性器を持っていたのでしょうか?」
「そのくらいありますよー」
と2人とも言っている。
 
「セックスする時、アイにおちんちんがある時は、私は女の子になって」
「綾香にペニスがある時はボクが女の子になります」
 
記者たちは呆れている。
 
結局、そういう感じの質疑に終始し、記者たちは2人とも妊娠していること、母子手帳はもらったこと、そして5月に2人とも出産予定であること以外には何の情報も引き出せなかった!
 
ふたりとも妊娠中はドラマなどへの出演は控えるが、アイの音楽活動は継続するということだった。つまり綾香の方は来年1月から9月までを産休とするということであった。
 

「ほんとにお互いが父親なのにね〜」
「みんな冗談だと思ったみたい」
「まあいいよね。医学雑誌に論文載せられたりとかになると面倒だし」
 
とアイと綾香は言い合った!
 
2人の言っていたことが本当だと判断したのはヒロシや千里に私くらいである。(フェイは“なーんにも考えていない”)
 

そのヒロシまでフェイと連名で
 
「妊娠しました!予定日は5月です」
というFAXを報道各社に送った。
 
どうもアイたちと似たような時期に妊娠したようである。
 
しかし記者たちはこれだけでは記事にならないので、記者会見を開いて欲しいと要請し、2人はネットで記者会見を開いた。
 
「妊娠なさったのはどちらでしょうか?」
という質問にアイも綾香も
「ボクです」
とフェイ。
「この子です」
とヒロシ。
 
記者たちの間に安堵の空気が広がる。
 
「フェイさんが妊娠なさっていて、ヒロシさんは妊娠なさってないんですね?」
 
「僕は男なので妊娠できません」
「でもヒロシ、結構男の子と寝てるのに種を仕込まれてないの?」
「ちょっと、そういう話をここでしないでよ」
とヒロシは焦って言う。
 
「ヒロシさんはバイセクシャルでしたっけ?」
「女の子とも男の子とも男の娘とも女の息子さんとも行けます。僕はどちらかというとパンセクシュアルです」
 
この言葉は分からなかった記者も結構いたようである。
 
ひとりの記者がコメントした。
「バイセクシュアルは、男でも女でも愛せる人、パンセクシュアルはそもそも相手の性別を気にしない人、という理解で良かったでしょうか?」
 
「はい、そんなものだと思います」
「でもヒロシさんが他の男性と寝ていてフェイさんは嫉妬しないんですか?」
「嫉妬ってよく分かりません」
とフェイは言う。
 
これには記者たちの方が困ってしまった。
 
「フェイはそもそも“愛情”というものがよく分からないと言うんですよね。でも僕もできるだけ浮気は控えるようにしているんですが」
とヒロシはフォローする。
 
「でも月に1回くらいは他の子と寝てない?」
「ごめーん。もっと控える」
 
記者のひとりが苦言を呈する。
 
「ヒロシさん、奥さんが妊娠しているんだから、せめて出産までは浮気を控えられません?」
 
「そうですね。反省します」
とヒロシも答えた。
 
しかし、今回の記者会見は、音羽・光帆や、アイ・綾香の妊娠記者会見に比べるとまあ、まだマトモな部類であった。
 
なお、フェイは10月から来年9月までの1年間を産休(実は入院させて、医師の管理下でホルモンコントロールをする)とし、その間のRainbow Flute Bands のライブでは、ヒロシが代役を務めるということであった。フェイはライブではだいたい前半男装、後半女装で歌うが、ヒロシもそれに倣って、前半は男装男声・後半は女装女声で歌うと、この日の記者会見でも述べて、ネットでは“女装ヒロシ”のファンから歓声があがっていた。
 

「フェイちゃんは、本当に恋愛という感覚、その前に愛情というのが分からないみたい」
とその日、私のマンションに来た丸山アイは言っていた。
 
「やはり性腺が貧弱で、脳が性的に未発達なのに加えて、育ち方にも少し問題があったみたいだけどね」
 
とアイは言っていた。
 
「愛情を知らない人に愛情を教えるのって難しいだろうね」
「うん。でもヒロシは浮気もするけど、フェイのこと、ほんとに可愛がっているから、その内、あの子にも分かるようになる時が来るかもよ」
 
