【夏の日の想い出・つながり】(2)

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この日、船橋で高校の入学試験を受けていた今井葉月(ようげつ)であるが、2次募集の受験生は少なかった。午前中に小論文があり、午後から面接であったが、試験を受けているのは20人で、4人ずつ5回の実施と言われた。12:45からの予定が実際には12:42くらいに最初の組が呼ばれる。葉月はその最初の組だったので12:46頃には終了した。
 
実は面接は形だけという感じで、ほとんど大したことが聞かれなかったのである。葉月は、これはダメっぽいと思った。
 
面接の部屋を出た後、校舎から走り出す。玄関傍で待っていてくれた★★情報サービスの染宮さんのバイクに飛び乗る。
 
★★情報サービスは★★レコードも株主に名前を連ねているのでその名前を使用しているが、実質上島雷太・後藤正俊・田中晶星・雨宮三森・醍醐春海・そしてケイの6人で設立した会社なので、こういう時は遠慮無く使える。
 

染宮は普段はハーレーダビッドソンのFXDWG 1584ccという巨大なバイクに乗っているのだが、今回は渋滞と関係無く東京駅に到達したいということで、Kawasaki Ninja 400 を使用する。セーラー服姿の葉月がそのまま染宮さんのバイクの後部座席に乗り、しっかりと染宮さんに抱きつく。
 
染宮は葉月のバストの圧力を背中に感じてドキッとしたものの、さすがにそんなことは口に出さない。
 
「葉月(はづき)ちゃんって上野陸奥子さんの姪なんだって?」
「あ、はい」
 
葉月は『姪じゃなくて甥です』と言いたかったが、なぜか今は言えない気がした。
 
「俺、中学生の頃、上野陸奥子さん結構好きだったんだよ。CDも買ったよ」
「わあ、ありがとうございます!」
 
「葉月ちゃんも、もっとどんどん売り出してもらえばいいのに」
「私は、アクアさんの裏方してるのが楽しいし、アクアさんに憧れているから」
「そっかー。アクアも可愛いもんなあ。だったら結婚したいくらい?」
「え〜!?それは考えたことないです」
「まあ確かに恋愛感情持ってしまったら、まともに仕事できないだろうしね」
「そうですよ!」
 
しかし僕とアクアさんが結婚するなら、それどちらが奥さんなのだろう?と考えると葉月は分からなくなって来た。アクアさん、その内、女の子になっちゃうのかなあ。。。。
 
ところで性転換手術って、どういう手術なんだろう?
 
葉月が、その手術内容を母から聞くことになるのはこの1週間後である。
 

バイクは30分弱で東京駅八重洲口に到着する。葉月は御礼を言ってバイクを降り、東北新幹線乗場まで走って行く。
 
すると13:36のやまびこ53号に間に合ってしまった。
 
これが16:54に盛岡駅に到着する。
 
新幹線では体調を整えるために寝ていなさいと言われていたので、走って汗を掻いた下着だけトイレで交換した後は、ずっと寝ていた。盛岡駅には★★情報サービスでふだん醍醐先生を担当している矢鳴さんが待機していて、こちらはヤマハのYZF-R3(320cc)で駅に来ている。そこからバイクで走って17:20頃、会場に到着した。
 
「遅くなりました!」
と言って葉月は楽屋に飛び込んだ。
 
「お疲れ様!」
 
現在品川ありさの演奏中である。今、15分遅れになっており、ありさの演奏は17:40頃に終わる予定であるということだった。
 
「ありさちゃんの次に行く?」
「行きます!」
 
それで、品川ありさ→川崎ゆりこ→秋風コスモス→今井葉月→桜野みちる、という予定を、品川ありさ→今井葉月→川崎ゆりこ→秋風コスモス→桜野みちるの順序で演奏することにした。
 
(元々は今井葉月→品川ありさ→川崎ゆりこ→秋風コスモス→桜野みちる、の予定だったので、結局葉月とありさが入れ替わっただけになった)
 
「すぐ着換えますね」
 
「そのセーラー服のままでもいいけど」
「そうですか!?」
 
「元々それ、ドラマの衣裳だし」
「そうなんですけどね!でもボク男の子なんですけどぉ」
「大丈夫。ほとんどのファンが女の子だと思っているから」
「うーん・・・」
「それに今日歌う歌に合っている」
「確かに」
「歌のためのコスプレということで」
「そうですねぇ・・・」
 
「メイクだけしようか?」
「あ、はい」
 

それで葉月はうまく乗せられて、セーラー服でステージに出て行くことにした。顔を化粧水で拭いてもらった上で、きれいにステージ用のメイクをする。葉月はお化粧っていいよなあ、などと考えていた。
 
品川ありさの演奏が終わった後で、司会役の小風が
 
「高校受験のため到着が遅くなっていた今井葉月(ようげつ)ちゃんが先ほど到着しましたので、この後、すぐに彼のパフォーマンスを入れます」
 
とアナウンスしたものの、葉月はセーラー服で出てくるので、観客の大半はふつうに女性歌手だと思っている。だいたい出て行ってすぐに
 
「葉月(はづき)ちゃーん、お疲れ様!」
「高校受験、うまく行くといいね」
などという声も掛かっていた。
 

さて、葉月は“持ち歌”が無いので、他の人の歌のカバーを歌うのだが、実は今日はセーラームーンの歌を歌うことにしていたのである。その衣裳としてセーラー服はぴったりであった。
 
『ムーンライト伝説』
『“らしく”いきましょ』
『タキシードミラージュ』
『愛の戦士』
『月虹』
『ムーンライトリベンジ』
 
の6曲を歌う。基本的にはソプラノ・ボイスでの歌唱である。それに
『“らしく”いきましょ』には「セーラー服なびかせて」という歌詞も出てくる。
 
『“らしく”いきましょ』は元々はMeu(梶谷美由紀)が歌った曲だが2014年に出た『美少女戦士セーラームーン THE 20TH ANNIVERSARY MEMORIAL TRIBUTE』では桃井はるこが歌い、とっても格好いいナンバーになっている。葉月はその桃井版を聞きながら練習したので、同様にかっこいい歌い方になっていた。
 
