【春気】(2)

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「2階のリハーサル室はいいんだけど、この3階の練習室群って無駄な気がする」
と千里が言う。
「本店建てた時も話が出て結局やってないけど貸しスタジオでも運営する?」
「楽器たくさん用意するし、それもいいと思うよ。でもこんなには必要ないかも。そうだ、私に少しくれない?お菓子ショップを出してもいいかな」
 
「若葉は神田店でやってた頃も、お菓子作るのひときわ上手かったね」
 
「お店は1階に出すのが鉄則だけど、隣にクレールの客席があるのなら成り立つかもね」
と千里。
 
「そのお菓子を買ってクレールの座席で食べてもいい?」
「1ドリンク制で」
などと言っていたら千里が
「お店を出すなら3階よりは2階」
と言う。
「だったらこの2階と3階を交換しよう」
「嘘!?」
 
「そうだ、ついでにスポーツ用品店出してもいい?靴下とかシューズとかの消耗品が買えると便利なんだよ。スペインのスポーツ用品店とコネがあるから」
と千里が言い出す。
 
「もうご自由に」
と和実、
 
「税関はちゃんと通してね」
と若葉が釘を刺す。
 
「こんなにバルコニー階に空きがあるのなら、若葉もう1フロア建設しなくてもここに本部とセントラルキッチン置いたら?」
「それでもいい気がしてきた」
 
それでできあがったのがこのレイアウトである。
↓2T・3Tのレイアウト(改訂版)


 
地下2階については様々な競技のコートが取れるサイズとして算出した。44x23でコートは取れるので残りは階段・エレベータと用具倉庫/観戦席である。
 

 

「じゃ各々の専有面積を計算してみよう」
と若葉は言って、算式を書き出した。
 
(詳細計算略)
 
Clair 1221.5m2Moulin 203m2Phoenix 1336m2
面積比 Clair 44.2 Moulin 7.4 Phoenix 48.4
 

「大雑把に Clair:Moulin:Phoenix = 4:1:5 ということでいいと思う」
と千里が言う。
 
「まあ端数はいいよね」
と若葉も追認した。
 
しかし和実は
「私がメイン出資者になりたいから私が半分出したい」
と言った。
「だったら和実5:若葉1:私4で」
と千里。
「じゃそうしようか」
と若葉も言い、和実も了承した。
 
「私の負担分が少なくなる代わりに、私の費用で屋根に太陽光パネルを乗っけるよ」
と千里は言った。
 
「それいくら掛かる?」
「さあ。でも多分大したことないよ」
 
(建て面積が31.5x31なので、1.58x0.812の太陽光パネルが最大722枚並べられる。余裕を見て600枚並べた場合で、定価176,500円で計算すると1億590万円である。むろんこの枚数であれば結構なディスカウントが期待できる。この量のパネルが生み出す電力量は(仙台の日射で)年間18万kwhになり、このビルで使用する電気をほぼカバーできるものと思われる。つまり電気代がほとんど不要になる)
 

「それでその比率で出資して作った会社から土地の所有者である和実に毎月借地料を払うということで」
と千里が言うと
「そんなのもらえるの?」
と和実が驚く。
 
「土地を借りて建物を建てる以上、借地料を払うのは当然」
と若葉も言う。
 
「ここ固定資産税はいくらだろう?」
と千里が言うが、和実は分からないようだ。
 
「正確な所は市が決めるけど、大雑把に実勢価格の1%なんだよ。都市計画税はその4分の1くらい。だからだいたい1.25%と思えばいい。土地を4億8000万、仮に建築費を3億として合計7億8000万円の1.25%なら975万円。約1000万円かな」
と若葉は言った。
 
「そんなにするんだっけ?」
と和実は驚く。クレールの今の土地建物の固定資産税は年間30万円である。
「都心は高いよ」
と千里が言う。
 
「固定資産税が1000万円なら借地料はその6倍として年間6000万円かな」
 

「ところで実際建築費はいくらだろう?」
 
「訊いてみる」
と千里は言うと、播磨工務店の青池に電話した。
 
青池は図面を送ってくれと言ったので3人で書いた図面に天井高のことなどいくつかのコメントを書いて送った。
 
「普通なら平米単価30万円でできるんですが、地下を深く掘るのと天井が高いので少し割高にさせてもらって、1億1千万円+解体工事費1千万円で合計1億2千万円ですね」
と青池は30分後に回答してきた。
 
(この費用には実は木材の材料費が入っていない。それは津幡で10月に伐採した樹木を転用する魂胆である。あの木は若林ツインアリーナにも使う)
 
「ありがとう」
と言って千里は電話を切る。若葉は頷いているが和実は驚いた。。
 
「異様に安い気がするけど」
と和実。
「播磨工務店さんはこんなものでしょ」
と若葉。
「ということで工事費負担は和実6000万、若葉1200万、私が4800万」
「OKOK」
 

そこまで言った所で千里が別の提案をする。
「いっそこの3人で出資した会社でこの土地自体所有したら?」
「ああ、それなら借地料とか考えなくてもいい」
 
と若葉。和実はこの2人とならいいかもという気がした。若葉は元メイドだし、千里も元ウェイトレスだし。千里のファミレスの制服はまるでメイドさんみたいに可愛かった。千里と出会って間もない頃、その制服姿を恥ずかしがっていたのが懐かしい。そんなことを思い出しながら、和実も
 
「それでもいいよ」
と言った。
 
「だったら和実50% 私10% 千里40% のペーパーカンパニーを設立して、そこが取り敢えず和実から5億1200万円で土地を買い取り、1億2000万で建物を建てる。それで毎年の固定資産税や光熱費などもその割合で負担というのでは?」
と若葉。
「うん。それでいいよ」
と和実は言う。固定資産税を月100万としてその半額の50万なら充分払えると思った。
 