「そうなるといいね」
 
「§§ミュージックが恋愛禁止を解除したのも、そのあたりでしょ?」
 
「そうそう。10代後半から20歳頃ってのは、恋愛というものを学ぶべき時期なんだよ。人は、その発達段階において、この時期までにこういうものを学ぶべきって時がある。その時期に学んでないと、後から学ぼうとしても、適時の何倍もの努力が必要。元アイドルがしばしば“よりによって”って感じのおかしな異性と結婚しちゃうのは、学ぶべき時に学んでないからだと思う」
と私は言った。
 
「それで西宮ネオンは同棲始めたんだ?」
 
「婚約したと言うから、週末同棲まで認めた。平日は自分のアパートで過ごす。指輪も見せてくれたよ。まあ相手は3月には大学を卒業するというから、それから結婚式を挙げるんだろうね。それまでは妊娠させないようにと言ってある」
 
「つまり1つ年上の女の子か。ネオン君は大学行ってなかったんだっけ?」
「入学はしたけど、忙しくて通えなくなって退学してる」
「まあ、中高生は学業優先にしてもらえるけど、大学生はだいたい無視されるよね」
とアイは言うが
 
「逆に大学に行っている間も学業優先にしていたタレントは概ね売れなくなる」
と私は言う。
 
「まあローズ+リリーはそれでも売れた希有な例かもね」
「丸山アイもね」
 
「まあボクは“身代わり”がたくさんいるから」
「私もアイちゃんが貸してくれた“身代わりさん”のお陰で乗り切れた」
 
丸山アイの知り合いに、私によく似ていて歌もうまい人がおり、私は一時期その人に随分代理をしてもらったのである。実はローズクォーツのライブはほとんど彼女が務めている。KARIONのステージもかなり代わってもらった。
 
「ああいうのも楽しいよね。バレないようにするのにスリルがあって」
とアイは言っている。
 
「人は非常識な現象を見ても、常識で理解できる範囲の物事に勝手に修正しちゃうから」
「そうそう。だからアクアが2人とか3人いてもバレない」
 

「私はコスモスとこんな話をしたんだよ」
と私は彼女に言った。
 
「ミラーボールを見たことない人にミラーボールを説明することができるかって?」
「それは難しいね」
 
「ミラーボールという名前を知らない人でも実際にライブとかに行って、その様(さま)を見たことのある人なら、簡単な説明で『あれか!』と理解してくれる。でも一度も体験したことのない人に、あれを言葉で説明するのは難しいし、youtubeとかの動画を見せたりしてもなかなか感覚がつかめない」
 
「雪を見たことのない人に雪を説明しても、ピンと来ないみたいだよ」
「そうだろうね!」
と私も同感の思いだった。
 
「皆既日食とかオーロラも映像だけでは分からない」
「ああ。私も分からないかも」
「部分日食は見たことある人多いけど、部分日食と皆既食って別物だからね」
「経験してる人はそう言うね」
 
「やはり恋愛、その前に愛情というのも、自分で体験してないと分からないだろうね」
 
「子供の頃に虐待されて育った女性は自分がいざ子供を産んだ時に、子供にどう接すればいいか分からないという話もあるよね」
「その“負の連鎖”を断ち切るのはなかなか難しいだろうね」
 
「フェイの子育ては?」
「無理。歌那ちゃんを育ててるのはモニカ」
「なるほどねー」
「歌那をフェイに任せてたら、3日で死ぬよ」
「うちのマリちゃんと同レベルだな」
「あの子は、ぽえむの世界で生きてるからねぇ」
 

そんなことを話していた時、城崎綾香からアイに電話が入った。
 
「なんかテーブルの下に設計図みたいなのが落ちてるんだけど、これ捨てていいんだっけ?」
 
「何の設計図?」
「何枚かあるんだけどね。Asynchronous Oxygen Makerというのは?」
「ああ。それはパソコンに入力済みだから要らない」
 
「Automatic Onanism Machine type F」
「それは取っといて。こないだちょっと改良したのを反映させてない」
「Automatic Onanism Machine type M」
「それも改良してちんちんが切れちゃう確率を1桁下げたはず。取っといて」
「Analgesic Orchiectomy Machine type M」
「それは捨てていい。改良型のAdvanced Orchiectomy Machine type M を作ったから」
「じゃ捨てちゃうよ〜」
「よろしく〜」
 