葉月は歌詞の中に何度も出てくる「Never Give up」という言葉で、今困難な状態にある高校入試についても、何とか頑張ろうという気持ちになることができた。
 
ライブの時間まで変えてもらって受験してきたのに、今日の入試はあまり感触がよくなかった。たぶんダメかなと思う。残るは17日の浦和B学園と19日の川崎G高校だが、頑張ろうと改めて思った。
 

「泣きたい時にはポケベル鳴らして呼んでか・・・・この歌詞の意味、分からない子多いだろうな」
と楽屋で今井葉月の歌う『“らしく”いきましょ』を聞きながら、エレメントガードのヤコが言う。
 
「ヤコさんだって知らないでしょ?」
とコスモスが言う。
 
「ポケベル文化の時期は私はまだ小学生だったからね」
「でもこの歌が出たのは1995年で、いわゆる携帯元年なんですよね」
「ポケベル文化のもう末期だろうね」
 
「0840おはよう、14106愛してる、なんてポケベルの数字によるメッセージが流行った時期かなあ」
「それが女子高生たちの間で急速に広まった後、更にカナ文字が表示できるものや、漢字まで表示できるものまで出たんですよね」
 
「それでポケベル打ちが出てきた訳だよね」
「あれはやはりスマホのフリック入力より速いですよ」
「スマホでもポケベル打ちやりたいねぇ」
と§§プロ総括マネージャーの田所さんなどは言っている。彼女はまさに、そのポケベルでのコミュニケーションをしていた世代かも知れない。
 

話している内に『タキシードミラージュ』も終わり『愛の戦士』に行く。
 
この曲は元々は石田よう子(現・石田燿子)が歌ったのだが、セーラームーン20thアニバーサリーのアルバムでは、後藤まりこ・アヴちゃん(女王蜂)のデュエットに編曲されていた。この日、葉月はそのバージョンに基づき、1人デュエットで歌った。
 
後藤まりこパートをソプラノで、アヴちゃんパートをテノールで歌い分ける。この1人男女デュエットに会場ではどよめきが起きていた。
 
(アヴちゃんは実際には、いわゆるオカマ声っぽい声で歌っているが、西湖は地声の男声で歌った)
 
葉月は年末年始のローズ+リリーのカウントダウンライブでも、男声歌唱と女性歌唱の両方を披露しているので、これで彼が両声歌手であることを認識したファンが増えたかも知れないと私は思った。
 
「昔、ケイさんも『ふたりの愛ランド』の1人デュエットやりましたね」
とコスモスが言うので
 
「あれは黒歴史にしといて」
と言って私は苦笑した。
 
「ごめんなさい!」
 
「ケイさん、男声出るんですか?」
とヤコが不思議そうに訊く。
 
「あの頃は出た。もう出ない」
と私は答える。
 
「へー。やはり発声法なんですか?」
「というより声変わりしてたからね」
「それはさすがにないでしょ。だって、ケイさんって、幼稚園の頃に性転換したんでしょ?」
 
「うーん。。。世間的にはそういうことになっているのか」
「だってwikipediaにそう書いてありましたよ」
「ホントに!?」
 
「まあ、あれは本人も知らないようなことがあたかも事実であるかのように書かれているよね。私もびっくりしたことある」
とコスモスは苦笑していた。
 
「事実と違っていると思って修正したら、その修正の根拠が無いと言われて元の間違った情報に書き戻されてしまったことあります」
とゆりこ。
 
「あのサイトは出版された本に書いてあることが絶対優先なんだよ。それが本人やそのことに詳しい人の情報より優先されてしまう」
「本人や詳しい人の話は、独自研究と言われて排斥されるんだよね〜」
 

葉月の熱唱は特に20代の観客に受けた感じで『少女歌手・今井葉月(はづき)』のファンが随分増えたような気がした。
 
彼の後は、川崎ゆりこがベテランの貫禄で質の高い歌唱をする。そしてコスモスがお笑いに走った、ほとんどトークばかりの20分ほどの公演をし(コスモスは結局2曲しか歌わなかった)、最後は§§プロのトップ歌手である桜野みちるの感動のステージで締めて、19:10くらいにこの日の公演を終えた。コスモスが自分のステージを10分短くしたので、桜野みちるがアンコールまでしても常識的な時間に終了させることができた。
 

3月11日。
 
この日も午前中がアクアのライブである。この日も早朝からファンが並んでいたので、昨日と同様に8時に会場を開けた。また昨日アンコールが3回になり終演時刻がずれこんだこともあり、この日は予定より早い9:50から演奏を開始し、昨日と同様の3回アンコールまでして11:35に終了した。
 
この日の3rdアンコールには、ローズ+リリーの『青い恋』を使用した。この演奏には私、泰華、千里、鷹野さんの4人が出て行きバックでヴァイオリンを弾いたので、歓声があがっていた。
 
千里は早朝の試合に出たらしいのだが、その後仮眠した上で10時頃こちらの会場に入ったということであった。
 

この時は、私と泰華・千里が白いドレスを着たので鷹野さんにも「ドレス着ます?」と訊いたのだが「俺、タカじゃないから遠慮する」などと言っていた。
 
「まあでもこの4人は全員生まれた時は男として出生届が出された訳で」
などと千里が言う。
 
「でも今は全員女になってしまったね」
と泰華が言ったが
 
「いや俺は男だ」
と鷹野さんは言っていた。
 
「鷹野さん女装しないの?」
「そういえば一昨年の苗場の時にスカート穿きたいと言っていた」
「変なこと思い出さないでよ」
「お化粧教えてあげようか?」
「ハマったら怖いから遠慮しとく」
 

