【春雷】(1)

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倉田は今夜もそろそろ終わりかなあ、と思いながら、あと少し頑張ってみようと思い、深夜2時半頃、商店街そばの道路を軽く流していた。すると若い女が道端に立っているのに気付く。
 
手をあげたりはされなかったものの、倉田は女の近くにタクシーを停めた。
 
「お姉さん、お迎えとか来るの?」
と声を掛ける。
 
すると女は無言で車に近づいて来て後部座席のドアの近くに寄る。
 
あ、乗るのかな?と思いドアを開けたら、女は乗ってきた。
 
「どちらまで行きます?」
と訊くと
「近くて済みません。森山の方なんですけど。159号線沿いに」
「分かりました」
 
それで倉田は香林坊の交差点を兼六園側に折れ、国道159/359号・百万石通りを走って行く。
 
「森山の、どの付近ですか?」
と尋ねる。
 
返事が無い。
 
うーん。指示してくれないと困るんだけど
 
「どの付近に停めましょうか?」
と倉田は再度尋ねて、バックミラーを見た。
 
え!?
 
倉田は車を路肩に寄せて停めた。振り返ってみる。
 
居ない!?
 
客の女性はいつの間にか居なくなっていたのである。
 
うっそー!? いつ降りたんだ?
 
と考えている内に、ある考えが浮かんできた。
 
まさか、まさか、まさか・・・・今のって、タクシーただ乗り幽霊??
 
倉田はふと右側にお寺があることに気付き、急に寒気がしてきた。
 

青葉は5月12日にケイからローズ+リリーのアルバム用に2曲書いてもらえないかと打診され、その場に居た千里にうまく乗せられて、1曲はまるでケイが書いたみたいな作品に仕上げることにした。スケジュールが厳しいのでできたら6月末までに欲しいと言われた。
 
しかしその翌日5月13日には信濃町の§§ミュージックの事務所でアクアの制作に関する打合せがあり、7月発売予定のアクアのシングルに楽曲を提供してもらえないかと言われる。こちらは5月末までに欲しいというひじょうに急な依頼なのである。
 
青葉もこういうきついスケジュールで曲を書くのもかなり慣れてきた。しかし千里姉に訊いてみると、千里姉は高校時代、雨宮先生から、しばしば「明日の朝までに1曲頼む」とか「1時間以内に1曲頼む」などという、とんでもない依頼を受けてこなしていたらしい。
 
お父さんが失業して学資の無かった千里姉はそういう仕事をこなして自分の学費を稼いでいたのである。
 
私が霊能者のお仕事で、何とか小学生の頃生きて来たのと似たような感じかなあ・・・と青葉は思った。
 

5月はK大水泳部の活動が本格化する。青葉は昨年5月の段階で退部届を出しているのだが、部長(昨年は圭織さん、今年は香奈恵さん)が握りつぶしているのである。更に
「既に退部届は受け取っているから重ねて提出しても無効」
などと言われている。
 
それで忙しい中、週に1〜2度の割合で水泳部の練習にも出て行っていた。ただ水の中に入って全力で泳いでいると、これは結構頭がアルファ状態になっていいアイデアが浮かんだりする。青葉は何か思いつくと、水からあがって、メモ用紙に急いで思いついたフレーズや言葉を書き留めていた。
 
ある日の練習で3年生の布恋がビキニの水着を着てきていた。
 
「それで泳ぐの〜?」
と香奈恵から言われている。
 
「どうせ私戦力外だし」
などと言って、ホントにその水着で泳いでいたが、バタフライをしていたら、胸布のほうが外れちゃった!しかもそれが隣のコースを泳いでいた、青葉の同級生・吉田君の顔にぶつかり
 
「わっ」
と言ってびっくりし、ついでに溺れかけた!
 
それで結局、香奈恵から
「ビキニは禁止!」
と言われていた。
 
「参った参った。あれって簡単に外れるもんなのね?」
と吉田君が言っている。
 
「紐がほどけても身体からは落ちないものも多いんだけど、たまたま布恋さんのは完全に外れちゃうタイプだったね」
と青葉。
 
「吉田もビキニ着てみる?」
「俺の身体に合うのはさすがに無いと思う」
「吉田、おっぱい大きくしたらビキニ着けられるんじゃない?」
と奥村君。
「なんでおっぱい大きくしないといけないんだよ!?」
「吉田は入学当初、女だったという噂も聞いたが」
「そうそう。なんでか、俺、学籍簿上では女にされていたんだよ、最初」
 
そんな会話を聞いていた時、青葉はふと、アクアは実際にビキニとか着せられているなあと思った。
 
「川上どうした?」
と吉田君が訊く。
 
「ちょっと詩を書く」
と言って青葉は今唐突に思った内容を歌詞として書き出してみた。
 
「可愛い詩だ」
と奥村君が言う。
「俺にはよく分からん」
と吉田君。
 
「これ、もしかしてアクアちゃんに歌わせる歌?」
「うん。頼まれていたんだよ」
と青葉は言った。
 
「タイトルは?」
「『ビキニ娘』かな」
 
「ビキニ息子では?」
「それともあの子、実は性転換しているとか?」
「間違って性転換されちゃったら、それを受け入れるだろうけど、積極的に女の子になりたいわけではないと思うよ」
 
「熱狂的なファンに誘拐されて手術されちゃったりして」
「安い映画にありそうな話だ」
 

青葉は5月22-23日には自分のお誕生日会を開いてもらうために東京方面まで往復してきたが、その折、冬子と大宮の料亭で会談し、意見を交換した。冬子は千里が先日12日に楽曲を依頼したばかりなのに、今朝までに3曲送って来てそれが物凄くよい出来の楽曲であったとして、千里はどうなっちゃってるの?と訊かれた。それで冬子に先日千里が落雷に遭った話をし、今姉は暴走中なのだと思うと言った。
 
冬子との会談は10時から12時くらいまでの予定だったのだが、やや延びてしまった。それで青葉は新宿に出て§§ミュージックに、アクアに提供する曲の譜面とデータを渡しに行く時間が少し遅くなると連絡しようとしたのだが、冬子が渡すだけなら自分が渡してこようか?と言った。それでお願いすることにし、更に冬子に車(リーフ)で彪志のアパートまで送ってもらった。
 