私は彼女が電話を切ってから言った。
 
「なんか今聞いたのって、全部頭文字が同じ?」
「あ、そういえばそうかも。全部AOMだ。でも機械を見たら分かるよ」
「アイちゃんが見たら分かるだろうね」
 

その日、放送局でアクアが廊下で休憩しながらドラマの台本を見ていたら、通りがかりに声を掛ける人がある。
 
「おはようございます、田代さん」
「あ!おはようございます、武野君」
 
高校の同級生だった武野昭徳である。彼は衣装だろうか、白いタキシードを着ている。
 
「番組撮影か何かしたの?」
「うん。羽田小牧ちゃんのバックでピアノを弾いたんだよ」
「あの子、可愛いよね!」
「そうそう。ちょっと田代さんのデビューの頃の雰囲気に似てるかも」
「ああ、そうかも」
 
「あの子にも、ちんちん付いててもいいからお嫁さんになって欲しいってファンレター来るらしい」
「あぁ」
「田代さんも来てたでしょ」
「うん。さすがに最近は来なくなったけど」
 
「そりゃ田代さんは、ちんちん取っちゃったからね」
「えーっと」
「普通に結婚してというファンレターは多いでしょ?」
「うん。数え切れないくらい来てる」
 
「僕もお嫁さんに欲しいくらいだなあ」
「そ、そう?」
「そうそう。例のカナダの写真集買っちゃったよ」
「ありがとう!」
「すっごく可愛く撮れてる。なんか妄想しちゃいそうなくらい」
「あはは。サインしてあげたいくらいだけど」
「ああ、だったら持ってくれば良かった」
「じゃ今度どこかで会った時にでも」
 

10月3-4日にはまた青葉が『作曲家アルバム』の収録で東京に出て来た。いつも彼女は自分の車(March Nismo S)を自分で運転して出て来ていたのだが、今回は(北陸)新幹線で来るというので驚いた。
 
「感染予防は、いいの?」
「実は桃香姉が子供2人を連れて埼玉に出てくるんですよ。それでその付き添いを兼ねて私も新幹線を使うことにしたんです」
 
「こちらに移動するんだ?」
「実はGo To を使いたいらしいです」
「あぁ」
「旅行したらお金もらえるなら、旅行しなきゃ損だと言って」
「桃香らしい!」
「で、ついでにそのまま浦和のマンションに子供と一緒に居座ろうと」
「なるほどー」
 
「私もですけど、桃姉も、早月ちゃん・由美ちゃんも、千里姉の“ワクチン”を接種してもらっているから、比較的感染しにくいとは思うんですけど、桃香姉はわりと適当なので、私が東京に行くなら、早月たちが心配だから、道中だけでも付き添ってあげられない?と母から言われたのもあって」
 
「例のワクチン、早月ちゃんたちにも接種したんだ!」
「桃香姉がこの子たちにも打ってあげてというから、千里姉も『まあいいか』とか言って接種してました」
 
「まあ3月よりは安全性が高まっているかもね」
「みたいです」
 
青葉は3月に“人間での治験第1号”となるワクチン接種を受けているが7月には「そろそろ3月のワクチンの有効期間が切れるから」と言われて再度接種したらしい。彼女の所属するテレビ局では、8月に局内で2名のコロナ陽性者が出て、番組収録中止などの大騒ぎになっているが、ワクチンのおかげで?青葉は陽性になった人たちと濃厚接触していたにもかかわらず無事であった。
 

今回取材したのは、元トラピカルの八住純さんと、元ドリームボーイズの蔵田さん!であった。
 
トラピカルは1990年代に活躍したバンドで、2006年に解散している。このバンドのボーカルがMURASAKIで、彼は解散後、前川優作の事実上の個人事務所であった∴∴ミュージックに移籍。同事務所の二大スターとなった。その時代にあの事務所の礎(いしずえ)は築かれたのである。そのトラピカルのリーダーだったのが八住さんで、解散後は作曲と若手ミュージシャンのプロデュースなどを手がけており、いくつかのバンドを世に出している。
 
