【夏の日の想い出・辞める時】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-02-11
2月22日(土)。群馬県の某温泉。
早紀は女子の友人3名と一緒にこの温泉に来ていた。
午後この温泉に着いてから「まずはお風呂行こう」という話に、最初早紀は「私夜中にひとりで入りに行く〜」と言ったのだが
「夜中に行くのは勝手だが、みんなとも行こう」
と言われる。
「でも私は身体に不都合な真実が・・・」
と言うものの
「でも私、早紀と銭湯で遭遇したことがあるのだが」
「私も遭遇したことある」
「私は3回以上遭遇している」
「なんだ、みんな遭遇してるのか」
などと言われた。
「要するに早紀は女湯に入れる身体であることは間違い無い」
「そもそも女湯に入るのに不都合があるのであれば、私たちと同室で一晩過ごすことにも不都合があるはず」
「そういう不都合が無いことを再確認するためにも一緒に女湯に行こう」
などと言われて半ば連行され、
「やはり何も不都合は無かったね」
「上も下も全く問題は無いね」
と女湯に入れる身体であることを友人たちに認証された。
その後、食事をしてから軽くプロレスごっこ(?)して親睦(?)を深めた上で、夜中の12時過ぎに消灯して寝た。
そういう訳で早紀がひとりで大浴場にやってきたのは、夜中の3時である。
「信子ちゃんもお風呂付きのマンションに引っ越しちゃって寂しくなったなあ。ああいう女湯初心者の男の娘を“教育”するのも楽しいのに」
などと独り言を言う。
「どこかに可愛い男の娘は落ちてないかなあ」
などと言いつつ、大浴場の暖簾の前で止まる。
「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な」
と指を左右に振った上で
「こっち!」
と言って、女湯の暖簾をくぐる。
浴衣を脱ぎ、防寒用に着ているTシャツ、その下に着ているスリップ、ブラジャー、パンティと脱ぎ、タオルとシャンプー類を持ち浴室に入る。
夕方一度入っているので軽くかけ湯しただけで湯船に入ったが、湯船の中にひとり先客が居たので驚く。
全然気配しなかったのに!
「こんばんは」
「こんばんは」
とお互い笑顔で挨拶を交わす。
「東京方面の方ですか?」
「あ、はい。出身は長崎なんですが。そちらも東京方面?」
「ええ。今は東京に住んでいます。出身は札幌なんですが」
などといった感じで出身地に始まって、2人は結構話していたのだが・・・
やがて、向こうが訊いてきた。
「ところで、君の性別は?」
「たぶん、君と同じ」
「やはりそうだよね〜」
「うん。そんな気がした」
と言って、ふたりは握手をした。
「ぼくのことは真琴(まこと)と呼んでよ」
「いいよ。じゃ、ぼくは早紀(さき)で」
「手の感じが女の子。女性ホルモン飲んでるよね?」
「まあそれはお互い様っぽいね」
「睾丸は・・・・無いよね?」
「うん。それは無いかな」
「睾丸が付いてて、この体型はありえない」
「この顔つきもありえない」
「その声もあり得ない」
「その喉もあり得ない」
「おちんちんはあるの?」
という質問にはお互い微妙な笑みを浮かべる。
「それを女湯で話すのはやめない?」
「そうだね。お互いに」
そのあとはしばらく《無難な》おしゃべりをしていたのだが、早紀は突然
「あっ」
と言った。
「どうしたの?」
「もしかして真琴ちゃんって、Rainbow Flute Bandsの・・・・」
早紀が途中まで言ったところで真琴は人差し指を立てて、早紀の唇に当て、それ以上言わないでというサインをした。
「でもぼく、早紀ちゃんに凄く親近感を感じる」
と真琴。
「やはり**ちゃんってこういう子だったのね」
と早紀。
「ね、あとでアドレス交換しない?」
「うん。もっともっとお話したい気がする」
それでふたりはまた握手した。
「キスしてもいいけどね」
「ぼく同性愛じゃないから」
「ぼくも同性愛じゃないよ」
「なんか今のはお互いに違う意味で言った気がする」
「そのあたりはあまり深く追及しないということで」
「でも多分セックスも可能な気がしない?」
「ちょっと興味はあるね。姿勢が難しそうだけど」
結局早紀と真琴は30分近く湯船の中で会話し
「ちょっと入りすぎたかもね」
「のぼせそう」
などと言って一緒にあがった。
ふたりが身体を拭いていた時、脱衣所のドアが開くと、明らかに男と思われる人物が入って来た。
「きゃー!」
とふたりが声をあげる。早紀は手近にあった籠をその男に投げつけた。
「真琴ちゃん、通報!」
「うん」
と言って、真琴はインターホンに飛びついた。
「待って、待って。俺、女だから」
と入って来た人物が言う。
「ん?」
「俺、FTMなんだよ。でもまだ身体を直してないから、夜中に女湯に入りにきたんだよ。本当は男湯に入りたいけど、男湯で従業員さんとかに見つかると捕まるから」
「ほんとに女なの?」
「脱いでみせるから」
と言って彼(?)はズボンと上着を脱ぎ、男物のシャツとトランクスを脱いだ。胸にはサラシを巻いていた。
「ちんちんあるじゃん」
「これ作り物」
と言って彼はおちんちんを取り外した。
「おっぱいもあるね」
「うん」
と言って彼はサラシをほどく。
それで見るとふつうに女の身体に見える。しかし女の身体に男の顔が付いているかのようだ。
「その身体じゃ男湯に入るのは厳しいね」
「理解してくれた?」
「うん。お兄さんも大変ね」
「籠ぶつけちゃって御免ね〜」
とふたりは言った。
それで早紀と真琴はおしゃべりしながら服を着る。今入って来たFTMの彼は脱いだ服やおちんちん!をロッカーに移し、タオルと石けんを持って浴室に行こうとした。その時「あっ!」という声を挙げた。
「どうしたの?お兄さん」
「ね、君たちこそ、男の子ってことは?」
「ぼくは女湯に入るのが趣味なんだよ」
「ぼくは女湯でおどおどしている男の娘を物色するのが趣味」
