【夏の日の想い出・龍たちの伝説】(2)

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約1ヶ月間、龍虎(アクア)のマンションに同居していた西湖(葉月)たちは、8月27日(木)に用賀の“橘ハイツ”6階の243号室(オーナーズ・ルーム)に引越していった。このマンシヨンは地下から5階までの大部分を§§ミュージックが借りて、男子寮として使用している。西湖が男子かどうかについては怪しいが、どっちみちここのオーナー相当である。(本当のオーナーは千里)
 
西湖は↓の北側の6畳の部屋で寝起きするのだが、その部屋に付随するウォークイン・クローゼットに、千里さんから送られてきた本棚を置き、そのいちばん上の段に、これも送られて来た神棚を置き、その神棚の中に、しばらく龍虎のマンションのNの部屋に置かせてもらっていた銅鏡を入れた。東側に置いた棚の上にあるので鏡は西を向くことになる。
 
(6F部分)

 
なおこの部屋の外側にある廊下は、非常階段にアクセスするためだけに存在しているので、非常時以外は誰も通らない(掃除のおばちゃんが掃除するのに通るくらい)。
 
西湖MとFが、鏡を置いた後、スーパーで買って来たいなり寿司10個パックを4つ神棚の前に置き、2人で一緒に手をパンパンと叩くと、たくさん“おキツネさん”たちが出て来て
 
「西湖ちゃん、お帰り」
と言った。
 
「コーラもあるよ」
と言ってコカコーラの2Lサイズ3本とたくさんの紙コップを置くと、みんな適当に注いで飲んでいる。
 
「またよろしくねぇ」
 

西湖は2002年の生まれなので、本命卦は男なら兌、女なら艮で、実はどちらにしても西四命になる。すると玄関のある北東は兌なら延年・艮なら伏位でいづれにしても吉方位、寝室のある北西は兌なら生気・艮なら天医でこれも吉方位。
 
ということで、ここの戸は西湖にとって理想的な風水になっている。むろんそうなるようにマンションを建てている。この部屋は西側になければならない。そうしないと、この部屋と伏見方面にはさまれた明日香の部屋にまで、おキツネさんたちが、出没することになる。
 

なお南側の2つの8畳の部屋だが、奥側、西南の部屋(寝室とウォークスルー・クローゼットで行き来できる)は、防音構造になっていてヴァイオリンなどの練習もできるし、またテレビ番組にリモート出演する場合、ここから参加することができる。ここにはクラビノーバ CLP-685 も置いている。
 
西南の部屋は本命卦が兌なら天医・艮なら生気で、これも吉方位である。
 
もうひとつの8畳(南側の部屋)は、本棚や衣装ケースなどを置く。ここは凶方位になるので、こういう部屋は基本的に物を置くのに使うのが良いのである。ここにはアクアから「少し持って行ってよ」と言われて渡された洋服類、コスモス社長から「場所があるからこれも置けるよね?」と言われて渡された大量のCD類、伯父からもらった黒部座の記念グッズ、丸山アイから「ボク引っ越すから荷物減らすのに少しもらって」と言われて渡された幾つかの機械類(空中歩行器とか地球破壊爆弾とか自動造山機とかプロ野球選手養成ギプスとか、よく分からないがAOMと書かれた箱とか)なども納められた。
 
ちなみに西湖は男物の服は全く持っていないので、服は下着も含めて全て女物である。聖子Fは当然いつも女の子の服を着ているが、西湖Mも女物しか着ない。
 

アクアはMFNが部屋をひとつずつ使っていたが、西湖はこのマンションでは北側の部屋にMとFが一緒に布団を並べて敷いて寝るつもりである。男女ではあっても、むろん変なことはしないし、お互いの裸を見ても平気だ。Fが布団の中でオナニーしててもMは気にしない(正確には気付かない!)
 
ちなみにMの方は全くオナニーはしない。小浜に行った日にケイナからオナニーしなさいと言われたので試みてみたものの、少しいじっても立たなかったので「別にいいや」と思って、それ以降試みもしていない。ボクの睾丸やはり死んでるのかも知れないなあ、などと思っていた。
 
(実は生きていて、それが思わぬ所に波紋をもたらすことになるのだが)
 

§§ミュージックおよび私とコスモスの運命を賭けた?アクアのライブが無事終わった後、私たちはアクアのミニアルバムを制作することにした。
 
ミニアルバムと聞いてアクアは最初、春に作った12星座のうちの6星座を歌いこんだアルバムの続きかと思ったようだが、私たちは別の企画を提示したのである。
 
ミニアルバム(仮題)『男の子女の子』
 
↓仮曲名(予定衣装)
 
ルビーの情熱(赤いドレス)
トパーズの溜息(黄色いドレス)
パールの優しさ(乳白色のドレス)
ダイヤモンドの意志(白銀色のスーツ)
サファイアの高貴(青いスーツ)
アクアマリンの期待(アクア色のスーツ)
 

「ルビーとトパーズはFが歌う。パールとダイヤモンドはNが歌う。サファイアとアクアマリンはMが歌う」
 
「つまり3人のアクアの記念碑だよ。これは」
「そういうアルバムを遺せるのは嬉しいけど」
「9月中はまだ大丈夫だと千里さんは言っていた」
 
アクア自身も千里さんから11月か12月くらいに多分1人になると聞いていた。いよいよかとアクアも厳しい顔になる。
 
「でもうまくNが具現化しますかね?ライブではうまい具合に具現化したから、3人でトリオの歌を歌えたけど」
 
あの時は実は2人のアクアと2人の葉月で出るつもりでスタンバイしていたのが、幕間の休憩中に突然アクアが3人になり葉月が1人になったので、1人になった葉月にホワイトスーツを着てもらって歌唱に参加してもらい、3人のアクアは、Fが赤いドレスでヴァイオリン、Mがアクアのスーツ、Nがピンクのスーツで各々歌唱に参加した。だからカノンはFから弾き始めたし、龍と一緒に歌ったのはMである。むろん前半歌ったのと、龍が消えた後に白いドレスで出演してアクア色のスーツのアクアとハグしたのもFである。
 
「それはたぶん何とかなる、と千里さんが言ってた」
「千里さんが言うなら大丈夫かな」
 

2020年9月2日(水).
 