今回ラピスラズリの歌唱に指定されたのは、八住さんがトラピカル解散後最初に売り出したバンド、カレーブレッドのデビュー曲『チキンカレーの歌』であった。もっとも八住さんがカレーブレッドに関わったのは実はこの曲だけで、その後、八住さん自身が子宮筋腫(本人談:子宮があるようには見えないが)で入院してしまったため、雨宮先生のグループがプロデュースを引き継いでいる。
 
八住さんは今回の収録で訪れると、女性用の訪問着を着て出て来られた。実はラピスにも和装でという指定があったので、2人には付下げの和服を着せて連れて行っている。私と青葉も小紋の和服を着て行った。
 
八住さんのヴィジュアルを見て、東雲はるこが混乱していたが、町田朱美は想定範囲内だったようで、八住さんの性別問題には何も触れずに
 
「素敵なお召し物ですね。京友禅ですか?」
などと言って、しばし和服論議になった。
 
(八住さんの性別には一切触れなかったので、放送を見て、八住さんは女性作曲家と思った人もかなりあったようである。ただし八住さんは普通に男声で話している)
 

八住さんはラピスの歌唱を聴いて「君たち、うまいねー」と感心していたが「でもロックの魂が足りない」と言って、女性ロックボーカリストが歌唱しているCDを何枚か聴かせる。そして幾つか注意点も挙げた。それで2人はやってみるが、それにまた注意する、といったやりとりが1時間ほどあり、確かにラピスの歌唱は進化した。元々、東雲はるこは正統派歌手なので、ロックはやや苦手だったようだが、ちゃんとロックボーカルに聞こえる歌になった(このテイクを放送では流す)。そして例によって
 
「良かったら君たちのアルバムにでも」
と言われてしまう。『懐メロ Vol.2』の制作決定!である。
 
(“営業的方針”からアルバム収録の際には町田朱美にメインボーカルを取らせた)
 
インタビューではトラピカル時代のエピソードなども入れ、
「既存の自分を破壊するのがロックだ」
と持論を述べられ、特に町田朱美が大いに感銘していたようであった。
 

蔵田さんの家の訪問は私は気が重かったのだが、行ってみると、蔵田さんが女装して、奥さんの樹梨菜さんが男装している。それを見て町田朱美は
 
「おはようございます、蔵田先生、永田晃子さん」
と言っちゃった(これはこのまま放送された!)。
 
蔵田さんが女装すると、実は女優の永田晃子にわりと似るのである。そのため、永田晃子は2016年に『10日間の少女戦争』の好演で注目された時、蔵田さんの姪か何か、あるいは隠し子ではなどと随分噂された。蔵田さんの実年齢は45歳だが、女装するとまだ30歳前後に見える。永田晃子の方は22歳だが、落ち着いた演技をするのでしばしば27-28歳と思われている。
 
実際、町田朱美は、男性の姿をしている樹梨菜の方を蔵田孝治と思い込み、蔵田さん本人を、その永田晃子と思い込んでしまったようだ(さすがの朱美も2012年に解散したドリームボーイズのビジュアルは知らなかったようだ)。
 
「いや、こちらは女装した蔵田さん、こちらは奥さん」
と私が説明すると
 
「ごめんなさい!そうか。蔵田先生は男の方が好きだったんでしたね。だから男性と結婚なさったんでしたっけ」
と町田朱美。
 
「いや、こちらは奥さんの樹梨菜さんの男装」
と私は重ねて説明する。
 
「ごめんなさい!!」
と朱美は穴があったら逃げ込みたいような表情をしている。
 
「いやいいよ。僕はよく、ドリームボーイズのバックダンサーの中の黒一点と言われていたし」
と樹梨菜は言っている。
 
そういう訳で今回の収録は、性別が怪しい人の取材が続いたのであった。
 

蔵田さんが、ドリームボーイズ時代のあんなことやこんなことを言って、私の昔の“実態”をバラすので、私は参ったのだが、東雲はるこが物凄く面白がっていた。
 
「ステージに遅れた歌手さんが来るまでステージもたせるために歌うのに、その人より上手い歌唱する訳にはいかないからと、わざと音を2度ずらして歌うとか凄いですね」
 
「物凄い音感を持ってる洋子(私のこと)だからできたことだと思う。でもたぶん朱美ちゃんにもできる」
と蔵田さんは言っていた。
 
(努力家の朱美はきっと後で練習してみるだろう)
 