「そしたら6億3200万円を5:1:4に分割して和実が3億1600万円、私が6320万、千里が2億5280万円負担」
と若葉が言うと
「ああ、わりと安いね」
などと千里は言っている。この子たちの金銭感覚すげー!と和実は思う。
 
「だったら今5億1200万円を私が立て替えている状態だから差引計算すると和実が私に3億1600万円払って、千里も私に1億3280万円払って、千里はそれ以外に1億2000万円を播磨工務店さんに払えばいい」
と若葉は紙に計算表を書いて言った。
 
「確かにそうなるね。私が若葉に払うのってなんか不思議」
と千里は言っている。和実も変な感じがしたが、自分でもexcelに入れて計算してみると確かにそうなるので、この計算で合っているようだ。
 

「じゃ若葉に送金するね」
と言って千里はその場でスマホを操作している。
 
「確かに1億3280万円受けとった」
と若葉は自分のスマホで口座を確認して言った。
 
なんか「1万円送ったよ」「受けとったよ」みたいな感じだ。
 
「じゃ私は宝くじの当選金が入ってからでいい?入ったらすぐ3億1600万円若葉に振り込むから」
と和実は言ったのだが
 
「宝くじが当たったの!?」
と2人とも驚いたように言う。
 
「言わなかったっけ?」
「聞いてない」
「資金源とか疑問に思わなかった?」
「クレールが儲かっているんだろうと思った」
「ボニアート・アサドのライブ収入とか凄そうだもん」
「会場の取り分は大したことないよ」
 
「でも宝くじのことは誰にも言わないようにしたほうがいいよ」
「うん。言えば絶対お金を無心されるから、親しい人、大事な人ほど言ってはいけない」
 
「淳にも言わない方がいいかも」
「淳には言っちゃったけど」
「離婚にならないよう気をつけてね」
「お金貸してと言われても絶対渡したらダメだよ」
とふたりが本当に心配そうに言うので、和実はやはりいい友だちを持ったなあ、と思った。
 

和実がこの人たちには言おうと思っている、あるいは既に言ったとして
 
★月山和実、★月山淳、★伊藤春洋、★山吹若葉、唐本冬子、★村山千里、川上青葉と7人の名前をあげた。★は既に言った人である。
 
伊藤君には受け取りの時に付いてきてもらったので結果的に話を聞くことになったと説明したが、伊藤君の性格を知っている若葉は「あの子は大丈夫。こういう問題では最良の相談相手かも」と言った。
 
「青葉には言う必要無い」
と千里は言った。
「そうかな」
「言わなければ困るような問題が何も無い。それにあの子は新店の結界造りとか頼んでも、資金源とかは詮索しないよ。顧客の秘密は守るけど、それ以前に秘密をできるだけ聞かないようにする習慣が身についているんだよ」
 
「なるほど。だったら言わないでもいいか」
 
「冬子にも言う必要無い」
と若葉は言った。
 
「でも突然お金を返すといったら変に思わない?」
 
「あの子もその手の詮索はしない子だけど、単に余裕ができたからと言えばいいよ。ついでに新しい店舗の建物はムーランの事務所兼セントラルキッチンとバスケットコートを作るから、私と千里と和実の3人で出資すると言うといい。そしたら返済の資金も私や千里が出したのかもと想像するよ」
と若葉。
 
「どっちみち銀行強盗とかで得たお金とかは思わないから大丈夫だよ」
と千里。
 
「銀行強盗なんて絶対失敗するけどね」
と和実も言った。
 
そういう訳で宝くじ当選の件はこの5人以外には話さないことにしたのである。そして和実は宝くじの中で、1億5千万円を借金の返済に、そしてクレール新店の土地代・建築費に3億4千万ほど使い、内装工事費や設備費に3000万円程度使ったとしても3億円以上残ることになり、これは国債か投信にしようかなと考えた。
 
「ちなみに政子とかに言ったら自分も出資するから地下3階に男の娘改造工場を作ろうとか言い出すね」
「それ男の娘に改造するの?男の娘を改造するの?」
「どちらもいいかもね」
 
「でもあの子は現実と空想の境界が曖昧だから本当にやりそうで危ないね」
「むしろ100%空想の世界で生きているよね」
「冬子が付いてなかったら自分でも気づかない内に遠い夢の世界に逝っちゃう」
「食べ物とぽえむの国の永遠の住人になるんだな」
 

クレール新店舗建設に関しては、そのような話が進んでいることをTKRの山崎さんに話したら
「若林本店ができた時もその話があったが、楽器をたくさん所有しているから貸しスタジオを作れませんか。TKRのアーティストで練習場所を欲しがっている人は多いんですよ」
と相談があった。
 
この件は若葉の顧問弁護士のひとりで営業担当の人がTKR本社の松前社長と交渉して、このようなことを決めた。
 
・クレール青葉通り店の4階に貸しスタジオを作り“TKRミュージックスタジオ”という名前を使用する(ネーミングライツ)。
・商業的な音源制作もできる部屋を8個、練習のみの部屋を20個くらい作る。
・音響技術者等はCMP側で雇用する。
・全部屋の8割までTKRが使用優先権を持つ。
・借り賃として年間2億円払う。
 
2億円も払うなら自分でスタジオを建てた方がいいのでは?と若葉でさえ心配したのだが、音楽スタジオは一般の貸しビルへの入居が困難なので、自前で仙台駅近くに土地を買い、防音・遮音に考慮したビルを建て、楽器などまで用意すると20億円以上の投資になってしまうので年間2億円払ってもTKRとしては得らしい。CMPとしては大きな収入になるが、その半分くらいは音響技術者の雇用費用(給与+保険等)で消費されるものと予測される。
 
ちなみにTKRアーティストの約4割が実は東北・北関東に住んでいる。これはやはりここ3年間のクレールでのTKRアーティスト・ライブの成果でもある。
 
そういう訳で“4階”が復活したので建設費が3000万円上がることになり、これを和実1500万、若葉300万、千里1200万追加で負担することにしたが、TKRが払ってくれる使用料(+名称使用料)で固定資産税は充分払えそうで、和実としては大いに助かったのである。
 

