【夏の日の想い出・戯謔】(4)

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1月3日(木).
 
政子がお母さんと一緒にカウントダウン・ライブをした小浜から戻ってきた。
 
敦賀10:10(しらさぎ56)10:45米原10:57(ひかり516)13:10東京
 
それで政子が戻ってくるくらいの時刻を曖昧な集合時刻として、クロスロードの集まりをした。この日は集まれる範囲でということにしたのだが、こういうメンツが恵比寿の私のマンションにやってきた。
 
小夜子(最近暇をもてあまし気味)
小夜子の子供たち:みなみ(7) ともか(5) ほたる(3) えりか(1)
森高紘(あきらの妹)子供たちのお世話係として同行
青葉(お正月なので彪志の家に滞在中)
淳(性転換手術後4ヶ月弱)
若葉(暇とお金をもてあまし中)
若葉の子供たち:冬葉(4) 若竹(1) 政葉(3ヶ月)
紙屋美緒(千里と桃香の大学時代の友人)
紙屋清紀(美緒の法的な夫で事実上の妻)
美緒と清紀の子供:佳純(1)
 
この他にクロスロードとは関係無いのだが、タレントさんなどが挨拶に来るかもということで、風花・詩津紅・妃美貴に鱒渕さんも来てくれていたので、その4人と私、政子、政子のお母さんまで入れると22人(内子供8人)もマンションのLDKに集まっていた。
 
結構な人数になったが、小さな子供が多いので、どこかのお店で集まるよりは、こういう個人の家に集まった方がよいだろうということもあり、うちのマンションを会場にしたのである。
 
主な欠席者
 
和実(妊娠中:絶対安静)
胡桃(美容室が正月で多忙)
あきら(性転換手術から1ヶ月で療養中)
桃香(頼まれた原稿を書いているらしい)
千里(よく分からないが忙しそう)
 
ちなみに彪志君はクロスロードには加入していない。クロスロードの加入条件は「女湯に入れること」なので、彼は性転換しない限り加入困難である。
 
紙屋夫妻は2012年1月に伊豆で会合をした時に初出席して、その後、数回参加している(当時はまだ入籍前同棲中)。美緒は天然女性。清紀君は本人は「純粋なホモでトランスの傾向は無い」と主張しているものの、頻繁に女装させられており、実際問題として、女湯パスしてしまう!(雰囲気があまり男性っぽくないのでしばしば男湯脱衣場から追い出されるらしい。彼はオッパイが無いのに女湯で怪しまれたことは全く無いと言う)
 
もっとも彼は恋愛対象が男性なので、女湯で女性の裸を見ても何も感じない。むしろ男湯は精神的に耐えられないらしい。そういう人なら問題無いんじゃない?と和実が言って、彼はクロスロードに受け入れられている。
 
今回のメンツの中で唯一のちんちん保持者である!
 

「紘(ひろ)さんって、名前の区切り場所を間違えられません?」
「間違えられます。よく森・高紘(もり・たかひろ)と読まれて男性と思われるんですよ。それでママさん教室に申し込んで、男性の方はご遠慮頂きたいのですが、とか電話が掛かってきてました」
「ああ」
「『森高』は森高千里ちゃんとかいるのに」
 
「うちの父が1文字名前が好きだったんですよね。それで姉貴は晃(あきら)で私は紘(ひろ)で」
「でも最近、お姉さんは、ひらがなで『あきら』と書くことが多い」
「美容室のホームページの美容師一覧で、ひらがな書きになっているんですよね。私もひらがな書きで通そうかなあ」
「それもいいかもね」
 
「ちなみに私の旦那は森高・実(もりたか・みのる)なんですけど、森・高実(もり・たかみ)と読まれて女性と誤認されることあります」
 
「じゃ夫婦性別逆転認識ですね」
「そうなんですよ!だから夫婦で学校の行事に参加した時、旦那の名札が赤い名札で、私の名札が青い名札になってたことあります」
 
「あはは」
 

この日はうちのマンションに挨拶回りで、スリファーズ、ムーンサークル、Trine Bubble, ゴールデンシックス(のカノンとリノン+美空)、スターキッズ、バレンシア(のココア・ミルク・レモン・ゼリー)、三つ葉、透明姉妹、松元蘭などがやってきた。風花と鱒渕さんに居てもらって良かったと思った。
 
ちなみにカノンとリノン+美空、スターキッズの七星さんは結局そのまま居座ってしまった。
 
スリファーズなども元々クロスロードのメンツにカウントされているので2時間近く根を生やしてピザやおせちなどをつまんでいたが
 
「あ!東郷先生の所にも行かなきゃ」
と言って、慌てて退出して行った。三つ葉なども忙しいはずなのに1時間以上居た。
 
「紅石恵子ってケイ先生なんでしょ?」
「そうだよ。和泉から聞かなかった?」
「なんでケイの名前じゃないんですか?」
「実は作曲料が安い。ディスカウント版」
「そうだったのか!」
 
「今年はあまりに依頼が多いから断るために作曲料を100万円にしているから。でも紅石恵子は30万円で出しちゃう」
「へー」
「でも三つ葉なら印税で充分もらえるから作曲料安くても問題無い」
「わぉ」
 
三つ葉のCDなら5万枚は売れる。5万枚売れると印税だけでも200万円。更にカラオケやTV・有線などでの使用料まで考えれば、実は作曲料無しでも全く問題無い。しかし今年は作曲料ゼロではとても仕事を受けられない。
 
「紅石恵子は全部ケイさんの作品だけど、実は今年はケイの名前で出ている作品こそ、ケイさんの真筆が少ない」
 
とちょうど来ていた透明姉妹が言うので
「え〜〜〜!?」
と三つ葉の3人は驚いていた。
 
「でもヒットして良かったね!」
「あのヒットのお陰で、お給料あげてもらえるんですよ」
「それは良かった」
「お給料方式じゃなくて4月からはマージン方式にしないかと言われているんですけど、悩んじゃって」
 
「そうだね。三つ葉はそろそろマージン方式の方がいいかもね。お給料方式ならアップできる限度があるけど、マージン方式なら稼げば稼ぐだけもらえる。まあ事務所と折半くらいの所が多いけどね」
 