今回ラピスラズリに歌わせたのは、松原珠妃が歌って大ヒットし、彼女が一発屋の汚名を返上することになった『鯛焼きガール』なのだが、実はこの歌は東郷誠一さんの手で修正されており、今回その修正前の原曲である『愛のドテ焼き』を歌うことになったのである。この譜面は蔵田さんも持っていなかったのだが、私が持っていたので、それを提供して歌わせた。練習の時、町田朱美が物凄く面白がっていた。15年目にしての本邦初公開となる。樹梨菜は呆れていたものの、蔵田さんは
 
「いい、いい!君たちが男の子デュオだったら、僕がプロデュースしたいくらいだ」
などと喜んでいた。
 
(蔵田さんははるこが元男の娘であることに気付かなかったようである)
 
当然この曲も『愛のドテ焼き』の状態でラピスラズリの次のアルバムに収録しようということになった(実際にはシングルに収録される)。
 

巷ではロシアが近いうちに全国民にロシア国内で開発されたワクチン "Sputnik-V"の接種を始めるらしいという情報が流れていた。
 
政子は私に訊いた。
 
「なんかコロナのワクチンが色々開発中だけど、最近のワクチンってウィルスを弱体化して作るわけじゃないのね?」
「そういうワクチンを中国の企業が作ってる。でも日米欧で開発しているのは違うタイプだね」
 
「なんかベクターとかDNAとかVNAとか聞くけど」
「VNAってのは無い。m-RNA(メッセンジャーRNA)はあるけど」
「それどう違う訳?」
 
「基本的にワクチンというのはコロナウィルスの情報を体内の免疫システムに教えてあげることで効果を発揮する。そこでベクターというのは無関係のウィルスにコロナウィルスの情報を組み込んで、体内に入れるということをする。その運び手となるウィルスのことをベクター(媒介物)と言うんだよ」
 
「へー」
 
「イギリスのアストラゼネカのはチンパンジーの風邪ウイルスをベクターにしてコロナウィルスの情報を運ぼうとしている。ロシアが全国民に接種すると言っているスプートニクVも同様の風邪ウィルスを使用したベクター方式」
 
「それ人間には無害なの?」
「無害なんじゃないかなあ、多分。ただ、このベクター方式には大きな欠点があってさ」
「うん」
 
「ベクターが体内に入ることによって、そのベクターウィルス自体に対する免疫ができてしまう。だから2度目の接種ではベクター自体が免疫システムにより拒否されるから、2度目の接種が上手くいかない」
 
「つまり1回しか接種できないんだ?」
「できないというより効果が無い。それをどうするかがこのワクチンの課題なんだよ」
 

「DNAとかCNAってのは?」
 
「日本のアンジェスがやっているのがDNA型。これは免疫を作る抗原タンパク質そのもののDNAを体内に入れるというやり方。するとこれがm-RNA(メッセンジャーRNA)に転写されて、抗原タンパク質を更に作ることで免疫が強化される」
 
「メッセンジャーってお使い?」
「そうそう。DNAに入っている遺伝情報をコピーして、新たなタンパク質が作られる。まあ生物の細胞の中の郵便屋さんだね」
 
「おもしろーい」
 
「ファイザーとかがやっているのは、DNAではなく、抗原の情報を持つ m-RNAそのものを体内に注入するというもの。実はDNAタイプのワクチンは、そこからちゃんとm-RNAが作られない可能性もあるんだよ。m-RNAを直接入れればその心配が無いから、こちらが確実」
 
「手配書を持った郵便屋さんを大量投入するわけか」
「そうそう。DNA型はいわば役場に掲示するだけだから、それを各自の体内で自前で郵便屋さんを手配して配布する必要がある」
 