「あんたら通報しようか?」
「通報してもいいけど、確実にお兄さんの方がつかまると思う」
「うーん・・・」
と彼は悩んでいたものの
「今日はいいことにしとこう」
と言ってふたりに手を振ると、浴室の中に入っていった。
身体を洗って、湯船に浸かっていると、隣の男湯から声が聞こえた。
「ジュリー、もしかして何か揉めた?」
「通報されそうになって、籠ぶつけられただけ」
とこちらは答える。
「なんだ、いつものことか」
「ああ。俺も早く性転換して、コーと一緒に入りたいよ」
「まあ子供7人くらいできてからな」
「7人も産むの〜?」
「7人いればバレーができる」
「そうか。コーは学生時代バレーしてたからね。でも6人じゃないんだっけ?」
「リベロ入れて7人だよ」
「ああ」
「でも通報しようとしたのは男の娘だったよ」
「夜中だから入りに来たんだろうな」
「凄い完璧に女の子してた。おっぱいも大きくしてたし。俺が通報したら、たぶん俺のほうが捕まってた」
「ジュリーは過去に数回警察に連れて行かれそうになったな、そういえば」
と言ってから向こうの声は言った。
「男の娘といえば、秋に鳥取から京都までヒッチハイクで乗せた男の娘も可愛かったな」
「ああ、あれはまだ女装初心者っぽかったね」
「今頃はもう少し慣れてるかな」
「女装ヒッチハイク旅行なんてやったら、かなり度胸付いたろうからね。あれは3〜4年以内に去勢くらいはしちゃうと見たよ」
2014年1月25日。私とマリはロリータ・スプラウトの初ライブを行った。これは歌は私とマリが生で歌っている声を★★レコードのシステムでリアルタイムに二重唱→四重唱に変換して流すというもので、同時にファンからの応募で決まったロリータ・スプラウトの“4人”の絵を、アニメで動かすものである。実際にはバレンシアのメンバーがモーションキャプチャー用の機械を取り付けて踊っているのをアニメの動きにリアルタイムで変換している。
26日には篠田その歌の結婚式に出席した。彼女は2004年10月に私が誤って迷い込んで参加してしまった○○プロのオーディションの事実上の優勝者で翌年2月にデビュー。昨年末で引退するまで約9年間ポップスシンガーとして活動してきた。
彼女の楽曲は前期(2005-2009)は上島先生の曲と東郷誠一先生(中の人は初期の頃は香住零子だが、その後不安定)の曲、それにセミプロ作曲家の作品をカップリングして販売するケースが多かったが、後半(2009-2013)は上島先生と秋穂夢久の曲をカップリングするパターンが定着した。秋穂夢久というのは、つまり私とマリであるが、その事を知る人は少数である。
27日には今度デビューする南藤由梨奈という新人歌手の制作をめぐって私がお願いして上島先生と蔵田さんの秘密会談をセッティングした。実は南藤のデビュー曲に関して、事務所側が最初上島先生に打診したものの、多忙で無理と言われ断られたので、代わりに蔵田さんに依頼した経緯がある。ところが蔵田さんがその曲を書いた後で、上島さんが「やはり書きましょう」と言ってかなり力(りき)を入れた作品を作ってきたので、丸花さんと私は困ってしまい、それでここ数年歌謡界のライバル、二大流行作曲家として競ってきた2人を直接会わせて調整することにしたのである。
結局南藤由梨奈はこの2大作曲家から1曲ずつ楽曲をもらい、両者に関わる人物で手が空いている!?鮎川ゆまが、彼女のプロデュースをすることになり、ゆまが元々リーダーをしていたレッドブロッサムのメンバーが由梨奈のバックバンドを務めることになった。ゆまの名前は丸花さんから出てきたのだが、どうも後で聞いてみると、丸花さんは保坂早穂さんから、ゆまちゃんに何かいい仕事探してあげてと言われていたのもあったようである。
ゆまは上島先生の盟友である雨宮先生の弟子であり、また蔵田さんがリーダーを務めていたドリームボーイズの常連ダンサーであった。
1月28-31日はローズクォーツ++(ローズクォーツ&ローズ+リリー)で制作している“Plays”シリーズの第8弾 RoseQuarts plays Sakura のボーカル録音に政子と2人で行ってきた。この楽器演奏部分は既に1月中にマキ・タカ・サト・ヤスの4人と若干のサポートミュージシャンで収録されている。
その後、私は2月1-3日にはKARIONの22枚目のシングル『四つの鐘』の制作に入る。このシングルは初めて私の写真をジャケットにも入れて最初から発売される作品となった。このCDは4月2日に発売されることとなるが、その発売時点で公式サイトに掲載されている過去のKARIONの全てのCDのジャケ写を、私が入っているバージョンに交換した。これは各々のCDの制作の時点で当時使用した3人バージョンと一緒に毎回撮影しておいたものである。
続いて2月4-6日にはローズ+リリーの18枚目のシングル『幻の少女/愛のデュエット』の制作をスターキッズと一緒に行った。こちらはKARIONのCDの一週間後、4月9日に発売されることになる。
そして2月5日(水)には§§プロの新人・明智ヒバリが『チェックのスカート』でデビューした。ヒバリは実際に高校の制服っぽいチェックのスカートとブレザーという姿でジャケット写真に写っていた。背景には彼女の実家がある福岡の公共施設アクロスの階段状のグリーンガーデンが写っており、実際に現地で早朝に撮影したものである。
この日には鹿島信子から、戸籍が女性に変更されたというメール連絡があり、私は「おめでとう。これで信子ちゃんも立派な女の子だね」と祝福する返事を送っておいた。
2月12-13日には新曲『愛のデュエット』の2つのバージョンのPVが続けて撮影された。12日は、よみうりランドで撮影を行ったが、これに出演したのはハイライトセブンスターズのヒロシ(男役)とRainbow Flute Bandsのフェイ(女役)である。
