【春雷】(2)

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「それで昨年、金沢では大いに話題になった、女性が交通事故に遭った後、自宅で死亡して、死後出産した事件を解決したのが川上さんだと聞きまして」
 
青葉はそっちの話で良かったと思った。春に起きた水泳部長連続不審死事件はあまり突っ込まれたくない。あれは関係者の幸福のため、敢えて事実をねじまげてしまったところが多い。
 
「あの事件は、私、最初にお母さんの死後、生まれていた赤ちゃんを発見しただけです、と言いたい所なんですが、幸花さんが話してしまっているのなら、今更ですね」
 
「そのあたりはあまり突っ込みませんので」
「お願いします。あの事件はたまたま解決できましたけど、私にできることは限られています。あまり凄い人だと誤解されて依頼が殺到すると、私、学生生活が成り立たなくなってしまうので」
 
「ああ、そうでしようね。何でしたら番組上仮名にして、顔も隠してもいいですよ」
 
「そのくらいしてもらうと助かるかも知れません」
 
「何かいい仮名ありますかね」
と神谷内さんが言った時、隣の席に座っていた星衣良が
 
「金沢コナン」
と突然言う。
 
「何それ〜〜!?」
「金沢市内の大学に通学しているし、金沢のテレビ局に出演するなら、苗字は金沢でいいと思う。青葉の誕生日5月22日はアーサー・コナン・ドイルの誕生日」
 
「私、探偵とかじゃないけど?」
「霊界探偵だよ」
 
「あ、その霊界探偵っていいですね!《霊界探偵・金沢コナン》というのはどうです?」
と神谷内さん。
 
青葉は頭を抱えた。うん。放送業界ってこういうノリなんだよ。
 
青葉は東京方面でさんざんテレビ局関係者とも関わっているので、こういう流れも何度も経験している。
 
「コナンは例の番組のイメージが強すぎるので《金沢ドイル》くらいでは?」
「ああ、それでもいいですよ」
 
ということで青葉の番組上の仮名は《金沢ドイル》になってしまった。
 

何だか仕事を受けたのか受けてないのか曖昧なままの状態で、ともかくも、事前調査に出かけてみることにする。
 
青葉はテレビ局側の調査で信頼できるという判断になった、3人のタクシー運転手さんに話を聞きに行くことにした。局から急遽カメラマンを呼び出し、助手の幸花と併せてテレビ局側3人に青葉で赴き、話を聞く所を撮影しておく。実際に使うかどうかは、あとで編集段階で判断することにするし、青葉がこれは出さないでくれと言ったものは基本出しません、と神谷内さんは言っていた。この人、霊的なものに理解があるようだなと青葉は思った。それにこの人自身若干の霊感があるようである。
 

3人の話はだいたい似たようなものであった。
 
倉田さんという30代の男性運転手は、深夜2時過ぎに片町の近くで乗せ、森山方面と言われて走り、光覚寺の近くで居なくなっているのに気付いたということであった。飴買幽霊絡みの光覚寺が明確に出てきたので、青葉も腕を組んで考え込んだ。
 
真木さんという20代の男性運転手は、明け方4時頃に、金沢東警察署の近くで乗せ、津幡方面と言われて走っていたが、森本駅をすぎたあたりで居なくなっているのに気付いたという。
 
北塚さんという40代の女性運転手は、午前3時近くに森本付近で乗せ、香林坊方面にと言われて走っていたが、浅野川大橋を渡る時に、居ないことに気付いたという。
 
なお、この3台のタクシーは全てドライブレコーダーが付いていなかった。各々のタクシー会社では、やはりドライブレコーダーを付けた方がいいよということになり、倉田さんの会社ではその後全車に取り付けたし、他の2社でも現在取り付ける方向で準備中らしい。
 
しかし、この3人は全員旧8号線の“城北大通り”を走っている。テレビ局側でまとめてもらった資料でも、だいたいその付近に集中している感じである。青葉はやはりこの通りに何かあるのではないかと考え、テレビ局の車で橋場交差点から、梅田ICまで、城北大通りを往復で走ってもらった。しかし青葉の琴線に引っかかるものは無かった。
 