この日は満月であった。
 
★★レコードの八雲課長は、大きなお腹を抱えて精力的に仕事をしていた。
 
「課長休まなくても大丈夫ですか?もうすぐ予定日なのでは?」
と心配そうに福本深春係長が言う。
 
「平気平気。まだ1週間ある」
などと言って八雲課長は山積みの書類をひとつずつチェックしては、あるいは決済し、あるいは担当者を呼んで問題点を告げて修正するように言った。
 
21時すぎ、福本係長と明智光代主任が2人で八雲課長のところに行き
「もう9時です。妊婦はこれより遅くまで仕事をしてはいけません」
と強く言った。
 
「仕方ないなあ」
と八雲真友子は言い、渋々帰宅することにする。企画書を持ち帰ろうとするのを福本が取り上げる。
「ちゃんと休んでください」
「分かった、分かった」
と言って、デスクを立ち、更衣室の方に向かった時のことだった。
 
真友子が急にしゃがみ込む。
 
「どうしました?」
「来たかも」
「え〜?」
「八雲係長は?」
「今日は大阪に出張中」
 
「私たちで病院に連れていこう」
福本は近くに坂口平太がいるのに気付き
「坂口君、手伝って」
と言った。
 
「分かった」
 
それで3人で支えるようにして駐車場まで運び、真友子の車・レヴォーグの後部部席に彼女を寝せる。
 
「かかりつけの病院はどこですか?」
「カーナビに入ってる。斉藤クリニックという所」
「坂口君、分かる?」
「見つけました」
「よし、行こう」
 
坂口が運転し、助手席に明智が乗り、福本は後部座席の床に座って、真友子の身体を支えている。よくない乗り方だが、緊急事態なので仕方ない。
 

車内から、真友子のスマホを借りて福本が病院に連絡する。
 
20分ほどで病院に着く。病院の玄関前に停める。福本が病院に走り込んで、連れて来たことを告げると看護師さんと医師がストレッチャーを持って出てきてくれた。坂口と医師で抱えてストレッチャーに移す。そして病院内に運び込む。
 
真友子は運び込まれるとすぐに破水。2時間ほどで女の子を出産した。結果的には超安産だった。
 
生まれた子供の血液型はAB型である。真友子も礼江もAB型なので、2人の間にはO型以外の全ての血液型の子供が生まれる可能性があるので全く問題ない。そもそも春朗と礼江は同じAB型なので何も矛盾するおそれは無かった。
 
↓両親の血液型と(通常)生まれる可能性のある子供の血液型
 

 

真友子は医師に翌朝
「午前中に退院できますか?仕事が溜まっているんですけど」
などと尋ね
「一週間は入院していなさい」
と叱られた。
 
結局、真友子は加藤部長に電話し、佐々木上級係長に、自分の退院まで課長代行をしてもらうことにした。
 
佐々木さんは「俺が代行?」と言って焦っていたが、
 
「ここはベテランの佐々木さんしか代理は務まりません」
と福本も八重垣も言ったし、もうひとりの上級係長の奥山さんも
 
「僕も本社のことはまだまだ分からないことが多いから、佐々木さんしか居ないですよ」
と言った。奥山さんは昨年春に仙台支店から転任してきたばかりで、まだ1年しか経っていないので把握出来ていない物事も多い。
 

同じ9月2日。
 
その日、大林亮平が仕事から帰ってくると、富(みつる:原野妃登美)は玄関で亮平にハグし
「ハッピーバースデイ、マイダーリン」
と言った。
 
亮平は富(みつる)にキスした上で
 
「僕、別に今日は誕生日じゃないけど」
と言った。
 
「あれ〜〜!?そうだったっけ?」
「僕の誕生日は9月15日」
「ごめーん。勘違いしてた。私ケーキ買って来ちゃった」
「買って来たものは食べよう」
「そうだね」
 
それで富(みつる)は、恵比寿ビールを出してきて、ケーキの箱を開け、
「りょう、好きな方取ってね」
という。それで亮平がモンブランを取ると、富(みつる)は残ったミルフィーユを取り、富(みつる)のお茶と、亮平の缶ビールで乾杯して食べ始めた。
 
「これ美味しいね」
「うん。**堂のケーキだよ」
「へー」
 
それでケーキを食べ終えた後、富(みつる)は
 
「ごめーん。ハンバーグ作るつもりが崩れちゃった」
と言って、皿を持ってくる。亮平は
 
「いや、崩れても味は変わらないよ」
と言って笑顔で食べてくれる。
 
『この人ほんとに優しいなあ。結婚して良かった』
と富(みつる)は思って自分もその崩れた肉の塊を食べていた。
 
ちなみに昨日はビーフシチューを作っていたがルーが足りない感じだったので、別の“シチュー”の箱を開けたつもりがカレールーだったので、ビーフシチューとカレーのミックスになってしまったが、亮平は「スパイシーシチューだね」と言って、笑顔でそれにフランスパンを浸したりして食べてくれた。
 

御飯の後、亮平が入れてくれたジャスミンティーを飲んでいた時、富(みつる)は急にお腹を押さえて椅子から崩れるように床に座り込んだ。
 
「みつりん!」
「もしかしたら出てくるかも」
「すぐ病院に行こう!」
 
それで亮平はタクシーを呼ぶ。今ビールを飲んじゃったので運転できないのである。
 
富(みつる)を支えながらエレベータで1階まで降りて、すぐに来てくれたタクシーに乗り込み、かかりつけの病院に入った。
 
医師は富(みつる)を見ると
 
「すぐ分娩室へ」
と言った。そして夜22時頃、富(みつる)は可愛い女の子を産みおとした。かなり安産の部類であったが
「辛かったよぉ」
と富(みつる)は言い、亮平は
「頑張ったね」
と笑顔で自分の妻をいたわった。
 
なお生まれた子供の血液型はB型であった。亮平はA型、富(みつる)はB型なので血液型的には矛盾がない。実はA型とB型の両親からはどの血液型でも生まれる可能性があるので、この問題について2人は何も心配していなかった。
 

同じ9月2日。八雲春朗宅。
 
春朗は昨日から仕事で都内のスタジオに泊まり込んでいた。演歌歌手の音源制作をしていたのである。予定日直前の妻・佳南のことは気になったのだが、本人は
「まだ一週間あるから大丈夫だよ」
というので、ちょうど都内に用事があると言っていた母・京に、寄ってくれるように言い、妻にも何かあったらすぐ連絡するよう言って仕事に出かけていた。
 
佳南は普通にひとりで朝御飯を食べた後、お義母さんが来るなら少し掃除しておかなくちゃと思って、掃除機など掛けていた。
 
10時頃、急にお腹が痛くなる。
 
嘘?まだ1週間あるはずなのに、と思うが苦しくなって座り込んでしまう。
「はるちゃんに連絡しなきゃ」
と思ってスマホを取り出すも、バッテリー切れ!? うっそー!?
 