「事務所が4で私たちが6と言われました」
「その比率は良心的だと思う。事務所が9で本人は1なんて大手事務所もあるよ」
「うっそぉ!」
「7:3とか6:4くらいの所が多い。でも叩かれることの多いジャニーズとかは4:6らしいね。あそこは実は待遇いいんだよ」
 
「へー」
「でも仕事が無かったら収入ゼロですよね」
 
「当然。でもステラジオなんかも最初マージン方式に移行した頃は、食べて行けるか不安だったらしいけど、今では高額納税者になっているからね」
 
「わあ」
 
「というか、ケイたちも、最初の頃は前のマンションの家賃を払えるかどうか不安だったと言ってたよね」
と若葉が言う。
 
「そうそう。たまたまスリファーズに提供した曲がヒットして、それで何とかなったんだよ。でもアーティストはやはり給料方式でやっていては甘えが出るもん。そろそろ独り立ちできるような頑張ろう」
 
「実はここに来る前に、新島先生(雨宮派の統括者)の所と、金墨円香さん(三つ葉の番組の司会者)の所に寄ったんですが似たようなこと言われました」
 
と波歌(しれん)が言う。波歌は桃香の親戚らしい。
 
「やはり給料方式は基本的に雛鳥(ひなどり)が巣立つまでのモラトリアムだからね。そのあたり、毛利さん(毛利五郎:三つ葉のプロデューサーのはず)とかともよく話し合ってごらんよ。私個人の考え方だけど、アーティストは事務所に雇われて演奏をするのではなく、アーティストが主体で、事務所はあくまでその営業支援をする存在であるべきだと思うんだよね。日本の芸能事務所には、そういう認識のない所が多いけど」
 
「むしろ芸者の置屋みたいな感覚の所が多いよね」
と七星さんが言う。
 
「それ。ほんとに酷い所が多い」
 
「江戸時代だと、芸者が所属していてリクエストに応じて派遣する置屋、料理を提供する料理屋、場所を提供する待合茶屋、の“三業”が協力して花街は維持されていた。それが、芸能プロダクション、レコード会社、放送局や映画会社、という三業に置き換わっただけ」
 
「闇は深いなあ」
 

子供たちはだいたい政子のお母さんと、詩津紅・妃美貴の姉妹が見てくれていたのだが(風花と鱒渕さんはキッチンの隅で営業的な話をしていた)、あきら・小夜子の4人の娘たちの中で長女のみなみは小学1年生で、おとなたちの会話にも興味津々の様子であった。しばしばこちらのテーブルに載っているピザとかチキンを取りに来て、そのまま小夜子の膝の上に乗って大人たちの会話に聞き耳を立てていた。
 
「みなみちゃん、パパが女の人になっちゃったけど、どう思った?」
と政子が尋ねたものの
 
「パパはじめから女だったとおもうけど」
と彼女は言う。
 
「だっておっぱいあったし、おちんちんなかったよ」
 
「隠してたけど本当はあったのよ。それを取っちゃったのね」
「へー。でもパパにおちんちんとかあったらへんだから、とっていいとおもうよ」
「うん。確かにあきらさんにちんちんがあるのは変だ」
 
「私も長らくあの人のちんちん見てなかったのよね〜。手術前にタック外してきれいに洗って、舐めてあげたよ」
などと、あまり子供の教育にはよくないことを小夜子は言っている。
 
「私も冬のちんちん取る前に舐めてあげたな」
と政子は言っている。
「もっともあれが本物だったかどうかはかなり怪しい」
 
「桃香も千里の性転換手術の前夜舐めてあげたと言っていたけど、多分それも偽物で手術自体がフェイク」
などと美緒が言っている。
 
「実際千里が性転換手術を受けたと称しているのは2012年だけど、ボクは2009年に千里のヌードを見ているんだよ。完全に女の子の身体だったし、高校時代に性転換手術を受けたんだと本人も言っていた」
と清紀が言う。
 
「いや、千里は高校入学当初、まるで男の子みたいな格好してたけど、水泳の着換えの時に、お股がもろに見えて、間違いなく女の子であることが分かった。だからたぶん中学生のうちに性転換手術して女の子になっていたと思う」
 
とリノンが言っているが、カノンが苦笑している。
 
「やはりクロスロードの最初の会合をした時点で、あきらさん、淳さん以外は全員性転換済みだったんだよ」
と若葉は言っている。
 
「私は本当に2012年に性転換手術受けたんだけど」
と青葉が言うが
「却下」
と政子から言われている。
 

「せいてんかんって男の人が女の人になること?」
とみなみが訊く。
「そうそう。その逆もね」
 
「うちの学校のどうきゅう生の雪雄くんも男の子だったけど、女の子になったんだよ」
「へー!」
「みなみちゃん何年生だっけ?」
「1年生」
「1年生で性転換かぁ。うらやましい」
 
「ようちえんに入ってきたときはズボンはいてて男の子だったけど、トイレは女の子トイレつかってた。水あそびのときとか女の子水ぎをきてたよ。でも、おまたのところがふくれててみんな『ゆきちゃん、そのおまたへーん』といってた。雪ちゃんも、これじゃまだからとりたいんだよねとゆってた。でもなつ休みのあとからはスカートはいて出てきて、水あそびで水ぎになってもおまたはふつうの女の子とおなじでふくらみはなくなってたの。『雪ちゃん、おまたどうしたの?』ってきいたら『びょういんにいっておちんちんとってもらって女の子にしてもらった』とゆってた。名まえも雪子にかえたんだよ」
 
「幼稚園で性転換したのか!」
「いや小学校入学前に手術するのが理想的」
「でもよく手術してもらえたなあ」
「半陰陽ということにして手術したのかも」
「それは昔からある」
「冬もそういう名目で手術したんでしょ?」
「えーっと」
 

今日は子連れも多いし、和実と政子が妊娠中で、千里も代理母さんが妊娠中である。そんな話をしていたら、
 
「え?千里、代理母さんに妊娠してもらってるの?」
とそれを知らなかった美緒が言う。
 
「多分数日中に生まれると思う」
などと言っていた時、桃香から代理母さんが産気づいたから仙台に向かうという連絡が入った。
「千里そちらに行ってないよね?」
「来てないけど」
「だったら会社かなあ。ちょっと会社の電話に掛けてみる。携帯鳴らしても出ないんだよ」
 