「冬子さん、エルグランドは結局運転なさったんですか?」
「全く運転する機会が無い。今日も川崎ゆりこが借りていってたから、こちらで出てきた。もう諦めている」
 
冬子は2015年1月にエルグランドを買ったのだが、いまだに1度も自分では運転していないらしい。あの車をいちばん多く運転しているのは冬子と政子専属のドライバー佐良しのぶさんであるが、サマーガールズ出版の風花、ローズ+リリー担当の氷川さん、冬子の親友の琴絵・仁恵もよく運転している。今言っていた川崎ゆりこもよく借りているし、千里も結構運転しているようだ。政子さえ運転しているのに、冬子は全く運転機会が無いらしい。結局、政子の車であるリーフの方を運転していることが多い。
 

アクアの6枚目のCD『エメラルドの太陽』は昨年(2016年)8月6日発売であったが、直前7月23日のロックフェスティバルで先行公開したら、その時アクアがステージ上で過労から意識を失って倒れる騒ぎがあった。
 
7枚目のCDは12月24日に発売されたが、福岡の放送局で発売記者会見をしたら、そこに銃を持った男が乱入、とっさにアクアをかばった秋風コスモスが代わりに人質になる事件となった。この日はアクアの博多ドーム公演を爆破する予告まで届き、実際爆弾を持った犯人がつかまる騒ぎもあった。
 
最近どうもトラブル続きだなあと青葉は思った。
 

8枚目のCDは2017年3月22日に発売した。この時は特に騒ぎは無かったものの、記者会見に出てきていた青葉(大宮万葉)と千里(醍醐春海)が東日本大震災で知り合って姉妹になったこと、またアクアが小さい頃の千里との関わりについて語り、記者たちが感動していた。
 
この件は、映画が作られることになり『アクア−奇跡の邂逅』という映画が夏休みに公開されることになった。主役は小学3年生の子役・三次香美ちゃんであるが、“女子高生バスケット選手”千里役でアクアに出てもらえないかという打診があった。
 
さすがにスケジュールが確保できないのと、アクアに女の子役だけの出演はさせられませんという方針を伝えてお断りしたものの、結局、同じ事務所の品川ありさ(高3)が千里役で出演することになった。当時の千里と同い年だし、品川ありさは元サッカー選手で身長も174cmと長身であり、バスケット選手を演じるにはひじょうに良い。千里本人より高い!
 
(制作委員会は同じ事務所のタレントをかつぎだしたことで“公式感”を出すことができた。もとより§§ミュージック側は容認はしていたのだが)
 
そちらの主題歌は醍醐春海が書いて品川ありさが歌うことになり、映画の公開に1ヶ月くらい先行して発売されることになった。
 

そしてアクアの9枚目のCDは、6月の上旬に、主としてディレクター役のKARION和泉の指揮で制作が進められ、7月5日発売ということになった。下記の作者は「ほんとうに書いた人」である。
 
1.2015/03『白い情熱/Nurses run』霧島鮎子・上島雷太/ゆきみすず・千里
2.2015/08『ぼくのコーヒーカップ/貝殻売り』マリ・千里/蓮菜・千里
3.2015/11『冬模様/スキーに行こうよ』マリ・青葉/蓮菜・千里
4.2016/02『桃色の予感/想い出海岸』マリ&ケイ/蓮菜・青葉
5.2016/04『眠る少年/ナイスなナースになるっす』マリ・青葉/蓮菜・千里
6.2016/08『エメラルドの太陽/もっとオブリガード』マリ・青葉/蓮菜・千里
7.2016/12『モエレ山の一夜/希望の鼓動』マリ&ケイ/蓮菜・千里
8.2017/03『星の向こうに/ナースのパワー』マリ・青葉/蓮菜・千里
9.2017/07『憧れのビキニ/サンダーボルト−青天の霹靂』マリ・青葉/蓮菜・千里
 
今回の作品は青葉が5月23日に納品した『憧れのビキニ』(『ビキニ娘』から改題)と、千里が5月26日に納品した『サンダーボルト−青天の霹靂』である。千里は21日にローズ+リリー用の曲を2本納品し、23日には更に1本納品している。そして26日に今度はアクア用の曲というので、青葉は本当に千里姉は暴走しているなと思った。
 
しかし・・・自分が落雷に遭ったのをネタにして楽曲を作ってしまうというのは、開き直っているし、たくましい!内容としては素敵な男の子に出会った衝撃を歌った歌である。青葉が書いた『憧れのビキニ』が可愛い女の子を見た男の子の立場で歌った歌で、男の子側の曲と女の子側の曲がきれいにペアになった。ジャケ写やPVはアニメで制作する方針が早めに決まり、青葉が23日に楽曲を納品した時点で、即アニメ制作会社に発注したらしい。
 
さすがにアクアにビキニを着せてPV撮影という訳にはいかないが(本人は着たそうな顔をしていたらしい)、誰か女の子のタレントを使った場合、色々微妙な問題が出かねないので、いっそアニメでということになったのである。それで千里が書いたサンダーボルトの方もアニメということになった。
 

5-6月は、青葉はそれで水泳部の活動と、アクアの制作とでかなり忙しいことになった。
 
5月22-23日(月火)は自分の誕生会で大宮まで往復して来たのだが、28日(日)は水泳部の方で、愛知県の日進市まで日帰り!往復してきた。
 
中部学生短水路選手権水泳競技大会という大会である。
 
朝4:40金沢駅集合だったので、青葉は朝(?)3:00に起きて自分の車で金沢駅まで走っている。帰りは金沢着が22:50。往復ともしらさぎ車内でひたすら寝ていた。帰りはマクドナルドで1時間休憩して帰ったので自宅到着は1:30である。翌日の車での金沢往復は運転を明日香に頼んだ。
 
6月4日(日)は石川県の記録会、10日(土)は石川県学生選手権が、いづれも新しい金沢プールで行われた。週末に大会があるので青葉は5月31日(水)と6月7日(水)は新幹線で日帰り往復、10日は選手権の終わった後、そのまま最終新幹線に飛び乗って東京に行き、11日(日)いっぱい掛けて、アクアの音源制作に付き合った。一応11日でアクアの作業分は終了し、後はマスタリングしてプレスに回すことになる。マスタリングの品質管理はKARIONの和泉さんがしてくれる。10日の東京行き新幹線では大会に出た後でもあり、ひたすら寝ていた。
 