それで家電から電話しようとしたのだが・・・
 
「番号覚えてない!」
ということに気付く。彼の電話番号はスマホには当然記憶させているのだが、そのスマホが立ち上がらないと、番号を見ることができない。
 
「充電、充電」
と言いながらケーブルを差すのだが、充電ランプが点かない!
 
「なんで〜?私苦しいよぉ」
 

上田京は東京で父の著作権絡みの作業を済ませると、春朗のマンションに行こうとした。ところが乗換駅で、バッタリと佳南の母(東郷誠一の妻)の貞子(ていこ)さんと遭遇する。
 
「あら、お世話になります」
「今、春朗さんのマンションに行こうとしていた所なんですよ」
 
と立ち話から始まり、結局駅近くのカフェで2時間おしゃべりしてしまった。
 
それでケーキでも買って2人で一緒に春朗たちのマンションに向かった。これが16時頃である。
 
エントランスで呼ぶものの反応が無い。
 
「出かけてるのかしら?」
「鍵で入って中で待ってましょう」
と言って、京が持っている鍵でエントランスを開け、エレベータで上に上る。そして鍵で玄関のドアを開けて入ると・・・
 
佳南が倒れていた。
 
「佳南!」
「佳南さん!」
 
慌てて2人は近寄る。そばに赤ちゃんがいて泣いている!
 
「嘘?」
「あんたひとりで産んだの?」
 
「お母さん・・・・辛かったぁ」
 
「なんで電話で呼ばないのよ?」
「スマホの電源が落ちてて、充電もできなくて。電話番号は覚えてなかったし」
 
2人はすぐにお湯を用意して赤ちゃんを洗ってあげる。臍の緒はついたままだが、素人にはどうにもできない。
 
佳南にスポーツドリンクなど飲ませて介抱している内に少し落ち着いてくる。報せを聞いて春朗が飛んで戻ってくる。それで貞子と春朗で支えて佳南を車まで連れていく。赤ちゃんは京が抱っこする。それで病院まで行き、入院した。臍の緒は医師の手で処置してもらった。
 

そういう訳で、八雲真友子、大林富(みつる)、八雲佳南の3人は同じ日に赤ちゃんを産んだが、真友子(AB)が産んだ稲美(いなみ)はAB型、富(B)が産んだ月花(るか)はB型、佳南(O)が産んだ宏文(ひろふみ)はO型と、全員血液型が違った(母親と同じ血液型)のであった。
 
(建前の血縁関係)
 

 
(戸籍上は月花と大輝は異母姉弟。大輝はまだ生まれていないが遺伝子鑑定で男であることが確定していて名前も既に付けられている。政子は銀行口座を作ろうとしたが、生まれてからにしてと言われた)
 
(本当の血縁関係)
 

 
(信幸と信繁は一卵性双生児で、京はその両方と同時に結婚していたので、春朗と礼江が本当はどちらの子供なのかは神様にしか分からない)
 

医師は悩んだ末に院長に話しかけた。
 
「これどう思いますか?」
「どうした?」
「赤ちゃんの血液型がO型なんですよ」
「ん?」
「母親の血液型はO型、父親の血液型はAB」
 
「赤ちゃんの取り違えの可能性は?」
「この子は産まれた後運び込まれてきたので、それはあり得ません」
 
「・・・・」
 
院長は10秒くらい考えていた。
 
「気付かなかったことにしよう」
「そうですね」
 

ローズ+リリーが6月上旬からから8月中旬に掛けて制作していたミニアルバム『龍たちの讃歌』は、9月4日(金)に、アメリカ・中国・台湾・ベルギー・イギリスで同時発売された。日本では大量にアマゾンに予約が入っていたし、ローズ+リリーのファンクラブでも予約販売をしたし、またあけぼのテレビで(ちゃんとCM料を払って)広告を流してもらったので、初日に日本国内だけでも20万枚くらい売れたようである。むろん★★レコードは宣伝しないし、ランキングの集計対象でもない。
 
この発売は図らずもちょうど八雲課長の出産入院中になった。
 

このミニアルバムはまず、PVに出てくる五聖獣のビジュアルの凄さに多くの人が驚いた。凄まじくリアルであり、とても想像だけで描いたとは思えないディテイルが高い評価を受け、DVD付きのものが物凄く売れた。
 
そして最後に入っているアカペラ版『ウォータードラゴン』の臨場感が凄いと言われたのである。
 
「これを出すのがこのミニアルバムの目的だったんだろうな」
「ケイとしてはマリナに負ける訳にはいかないからこれを出したんだろう」
「確かにこのバージョンは物凄い」
「ほんとに目の前を龍が昇天していくみたいに感じる」
「ケイはマリナに勝った」
 
「でも一般向きではない」
 
「うん。やはり耳に馴染むのはローザ+リリン版だよ」
「結果的にはあいこかな」
 
「まあケイが真剣勝負しなければならなかった時点でローザ+リリンの勝ちのような気もするけどね」
「本来は偽物が何をしていても本物はどーんと構えていればいい。でもマリナの歌唱がケイのお尻に火をつけたんだな」
 
「それを受けて立ってこれを作ったローズ+リリーのパワーは凄い」
 
「ケイは多分今実力的には最高の歌姫だと思うよ」
「マリナもそれに迫るパワーがある」
「ピカソvsダリみたいな?」
「それはさすがに褒めすぎ」
 
「でもこのミニアルバム、制作費がフルアルバム並みに掛かったんじゃない?」
「それでも負けたままにはできなかったんだろうな」
 
このミニアルバムは最初こそ20万枚であったものの、こうした口コミで知れわたり、FM局でもかなり流されたこともあり、年末までに日本国内だけでも100万枚、世界中では300万枚売れてFMIのアレクサンダー部長は満面の笑みであった。海外では売上の9割がDVD付きであった。
 

さて、8月下旬に急に企画が立てられたアクアのミニアルバムであるが、楽曲はアクアの曲を書いている3人のライターが分担して書いている。
 
ルビー・トパーズ(F)→加糖珈琲/琴沢幸穂
パール・ダイヤモンド(N)→紅型明美/大宮万葉
サファイア・アクアマリン→森之和泉/水沢歌月
 
マリが今妊娠中で、あまり“一般向き”の詩を書けない状態なので、大宮万葉(青葉)に依頼する楽曲の歌詞は紅型明美こと花ちゃん(山下ルンバ)に書いてもらった。私が書く曲の詩は和泉に書いてもらったので、森之和泉/水沢歌月とクレジットすることにした。
 