青葉はこの後、大学の試験と、苗場ロックフェス、更にはその後、東京での音源制作があるので、続きはその後でもよいかと尋ねた。
 
「ロックフェスはもしかして出演なさるんですか?」
「はい。ローズ+リリーの演奏スタッフになっているので」
「それは凄い!」
「その後の音源制作もローズ+リリーのアルバムの制作なんですよ」
 
テレビ局は8月中に放送できればいいのでと言っていた。お盆の期間はさすがに音源制作はお休みになると思うので、その時に再度調査したいと言って、了承を得たが、自分が戻ってこなかったら、ここまでの取材内容だけで番組にしてしまうのでは?という気がした。
 

7月28-30日は苗場ロックフェスティバルが行われ、冬子からぜひ参加してもらえないかという打診があっていた。しかし困ったことに今年はちょうど大学の試験期間とぶつかってしまった。それで断るつもりだったのだが、世梨奈が
 
「青葉、今年も行くよね?」
と言ってきたので、土日でもあるし、まあいいかと思い、参戦することにした。
 
世梨奈は26日の新幹線で越後湯沢に入って27日の前夜祭から見ていたのだが、青葉は28日(金)の試験を受けた後、こういう連絡で越後湯沢に行った。
 
金沢18:09 (はくたか574) 20:25高崎20:31 (Maxたにがわ343) 20:56越後湯沢
 
青葉は17時半には金沢駅に着いたので17:55の《かがやき514》にも間に合ったのだが、最速達の《かがやき》は(全列車)高崎駅に停車しないので、長野で乗り換える必要があり大変である。その次の《はくたか》の方が楽なのである。《かがやき》に乗っても到着は20:42なので大差無い。
 
青葉たちの1つ下の学年で富山のT大学に進学した久本照香も26日に越後湯沢入りして世梨奈と行動を共にしている。青葉は2日遅れで一行に参加することになった。彼女たちはこの後、そのまま東京に入り、ローズ+リリーのアルバム制作にも参加するということであった。青葉は試験があるのでいったん金沢に戻り、8月3日まで試験を受けてから、東京に向かい、そちらに参加することにする。
 
今年のローズ+リリーのアルバム制作は、参加者を一同に集めて短期決戦になったようである。スコアは全て完成しており、参加者には7月19日までには送られて来ていた。青葉も勉強その他の合間を縫って、練習に励んでいた。
 

苗場は雨である。
 
「今日も1日雨だったけど、明日も明後日も雨の予報」
とトラベリングベルズの海香さんが言っている。
 
青葉は28日22:00からの、KARIONとローズ+リリーの合同打合せに出ていた。両方の演奏者に結構な重複があるので、まとめてやっちゃえということになったらしい。このあたりも冬子(ケイ=蘭子)のスケジュールが厳しいので、できるだけ彼女の負荷を小さくするための処置でもあったようだ。
 
「雨が凄かったのというと、2008年だか2009年の苗場は落雷まであったね」
と小風さんが言っていた。
 
「電源が落ちて真っ暗になったからね」
「まあその隙に、蘭子はダミー演奏者と入れ替わって、本当に演奏したんだけどね」
 
「落雷は今年のカウントダウンライブでもありましたが、怪我人が出なくて良かった」
と風花さん。
 
「2009年だったかの雷雨でKARIONの演奏中に落雷して変電施設がやられた時も、怪我人は出なかったね」
 
「あれは結構な大事故だったみたいで、あれで怪我人が出なかったのは本当に奇跡的だったと思う」
 
「山に雨や落雷はつきものだからなあ」
「一応ここの会場には避雷針は設置しているらしいよ。2009年の落雷事故の時はたまたまそのエリアだけ避雷針の保護範囲の外だったらしい」
 
「ローズ+リリーのカウントダウンライブの場合は、会場全体がしっかり避雷針に守られていたんだよね。あの落雷した電柱だけギリギリ保護範囲の外だった」
「更にその電柱自体の避雷回路が壊れていた」
 
