【春気】(5)

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設定:−
1992 イザベルとペーターが結婚
1993 ヨゼフ誕生
 母:イザベル・プレステス(伯)
 父:ペーター・ケーニヒ(独)
 
1995 イザベルとペーターが離婚。ペーターはジューンと結婚。
1996 フランツ誕生
 母:ジューン・フォークス(英)
 父:ペーター・ケーニヒ(独)
 
1999 ジューンとペーターが離婚。ジューンはカズシと結婚。
2000 カオル誕生
 母:ジューン・フォークス(英)
 父:カズシ・ワタナベ(日)
 
2002 ジューンとカズシが離婚。カズシはイザベルと結婚。
2003 カオリ誕生
 母:イザベル・プレステス(伯)
 父:カズシ・ワタナベ(日)
 
それで各自が話せる言語は下記である。各々自分の両親が話す言語を話せるのである。
 
フランツ ドイツ語・英語
カオル 日本語・英語
カオリ 日本語・ポルトガル語
ヨゼフ ポルトガル語・ドイツ語
 

「あれ?フランツがいる。お久」
とヨゼフはドイツ語で話しかける。
 
ここでカオルはヨゼフのことは話には聞いていたものの会うのは初めてである。
 
「なんだ。新幹線止まっているのか。だったら俺のエアシップで移動する?」
とフランツにはドイツ語で、カオリにはポルトガル語で話しかける。
 
(アクアと葉月は一週間の集中ポルトガル講座を受講して簡単なポルトガル語会話ならできるようになっているが、台詞の半分くらいは音で丸覚えしての会話である)
 
定員が4人というのでマネージャーとは別行動にすることになる。マネージャーたちもヨゼフが凄くしっかりした雰囲気だし、兄弟なら大丈夫だろうという所である。それで4人だけでヨゼフの“エアシップ”を駐めている“海の中道空港”(という設定の広場)へタクシーで移動する。助手席に女の子であるカオリを乗せてヨゼフ・フランツ・カオルの男3人が後部座席に座る。ここでカオリを演じているのが葉月なので、この座席配置は後で差し替えやすい。
 
なお、オーストラリアは日本と同様に左側通行・右ハンドル車なので特別な車を用意する必要は無い。(現地当局の許可を取って)“博多交通”という行灯を取り付けただけである。オーストラリアは日本の免許証でそのまま運転できる(但し免許証の英訳を携行する必要がある)。日本と違うのはイギリスなどと同様、ラウンドアバウト方式の交差点が多いことである。タクシーの運転手役はアクアのマネージャー山村が務めたが彼女(?)は海外でもたくさん運転経験があるのでラウンドアバウトは平気である。
 
(山村は男のパスポートを使用しているが、スタッフや出演者からは普通に女と思われている。この程度のおばちゃんは普通に居る)
 

そして“空港”に到着したのだが、空港っぽくない。ただの広場である。
 
「空港はどこ?」
「ここだよ。あれが俺たちが乗るエアシップね」
 
「兄貴のエアシップって飛行機じゃなかったのぉ!?」
とフランツ。
「こないだ買ったばかりのキャメロン(*5)の新製品で7万レアル(約170万円)もしたんだぜ」
 
(*5)Cameron Balloonsはイギリスの熱気球メーカー。実はウルトラマンの巨大風船人形なんてのも制作している。
 

「兄貴、以前乗ってたビーチクラフトの軽飛行機は?」
「ああ。あれこないだインド洋で落っことしちゃってさ。パラシュートで脱出して海に浮かんでたら偶然通り掛かった中国のタンカーに助けてもらったけど、中国人親切だね。でも俺中国語はさっぱり分からないから苦労したよ」
とヨゼフはドイツ語で説明する。
 

「これで東京まで行けるの?」
とカオリが不安そうな顔で兄にポルトガル語で尋ねる。
 
「まだ博多から東京ってのはやったことないから、成功したらまた本を書くよ」
とヨゼフ。
 
それでともかくも4人が乗り込み、気球は浮上して偏西風に流され東京を目指すのである。
 

カオルはヨゼフとは初対面で、この中で唯一、彼と直接話せないが、カオリに翻訳してもらって尋ねる。
「この熱気球の動力は?」
「ベント」
とヨゼフ。
「お弁当?」
「風だって」
とカオリ。
 
「もしかして風まかせ?」
「シム、シム」(そう、そう)
 
「本当に東京に辿り着けるの?」
「大丈夫、この緯度帯は偏西風が吹いているから東へ飛ぶはず」
とポルトガル語で言ってから、彼は扇風機を取り出す。
「最後はこれで方角調整ね。これ日本の三菱製の扇風機。日本製品優秀だよ」
 
「風には抵抗できない気がする」
とフランツが不安そうにドイツ語で言った。
 

この気球で上昇・下降する所、鳥に襲われて気球に穴が空いたという設定で急下降する所、アイドル少女(田中エルゼ)も乗せて定員オーバー(という設定)でバラストを全部捨てて何とか上昇する所、ガス欠で海に落ちそうになったという設定で、金の延べ棒を捨ててなんとか島まで辿り着く所、バーナーを落として自然下降する所、などを撮影する。
 
(鳥に襲われる場面などは結局使用しなかった)
 
そして調理用のバーナーを改造した(という設定の)バーナーを搭載して浮上に成功する所。そしてラストで描かれる扇風機を動かしての移動などのシーンを1月24日までに順調に撮影終えることができた。
 
このほかいくつかのシーンを撮影しているのだが、これについては後述する。
 
天候次第の撮影なので余裕を見ていたのだが、幸いにも天気が良く、早めに撮影終了したので、1月24日を休養日として、1月25日にライブの撮影をした後、一行は26日日本に移動した。
 
日本では各地で撮影してからチャーターしたバスで一同移動する。撮影予定はこのようになっている。
 
1.27(設定8.10)博多 出発点。
1.28(設定8.11)湯田温泉・津和野 120/160km
1.29(設定8.12)生口島 120km
1.30(設定8.13)小浜 270km
1.31(設定8.14)下呂温泉 140km
2.01(設定8.15)東京・所沢 220km 2.02-03予備
 