「すみません。ボクも詩を書いていいですか?」
とアクアが言った。
 
「うん。いいよ。7曲構成にしてもいい。作曲は誰かにさせるから」
 
それでアクアは『揺れるトルマリン』という詩を書き(和泉がアクア自身と話し合いながら校正(添削)した)、結局花ちゃんが曲を付けてくれることになった。それで彼女はこのトルマリンの作曲で紅型明美の名前を使い、パールとダイヤモンドの作詞は夢倉香緒梨の名義でクレジットすることにした。
 
アルバムはこの曲を冒頭に置き、FとMの2人でデュエットすることにした。
 
トルマリンにはしばしば“バイカラー”といい、ひとつの石に2種類の色が共存するものがある。有名なのは片側はピンク、片側はグリーンになる石である。そのバイカラーのトルマリンに寄せて、男の子の心と女の子の心が共存する心情を正直に歌ったもので、発売後、まさにアクアのカムアウトソングではと言われた。
 

制作はこの『揺れるトルマリン』から始めた。
 
PVでは実際にバイカラーのトルマリンのイヤリングをしているアクアの映像に始まり、ピンクのドレスを着たアクアFと、グリーンのスーツを着たアクアMをスタジオでデュエットさせた映像を使用する。
 
このバイカラー・トルマリンのイヤリングは、ほとんど同じ色合いのものを4個用意し、ふたりが各々両耳に付けている。ここでFが付けているイヤリングは上が緑で下がピンク、Mがつけているイヤリングは上がピンクで下が緑である。
 
この曲のボーカル録音とPV撮影は、アクア2人、私と山村さん、コスモスに、雑用係として和城理紗が入り、6人だけでやっている。カメラが山村さん、録音の設備を操作するのは私である。
 
背景に5月に撮影していた新緑の森と、昨年秋に撮影しておいた紅葉の映像も使用している。
 

次いで制作したのが、Fが歌う『ルビーの情熱』『トパーズの溜息』である。前者が恋に心を燃え上がらせる女の子の気持ち、後者は彼とうまく行かなくて憂鬱な気持ちになる女の子の気持ちを歌う。どちらも琴沢幸穂こと千里の作品だが、前者は千里3、後者は千里2が書いたらしい。
 
録音はMがドラマやバラエティの撮影に行っている日にFをスタジオに入れておこなっている。歌唱を聴いていて、Fの歌い方にとても深い感情がこもっているのを私は感じた。もしかしたらFちゃん、好きな男の子でもできたのかな?という気がした。
 
『ルビーの情熱』ではアクアFには赤いドレスを着せてメイクも赤系統の色を主に使用し、ルビーの指輪を右手薬指につけさせている。『トパーズの溜息』では黄色いドレスを着せて、メイクもオレンジ系にし、インペリアル・トパーズの指輪をやはり右手薬指につけさせた。
 
この映像に、CGで、ルビーには朱雀、トパーズには黄龍を登場させている。そちらの映像制作は、先日から霊獣のアニメを制作してもらっている会社に依頼している。
 

Fの制作が終わった後は、今度はふだんの仕事の方にはFが行くかたわら、Mにスタジオに入ってもらい、サファイアとアクアマリンの収録とPV撮影をおこなう。普段ならこういうスケジュールで仕事をさせるとアクア側から文句が出るのだが、今回は自分たちに“時間が無い”ことを意識しているので協力的だった。FもMも歌唱に気合いが入っていて、短時間で完成域に達した。
 
サファイヤではブルーのスーツを着て、サファイヤのペンダントをつけて歌う。『サファイアの高貴』は、彼女にサヨナラされても、取り乱したりせず、優しく彼女を見送り、その幸せを祈る男心が歌われている。
 
『アクアマリンの期待』は新しい女性と出会って、その彼女とのことに期待してワクワクする男の子の心を歌っている。この2つの曲は逆に並べると、意味が逆転してしまう!ので注意が必要だ。こちらの衣装はアクア色のスーツを着て、アクアマリンのブローチを胸につけている。
 
この2つの曲ではサファイアでは青龍のCG、アクアマリンでは水色の龍のCGを入れている。
 
実を言うと、ここで青龍のデザインはローズ+リリーの『青龍』のデザインそのもので、水色の龍は新たに私が“男の子の”青龍として描き直した絵をベースに制作してもらっている。だから、2つの龍はデザインが似ているのだが、青龍の方は女の子っぽく、水色龍の方は男の子っぽくできている。
 
『アクアマリンの期待』はアルバムの最後に置く予定の曲なので、やはりアクアは男の子ですよ、という意味を込めているのである。
 

ここまで制作が終わった夕方、唐突にアクアNが具現化した。千里が
「彼は朝までには消えてしまう」
と言うので、夜中で申し訳無かったが、スタッフに交替で仮眠を取りながら頑張ってもらって、夕方19時から朝5時まで掛けて、残りの2曲の録音とPV撮影をおこなった。
 
『パールの優しさ』は、思いを寄せていた女の子が、友人の男の子に取られてしまうものの、優しいまなざしで2人の幸せを祈るという歌である。そこには悔しさも嫉妬もなく、ただ好きだった人が幸福になることだけを祈る、とても広い優しさに満ちている。しかし発表後、こういう気持ちは必ずしも理解されなかったようで、結構議論を呼んだ歌である。
 
正直この歌詞は、若くて包容力と寛容さを持つ、花ちゃんにしか書けなかったと思った。むろん青葉は理解してそれによくあった曲をつけたし、アクアNもそういう気持ちをよく理解して歌ってくれた。
 
『ダイヤモンドの意志』は逆に好きな人に何度も何度もアタックし、相手が根負けして最後は交際に同意してくれるという、ハッピーエンドの歌である。彼がアタックする女の子の顔は映っていないが、実はアクアFが務めている。
 
パールでは乳白色のワイシャツに黒いパンツを穿いている(ドレスの予定だったがNの希望により変更)。またパールのネクタイピンを使用している。
 
主人公の男の子の思いに気付かなかった女の子と、彼女を誘った男の子は顔が映っていないが、実はアクアFとアクアMである。つまりこのPVは3人のアクアが揃い踏みした貴重なビデオになっているのである。
 
ダイヤモンドでは白銀色のスーツを着ていて、ダイヤのアクセサリーはつけていないが、ビデオのラストで、ダイヤの指輪を彼女に差し出し、彼女が左手を出すので、その薬指にダイヤの指輪を填めてあげるところで終わっている。
 