ということで桃香は電話を切って、会社(?)に掛けたようである。
 
「千里、どこか会社に勤めてるんだっけ?」
「さあ。聞いてない」
「バスケットと作曲とやってて忙しい千里が会社に勤められる訳が無いと思う」
とカノンが言っている。
 
ここにいるメンツは“千里”が名古屋から戻ってきた後、Jソフトに復帰したことを誰も知らなかった(私も知らなかった)。青葉だけが何か考えているようであった(青葉もJソフト復帰の話は聞いていなかったようだ)。
 

「でも千里が代理母さんで妊娠って、また細川さんの子供?」
と美緒が訊く。
「いや、川島さんの子供」
「誰それ?」
 
という訳で、美緒は千里が結婚して、新婚4ヶ月で夫が死亡したことというのを全く知らなかったようである。
 
「うっそー!?結婚したのなら結婚式に呼んで欲しかったぞ」
「あれ、誰も結婚式に出席してないんだよ」
「式あげなかったの?」
「それがどうも契約結婚だったみたいでさ」
「へ?」
 
それで若葉が説明する。
 
川島さんはゲイで女性と結婚する意志はなかったものの、親からうるさく言われて誰かと取り敢えず形だけでも結婚したかった。千里は彼氏の細川さんが別の女性を妊娠させて腹いせに他の人と結婚したかった。ふたりの利害が一致したのでふたりは結婚式を挙げたものの、実際にはふたりは共同生活をしていた気配が無い。
 
結婚式を挙げたあと、川島さんは千葉の実家に居て、千里は結婚前から住んでいた世田谷区のアパートにそのまま居た。途中で川島さんが名古屋に転勤になったが、名古屋でも千里は川島さんのアパートとは別の所にワンルームマンションを借りていて、事実上そこに住んでいた。つまり2人は一度も同居していない。
 
川島さんの遺品の中からお兄さんが、2019年2月の日付が記入され、川島さん・千里の双方が記入して捺印した離婚届を見つけた。それに結婚前に千里は桃香に「結婚するけど1年後に離婚するから」と言っていたらしい。だからふたりは最初から結婚して1年後に別れるつもりで、偽装結婚したのではないかと多くの人が推測している、と。
 
青葉はこの話を初めて聞いたようで「え〜〜?」という顔で聞いていた。あれ?この話が出た時、青葉もいなかったっけ?と私は不思議に思った。確かにあの話はお母さんに知れたらショックだよということで、人には言わないようにしようということになったのである。ただ千里の友人関係には結構伝搬したようだ。
 
だいたい若葉が知っているし!
 
「そういう訳で、結婚式には友人をほとんど呼んでいない」
と若葉は言う。
 
「なるほどー」
 
「でも孫の顔が見たいという川島のお母さんの要望で代理母さんに赤ちゃんを産んでもらうことにしたみたい」
 

「ああ、それで代理母さんなわけか。千里は細川さんの赤ちゃん2人産んでいるしね」
と美緒が言うと
 
「え?そうなの?」
と多くの声。
 
「それ私一度細川さんと話したんだけどさ、とりあえず長男の京平君は間違い無く千里と細川さんの子供なんだよ。DNA鑑定書も見せてもらったよ」
と私は言う。
 
「それを細川さんの別の愛人の阿部子さんに産んでもらったんだっけ?」
と少しだけ事情を知る小夜子が言う。
 
「いや、細川さんは阿部子さんと正式に婚姻していた。もう離婚したけど」
とカノンが言う。
 
「うん。あの時は千里かなり落ち込んでいたけど、負けるな、取り返せと煽っておいた」
と美緒は言っている。
 
「どうもその別の女性と婚姻関係を結んだのをうまく利用したみたいなんだよ」
と若葉が言う。
 
「千里は元男性という建前だから、子供が産める訳がないということに科学的にはなっているでしょ。それで本当は千里が産んだんだけど、阿部子さんが産んだことにして出生届けを出したのではないかと、これ一部で言っていた話」
 
と若葉が言っているが、そのあたりも多分和実から聞いた話だろう。
 
「藁の上からの養子(*1)ってやつか!」
 
「やはり千里、子供が産めるんだ!」
「その時期千里がせっせと搾乳して、それを細川さんち届けさせていたのを何人かが見ている」
「ほほお」
 

(*1)「藁の上からの養子」とは産まれたばかりの赤ちゃんを養子としてもらい受け、実子として出生届けを出したものを言う。「藁の上」とは産褥の寝床のことである。昔はかなり多かったと思われるが、その両親の実子などが裁判を起こすと、親子関係が否定されてしまい、辛いことになるケースもある。
 
川島信次の兄・太一がこの「藁の上の養子」であり、太一は実は戸籍上の両親のどちらとも血縁が無い。彼は戸籍上の父・川島厳蔵の恋人・露菜が産んだ子で、露菜は産後まもなく亡くなった。その子が自分の種でないことは知っていたものの、厳蔵は跡継ぎが欲しかったので、自分の妻・真須美の子として出生届けを出した。
 

「これ凄く不確かな情報なんだけど、千里は小学4年生の時に卵巣と子宮の移植を受けたのではないかという話があった」
とリノン。それは多分蓮菜からの情報だろう。
 
「でもそれ誰のを移植された訳?」
 
「千里自身から体細胞を採取して、それをIPS細胞に変えて、女性器を育てて移植したという説」
 
「その頃IPS細胞なんて無かったと思うけど」
「もうひとつは千里は元々女なのではないかという説」
 
「そのほうが余程信じられる気もする」
「でもそれでは千里が自分は元男だと言う理由が不明」
 
「千里の2人目の赤ちゃん、私見せてもらったけど可愛い女の子だったよ」
と美緒が言っている。
 
「へー!見たんだ!」
 
「じゃ結局千里って同時進行で2人子供作っていたのか」
「子宮は2つ無いから、1人は代理母さんに産んでもらったとか?」
「うん。そういうことのような気もする」
「忙しい奴だ」
 