6月17-18日(土日)はアクアの音源の仕上がり確認と、PVの制作状況を見にまた東京に出ていく。この月は移動距離が凄いことになっていた。
 
「青葉ちゃん、いっそ首都圏の大学に転籍したら?」
「それやると、大学に全く通えないほど忙しくなりそうな気もします」
「ああ、あり得る」
 
6月24日は北陸地区国立大学総合体育大会であったが、これは高岡総合プールで自宅の近くなので金沢での大会より楽だった。
 
そして7月1-2日はまた名古屋まで往復してきて日本ガイシアリーナで中部学生選手権に出た。青葉たちK大水泳部女子は2位になり、インカレに団体出場することができることになった(1位は名古屋C大学の290点)。青葉は400m,800mの自由形および400メドレーで優勝、200メドレーでも3位で、合計76点、更に女子400リレーで2位、800リレーと400メドレーリレーで優勝で合計114点ということで、総得点279点の実に3分の2に関わっている。
 
青葉以外で得点を積み上げてくれたのは、杏梨が400mの3位(16)+200m9位(8)の24点、部長の香奈恵も200m平泳ぎ6位(13)+100m平泳ぎ12位(5)で18点、そして1年生の希美が400メドレー7位(12)+200平泳ぎ優勝(20)・100平泳ぎ4位(15)で47点で、実はこの4人で点数をほとんど稼いでいるのである。
 

名古屋まで往復して来たばかりなのに青葉は7月4日にはまた東京に出て行く。
 
アクアのCDが7月5日(水)に発売されるので、その発売記者会見に出るのが主目的である。その前に4日午後から少し打合せしようということだったので、青葉は大学は休んで朝から新幹線に乗って東京に出てくることにした。
 
打合せは午後からなので、お昼は彪志と一緒に東京駅付近で食べようということで連絡しておいた。彪志はこの日は日曜日に出勤した代休になっていた。
 
ところが新幹線に乗って軽井沢を過ぎたあたりから、急に自分の体力が奪われる感覚があった。これはお互いにパワーを融通しあえることにしている、天津子か菊枝が使っているものと思ったが、事前連絡が無かったのを不思議に思う。連絡もできないほどの緊急事態が起きているのか。
 
青葉は自分のパワーが奪われるので、千里からも融通してもらうが、その千里から「何かあったの?」とメールがあった。それで「天津子ちゃんか菊枝さんが使っているんだと思う」と返信しておいた。
 

列車は11:40到着予定だったのだが、途中信号故障とかで遅れて12:00少し前に東京駅に到着した。青葉は東京駅に降りた時、何か変な感覚があった。
 
『なんだろう?これ』
と思うが、青葉にはその感覚の正体が分からない。しかし後ろにいる雪娘と蜻蛉が物凄い警戒態勢になっている。海坊主が
 
『おい、青葉、悪いこといわない。この駅はまずい。次の新幹線で大宮でもいいから待避しろ』
と言う。
 
『えー!?そういう訳にもいかないよ』
と言い、彪志を探す。それで彪志とスマホで連絡を取りながら何とか落ち合う。しかし海坊主の忠告に従い、お昼は東京駅ではなく新宿駅で取ることにして、中央線ホームに移動しようとした。
 
ところが移動中に物凄い爆発音を聞く。
 
「何?何?」
 
そしてそのすぐ後、今度は物凄い発光現象があった。
 

「何なの〜?」
と青葉が思わず声を挙げると、後ろに居る《姫様》が
 
『今爆発音のあった近くで、千里が死んだ』
と言う。
 
「うっそー!?」
と声を挙げ、青葉は彪志を誘って、そちらのホームに駆けていく。
 
それでエスカレーターを駆け上がった時、目の前に天津子がいるのを見る。
 
「青葉! どうしよう。千里さん死んじゃったよ!!」
と天津子が言った。
 
青葉は千里の傍に寄る。見ると確かに青葉の目にも千里は絶命しているように見えた。しかし青葉は思い出した。千里は以前言っていた。
 
「私よく心臓が停まっているけど、すぐ再起動できるから」
「心臓の再稼働ってどうやるの?」
「足を動かせば心臓も動くよ。手くらいじゃダメ。足が良い」
 
「千里、実は君は死んでいるのでは?」
と桃香が言った。
「あまり生きている自信無ーい」
などと千里は答えていた。
 
「でも桃香、私が死んでるように見えたら、足を数回動かしてみてよ。それでたぶん蘇生するから」
と千里が桃香に言っていた。
 

青葉は千里の右足をしっかり持つと激しく数回動かした。
 
すると千里はパチリと目を開け、むっくと起き上がった。死んだと思っていた千里が起き上がったので天津子が「きゃっ」と声をあげる。
 
そして千里は立ち上がると、少し離れたホームの所に人だかりがしている所に走って行った。千里がいきなり飛び降りるので、青葉は自殺!?と焦って近寄る。すると千里は線路に落ちていた30歳くらいの男性を抱え上げ、隣の線路に待避した。その直後に電車が入って来て、今千里たちの居た所を通過する。
 
青葉は、ちー姉、なんて無茶するんだ!?と思った。ほんの少しでもタイミングが遅れていたらちー姉も一緒に電車に、はねられていた。
 

青葉は、そして彪志と天津子も反対側のホームに駆けていく。
 
千里は既に倒れていた男性をホームに居た人の協力で上にあげ、自分もあがっていた。
 
「ちー姉、大丈夫?」
と青葉は声を掛ける。
 
「平気平気」
と千里は言うが・・・青葉は千里を見て、全然大丈夫じゃない!と思った。そもそもオーラがほとんど無い。これではまるで霊感の無い人間である。
 
「ちー姉、私の後ろに居る雪娘が見えるよね?」
「雪娘?何かお菓子の名前?」
「・・・・ゆう姫は見えるよね?」
「何のこと?」
 
千里はとぼけているのではなく、どうも本当に見えないようだし、本当に雪娘とか、ゆう姫の名前を忘れているように青葉は感じた。
 

その時、その《ゆう姫》が青葉に言った。
 
『この子、巫女の力を失っている』
『え〜〜!?』
『そもそもよく蘇生したものだ』
『どうも羽衣さんが千里姉の力を借りたらしいのですが、その時、力を持っていきすぎたみたいで』
『完全放電している。今は霊感のかけらも無い』
 
それで青葉はおそるおそる訊く。
『姫様、千里姉のパワーはどのくらいで回復しますか?』
 
青葉のその問いに対して《ゆう姫》は答えた。
 
『青葉、ショックかも知れないが良くお聞き。この力の喪失は不可逆だよ。もうこの子は霊的な力を行使することは今後無いだろう。この子は仮死状態じゃなくて本当に死んでいた。青葉が蘇生させただけでも奇跡なんだよ』
 