「これがラストでもいいくらいだ」
と山村さんが呟く映像になった。
 

「あれ〜。また1人になっちゃった」
とその夜、葉月は言った。
 
1月に2人(聖子F・西湖M)に分裂して以来、時々急に1人に戻ることがある。
 
「今度はどっちになったんだっけ?」
と思って自分のお股を触ってみる。
 
「あ、今回は女の子だ」
 
どうも1人になる度に、男の身体が残ったり、女の身体が残ったりするのである。意識は男西湖の意識・女聖子の意識が共存している。二重人格と似たような状態である。
 
西湖はその時によって、自分が男でありたい気持ちと女になってもいい気持ちとの強弱があって、その時に強い方が残るのかな?などと考えていた。
 
自分自身、性別をどうしたいのか、結構揺れているのかもと西湖は思っていた。ちなみにアクアさんのライブをやった時はMが残っていた。
 
聖子は朝起きてみたらまた2人に分裂していた。それでいつも通り、聖子Fが朝から学校に行き、西湖Mは午前中仮眠しておいて、午後から仕事に出かけた。
 

アクアNによる歌唱録音は夜通し続けられ、朝6時頃終わった。
 
そして終わってから「お疲れさんでした」などといって軽食をもらって食べながら技術者さんがミックスダウンして再確認でできあがった音源を聞いていた時、Nは唐突に消えてまたFとMの中に半分くらいずつ吸収された。
 
Fが寂しそうな顔をしていた。
 
コスモスが言った。
 
「ねぇ、ダイヤを最後にしない?」
 
「ボクもそれがいいと思います」
とFも言う。
 
「組み替えるか」
と私も言って、コスモスと話し合い、次のような順序に変更することにした。
 
『揺れるトルマリン』(F+M)
『パールの優しさ』(N)
『トパーズの溜息』(F)
『サファイアの高貴』(M)
『アクアマリンの期待』(M)
『ルビーの情熱』(F)
『ダイヤモンドの意志』(N)
 
アルバムタイトルも『宝石箱−A Boy and A Girl』とすることにした。
 
「なんかきれいにまとまったね」
「うん。わりと美しい物語にまとまった」
「これで映画を作りたいくらいだ」
などという声も出るが
 
「さすがに映画作る時間は残ってないだろうなあ」
とFは少し寂しそうに言った。
 
これがもう9月下旬であった。
 

しかし映画を作ってしまうのである!!
 
コスモスは『気球に乗って5日間』で助監督を務めたほか、『時のどこかで』の一部、『ねらわれた学園』『少年探偵団』の監督も務めてくれた河村貞治さんに話を持ちかけた。
 
「実はマクラが近く結婚することになって」
「え〜!?」
 
“マクラ”というのは、アメリカに住んでいるアクアの従妹で顔がアクアとそっくりの子という設定の存在である。
 
「しばらく日本にも来られなくなるので、記念にアクアとマクラで青春映画を作れないかと思いまして。建前上は、アクアが男の子と女の子の2役をしているということにして」
 
「それすぐ脚本書かせる」
 
と河村さんは言ってくれた。大曽根部長の承認もすぐに下りた。制作費は§§ミュージックが全額を負担する。脚本は、『ねらわれた学園』の脚本を書いた、小森勇子さんがわずか1週間で書き上げてくれた。
 
「さすがに勘違いとかで矛盾点があるかも。気付いたら自由に修正して」
「了解了解」
 

それで10月頭から、この映画の撮影が始まってしまったのである。アクアは通常のドラマやバラエティの出演をこなしながらこの撮影に臨んだが、さすがにレギュラー以外の番組の話は、コスモスが先方に謝って、ラピスラズリ、白鳥リズム、姫路スピカなどに振り替えた。一部は品川ありさや高崎ひろかに頼み込んで代わってもらったものもある。
 
「プライドが傷つけられるかも知れないけど」
とコスモスは彼女たちの謝ったが
 
「あの忙しい仕事の合間に映画まで撮るなんて、下手したらアクアが倒れますよ。やれるだけ代わりますから、どんどん持って来てください」
と2人とも言ってくれた。
 
葉月は1人が映画のボディダブルに取られるので、この月のアクアのテレビ関係の仕事のリハーサル役は、ほとんど佐藤ゆかが務めた。そうしないと葉月は2人いてもとても身体がもたない。しかし佐藤ゆかは「体力持たない!死ぬ!」と叫んでいた。
 

映画の出演者はこのようになった。
 
一志:アクア
藤子:アクア(二役)
一志が思いを寄せていた女の子:元原マミ
その女の子と恋人になった男の子:七浜宇菜(男装!)
藤子と恋人未満だった男の子:松田理史
一志の友人たち:篠原倉光、木下宏紀、弘原如月
藤子の友人たち:桜井真理子、中村昭恵、三田雪代
 
アクアと長い付き合いの、元原マミ、松田理史が偶然10月だけは空いていたので、出演をお願いした。七浜宇菜はたまたま大和映像に遊びに来ていて所を河村さんが
 
「アクアちゃんの映画撮るんだけど、出ない?」
「出ます!」
という会話で出演が決まった。
 
「アクアちゃんの恋敵の役なんだけどいい?」
「それ男役ですか?女役ですか?」
「どっちだったっけ?」
 
ほか、友人達役では、信濃町ミューズ・信濃町ガールズから数人が出演する。
 
タイトルは『君はダイヤモンド』で、クライマックスにアクアの『ダイヤモンドの意志』が流れることになる。つまり、Nの歌唱がこの映画に残ることになった。但し伴奏を差し替えた別テイクを使用する。
 

この映画の前半のヒロインは元原マミで、彼女はこの映画の準主役にもなっているのだが、マミの恋人役が、アクアと宇菜で、世間的にはアクアは実際には女の子ではという疑惑があるので
 
「男装女子2人に愛される役だ」
などと言われることになる。
 
ちなみに、宇菜は充分男に見えるけど、アクアは男装していても女の子に見えるなどという評もあった。
 
この映画には、宇菜が男子トイレで男子の友人と連れションするシーンがあるが、宇菜は後で雑誌のインタビューで「ボク、実際に立っておしっこするのできるよ」と答えて「さすが宇菜」と言われていた。
 
立っておしっこするのが得意というと、白鳥リズムなどもわりと公言している。
 

この撮影では、時間が無いということもあり、ボディダブルをできるだけ使わずに2人のアクアを、元原・松田および宇菜の3人にだけは見せて、時間を掛けずに撮影をしている。
 