「そういえば鷹野さんって、恋人とかいないんですか?」
「いない、いない」
 
「スターキッズの鷹野さん、ローズクォーツの星居さん(タカ)、トラベリングベルズの黒木さん(SHIN)が似たようなポジションという気がする」
と千里が言う。
 
「タカは結婚したけど、鷹野さんと黒木さんは未婚だね」
と私。
 
「スターキッズは鷹野さん以外全員既婚、トラベリングベルズは黒木さんと海香さん以外既婚」
と和泉が言う。
 
「そうだ。鷹野さんと黒木さんで結婚したら?」
などと小風が言い出す。
 
「やめろー!俺は男と結婚する趣味は無い」
と鷹野さんは慌てるように言っていた。
 
「どちらかが性転換すれば男女の結婚になるよ」
「両方性転換してレスビアン婚とか」
「意味が分からん」
「黒木さんはわりと女装好きみたいだけど」
「黒木さんのスカート姿はあまり違和感無い」
「彼は乗せると女装するけど、自分では女物の服は持ってないらしいよ」
「じゃ今度スカートとかブラジャーとかプレゼントしてあげよう」
 
「お前ら、男を女性化させて誰得なんだよ?」
「全世界男性女性化計画ということで」
「男性は全員18歳までに性転換すべしという法律を作ろう」
「レイプも痴漢も無くなっていいかも」
「きっと戦争も少なくなる」
 
「それ人類が滅亡すると思う」
 

午後の公演が始まる。この日は予定通り13:00にゴールデンシックスの演奏を始めた。いつものように軽快でノリのよい曲が多い。美空も千里も黒井由妃も楽しそうに演奏していた。
 
なお、黒井由妃の子供の藤香(10ヶ月)は、鹿島信子が、フェイの子供・歌那、そして自分の子供と一緒に面倒を見てあげていた。
 
歌那は昨年3月3日に生まれたので、ちょうど1歳になったばかりである。元々“愛情”というものが理解できないフェイは、予想通り母親になったという自覚もほとんど無く、おっぱいをあげる以外はほとんど何もしていないという。それで実際の子供の世話はフェイの母が東京に出てきてしているらしい。Rainbow Flute Bandsのモニカやアリスもよく顔を出しているそうだ。モニカもアリスも自分が子供を産めないので、フェイの子供をまるで自分の子供のように可愛がっているらしい。モニカなど「かなちゃーん。私をママと思っていいからね〜」などと言って抱いて可愛がっているそうで、フェイに代わって乳幼児検診にも連れて行ったそうだ。
 
(このあたりの話は丸山アイから聞いた)
 

「あそこに出ている由妃ちゃんって、女の子の由妃ちゃんだっけ?男の娘の由妃ちゃんだっけ?」
と私はつぶやくように言ったが、
 
「あれは女の子だよ」
と黒美が言った。
 
「へー!」
「今日はゴールデンシックスの方に女の子由妃が出て、XANFUSの方に男の娘由妃が出るらしい」
 
「分担するのは合理的かも」
 
「でもそれなら両方来てるのね?」
と音羽が言うが
 
「来てるはずだけど、絶対に2人同時には姿を見せないからね」
「あれは徹底しているもんなあ」
 

やがてゴールデンシックスの演奏が終わり、Olive Lemonが出て行く。
 
ヒロシの女装に「きゃー」という声があがる。「ひろこちゃーん!」という声まで掛かっている。
 
ちなみに彼女たちの着換えだが、アイ・フェイ・聡子の3人は女子の控室、ヒロシはWooden Fourと同じ“男の娘控室”(と政子が書いて紙を貼っていた)で着換えたようである。
 
聡子は
「ヒロシさんも女子の控室を使うんでしょ?」
と言ったらしいが
 
「いやヒロシに聡子ちゃんの下着姿を見せるわけにはいかない」
とアイが言い、Wooden Fourの所に行かせたらしい。
 
ちなみにヒロシはふだんハイライト・セブンスターズでは、普通に他のメンバーと一緒に男性控室を使用している。
 
丸山アイは、いつも女性控室である(高倉竜は決して公の場には出ない)。谷崎聡子も、いつも女性用控室である!
 
フェイはRainbow Flute Bandsの単独ライブの時は専用控室を使うものの、合同イベントの場合は、女性用控室を使うことが多いようだ。本人に性別意識が無いので本当はどちらでもいいのだが、フェイは女性下着を着けていることが多いし(彼女のタンスの中身は男物と女物が半々らしい)、バストはかなり大きい(現在授乳中なのでふだんより大きい)ので、男性用控室で着換えると、他の男性が目のやり場に困る。女性用控室に居る場合、ちんちんがあるという問題があるのだが、ポールに言われて人前に出るときは必ずタックして目立たないようにしているようである。
 
「でもタックしてるとオナニーしにくいんだけど」
などと本人は言っている。
 
彼女によると、オナニーは男の方が気持ち良くて、セックスは女の方が気持ちいいらしい(体力使わず楽なだけではという気もする)。
 

Olive Lemonは今回、東北応援ソングのようなものをたくさん演奏した。
 
『群青』に始まり、『I love you & I need you ふくしま』、『Rising Sun』、『明日があるさ』、『愛をこめて花束を』、『愛は勝つ』、AYAの『手をつなごう』、FireFly20の『君と一緒に』と歌った所で、14:46から1分間の黙祷を献げる。
 
『君と一緒に』が14:45に終わるように演奏やMCをしっかり調整したらしいが、そのあたりのコントロールはヒロシがやっていたらしい。フェイはとってもアバウトな性格だし、アイも聡子も、どちらかというと感覚人間である。
 
丸山アイなどにコントロールさせたら、
 
「14:48になっちゃったけど今から黙祷しようね」
とか、やりかねないし、聡子だと15時になってから
 
「あ、黙祷するの忘れてた」
とか言い出しかねない。
 
(そのあたり、丸山アイは千里に似た面もある気がする。表情から考えていることが全く読めないのも似ている)
 
Olive Lemonは、黙祷の後、ローズ+リリーの『帰郷』を歌った上で最後に
 
「会場の皆さんも一緒に」
と言って『花は咲く』を歌って終了した。
 

その後、出てきたWooden Four、もとい、Flower Fourには、笑い声が起きていた。真樹と亮平の女装はけっこう行けるのだが、残り2人の女装は笑うのでなければ悲鳴をあげて逃げたいレベルである。私は、わざと変にやってんじゃないのか?思いたくなった。
 