実際この時期、川島さんの(遺伝子上の)子供が、緩菜ちゃん・由美ちゃん、幸祐ちゃんと、3人同時進行で出来つつあったのだが、そのことを私が知るのは数年後である。3人とも川島さんの死亡後に生まれた“忘れ形見”である。
 
     出産者 卵子母 親権者
緩菜(2018.9)美映 千里 貴司
由美(2019.1)(潘)桃香 千里
幸祐(2019.4)波留 波留 波留
 

「だけど契約結婚であっても、新婚4ヶ月で死なれたらショックだろうなあ」
「そうなんだよ。茫然自失状態になっていた。やはり好きだったんだろうね」
「まあ嫌いなら契約結婚でさえしないよな」
 
「でも千里はしばしば高崎に来るから、頻繁に会っていたけど、全然そんなそぶりも無かった」
と美緒は言う。
 
「まあ2人も子供を同時進行で作っていて、頑張らなきゃと思っていたのかもね」
「なるほどね」
 
実際に美緒が会っていたのは千里3のはずである。千葉の玉依姫神社で販売しているだるまを仕入れに毎月高崎のだるま製造所に行っているのである。ただ、あそこの神社の清掃作業には精神的なリハビリも兼ねて千里1を行かせている、と千里2は言っていた。
 

この日は子連れの人と療養中の人は20時頃までに退出、妊娠中の政子も寝せて、その後美緒がお酒を出してきて(子供は清紀さんが連れて帰った)、最終的にはこのあたりのメンツで結局朝まで飲み明かした。
 
私、青葉、美緒、花野子、梨乃、美空、七星、詩津紅、妃美貴、小風、光帆、音羽
 
(光帆と音羽は0時すぎにやってきた。風花も居たが寝ていた。鱒渕は途中でタクシーで帰した。青葉は何度も桃香と連絡を取り合っていた)
 
光帆が「アクアがカウントダウンに現れた原理」についてしつこく訊いたが「秘密」で押し切った。
 
「でも誓ってアクアにハードな移動はさせてないよ」
「レイアちゃんは結構ハードだったんじゃない?」
と梨乃。
 
「まあアクアとレイアでは扱いが違う。何十億稼いでくれるタレントは大事に扱うよ」
と私は言ったが
 
「ケイは百億稼いでいても、体当たり芸人並みの扱いをされている気がする」
と花野子が言っていた。
 
「マリが精密機械だから、私はその分荒い扱いになる」
「たいへんね〜」
 

1月4日朝、仙台に行っている千里から青葉に電話が掛かってきて、もうすぐ生まれそうだからサポートを頼むということだった。青葉はそのまま妊婦さんをヒーリングしていたようだが、8:58に「生まれた」と青葉が言い、私のマンションでは、その時起きていた人の間で拍手が起きた。
 
「男?女?」
「女の子。名前は由美」
「名前がもう決まっているんだ?」
「信次と、男なら幸祐、女なら由美と話していたんだよ」
「へー」
 
電話を替わって、美緒、花野子、そして私も千里を祝福した。
 
「しばらくそちらに居るの?」
「うん。出生届けが受理されるまでこちらに居るつもり。少し時間が掛かるかも知れないけど」
 
「・・・受理されるのに時間が掛かる訳?」
「下手すると裁判所の審判をやる必要があるかも」
「そんなに難しいの!?」
「初めての試みなんで、市役所がどう出るか読めない。冬は詳しいことは聞かない方がいいけど、うまく行くことを祈ってて」
 
「分かった。聞かないけどうまく行くといいね」
 
その件では青葉も詳細は聞いていないと言っていた。
 
「弁護士さんとかなり話していたようですよ。代理母さんが中国国籍だから、そもそも日本の国籍にする所から難しいみたいです。信次さんが生きていたら何の問題も無かったんですけどね」
と青葉は言っていた。
 
実際には千里たちの作戦はうまく行ったらしく、中旬には桃香と千里は生まれた赤ちゃん・由美ちゃんを連れて東京に戻った。そして月末には千里の養女として無事入籍できたようである。むろん日本国籍であり、中国との二重国籍とかでもないと桃香は言っていた。
 
この経緯については千里が言ったように、聞かないことにした!
 

千里たちの所は生まれたが、我が家の赤ちゃんを抱えたママ(政子)は
 
「お腹が重たーい。さっさと出てきてくれないかな」
などと言っていた。
 
元々体重が45kgくらいしか無かったのが60kgを越えているので、確かに辛いんだろうなという気がする。出歩くのもおっくうのようだし、出歩いていて転んだりしたら怖いので、運動もマンションの中を歩き回ったり、座ったまま手足を伸ばしてヨガっぽいことをしたり程度にさせておく。
 

アクアのツアーは1月6日(日)の関東ドームで終了。私もこれには顔を出して、打ち上げにも参加した。打ち上げといっても、タレントさんが、ごく数人を除いては女子ばかり、しかも未成年率が高いので、アルコールは一切入らない打ち上げで、出ている話題もキンプリの誰推しかとか、超特急の誰が好きかみたいな若い男性タレントの品定めの話、ファッションの話などが多く、私は付いていけん!と思っていた。
 
西宮ネオンはその手の話題は分からないようで、結局信濃町ガールズにいる数人の男子と話していたようだが、今井葉月は普通に女の子たちとガールズトークをしていた!
 

今年の震災復興支援イベントだが、今回は極めて深刻な問題があった。それはローズ+リリーが出ないということは、2つの問題を引き起こす。
 
(1)トリを務められるアーティストが居ない
(2)大きなキャパの会場を満杯にできない。
 
会場としては、これまでこういう場所を使っていた(右端は売上額≒寄付額)。
 
2013 福島 奏楽堂(1000)無料イベント
2014 東京 新宿文化ホール(1800)1600万円
2015 宮城 宮城県みちのくスタジアム(8万)3.2億円
2016 福島 福島市みどり総合体育館(6000)・球場(2万)4.36億円
2017 宮城 宮城ハイパーアリーナ(7000)2.24億円
2018 岩手 岩手県文化センター・アポロ(8000)2.56億円
 