「へー。アクアちゃんの従妹なんだ?」
「ほんとにそっくり」
「演技もアクアちゃん並みにうまいね」
と3人は感心していた。
 
彼女の存在が知られると記者とかに追いかけられて安寧な生活ができなくなるので秘密にしておいて欲しいという要請には3人とも承諾した。3人ともその辺りは充分信頼できる人だし、よけいな詮索はしない人たちである。
 
「あれ?もしかしててこないだの“カナダ”での写真集って、実はマクラちゃんだったとかは?」
 
「実は2人で撮っているんだよ。ビキニとかの写真は仮名・マクラで、ラッシュガードとかワンピース水着を着た写真はボク。だから7割くらいはボクなんだけどね」
 
「やはり女の子水着を着たんだ?」
「男子水着の写真は需要無いって言われて」
「それは言えてる」
 
「でもさすがにビキニは無理」
「いや、男の子なのにワンピース水着を着ているだけでも凄い」
「ギャラは2人で山分けした。でもこれ内緒でね」
 
「OKOK」
 
「ボクもいっそ男装写真集撮ってもらおうかなあ」
と宇菜が言うと
 
「それ事務所に話持ちかけてみなよ。宇菜ちゃんは水着の写真集とかより、格好良く男装した写真集のほうが絶対売れるし」
と松田君が言っていた。
 

ともかくも、これでこの年、アクアは主演映画を3本も撮ることになり、後に“俳優アクアの元年”とも言われることになる。
 
(“女優アクアの元年”ではないかという説もある!)
 
撮影していて河村監督は、正直、恋愛禁止のはずのアイドルでちゃんと恋愛物語が撮れるだろうかという不安が少しあったらしいが、マクラちゃんが、さすが結婚が決まっているというだけあって、恋する乙女の表情をしてくれて、いい撮影ができた、と、ずっと後に語っていた。
 

2020年10月2日(金).
 
この日も満月だった。
 
ローザ+リリンのマリナが男の子を産んだ。産気づいてから丸1日かけての出産だった。マリナはかなり苦しんだようだが
「これは安産の内」
などと母親から言われて
「そうなのぉ?」
と情けない声で言った。
 
ずっと付いていてくれた姉の歩は
「赤ちゃんなんて産むもんじゃないなと思った」
などと言っていたが、
「あんたも40歳になる前に1人くらい産んでおいたら?」
と母親に言われていた。
 
「箱とか袋ってさ、いかにも開きそう方ではなく、開かなそうな側から開くこと多いじゃん」
と歩は言った。
 
「ああ、わりとそうかもね」
「どこからでも開きますなんて書かれているのは、まずどこからも開かない」
「あれ、イライラするよね」
 
「だから、いかにも赤ちゃん産みそうな私じゃなくて、産まなそうなマーちゃんのほうが赤ちゃん産んだのよ」
と歩は言った。
 
「だけど赤ちゃんって諦めた頃に突然できるとも言うよ」
とマリナは言っておいた。
 
「既に諦めてから10年くらい経つけどなあ」
「10年前ってまだ結婚してないじゃん」
 
しかし歩は翌月妊娠が発覚するのである!結婚して7年目の初妊娠に歩の夫が狂喜していた。。
 

2020年10月11日(日).
 
私がローズ+リリーのアルバム用の曲を書いていたら、政子が寝室から出て来て
 
「産まれそう」
と言う。
 
「病院行こう」
と言って、私は政子を連れて地下駐車場まで降りると、アクアの後部座席に乗せて病院まで行った。
 
しかし先生は政子を見ると
「まだ数日先ですね」
と言った。
 
「だってこの子、かなり動いているのに」
「あと1週間くらいしたら出て行くよ、というアピールでしょう。本当に産まれそうになったら、また来てね」
と言われてしまう。
 
「でも私苦しい」
と政子は訴える。
 
私は言った。
「私、この子と2人で共同生活しているんですが、仕事が忙しいので、常に付いているという訳にはいかないんです。入院したらいけません?」
 
「うん、それはいいよ」
とお医者さんも言うので、入院させることにした。
 

連絡を受けてお母さんが出て来た(あやめはお父さんに任せた)ものの、説明を聞いて「なーんだ」と言う。
 
「あんた2度目なのに」
「だってほんとに苦しいよぉ」
「産む時はもっと辛いからこの時期に騒いでもしかたないよ」
「えーん。冬、代わってよぉ」
「私のお腹の中に入っているわけじゃないから無理」
 
結局、しばらく麻央が日中付いていてくれることになった。私の実姉の萌依は現在妊娠3ヶ月なので、負荷をかける訳にはいかない。
 
(萌依の夫が小山内和義さんで、麻央はその妹。麻央の夫は佐野敏春で、私と佐野君と正望は高校の同級生。麻央は私の小学校の時の同級生)
 
それで政子は入院中、麻央とアクアをネタに楽しくおしゃべりしていたようである。あけぼのテレビの『アクア改造マル秘計画』の方は出産後1ヶ月くらいまでお休みさせてもらうことにするが、光帆が
 
「綿密なアクア拉致計画を立案するからまかせといて」
などと張り切っていた。光帆も妊娠中だが、予定日は3月なのでまだ余裕がある。
 

さて、マリの産休期間に、私はKARIONのアルバムの制作に入った。
 
私がこちらの作業に入った時点で、既に伴奏はできているし、和泉のリードボーカルはもちろん、更には小風と美空のパートも吹き込まれており、結局私のパートを乗せるの待ちだったのである。
 
私は黒木さんと2人だけで、この作業を進め、約2週間で12曲の歌の私のパートを吹き込み終えた。コロナの折、分散収録をせざるを得ないというのは分かるが私は何だか寂しい気持ちになったのだが、収録中に結構美空や小風が様子見に顔を出してくれたし、多忙な和泉も差し入れを入れたりしてくれて、私は4人の連帯感を感じながら、作業を進めることができた。
 

2020年10月18日(日).
 