「だったらDNAとか面倒なことせずにm-RNAで行けばいいのに」
「m-RNAって凄くもろいからね。安定した状態で量産するのが難しい」
「ああ」
「DNA型はわりと簡単に量産できる。だからアンジェスはDNA型を選択したらしいよ」
「色々難しい」
 

政子はしばらく考えていたが
「こんなの思いついた」
と言う。
 
「あのね、あのね。ワクチンのDNAさんが手配書のお手紙書いたの。それでm-RNAさんに頼んでお手紙出したんだけど」
 
「白血球さんが読まずに食べたの?」
 
「どうして分かるの!?」
 
「それでワクチンさんにお手紙書いて『さっきの手配書の情報もう一度教えて』って訊くんでしょう?」
 
「冬、勘が良すぎるよ」
「そう?」
 

私は再度千里2と話し合った。
 
「龍虎と西湖の分裂連動の問題でさ。龍虎Nがいなくなると西湖が2人になるんでしょ?」
「今の所そうだね」
 
「ということは龍虎Nのエネルギーが西湖のもうひとりのエネルギーに変換されている訳?」
 
「なぜそうなったかは分からないけど、どうもそうみたい」
と千里もその付近は不確かなようである。
 
「それって西湖Fになってる訳?西湖Mになってる訳?」
 
「最初は龍虎Nのエネルギーが西湖Mを生成するエネルギーに使用されたのだと思う。だから西湖は当時、諸事情で女の子に変えていたのだけど、そこに男の子の西湖が出現したし、その西湖は男の子だけど勃起能力が無かった。その後、彼の睾丸は少しずつ機能回復しつつあるみたいではあるけど。それに西湖は1人になる時にFが残る方が多い。でもMが残ることもある。そこが実は私にもよく分からない」
 
「じゃ西湖はFの方が本体なんだ?」
 
「一時期そう思ったこともある。実際、龍虎が怪我した時に、西湖Mにも同じ傷ができたことがあるんだよ。西湖Fには傷ができてなかった」
「へー」
 
「でも人格的には元々の西湖の人格は西湖Mの方に引き継がれている気がする。西湖Fは実は龍虎Fの性格をわりと引き継いでいる。本来の西湖よりおとなだし行動が積極的」
 
「へー!」
 
「だから私もそのあたりのメカニズムがよく分からないんだよね」
 

「でも2人に別れていたのが統合されるというので、私は『ゲド戦記』を思い出しちゃったよ」
と私は言う。
 
「多分それと似たようなことが起きようとしているんだろうね」
と千里。
 
「あれ?」
「ん?」
 
「もしかして、千里も11月か12月までに1人になっちゃうの?」
 
「多分ね。1人になると、フランス・アメリカ・日本の3国で活動するのはさすがに無理だから、アメリカからは卒業させてもらおうかと思っている。どうせ今年はアメリカに行けなかったし」
 
「1人しか居ないと、忙しくてたまらないということは?」
「その時は冬に2人に分裂してもらおうかな」
「え〜〜〜〜!?」
「冬が2人いれば、1人が正望君と結婚して、1人がマリちゃんと結婚すればいい」
「うむむ」
 
「青葉も忙しすぎるから分裂させたいんだけど。1人を高岡に、1人を東京に置いといたら便利だし」
「それ単にこちらの便利さだけで言ってない?」
 
「だけど青葉も今のままでは1人では身が持たないよ」
「それは言えるけど、そんなにあちこちで分裂したら、まるで伝染してるみたい」
「伝染性分身病かな。Infective Cloning Syndrome」
「まるで本当にありそうな用語だ」
 

10月から多くのテレビ局で新番組が始まったが、その中で某局で始まった『キャサリンの事件ファイル』という山村美紗のキャサリンシリーズをベースにした探偵ドラマで、キャサリン役を榊森メミカが演じるというので話題になっていた。彼女は身長176cmと高身長で、原作ではアメリカ人女性ということになっているキャサリン(ドラマでは日系アメリカ人の設定)を演じるにはわりと適役である。彼女はここ数年テレビの画面からは遠ざかっていて、引退説も出ていたのだが、久しぶりのスクリーン登場で、元々持っていた演技力を遺憾なく発揮している。
 