「避雷針を45度で見上げる所までが保護範囲だっけ?」
「そうそう。苗場では、あの事故の後、ちゃんと変電施設を守る避雷針を設置して、他にも漏れている所がないか再調査したらしい」
 
「常陸ロックフェスティバルとかは、クレーン車に避雷針積んで対策したりしているらしいね」
「なぜ常設しない?」
「さあ。国有地だから色々難しいのかもね」
 
そんな会話を聞いていて、青葉は何か頭のどこかに引っかかったような気がしたのだが、その時は分からなかった。青葉がその問題に気付くのは数年後である。
 

「そういえば、青葉ちゃんは正式に女の子になったらしいね」
と七星さんが言う。
 
ちょっと待て。どこから七星さんにその話は伝わったんだ!?
 
「正式に女の子になったって、性転換手術したの?」
「青葉は性転換手術は中学生の時に済ませている」
「小学生の時に性転換したケイよりは遅いな」
「青葉のお姉ちゃんの千里さんも小学生の時だっけ?」
「確か、ケイが小学2年生の時で、千里が小学4年生の時」
 
ケイはもう、苦笑している、
 
「そういえば今年は千里は来てないの?」
「姉は日本代表でインドに行っているんですよ」
「インドか!」
「それではさすがに苗場まで呼び出せないね」
「F-15でも往復できない?」
「あれ超音速で飛ぶと500kmほどで燃料使い果たしてしまうから」
「車も500kmくらい走ると燃料タンクが空になるな」
 
と話はどんどんずれていく。
 
が花野子(ゴールデンシックス)が元に戻してしまう。なぜこの人までここに居るんだ?
 
「それで青葉ちゃんが正式に女の子になったというのは?」
と花野子。
「裁判所から法的な性別変更の認可が下りたらしい」
と七星さん。
 
「おぉ!」
「それはめでたい」
「今日は法的性別変更を祝して飲み明かそう」
という意見も出るが、
「本番前の飲酒は禁止」
とKARIONのマネージャー花恋が言っている。
 
この人も貫禄ができてきたなあ、と青葉は思う。最初KARIONのマネージャーになった頃は、おどおどしていた感じもあったが、今や年上の黒木さんやわがままな美空に対しても、キッチリ物を言うようになっている。好き嫌いの激しい小風も彼女のことは信頼しているようだ。
 

今年の苗場の主なステージの出場者はこんな感じである。
 
Jステージ(1000人)
28 品川ありさ、高橋ひろか、西宮ネオン、姫路スピカ、白鳥リズムなど29 ムーン・サークル、ボニアート・アサド、川崎ゆりこ、など
30 遠上笑美子、鈴鹿美里、立山みるく、など
 
Hステージ(5000人野外)
28 三つ葉、オズマドリーム、XANFUSなど
29 ラビット4(さくら組)、南藤由梨奈、貝瀬日南、KARIONなど
30 山森水絵、丸山アイ、桜野みちる、ゴールデンシックス、AYAなど
 
Rステージ(5000人屋内)
28 Wooden Four、スカイロード、シュールロマンティックなど
29 ラビット4(いちご組)、スリファーズ、ローズクォーツなど
 
Fステージ(1万人)
28 バインディング・スクリュー、スイート・ヴァニラズ、など
29 スウィンギング・ナイツ、ナラシノ・エキスプレス・サービス、ラララグーンなど
30 ステラジオ、スカイヤーズ、サウザンズ
 
そしてメインのGステージ(4万人)はこのようになっている。
 
29日
1100-1200 アクア(日本)
1300-1400 リダンダンシー・リダンジョッシー・スペシャル(日本)
1500-1600 ウォーター・ライフ(アメリカ)
1700-1800 レインボウ・フルート・バンズ(日本)
1859-1959 セカンド・ディメンション(スペイン)
2100-2200 シャングー(イギリス)
 
30日
1000-1100 金属女給(日本)
1200-1300 ブルーライト・トラフィック(ブラジル)
1400-1500 ハイライト・セブンスターズ
1600-1700 ザルツィッヒ・ザッハトルテ(ドイツ)
1800-1900 ローズ+リリー(日本)
2000-2100 Dream Waves(日本)
2200-2300 ジャムジャム・クーン(アメリカ)【Head Liner】
 