旧暦では10月2日で、新月の翌日である。
 
日曜なので、朝から麻央と佐野君、萌依と和義さん、それにうちの母まで病院に来ていて
「あら、こんなに居たら三密だわ」
などと言っていた時、政子が突然沈黙する。
 
「どうかした?」
「これ本格的に痛い」
 
「ナースコールしよう」
 
それで看護師さんが来てくれたが
「ドクター呼びます」
と言って呼び出す。
 
「子宮口が開き始めているね」
と医師は言った。
 
「じゃ、赤ちゃん出てくる?」
「まだ6-7時間掛かるかな」
「そんなに掛かるのぉ?」
「赤ちゃんも色々準備があるからね」
 

それで政子のお母さん、そして私にも連絡が来たので、私は少し考えてから亮平君にもメールを入れてから病院に向かった。
 
私が行くと、麻央がお腹をさすってあげていた。
 
「麻央、交替しよう」
「よろしくー」
ということで私が代わって政子のお腹をさする。
 
私が到着してから1時間半ほどしてから、政子のお母さんも到着した。お腹をさする係もお母さんに交替する。1時間ほどでまた麻央に交替する。
 
交替でお昼を食べてくる。13時頃、亮平君が妃登美ちゃんと月花(るか)ちゃんも連れてやってきた。
 
「マリちゃん頑張ってね〜」
と妃登美ちゃんが声を掛けてくれる。
 
「月花(るか)、あんたの妹がもうすぐ生まれるよ」
などと妃登美は言うが
「一応遺伝子鑑定では男ということになっているんですが」
と私が言うと
「残念!姉妹でお揃いの振袖着せたかったのに」
などと、本当に残念そうに言う。
 
「男の子でも振袖着せたらいいよ」
などと麻央が言うので
「それもいいよね」
などと妃登美は言っていた。
 

「妃登美ちゃんは、もう大丈夫なの?」
「うん。もう大丈夫。ずっと寝てるのに飽きてきてたから、こうやって出歩くのが気晴らしになるしね」
 
「ルカちゃん、可愛いね」
「うん。凄く可愛く感じる」
「目の感じが亮平に少し似てない?」
「あ、私もそれ思った!」
 
などと会話を交わしていると政子も気が紛れるようである。
 
医師が来て様子を見ている。
 
「分娩室に行こうか」
「はい」
 
それで政子はストレッチャーか何かで運んでもらえると思ったようである。
 
「歩いていくのー?」
「あやめを産んだ時もそうだったじゃん」
「そうだっけ?もう忘れてる」
 
「なんかあれは異常なテンション状態だから結構忘れるよね」
と妃登美ちゃんも言っている。
 
それで政子は歩いて分娩室に移動した。
 

私たちは廊下で待つ。
 
15:15、分娩室から元気な産声があがる。
 
「やった!」
と私たちは声をあげた。そして私は政子のお母さん、麻央、そして妃登美!と握手を交わした。亮平君も抑えてはいるが、嬉しそうだった。彼の遺伝子を受け継ぐ子供の誕生である。
 
事前に遺伝子検査をして男の子であることは分かっていたのだが、生まれた子供には間違い無くちんちんも付いていた。
 
「姉弟だから結婚させられないのが残念」
などと妃登美は言っていた。
 
「結婚できたら、大輝って太陽っぽいから、お月様の月花ちゃんとはお似合いだったかもね」
などと政子も言っていた。
 
「どうせ結婚できないし、やはり大輝は性転換させて姉妹に」
「勝手に性転換しないように」
 

10月25日(日). 私たちは仙台の織姫アリーナで品川ありさのネットライブを実施した。ここはこの春から千里が整備をしている若林植物公園の中にあり、織姫・牽牛という2つの体育館が並んで建っている。今回は織姫を使うが、来月の高崎ひろかのライブは隣の牽牛を使う予定である。
 
今回はあけぼのテレビ以外に、★★チャンネル、ЮЮネットとの同時配信である。あけぼのテレビが300万回線、★★チャンネルとЮЮネットは各々100万回線なので最大500万回線まで接続できる。むろんタイムシフト視聴も可能である。
 
料金についてはかなり悩んだ末に、特別視聴料(視聴チケット)としてアクアより高い3000円を設定することにした。アクアの料金は“開局記念料金”だったと称することにする。
 
スカパーなどの有料番組では5000円くらいのものは普通にあり、そう高くも無い。むしろ安すぎるくらいだ。実際先日∞∞プロ主催で行ったハイライトセブンスターズのネットライブは普通の生ライブと大差無い視聴チケット8800円を取って30万枚売っている。そういう価格設定で勝負するのもひとつの手法である。
 
私たちはいっそのこと無料放送にしてスポンサーを募る手も考えたのだが
 
「品川ありさで無料ライブなら回線がパンクする」
とЮЮネット側が主張した。それにスポンサー付き番組は実は再放送しにくい。
 
回線ダウンして非難されるよりは、多少(?)赤字になっても有料でやろうよということにした。
 
普段の生ライブなら、全国ツアーで10万人程度の動員実績しかない品川ありさで3000円の視聴料を取って、どのくらいの人が払ってくれるか私たちは不安だったのだが、全国のファンクラブ会員が動いてくれたようだった。各会員が随分“布教”してくれたようで、広告料を3億円使って在来テレビ局でのスポットも打った結果、120万回線の接続(タイムシフトを含む)を得られた。内訳はあけぼのテレビ90万回線、★★チャンネル20万回線、ЮЮネット10万回線だった。ただしその他にЮЮネットの“ラジオ接続”(聴取チケット1500円)がタイムシフトを含めて90万回線も接続された。ネットラジオ接続は音だけなので、ネットテレビに比べて遙かに大きな接続数を得られるしスマホでもストレス無く聴ける。実際にはどうも運転しながらとかウォーキングしながら聴いた人が多かったようである。結果的には210万人が品川ありさのライブを聴いてくれたことになる(在来局換算視聴率3%程度)。
 
取り敢えずこのクラスでも赤字は出ない範囲でできるんだ、ということで私たちはホッとするとともに、自信も深めた。
 

アクアの映画は10月いっぱいで撮り終える予定だったのだが、結局11月1日の夜、撮影完了となった。
 
「お疲れ様ぁ」
と言って、メインの5人+葉月の6人はハグしあった。
 
「マクラちゃん、折角知り合いになったのに、しばらく日本に来られないって寂しいなあ」
 
「ごめんねー」
 
彼女たちには「マクラが結婚する」という話はしておらず、向こうであまり休めない仕事に就くのでと言ってある。
 
例によってこの6人にお茶と松花堂が配られ、
「打ち上げは各々自分の家で」
と言って解散した。
 

帰宅したのは夜23時頃である。
 
「さすがにハードスケジュールで疲れたねぇ」
と言って、龍虎MとFは一緒に冷凍ピザをチンして食べ、ルピシアの紅茶を飲みながら、しばらくおしゃべりしていた。
 
それでそろそろ寝ようかなどという話になっていた時、Mは唐突に股間に激痛を感じ、お股を押さえてうずくまる。
 
「どうしたの?」
「・・・」
「もしかして男の子固有の痛みって奴?」
「・・・・・」
「ああ、言葉も出ないか。可哀想に。睾丸なんて、さっさと取っちゃえば、そういう痛みからは解放されるのに。支香おばさんもアクアの去勢に同意したらしいし、さっさと手術しちゃおうよ。精液も冷凍保存してるんだし、もう要らないじゃん」
 