ちなみに4人のメイクは政子と小風がしてあげたようである。
 
4人は最近の女性アイドルの歌を歌っていたが、彼らは男声しか出ないので、男声でも歌えるように、概ねオクターブ下げたうえで、一部移調した伴奏音源を使って歌っていた。わざわざ移調した音源を作ったのは、けっこうな手間が掛かっていると思う。
 
「これCDにして発売して、印税を赤十字とかに寄付できないかなあ」
と演奏終了後に亮平は言っていたが、
 
「それTKRの松前さんに言ってみない?Wooden Fourは色々縛りがあるだろうけど、Flower Fourは自由だろうから」
と私は言っておいた。
 
「そういうの、いいんだっけ?」
「違う名前であれば契約には抵触しないはず。でもやるならオリジナル楽曲がいいよ。歌唱印税は少ないから。出荷額の0.9%だもん」
 
「そっかー」
「“亮子ちゃん”たちが書いた曲なら、それなりに売れると思うよ」
「考えてみる」
 

Flower Fourの後は、KARIONの出番である。私は和泉・小風・美空、およびトラベリングベルズと一緒に出て行き、演奏した。なお、KARIONの演奏にどうしても必要な追加演奏者だが、次の人にお願いした。
 
グロッケンシュピール:風花、ヴァイオリン:美耶(私の従姉)、ピアノ:青葉
 
泰華や千里にも弾けるが、それだと1日に3ステージになって負荷が大きすぎるので、ゴールデンシックスには出ていなかった美耶と青葉にお願いした。最後の曲『Crystal Tunes』は、風花と青葉だけで演奏することになる。
 
今回のステージで演奏した曲目は下記である。
『恋愛二十面相』『少女探偵隊』『秘密の洞窟』『盗人神様』『アメノウズメ』、『星の海』『海を渡りて君の元へ』『黄金の琵琶』『雪のフーガ』『雪うさぎたち』、『四つの鐘』『Crystal Tunes』
 
『黄金の琵琶』の琵琶演奏は風帆伯母が入れてくれた。
 
KARIONのCDは2017年4月にリリースしたのが最後になっているので、私は3月いっぱいくらいで『郷愁』海外版の作業が終わったらそちらに取りかかるつもりであった。
 
しかしそれは上島先生の事件の影響でできなくなってしまうのである。
 

KARIONが美しいハーモニーを聞かせた後は、XANFUSがパープルキャッツと一緒に出て行き、元気の良いダンスナンバーを演奏。会場は興奮のルツボと化す。この日の演奏には、神崎美恩(谷口日登美)と浜名麻梨奈(深見鏡子)もタンバリンとピアノで参加していた。
 

18:00.
 
私とマリが、スターキッズおよび風花と一緒にステージに上がる。
 
XANFUSの興奮の余韻がまだ残っていて、会場はノリノリのムードである。
 
『青い豚の伝説』を演奏する。ノリの良い楽しい曲なので、観客はXANFUSの続きのような感じで興奮して凄い拍手と歓声である。
 
この曲は基本的にスターキッズの基本構成(電気楽器バージョン)で演奏するが、キーボードを風花が弾き、月丘さんは本来の担当楽器であるマリンバを弾く。今日は月丘さんは、ほぼマリンバ専任である。更に顔見せのため、香月さんと宮本さんにヴァイオリンを弾いてもらった。
 
マリンバの柔らかい音が豚君の奮闘を語っているかのようである。香月さんたちのヴァイオリンはどちらかというとフィドルという感じの弾き方で、場を盛り上げていく。
 
この曲はマリが見た夢から生まれた曲だが、巷の評価はひじょうに高かったようである。今日の観客からもほんとに楽しそうな雰囲気が伝わってきた。
 

この曲が終わった所で、私たちは
 
「こんばんは、ローズ+リリーです!」
と一緒に挨拶をし、震災があってから7年間のことを私は語った。
 
居ても立ってもいられない気持ちで、ヴァイオリンとフルートだけを持ち、東北に行って、街角で演奏をした日々。2年間その活動を続けた後、その東北ゲリラ・ライブの総決算として最後に福島の奏楽堂で2013年3月11日に突発ライブをしたのが、結果的にはこの毎年の復興支援イベントの出発点になっている。
 
私はそのことを語り、なかなか進まない復旧作業と復興にいらだちを覚えながらも、私とマリは今できることをしていきたい、と語った。
 
この問題については、政子は色々言いたいことがあったようだが、政治的な意見が入りそうなので、この場で話すのは勘弁して欲しいと言って、私が語れる範囲で思いを語った。
 
その後で、今日の演奏者、まずはスターキッズの面々と、風花、そして私とマリを紹介した。
 

続いて和楽器奏者を多数入れて『ふるさと』を演奏する。
 
静かな曲なので、ここで立っていた観客もみんな椅子に座る。
 
この曲ではメインのキーボードは詩津紅に代わり、風花はフルートを吹く。更に青葉の篠笛、千里の龍笛と、横笛三重奏をする。更に従姉の聖見の箏、そのふたりの娘、月子の三味線、星子の太鼓が入る。月子・星子の姉妹が民謡以外でこのような場に登場するのは初めてである。民謡の演奏会とは勝手が違うし、こういう大観客を前にした演奏も初体験なのでかなり緊張していたが、演奏が始まると、けっこう笑顔が出ていた。その他、従姉の美耶の胡弓が入って、重厚な音になっている。
 
ここ数年のローズ+リリーの演奏はこのような和洋混淆室内楽という感じの音作りが多いのである。
 
演奏が終わった所で、この曲で出てきた演奏者を1人1人紹介した。月子が中学2年生、星子が小学6年生と紹介すると
 
「月子ちゃん、好き−!」
とか
「星子ちゃん、可愛い!」
などという呼び声も掛かって、ふたりは照れていた。
 

続けて『硝子の階段』に行く。
 
詩津紅・風花・青葉が下がり、この曲では千里がキーボードを弾く。月子は三味線から篠笛に替える。そしてヴァイオリンの泰華、琵琶の風帆伯母、フルートの榎村アケミが登場する。この3曲目で今日参加する全ての演奏者が登場した。
 