わざわざ↑で「男役」「女役」と書いたのは、どちらが男役・女役をしてもいい感じだったからである。ふたりともそもそも性別が曖昧な雰囲気の私服で撮影現場に来ていた。
むろん元々ヒロシが男役、フェイが女役ということで依頼していたのだが、ふたりを見て監督さんは
「どちらが女役をしたい?」
と訊いた。
しかしヒロシの事務所の人が
「済みません。ヒロシの女装はあまり露出させたくないので」
と言い、
「フェイは男装・女装どちらでもいいですよ〜」
とフェイの事務所の人が言うので、当初の予定通り、ヒロシが男役、フェイが女役と確定した。
「ぼく、けっこう女装も好きなんだけどね〜」
とヒロシは言うので、フェイが
「じゃ後で衣装交換してみようよ」
と言っていた。
このビデオではふたりが遊園地の中で偶然出会い、一緒に様々な楽器を演奏する。ピアノの連弾に始まり、リコーダー、フルート、クラリネット、トロンボーン、ヴァイオリン、チェロ、ギター、と合奏して、最後は1つのドラムスセットを2人で一緒に叩いている映像で終わる。
この撮影では2人はマジでこの全ての楽器をちゃんと演奏し、ひじょうに器用な所を見せた。ほとんどの楽器の演奏が1発OKで、難しい「2人ドラムス」も1回リテイクしただけで、美事に演奏してくれた。そもそも2人は自前のリコーダー・フルート・クラリネットを持って来ていたので、撮影にもそれを使用した。リコーダーは2人とも全音、フルートはサンキョウ、クラリネットはビュッフェ・クランポンの製品で見た目にも違和感が無かったので、監督も「そのままでいいですね」とゴーサインを出した。
「だいたい2人とも用意していた楽器より高そうな楽器持って来てるし」
と★★レコードのスタッフが言う。
「じゃその用意した楽器はそのまま明日の撮影に」
と監督さん。
「でも3つともフェイちゃんの楽器のほうが僕のより高い」
とヒロシは言っていた。
撮影が終わった後で、本当にお互いの衣装を交換してみたら、それでもちゃんとフェイが男の子、ヒロシが女の子に見えるというので、スタッフは感心していたらしい。監督はそのバージョンでも撮影したがっていたが、ヒロシの事務所のマネージャーが「勘弁してください」と言ったので、撮影は行われなかった。絶対に公開しないという条件で、ヒロシとフェイの個人のスマホでだけ記念写真を撮っていた。
仕事が終わった後、着換えるのに2人は「おしゃべりしながら着換えたいから」と言って一緒の更衣室に入った。双方の事務所の人が一瞬心配そうな顔をしたが「大丈夫。ぼくは同性愛じゃないから」と双方言ったので、どちらの事務所の人も悩むような顔をしていた。結局、ふたりの暴走?を心配して、フェイの女性マネージャー河原さんが同席した。セクマイバンドのマネージャーをするだけあって、実は河原さん自身もレスビアンである。
「でもフェイちゃん、本当は男の子なの?女の子なの?ここだけの話」
とヒロシが訊くとフェイは
「ぼくは男の子だよ〜」
などと言っている。
フェイは女性下着姿をさらしているが、実はヒロシも女物のパンティを穿いている。ふたりともパンティに盛り上がりのようなものは見当たらない。もっともヒロシのは普通のビキニショーツだが、フェイのはかなりのハイレグで、もし付いているなら、隠すのはかなり難しいぞとヒロシは思った。
「ほんとに〜?だっておっぱいあるじゃん?」
とヒロシは言う。
フェイはブラジャー姿をさらしているが、見た感じはCカップ程度のバストがあるように見える。ただヒロシは彼女(?)がブレストフォームを使っている可能性もあるよなと思った。
「これ今日はたぶん女役だろうと思って付けてきたフェイクだし、おちんちんもあるよ〜。見せたら河原さんに叱られるからやめとくけど」
とフェイは実際答える。
「それは嘘だ。だいたいフェイちゃんの手を触った感触は女の子の手だもん」
「ヒロシちゃんの手もかなり女の子っぽい」
「化粧水とかハンドクリームでよくメンテしてるからだと思う」
「じゃぼくの手も」
「それともフェイちゃん、男の子だけど女性ホルモン飲んでるの?」
「女性ホルモンは飲んでるよ。ぼくの卵巣は弱いから。お医者さんから処方されているんだよ」
「やはり卵巣があるんだ?」
「じゃ、ヒロシちゃんにだけ内緒で教えてあげる」
と言ってフェイはヒロシの耳に口を付けて囁いた。ヒロシは驚いた顔をして
「凄いことを知ってしまった」
と言っていた。
「一度セックスしてみる?恋愛抜き・後腐れ無しで。どちらが女役でもいいよ。ぼくどちらもできるし」
とフェイは誘惑(?)したが
「やめとこうよ。河原さんが恐い顔してるよ」
とヒロシは答えた。
翌日13日には西武遊園地で、私とマリが出演したバージョンを撮影した。
ヒロシとフェイの出演したビデオは販促用としてショートバージョンを公開するとともに、ロングバージョンはDVD付きのCDに収録する。私とマリのバージョンはライブで流す用途である。ヒロシとフェイは本当に全ての楽器を演奏したのだが、私とマリのバージョンでは本当に演奏しているのは、ピアノ、リコーダー、ヴァイオリン、ドラムスだけで、他は演奏しているふりだけである。マリはフルート・クラリネット・トロンボーンの音が出せなかったし、チェロは音程がうまく取れないようだった。ギターも左手の押さえが曖昧で、まともな音が出なかった。
「なんでケイはそんなに全部音が出るの〜?」
「クラリネットは中学の時に吹奏楽部で吹いてたもん」
「トロンボーンも?」
「それはホラ貝の応用」
「そういえば夏にホラ貝吹いてたね!」
「青葉に習ったんだよ」
なお、使用した楽器は★★レコードさんが用意してくれたお揃いのもので、ほとんどがヤマハの製品である。
ドラムスは打つふりだけにしてもタイミングなどを合わせなければいけないので、事前に1日掛かりで練習していたものの、実際の撮影にはわずか15秒分の撮影に2時間掛かった。
「お疲れ様〜」
「済みませーん。こんなに時間掛けてしまって」