青葉はその言葉を聞いて青ざめてしまった。
 

千里姉は助けた男性と電話番号だけ交換していた。駅の職員さんが色々聞きたいのでと言ったものの、千里は
 
「試合があるので急いでいるので」
と言って、名刺を助役さんに渡したまま、山手線の方に急ぐ。青葉と彪志も頷き合い、千里の後を追った。天津子は師匠が心配なのであとで連絡すると言っていた。羽衣さんもかなりの重傷らしい。
 
それで赤羽駅まで来て、千里は走って行こうとしたが、青葉が停め、駅前に停まっていたタクシーに乗り、一緒にナショナル・トレーニング・センターまで行く。青葉はタクシーの中から秋風コスモスに連絡し、姉の醍醐春海が事故に遭い、それに付いていたいので、打合せは夕方くらいにしてもらえないかと連絡した。コスモスも事故というので驚き、詳細が分かったら連絡してと言っていた。
 
ナショナル・トレーニング・センターは本来は部外者は入れないのだが、選手の親族ということで、やや無理に中に入れてもらった。それで千里は練習場に走って行ったものの、集合時間に遅れてしまったようで、かなり叱られていた。
 
さっき千里も言っていたように今日は試合の予定があったらしい。
 
それで青葉たちはアメリカの女子大生チームとの練習試合を観戦したのだが、千里は精彩を欠いていた、というより、ほとんどまともなプレイができない状態だった。ドリブルは失敗するし、スティールされるし、得意のスリーが全く入らない。
 
それですぐにベンチに下げられる。そして試合終了後、代表落ちを宣告された。
 

「ちー姉、アパートまで送って行くよ」
と青葉は、さすがに意気消沈しているふうの千里に声を掛けた。
 
一緒に合宿所の部屋の荷物の片付けを手伝う。重い物などは彪志に持ってもらい駐車場に駐めているミラとの間を3往復くらいして荷物を片付け、簡単に掃除もして退出する。鍵を事務室に返却する。
 
千里が合宿所の玄関をじっと見ていたので青葉は声を掛けた。
 
「今年はダメかも知れないけど、来年の代表活動はたぶん年末くらいからでしょう?基礎トレーニングとかして、身体を鍛え直そうよ」
 
たぶん・・・霊的な力の回復には時間が掛かっても千里姉の鍛え抜かれた肉体は比較的短時間で運動能力を回復するのではと青葉は思ったのである。それにしても2年くらいは掛かるかも、という気はした。東京五輪に間に合うかどうかくらいかなとは思ったが、取り敢えず年末くらいというのを提示してみたのである。
 

千里は
「ありがとう」
と青葉に言うと、一緒に経堂の桃香のアパートまで行った。
 
その上で、彪志に買物その他を頼んで!青葉は小田急で新宿まで出て、JRに乗り換えて信濃町まで行った。§§ミュージックの事務所で秋風コスモス社長に遅くなったお詫びをする。
 
「醍醐先生、どういう事故に遭われたんですか?」
とコスモスが心配そうに訊く。
 
「詳細は言えないのですが、一時的に心臓が停まったんですよ」
「え〜〜〜!?」
「取り敢えずしばらく安静にしておこうということで、入院まではしていないのですが、日本代表からもしばらく外れて静養しようということになったようで」
 
と青葉は状況をできるだけソフトに説明した。
 
「ひょっとしたら作曲活動とかにも影響が出る可能性もあります」
「わぁ」
 
コスモスはお大事にしてくださいと言って、お見舞いまで言付かった。
 

その日は夜10時くらいまで打合せ、その時青葉はアクアの新しいマネージャーが決まりそうだという話を聞いた。
 
「へー。それは良かったですね。どういう人なんですか?」
「以前演歌歌手のマネージャーをなさっていて、音楽業界には久しぶりの復帰らしいんですけどね。でもアクアのことはよく理解して下さっているようで」
「へー」
 
アクアをよく理解って、時々「理解しすぎ」の人がいるけど、そちらは大丈夫かな?と少し不安になった。
 
青葉は鱒渕さんの様子も聞いたのだが、やはり身体全体の機能が低下していて危険な状態が続いているということだった。青葉は明日、午後にでもお見舞いしたいと言っておいた。
 

青葉はその日はやはり心配だったので、経堂の桃香のアパートに行った。ここは2DKに限り無く近い1Kである。台所の広さもDKと呼ぶには僅かに面積が足りないらしいし、居室も本来2部屋にするつもりが狭い部屋2個より広い部屋1個の方が価値が出るのではということで、建てた後で1部屋にしてしまったらしい。それで1室なのだが、まるで2室のような作りになっている。
 
ここの奥の部屋(?)の方にベビー布団が敷かれていてそこに早月が寝ており、その隣に桃香は寝ている。千里が泊まり込む時は、大抵手前の部屋(?)に敷いた布団で寝ているらしい。今日は彪志は千里の状態を心配してずっと付いていてくれた。この日の千里は、桃香から見てもかなりおかしかったのだが、桃香は4月の落雷以降、千里はずっとおかしかったと言う。取り敢えずしばらくはゆっくり休むといいと言ったのだが、結局23時頃、用賀のアパートで寝ると言って帰っていった。青葉と彪志は千里を用賀まで送って行ってから、東急で渋谷に出、JRに乗り換えて大宮に戻った。
 

翌7月5日。青葉は何と言っても千里のことが気になったので、朝から用賀のアパートまで出かけて行った。すると千里は今から出かける所のようである。
 
「荷物が多いね」
「こちらの旅行用バッグは、パソコンと37鍵キーボードに五線紙。午前中にカラオケ屋さんで作曲をする。こちらのスポーツバッグはボールとバッシュと、バスケットウェアに着換え用の下着。午後からはバスケの練習をする」
 