播磨工務店の青池がムーラン建設の技師と(ミューズ3を使用して計算して)設計図や構造計算書などを作成し、最終的に大手ゼネコンのベテラン設計士が監修した書類を元に、播磨工務店は建築確認を申請。例によって半月ほどで建築の認可は下りた。すると播磨工務店のメンバーがその日のうちに工事現場に目隠しを設置。翌朝までに古いビルは撤去された。これには和実も驚いた。
 

青葉は4月1日に〒〒テレビに入社する予定ではあったが、青葉は昨年の世界水泳で金メダルを取っており、4月初めの日本選手権でたとえ2位以内に入らなくても、世界水泳の成績で日本代表になるのは確実と思われた。
 
そこで、〒〒テレビ社長と水連の話し合いで、オリンピックまでは、やはり定常的な出演は困難であることから、月2回程度の15分番組を制作して、その司会をすることになった。
 
そこで『作曲家アルバム』という15分番組が企画され、青葉が様々な作曲家やシンガーソングライターの御自宅を訪れ、インタビューする番組構成をすることになった。これは青葉が作曲家としても活動しており、また音楽界に広いコネを持つことからの企画になった。それにこういう企画は撮り貯めができるのである。
 
その作曲家の歌を歌唱する役として“ラピスラズリ”こと東雲はるこ+町田朱美を起用する。これは石川県出身の新人歌手ということ、この2人、特に東雲はるこが広い音域を持っていて、たいていの曲を歌いこなしてしまうことからの起用である。
 
番組の第一回目は“歌謡界の大御所”東堂千一夜さんであった。“ラピスラズリ”に歌わせたのは、今は亡き昭和の名歌手・白百合花住(しらゆり・かすみ)の最後のヒット曲でもある『涙のスタートライン』である。町田朱美のピアノで、東雲はるこがメインメロディーを歌い、町田朱美もピアノを弾きながら3度唱したりオブリガードを入れたりした。このアレンジは青葉がして東堂先生に事前に許可を頂いていたものである(実は時間が無かったので松本花子(上杉光世)にアレンジさせた)。
 
この曲をヒット当時リアルタイムで聴いていたのは、多分40代以上の世代だろうが、カラオケではずっと歌い継がれているし、度々懐メロ番組で様々な歌手が歌っているので、若い人にも結構知られていたようである。東堂大先生が10代の時に書いた意欲的な作品で無調っぽいメロディーラインは今の時代にも色あせない。もっとも東堂先生はその後は調性音楽の世界で多くのヒット曲を送り出してきた。
 
青葉は実は1月21日(入社前!)に田園調布の東堂先生のご自宅をローズ+リリーのケイに付き添ってもらって訪問。〒〒テレビのスタッフにキー局・◇◇テレビのスタッフも加わって撮影している。但し番組内にケイは映っていない。この番組は◇◇テレビ系列の全国20局ほどでも遅れネットで放送されることになっている。
 

第2回の放送は多くの人を驚かせた。もう28年間にわたって、マスコミの前に姿を見せていなかった東城一星先生だった。この撮影は東城先生の要望により、青葉と、もうひとり東城先生が昔親しかった元◇◇テレビのカメラマン住吉氏(現在は映像制作会社の社長)の2人だけで、北海道に存在する東城先生の“山小屋”を訪れてインタビューしている。
 
青葉と住吉氏は東堂先生宅での撮影の翌日、北海道に飛び、冬山登山の装備で車が入れる限界の場所から、案内役の桃川春美(チェリーツイン)と一緒に3人で雪山を2時間歩いて到達している。この場所は誰にも教えないという誓約書を先生に提出している。
 
(この場所を知っているのは、木ノ下大吉、その弟の藤吉真澄(小屋の所有者)、雨宮三森、桃川春美、ローズ+リリーのケイ、近藤七星、くらいだが、冬山登山ができるのは、雨宮と桃川だけである。マリも来たことがあるし、真枝亜記宏と有稀子も迷い込んだことがあるが、3人とも再到達は不能)
 
ラピスラズリの歌は予め収録してDVDを一緒に持参し、先生にご覧に入れて放送の承認を得ている。先生は
「このメインボーカルの子、もしかして男の娘?」
と鋭い指摘をしたが、この発言はむろん放送しない。
 
歌った曲は1990年に中島はるかが歌った『白鳥サンバ』(三羽の白鳥に掛けていて、そのメロディーが間奏に使用されている。ミー・レミレ・ドーという曲。四羽の白鳥ラド、ドッドッドーの方では無い)で、これもカラオケで長く歌われている曲である。実は1992年に先生が実質隠棲してしまった後、奥さんと子供さんの生活は主としてこの歌の印税が支えたらしい。
 
先生は4年前にローズ+リリーに『赤い玉・白い玉』という幻想的な曲を提供し、(上島先生の謹慎で楽曲数が逼迫していた)2年前にはチェリーツインに『チェリーメタル』というメタルサウンドの曲を提供した以外は長く作曲活動を休止しているように見えるが、“究極の1曲”を書くために引きこもっているのだとおっしゃっていた。
 
青葉が
「せめて1年に1曲くらいは何か発表しませんか?」
と言ったら
「だったら、さっき歌を聴かせてくれた女子中学生のデュオにこれをやる」
とおっしゃって、机の引き出しに入った“五線紙の山”の中から五線紙を2枚抜き取って青葉に渡した。
 
「先生、もしかしてたくさん書いておられるのでは?」
と青葉は言ったが
「いや、なかなか発表できるほどのものは無い」
と先生はおっしゃっていた。
 
先生が青葉に渡した曲は『夢見るからくり人形』という可愛い曲である。チェリーツインにもメタルを渡していたが、これもちょっとメタルっぽさのあるポップロックという感じだ。この曲は(青葉が忙しいしさすがに先生の久しぶりの作品を松本花子に編曲させる訳にもいかないので)先生の指名により桃川春美が編曲して、ラピスラズリの2枚目シングルに使用されることになる。
 