日本に移動した一行は、まず新幹線で博多に移動し、国際センターとマリンメッセの前での撮影、福岡空港での撮影、博多駅周辺(黒田武士を含む)での撮影をしてから博多湾の砂州“海の中道”に移動し、海の中道海浜公園の広場で、気球が飛び立つシーンを改めて撮影した。
 
オーストラリアでは飛び立った後、実際にしばらく飛行したのだが、ここでは福岡空港が近くにあることもあり、事前の空港側との話し合いに基づき、浮上したらすぐ降下させた、なお河村助監督は今回の飛び立つシーンでは、アクアにカオリを演じさせ、葉月にカオルを演じさせた。オーストラリアで撮影したものと繋ぎ合わせて編集するときれいに、カオル・カオリが加わった映像になるという仕組みである。
 
「アクアちゃんって女の子の格好すると本当に女の子にしか見えないね」
とミハエル。
 
「こんな可愛い子が歩いてたら、拉致してベッドに連れ込んでやっちゃうよ」
とリョーマ(きっとラテン的褒め言葉)。
 
「でもアクアちゃんも演技うまいなと思ったけど、ハヅキちゃんも演技上手いね。充分トップクラスの女優になれると思う」
とミハエルはお世辞抜きという感じで言っている。
 
「そのくらい上手い女優でないと、アクアの代役はできないんだよ」
と河村さんが言うと
 
「アッソー(なるほど)!」
とミハエルは納得していた。
 

「でもなんで女の子を男の子のアクアの代役に使うわけ?」
「アクアはまだ声変わりしてないから」
「そういうことか!」
「ボクは小さい頃大きな病気で3年くらい闘病して治ってからも5年くらい化学療法を受けていたので、成長が遅れているんですよ」
「それは大変だったね」
 
「だから5年前にデビューしたての頃は、ちんちんが赤ちゃん並みに小さくて、まるで付いてないかのように見えたという話」
と河村さんが言うと、さすがにアクアは恥ずかしがっている。
 
「今は?」
「小学生並みらしいよ。4日後に見れば分かるけど」
「それではまだ声変わりしない訳だ」
 

福岡での撮影を終えた一行は、大型バスに分乗して、次のロケ地・山口県の湯田温泉に向かった。
 
海の中道を夜10時頃に出発して湯田温泉のホテルに夜中0時に到着する。それで出演者はみんな割り当ててもらった部屋に入って休んだ。ここでアクアと葉月は話し合い、アクアの部屋でアクアMと葉月M、葉月の部屋でアクアFと葉月Fが寝た。ここはホテルなので大浴場もあるがお風呂は各部屋にも付いている。
 
この夜、別働隊の撮影班(美高鏡子カメラマン)が関門海峡を飛ぶ飛行機の中から関門橋の美しい姿を撮影している。これを夜間飛行中の気球から見た風景ということにして映画に取り込むことになっている。
 

1月28日(設定8.11)は午前中は湯田温泉で、午後からは津和野で撮影をする。
 
4人が気球で飛んでいると、飛行方向にある山道で弦楽器のケースを持った和服の少女が走っていて、その後ろから背広を着た男が2人追いかけているのを見る。男のひとりが拳銃を手に取り、少女に向けて撃つ。ダーン!という大きな音がするが、幸いにも少女には当たらなかったようだ。
 
「襲われている!」
「助けよう!」
「どうやって?」
「気球にすくい上げるんだよ。カオリ、扇風機回して方角調整して」
とヨゼフがポルトガル語でカオリに言う。
「俺が気球の高度を下げるから、あの女の子のそばまで降りたらフランツ、あの子を引き上げて」
とヨゼフはフランツにドイツ語で言う。
 
「ボクは何する?」
とカオルが英語で訊くので、フランツは
「カオルは僕があの女の子を掬い上げたところで、バラストを捨てろ」
と英語で答える。
「OK」
 
それでヨゼフが気球の高度を下げていき、カオリが扇風機で進路を微調整する。そして少女があと少しで男たちに追いつかれるという時、気球が地面近くまで降りてきて、少女と男たちの間に割り込む。
 
フランツが
「Take my hands!」
 
と言って少女(演:田中エルゼ)に手を伸ばす。少女がフランツの手を掴む。フランツがしっかり彼女を抱き上げてゴンドラの中に自分が内側に倒れ込むようにして掬い上げる。
 
(このシーンは実際にはフランツのボディダブルのラグビー選手ダニエル・ペヒシュタインさんがしている。田中エルゼは39kgだが、ミハエルの腕力では彼女を持ち上げるのは厳しい)
 
「Kaoru! Ballasts!」
とミハエルが叫ぶので、カオルがゴンドラ内のバラストを放り投げる。ついでに追いかけてきていた男たち(演:佐々木圭助・田代雅弘)に向けて投げる。結構な重さのものがぶつかって男たちがひるむ。その間にヨゼフがバーナーを焚き、カオルがどんどんバラストを投げ捨てることで気球は上昇する。
 
男の1人が気球に向かって銃を撃つ。気球に当たる!
 
「当たっちゃったよ」
「ピストルの弾の穴くらい平気。バラスト全部捨てて」
「OK」
 
(“OK”はポルトガル語でもそのまま通じる)
 
それでカオルにフランツとカオリまで手伝ってバラストを投げ捨て、ヨゼフもバーナーの火を最大にし、気球は上昇していった。また男が拳銃を撃つが、弾は当たらない。
 

「あなた、なんで逃げてたの?」
と少し落ち着いたところで、カオリが尋ねる。
 
「ありがとうございます。助かりました。私、流しの歌手なんですけど」
と少女が言った所で、カオルが悩む。
 
「“流しの歌手”って英語ではなんだろう?」
と自問するように言ったら、少女が
「strolling singerかも」
と言ったので
「あ、それうまいね」
と言って通訳を続ける。
 
(strollはあちこち訪問するくらいの意味。巡業もstrollという。一方カオリはヨゼフに伝えるのに“巡業”は付けずに単にcantoraと訳した!)
 