「ちー姉、昨夜はJソフトに今日から復帰すると言ってなかったっけ?」
 
「それがこのヤマゴちゃんが、私は会社には時々行くだけでいいと言うから」
と千里は言っている。
 
「ヤマゴ?」
と言って青葉は千里がiPhoneに取り付けているリスのストラップを見た。するとそのリスがしゃべった。
 
「おい、お前。千里に伝えたいことがあれば俺に伝えろ。ちゃんと伝言するから」
などとリスは言っている。
 
「ふーん。君、私にそういう言い方するの?」
と青葉がそのリスに言うと、リスはビクッとしたようである。
 
「あのぉ、千里さんにお伝えしたいことがありましたら、私にお伝え下さい。私がちゃんとお伝え直しますので」
とリスは言い直した。
 
「よしよし。じゃ君の通信鍵をもらうね」
と言って、青葉はそのリスを撫でて『心の声』で通信できるようにした。
 
これは天津子に似た“臭い”がする。たぶん羽衣さんが付けた眷属ではないかと青葉は思った。
 

青葉は千里の様子を観察したかったので、カラオケ屋さんや体育館に同行していい?と尋ねる。
 
「邪魔はせずにじっとしているから」
「青葉ならいいよ」
 
それで一緒にまずはカラオケ屋さんに行った。千里は現在、東郷誠一名義でアイドル歌手に渡す曲を頼まれていて、それを書いているようである。歌詞は今朝、相棒の葵照子(琴尾蓮菜)が送って来たらしい。
 
見ていると千里は最初その歌詞を朗読して、歌詞の持つ抑揚を確認していた。そして、そこから、いきなり五線紙に音符を記入していく。つまり日本語の抑揚に合わせて音の高低を決めているのだろうが、単純変換ではなく、歌詞の持っている「流れ」のようなものをうまく組み込んでいく。青葉はその作業が美事だと思った。
 
まるで人工知能が作業しているかのような作曲作業だが、この歌詞の持つ流れそのものを組み込むのはコンピュータには無理だと思った。そこにあるものをそのままの姿で感じ取る、感受性のようなものがないとうまくいかない。
 
そして千里はあれだけの事故に遭ったにもかかわらずその感受性は全く落ちていないように思えた。
 
結局千里はその2時間ほどでメロディーを完成してしまった。続きは明日またやるということである。
 

一緒にモスバーガーでお昼を食べた後、この日は三鷹市の体育館まで行き練習を始めた。
 
「川崎のレッドインパルスの体育館に行くんじゃなかったんだ?」
「それがなんか向こうの体育館は電気系統が故障してて1週間くらい使えないんだって。だからそれまでは各自ジョギングとかしていてくれという連絡があったんだけど、私はジョギングよりシュート練習したいから、空いてる体育館を探したんだよ」
 
「なるほどー」
 
川崎の体育館が使えないと連絡したのは《きーちゃん》に頼まれた《つーちゃん》で、(事務の)川西靖子の声色を真似て連絡したのだが、そのことを千里1は知るよしも無い。千里3が帰国するまでは千里1に川崎に行かれるとまずいのである。
 
しかしこの日の千里1は全然スリーが入らなかった。見ていると5本に1本くらいしか入らないようである。本人もずいぶん首をひねっている。千里姉がこんなにスリーを外すのは初めて見た、と青葉は球拾い係をしてあげながら思った。
 
「ちー姉、夕方からアクアのCD発売記者会見やるんだけど、ちー姉も来る?」
「パスで。私体調があまりよくないみたいだから悪いけど休んでる」
「それがいいかもね」
 
それで千里姉はまだ練習を続けていたが、青葉は14時すぎに姉と別れて体育館を出た。その後、何かあった時のため、千里姉の傍に笹竹を付けておいた。
 

青葉が体育館の後向かったのは、アクアの前マネージャー鱒渕水帆が入院している病院である。
 
青葉は、彼女の顔を見た瞬間、自分が変な顔をしないように抑えるのに苦労した。青葉の見た感じでは『助けようが無い』気がした。これよく4月に倒れて以来2ヶ月も持ちこたえたと思ったが、逆にそう考えると、この人の生命力が物凄く強いのかもという気もした。もしそうなら助かる一縷の望みもあるのかも知れない。
 
ともかくも青葉は彼女の手を握って、特に生命維持に関わる膵臓を中心にヒーリングをした。これは・・・毎日自分がヒーリングしてあげないとどんなに頑張っても年内には命の炎が燃え尽きると思った。しかし自分に助けられるかの自信も無かった。
 
青葉は結局鱒渕さん、及び、ずっと付いているらしい彼女のお母さんと色々話をしながら、1時間以上、病院に滞在した。
 

青葉は病院を出ると、今日の発売記者会見が行われる青山ヒルズに向かった。まずは14階にあるTKRのオフィスに行く。
 
元々★★レコードが14-15階の2フロアを丸ごと使用していたのだが、その内14階の3割くらいをTKRに又貸ししているのである。ここには千里や冬子たちが設立したドライバー会社★★情報サービスも1部屋★★レコードから又借りしている。ただ、その借り賃が結構高いので、駐車場の使える所に引っ越そうかという話もあるらしい。冬子のお友達の仁恵や琴絵が勤めている★★チャンネルも以前はここに間借りしていたのだが、現在は新宿の商業ビルに移転している。
 
記者会見はアクアが学校の授業を終えてこちらに出てくるのを待って18:00から行われる。一部の民放局の夕方の情報番組で生放送してもらえることになっている。
 

青葉は、コスモス社長、現在アクアのマネージングをしている沢村さん、TKRの三田原課長、そしてバックバンドであるエレメントガードのリーダー・ヤコと打合せをした。
 
だいたいの打合せをした所で三田原さんから
 
「大宮さん、お姉さんの醍醐春海さん、日本代表の方は残念でしたね」
と言われる。昨日の夕方バスケ協会のサイトで公表されたことをもうキャッチしているのは凄いと青葉は思った。一般のニュースに流れたりするような話ではないのに。
 
「済みません。ご期待に添えなくて」
と青葉が言うと、コスモスが
「事故に遭われたらしくて、その影響じゃないんですかね?」
と言う。
「交通事故ですか?」
「いえ。交通事故ではありません。ちょっと霊関係のトラブルなんですよ。他では言わないで欲しいのですが、今回は姉を含めて、私の把握している範囲で霊能者が10人ほどやられてしまいました。亡くなった人もあります」
 