1月9日(木)の夜、龍虎は仕事が終わった後、緑川志穂マネージャーが運転するボルボに乗って八王子市市内の民家まで来た。ガレージ内にアテンザが駐まっていて、千里が降りてきた。
 
「じゃ醍醐先生、よろしくお願いします」
「うん。志穂ちゃんも気をつけて帰ってね」
 
志穂が帰ってからアテンザの後部座席に居たもうひとりの龍虎が出てくる。志穂はアクアが複数居ることを知っているので別に隠すこともないのだが、複数のアクアが並んでいるところは知っている人にもできるだけ見せないようにしている。
 
千里がアテンザのガレージの扉を閉め、隣のガレージの扉を開ける。中にPorsche 996 40th anniversary edition が駐まっている。
 
この民家は実はこのポルシェを駐めておくためだけに、5年ほど前に800万円で龍虎が買って所有している家である。元々は40坪の土地に、20坪ほどの住宅と6坪ほどの離れが建っていたのだが、その本宅の方を潰して4台駐められるガレージをユニットハウスで建てた。解体費は100万円、建築費は120万円で、合計1020万円でこの物件を入手したことになる。元は離れだったほうの住宅(2階建てで延べ床面積12坪)には誰も住んでいないが、水道・電気は使用できる(ガスは安全のため使わない)しトイレとシャワーもある。念のため簡単な調理器具(IHヒーターや電気炊飯器など)・食材・食器に寝具も置いている。時々三宅先生がチェックに来てくれて備蓄食材も更新してくれている。雨宮先生や千里がたまに使うこともある。
 

「出すのは私がやるね」
と言って、千里は車庫から車を出した。
 
「高速に乗るまでは私が運転しようか?最初のPAで交替することにして」
「お願いします。一般道の方が高速より怖いです」
「そうそう。高速は割と楽なのよね。首都高みたいな所以外なら」
「若葉マークの内は首都高に入ったらいけないと言われています」
「首都高は戦場だし迷路だからね」
と千里は言った。
 
それで千里がポルシェの運転席に座り、Fが助手席、Mが千里の真後ろの席に座った。車を道路まで出して、リモコンで門を閉める。
 
ポルシェは豪快な音を立てて発進し、やがて八王子ICを登って中央道に入った。
 

龍虎の両親がポルシェ996を暴走させて2003年12月27日に事故死した後、テレビで無責任な“専門家”たちが、300km/hも出る車を販売するのがおかしいなどと批判した。それに憤慨したのがポルシェの熱烈なファンで自分でも多数のポルシェを所有していた重富音康氏だった。彼は上島たちに接触してきて言った。自分が事故を起こした車と同型のポルシェを持っているからこれを譲るので、ポルシェの安全性をアピールして欲しいと(重富氏自身は嫌う人・恨んでいる人も多いので自分が表面に出るのを避けた)。
 
そこで上島雷太は協力してくれる放送局と組んで、ポルシェでのんびりと各地を旅する番組を制作した。田舎道を40km/hで走り、農家のおじちゃん・おばちゃんたちと交流して、農機を牽引したり、おばちゃんの夕飯の買物につきあったりする上島の姿がテレビで放映されると、(一部「ポルシェで農協に買物かよ?」などと嘆く声はあったが)ポルシェに対するイメージが随分変わり、批判は影を潜め、かえってポルシェの販売台数が増えた。
 
この時、実は上島は重富さんからこのポルシェを買い取るお金が無かった。それで★★レコードの星原社長(当時)が代わりに買い取って上島に貸与していた。星原は2014年に龍虎がデビューの報告に行った時、自分も老い先短いので、死んだ後に遺産整理で揉めると面倒だからと言って、龍虎にこのお父さんゆかりのポルシェを買ってくれないかと打診した。
 
当時はむろん龍虎にはお金が無かったので、龍虎は上島からお金を借りてこの車を買い取った(星原氏は2015年死去)。上島から借りたお金は半年で返却することができた。それで2015年以来龍虎はこのポルシェのオーナーであった。ただ、これまでは免許がないから運転できなかった。
 
しかし9月に免許を取り、毎日10-20kmくらいずつ練習で運転して、無事故無違反だったのでコスモス社長からもお許しが出て、このポルシェの試乗をすることにしたのである。誰か運転のうまい人に同乗してもらってということで、コスモスは最初国内A級ライセンスを持つ高村マネージャーを考えていたようだが、龍虎は「醍醐先生にお願いしたいです」と言った。それで打診してみるとOKということだったので、この日の試乗になったのである。千里(千里2)は国際C級ライセンス持ちである。
 

そういう訳でこのポルシェは龍虎の父が乗っていた車そのものではないのだが、同型車なのである(限定品なので現在では入手難易度が高い)。
 
千里の運転で中央道を走り藤野PAに停める。若葉マークを車の前後に貼る。Fが運転席に座り、Mが助手席、千里は助手席の後ろに座った。Fは“アクア人形”をスカートの上に置いた。自分で運転できないNの代わりらしい。
 
「じゃ行ってみようか」
「はい。右良し、左良し。発車します」
と言ってFはポルシェをローで発進させた。すぐにセカンドに上げる。PAの出口に行き、ウィンカーを点ける。右後方を目視確認して、Fが運転するポルシェは本線に合流した。シフトレバーをトップまで上げていく。
 
「この子、凄いパワーです」
「うっかりするとスピードオーバーするから気をつけてね」
「はい」
 

Fは80km/hジャストで中央道の左車線を走っていく。後ろから来た車が次々とこのポルシェを追い越していくが気にしない。その内(スカイライン)GT-Rの覆面パトカー(だと千里が教えてあげた)が後方から来て、しばらく龍虎たちの車を追尾していたが、こちらがずっと80km/hで走っているので、その内追い越していった(速度違反だと思う)。
 