「しかしヒロシとフェイのバージョンは彼らが実際に演奏した音を使ったバージョンも公開可能だけど、こちらは無理だな」
と監督さんが言っていた。
「この2人凄いですね〜」
と私も前日に撮ったビデオを見せてもらいながら言った。
3月1日(土)。青葉が高岡から千葉まで出てきて、秋頃から建設していた神社の鎮座祭を、千葉市内L神社の宮司さんにしてもらった。この鎮座祭には、青葉と彪志だけが出席した。
もっとも宮司さんは、その場で神様を降ろすつもりで来たものの、実際には既に神様は祠の中に入っていた。
「これ、神様、入っているじゃないですか!」
と宮司さん。
「ええ。入ってます」
と青葉。
「どなたが入れたんですか?」
「本人が勝手に入っていきました」
「何か凄く神格が高い気がするんですが」
「それで素人が勝手に扱うべきではないと思ってL神社さんにお願いしたんですよ」
それで宮司さんは、青葉から聞いて『玉依姫神社』という銘を書き、これを額に納めて祝詞をあげて帰って行った。
その晩はむろん彪志のアパートに泊まったものの、翌2日は市内に住んでいる桃香・千里のアパートを訪ねる。
「何か荷物が正月に来た時より随分増えてない?」
と青葉が言うと
「千里の友人が1月上旬から、ついこないだまで同居していて、その子の荷物がまだかなり残っているんだよ」
と桃香が言っていた。
「ち〜姉の恋人?」
「ただの友だちだよぉ」
と言って、千里は言っていた。
「気をつけていたが、千里とセックスとかした形跡は無かった」
と桃香。
「私が女の子に興味ある訳無いじゃん」
と千里は笑って言っていた。
彪志が首をひねっていたものの、その日は青葉と千里で協力してお昼御飯を作り、4人で一緒に食べた。青葉はその日の夕方の新幹線で高岡に帰還した。
千里は、青葉を東京駅で見送って千葉駅で彪志君と別れ帰宅した後、桃香が求めるので応じた。そのあとそのまま眠っていたら携帯(千里はスマホではなくガラケー派である)の着信音で目を覚ます。
見ると鹿島信子である。
時刻を見ると午前1時だ。
こんな時間に掛けてくるというのはよほどの緊急事態なのだろう。
携帯を開いて返事をする。
「はい」
「夜分済みません、千里さん。実は緊急事態で」
という信子の声はこわばっている。
「どうしたの?」
と優しく訊く。
「電話ではどう説明したらいいのやら。夜分本当に申し訳ないのですが、こちらに来て頂く訳にはいかないでしょうか?」
「いいよ」
と千里は答えた。
桃香は熟睡しているようなので「ちょっと出てくるね。朝までに戻らなかったら冷凍牛丼の具でもチンして食べておいて。御飯は5時に炊きあがるから」とメモを残して出かける。
これは車が必要かもと思ったので《こうちゃん》に駐車場まで乗せてってもらおうと思ったら返事が無い。居ない??それで《りくちゃん》に江戸川区の駐車場まで運んでもらった。そこからインプを運転して葛飾区の信子の所まで10分ほどで到達する。コインパークに車を駐めてマンションに行ってみると、信子は心ここにあらずのようにさえ見えた。
「どうしたの?」
と言って千里は信子をハグした。
「どうしよう?千里さん。私、男に戻っちゃった」
「え〜〜〜〜!?」
それで信子が見せるので、彼女の股間を見ると、立派な物がくっついている。
「今までタックとかで誤魔化してたんじゃないよね?」
と千里は確認しておく。
「私、実は男の人とセックスもしたんです。ですから女の子の身体になっていたのは間違い無いです。それに病院の先生の診察も受けたし」
「だよね!」
と言ってから千里は腕を組んで考えた。
コクッと信子が眠ってしまった。
《とうちゃん》に頼んで眠らせたのである。《りくちゃん》に頼んで彼女を布団に寝せて掛け布団も掛けてあげる。
『こうちゃん、出ておいで』
と千里は厳しい顔で言った。
《こうちゃん》はバツが悪そうな顔で出てきた。
『どういうことか説明しなさい』
『いやちょっとした親切で女の子にしてあげたんだけど、美鳳さんに叱られて』
『それで男に戻しちっゃたの?』
『勝手に性別を変えるのは混乱の元と叱られた』
『だからって、今戻すのは収拾がつかないほど混乱するじゃん』
『じゃそれ美鳳さんに言って』
『くうちゃん、緊急事態なの。私を美鳳さんとこに運んで』
『うん』
それで千里は出羽に来ていた。
「今夜は随分略式の来かたをしたね。せめて随神門から石段登っておいでよ」
と巫女姿の美鳳さんは言った。
「緊急事態だったので。勾陳の不始末は私が謝りますから、あの子を女の子にしてあげられませんか?」
「人間の性別をそう簡単に変えられるのは困るんだけどね。そんなに簡単に変えられるものなら、千里だって中学生の内に完全な女の子に変えてあげていたよ」
「でも女の子に変えて数時間とか数日で男に戻したのなら、まだマシですが、3ヶ月経って、本人が戸籍上の性別を変更し、女の子として周囲に受け入れてもらった後で戻すのは、どうにもならないほどの混乱を招きます」
「あいつ、私がちょっと目を離した隙に困ったことして。でも理由もなく性別を変える訳にはいかないよ。あの子は大変だろうけど、男として何とかしてもらうしかないし、女の子になりたいなら性転換手術を受けてもらうしかない」
「目を離した隙というと、美鳳さんにも落ち度があったということですよね?」
「お前、私の揚げ足を取るつもりかい?」
と美鳳さんが少し怒ったような顔をする。
ところがその時、清らかな声が掛かった。
「美鳳、千里、ちょっと」
「大神様?」
千里は声のした方を見た。
「美鳳、この子をちょっと貸して」
「はい」
それで千里は不思議な空間の中に来た。
「まあ確かにこのままにすると大騒動になる」
「ですから何とかしてあげてください」
「いくつかの解決策がある。あの子を男の子に戻して、あの子がずっと男の子であったかのようにみんなの記憶を改変してしまう手」
「お言葉ですが、それは物凄い歪みを生むと思います。もう記憶の修正だけでは済みません」