順番から行くと今年は福島という感じである。それでどこかを使うかという問題なのだが、球場は過去に2度使っているが(選んだのは★★レコード)、やはり寒い!という根本的な問題があった。それで今年目を付けていたのは、郡山市の郡山中央体育館である。キャパは7000人でバスケット男子リーグに所属するコネクターズの本拠地にもなっている。2016年に使用したみどり総合体育館(6000)よりも少し広い。
 
私は小風・花野子と3人で出てくれそうなアーティストをリストアップしたのだが「うーん」と悩んだ。これが11月頃のことである。
 
3.9 AM アクア
3.9 PM §§ミュージックの歌手そろい踏み
3.10 AM アクア
3.10 PM Golden Six / Olive Lemon / Flower Four / KARION / XANFUS
 
「これどう考えても3月10日の午後は完売出来ない」
と小風は言った。
「まあ3月9日も微妙だけど9割くらいは行くかな。でも10日の方がより悲惨」
 
「KARIONもXANFUSも3000人くらいしか集客力は無いよ。それにジョイントライブは単独ライブほど客が入らない」
と小風は補足する。
 
単独ライブでなら1万動員出来るアーティストのジョイントライブをしたら、7000-800人程度しか動員出来ない。これはイベント業界の常識である。これは1組あたりの演奏時間が短くなってしまう問題と、あまり興味の無いアーティストの演奏を聴いているのがしばしば苦痛になるからである。
 
「ゴールデンシックスがトリを取る?それなら完売できる気がする」
と私は言う。
 
「やってもいいけど、これって元々08年組で始めたものだもん。私たちがトリを取るのは、KARION, XANFUS, Rose+Lilyのファンから反発が来ると思う」
と花野子は言う。
 
「AYAを担ぎ出せない?」
と小風。
「あそこの事務所は難しいんだよ」
 

「マリちゃんを出せばいいんだよ」
と若葉は言った。
 
その日私は銀座のエヴォンで生演奏を聴きながらお茶を飲んでいたのだが、そこに出産(10.11)後の養生期間が終わり床上げになって出てきた若葉が来たのである。花野子たちと話し合って悩んだ翌週くらいだったと思う。
 
「でも政子の出産予定日は2月25日で、復興支援イベントは今の所3月9-10日の予定なんだよ。無理だよ」
 
「もっと早く生まれる気がするな」
と言って、若葉はどこかに電話を掛けた。
 
「ブエノス・ディアス、千里」
などと言っている。電話を掛けた先は千里のようだが、どの千里だろう?
 
「アァ!ヴ・ゼット・アン・フランス!」
 
ふたりはしばしフランス語で会話していた!
 
「それでさ。政子の赤ちゃんがいつ生まれるか占ってくれない?」
「ウィウィ。オォ、トワ・フェヴリエ?メルシ」
 
それで若葉は電話を切った。
 
「千里が言うから間違い無いよ。赤ちゃんは2月3日に産まれる」
「嘘!?」
 
「だから、マリちゃんは3月10日に出演できる。何なら秋のツアーでやったように椅子に座って歌わせればいい。ドーナツ座布団付きで」
 
「でもその前提で進めていいもんだろうか?」
「万一マリちゃんが歌えなかった場合は、アクアが女装してマリの代理を務めますとか言っておけばいいんだよ」
「うっそー!?」
 
「あ、そうそう。会場だけど、福島県でやるなら、福島ムーランパークを使ってよ。こけら落としで」
 
「何それ?」
 
「福島市内に体育館作ったから。ついでにムーランの福島支店も作った」
「うっそー!?」
 

私はコスモスと話し合いを持った。
 
「私は千里さんの占いというより予言めいた発言を何度も聞いている。彼女が言ったのなら、間違い無いと思う。だからそれで進めましょうよ。それでもしマリさんの出産が2月10日以降になった場合は、アクアを女装させてマリさんの代理をさせるというのでいいですよ」
 
「やっちゃおうか?」
「やろう」
 
それで私とコスモスは握手した。話を聞いたマリは
「千里が言うなら、本当にあやめちゃん、2月3日に出てくるよ」
と言ったが、アクアは
「うっそー!??」
と叫んだらしい。
 
「あのぉ、マジで女装しないといけないんですか?」
とアクアが訊いたので
「何を今更?」
と言われたらしい!
 

そういう訳で、今年の震災イベントは年内に準備を進め、いつものようにカウントダウンライブ終了後の1月2日に発表されたのであった。
 
日程 2018.03.09-10(Sat-Sun)
場所 福島市ムーランパークアリーナ(屋内会場:定員10000人)★こけら落とし
チケットは4種類発売
3.09 AM アクア(10:00-12:00)
3.09 PM §§ミュージックオールスター
13:00桜野レイア、13:20山下ルンバ、13:40原町カペラ、14:00石川ポルカ、14:30桜木ワルツ、15:00花咲ロンド、15:30白鳥リズム、16:00姫路スピカ、16:30西宮ネオン、17:00今井葉月、17:30高崎ひろか、18:00品川ありさ、18:30川崎ゆりこ (19:00終了)
3.10 AM アクア(10:00-12:00)
PM 08年組+α
13 Golden Six/ 14 Olive Lemon/ 15 Flower Four/ 16 KARION/ 17 XANFUS/ 18 Rose+Lily (19:00終了)
 
ローズ+リリーの公演で、マリは2月10日までに出産した場合に限り出演します。マリが出演できない場合、驚くべきゲストが女装して代役します。
 
この最後のコメントはTV CMではアクアが読み上げた。
 
そのため、UTPに「驚くべきゲストってまさかアクアちゃんですか?」という問い合わせが殺到するが、例によってUTPでは何も聞いていないので回答不能でまたもや電話が丸一日使えない状態になって須藤さんが悲鳴をあげたらしい。
 
しかし「アクアが代役するのでは?」という憶測から、チケットはこのCMが流れた後、即ソールドアウトしてしまったのである!
 