「パトカーに付かれるのって凄い緊張しますね」
「そうなんだよ。緊張のあまり事故起こさないようにね」
「はい」
「運転には平常心が必要だから」
 
「それ高村さんからもだいぶ言われました。突発事態とか起きた時もまず『平常心!』と自分に言えって」
「そうそう。思わぬ動きをする車とか歩行者があったら、初心者はそれに注意が奪われてしまう。それがとても危険だから、変な車が居たら次の瞬間その車のことは忘れて自分の車の運転に集中する」
 
「自動車学校の実車やってる時、前の車が脱輪したのに驚いてこちらまで脱輪して叱られました」
「そういう時はまずブレーキなんだよね」
「迷ったらブレーキ踏めって言われました」
「そうそう。まず停まる」
 
龍虎Fはきちんと制限速度を守って走り、八ヶ岳SAでMに交替した。Fは後部座席で毛布をかぶって仮眠する。Mも制限速度をきちんと守って走って行く。岡谷JCTは(長野道には)分岐せずにそのまま中央道名古屋方面に進む。駒ヶ岳SAでまたFと交替する。Mが仮眠する。40分ほど走ったところで長いトンネルに入る。
 

「このトンネルの先ですよね」
「そうそう。長い直線の先が急カーブだから気をつけてね」
「はい」
 
Mも起き出す。Fはそのカーブを抑え気味の速度で無難に曲がって先に進んだ。
 
PAがあるのでそこに駐める。
 
3人は車を降りて、今来た方に向かって、深い黙祷を捧げた。
 
龍虎の両親が死んだ地点がさっきのカーブの所である。
 
「高岡さん、夕香さん、あんたたちの息子・娘はこんなに立派になったから安心してね」
と千里は言葉に出して言った。
 
「娘まで作ったっけ?と思ってたりして」
とF。
「そのあたり不確かかもよ。龍ちゃんのパパ、ある時は『娘に』と言って可愛いワンピースを買ってきたことあったって、志水さん言ってたよ」
 
「自分の子供の性別、忘れるもんですかね?」
「雨宮先生とかは自分の子供の名前間違って、母親から呆れられたことある」
「雨宮先生ならありそう!」
 
「さて、このまま豊田まで走ろうか」
「はい」
 

次のSAで1時間ほど休憩して夜食も食べ給油してから、Mが運転(Fは仮眠)して中央道を進み、土岐JCTからは東海環状自動車道に行く。鞍ヶ池PAでまたFに交替。豊田東JCTから新東名に進んだ。もうすっかり明るくなっている。森掛川ICをすぎた所で千里は
 
「ここからは120km/hの道だよ」
と声を掛ける。運転しているFはアクセルを踏み込む。
 
「出し過ぎ、出し過ぎ、抑えて」
「済みません」
と言ってアクセルを戻す。
 
「この子簡単に速度があがるからね。CR-Zもパワーのある車だけど、かなり感覚が違うでしょ?」
「そうなんですよ」
 
藤枝PAで交替してMも120km/hの世界を体験した。駿河湾沼津SAでまたFに交替する。そして中井PAでトイレ休憩して千里に交替する予定だった。
 
「醍醐先生、今夜はFは4回だけど僕は3回しか運転してないんですよ。この先、僕が運転してはいけませんか?」
とMが言った。
 
「うーん。都区内の一般道は運転禁止だけど、市部だからね。じゃ慎重に」
「はい」
 

それでMが運転して出発点まで戻ることにする。圏央道は若葉マーク期間中の運転が禁止されているので、御殿場JCTから東名側に移動し、厚木ICで降りる。
 
ちゃんと20km/hに落としてETCゲートを通過。一般道に降り国道129号を北上する。カーナビに従って朝の道を走る。ちょうど通勤時間帯の混雑がピークをすぎる。そして出発点の民家まで戻ってきた。千里がリモコンで門を開ける。中に入る。千里がリモコンで門を閉めてガレージの扉を開ける。Mが、車庫入口の白線(駐車時の目安のためにわざわざ引いている)の端をスイートスポットに見る位置まで車を進める。ハンドルをいっぱいに切って、ミラーを見ながら慎重にバックで車を後退させる。
 
「うまいうまい。ステアリング戻して。はい、ストップ」
と千里が言った時、Mは、誤ってブレーキではなくアクセルを踏んでしまった。
 
ガシャッ!
 
という嫌な音がする。
 
「あぁ!」
「馬鹿!何やってんのよ」
「ごめーん」
 
「疲れてる時って特に初心者の内は、踏み間違いやりやすいんだよ。車庫入れは私がすればよかったね」
 
「修理代いくらかかるかなぁ」
と降りて懐中電灯でぶつけた所を照らしながらMが言う。
 
「それより社長に知れたら」
などとFは言っている。
 

「修理はこっそりやっておけばバレないよ。私がディーラーに持ち込んで修理させるし、コスモス社長にはふたりとも慎重にしっかり運転していましたとだけ報告しておくから」
と千里は言った。
 
「すみません!」
 
「事故って、目的地の近くまで来た時とか、目的地に到着した時がいちばん起きやすい。大宮万葉とか、目的地まであと20kmくらいまで来たところで必ず休憩してコンビニでアイスとかコーヒーとか買うって言ってたよ。無事故のおまじないとか言って。冷たいもの食べると脳が覚醒するでしょ?アイスはクーリッシュがお勧め。冬ならチョコモナカジャンボでもいい。片手で食べられるし、食べかけを座席に置いても汚れないから」
 