この曲は初めは静かに始まるが、クライマックスでは、かなり盛り上がるので、静かに手拍子を打っていた観客も最後はかなりの歓声をあげていた。
 
「琵琶:若山鶴風、ヴァイオリン:長尾泰華、フルート:榎村アケミ」
と紹介する。
 
「鶴風さんは私の和楽器の事実上の師匠で、若山流鶴派のサブリーダーでもあります」
 
「泰華さんはゴールデンシックスにも出ていましたが、ヴァイオリンとピアノのとっても上手い方で、KARIONの公演にもたくさん参加しています」
 
と紹介すると、各々拍手がある。そして
 
「榎村アケミちゃんはこの曲のPVにも出演して頂きました。この夏に歌手としてデビュー予定です」
と紹介すると
 
「アケミちゃーん、応援するよ!」
「CD買うからね!」
という声が掛かり、本人も笑顔で手を振っていた。
 

スターキッズの基本構成に戻して『神様お願い』を演奏する。この曲ではキーボードは青葉が弾いた。千里が「この曲には青葉は参加すべき」と言って弾かせたのである。青葉も涙を流しながら弾いていた。会場の中にも涙を浮かべている観客がかなり居た。
 
この曲が折り返し地点で、いったん私とマリ以外の伴奏者が全員退場する。私とマリは少し長めのMCをして、東北各地の復興状況についても語った。岩手県方面では、山田線の釜石−宮古間が2018年中に復旧する見込みとなったことなども明るい話題だ。
 
山田線のこの区間は震災以来不通になっていて、BRT(バス)による復旧も提案されていたものの、最終的に鉄道で復旧することが決まり、現在工事が行われている。復旧後はJRから三陸鉄道に移管され、北リアス線(久慈−宮古)、南リアス線(釜石−盛)と統合されて「リアス線」として、三陸海岸の動脈となることが期待されている。
 
震災前は、仙台から八戸まで、石巻線・気仙沼線・大船渡線・南リアス線・山田線・北リアス線・八戸線と走り抜ける列車(リアス・シーライナー)もあったのだが、震災以降は走行不能状態が続いていた。
 

私たちの話がそろそろ終わろうとしてきたあたりで、伴奏者がアコスティック楽器を持って入ってくる。私は話を一段落させて、次の曲を告げる。
 
『春の詩』を演奏する。
 
スターキッズのアコスティック・バージョンに追加演奏者も入っている。
 
アコスティック・ギター:近藤、ヴィオラ:鷹野、チェロ:宮本、コントラバス:酒向、トランペット:香月、マリンバ:月丘、そしてアルトサックス:七星。
 
ヴァイオリンは泰華がソロパートを弾き、それに美耶と千里も音を添える。これにアケミと風花のツイン・フルート、詩津紅のクラリネットが入り、聖見の箏と風帆伯母の琵琶も入る。
 
美しいアコスティック楽器の音色が、麻布先生の自然な音響設定により、会場に浸透していく。これはこのサイズの会場までしかできない音作りである。メインの巨大スピーカーだけ鳴らしても会場全体に音は聞こえるのに、敢えて会場のあちこちにサブスピーカーを置いているのも、できるだけ自然な音を聴いてもらうためである。
 
万単位の会場ではどうしてもどこかに歪みが行ってしまう。大宮アリーナでやった時は「音の走行距離」をできるだけ短くするため、アリーナ中央に円形ステージを組むということをやったが、あれは全方向の観客に気を配らないといけないので、なかなか大変であった。
 
私は曲が終わった所で、ひとりひとりの演奏者を紹介し、更に
 
「音響設定、麻布英和」
と紹介した。麻布先生が歓声に応えて手を振っていた。
 

アコスティック楽器のまま『縁台と打ち水』を演奏する。
 
アケミと風花、詩津紅、聖見も下がり、月子・星子の姉妹が出てくる。ふたりは三味線と太鼓を演奏する。青葉が将棋盤を持って出てきて、美耶と将棋を指しはじめる。更に秋風コスモスがバケツとヒシャクを持って出てきて、打ち水をするようなパフォーマンスをすると、会場には笑いが起きていた。
 
コスモスは今日はこれだけの出演である。
 
演奏が終わるとコスモスが観客に手を振って下がる。そこに
 
「コスモスさーん!」
という声が掛かっていた。
 
コスモスは声が掛けられたので、わざわざ私のスタンドマイクの所まで寄ってきて
「音痴な私でも、こういうお道具なら音を外さない」
と発言して、笑いを取っていた。更に
 
「コスモスさーん、格好いいよ!」
などという声も掛かっていた。
 
(後から「私はやはり『コスモスちゃん』じゃなくて『コスモスさん』なのね」とか「私は『可愛い』じゃなくて『格好いい』なのね」とか、少し悩んでいた)
 
月子・星子の姉妹が将棋盤を持って下がり、青葉は龍笛、美耶はヴァイオリンを持つ。アケミが再登場してフルートを吹く。
 

『寒椿』を演奏する。
 
ギターが2本必要なので、琵琶を弾いていた風帆伯母がギターに持ち替えて、留袖を脱ぐ!と、マドンナか!?という感じの派手な衣裳を着ているので会場がどよめいた。66歳でミニスカを穿いて違和感の無い女性は、日本人ではめったに居ないが、毎日10kmのジョギングをしている賜物だろう。ウェストもけっこうくびれているし、演奏は36歳の近藤さんが焦ったような顔をするほどパワフルであった。そもそも素顔でもまだ50歳くらいに見える。精神的に若い人である。
 
この曲では、泰華・千里・香月・美耶の4人でヴァイオリンを弾いた。
 

ところで今日は千里にたくさんヴァイオリンを弾いてもらっているのだが、
 
実は・・・3人の千里の中で千里2はヴァイオリンが割とうまいのである!
 