少女は説明を続ける。
 
「この付近の温泉街に演奏に来ていたんですけど、ヤクザに欺されて危うく客を取らされそうになったんで、隙を見て逃げ出したんです」
 
カオルは微妙な表現の翻訳に悩んだが、フランツがだいたい察してくれた。カオリは「客を取る」の意味が解らず「mostrada para o publico(観客に見せる)と訳してしまったのでヨゼフは首をひねっていたが、察したフランツがドイツ語で伝えてくれて、やっと意味が解ったようである。
 

「それは大変だったね」
などと言っていた時、少女は今気づいたようで
 
「あ!渡辺薫ちゃんだ!握手してもらっていいですか?」
などと嬉しそうに言う。
 
「いいよ、いいよ」
と言ってカオルは少女と握手をした。少女はサクラ・ナミキという名前だった。
 
彼女が持っていた弦楽器は三味線であった(ギターケースから三味線が出てくる)。開けてみると穴が空いている。ケースにも穴があいている。
 
「さっきのヤクザが撃った弾が当たったんだね」
「穴を塞ごう」
と言ってヨゼフがセロテープとガムテープで三味線の皮と胴の穴を塞ぐ。
 
「そんなんでいいんだっけ?」
とヨゼフは言うが
「空気が漏れなければ音は正しく出るはず」
とカオルは言う。
 
少女はフランツの求めに応じてその三味線を弾きながら『関の五本松』を歌った。日本の民謡の調べに、フランツもヨゼフも感心していた。
 
(田中エルゼは元々三味線が弾けたが、今回の映画の話があってからすぐ来日し、島根県の民謡の先生について、この曲を1ヶ月ほど掛けてマスターした。なお穴が空いた三味線は、合成樹脂皮の三味線を空気銃で撃ち抜いて作ったが、演奏の音は穴の空いてない天然皮の三味線に差し替えている)
 

「ところで君、おうちは?」
「津和野なんですけど」
 
カオリがGPSを見ると、現在地から15kmほど北東に行けば津和野に辿り着くことが分かる。
 
「よし、そこに行こう」
とヨゼフ。
 
「進行方向調整できるの?」
とカオルが尋ねる。
「気球は風まかせだけど、風の向きって高度によって違うんだよ。だから北東に行く風のある高度に気球を持って行けばいいんだ」
「へー」
 
気球はバラストは積んでいないものの、バーナーの火加減だけでも高度調整ができる。それでヨゼフはうまく北東へ向かう風を見つけて、そちらに進んでいった。30分ほどの飛行で津和野の町が見えてくる。
 

「シェーン(美しい)!」
とフランツが声を挙げた。
 
津和野は山陰の小京都ともよばれる美しい町である。ヨゼフたちは気球をサクラのガイドに従って町内の公園に降ろした。
 
「気球の穴の空いたところ修復しないといけないなあ」
「どういう材料があればいいですか?」
「ビニールのシートと接着剤があれば」
「うちで用意しますよ」
とサクラは言った。
 
それでフランツがお留守番をして、カオル・カオリ・ヨーゼフ・サクラの4人でサクラの家まで行く。
 
サクラの父(演:ゲオルク・オーフェルヴェック)はドイツ人だった。
 
お父さんがドイツ人だったのを見てカオルが
「しまった、フランツを連れてきてボクが留守番すればよかった」
と言うが
 
「大丈夫、僕、日本語分かるよ。日本に帰化してるし」
とサクラの父が言うので安心する。父はカオルたちとは日本語で、ヨーゼフとはドイツ語で会話することができた。
 
なおオーフェルヴェックは『ドレスデン・ドール』でエルゼの父を演じた俳優で、エルゼと2人そろってのカメオ出演になっているのである。
 

父はサクラがヤクザに追われている所を助けてもらったと聞くと感激して御礼と言って、金の延べ棒をヨゼフに渡す。
 
「多すぎ!」
とヨゼフは驚いて言うが
「うちにはいっぱいあるから大丈夫」
と奥の部屋を開けてみせると、金の延べ棒が山と積み上げてあるのでヨゼフは仰天する。
 
「日本って本当に黄金の国だったのか!」
などと言っている。
 

サクラの父は「気球の番なら、うちの若いもんにさせるよ」
と言い、和服を着て腰に日本刀を差した!30歳くらいの男性2人に命じて公園に行かせた。1人がフランツを伴って戻ってくる。
 
それでサクラの父はお礼にといってスキヤキをごちそうしてくれた。
 
「でも美人のお嬢さんですね」
などとヨゼフが言うと
 
「小さい頃は木登りしたり熊と相撲したりして元気な男の子かと思ってたんだけど、いつの間にか美人の娘になって」
などと父。
「お父ちゃん、それだと私がまるで性転換でもしたみたいじゃん」
とサクラは文句を言う。
 
これはサクラが『ドレスデン・ドール』では、息子役をしたことに掛けたお遊びのセリフである。
 
“熊と相撲”というセリフの背景には、金太郎のような格好をした小さな男の子が熊と相撲しているシーンが映る。
 

「ところでお父ちゃん、気球の修復をしないといけないのよ」
とサクラが言った。
 
それでサクラの父は一緒に気球を留めた公園まで行き、実際の穴を見て
「ああ、これなら大丈夫」
と言い、気球の皮とわりと似たような感じの50cm四方の厚手のナイロンシートを持ってきて“気球の内側から”瞬間接着剤を使って貼り付け、きれいに穴を塞いでくれた。
 
「隙間無いね。しっかりしてる」
「お父ちゃんは工務店経営しているから、この手の作業はうまいよ」
とサクラは言う。
 
「いい人にいい所で会えた。助かりました」
「いや、こちらこそ娘を助けて頂いて、本当にありがとうございました」
 

その日はサクラの家に泊めてもらい、翌日、朝御飯を食べてから気球は出発することになった。サクラを助けた時に投げ捨てたバラストの分、土嚢を作ってもらい、ゴンドラに積み込む。サクラの父からもらった金の延べ棒も積み込む。それで気球は飛び立つ。
 
気球は津和野から東南東の風に乗って飛び、やがて広島付近で瀬戸内海上空に出た。
 
「この付近、気流が難しいな」
「陸側に戻る?」
 
それでヨゼフが高度を調整していた時、突然バーナーの火が消えた。
 
「どうしたの?」
「あかん。ガス欠だ」
「予備のボンベは?」
「それが積んでないんだよねー」
「え〜〜!?」
 
それで気球はどんどん降下していく。
「やばいじゃん」
「どうするの?」
「バラスト捨てて」
「分かった」
 
それでカオルとフランツで、せっかく今朝作ってもらったバラストをどんどん投げ捨てる。
 
「全部捨てちゃったけど」
「まだ下がってるよ」
「あそこに島がある。あそこまで辿り着ければいいんだけど」
「どうする?捨てるものがない」
「フランツ、その金の延べ棒がある」
「え〜〜?これ捨てるの?」
「こんなところで海に落ちたらやばいもん」
「分かった」
 