リダンダンシー・リダンジョッシー・スペシャルはメインボーカルの信子が産休中なので、代わりに誰か(?)が女の子の格好をして(!)ベースとボーカルを演奏するらしい。
 
「誰か」は発表していないものの、誰なのかはほとんど明らかだとネットの論客たちは言っていた。信子・フェイ・ヒロシ・丸山アイの4人が仲良しなのは知られている。4人ともベースは弾ける。
 
「デビュー前に都内の銭湯で親しくなったという噂があるよな」
「それ男湯なの?女湯なの?」
「うーん・・・」
「さすがにヒロシは女湯には入れないだろう?」
 
「フェイは男湯での目撃情報も女湯での目撃情報もある」
「丸山アイも男湯での目撃情報、女湯での目撃情報がある」
「その2人はどうも常習犯っぽい」
「マジでその内、逮捕されるんじゃないの?」
 
「信子は男湯に入るのは無理だと思う。デビュー直前まで外見的には男を装っていたらしいけど、半陰陽だったのは生まれつきだろ?」
「修学旅行は不参加だったと聞いた。お風呂で性別がバレるからだろうな」
 
「結局4人が会ったのは男湯女湯どちらなんだ?」
「どちらもありそうで怖い」
 

さて今回、わざわざ「女の子の格好をして」と書かれているので、元々女の子である丸山アイではない。フェイは直後に自分のステージがあるので、自分の本番は翌日であるヒロシであろうというのが多くの人の推測であった。
 
「実はローズクォーツのタカだったりして」
「まさか。世代が全然違うし」
 
信子やヒロシたちは1994年度生まれだが、タカは1981年度生まれである。
 
しかしXANFUSの音羽(織絵)さんなどが言うように、日本のポピュラー音楽界の中心がKARION, XANFUS, ローズ+リリーといった08年組(91年組)の世代から、その次の世代である、ハイライト・セブンスターズ、レインボウ・フルート・バンズ、リダンダンシー・リダンジョッシー、金属女給といった94年組世代に移りつつあることを青葉も感じた。
 
少し前までは、この付近には80年代前半生まれの、スカイヤーズ、サウザンズ、スイート・ヴァニラズなどがいたのだが、その世代は現在はFステージに移動している。
 

28日(金)は合同の打合せが終わった後、青葉は、世梨奈・照香と3人で一緒に、ホテルの一室でおやつをたべながら、おしゃべりしていた。
 
1時頃、そろそろ寝ようかと言っていた時、青葉のスマホに着信がある。千里である。
 
「はい?」
「明日の朝はアクアを見に行くよね?」
「あ、うん」
「朝1番のシャトルバスでは間に合わないから」
「うっそー!?」
 
「泊まり込み組でほとんど埋まってしまう。マリちゃんに伝えると交通手段が確保できると思うよ」
「連絡してみる。あれ?ちー姉、試合は?」
 
「勝ったよ。3点差だった。1点リードの状態から。王子(きみこ)が相手のシュートをブロックして、そこから純子が残り1秒でゴールを決めて3点差で何とか勝った」
 
「凄い接戦だったね!これで決勝戦進出だね」
「うん。優勝して帰るから。あ、インドのお土産、何がいい?」
「そうだなあ。地元のお菓子か何かでも」
「OKOK。あ、それと明日だけど」
「うん」
「青葉、出番の予定は無いだろうけど、サックスとフルート・龍笛は持っていった方がいい」
「分かった」
 

電話してきたのは実際にはアメリカに行っている千里2である。インドでは準決勝が終わって1時間ちょっとした所であるが、アメリカでは午前中のスワローズの練習が終わった所だった。千里2はこれから夕食(?)を食べてから、日本に戻り深川の体育館で3時間、ひとりで練習をする予定である。
 