「その方式いいですね」
「今度から目的地の直前にコンビニに寄ってアイスかプリン買おう」
 
プリンは違う気がするが。
 
「まあ今夜は勉強になったね。今後気をつけようね」
 
「はい!」
とふたりの龍虎は仲良くお返事した。
 
なお、千里はこの車を修理してもらう一方、車庫にはゴム製の車止め(反射板付き)を設置した!《こうちゃん》に知られるとアクアが叱られるので、この件は《せいちゃん》に処理してもらった。
 

Drive Record
八王子市内22:30 千里(0:30)
八王子IC 22:45
藤野PA  23:00-23:10 F(1:12)
八ヶ岳PA 0:22-0:42 M(1:00)
駒ヶ岳SA 1:43-2:13 F(0:52)
恵那峡SA 3:05-4:05 M(0:42)
鞍ヶ池PA 4:48-5:08 F(1:08)
藤枝PA  6:16-6:36 M(0:39)
駿河湾沼津SA 7:15-7:35 F(0:37)
中井PA  8:13-8:33 M(1:01)
厚木IC 8:46
八王子市内 9:34
 

ところで貴司と美映(+緩菜)は2020年1月末に姫路から埼玉県川口市に引っ越したのだが、その日程が決まった時、貴司は言った。
 
「緩菜のさ、陰嚢拡張用に入れていたシリコンボールを取る手術を1月にしましょうって言ってたじゃん。美映、予約入れといてよ。引越前にしておきたい」
 
「OKOK、やっておくよ」
と美映は答えたものの、予約など入れなかった。そもそも緩菜には陰嚢など存在しないので、手術のしようが無いと思う。
 

前橋は例の母親に電話を入れた。
 
「環和ちゃんの件ですけど、夏に睾丸の陰嚢への固定と拡張用のシリコンボールの挿入を行いましたけど、そのシリコンボールの除去手術を来月行いたいのですが、日付のご希望とかありますか?」
 
「それでしたら1月14日とかいいですか?」
「分かりました。それでは手術の日程を入れておきますね」
「あのそれで」
と母親は言った。
「その手術、シリコンボールではなくて睾丸の方を除去するなんて、できないですよね?」
「そうですね。お約束はできませんけど、玉が2個入っていたら間違って別のを取っちゃうということはありますよね?」
と前橋は言う。
「そうですよね。間違いはありますよね。ぜひよろしく間違いお願いします」
と母親は言っていた。
 
電話を斬ってから前橋は呟いた。
「これで、この世から男の子が1人減って、男の娘が1人増える」
 

勾陳・青池・前橋3人の計画では手術は普通にさせた後で、こちらで勝手に再手術して本物は除去して、勾陳お手製の精巧な偽物と交換してしまおうということになっている。結局治療の明細書と病院の手術記録が欲しかったのである。
 
半年後にはタックしやすいように陰嚢に固定した睾丸を陰嚢から切り離す手術が必要なのだが、まだ数年後だろうと思っていた貴司と美映の離婚がこの年の秋に起きてしまい、美映と違って千里では誤魔化しようがないので、彼らは千里に状況を話し、千里から叱られたものの、この後、千里にも共犯になってもらうことになる。
 

前橋はその母親と話した後、美映に電話して、
「7月に手術した緩菜ちゃんの経過観察と、シリコンボールの除去をしたいんですが、1月14日とかご都合はどうでしょうか?」
と訊いた。
 
美映はシリコンボールも何も、そもそも陰嚢自体が存在しないんだけどとは思ったものの
「いいですよ。連れていきます」
と答えておいた。“睾丸を引き出す手術”の時も結局何も起こらなかったし、今回もそうなるのかもという気もした。
 
それで美映は貴司に
「緩菜の手術は1月14日になったから」
と告げた。
 
「ありゃ、その日、僕はマニラへの出張が入っている」
「大丈夫だよ。玉を取るだけだし。手術も危険性はなくて30分も掛からないと言っていたよ」
「じゃ美映、お願いしとく」
「OKOK」
 

当日美映は緩菜(ピンクのトレーナーにミッフィちゃんの膝丈スカートを穿いている)を連れて病院に行き、病院から来ていたはがきを出した。「こちらで待機していて下さい」と言われ、病室に案内される。眠くなる薬を処方しますと言われ注射をされる。パンティ以外全部服を脱がされ、手術着を着せられて2階の4号手術室に運び込まれた。美映は手術室の前まで付いていったものの、きっと何も起きないだろうなと思っていた。
 

その母親は環和に可愛いワンピースを着せて病院に行き、前橋さんを呼び出してもらった。前橋は母子を病室に案内した上で、環和を完全に裸にして手術着を着せる。睾丸を触って確認して
「じゃ4個の内2個を取って来ますね。お母さんはお部屋で待ってて下さい」
と母親に言い、環和に麻酔剤を打ってからストレッチャーに乗せて2階の手術室に連れて行った。空いている3号手術室に入る。少し待った所で廊下に緩菜を乗せたストレッチャー、それに付きそう美映がやってくる。緩菜が4号手術室に入れられる。
 
「勾陳?」
「チェンジ!」
 
前橋の目の前に眠くなる薬を打たれてまどろむようにしている緩菜が来る。環和は手術台に乗せられたはずである。
 
ダミーの睾丸を除去する手術は30分ほどで終了した。再びふたりは交換され、目の前に手術が終わった環和が来て、自主的に眠っていた緩菜は4号手術室に戻る。ストレッチャーに移された緩菜が出てくる。美映が付き添って病室に戻った。
 

美映は「1時間以内に麻酔は切れると思うので、目が醒めて特に痛がったりしていなければ帰宅していいですよ」と言われた。女性看護師さんが緩菜に服を着せてくれた。
 
「あら、スカートなんですね」
「スカートの方がトイレが楽なんですよ」
「ああ、それはありますよね」
 
看護師さんが出ていった後、美映は緩菜のパンティを下げてお股を確認したが、普通に女の子のお股だったので安心した。15分ほどで事務の人が診察票を持って来てくれた。そして病室に戻ってから30分ほどした所で緩菜が目覚める。
 