「とんでもない悪霊か何かですか?」
「そんな感じです。でもこれ色々微妙な問題が関わるので、あくまで内密に」
「分かりました」
 
「その悪霊は今どうなっているんですか?」
とヤコが訊く。
 
「処理が終わりました。日本で最強の霊能者の人と姉とのコンビで何とか処理できたんですけど、その人も姉も重傷です」
「わぁ・・・」
 
「その問題自体は闇から闇の中へ」
「それがいいんでしょうね」
 
昨夜天津子と情報交換したのだが、東京駅で羽衣が千里姉の全パワーを借りて倒した“奇術師”(?)レフ・クロガーの素性はどうもハッキリしないらしい。昨年アメリカ国内のホテルでショーをしていた所をテレビ局関係者が見つけ、番組に出演させて突然話題になったらしいが、アメリカ国内で情報を集積しているいくつかのサイトでは、クロガーのそれ以前の経歴を知る人が全くいないので、外国人ではという憶測なども出ていたらしい。
 
『モールス』あるいは『ぼくのエリ〜200歳の少女』(どちらも同じ原作の映画化)などという映画もあったが、襲う対象をうまく選べば、吸血鬼は意外に発覚しないまま闇の中で生きていけるのかも知れない。ただ「普通の」吸血鬼にしてはクロガーはあまりにも強すぎた。ひょっとしたら数年に一度どこかでこの世の「ほころび」を通って漏れてくる邪悪な魂に支配された存在だったのかも知れないと羽衣は言っていたという。
 

17時頃、川崎ゆりこの運転する車に乗ってアクアが青山ヒルズに到着する。ゆりこも4月以降、かなりアクアのマネージングに駆り出されているようである。他には吉田和紗もゴールデンウィークのツアー以降、沢村さんを助けてアクアのサブマネージャーのような仕事をしているが「忙しい!」と言っていた。コスモス社長は彼女には、苦労を掛けたから来年にはデビューさせてあげるからねと言っているらしい。芸名も桜木ワルツと決まった。彼女も運転免許は持っているものの、さすがにまだ若葉マークの和紗が運転する車にアクアを乗せる訳にはいかないので、今日のドライバーは川崎ゆりこであった。
 
ゆりこは昨年は1年間に5万kmを走っており、結局2015年6月に東名で起こしたフェード現象による事故以降はほぼ無事故である。コスモスや紅川さんの信頼もあついようである。
 

18:00の時報とともに、エレメントガードの伴奏が始まり、アクアが今日発売されたCDの曲をいづれもショートバージョンで歌った。背景にはPVのアニメが流されている。
 
演奏が終わって、18:05くらいからコスモスにより、今回の歌の趣旨や説明などが行われた。その後質疑応答に入る。
 
「『ビキニの憧れ』ですが、PVに出てきた女の子がアクアさんに似ている気がしたのですが、アクアさんがビキニになっている訳ではないですよね?」
 
「お配りした歌詞を見て頂ければ分かると思いますが、ボクはビキニの女の子に憧れて見ている側です」
とアクアは笑顔で答える。
 
「1日に発売された写真集も見ましたが、アクアさん、ビキニを付けても物凄く可愛いのですが」
 
「あれはうまく乗せられて着てしまいましたが、個人的にビキニを着る趣味はありません」
とアクアは笑顔で答えている。
 
「ビキニの水着は個人では持っておられないんですか?」
 
「持っていなかったのですが、写真集が少しフライングで月末あたりから一部の書店に並んで以来、かなり私の所にファンの方から、ビキニの水着が送られてきています」
「その水着はどうなさるんですか?」
 
「いつものように、全国の福祉施設などに寄付させて頂くことになると思います」
「ご自分では着ないんですね?」
「ええ、一応ボクは男の子なので」
 

「『サンダーボルト〜青天の霹靂(へきれき)』ですが、雷に撃たれたような衝撃だと言って描写しているシーンが物凄くリアルなんですが、これはどなたか実際に雷に撃たれた方のお話とか聞いたのでしょうか」
 
という質問もある。
 
「姉の醍醐春海は実は、この4月に本当に雷に撃たれたんですよ」
と青葉は厳しい顔で答える。
 
記者たちが物凄く騒ぐ。
 
「傘を差していた所に落雷して、傘は燃えたのですが、姉は無傷で、一時的には意識を失ったものの、病院に運ばれて1時間ほどで意識を回復しました。その後丸一日検査されましたが、全く異常はないとのことでした」
 
と言いつつ、実際にはかなり脳内に異常があるよなあと青葉は思う。
 
「今日、醍醐さんがご欠席なのも、その影響ですか?」
「いえ、今回欠席になったのは、ちょうどバスケット女子日本代表の合宿をしている最中だったためです。ただ実際には姉は今回は日本代表から漏れてしまいました。やはり落雷の影響がプレイに出ているようで」
 
と青葉は言っておく。昨日の事故のことは、こういう場では言えない。
 
「やはり雷に撃たれたりしたら、色々影響が出るんでしょうね」
「はい。物忘れとかが酷いと言っていました。徐々に回復していくとは思いますが。でも自分が雷に撃たれたのを早速ネタにして、こういう曲を書いてしまう醍醐は、さすがプロ根性だと思いました」
 
と青葉が言うと、記者席には笑いが起きていた。
 

質疑応答は制作準備中のアクア主演の映画のことまで含めて1時間ほど続いたが、テレビの番組で生放送されたのは最初の15分ほどであったようだ。千里が落雷に遭った話なども生放送では流れていない(翌日のワイドショーなどでは取り上げられていた)。
 
記者会見が終わった後、アクアはいくつかの雑誌から引き続き取材を受けていた。そちらはコスモスたちに任せて青葉は20:12東京発の《はくたか577》で高岡に帰還した。
 

青葉はその週の土曜日、7月8日にはK大学と富山市のT大学との合同記録会があったものの、これはパスして!7月7日金曜日の授業が終わった後、今日の車の運転は明日香にお願いして、自身は金沢駅から新幹線に乗り東京に出た。疲れがたまっているので、新幹線の中ではひたすら眠っていた。
 
7月8-9日はアクアの夏休みのツアーや、冬に公開する映画の主題歌などに関する打合せをした。出席者は、プロデューサーの青葉、ディレクターの和泉、それにコスモス社長、三田原課長、映画の制作責任者さん、ツアーを主宰する★★クリエイティブの担当者である。
 
青葉は★★レコード系の打合せではやたらと人数が増える傾向があるが、TKRの場合はごく少数で突っ込んだ話をすることが多いなと思った。
 
今回の打合せでは、やはりアクアが昨年のサマフェスで倒れた問題があるので、いかにアクアを休ませるかというので、映画制作側とツアー側との意思統一を図った。昨年の場合は、映画関係者とライブ担当者がバラバラで動いていてそのしわ寄せがアクア本人に来てしまったという反省もあった。今回は映画の制作者側も協力的であった。
 