青葉は念のためタクシー会社数軒に電話してみて予約が取れないことを確認した上で、政子に電話した。
 
夜中の1時は政子にとっては普通の人の夕方7時くらいの感覚なので、遠慮せずに電話できる。と思ったのだが、実際には政子は彼氏の大林さんと一緒だったようで(政子が電話を取った瞬間、青葉には向こうの部屋の様子が見えてしまった)、ちょっと悪かったかなと思った。
 
「お邪魔してすみません。千里姉が、明日のアクアのライブを見たかったら、越後湯沢を朝4時には出ないと無理と言っているのですが」
 
「うっそー!?だったら何とかする」
「もし出演者特権で、タクシーか何か調達なさるなら、2台確保できませんか?今、念のためタクシー会社3つほど電話してみたのですが、どこも予約が一杯らしくて」
「ひぇー。取り敢えず聞いてみる」
 
政子からの電話は10分後にあった。
 
「矢鳴さんが運転して、エルグランドで朝4時に往復してもらえることになった。運転手を入れて8人乗るから、こちら私と冬と小風と美空の4人。そちらは?」
 
「私を入れて3人なんですが」
「だったら乗れるね。じゃ朝4時、ホテルの玄関前で」
「ありがとうございます」
 
矢鳴さんは本来は千里姉の専任ドライバーなのだが、千里姉がインド遠征中なので、バックアップのために越後湯沢にローズ+リリー専任ドライバーの佐良さんと一緒に来ているようである。
 
それで明日は4時出発ということで、全員すぐ寝ることにした。
 
「寝坊したら置いてけぼり」
「OK」
 

それで各自自分の部屋に戻って寝た。
 
青葉は朝3時半に起床。念のため世梨奈・照香にメールを入れる。相変わらず雨が降っているようなので、レインコートを着て、お腹と足にはホッカイロも装着し、荷物はサックスケース(防水カバーを掛ける)以外は、リュックとウェストポーチにまとめてから部屋を出る。
 
廊下で世梨奈・照香とは一緒になる。玄関前で待っていたのだが、矢鳴さんはスタンバイしていて、遅刻常習犯の美空も来ているのに、最後に来たのが政子本人だった。ケイが結局、大林さんの!携帯に電話して起こしてもらったのである。
 
「ごめんごめん」
と言って乗り込み、会場に向けて出発した。実際には助手席に乗った青葉以外、全員、車の中で熟睡していたようである。
 
「大宮先生も寝ていてください」
と矢鳴さんは言うが
「大丈夫です。せめてものおしゃべり相手で」
 
と言って、青葉は千里のことをネタにして随分矢鳴さんと会話した。
 
千里は昨年も前半はリオ五輪に向けての合宿・遠征が続いたので、その間、矢鳴さんは長期休暇を取ったり、他の人のバックアップに回ったりしていたらしいが(やはりマリ・ケイのバックアップが多い)、今年も同じパターンになっているという。
 
「矢鳴さん、オーリスも運転なさいました?」
「はい。ゴールデンウィーク直前に購入なさったようですね。ですから今、アテンザ、ミラ、オーリスの3車体制です。それでも足りないみたいで大阪からプラドを借りてきたのが3回あったかな」
 
「ああ、やはり千里姉は3〜4人いる感じですね」
「それは最初から感じてました。たぶん醍醐先生は5〜6人おられます。東京で醍醐先生のミラを運転した直後、電話で呼ばれて新幹線で高崎に移動してそこでまた醍醐先生のアテンザを運転したこともありますし」
 
むろんそれは実際にはどちらかが、あるいはどちらもが、千里に擬態した眷属なのだろう。
 
矢鳴さんも相手が妹の青葉なので、本来なら守秘義務から他人には言わないようなことまで、結構、言うようである。
 
しかし千里姉は・・・落雷に遭っても、東京駅であんな事故にあっても、自在に眷属たちを操っているようだなと青葉は感心した。
 

1時間ほど車で走り、5時頃に会場に着く。相変わらず雨が酷いので、冬子と青葉が持っている楽器は矢鳴さんにKARIONの控室に持っていってもらうことにした。彼女にはKARIONとローズ+リリーのスタッフ証を発行してもらっているので、今日も明日も出演者控室のあるパフォーマーズ・スクエアに出入りすることができる。
 