「・・・・・・・」
 
3分くらい経ってからやっと言葉が出る。
「きつかったぁ」
 
「でも何にぶつけたの?」
「分からない。何かぶつかるようなものも無かったと思うんだけど」
「睾丸は潰れた?それとも無事?」
「確認する」
と言って龍虎Mはお股に触ってみる。タックしているのでよく分からない。
 
「あれ?変だな。ちょっとタック外してみよう」
と言って、下半身の服を脱ぎ、股間を露出する。
 
「見るなよ」
「別にいいじゃん。同じ自分なんだから」
 
それでFが興味深そうに見ているが、気にしないことにしてMはエナメル・リムーバーとはさみを使ってタックを解除した。
 
男性器が露わになる。
 
龍虎Mは確認するように、その付近に触る。
 
「あれ?」
 
「どうしたの?」
 
「体内に入り込んでいるのかな?」
 
龍虎Mはタックのために睾丸を常時体内に押し込んでいる。普通はタックを解除すると自然に降りてくるのだが、たまにすぐには降りてこない時もある。
 
指で探ってみる。
 
「あれ〜〜?おかしいな」
「私にも触らせて」
 
「やめろよ」
「いいじゃん。ついでに舐めてあげてもいいけど」
「そういうのはやめろって」
 
それでFがMの股間に指を当てて、探してみるものの、睾丸らしきものが見当たらない。
 
「無いみたいだよ」
「嘘!?」
 
Mは更に探していたものの、やはり睾丸が無いようだという認識に至る。
 
「嘘!?なんで無くなったんだろ?」
 
「去勢手術受けたんだっけ?」
「嘘?これ去勢されている状態?」
「あるいはさっきの痛みは去勢された痛みだったりして」
 
「どうしよう?」
「別に問題無いんじゃない?どっちみち去勢手術するつもりだったんでしょ?」
「断固拒否してたんだけど」
 
「まあ無くなったものは仕方ないじゃん。これで声変わりが起きる心配は無くなったね。アクアの人気急落は避けられるよ」
 
「そんなあ」
 
「ちなみに彩佳を抱く時はちゃんと立つように、毎日オナニーに励もうね。雨宮先生言ってたじゃん」
 
「それはしようかな。彩佳との問題は置いといて、立たなくなるのは嫌だもん。僕一応男の子だし」
 
まだ「僕は男だし」とは言えないんだな、とFは思った。Mは結局まだ大人の男になる覚悟ができていない。ひょっとしたらそれまではボクは存在し続けるのかも?
 
「頑張ってね。私がしてあげてもいいけど」
「それはやめろって」
「彩佳とする時にちゃんとできるようにボクでセックスの練習してもいいよ。ヴァージンはボク、彩佳に捧げちゃったから今更だし」
 
あれってヴァージン捧げたことになるんだっけ?とMは疑問を感じた。指は入れあってたけど、ふたりとも“膜”は破れてない気がするけど。
 
「いや、自分同士のセックスはよくないと思う」
「玉がないならボクを妊娠させる心配も無いし、しても構わないと思うけどなあ」
「いや、しない」
 
セックスに興味がない訳ではないが、一度でもFとしてしまったら、きっと自分は毎日Fとしたくなり、事実上の夫婦になってしまうのではとMは恐れていた。
 
「取り敢えず1回(オナニー)してみるよ」
とMは言う。
 
「じゃ見ててあげる」
「嫌だ」
「見られていた方が興奮するよ」
 
Mもそうかも知れない気がした。
 
それでFが見ている中、やってみる。
 
「ちゃんと立った」
「良かったね。そのまま逝ける所まで行こう」
「うん」
 
それでMはFが見ているのは気にしないことにしてやっていくと3分くらいで頂点に到達し射精する、その液をFが陶器の絵具皿で受け止める。しかしその前にMは液が出たことに驚いた。
 
「なんで出るんだろう?玉が無いのに」
「精管に溜まっていた分だと思うよ」
「あ、そうか」
「だからこれが最後の射精かもね」
「最後か・・・」
「これ《こうちゃんさん》に頼んで冷凍保存してもらおうよ」
「そうしよう」
 

それで《こうちゃんさん》を呼ぶ。
 
「玉が無くなった!?」
「ちなみに、こうちゃんさんのせいじゃないよね?」
 
「俺は知らんぞ。むしろどうやってお前を去勢しようかと色々考えていたんだけど。千里も本人がもし同意したら去勢してもいいと言ってたから、後はお前を何とか一時的にでもその気にさせるだけだなと思ってた」
 
えーん。
 
「これ最後の射精した液なんだけど、冷凍保存できる?」
「OKOK。やっておく」
 
「こうちゃんさん、玉が無いと凄く変な感じで。作り物のダミーでもいいから入れられる?」
「一週間ほど待て。用意してから入れてやる」
「ありがとう」
 
「女性ホルモンを分泌するタイプを入れるから、半年も経てば、お前もバストが膨らむぞ」
「女性ホルモンは要らないし、おっぱいは大きくしたくないんだけど」
「女になりたくなって、去勢手術を受けたんだろ?俺に頼めばタダで去勢してやったのに」
 
全然話聞いてない!
 

「違うよ。なんか分からないけど突然無くなったんだよ」
「そうだったのか、まあお前の周囲では不思議なことが起こりがちだし」
 
それ《こうちゃんさん》が起こしてるのでは?と龍虎Mは思ったのだが、《こうちゃんさん》は彼にショッキングなことを告げた。
 
「お前はどっちみちバストは膨らむぞ。これまではFの卵巣から出る女性ホルモンとお前の睾丸から出る男性ホルモンがバランスして、お前の胸は膨らんでいなかった。これからはFの女性ホルモンだけになるから、お前の身体の女性化は止めようもない」
 
「そんなあ」
 
「でもアクアにバストがあるのは全国民が知ってるから、今更全く問題無い」
と《こうちゃんさん》が言うと
 
「確かに何も問題無いよね」
とFも言った。
 
そういう訳で、この日は龍虎Mは、“治療も完了している”龍虎Nの睾丸が《こうちゃんさん》の手元に保存されていることには気付かなかったのである(Fは気付いていたが言わなかった)。
 
 
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【夏の日の想い出・龍たちの伝説】(2)