その初回放送を録画で見て、龍虎は“あの時”のことを思い起こしていた。この日は西湖たち2人も龍虎のマンションに来ていて4人でドラマを見ていた。
 
「『ねらわれた学園』の時、あれは本当にびっくりしましたね」
「うん。彼女の“声変わり”のおかげでボクが高見沢みちる役をすることになっちゃったし」
と龍虎は言う。
 
榊森メミカは、実は男の娘であることを隠していたのだが、『ねらわれた学園』の高見沢みちる役にアサインされていたのが、撮影開始直前に声変わりが来て女声が出なくなってしまい、急遽降板して、アクアが関耕児と高見沢みちるという対立する男女二役をすることになってしまったのである。
 
「でも女声が復活したんですね」
「だいぶ練習したんだろうなぁ」
 
「結局、龍さんはもう声変わりしないんですか?」
と西湖は尋ねた。
 
「僕のちんちんもタマタマもだいぶ大きくなってきているし、たぶん来年くらいまでには声変わりするんじゃないかと思うんだけとね」」
 
「もったいないなあ。凄く可愛い声が出てるのに。去勢しないんですか?」
「せいちゃんまでそんなこと言うし」
と龍虎M。
 
「せいちゃんは声変わりはどうなってんだっけ?」
「一度声変わりしてたんですけどね」
「確かに中1の頃は男の子の声で話してたよね」
 
「でも女声の練習している内にもう男の子の声の方が出なくなっちゃって」
「せいちゃん、以前は喉仏があった気がするのに、今は無いよね」
「あれは実は手術して取ったんですよ」
「そうだったんだ!」
 
「せいちゃんが手術して喉仏取ったんだもん。Mも手術して睾丸取ろうよ」
などと龍虎Fが言っている。
 
「なんでそういう理屈になるのか分からん」
 
「じゃせいちゃんは声が男になっちゃうことは無いんだ?」
「一度変声済みですからね」
と西湖Mは言っていた。
 

4人で一緒に遅い晩御飯を食べた後、和城理紗を呼び、2人の西湖を用賀のマンションまで送ってもらった。
 
これが10月31日の夜(正確には既に11月1日になっていた)のことであった。
 
そして一夜明けて11月1日の朝。西湖の家ではFが先に起きて朝御飯を作っていた所にMが起きてくる。
 
「ごめーん。寝過ごした。僕も手伝うね」
とMが言ったのだが、Fがギョッとした顔をしている。
 
「Mちゃん、その声どうしたのよ?」
「あれ?僕の声、変だ」
「まるで男みたいな声」
「どうしたんだろう」
「もしかして声変わりしたとか」
 
「まさか。だって声変わりって一度小学5年生の時にしてるのに」
 
「こうちゃんさんを呼ぼうよ」
「そうしようか」
 

それで西湖たちの呼びかけで《こうちゃんさん》がやってくる。
 
「ああ、これは声変わりだな」
「だって僕一度小学生の時に声変わりしてますよ」
「そうか?この喉の構造は今声変わりが始まったばかりという感じだぞ。一度声変わりしてても、何かの原因で声戻りしたのかもな。そもそもお前、男の声なんて出てなかったじゃないか」
 
「そういえばそうなんですけど」
「めでたく男としての第1歩を踏み出したんだな」
「でもこれ困る。これではお仕事ができない」
「ああ、確かにそうかもしれん。お前、女の子アクアの代役だし」
「声変わりキャンセルできませんかね?」
「できるけど、睾丸が付いてればまたすぐ声変わりするぞ」
と《こうちゃんさん》は言った。
 
睾丸・・・でもこの声は困る。アクアさんの代役ができない。
 
「睾丸取ったらキャンセルできますか?」
と西湖Mは訊いた。
 
「できるけど、取っていいのか?」
「仕方ないです。アクアさんの代役ができなくなるのは困ります」
「全くお前はアクア依存症だな」
と《こうちゃんさん》は呆れたように言う。
 