打合せは8日の朝から夜12時まで続き、いったん解散した後、9日のまた朝から夕方まで掛けてやっと終わった。全員くたくたになっていた。青葉は終わったらうちに来てと冬子(ケイ)から言われていたので、そちらに行ったが、冬子もアルバムの制作準備でかなり大変な様子であった。
 
「冬子さん、自分を棚に上げて言いますけど、疲れた身体で演奏してもまともな演奏になりませんからね。充分休養を取って演奏しないと、ライブとかに来てくださった方にも悪いし、CDを買ってくれた人もがっかりさせますからね」
 
「うん。ありがとう。気をつけるよ」
 
冬子は今回は特に何か用事があったのではない様子であった。音楽業界のことについていくつか意見を交わしたが、青葉も疲れているので、混乱していた気がする。話すつもりの無かった、先日のクロガーの東京駅での事件のことも大半を話してしまった気がした。
 
しかし千里姉がいったん死亡して蘇生したこと、その影響で霊的な能力をほぼ失っており、おそらくスポーツ選手としての能力や音楽の演奏能力、作曲能力などもかなり落ちて、回復には数年かかりそうだと言うと、冬子はかなりのショックを受けていたようである。ここ3年ほど、冬子は千里姉を自分の良きライバルと思って、頑張ってきていた感じであった。
 

青葉は翌7月10日、朝一番の新幹線で金沢に戻り、2時間目から授業に出席した。
 
7月13日(木)。学校から帰ると、青葉のもとに裁判所からの通知が届いていた。ドキドキしながら開封する。
 
《申立人の性別の取り扱いを男から女に変更する》
 
と書かれている。青葉は胸が熱くなって、涙が出てきた。
 
「どうだった?」
と心配そうに朋子が訊く。
 
「認可された」
と言って、一転笑顔になった青葉は通知を朋子に見せた。
 
「良かったね。これであんたも完全な女の子だね」
と朋子も笑顔で言った。
 

各種手続きはこの結果が戸籍や住民票に反映されるのを待ち、今月下旬くらいにすることにする。青葉は自分と同様、大学在学中に、性別だけを変更し、名前は変更していない和実に電話して、どことどこに届けを出すか、またその順序について確認した。千里も同様のはずだが、今精神的に不安定な感じでもあるし、千里姉は本当に21歳の時に性別を変更したのか、かなり怪しい気がした。だいたい17歳の時に作ったパスポートが性別Fになっていたというし!
 
「お店の方は最近どう?」
と和実に様子を訊く。
 
「凄く好調。やはりボニアートアサドや、TKRのアーティストのイベントを頻繁にやったことで、知名度があがって、利用者が多いからバス会社も仙台駅や一番町方面からの土日のバスの便を増やしてくれたんだよ」
 
「それは凄い!」
「町内会の方から、便利になったって感謝されたり」
「地域とうまくやっていけるのはいいね」
 
「結局、毎週土曜日は大規模イベントの貸切日ということになって、ボニアートアサドは月1回の登場で定演、そのほか、ζζプロのアーティストが2回と§§ミュージックの中学生の練習生を集めた信濃町ガールズが月1回定演することになって」
 
「その話、秋風コスモスさんからも聞いた。コスモスさんって遣り手だなと思ったよ」
 
「ボニアート・アサドが現役高校生だから、敢えて競合しにくいによう中学生限定にしたことで、ボニアート・アサドの妹分みたいに思ってもらえている感じと言っていた」
 
「そのあたりもよく考えているみたいね。もっとも中学生たちはタダで毎月新幹線に乗って仙台旅行が出来るというのを喜んでいる雰囲気もあるみたい」
 
「楽しいだろうね」
 

「それで毎週日曜日はカフェは通常運用で、午後5時間にわたってTKRのアーティストの連続ライブ。土日に営業するから、代わりに月曜日あるいは連休の翌日はお昼時と夕飯時だけの限定営業にして、私とライム・マキコの3人だけでやることにしている」
 
「平日のお客さんって、どういう層なの?」
「近所のオフィスに勤めている人。これはそんなに多くないけど、近くにあまり食べる所が無かったから助かったと言われてる。それから、近くにT大農学部の付属農場があるんだよ」
「へー!」
「そこの学生さんがお昼食べにとか、演習が終わった後、寄ってくれるんだよね」
「それはいいね」
「昼間、店を閉めている時は『現在ハイバネート中です。このボタンを押すと、リジュームします』と書いている。いつでも私は自宅の方に居るし」
 
「あ、その表現いいな。でも希望美ちゃんを放置してお店に出て大丈夫?淳さんはなかなか仙台に来られないんでしょ?」
 
和実の家は実質和実と赤ちゃんの希望美だけで住んでいる状態である。
 
「月曜日はトワイライトがお休みだから、お姉ちゃんがたいてい来てくれているんだよ」
 
「なるほど!」
 
トワイライトというのは、和実の姉・胡桃が石巻市で共同経営者になっている美容室である。
 
「一応、お店にベビーベッド置いてるから、そこに寝かせて仕事することもある」
「そういう体制もできてるんだ!」
 
「まだ平日にライブやってくれるアーティストは10組しか確保してないんだよね。常時募集中。私が聞いてみて一応人に聞かせられるレベルかなと思ったら仮採用でライブをしてもらって、3回のライブの間にイイネボタンを10個以上押してもらったら、再度3回演奏決定」
 
「ああ、それも面白い。イイネボタンってあるんだ!」
「うん。客席に取り付けた。伊藤君に工作してもらった」
「伊藤さん、かなりクレールにハマり込んでない?」
「管理部長に任命しようかと言ったけど、もっとハマりこみそうだからパスと言っていた」
「ああ」
 

青葉は13日の夜は母とふたりで市内の割烹料理店に行き、性別が変更できたことの、ささやかなお祝いをした。桃香に連絡すると、おめでとうと言って、祝福してくれた。千里はさっきまで一緒に居て夕食を食べたんだけどということだった。それで千里の携帯に掛けてみるもつながらない。それでメールを送っておくことにした。
 
が・・・3つ電話番号が登録されていることに青葉は悩む。
 
どれでもいいよね〜。と思って、適当にひとつ選んで送ったら、即返事があり《おめでとう!これで青葉も立派な女の子だね。今から練習なんで明日また連絡するね》
ということであった。
 