「あの子が最初から存在しなかったことにしてしまう手。実はこちらの方が歪みは小さくて済む」
「私は納得できません」
「では第三の手」
と言って大神様は思いもよらぬ提案をした。
「あの時のおちんちんとタマタマって、出所はここだったんですか!」
「ドミノ倒しだね」
「私、元々誰の睾丸が誰の身体にくっついているのか、だんだん分からなくなってきました」
「知っての通り、あんたの父ちゃんの睾丸は元々あんたのもの。だからいつでも新鮮なあんたの精液を採取できる」
「・・・・」
「あんたの父ちゃんは絶倫だからさ、阿部子さんの卵子に父ちゃんから搾り取った新鮮な精液を受精させてごらんよ。悲惨に生殖能力の弱い貴司君の精子よりは受精卵が育つ可能性あるよ。それだと京平はあんたの遺伝子上の子供として生まれるだろ?」
「・・・やってみます」
「それで本当に育つかどうかは私も確信できないけどね」
「神様にも分からないことあるんですね」
「分からないことだらけだよ。だから面白いんだけどね」
「そうかも知れませんね」
「彪志君の睾丸は、元々青葉のもの」
「へー」
「どうせ2人で子作りするんだから問題無い」
「青葉の卵巣と子宮は?」
「彪志君の亡くなった姉のものだよ」
「つまりあのふたり、生殖器が交換されているようなものですか!でもお姉さんって、亡くなったのは小さい頃だったのでは?」
「別の女性の身体の中で培養していたからね」
「複雑ですね」
「あんたは自分の卵巣と子宮と膣の出所を覚えてるよね?」
「私に卵巣とか子宮とかあるんですか?」
「ふふふ。本当に記憶を消されたふりしてる。だいたい自分に卵巣や子宮が存在していること、その膣がおちんちんを改造して作った人工物ではなく本物であることを、あんたみたいに勘の強い子が気付かない訳無い」
「・・・・」
「まあいいけどね。しかし青葉も美鳳もあんたに卵巣と子宮があることに気付いていない。気付いたのは天津子だけ。あと貴司のお母さんはもしかしたらと思っている。だからこそあんたの方を貴司の嫁とみなしている」
「・・・・」
「ああ。それで、もし貴司君とこの子供、妊娠が成功したら、あんたの子宮で育てるから。阿部子さんの子宮ではどっちみち臨月まで胎児が育たない。あの子は脳下垂体が壊れてるんだよ」
「つまり私が妊娠するんですか?」
「そのあたりは世間的に矛盾が生じないようにやるけど、実際に妊娠することになるからよろしく」
「私バスケしたいから妊娠で休みたくないんですけど」
「そのあたりもうまくやるから大丈夫。バスケもできるようにする。それにそもそも、あんた京平の母親になってやる約束したろ?そしたらちゃんと産んであげなきゃ」
「産めるものでしたら、産んであげます」
「よしよし」
「ところで信子ちゃんの卵巣とか子宮の出所は?」
「遺伝的にわりと近い人のものだよ。だからあの子が将来子供を産んでも大きな問題は起きない。ちゃんと信子ちゃんに似た子供が生まれるよ」
「またドミノ倒しですか?」
「まあ世の中どこかでどうにかなってるものさ。性器は天下の回り物」
と言って大神様は笑った。
元の空間に戻る。
この瞬間、千里は今まで大神様と話した会話の内容をほぼ忘れていて、あれ〜、私今、大神様と何話したっけ?と思った。
「美鳳。話が付いた。私が許可するから、あの子を女の子に戻してあげなさい。その時、取り外した陰茎と陰嚢を私にちょうだい」
「大神様がおっしゃるのであればそうします」
それで美鳳は東京の方向を見た。
「女の子に戻しました」
「ありがとうございます!」
と千里は嬉しそうに言った。
「ついでにちょっとサービスしておきました」
と美鳳さんは言ったが、サービスって何だろうと千里は思った。
「ではこれを」
と言って美鳳は手にした男性器セットを大神様に渡す。
「ちょうど20歳くらいの男の子のが欲しかったのよ」
と大神様が言う。
「ああ、それであの子のを取っちゃおうという訳でしたか」
と美鳳。
千里は「へー」と思った。男性器を欲しがる人もあるのか・・・と考えてから普通の男の子なら万一何かで失ったら欲しいかもね、と思い直した。
「でもあの子、内性器は完璧に女の子のものを持っていましたが、あれは元々持っていたんでしょうか?勾陳がどこかで調達してきたんでしょうか?」
と美鳳は疑問を呈する。
「紹嵐光龍もいろいろあちこちで悪戯してるようね」
と大神様がおっしゃる。
「悪戯するのが勾陳としてのお仕事なので。でも今回は少し反省しているみたいですよ」
と千里は言った。
「まあいいや。じゃ勾陳は1週間メシ抜き・1ヶ月メスの龍のナンパ禁止で」
と美鳳さん。
「伝えておきます。ナンパ禁止のほうが辛そうだ」
と千里は答えた。
千里は《くうちゃん》に新小岩のマンションに戻してもらった。時計を見ると4時である。
『起こさなきゃいけないかな?』
『あんなことが起きて疲れているし、もう少し寝せておいてあげようよ』
と《りくちゃん》が言う。
『じゃ、こうちゃん、この子を私のインプに乗せて』
『了解〜。しかしナンパ抜きは辛い』
などと言いながら《こうちゃん》は信子を千里のインプの後部座席に乗せた。毛布と布団を掛けてあげる。
『あんたたちもオナニーするの?』
『しなかったらナンパの我慢はできん』
『男の子って大変ね〜。あんたも睾丸取ってもらう?』
『やだ』
『勾陳、女装は好きなくせに』
と《せいちゃん》から言われている。
『女装だからいいのであって、女になれというのは嫌だ』
『よく分からん』
『女装してオナニーするのが最高に気持ちいい』
『一度警察に通報してやろうか?』
《たいちゃん》が信子の旅行用バッグや、愛用のベース、ノートパソコンとMIDIキーボードの入ったカバン、朝着るつもりで用意していたふうの旅行着などを車に運ぶ。
『忘れ物は無いかな。パスポートは持ってる?』
『大丈夫』
『じゃ出発』
それで千里はインプを運転して成田空港に向かう。5時半頃、ゲートの少し前でいったん車を停め信子を起こす。