「痛かったりしない?」
「大丈夫だよ」
「じゃ帰ろうか」
「うん」
 
美映は何の施術もしてないのに料金を払うのは変な気がしたものの、まあいいやと思い、手術代の7万円を自動精算機で貴司のカードで支払い、自宅に戻った。
 

前橋はまだ麻酔で眠っている環和を連れて母親が待機している病室まで行った。
 
「手術は無事終わりましたよ」
「それで間違いとかは起きてませんよね?」
「はい。間違い無く間違ってますから、ご安心ください」
「よかった」
 
「残った睾丸は陰嚢に固定されていますので、もし邪魔になるようだったら体内に収納できるよう、固定を解除することは可能ですが」
 
「ぜひそうして欲しいです」
「それではまた秋頃に」
「分かりました」
 
「例によってこれは治験なので代金は不要ですから」
「助かります」
 
それで前橋は手術着を脱がせ、環和が着てきていた可愛い下着を着せ、ワンピースを着せてあげた。
 
「きっと可愛いお嬢さんになりますよ。目覚めたら帰宅していいですので、お大事に。帰ってから痛がったら、この痛み止めを飲ませて下さい」
 
「分かりました。ありがとうございます」
 

青葉は1月下旬、和実からクレールの支店を作るので結界をしてくれないかと頼まれ驚いた。なんか経営大変そうだったのに、よくお金があるなと思ったものの詮索はしない。それで1月25日(土)に新幹線乗り継ぎで仙台まで行った。現場は仙台駅から歩いて5分ちょっとという便利な場所だったので驚く。
 
「ここ地価高かったでしょ?」
「そうでも無かったよ。4億8千万で買ったから。相場の半値以下」
 
高いじゃん! でもそのくらい払えるほどクレールも基本的には好調なのかななどと考える。しかし青葉は“ムーラン建設”の名前で工事内容の看板が出ているので脱力した。
 
「ムーラン建設に頼んだんだ?」
「発注したのは播磨工務店。ムーラン建設はそのお手伝い。ただ手続き上はムーラン建設が工事主体になったみたい」
 
津幡でもそうしていたなと青葉は思った。津幡の体育館が年内に竣工したので、播磨工務店は主力をこちらに回すのかなという気がした(アクアゾーンの方はムーラン建設が作っている)。
 
「工事の発注者の株式会社CMPというのは?」
「クレール(clair)、ムーラン(Moulin)、フェニックストライン(Phoenix Trine)の3社で設立したペーパーカンパニー」
「若葉と千里姉が関わっているのか!」
「土地建物を所有して運用するためだけの会社。1階にクレール、2〜3階にムーランのお菓子ショップとセントラルキッチンやスポーツ用品店、地下2階に小型の体育館ができる」
「地下1階は?」
「駐車場」
と言って、和実は設計図を見せてくれた。
 
「こんな町中に体育館作って何するの?」
「とにかく作りたいみたいよ。採算が取れるとは思えないけど」
 
千里姉らしいなと思った。しかし若葉と千里姉が絡んでいるなら、そのあたりから資金とかは出ているんだろなと想像した。和実は家賃を払っていけばいいわけだ。それもかなり安価な家賃設定なのだろう。
 
「ちなみにこの道路側が玄関だよね?」
「そうそう。千里は私の吉方位だと言ってた」
「そうなる。和実は1991年生まれの女だから本命卦は乾で、西は生気になり大吉」
「それ私が男だったら凶になってたんでしょ?」
「そうそう。風水では男女で吉方位が逆転するから。和実が万一男なら本命卦が離になって西は五鬼の大凶になる」
と青葉は解説する。
 
「あ、そうそう。住み着いていた妖怪や地縛霊は千里が処理しとくねと言って何かしてた」
「ああ、これは妖怪とかの跡か。何かあるなとは思ったけど、千里姉が処理したのなら問題無い」
 
青葉は更地になっている土地の周囲を歩き結界を作った。
 
「何かを埋めたりはしないのね?」
「あれは千里姉のやり方だね。私もやることはあるけど、どっちみちここはこのあと地下室造りのために堀り返されるから、千里姉でもこの時点ではあの手法は採れないと思うよ」
「なるほど。手法は色々あるわけだ、でも結界ができたのは私にも分かったよ」
「取り敢えず工事中は変なのは入って来られないと思う。工事が進んだらまた調整するよ」
「よろしく」
 

毎年春に、某テレビ局が制作していた「アクアちゃんの性別を確認する」という番組だが今年は制作されないことなり、1月にその旨、事務所の方に連絡があった。
 
「だって、どう考えてもアクアちゃんが男の子のはずが無いから、番組作ってもどうせヤラセでしょとしか視聴者には思われないんですよ」
という、昨年の番組司会者の弁であった。
 
ファンの間でも
「アクア様に、ちんちんとか付いているはずがない」
「アクア様は女の子だけど“設定”男の子なのよ」
などといった意見が大半で、アクアが本当に男の子だと信じているファンは少数のようであった。宝塚の男役に準じた存在と思っているファンも結構いる。
 

「面倒くさい。アクアを温泉か銭湯の男湯に放り込んで、大勢の一般人に、確かに付いているというのを確認させればいいじゃん」
と雨宮先生は言った。
 
「それはBPOから叱られますよ。性別の暴露なんて、物凄くデリケートな問題だもん。医師に診せるというのがギリギリの線なんですよ」
と冬子は言う。
 
「男が男湯に入るのが何か問題になるとは思えんけど」
とこの日“アルコールの調達”に来ていた鷹野さんが言うが、
 
「銭湯に放り込んだら、アクアは確かに女の子だということが確認される気がするから、そしたらBPOがクレーム入れてくるかもね」
などと政子は言っている。
 
「アクアって、多分男湯に入った経験がほぼ無いと思うよ」
と千里は言う。
 
「女湯には入っているよね?」
と政子が確認する。
 
「むしろほぼ女湯にしか入ったことが無いと思う」
と千里。
 
「だったら、やはり女の子なんじゃないの?」
と鷹野さん。
 
「それでも男の子なんだよね。私、青葉、コスモス、高崎ひろか、品川ありさ、丸山アイ、それからアクアのお姉さん代わりの佐々木川南と白浜夏恋とかは、アクアのちんちんを見ている。確かについている」
 