この時間から、練習!?と青葉は驚く。
 
きっと・・・自分の力が落ちたのを自覚して、物凄く努力しているのではないかと青葉は考え、自分も頑張らなくちゃと思った。
 
(青葉が送ったのは千里2のメールアドレスで、千里2はこの時間帯から、アメリカ・フィラデルバーグでスワローズの練習が始まる所であった)
 

バスケット協会は翌7月14日(金)、大野百合絵の怪我に伴い、村山千里を日本代表に緊急召集したことを発表した。
 
このニュースに一番驚愕したのが青葉である。
 
青葉はすぐに千里に電話した。
 
最初3つ並んでいる電話番号の中の2番目に掛けたのだが、ずっと呼び出し音が鳴るだけでつながらない。それで青葉は1番目の番号に掛けてみた。
 
つながる。
 
「代表復帰おめでとう」
「ありがとう。こちらも昨夜は電話できなかったけど、性別変更の認可、おめでとう」
「ありがとう。嬉しいんだけど、本当に私、女の子ということでいいのかなあ、赤ちゃんも産めないのにとか思ったりして」
 
「青葉は赤ちゃん、産めると思うよ」
「うーん・・・」
 
「でも私も、春先から調子落としていたからね。4日にはほんとにふがいない試合してしまって。代表から落とされて、ちょっと奮起したよ」
 
「ちー姉、電話を通してもパワーが伝わってくる。だいぶ元気になったね」
 
正直、千里姉がこんなにパワーを回復させているのが信じられない思いなのである。千里姉はどこかにパワーの貯金でもあったのか!?
 
「うん。まあ打たれ強いのが私の長所だし。ただごめん。しばらくは、青葉を霊的にはサポートしてあげられないかも」
「うん。いいよ。そちらはちー姉の回復を待つから、焦らず回復に努めて」
 
青葉もここ数年、霊的なお仕事で千里姉に頼りすぎていたかも知れないなと思い、本当に独り立ちできるように頑張ろうと思った。
 
今回の事件では菊枝も重傷を負っていて、何かの時に頼れる人が居ないことを青葉は自覚している。
 
「私も20歳になったし。頑張らなくちゃ」
と青葉は自分に言い聞かせた。
 
なお、青葉は3つ並んでいた電話番号の内、今つながらなかった番号は削除した。
 
(つまり青葉のアドレス帳には千里2と3の携帯番号、および用賀のアパートの家電番号が残った)
 

7月24日(月)、青葉が学食でお昼ごはんを食べていたら、40歳くらいの男性が水泳部の3年生(青葉の1学年上)皆山幸花と一緒にこちらに来る。
 
「ね、ね、青葉ちゃん、この人の話良かったら聞いてあげてくれない?」
と幸花は言う。
 
「はい?」
 
「初めまして。私(わたくし)、こういう者です」
と言って、男性は
 
《〒〒テレビ株式会社 制作部ディレクター 神谷内大》
 
と書かれた名刺を出した。
 
「初めまして。川上青葉と申します。そちら様のお名前は、「《かみやち・ひろし》さん?《かみやぢ・ひろし》さん?」
 
と青葉は尋ねる。
 
「さすが地元の人ですね。《かみやぢ》です」
と彼は答えた。
 
「苗字が3文字で名前が1文字なもので、2:2で切って《かみや・ないだい》とか読まれてしまうこともあるんですよ」
 
「まあ山環(金沢外環状道路山側の略称)に神谷内(かみやち)インターがありますし、谷内という苗字はこの付近では《やち》あるいは《やぢ》と読むことが多いですから」
と青葉は言う。
 
「そうなんですよね。地元の人だとそれで分かっちゃうんですよ。あれ?でもあなた、イントネーションが北陸の人ではないですね」
 
「はい。埼玉県の大宮で生まれて、岩手県の大船渡で育ちました。もう北陸に来てから6年半経つんですけど、北陸のイントネーションになってくれないです」
「なるほどですねー」
 

「それでちょっとご相談なんですが、川上さんは日本で五指に入る霊能者とお伺いしまして」
 
「それはさすがに大げさだと思います。口コミで私にできる程度のご相談事に対応しているだけなんですよ」
 
「それでは、もし対応できそうでしたら、ご相談に乗っては頂けないかと思いまして」
「どういうことでしょうか?」
 
「実はこの春頃から、金沢市内を中心にタクシーただ乗り幽霊が出没しているんですよ」
「タクシーただ乗りですか」
 
「こちらで取材して信頼がおけそうだと思った報告が3件なんですが、信頼性がハッキリしないものも含めると20件くらい起きているようで」
 
「それは随分多いですね」
 
「実はうちのテレビで夏なので怪談特集でもやろうと言ってネタを探していた時に、この噂にぶつかったんです。それでこれが発生した場所の地図なんですが」
 
と言って彼は地図を広げた。
 
「明らかに旧国道8号付近に集中していますね」
「そうなんですよ!」
 
青葉はその地図の中に、昨年《飴買い幽霊》の事件で訪れた光覚寺もあることを認識した。
 

「でも〒〒テレビさんなら、こういうお話なら、慈眼芳子さんがなさらないんですか?」
と青葉は訊いた。慈眼芳子さんは金沢近郊在住の霊能者で、しばしば〒〒テレビ制作の深夜番組に登場して、石川県内のミステリースポットを探訪したり、不幸な人生を送ってきた人に優しいアドバイスをしたりしている。
 
「実はですね。芸能人とかではないので、ご家族の意向もあって公表していないのですが、慈眼さんは、肝臓癌で闘病中なんですよ」
 
「そうだったんですか!」
「入退院を繰り返している状態で。とても事件の依頼とかができる状態ではなくて。それで誰か、信頼できそうな霊能者さんがいないかなと言っていた時に、皆山さんが、凄い人知っているとおっしゃったもので。
 
「ごめーん。去年の事件のこと話しちゃった」
と皆山幸花は言っている。
 
「幸花さん、テレビ局でバイトか何かしてるの?」
「アシスタント・ディレクター」
「すごーい!」
「要するに雑用係」
 
「まあそれが実態だよね」
と神谷内さんは笑いながら言っている。
 
キー局だと多数の正社員がいるが、地方局は予算が無いので、バイトあるいはボランティアのADにかなり頼っているらしい。幸花の場合も一応バイトではあるものの、かなりの薄給でボランティアに近いと神谷内さんが言っていた。
 
 
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【春雷】(1)