それでフランツとカオルは協力してその重たい金の延べ棒を持ち上げると海に向かって投下した。
 
「これ誰かが見つけたら海賊の隠し財宝だと思うかも」
 

しかし重たい金の延べ棒を捨てたおかげで、何とか気球は見えていた島の浜辺に着陸することができたのである。
 
このシーンは実際に隣の島から飛びたちこの島の浜辺に着陸する所を撮影している。体重40kgと軽い、第3カメラマンの矢本かえでがゴンドラに乗り込み、中の様子やゴンドラから見た地上の風景も撮影した。河村助監督は島の近くに浮かべた小船から撮影している。第4カメラマンの田崎潤也は島の浜辺にいて着陸するシーンを陸側から撮影した(河村が同じシーンを海側から撮影)。高い技術を持つバルーンニストであるリョーマはこの気球を海からほんの1mの波打ち際にきれいに着陸させた。
 
「助かったぁ!」
「ここはどこだろう?」
「生口島(いくちじま)だね」
とカオリがGPSを見て言う。
 
「プロパンガス屋さんあるかな?」
「そのくらいあると思うよ」
 
それでフランツに留守番をさせて、日本語の分かるカオル、必要なガスの仕様が分かるヨゼフ、ふたりの通訳役でカオリの3人で歩いてガス屋さんを探す。空のボンベ(10kg)をヨゼフが抱えて行く。
 

3人は途中で通り掛かった軽トラのおばちゃん(演:橋口須真子)に荷台に乗せてもらい、島のプロパンガス屋さんまで連れていってもらった。
 
ところがガス屋さん(演:田口善太)はボンベへの充填はできないと言う。
 
何でもガスを充填した場合、そのボンベについてガス屋さんには責任が生じるので、ガス屋さんの近所で使うのならいいが、気球に乗せて何百キロも飛ぶというのでは、何かあった時に駆け付けることができないからというのである。
 
「充填済みのボンベを買うというのでもダメですか?」
とカオルは食い下がるが、それでもダメだという。
 
「このボンベに関しては全ての責任を持つという誓約書を書くから何とか」
などと言っていた時、ガス屋さんの高校生の娘・ナツミさん(演:中村昭恵)が帰宅する。そしてカオルを見るなり
 
「きゃー!渡辺薫ちゃん!」
と黄色い声をあげる。
 
「あのぉ、握手してもらっていいですか?」
「いいよ、いいよ」
それでカオルは彼女と握手し、更にサインもねだられたので、渡辺薫のサインを色紙に書いて渡した。
 

「でもどうしたんですか?」
と訊かれるので、気球で移動していたが、ガス欠になってしまい、プロパンガスを充填して欲しいのだが、責任上、近所の人にしか売れないと言われていると説明する。
 
「お父ちゃん、そんな堅いこと言わないで売ってあげなよ。人気アイドルの渡辺薫に協力するのは誰も悪く言わないよ」
とナツミが言うので
 
「そうか?そんなに言うのなら」
と言って、ガス屋さんはボンベにガスを充填してくれて
 
「あんたら、予備が無いとまたガス欠した時困るだろ?これレンタルするから持って行きなよ」
と言って、同じサイズの充填済みボンベを1個貸してくれたのである。
 
「助かります!ありがとうございます」
 
それでカオルたちは旅を続けられることになったのである。
 

なお代金だが、ヨゼフもフランツもカードしか持っておらず、このガス屋さんではカードが使えなかったが
「口座番号教えて下さい」
とカオルが言い、スマホから代金を振り込んだので、ちゃんと支払うことができた。
 
「日本はクレジットカード使えないお店が多いのよね」
とカオリも言っていた。
 
「なんでそうなってんの?」
「日本ではクレジット会社の審査が厳しくて、小さなお店は契約してもらえないのよ。それに決済手数料も高いからも嫌がるお店も多い」
 
「不思議だね。こんな先進国でカードが使えないなんて」
とフランツは言っていた。
 

帰りはガス屋の主人が車で3人を送ってくれた。そして新しいボンベをセットしてちゃんとバーナーが燃焼することを確認する。
 
「そうだ。あんたたち、旅行中なら西日光・耕三寺を見ていきなよ」
「それどういうのですか?」
「行けば分かる」
 
それでガス屋の主人はお店から奥さんを呼び寄せて気球の番をしててくれるように頼み、娘のナツミさんを案内役にして、4人を耕三寺に連れていったのである。
 
「何これ?」
と、ここのことを知らなかったカオリが声をあげる。
 
「なんだか派手なテンペルだね」
などとフランツは言っているが
 
「これは江戸幕府を設立した徳川家康を祀る日光東照宮のコピーだね」
とカオルは自分でも驚きながら教えてあげた。
 
「へー!」
「ここは初代住職さんが、全国あちこちの有名寺社を真似て作ったんですよ」
とナツミは日本語と英語で説明した。
 
(日本語が分かるのはカオルとカオリ、英語が分かるのはカオルとフランツ。ヨゼフにはカオリが通訳する)
 

それで一行は耕三寺の中にある、日光東照宮の陽明門、宇治平等院の鳳凰堂(十円玉の絵!)、京都御所・紫宸殿の門、法隆寺の西院伽藍楼門、清水寺西門、室生寺の五重塔、新薬師寺の鐘楼、四天王寺の金堂などなど、日本全国の有名寺院等の建物のコピーが立ち並ぶ中を、半ばあきれながら見てまわった。
 
「でもこれで日本中のテンポラを旅した気分になるよ。日本人凄いね」
などとヨゼフはむしろ感心していたようである。
 
一行はここを見て回った後、ナツミが父に連絡すると、母がやってくる。
 
「お昼おごりますよ。ドイツやブラジルからのお客様にぜひ瀬戸内海の味を味わってもらってと夫から言われました」
 
と言って、一行を耕三寺のそばにある食堂に連れて行った。
 
「外国の方は鍋物とかには抵抗があるでしょうし」
と言って、瀬戸内海の幸をふんだんに使った御膳をおごってもらった。ついでで美味しい御飯を食べられることになったナツミが喜んでいる。
 