千里1は相変わらず「移弦すると音を間違う」という困った癖がある。千里1のヴァイオリンがうまくなっていくのは2020年頃からである。千里3は練習する気が無いようだと(千里2は)言っていた。
 
元々千里は「移弦しない限りはうまい」ヴァイオリニストだった。それが千里2は昨年「3人になって時間の余裕ができたので(本人弁)」かなり練習して、移弦も随分上達したのである。
 
千里にはカウントダウンライブでもヴァイオリンを弾いてもらったのだが、その時、私は「あれ?以前より随分うまくなってないか?」と思ったのだが、実は猛練習して、欠点を克服したということだった。その話を聞いて私は自分も頑張らなきゃ、と思ったのである。
 

なお、千里が今日の演奏に使用しているヴァイオリンは、例の貴司さんとの間を頻繁に往復しているらしい“愛のヴァイオリン”(スズキ製)ではなく、イタリアのクレモナで買った工房製品らしい。
 
クレモナは北イタリアの町で、アマティ・ストラディヴァリ・グァルネリを輩出した所である。その後衰退していたものの、ムッソリーニが1938年にヴァイオリン製作学校を設立してから、少しずつ伝統製法が復活していく。ところが戦後はドイツやチェコなどの量産品に負けて再び衰退する。
 
(チェコのシェーンバッハで量産されたヴァイオリンが「クレモナ」ブランドで世界に輸出されている。また、近年は日本と中国の高品質な量産品にもおされているらしい)
 
しかし本家クレモナにも1979年にヴァイオリン製作を振興しようという組織が作られ、それ以降少しずつ職人的な制作者が集結していくようになり、現在では60以上の工房があり、正式に看板を掲げていない制作者も入れると、600人ほどのヴァイオリン制作者が活動しているという。日本人の高橋修一もクレモナに工房を持ち、現地の制作者組合に加入している。
 

千里2は秋から春に掛けてはフランスに居るのだが、現地の友人に
 
「どこかでいいヴァイオリン売ってないかなあ」
と言ったら
 
「ヴァイオリンならクレモナでしょ?」
と言われて、イタリア語のできる友人も連れて3人でクレモナまで買いに行ってきたらしい。
 
現地でちょうどフェアのようなものが開かれており、そこでいくつか試奏させてもらって買ったものだという。値段は8000ユーロ(約100万円)だったらしい。クレモナ製の証 Cremona Liuteria のマーク(ヴァイオリンの渦巻き模様のロゴ)が入っている。制作者の銘は Marianne Jostと署名されていた。少し弾かせてもらったが、明るい音がするよく響くヴァイオリンであった。鷹野さんも弾いてみて「俺の400万のヴァイオリンより響く!」と叫んでいたが、現地で買ったのと日本に輸入されたものを買ったのの価格差もありそうな気はする。
 
なお、弓もその時クレモナで一緒に買ったもので、こちらは2000ユーロだったらしい。でもよく見たらフランスのミルクール製だった!という。ミルクールもかつては弦楽器の生産地で、特に名弓の生産地として知られていたのだが、近年は衰退して工房の数もかなり減っているらしい。しかし20世紀前半くらいに作られたミルクール産の弓は現在でも高額で取引されている。もっとも千里が買ったものは現代の作品のようである。
 
「でも弓はどうやって買うの?やはり試奏して?」
「うまい人はそれがいいと思う。私の場合は、ヴァイオリンの波動と親和性のある波動を持つ弓を選んだ」
 
「なるほどね〜」
それは千里や青葉にしかできない選び方だと思ったのだが千里は言った。
 
「冬はそれを無意識にやっていると思う」
 

「でもそのヴァイオリンを見に連れて行ってくれた友だちって、やはりバスケの関係者?」
「そうそう。同じチームの同僚。背が高くて190cmくらいかな」
「さすが外人さんは凄いね!」
「外人さんでも190cmは女性としてはかなり高い」
「だろうね」
 
「例によって女子トイレで悲鳴をあげられて、私が弁明してあげた」
「ありがちありがち」
「でもとんできた警備員は手術して女になった人かと思っていた感もある」
「それもありがちだ」
 
「ちなみに一緒に行ったイタリア語の出来る友人が実は手術して女の子になった子だと言ってた」
「へー!」
「でも彼女は背が低いんだよ。私より低い165cmくらいかな」
「そのくらいだと普通の女性に紛れられるよね」
「小学生の時から女性ホルモン飲んでいたらしい。高校の時に去勢したって」
「その頃には既に機能停止していたのでは?」
「そうそう。だから正統な医療として摘出してもらえたらしい」
「まあそういう子は、そんなもの付いているのが間違いだろうからね」
 
「そういう訳で3人の中で最も男に見える子だけが天然女性だったんだよ」
「あはは」
 

電気楽器に持ち替える。
 
『コーンフレークの花』を演奏する。
 
宮本・美耶・聖見・青葉が下がる。
 
近藤さんと風帆伯母が2人ともアコスティックギターをエレキギターに替える。ヴィオラを弾いていた鷹野さんがベースに、コントラバスを弾いていた酒向さんがドラムスに。風花と詩津紅が出てきて、風花と千里がキーボードに行き、ヴァイオリンは泰華だけになる。アケミは引き続きフルートを吹く。詩津紅はサンバホイッスルを吹く。
 
そしてこの曲では月子・星子の姉妹が可愛い衣裳を着て出てきて、ダンスを入れてくれた。ふたりのダンスに歓声が飛ぶ。
 
むろん服を脱いだりはしない!
 

『フック船長』を演奏する。
 
月子・星子の姉妹が観客の声援に手を振って下がる。風帆と泰華も下がる。香月・宮本と青葉が出てくる。詩津紅はクラリネットを吹く。風花はキーボードから離れてアケミと並び一緒にフルートを吹く。キーボードは月丘・千里・青葉の3人で弾く。月丘さんがキーボードを弾くのは今日はこの曲だけである。宮本さんはメトロノームを操作する!
 