「あれ?私眠ってたみたい。ここは?」
「成田空港だよ。疲れているみたいだから、起こさずにここまで連れてきた」
「わぁ。すみません。でも私・・・・」
「あそこ触ってごらんよ」
それで信子は自分の身体を確かめているようだ。
「きゃー。おちんちんとタマタマ無くなってる!嬉しい!」
「良かったね」
「割れ目ちゃんとクリちゃんとおしっこ出てくる所とヴァギナもある」
「無いと困るよね」
「おっぱいもある〜。助かったぁ」
「きっと悪い夢でも見たんだよ」
「千里さん、何をしてくださったんですか?」
「私はしがない巫女だから仲介しただけ。もし山形県の方に行く機会があったら、鶴岡の近くの羽黒山神社にお参りしておいて」
「羽黒山ですね!分かりました!」
と言ってから信子は不安そうに言う。
「また・・・・男に戻ったりしませんよね?」
「もう大丈夫だよ。上の方と話が付いてるから」
「なんか色々事情があるんですね」
「世の中に現れている現象は、ほんの表層なんだよ。その水面下には色々なものが動いているのさ」
信子はハッとしたような顔をした。
「これ使う?」
と言って千里は五線紙を渡した。
「ありがとうございます。鴨乃清見先生」
「うん。いいアーティストになってね。信子ちゃん」
「はい!」
「じゃ検問行くから、着換えた方がいいかも」
「わ!私パジャマのままだ!」
それで目隠しを張って信子を着換えさせ、そのあと検問を通って空港内に入った。
信子は千里に空港第1ターミナルまで送ってもらい、よくお礼を言って車を降りると4階の出発ロビーに行った。ζζプロの内海さん、%%レコードの森尾さん、そして織田姉弟が来ているので手を振る。その後、詩葉と菊代が一緒に来て(昨夜は詩葉のマンションで一緒に寝たらしい)、続いて花純、少し遅れて清志、最後に正隆が来た。正隆が来たのは集合時刻の1分後で
「リーダー遅い」
とみんなから言われ
「ごめーん」
と謝っていた。
搭乗手続きの開始時刻になるのでカウンターに行くが、数人前に並んでいた30代くらいの女性が
「お客様、パスポートが違います」
と言われている。
「あら、私のパスポートよ」
とその女性。
「でもこのパスポートは男性のものですが」
「私、男だけど」
などとやりとりしている。信子たちは顔を見合わせた。
「信子ちゃん、あんたのパスポートは女性になっているよね?」
と内海さんが確認する。
「はい。ちゃんとFになっています」
と言って信子は自分のパスポートを見せた。
「良かった良かった」
カウンターの方はまだ揉めている。
「お客様は女性に見えますが」
「あら、男に見えない?」
「あのぉ、性転換なさったのでしょうか?」
「性転換とかしてないわよ。私ふつうに男だけど」
その女性(?)は普通に女の声で話している。結局
「お客様、ちょっとこちらへ」
と言われて奥の方に案内されていた。
その姿を見送った信子たちは、ふつうに問題無く搭乗手続きをして荷物を預けた。その後、セキュリティチェックも問題無く通過する。ここで正隆がライターで引っかかったが、内海さんから睨まれて、ライターはタバコと一緒に内海さんに渡していた(未成年喫煙も厳しく禁止されている)。
その後、3階に降りて、自動化登録をした上で自動化ゲートを通過、出発の1時間半前には無事「出国手続き後エリア」に入った。ここで朝御飯を食べながら出発時刻を待った。
朝食を食べた後、森尾さんと内海さんが何か2人だけで話したいということだったので8人のメンバーは先に搭乗口まで行くことにする。
レストランを出てすぐの所で、さっき空港カウンターの所で揉めていた女性(?)が缶コーヒーを飲んでいた。信子はその女性と目が合ってしまう。
「何か?」
と言われてしまうので
「あ、いえ。さっきは航空会社カウンターの所で大変でしたね」
と信子は言った。
「ああ。あなたたち近くに居たわね。まあいつものことだから気にしてないけどね」
と彼女は言ったが、彼女がちゃんと自分たちを認識していたことに少し驚いた。この人、観察力が高いみたい。
信子は千里から「観察力」はクリエイターには大事なことと言われたことを思い起こしていた。
「性別は・・・直されないのですか?」
「私は自分の性別認識は男だから男のまま」
「でも女性の格好なさっているんですね!」
「あなた大丈夫?私、女装でもしているように見える?」
と向こうが聞いてくるので
「見えます!」
と小枝が言った。
「女装でなかったら、女性コスプレか何かでしょうか?」
と信子は言った。
「ああ。コスプレに近いかも知れないわね。私はこういう服が好きだから着ているだけ。別に女になるつもりもないし」
と彼女(?)は答えた。
好きだから着てるだけ、ってそれ凄くしっかりした考え方だぞ、と信子は思った。自分は流されすぎているのかも!?女の身体になっちゃったから、女の服を着ているけど、本当にそれでいいのか?と一瞬考えたものの、自分は元々女の子の服を着たいと思っていたから、これでいいんだと再確認できた。
でも「着たい服を着てるだけ」って、何か昔の歌にそんな歌詞があったなと思ったものの、信子は思い出しきれなかった。
「トイレとかはどちらを使われるんですか?」
と詩葉が尋ねる。
「以前は男子トイレ使っていたけど、毎回混乱を引き起こすから最近はトラブルを避けるために女子トイレ使っている」
「そのほうが無難という気がします!」
「ところであんたたちは何かのグループ? バックギャモン団体戦のチームとか?」
「すみません。バックギャモンって分かりません」
「私たち、スカのバンドなんです」
「へー。何て名前?」
「実は4月末くらいにデビュー予定なんです。よろしかったら」
と言って信子は自分の名刺(リダンダンシー・リダンジョッシー ベース&ボーカル/“nobu”鹿島信子と書かれ、公式サイトのQRコードが印刷されている)と、CDを1枚渡した。