御膳の内容はたこ飯・味噌汁・天麩羅・刺身・じゃこ天・蛸わさ+コーヒーとデザートといったものである。フランツが(演技抜きで)蛸わさを気味悪がっていたが、カオリ(実際には葉月Fが演じている)が「美味しいよ」と笑顔で言うと、おそるおそる食べてみて「ほんと美味しい。でも辛い!」と言っていた。
 
それで一行はガス屋さん親子によくよく御礼を言って、生口島から旅立ったのである。
 
なおこれらの撮影は全てアクア(実はM)がカオル、葉月(実はF)がカオリを演じて撮影している。
 

津和野で美高鏡子カメラマンと落ち合ったマクラことアクアFと同行していた桜木ワルツは、津和野の町中や太皷谷稲成(ここの“いなり”は“稲成”と書く)などで撮影した後、生口島に移動して夕方頃、Mたちが撮影した食堂に入り、追加の撮影をした。
 
ワルツが男物の服を着てカオル役を演じ、アクアFがカオリ役をしている。
 
こちらの一行は翌日の午前中にスペアの気球を使って浜辺での撮影をし、また耕三寺でもふたりが歩いている所の撮影をした。
 
そしてメインの撮影隊とは別行動で次のロケ地・小浜へ向かう。運転のうまい桜木ワルツがプリウスを運転して移動した。
 

フランツたちの気球は生口島を出た後、小浜まで行く。ここで彼らはドイツ人の仏像研究家(演:クルト・ジンダーマン)と偶然遭遇し、彼が昨夜泊めてもらったというお寺につれて行かれて、お盆の迎え火の行事を見学することになる。浜辺に並ぶたいまつが幻想的である(このシーンは実はオーストラリアで撮影したものである。1月の日本の浜辺は寒すぎる)。海から風が吹いてくるので、本当にご先祖様が帰ってきているようである。
 
「お盆ってキリスト教圏でいえばイースターみたいなもんだっけ?」
とヨゼフが言う。
 
「似てると思うよ。でもお盆も国によって随分お祭りの仕方が違うね。日本の場合は仏教が入ってくる以前からある祖霊信仰 anchester spirits worshipの要素が大きい。仏教では死んだ人は六道 six destiny worldのどこかに輪廻転生 cyclic reborn すると考えるけど、日本の伝統的な思想では死んだ人は山に帰っていって祖霊となり“草葉の陰”から from the leaf shade of the field 子孫を見守っているという信仰があるんだよ」
 
「ほほぉ」
 
「日本では地域によっても違うけど、お盆の13日くらいにご先祖様たちはこの世に戻って来て、16日くらいにまた祖霊の国に戻っていく。それで迎え火 welcome fireを焚いて、送り火 sending fire を焚く」
「カーニバルでどんちゃん騒ぎするのと似てる?」
「そうそう。地域によってはお墓で飲めや歌えの宴会して、ご先祖様と一緒に楽しむ」
「それ南米の感覚と似てる気がする」
「そういう所も見てみたいね」
「それやる地域はかなり少なくなったけどね」
 
そしてその夜は偶然その日行われた花火大会を見ることになる。この花火大会は、日本の花火職人集団をオーストラリアに連れていき、向こうで撮影したものである。花火玉は飛行機での運搬ができなかったので、11月の内に船便でオーストラリアに送っていた。しかしフランツ役のミハエルにしても、ヨゼフ役のリョーマにしても迫力ある花火大会を間近で見て、かなり感動していたようであった。この撮影では多数の一般見物客(という設定の東アジア系エキストラ)も写っている。浴衣を着たお嬢さんたちの姿は風情がある(オーストラリアは夏なので浴衣で撮影できた)。中に日本刀を腰に差した和服の男性も混じっている!
 
オーストラリアでの撮影の際、美高班は別の場所でカオリ役のマクラとカオル役のワルツが並んで花火を見ているのを撮影している。
 

そして1月31日(設定8月14日)、この日はひじょうに風が強く、気球はどんどん飛んでお昼前に岐阜県まで到達するが、ここであまりにも強い風が吹いていたため、バーナーが突風に飛ばされて飛んで行ってしまう。バーナーがないと空気は冷えるのでどんどん降下して、山の中に不時着してしまう。このシーンもオーストラリアでの撮影である。日本だと冬山になってしまう。
 
そしてこれからどうしよう?などと言いながら取り敢えず装備を点検していたら熊が現れる(熊は実際にはCGである)。闘えるような武器など全く持っていないので万事休すと思われた所に銃声がして熊が倒れる。オーストラリア出身のマタギ“ゴンゾウ”(演:バーナード・カーター)であった。彼は熊の血抜きをした上で焚き火をして熊の肉を焼いて食べさせてくれた(このシーンは日本で実際の猟師の人にしてもらったが、本当に焼いたのは偶然数日前に罠に掛かった猪の肉である)。
 
この岐阜でのシーンは日本で撮影したものとオーストラリアで撮影したものがモザイクのように組み合わさっている。それで統一感を出せるのがハリウッド仕込みのこの撮影チームである。
 
ゴンゾウは気球が不時着して困っていたという話を聞くと
「この気球はとても2〜3人では持てないな」
と言い、法螺貝を吹いて近くの山にいた山伏(演:暁昴・獄楽ほかエキストラ3名)を呼び寄せた。山伏たちもバーベキューに相伴した上で、みんなで手分けして気球を里まで降ろすことにした。
 
(この映画は日本刀を差した和服の男にしろ、黄金の国ジパングといい、“外人さんが勝手に思っている日本”にあふれているが、中映側もそのテイストを尊重して修正させていない)
 

それで、フランツ・ヨゼフ・カオル・ゴンゾウに山伏5人の9人で手分けして気球やゴンドラを持って里まで下りた。カオリも軽い荷物を持つ。元々腕力のある暁昴(あかつき・すばる)は、マジで10kgのガスボンベを2本両肩に乗せてみせ、カオリ役の葉月(F)が「すごーい!」と憧れるような目で見ていた。
 