「でも女装して代役って書いてあるよ」
「アクア様の場合、女の子の服を着るのは普通の格好であって女装ではない気がする」
「アクアじゃないのかな?」
「ひょっとして西宮ネオンだったりして」
 
いつの間にか自分の名前が多数ツイートされているのを大学のクラスメイトから聞いて、ネオンは仰天したらしい。
 
3月10日午後のイベントは、ゴールデンシックス、ローズ+リリー、Wooden Fourのファンクラブで1000枚ずつ、KARION, XANFUSのファンクラブで500枚ずつ売っており、1000枚は福島県内のテレビ局で募った。普段のローズ+リリーのコンサートならファンクラブの申し込み倍率は3倍くらいあるのだが、今回は1.2倍しか無かった。やはりマリが出る確率は半々くらいとファンは判断したかなと思った。
 
それで一般発売された5000枚の内、発売日の午前中に2000枚売れたのだが、午後にアクアがコメントを読み上げるCMが流れるとその後わずか10分!で残りの3000枚が売れた。
 
つまり、アクアファンに買い占められた可能性があるのはその3000枚である。
 
「あれはアクアがCMやってなかったら、残り3000枚が全部は売り切れなかったかも知れない。アクア様々だよ」
と私は言った。
 
「まあアクアは営業の材料として今最高だからね」
とコスモスは言う。
 
「ねえ、でもこれでアクアが出なかったら暴動が起きたりしない?」
と私は心配してコスモスに訊く。
「その時はアクアに司会でもさせればいいよ」
「なるほどー!」
「振袖でも着せて」
「それは凄い!」
 
「だってあの子、振袖が異様に好きだよ」
「あれはお母さんの思い出があるんだよ」
「お母さんって、長野夕香さん?」
「そうそう」
 

政子が妊娠で休養していて、私自身の作曲活動も昨年の8月以降は実質休業中ではあるが、私は他のアーティストのお世話や企画などの仕事で結構多忙な状態が続いていた。
 
松前社長の時代は★★レコードからずっと監視役を派遣してもらっていたのだが、村上社長になってからそれも無くなっている。この時期は、一応午後(13-18時)には、ドライバー会社の佐良しのぶさんに来てもらうことにしていた。彼女は4年近い付き合いで政子の信頼もあついし、何と言っても政子のワガママに負けない数少ない人物である。
 
しかし彼女が居てくれる時間帯以外では、結果的に政子を放置してしまうこともあるので
 
「私が居ない時に産気づいたら、誰も助けてあげられないかも。実家に帰ってる?」
と訊いたのだが、
「マンションに居たい」
と言う。きっと実家ではわがままができないからだろう。それに実家からでは、かかりつけの病院まで遠いという問題もある。病院は三軒茶屋駅の近くなのである。
 
それでそのまま恵比寿のマンションに置いていたのだが、私も少しずつ不安になってきた。それで私は政子に訊いた。
 
「だったら入院する?」
「うーん。仕方無いかなあ」
と本人も言うので、1月中旬、妊娠34週になった所で入院させることにした。
 

入院中は毎日午前中にお母さんが来てくれることになったので、午後か夕方に私か詩津紅が顔を出すことにした。妃美貴の方が時間が取れるのだが、彼女は優しい性格なので、政子のワガママに振り回されてしまう。かなり大変なことをやらされる可能性があり気の毒なので、流されにくい人物でないと務まらないのである。結局お昼から夕方くらいまでは佐良さんに病室に居てもらうことにした。つまり
午前:お母さん
午後:佐良さん
夕方以降:詩津紅か私
 
という分担にするのである。
 
「でも詩津紅には、うちの仕事の手伝いでだいぶ会社を休んでもらっているけど、大丈夫?」
 
「もし首になったらサマーガールズ出版かAI-Museとかで雇ってよ」
「§§ミュージックも募集出してるんだけど」
「あそこ入ったら過労死しそうだ」
「あぁ・・・」
 
実際鱒渕さんは過労死寸前だったからなと思う。入院中は腎臓透析までしていたようだが、奇跡的に腎機能が回復して、退院後はもう透析は不要になったらしい。やはり若いから体力もあったので何とかなったのだろう。
 
政子が入院している病院には、他に10月に赤ちゃんを産んだばかりの仁恵がその赤ちゃん付きで時々顔を見せたし、★★チャンネルで現在係長の肩書きを持ちかなり多忙な琴絵も毎週1度くらい顔を見せてくれた。
 
政子の親戚ではもとより仲の良い君歌ちゃんが現在横浜に住んでいるので、2〜3日に1度来てくれて、おしゃべりをしていっていた。彼女にはファンから大量に送られてくるお見舞いの品を随分持ち帰ってもらった!
 

1月中旬、私は大林亮平から相談があると言われて、横浜郊外のレストランで会った。
 
「実は原野妃登美のことで相談に乗って欲しい」
「・・・亮平さん、妃登美ちゃんと何か関わりがあったんだっけ?」
「実は交際していた時期がある」
「そうだったんだ!」
 
「それで彼女は昨年の上島騒動の余波で事務所とレコード会社からリストラされてしまって、退職金100万円もらって田舎に帰っていたんだよ。100万円じゃ引越代にもならないから、実際の引越代は僕が出した」
「へー!」
 
と言いつつ、彼女の実家どこだったっけ?と考えていた。
 
「それで田舎で見合いして結婚したんだ」
「で離婚した?」
「よく分かるね!」
「あの子に奥さんとか務まらない気がするよ」
「うん。あの子は料理のセンスが無い」
と言うので、私は吹き出す。
 
「亮平さん、そういう女性と交際することが多くない?マリの料理も酷いし、以前噂になったことのある**ちゃんも料理なんてプロの料理人を雇えばいい、なんて発言したことあったし」
 
「あの子には100万円のIHシステムと、15万円の高級炊飯器に、オーブンレンジまで壊された」
「あははは」
 

「まあそれでさ。量産作曲家グループが夏以降活動し始めて、やっと歌謡界も曲が行き渡り始めただろう?それで歌手に復帰できないかなあというので連絡があったんだよ。僕との恋愛関係は切れてはいるけど、たぶん僕が一番相談しやすかったんだと思う。それであの子を拾ってくれそうな適当なプロダクションが無いかなと思って」
 
「それなら@@エンタテーメントがいいよ。XANFUSが所属している所」
「あそこか!」
 
「@@エンタテーメントというのは、実際にはペーパーカンパニーに近い。スタッフも斎藤社長と白浜さんに後は事務の女の子しか居ない。ほとんど営業もしてもらえないし専任マネージャーとかも付けてくれないけど、どこかテレビに出たいと言ったら番組を探してくれるし、ライブやりたいと言ったらお膳立てしてくれるし、CD作りたいと言ったらスタジオやミュージシャン、プロデュースしてくれる人を手配してくれる。ただこちらから何か言わない限り何もしない。その代わりマージンも低い。ギャラは事務所が2.5でタレントが7.5だよ」
 