メトロノームはチックタック鰐を象徴しているのだが、宮本さんはわざわざ、鰐の帽子をかぶって、これをやってくれた。曲のクライマックスでは目覚まし時計が鳴り出して、宮本さんはそれがどこで鳴っているのか探すパフォーマンスもしてくれる。
 
この時計は私のスカートのポケットから出てきた!(『コーンフレークの花』で風花が出てきた時に、そこに放り込んで行ったのである)この目覚まし時計が曲が終わっても鳴り止まない。宮本さんは叩いたり投げたり!していたが、最後はお玉を出して来て、それで叩くとやっと停まった。
 
それで宮本さんはそのお玉を私に渡して退場していった。
 
「あれ?これは?」
と私がお玉を掲げて言うと、客席から
 
「ピンザンティン!」
という声が返ってくる。
 
それで私は
「では今日最後の歌です。ピンザンティン!」
と言った。拍手がある。
 
美耶・月子・星子の3人がお玉をたくさん持ってステージにあがってきて、ステージにいる演奏者に渡した。3人はそのままステージに留まり、お玉を振る。
 
「サラダを作ろうピンザンティン!素敵なサラダを」
「サラダを食べようピンザンティン!美味しいサラダを」
 
この日最後の曲『ピンザンティン』である。
 
美耶・月子・星子は持っているマイクを客席に向ける。月子・星子の姉妹もこの1時間でけっこう舞台度胸がついたようである。
 

演奏が終わると、全員手を振って舞台を降りる。
 
拍手がアンコールを求める、ゆっくりしたリズムの拍手に変わる。
 
楽屋では例によって、政子がジンギスカンを“一気飲み”していた。私は普通に500ccの烏龍茶を3回くらいに分けて飲んだ。
 
「よし、行こう」
 
それで今日出演した演奏者全員で出て行く。キーボードを千里、ヴァイオリンを泰華が弾き、風花とアケミはフルート、詩津紅はクラリネット、青葉は篠笛、美耶は胡弓、風帆は琵琶、聖見・月子・星子は三味線、宮本さんはギター、香月さんはトランペット、を持つ。
 
そしてみんな自由に音を鳴らして『影たちの夜』を演奏する。
 
客席も物凄い盛り上がりである。風花や詩津紅は音を出したり手を振ったり、している。最後は月子・星子の姉妹もバチを持ったまま手を振っていた。
 

激しい興奮の中演奏が終わる。
 
私とマリ以外の演奏者が退場する。
 
「アンコールありがとうございました」
と私は観客に御礼を言った。
 
あらためて東北復興への思いを私とマリは語った。
 
「それでは本当に最後の曲です。『あの夏の日』」
 
それで私がピアノの前に座り、マリはいつものように私の左に立つ。ブラームスのワルツから借りた前奏を弾き、私たちは歌い始めた。
 
今年の夏にはローズ+リリーも10周年である。よくまあ10年も続いてきたものだと私はその幸運に感謝しながら、歌を歌っていった。
 

演奏が終わり、私は立ち上がると、マリと一緒にステージ前面に出る。
 
そしてたくさんの拍手の中、私たちは深くお辞儀をした。
 
そして観客に向かって手を振る中、幕が降りる・・・・
 
と思ったら、舞台袖から入ってくる人たちがある。
 
へ?
 
と思ったら、KARION, XANFUS, Golden Six, Olive Lemon, Flower Fourの面々である。
 
Flower Fourはいったん女装を解いていたはずなのに、また女装している!千里と泰華もゴールデンシックスのメンバーとして出てくる。
 
XANFUSの音羽が私のマイクを取って観客に告げた。
 
「ローズ+リリーのライブは終了したけど、今回の復興支援イベントの最後の曲を歌います。『花は咲く』!」
 
凄い歓声があがる。
 
Olive Lemonのヒロシがドラムスの所に座り、丸山アイがギター、フェイがベースの音を出す。
 
音羽はそのまま私のスタンドマイクを持っていって、光帆と一緒に歌う態勢だ。私はマリのそばに行って、一緒にマイクを使う。他に和泉・小風・美空がひとつのマイク、花野子・梨乃・千里・泰華がひとつのマイク、Flower Fourの4人がひとつのマイクを使って、『花は咲く』の演奏は始まった。
 
スターキッズ、トラベリングベルズ、パープルキャッツ、ほか多数の追加伴奏者もステージに姿を現す。
 
会場はまた興奮のるつぼと化す。
 
そして本当に東北復興の思いを込めて、8000人の観客と50名ほどの演奏者がひとつになって、今年の復興支援イベントは終了した。
 

曲が終わって、拍手の鳴り響く中、全員が退場し、川崎ゆりこが
 
『今年の復興支援イベントはこれで完全に終了しました。皆様、お気を付けてお帰り下さい』
というアナウンスをした。
 

イベントが終了した後は、私たち演奏者はすぐに会場を脱出。バス2台を使って、盛岡市内に移動して、宿泊場所に確保していたホテルの宴会場を使って打ち上げをした。今日の午後のイベントにも同席してくれた、川崎ゆりこ・秋風コスモスも出席した。
 
「質問。昨日・今日の公演で、ステージで演奏した人の中に男の娘・女の娘は何人いたか?」
と光帆が言い出す。
 
「それ似た話を以前やったね」
と私は言う。
 
「2014年のサマーロックフェスティバルの打ち上げの時だよ」
と音羽が言う。
 
「あの時、何気なく私が何人かな?と言ったら、醍醐春海さんが5人と言ったんだよね」
と音羽は言うが、
 
「へー。それ覚えてないや」
と千里は言う。千里は天性の巫女なので、唐突にどこかから降りてきたことを口に出す。本人は概して全く覚えていない。
 
「結局5人というのは、私、千里、近藤うさぎさん、yuki(黒井由妃)ちゃん、桃川春美の5人だったと思う」
と私は言う。
 
「あの時期、桃川さんはまだ造膣していないと言っていたんだけど、本当は既にしていたみたい」
と私。
「春美さんが造膣術を受けたのは2014年のお正月だと聞いた」
と千里。
「じゃ、やはりそれで合っているみたい」
 