(“10kgのボンベ”というのは中身のガスが10kgなので容器を入れると20kgほどある。葉月Fは普通の女の子なので男の人に憧れを持つ)
 
この降りてきた場所が下呂温泉である。
 
ゴンゾウは
「知り合いの旅館に案内するから、取り敢えずそこで休むといい」
と言って連れて行く。
 
するとここの旅館の主・ヤマシタ(ラモス・プレステス)がフランツの大ファンであった。彼はフランツのCDをたくさん持っていて、最新のアルバムにサインをねだる。フランツも笑顔でサインしてあげた。一昨日の生口島ではカオルのファンの女の子に助けられたが、今日はフランツのファンの男性に助けられることになったのである。
 
旅館の主人ヤマシタは、バーナーを落としたという彼らの熱気球を見て、これなら調理用のコンロを利用すれば代替品が作れるかもと言い、実際に1時間ほどでコンロ2個から気球用バーナーを作ってくれた。ボンベとつないで勢いよく燃えると気球がみるみる膨らんでいった。これなら行ける!とヨゼフも嬉しそうに言った。
 

それでこの日はこの旅館で泊まることになるのである。
 
この撮影は下呂温泉の普通に営業中の旅館を使用しておこなった。
 
「あなたたち疲れたでしょ?お風呂入るといいですよ」
と女将(演:祥田淑子)が言うが
「あれ?バスルームはどこ?」
とフランツが部屋を見回して言う。
 
「ここは旅館だから、お風呂は個室についているんではなくて大浴場に行くんだよ」
とカオルがフランツに英語で説明する。
 
大浴場をカオルは bath saloon と訳したが、分からないようなので色々説明すると
「うそ、みんな裸になって同じ風呂に入るの?」
とフランツは驚いたように言うが、ヨゼフは
「カオリから聞いたことあった。楽しそう!」
と言う。
 

「じゃ行ってみよう!」
と楽しそうなヨゼフが主導して、カオルと、不安そうな顔のフランツを連れて“男3人”は旅館の大浴場に行く。
 
ここは敢えて予告無しで一般客の入っている風呂に撮影クルーが飛び込んで行く。3人とも服を脱ぐ。
 
「カオル、ちゃんとちんちん付いてるんだね」
とヨゼフが言う。
「男だもん。付いてるよ」
「いや、実は付いてなくて女の子なんじゃないかって少し不安を覚えていた」
とヨゼフ。
「カオルは女の子の服を着せたら女の子にしか見えないから、よくスカート穿かされていたけど、中身は男の子だよ。小さい頃、ちんちんの触りっこした」
などとフランツは言っている。
 

3人とも浴室に移動する。
 
突然の撮影隊の来訪に中に居た客が驚いている。
 
「もしかしてアクアちゃん!?」
「すごーい!アクアちゃんの裸見ちゃった」
「嘘!ちんちん付いてたんだ?」
「アクアちゃんにはてっきりちんちんは無いと思ってたのに」
「アクアちゃんって実は女の子だという噂あったけど、本当は男の子だったんだ?」
 
客たちがそんなことを言ったところで河村助監督が一般客に映画のロケをしているが、セリフっぽくない普通の反応を撮りたかったので予告無しで飛び込んできたことを説明して謝罪する。それで撮影されたくない人は申し訳無いが、いったん退去してもらえないかと要請した。
 
「ちなみにお風呂から退去なさる方にはお詫び料で5000円払い、その映像は責任持って消去します。出演して下さる方にはギャラとして1万円払います」
 

それで全員出演してくれることになった!
 
なお、アクアの役名は“カオル”なので全員後でさっき言った言葉を“カオル”に直して再度言ってほしいと要請。それで浴室に3人が入ってくる場面から撮影し直した。むろん実際には最初に撮影したほうの映像・セリフを活かすが“アクア”というところだけ“カオル”と発音したものと置換するのである。このあたりの編集操作は河村の大得意とする所である。
 
しかしこの日の男湯撮影シーンの後、(1/31) 23時には参加者の数人がツイッターに投稿し
「アクアちゃんの裸見ちゃった」
「アクアちゃんは男の子だった!」
「確かに付いてた」
「ちょっと小さいけどあった」
「アクアちゃんにはおっぱい無かった。男みたいに平らな胸だった」
 
という感じで発信されたので、その後ネットは騒然となることになる。
 
その場に居たのが一般客40人ほどで、この人数の前に裸をさらしたのであれば、それは間違い無く本当の情報だろうと多くの人たちは考えた。
 
「ああ!アクアは絶対女の子だろうと思ってたのに」
「アクアが男だったなんて信じられない」
と嘆くような男子ファンたちの声はあったが、女子ファンたちは
 
「アクア様はてっきり女の子だと思ってたのに」
「アクア様にちんちんが付いてたなんて・・・」
「でもアクア様が男の子だったら結婚したい」
と女子ファンたちは概ね歓迎している感じだった。
 
その内一部暴走気味のファンの中に
「この際、アクアが男であってもいいや。仮想女の子と思うことにする」
「アクアが男なら、俺が手術して女になってもいいから結婚したい」
「アクア様にちんちん付いてるって可哀想。そんなもの手術して取ってあげたい」
「アクアちゃんに性転換手術受けて下さいという署名活動しよう」
「アクア様には20歳になるまでには性転換して女の子になって欲しい」
「アクア様に声変わりが起きたりヒゲが生えたりするのは許せないから、早く性転換手術を受けさせなければ」
といった声が出てくるのは、いつものことである。
 

一方男子3人が女将に案内されて男湯に行った後、部屋にはカオリが1人残っている。そこに旅館の主人の娘2人(演:姫路スピカ・今井葉月)が浴衣を着てやってくる。
 
「今日は男性の団体客が入っていて男湯はたくさん人が居るんですけど、女性のお客様は他にはいないんですよ。ひとりだけだと心細いでしょうから、私たちと一緒に入りませんか?」
 
「そうですか、ありがとうございます」
とカオリは答えて、2人と一緒にお風呂に行く。大浴場の廊下のT字路から右側女湯の暖簾がある方面に行く。そして3人とも服を脱ぐ。
 