「このCDは自主制作版で音質とかもよくないのですが」
と信子は断っておく。
このCDは自主制作版に入っていたベージュスカとボーン女子で一緒に演奏した3曲を収めたものだが、ボーカル部分は現在の信子の女声で吹き込み直している。プロモーション用に50枚ほどパソコンでコピーした。
「ふーん。じゃこれもらっておくね。今度デビューするなら頑張ってね」
「はい!ありがとうございます。よろしくお願いします」
結局信子たちは彼女(?)と5分くらい立ち話をしてから別れた。
3月1日。△△△大学の最終学期の成績発表および卒業判定結果が公開されたが、私も政子もきちんと卒業OKになっていた。落としたはずはないとは思っていたが、ホッとした。
3月5日、ローズクォーツ++の『Rose Quarts Plays Sakura』が発売になったが「桜」がテーマということで別れを象徴する歌が多い。それで、結構ネットも騒然とし、こちらの予想通り
「このアルバムはケイちゃんがローズクォーツを卒業する記念のアルバムですか?」
という問い合わせがかなり、★★レコードやUTPに入った。むろん両者ともそれを否定したが、否定したことでよけい話題になった感もあった。私たち(私、タカとサト、大宮さん、町添さんや加藤さん)は、その噂をむしろ放置して浸透するのを待った。
この3月5日にはワンティスの『フィドルの妖精』も発売された。これは2002年11月に私と高岡さんが川のそばで偶然遭遇した時に、一緒に作った作品で、この楽曲の制作を始めた時点では高岡さんの遺作になるのではと思われていた。
(制作している最中に大量に高岡さんの詩が高岡さんが愛用していたヴァイオリンの胴の内側から発見された)
この作品はこの年のRC大賞を取ることになる。
3月8日(土)にはスイートヴァニラズのEliseが女の子を出産。ミュージックというところから瑞季(みずき)と名付けられた。彼女は後にローズ+リリーの3代目バックバンド・フラワーガーデンズのメンバーになる。
3月11日(火)には、震災復興支援イベントを東京都内でおこなった。これはRose+Lily, KARION, XANFUS の08年組合同イベントで「お代は見てのお帰りに」の方式で、入場料は好きな額を入れてもらい、その全額を被災地に寄付するというものである。ただし入場者を制限する目的で、入場券自体はぴあのシステムで1000円で発売しており、ライブを見た後で各自払ってもいいかなと思った額と1000円との「差額」を入れてもらうことにした。そしてこの集まった入場料と同額を出演者の8人で出し合って、倍にして被災地に寄付しようという主旨であった。
私はここで約5年ぶりにKARIONの一員として和泉・小風・美空と一緒に並んでステージに立った。
なお、頂いた入場料総額はぴあ経由の分も含めて1600万円弱になったので、私たちは1人200万円ずつ出すことにしたが、実際にはKARIONでは和泉と私が300万、小風と美空は100万出したし、XANFUSは神崎と浜名が180万ずつ出し、音羽と光帆は20万ずつ出した。(イベントの開催費用はサマーガールズ出版が主として負担したが、★★レコードも少し協力してくれた)
3月18日には、ローズ+リリー『Flower Garden』の英語版・スペイン語版が発売された。
そして3月25日、私と政子は△△△大学を、和泉・小風・美空はM大学を卒業した。
「これで学生生活は終わりかぁ〜」
と政子は感慨深げに言った。
「これからは歌手の専業だね」
と私は言う。
「それがずっと続くのかな」
「うん。生涯現役にしよう」
「100歳記念でライブやろうよ」
「さすがにそれは自信が無い」
リダンダンシー・リダンジョッシーの写真集の撮影は3月3日から始まった。
この日の昼前の飛行機で成田からグアムに移動する。飛行時間は4時間弱である。なお、ハワイなら日付変更線を越えて日付が複雑なことになるのだが、グァムの場合は日付変更線より手前にあるので、日本と普通に1時間の時差があるだけである。向こうには日本の時計で16時頃着いたが、グアムでは同じ3月3日の17時頃になる。
その日は先行して現地入りしていた写真家の室田英之さん、ビデオ作家の川渕春男さんと打合せする。この日はひとりずつカメラテストのようなことをしたが、信子は
「おどおどしないで」
「カメラをしっかり見て」
「スマイルスマイル」
とかなり注意されていた。
デビュー曲は当初バンド結成初期から演奏していて観客の受けもよく、自主制作CDでもタイトル曲にした『Sky Music』という曲と、信子が先日出雲に行った時に書いた『Hesper』という曲の2曲の予定だったのだが、信子は日本出発直前に新たな曲を書き、グァムへの機内でだいたいまとめあげ、到着した日の夜にホテルで手書きのスコアをまとめた『Inner difficulty, Outer tenderness』という曲を使いたいと言った。
レコード会社の担当となった森尾さんは突然の楽曲変更に難色を示したものの、信子が書いた楽曲のスコアを見ると、
「こちらがいいかも知れない」
と言った。
そこでPVに関しては3曲とも作り、最終的には帰国してから調整することにした。
Hesperというのは「宵の明星」のことである(明けの明星はPhosphor)。これは信子が日御碕で夕日を見た時、西の空に宵の明星が輝いていたことから、そのビジュアルを歌ったものである。
困ったことに今の時期は明けの明星になってしまうのだが、グァムの明けの明星は充分に美しいので、それを撮影して代用することにした。
島の西側にあるタモンビーチでの夕日の中でメンバーが演奏している風景を撮影しておき、一方東側にあるタロフォフォの高台で撮影した早朝の明けの明星の写真をうまく混ぜて、それっぽく構成した。