「Mちゃん、睾丸取ったら和紗さんとセックスできなくなるよ」
とFが注意する。
 
「僕のおちんちん最初から立たないし」
「ああ、だったら睾丸があってもなくても関係無いかもな」
と言ってから《こうちゃんさん》は言った。
 
「だったら今夜お前を去勢する。これやるから最後の精液をこれに採取しておけ」
と言って、《こうちゃんさん》は西湖Mにゴム製チューブ付きのプラスチック容器を渡した。
 
「今日はMは仕事休め。どっちみちこの声では仕事できないし。1日休んでろ。疲れていたら手術するのにもよくないしな。映画の撮影にはFだけで行け」
 
「でも精液取ろうにも、おちんちん立たないけど」
「立たないなら立たないなりに射精の方法はあるもんさ。まあ頑張れ。そうだ。これやる」
 
「これ何?」
「知らんのか。テンガと言って、物凄く気持ち良くなる道具だ。これならきっと射精できるぞ」
 
それで《こうちゃんさん》は帰っていった。
 

「私も協力してあげるから頑張ってみなよ」
とFが言う。
 
「うん」
 
それで西湖Mは取り敢えず下半身の服を脱ぎ、タックを解除する。そしたらFがそれを握った。
 
「ちょっとぉ」
「私にされる方がきっと気持ち良くなれるよ」
 
それでFがしてくれたら、大きくはなった。
 
「凄い。大きくなったの久しぶりに見た」
「そのまま逝けない?」
 
Mはしばらくしていたものの、うまく行かない。
 
「ダメみたい」
「テンガ使ってみよう」
「うん」
 
それでテンガでやってみる。かなり気持ちいい。こんな感覚を感じるのは初めてのような気がした。かなり気分的にも昂揚したのだが、どうしても射精までは辿り着けなかった。
 
「僕何とか頑張ってみるよ。Fちゃんは仕事行って」
「分かった。あまりコンを詰めないでね」
 

それでFは『恋はダイヤモンド』の撮影に出かけていった。
 
西湖Mは、休憩を取りながらいろいろなやり方で何とか射精しないか試みたもののどうしてもそこまで行かなかった。
 
疲れて眠ってしまっていたようだが、夜遅くFが帰宅する。
 
「あ、お帰り。お疲れ様」
「どうだった?」
「できなかった」
「まあ仕方ないね。でも精液は中学の時に保存したものもあるし、いいことにする?」
「それ僕も思ってた」
 
その時、Fは急に思い出した。
 
「ね、ね、こないだ丸山アイさんからもらったAOMっての試してみない?」
とFは言った。
 
「ああ。自動オナニーマシンとかいう奴?」
「そうそう」
「試してみる価値はあるかもね」
 

それで西湖MはAOM(M)と書かれている箱を持って来て中の機械を取り出す。
 
「ちんちんを穴に入れるって言ってたよ」
「これちんちんだけ入れるには大きすぎると思うけど」
「袋まで入りそう」
「そこまで入れるのかなあ」
 
西湖Mが精子採取容器をペニスに装着した上で男性器の全体を穴の中に入れ、Set というボタンを押すと、穴の周囲のプラスチックのフレームが寄ってきて、しっかり男性器を機械に固定した。
 
「スタートは黄色いボタンと赤いボタンを同時に押すって書いてある」
 
「あれ?これ1人では押せないよ」
 
微妙な位置に2つのボタンがあり、両手を使っても両方同時に押すのは困難である。
 

「だったらFちゃん、赤を押してくれない?僕が黄色を押す」
「OK」
 
ここで西湖たちは“オナニー”用の機械なのにボタンが1人で押せないということに疑問を持つべきであった。
 
「せーの」
で2人は同時にボタンを押した。
 
「どう?」
「凄く気持ちいい」
「良かったね」
「これなら逝けるかも」
 
西湖は生まれて初めてという感じの物凄い快感に酔いしれていた。ああ、こんな気持ちよくなれるのなら、男の子ってのも悪くないなあ、などと思う。そして・・・
 
「あ、逝った」
「おめでとう」
 
液が身体の中から流れ出していく。西湖は快感の余韻に浸っていた。
 
ところがそろそろ液で出尽くしたかなと思った次の瞬間。
 
西湖は激痛を感じて「ぎゃっ」と声を挙げて気絶した。
 

ちょうどその時、龍虎のマンションでは、龍虎Mが突然股間に激痛を感じてソファから転がり落ちていた。
 
 
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【夏の日の想い出・龍たちの伝説】(5)