この場面、男湯のフランツたちは上半身の裸を撮っていたが、こちらは3人とも首から上しか撮さない。3人は浴室に移動して各々身体を洗ってから浴槽に入る。お湯はにごり湯である。ここからは水面横からの撮影で、水面の下は映らない。
 
「お客さん、日本とブラジルのハーフなんですって?」
「そうなんですよ」
「私たちも同じー。うちの父ちゃんはブラジルから日本に出稼ぎにきて、そのまま日本に居着いちゃって」
「それで日本人のうちの母ちゃんと結婚したのよねー」
 
「私の場合は超複雑なのよ」
と言ってカオリは自分たち4人の親のことを話したが
「待って。意味が解らなかった」
と2人。
 
「言葉で聞いただけでは分からないよねー」
と言って、カオリはあがってから紙に書いて説明してあげることを約束した。
 

さて、この女湯のシーンは深夜に一般客が途切れてから撮影している。撮影者は美高鏡子である。
 
男3人が大浴場へ行くシーンではカオルをアクア(M)が演じ、部屋に残るカオリは葉月(M)が演じていた。しかしこの深夜に撮影したシーンでは、最初部屋にカオリを演じるマクラことアクア(F)が居る所に、スピカと葉月(F)が入ってくるのである。そしてアクアF・葉月F・スピカの3人はそのまま大浴場の女湯に入り、普通に服を脱いで裸になり、普通に身体を洗って、普通に浴槽に入っている。女同士の気安さで3人はのんびりとお湯に浸かりながら台本のセリフを語った。美高鏡子は自分も服を脱いでお風呂につかりながら、防水カバーを付けたカメラでこの撮影をしたのである。
 
スピカとしては過去に何度もアクアの裸は見ており、ちんちんが“付いてない”のは確認済みなので女体のアクア(F)を見ても何も動じなかった。むしろ男湯のシーンは、どうやって撮影したのだろう?水着付けたのかな?などと考えていた。
 
葉月については、多分(2年くらい前に)性転換手術を受けたのだろうと思っている。実際、性転換していないのなら昨年の写真集での水着姿などあり得ない。
 
なお、この女湯シーンは公的には3人とも水着を着けていたということにしている。多くのファンは、女湯の方で一般客を入れずに撮影したのは、裸の一般女性がいる所に男であるアクアを入れる訳にはいかないからだろうと想像した。
 

2月1日(設定8月15日).
 
早朝5時、旅館の主人が作ってくれたバーナーに2連点火して、気球は下呂温泉を飛び立つ。そして上空ではバーナー1個だけにして西風に乗り、東京方面に進んでいった。
 
「君たちのライブ会場はどこだったっけ?」
 
「僕は大宮ドーム」
とフランツ。
「ボクは江戸ドーム」
とカオル。
 
ヨゼフは地図を見ている。
 
「ほぼ何北に並んでるなあ。だったらこの旅は東京エンドにしたいから、大宮でフランツを降ろしてから、江戸でカオルを降ろそうかな」
 
「何時頃に着く?」
「今日も風が強いからたぶん15時頃には着く」
「だったら時間の余裕があるからどちらが先でもいいよ。ね?」
「うん。問題無い」
 
それで一行はこの5日間は楽しかったね。また世界のどこかで4人で会おうよなどという話をしながら最終日の旅を楽しむ。
 

そして15時ちょうど、気球は大宮ドーム(という設定の西武ドーム)に到着する。気球を降ろして驚いている多数の客の前でフランツが降りた。
 
「楽しかったよ。じゃまたね」
とフランツはドイツ語と、この5日間で少しだけ覚えた日本語で言った。フランツはカオリを熱い視線で見ているのだが、カオリはその視線に気づかない。
 
彼が手を振る中、気球は再浮上し、風向きを見ながら高度を調整する。
「カオリ、扇風機回して」
「OK」
と言ってカオリが扇風機を回してヨゼフの指示する方向に向ける。気球は1時間ほどの飛行で16時頃、江戸ドーム(という設定の東京ドーム)前の広場に着陸した。こちらも大勢の人たちが驚いている中、カオルは2人の兄妹に手を振って気球を降りた。
 
「又会おうね」
とカオルは、この5日間で少しだけ覚えたポルトガル語で言った。
 

それでカオルがドームの方に歩いて行っていると、そこにフランツのマネージャーがいる。
「ミスター・カオル? うちのフランツを見ませんでしたか?」
「彼はさっき大宮ドーム前で降ろしましたが」
「なぜ大宮ドームなんです?ライブはここ江戸ドームでやるのに」
「嘘!?」
 
それでカオルが自分のマネージャーに電話してみると、彼女は大宮ドームに居て、カオルがくるのを今か今かと待っていると言う。
 
「ボクのライブって江戸ドームじゃなかった?」
「最初その予定だったけど、大宮ドームに変更になったんだよ。言ったじゃん」
「すぐそちらに行きます」
 
何かおかしな事態が起きているようなので、ヨゼフとカオリが寄ってくる。
「どうしたの?」
「会場が違った!」
「ええ!?」
 
カオルはすぐスマホで新幹線の時刻を調べる。
「間に合う便が無い。どうしよう?」
 
「カオル、俺のエアシップで飛べばいいよ」
とヨゼフはこの5日間で少しだけ覚えた日本語で言った。
 
それでカオル、カオリ、ヨゼフはすぐに気球に乗り、大宮に向けて飛び立ったのである。
 
「気流だけでは無理。カオリ、こっち向けて全力で扇風機回して」
「うん」
 
更にヨゼフはカオルに団扇(うちわ)を渡した。
「カオルもこれであおいで」
「シム!」
 

それでヨゼフができるだけ早く大宮に行けそうな風を探し、カオリが扇風機で、カオルは団扇で何とか気球を真北に向かわせる。カオルのスマホにフランツから電話が掛かってきて、フランツも会場が変わっていたことに今気づいたと言っている。後で確認したら、カオルのマネージャーがフランツを探して会場変更を教えてあげていたのであった。
 