「それはまた安い!」
 
「楽曲はあの子、あまり歌唱力無いから、松本花子作品を使うのがいいかも。木ノ下先生が窓口だし、事務取扱している内瀬瞳美さんともコネがあるよ。それに§§ミュージックでも大量に松本花子作品使っているし」
 
「夢紗蒼依の歌は難しい曲が多いから、確かにあの子には辛いかも知れん。あの子、声域が1オクターブ半しか無いから」
 
「まあ松本花子作品の多くは1オクターブ出たら歌える曲が多い」
「その程度しか歌えない歌手が多いからね!」
 
それで私は斎藤さんに連絡を取ったら、あの子ならいいよということだったので、原野妃登美に1度東京に出てきてもらうことにした。その交通費と滞在費は大林亮平が出してあげることにしたようである。
 

「こちらのマンションに泊めるの?」
「それやったら政子に叱られる」
「政子との関係ってどうなってんだっけ?」
「切れてるよ。でも僕が他の女の子と付き合うと嫉妬される」
「面倒な子だ」
「月に1度くらい唐突にやってきて、他の女の持ち物とか服とか無いかチェックされる」
「え〜〜〜!?ストーカーなのでは?」
「女除けにって、すっごく可愛いタンスひとつ置いてるし、トイレに自分の使うナプキンを置いているし」
 
「えーっと」
「更に僕の身体のサイズに合う女物の服とか下着を僕のタンスに押し込んでいく」
「あの子は誰でも女装させたがるから」
 
「ケイちゃんだから言っちゃうけどセックスもさせてくれる。さすがに12月以降はしてないけど、代わりに手や口で逝かせてくれている」
 
つまり11月(妊娠7ヶ月)までしてたのか!
 
「それって実は付き合っているのでは?」
「僕も最近よく分からなくなって来た。その内、僕の赤ちゃんも産んであげるからって言われているし」
 
「うーん・・・・」
「僕が去勢しても大丈夫なようにって精子の冷凍作ったけど、僕は去勢するつもりは無いんだよね」
「アクアを去勢できない腹いせに去勢されたりして」
「え〜〜〜!?」
 
アクアは・・・たぶん去勢されないように千里が守っている気がする。何度か誘拐未遂もあったのだが、山村マネージャーのお陰で事無きを得ている。もっとも、山村自体がどうも危険人物のような気もするのだが!?しかし山村はコスモスの指示をきちんと守っているし、きっと自分が担当している限りはアクアに危害は加えないだろう。それに彼(彼女?)は千里に頭があがらないようである。かなり昔からふたりは知り合いだったようだ。
 
でも千里も西湖については適当っぽいから、西湖はその内、アクアと間違われて拉致されて、女の子に改造されてしまいかねない気がする。しかしあの子はよく男とバレずに女子高に通っているよ!
 

「え?森元課長が入院したんですか?」
 
その日私は氷川さんから話を聞いて驚いた。
 
「やはり3年前に村上社長の体制になって以来、社内の指揮系統が混乱しているでしょう?その調整で走り回って、森元さんがいちばんきつかったみたい。それで無理がたたったみたいで」
 
「それどうなるんですか?」
「お医者さんは慢性疲労症候群と診断しました。町添専務は取り敢えず半年ほど休んで治療に専念するように言いました」
 
「じゃ休職ですか?」
「そうなると思います。取り敢えず課長の役職からは外して、専務付けに異動したんです」
「後任は?」
「南上級係長が課長代行に指名されました。たぶん4月に正式に課長に昇格することになると思います」
 
「南さんも死ぬほど忙しいのに!」
「ええ。私も南君が過労死したりしないか心配」
 
★★レコードの制作部には、町添部長(専務)の下に、加藤銀河次長は別格として、JPOP部門の森元課長、クラシック部門の大高課長、民謡部門の佐原課長、企画部門の山江課長がいるが、実際にはこの4部門は各々がひとつの会社のような形で独立した予算を持って動いている。つまり森元さんはいわばJPOP部門の社長のようなものである。
 
JPOP部門では森元課長の下に南上級係長・北川上級係長が居て課長をサポートしていた。その下には氷川・八重垣・八雲・佐々木の4人が係長の肩書きを持ち、他に主任の肩書きを持つ人が8人いる。
 
「北川さんの負担も凄まじいでしょう」
「北川は3月いっぱいで退職するんですよ」
「うっそー!?」
「5月に結婚するんで、3月がキリがいいだろうということで」
 
「そうしたら氷川さんや八重垣さんの負担が・・・」
「私も逃げだそうかな。ケイちゃん結婚してくれません?」
「私、女だから無理です」
 
しかし結局氷川さんは南さんの後任の上級係長に任命されてしまった。氷川さんは事実上のローズ+リリー専任で、そのローズ+リリーが現在マリの休業で比較的時間があることから、全体的なお世話も頼むと町添専務から言われたらしい。
 
氷川さんが上級係長に任命されたことから、氷川さんの助手を務めていた秩父光恵さん(2018入社)が、ローズ+リリーの第1専任ということになった。秩父さんは他にもいくつかのアーティストの担当助手をしていたのだが、それは他の人に代わってもらってローズ+リリーのみを担当する。
 
氷川さんの上級係長就任で、一時的にJPOP部門の上級係長は2人とも女性になるが、3月で北川さんが退職するので、その後、八重垣・八雲・佐々木の3人の内の誰かが上級係長に昇任するか、あるいは他の部署から転任してくることになる。しかし性別の怪しい人が多いなと私は思った。
 
(八重垣さんは男性にしか見えないが、元女性である。性転換手術も終えているし、戸籍上の性別も男性に変更している。彼は女子高の出身だが高校生時代は男が女装しているようにしか見えず、校内のトイレでしばしば悲鳴をあげられていたらしい)
 