「あの時、候補にあがっていた、★★レコードの社員さんは?」
と音羽が訊く。
 
「あの人は確かに身体は性転換して女の身体になっているけど、社会生活は男として送っているから、性転換者にはならないと思う」
と私は言った。
 
「そんな人がいるんだ!」
と小風が驚いていた。
 

「それで、昨日・今日のステージの男の娘は?」
 
「多すぎて分からん」
「微妙な子がいる」
 
「信濃町ガールズの中で1人だけスカートじゃなくてショーパン穿いてた子は?」
「あの子は普通の男の子だよ」
「あれ、女の子になりたい男の子なのか?男の子になりたい女の子なのか?と思って見ていた」
「ふざけてみんなからスカート穿かされていたことはあるけど、本人は別に女の子になりたい気持ちはないと思う」
「もったいない。可愛いのに」
「あの子、しばしば女子更衣室に拉致されてってるね」
「その内、女の子に対する不感症になってしまうかもとは危惧している」
 
「既に不感症になっている感じの今井葉月は?」
「あの子は、あとちょっと押すと性転換しそうな気がする」
などと言っているのは丸山アイである。
 
「Flower Fourの4人は?」
「私が明日の朝までにチョン切っておくから、男の娘でいいよ」
と政子。
 
「それ、勘弁して〜」
「僕、女の子になっちゃったら星歌から離婚されちゃう」
「星歌ちゃんにはレスビアンを覚えてもらうということで」
 
打ち上げが終わった後は、全員そのホテルに宿泊し、そのまま解散する。
 
マリは夜中に居なくなっていた。多分亮平の部屋に行ったのではと思った。全くあの2人はどうなっているのか。
 
翌朝私が起きるとマリはもう戻っていた。私たちはそのまま東京に戻って『郷愁』の海外版制作、『Simple Collection』の制作を続ける。
 
青葉は日中市内で過ごした後、夕方近くに盛岡市内の彪志君の実家に行った。千里はすぐフランスに戻ったようである。
 

そして私は3月18日、新島鈴世さんからの連絡で、上島先生の逮捕が近いことを知り、驚愕したのであった。上島先生は実際には翌日3月19日に逮捕され、翌日送検されて、29日まで勾留された。
 
上島先生は29日の釈放後、弁護士とともに記者会見をし、無期限で音楽活動を自粛することを表明した。
 
そして上島先生の作品を含むCDは発売予定になっていたものは全て発売中止となり、現在市場に出回っているものは全て回収となった。大手のレンタル店でも店頭から撤去、通信レンタルでも取り扱い中止となった。
 
この結果、活動停止に追い込まれるアーティストが大量に出ることが予想されたが、すぐに○○プロの丸花社長などが中心になって、上島先生の作品を多数の作曲家で代替して、何とかそれらのアーティストの活動を支えるプロジェクト上島代替作戦(Ueshima Diversion Mission)"UDM"が発足したのであった。
 

上島先生は昨年1年間で950曲書いていたらしい。それを代替するといっても実際代替作品が書けるような作家はせいぜい50人くらいしか居ない。その人たちが全員4曲ずつ提供したとしても200曲程度にしかならない。
 
それでこの機会にあまり売れていない歌手は引退させようということになったらしい。それでだいたい300曲程度節約できる。それでも残り600曲程度を何とかしなければならない。
 
結局上島先生という人は、物事を断るのが下手くそなので、あちこちから頼まれたものに気軽に応じていた結果、年間信じられない数の曲を書くことになってしまっていたようだ。しかも上島先生の作曲料は買い取り方式の場合、とっても安かった。それで売れない歌手が随分利用していたのであるが、上島先生から曲をもらったのが偶然売れて、ビッグになっていった歌手も結構あった。百瀬みゆき、紀国小鈴、モライス小林、山折大二郎などはその組である。特に山折大二郎は「上島先生の弟子」を自称している。
 
4月上旬、私は★★レコードの町添専務と秘密会談を持った。現在、町添専務は一応制作部長の肩書きはそのままではあるものの、社内での実権をほとんど剥奪されている。しかし今回の事件に関しては佐田副社長が、自分だけではとても手に負えないので、町添さんにも協力して欲しいと言い、佐田−町添協同態勢で、上島代替問題に対応することにしたのである。
 
それで町添さんは有力な作曲家に個別に頼み込んで、何とか楽曲制作の代替をお願いしているのだと言っていた。
 
私はうまく町添さんに乗せられて200曲書きますと言ってしまった。この時点ではそのくらい何とかなりそうな気もしたのである。今回の作業では下川先生の工房が全面的に協力するので、メロディーだけ書けば、編曲は下川工房が全部やってくれるという話だった。
 
しかしこれで私はKARIONの制作の作業が全くできなくなってしまったし、それどころかローズ+リリーの次のアルバムやシングルの構想も、とても練られない状況に陥ってしまう。
 

私が楽曲を必死に書いていたら、最近あまり見ていなかった須藤さんとマキが来て、私が書く楽曲が、過去の作品と似ていたりするとまずいから、チェックしてあげるよと言った。
 
正直、迷惑だと思ったのだが、断る理由もない。それで任せていたら、私の書く作品が全部はねられてしまう!
 
そりゃ同じ人間が書いていたら、どうしてもメロディーラインの似ている部分は出てくるに決まっている。
 
それで参ったなと思っていたら、5月中旬になって、突然このチェックが全くされない状態になってしまう。須藤さんたちがチェックをやめた訳ではなく、
 
「最近はちゃんと自己チェックできているみたいね。過去の作品とぶつかってないよ」
などと言っている。不審に思った私は、過去の作品を歌詞とタイトルだけ変えて!新しい作品として出してみた。
 
それでもチェックに引っかからない!
 
それで私はどうも須藤さんたちのチェックは、チェックプログラムのバグか何かで、無効になったようだと判断。安心して過去の作品をどんどん再利用することにした!
 
この件では、どうも雨宮先生が暗躍していたようであるが、先生は何も言わないし、私も聞かない方がいいだろうと判断している。
 
 
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【夏の日の想い出・つながり】(2)