努力の甲斐あって、気球は17時に再び大宮ドーム前の広場に到着した。
 
カオルが飛び降りる。カオルのマネージャーとフランツが駆け寄る。そしてフランツは気球に飛び乗った。
 
「行くよ」
 

気球は再度飛び立ち、南に向かって飛ぶ。例によって扇風機と団扇で進行方向を調整する。
 
17:55, 気球は江戸ドーム前の広場に到着する。開演は18:00である。
 
「頑張って」
「うん」
 
それでフランツはドームの正面に向かって走る。玄関を通る。ロビーに居た客が驚いている。その何人かと握手しながらフランツはホールに飛び込んだ。そして最後尾の列の所に立ち、大きな声で
 
「東京のみなさん、こんばんは!」
と大きな声で叫んだ。すぐスポットライトが当たる。フランツは駆け足で通路を走りステージまで行った。多くの観客はこういう登場演出なのだろうと思ったようである。
 
楽屋で待機していたバックバンドがステージに駆け上がって前奏を始める。そしてフランツはスタンドマイクの前に立ち、歌い始めた。
 
(このラストシーンはオーストラリアで観客の席を再アレンジして撮っておいたもの)
 
それをマネージャーさんのおかげでホールの最後尾で見ることができたヨゼフとカオリは喜びのあまりハグしてからステージに向かって手を振った。
 

この最後のシーンについては
「フランツ×カオリと思わせておいて最後はヨゼフ×カオリかよ」
と公開時に非難囂々であったが、アクアは
 
「ヨゼフとカオリは血のつながった兄妹ですよぉ。恋愛要素はありません」
とコメントを出した。
 
ネットの声。
「将来的にはこの4人、フランツとカオリが結婚するのでは?」
「続編はそれかな」
「余った2人は?」
「そこはヨゼフとカオルが結婚だな」
「カオルは充分花嫁になるよな」
「うん。ヨゼフならカオルがあれだけ可愛ければお股に変なのが付いてるくらい気にしないと思う」
 

そういう訳で、映画の撮影は公式には2月1日夕方で終了し、その日の夜にはラップアップ(撮影終了)のお祝いということで宿泊しているホテルの各自の部屋に豪華な料理がデリバリーされた。日本人俳優も含めて撮り直しが発生した時のために2月3日まで東京に滞在することになっている。その間専用の観光バスに乗せて“バスから降りない”観光ツアーに行ってもらう。
 
そしてこの日の夕方から、アクア・マクラと河村助監督の3人による追加撮影が始まった。同席したのは、助手を務める美高鏡子第2カメラマン(河村助監督の奥さん!)と、様々な雑用を引き受ける、山村・コスモス・葉月・桜木ワルツの4人である。アクアとマクラはこの映画の全ての会話シーンをその時点で着ていたのと同じ衣装を着けて撮影した。フランツとヨゼフの役は葉月とワルツが代行してセリフを入れている。この作業には(着替えの時間が必要なので)休憩も入れながら2月1日夕方から3日午後までの丸2日を要した。(撮影はアクアは“偶然具現化した”Nを交代要員に使い、葉月は本人と、山村か連れてきたそっくりさん(実はかぶちゃん)が交替でしている。ワルツが疲れていたので途中コスモスが代わったところもある。コスモスは“本気を出すと”結構演技力がある)
 
これで撮影は全完了したので念のため引き留めていた他の俳優さんたちが帰国することになる。ホテルのロビーで記念写真を撮った後、河村助監督が
 
「日本では今日は節分なので無病息災に豆を配りますね」
と言って、大豆の炒り豆の袋を配った。
 
「これ何?」
とミハエルが訊くのでアクアは
「無病息災のおまじない。えっと、Sound health and no disease かな」
「no disease いいね!」
とミハエルも喜んでいった。リョーマが「Give me one more」と言うので美高鏡子さんが、豆のパックを4人(ミハエル・リョーマ・アクア・葉月)にもう2個ずつくれた。
 
ブラジルに帰るリョーマ、ドイツに帰るミハエルをアクアと葉月はまるで本当の兄たちと別れるような気分で成田で見送った。
 

2020年2月13日(木).
 
青葉は幸花からの電話を受けた。この時点では金沢ドイルの取材の件かなと思った。
 
「青葉、日本選手権は申し込んでおいたから」
「は!?」
「今日から申し込みフォームがオープンになったのよ。だから即ダウンロードしてWeb-SWMSYSで申し込んで、書類も郵送した。参加料もこちらで払っておいたから、よろしくね。後でADカードが送られてきたら渡すね」
 
「あのぉ、私3月22日で大学を卒業するから、日本選手権のある4月時点ではK大水泳部には所属してないんですけど」
と言いながら、なんで卒業生の幸花が水泳部の作業をしているのだろうと疑問に思った。すると幸花は思わぬことを言った。
 
「むろんK大水泳部じゃないよ。〒〒テレビ・スイミングクラブだよ」
「なんですか?それ」
「津幡火牛アリーナ・プライベートプールを本拠地とするスイミングクラブ」
「そんなのいつできたんです?」
「青葉が日本代表候補になっているのに4月以降所属団体が無くなるというのを石崎部長が聞いてさ、だったら〒〒テレビのスイミングクラブを作ろうといって年内に作業を進めていた。ちなみに私が部長ね」
 
「そんなのが進んでいたんだ?」
「他の所属メンバーは青葉でしょ、布恋でしょ、竹原杏梨ちゃん、ジャネさんの妹の月見里公子・夢子姉妹。他に福山希美・広島夏鈴・竹下リルも準メンバー。この子たちは現在は学校の水泳部に所属しているけど、こちらでも練習する。あのプールは女子専用というのもあってクラブも女子のみ。男子でも無理なく女子水着が着れる人は考慮する」
 
「あはは」
 
要するに今津幡のプライベートプールで泳いでいるメンツな訳だ。ジャネは金沢市内のスイミングクラブに所属しているからこちらには名前は入れない訳だ。でも主としてこちらで泳ぐんだろうな。こちらが圧倒的に空いているから。
 
「津幡のアクアゾーンが出来たら、そちらのプールで泳ぐ一般会員も募集する。私、布恋、杏里、月見里公子ちゃんの4人がコーチライセンス持ってるから指導者」
 
採算取れちゃうかも!?
 
やはり若葉さんが絡むとちゃんと採算の取れる事業になっちゃうんだろうな、と青葉は思った。
 
 
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【春気】(5)