(八雲さんは男性として勤務しているものの、実際にはMTFで性転換手術も受けて完全な女性の身体になっているらしい:マリは彼のヌードを見せてもらっている。しかし彼は女性の身体にはなりたかったものの、女性として生活するつもりは元々無かったので、男性としての社会生活を継続しているし、戸籍上の性別も男のままである。つまりMTFの仮面男子という複雑な生き方である。彼は恋愛対象も女性らしいが、男性器は取ってしまったので女性との性交はできない。彼をストレートに分類すべきかレスビアンに分類すべきかは、私もよく分からない)
 
(佐々木さんは・・・ふつうの男性に見えるが、実は私は彼の女装写真を持っている:樹梨菜がわざわざ私の携帯にコピーしてくれた。あまりにも美人だし、また違和感が無いので、趣味なのかジョークなのか尋ねるのが怖い。彼は実はDream Boysの元担当なので、もし彼が普通の男子だったら貞操が危なかったかもという気もして、ひょっとするとひょっとするのかも知れない)
 

その日、花見啓介がお父さんと一緒にマンションに来訪し、2012年1月に私からお金を借りて、少しずつ返済していた分の残額を払ってくれた。花見自身の冬のボーナス、お父さんの冬のボーナスで残りを返すことにしたらしい。
 
「私の方はいつでもよかったんですが、無理してませんよね?サラ金とかに借りたりしてませんよね?」
と私は念のため確認した。
 
「大丈夫です。それにこいつ、ブラックリストに載っているから、あと3年はクレカとかも作れないし、もちろん銀行やサラ金からも借金できないんですよ」
 
「なるほどですね」
 
「本当にあの時は政子にも唐本さんにも凄い迷惑を掛けてしまって」
と言って、花見は再度私に謝った。
 
2012年1月に私が彼に貸したお金は998万円(1000万円を越すと手続きが複雑になるため、敢えて1000万円未満にした)で、毎年80万円ずつ12年掛けて返すという公正証書を作成していたのだが、実際には約束の金額よりも少しずつ多く返してもらい、この日の支払いで完済となった。
 
私は借用書をお父さんに返した。
 
「こいつもマジメにずっと仕事をしていて、3年前から主任だったんですが、この春からは係長になってもらうと言われているらしくて」
 
「花見さんも頑張ってますね」
 
花見は政子がいたら、再度政子に謝るつもりだったようだが、私は今会うと、政子はあらためて激怒するだろうし、精神的に混乱して妊娠によくない影響があるので、会わないで下さいと言った。お父さんもその方がいいかも知れないですねと言って、政子にはこの件は何も言わないことにした。
 
それでふたりが帰ろうとした所で私は言った。
 
「そういえば花見さん、結婚するんでしょう?」
「どうしてそれを!?」
「谷繁さんから聞きましたよ」
「そうか・・・」
 
「これ御祝儀」
と言って私は祝儀袋を渡した。
 
「すまん」
「結婚前にこの件が解決できて良かったですね。良い家庭を作って下さい」
「ありがとう。頑張る」
と言って、花見は泣いていた。
 

その日の夕方、石川県金沢市在住の従姉・浜田千鳥(37)から電話があった。
 
「うちの旦那が東京に転勤になった」
「へー。それいつ付け?」
「明日」
「それいつ知ったの?」
「さっき」
「うっそー!?」
 
「東京支店で大規模な不正があって、支店長はじめ主立った幹部が多数懲戒免職」
「え〜〜!?」
「明日の新聞に載ると思う。支店長と経理部長は逮捕された。それで緊急に全国の支店から管理職を15人転任させることになって、うちの旦那は副支店長」
 
「それ無茶苦茶たいへんな仕事なのでは!?」
「住宅の準備が間に合わないから、調布市内のアパートを丸ごと借りあげて、新任の15人はとりあえずそこに単身赴任だけど、できるだけ早く家族を呼び寄せてという話なのよ。大変な仕事だけに、家族と一緒に暮らさないと精神的にもたないかもという話で」
 
「過労死しないように気をつけてあげて」
「私もそれが心配!それでさ、うちの一家4人が引っ越せるようなアパートか何かでも、冬ちゃん見つけてくれない?日本一忙しいミュージシャンに頼むのは悪いんだけど」
 
「いや、それは何とかする。子供は何歳と何歳だったっけ?」
「多歌良が小学3年、茉莉香が小学1年」
「だったら3DKくらい?」
「うん。3DKから4LDKくらいで。家賃は全額補助してもらえるから多少高くてもいい」
「マンション?1軒屋?」
「それはどちらでも大丈夫。でも駐車場が1台分でもいいから欲しい」
「分かった。駐車場付きの物件を探してみるよ。場所は調布市がいいの?」
「そうそう。事務所が調布市内なのよ」
「分かった」
 
もっとも私も自分で探す時間が無いので、友人でもあり現在親戚でもある麻央にこの家探しを頼むことにした。
 
麻央は適当な物件を1日で見つけてくれて、即契約。それで1週間以内に千鳥は2人の子供と一緒に東京に引っ越してくることになった。
 
なお、千鳥の娘・茉莉香は後にEliseの娘ミズキと親しくなり“ガーデンズ”というバンドを組むことになる。これが松元蘭と上島雷太の娘・貴京(たかみ)が作ったバンド“フラワーズ”と合体して“フラワーガーデンズ”が誕生することになる。このバンドができた要因のひとつはここで茉莉香が東京に引っ越してきたことである。
 

3月の08年組を中心とした震災復興支援イベントについて、協力してくれているTKRから★★レコードに、自分たちだけでは足りないので、スタッフを貸してもらえないかという打診があった。
 
それに対して★★レコードの佐田副社長が、昨年同様自分のポケットマネーでバスをチャーターして社員を送り込むと言ったのだが、労働組合からクレームが入る。昨年はそういう事故は無かったものの、万一怪我などをする社員が出た場合、労働時間なのかどうか曖昧な状況であった場合、きちんと労災として認定されるのか不安だというのである。
 
それで佐田副社長が村上社長・町添専務と話し合った結果、今年は★★レコードから業務として必要な人数の社員を派遣することになった。結果的には★★レコードはそれに必要な費用をこのイベントに寄付する形になる。
 
 
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【夏の日の想い出・戯謔】(4)