と千里は言いながら、高崎ひろかと品川ありさは微妙だよなと思った。この2人はアクアのちんちんがとても小さくて、女の子並みのサイズであるのを見ている。アクアのちんちんはあの後、青葉のヒーリングにより小学生程度の長さまで発達したのである。もっともNの消滅で、そのちんちんも消滅しちゃったけどね。こないだ青葉が『ヒーリングのターゲットが消えた』って言ってたし。
 
「もしかして女性にしか見られたことないとか?」
「アクアは女湯にしか入っていないから、女湯に入れる男性がいたら、目撃しているかもね」
 
と言いながら、それ丸山アイのことでは?という気もする。
 
「だよね。アクアが男湯に入ろうとしても確実にスタッフさんに追い出されるだろうし」
と政子は言っていた。(それは多分事実だ)
 

「でもアクアも高校卒業しちゃうし、アクアの次世代のタレントを作り出そうよ」
などと雨宮先生は言っている。
 
「ロックギャルコンテストは毎年有望なタレントを出していると思いますよ」
 
「やはり男の娘がいいと思うな」
「男の子じゃなくて男の娘なんですか?」
 
「その曖昧な性別が魅力的なんだよ。城みちる、川崎麻世、初期の郷ひろみ、IZAM, マリスミゼル時代のGackt、若い頃の 坂東玉三郎、この子たちは女の娘ではなく男の娘系統だから人気が出た。丸山明宏やピーター・松原留美子とは明らかに方向性が違うんだ」
 
「先生、また変なこと考えてますね」
「女の娘って何ですか?」
「だから、男の娘養成学校を作ろうよ」
「何です?それ」
 
「小学3-4年生の可愛い男の子を入学させてさ、心の女性化教育を施して、男の娘として育てる」
「3-4年生がいいんですか?」
「その年代で性別意識がハッキリしてくるからね」
「それはあるでしょうね。男になりたくないと明確に意識するのもその付近ですよ」
 
「入学したら女名前をつけ、完全女装させて生活。女子トイレを使わせて、授業は女性らしい話し方、歩き方のレッスン、秘書の格好でお茶を出したり、ナースの格好で看護したり、フライトアテンダントの格好でアテンション・プリーズ、男の子とデートする練習、女の子向けジュブナイルや少女漫画の鑑賞」
 
「最後のが結構利きそうな気がする」
「あと、男性的発達を遅らせるためにオナ禁だな。女性化させる訳ではないから、女性ホルモンは使わない」
「禁止してもやめられないんですけどね」
「貞操帯をつけて射精管理するのよ」
「そろそろこの話、やめませんか?」
と冬子が言うが、政子はワクワクした目で見ている。政子はこういう話が大好きだ。
 
「月に1回だけ射精を許可する。それも自分の手でしてはいけない」
「手でせずにどうやって射精させるんです」
「自動射精機を取り付けてローラーとかで刺激して射精させる。精液は冷凍保存」
「その程度で性的な満足が得られるんですかね?あれ自分でするから気持ちいいのでは?」
「さあ。私も射精なんてもう長いこと経験していないからよく分からないなあ」
 
と雨宮先生は言っている。先生は2007年に睾丸を除去しており、既に12年以上経っている。それなのに“立つ”し女遊びをやめないのが先生の非常識な所である。
 
「玉が無いのに立つって信じられない」
と鷹野さんも言っている。
 
「繁子ちゃんもそろそろ女装が好きですとカムアウトしようよ」
「僕はノーマルですよー」
「でもスカート持ってるでしょ?」
「3枚だけですよ」
 
きれいに誘導尋問に引っかかっている!
 
「鷹野さん、次のツアーの衣装はドレスとか用意しようか?」
「僕はローズクォーツのタカ(星居隆明)とは違いますから」
「彼は完全に女装趣味だと思われているよなあ」
「タカも子供3人も産んだんだから、ちんちんは用済みでしょ。そろそろ去勢してもいいよね」
「タカさんが産んだ訳ではないと思いますけど」
 
「そうだ。男の娘養成学校の生徒が自動射精機を使用する時、100分の1の確率で、男性器は射精後切断されるようにしよう」
と雨宮先生は言い出した。
 
「何のために?」
「めでたく男の子を卒業できるじゃん」
「男性器を喪失したら、それもう男の娘ではない気がする」
「女の子にしか見えないのに、ちんちん付いてるのが男の娘の魅力では?」
「さっき先生、女性化させる訳ではないとか言いませんでした?」
 
「ひょっとしたら男性器を失うかも知れないという不安が強い興奮を生み出すのよあんたたち子供の頃、自分のちんちんに刃物を当てて性的に興奮してなかった?」
「なるほど雨宮先生は、ちんちんに包丁を当てて切り落とす真似をしてオナニーしてたんですね」
「やってるでしょ?あんたたちも」
 
「それにしても100分の1というのは確率が高すぎる気もしますが」
などと冬子が言っていたら、千里がひとこと言った。
 
「その機械ができたら、まっさきに雨宮先生に取り付けてテストしてみましょう」
「やめてよ。切れちゃったらどうするのよ!?」
「雨宮先生もそろそろ男を卒業する、年貢の納め時だと思いますけどね」
 
と千里が言ったので、冬子も
 
「賛成!」
と言った。
 

しかし雨宮先生のアイデアは、この年、実現されてしまうことになるのである。
 
(男の娘養成学校ではなく、アクアを銭湯に入れるというもの)
 
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【春気】(2)