『Sky Music』はスタジオでブルーバックの前で撮影した演奏映像と、グァムでのヘリコプターによる遊覧飛行で撮影した映像を合成して、空中でメンバーが演奏しているかのような映像に仕上げる。なお、スタジオではメンバーはピアノ線で吊られて逆さまとか横向きとかにされながら演奏し続けるということをやらされた。
「カメラを回転させちゃダメなんですか〜?」
「だってそれでは髪の向きが不自然になる。影の出来方もおかしくなる」
と言って川渕さんは、結構こだわった撮影をした。
そして問題になったのが『Inner difficulty, Outer tenderness(内闘外優)』のPVである。このPVは公開後も物凄い反響があった。
このシナリオは信子の発案に川渕さんや他のメンバーが意見を出し合って組み立てたものである。
メンバーがステージで笑顔で演奏している映像から始まり、楽曲の制作をしている場面に移るのだが、ここでメンバーが途中から言い争いになり、殴り合ったり、女子メンバーが夜食(?)に作っていたラーメンの鍋を頭から男子メンバーに掛けたり(むろん実際に掛けたのはぬるくしたもの)、ピザの投げ合いがあったりと、無茶苦茶な様子が描かれる。しかし最後には納得のいく線に落ち着いたのかみんな握手したりハグしたりしていて、ラストはまたステージで笑顔で演奏しているシーン、ファンの少女(現地のチャモロ人の少女タレントを起用した)にサインをして握手しているシーンで終了する。
私は帰国後この3本のビデオを見せて頂いた時、特に『Inner difficulty, Outer tenderness(内闘外優)』のビデオは、★★レコードとか〒〒レコードとかでは絶対にあり得なかった映像だと思った。物事にとらわれない制作をする%%レコードならではの映像だ。
森尾さんはこのバンドにあれこれ関わることになった私にどれを採用すべきに関しての参考意見を求めてきたのだが
「私なら『Hesper』と『Inner difficulty, Outer tenderness』を選びます」
と笑顔で答えた。
「やはりそうですか。実は別の若手作曲家の方にも聞いたのですが、その方も同じ意見だったんですよ」
「へー!」
写真集の撮影の方では、みんな色々な服を着せられていた。特に信子は着せ替え人形のように実に多くの服を着せられていた。
「なんか私、他の人の倍か3倍着換えている気がする」
「フロントマンはそういうもの」
水着での撮影も行われ、信子はビキニの水着姿を披露したが、
「ノブって、こんなにスタイル良かったのか!」
「曲線美を持ってるじゃん」
などと言われていた。
ちなみにビキニになったのは信子だけで、他の4人の女子はワンピース水着にラッシュガードまで着ている。男性メンバーはTシャツとトランクス状の水着である。
(ハワイ風に男性がアロハシャツとホワイトスラックス、女性がムームーというバージョン、また女性がスペイン風チャモロダンス衣装のミスティーシャを着たバージョンも撮影したが、なぜか信子だけは水着を着せられた!)
「だけど信子ちゃんの女声はだいぶ安定してきたね」
「かなり長時間女声を維持して話せるようになったよ。逆に男声の出し方が分からなくなっちゃった」
「いや、男声はもう使わなくていい」
とみんな言っていた。
「信子はもう男は辞めたんだから、男声は出なくても問題無いよ」
「そうだね〜。何か最近は自分って本当に4ヶ月前まで男だったんだっけ?と記憶が定かで無い気がしてしまう」
「なるほどね〜」
「劇的だったもんね」
「生理まであるって凄いね」
「声質もこの女声のほうが響きが豊かで魅力的だし、音域も広い気がする」
「うん。男声では2オクターブ半くらいしか出てなかったけど、女声では今3オクターブちょっと出てる」
「それは凄い」
「元々の曲のオクターブ上が出ないとまずいからと練習してたら、結果的に3オクターブ越えてしまった」
「いや、容易に越えてしまう所が凄い」
「だいぶレッスンに通ってるでしょ?」
「うん。ボイストレーナーさんのおかげだよ」
信子は帰国したら、またレッスンに行く時、グァムのお土産とかも持って行ってよくよくお礼言っておこうと思った。
リダンダンシー・リダンジョッシーの一行が帰国したのは3月8日(土)の夜である。信子は3月12日(水)に、またボイストレーナーの木崎さんのレッスンを受けたが、「ほんとにきれいに女声を出せるようになった」と褒められた。木崎さんにもグァムのお土産のラッテストーンクッキーを渡したのだが、信子は尋ねた。
「私に木崎さんを紹介してくださって、ずっとレッスン代も出して下さっているユーさんにこちらの状況の報告とお礼をしたいのですが、お名前とご存知でしたらご住所、もし良かったら教えていただけませんか?」
すると木崎さんは目をぱちくりさせた。
「まさか、知らなかったの?」
「はい。カラオケ屋さんで偶然遭遇して、レッスンを受けることを勧められたもので」
本当はカラオケ屋さんではなくラブホテルなのだが、さすがにそんなことは他人(ひと)には言えない。
「作曲家の上島雷太さんだけど」
「え〜〜〜〜!?」
と言ったまま信子は絶句した。
「で、でも、上島雷太でユーなんですか?」
「ユーコーヒー上島に引っかけたシャレらしいよ。ユーバン(*1)とかユーカヒなんてのもあるよ。女の子をナンパする時によく名乗るみたい」
「あはは」
確かにナンパされました〜!
(*1)波无(ばん)も可否(かひ)も明治時代に作られたコーヒーの訳語。現代でも波无はよく喫茶店の名前として使用されている。
信子は頭の中が空白になりつつあった。
ローズ+リリー、ラッキーブロッサムの鮎川ゆま、鴨乃清見、それに上島雷太?
なんで私こんな大物にばかり会ってるの〜?
ここまで出てきたら、ついでに雨宮三森とか蔵田孝治とか東郷誠一とか東堂千一夜とかにもどこかで会ってたりして!?
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【夏の日の想い出・辞める時】(4)