荷物を彼女に任せて、青葉たちがGステージに行ってみると、入場しようとしている人の長蛇の列ができていた。場内整理の係の人が「○万○千人」という立札を立てている。青葉たちが並んだ所からすぐ後ろに「3万1千人」という札が立てられた。
 
Gステージは本来4万人入るのだが、アクアの出番の時だけ、不測の事態を避けるため、会場内を小さなブロックに分割して、移動を禁止している。そのため3万5千人くらいまでしか入らない。本当に4時に出てきて良かったようである。青葉は千里姉の霊感、戻ってるじゃん!と思った。元々千里姉は色々御神託を無意識に受信してしまうのだが、おそらく、その受信能力が回復したのだろう。
 
青葉は千里姉の回復速度に驚いていた。
 

5時半には「Gステージはもう満員です」というアナウンスが流れた。それでもキャンセルする人が出るのを期待して列の後尾付近で待機している人がけっこう出ているようである。
 
待っている人の列が往来の妨げになっているので朝7時くらいから客をGステージに入れ始めた。スタッフの手配の都合で、この時間にならないと、会場内での受け入れ体制ができなかったのである。青葉たちも7時半くらいには中に入ることができた。いちばん後ろのブロックなので政子が「ステージまで遠い!」と文句を言っていたが、泊まり込んでいた人たちにはかなわない。
 
「来年はもう抽選になっちゃうかもね」
「どうしても見たければスタッフになっちゃうか」
「それ狙っている人、けっこう居ると思う」
 
9時になるとステージ内の出店が営業を始め、焼きそば、おでんなどに長蛇の列ができていた。いくらレインコートを着ていても雨の中立って待っているのは体力を奪われる。夏ではあっても暖かいおでんはありがたい。青葉たちもじゃんけんして、負けた青葉と小風でおでんを買ってきて、みんなで食べた。
 
「青葉ちゃん、霊感でじゃんけん勝てないの?」
と小風に訊かれる。
「勝てるということは負けることもできるんですよ」
と青葉は答えた。
 
「わざとか!」
「他の人には内緒に。冬子さんとか、自分はホテルで寝ていたかった、みたいな顔してましたし。まだ私は体力がありますから」
「和泉はそれで寝てると言って寝てたけど、冬は政子に強引に引き出されたみたいね」
「たいへんですね」
「こんなに雨が降っていると地面に横になることもできないから辛いよ」
 

演奏が始まったのは11時である。会場に到着してから待ち行列に2時間半待ち、会場内で3時間半待った。その間ずっと雨が降っているのでずっと立っていなければならず、かなりの重労働であった。座ったのはトイレに行った時だけである。(トイレ内で瞬眠を起こした!)
 
しかしエレメントガードをバックに歌うアクアは、ひじょうに魅力的でパワフルであった。この子も日々凄いハードスケジュールで動いているのに、ほんとに元気だなと思った。
 
例によって、興奮しすぎて、ブロックから飛び出して走り出したりして、スタッフに取り押さえられる子がいる。後から聞くと退場者が34人出たらしい。ロックフェスはチケットが高額なので、元々観客の年齢層は高いはずなのだが、それでもこの事態である。
 
内訳は、迷惑行為12名、演出を妨げる行為6名、録画録音機器の使用16名だったらしい。撮影しようとして退場をくらったのは年齢の高い人が多く、撮ってはいけないことを知らなかったと多くは言っていたらしい。アクアのライブではフェスのスタッフだけでなく、このライブ専任の熟練したスタッフを1000人以上入れているので、スマホなどで撮影しようとすると即見つかる確率が高い。
 

マリもかなり興奮して見ていて、ケイに抑えられていたが、
 
「今日のアクアは凄く女の子っぽくていいね!」
と言っていた。
 
確かに青葉自身、最初アクアがステージに出てきた時に、一瞬女の子の影武者?と思ったくらい、今日のアクアは女の子っぽかった。たぶんアクアの感情の波が女の子の方に揺れていたのだろう。
 
衣装はたぶん遠くからも視認しやすいようにだろうが、王子様のような衣装で、いくら雨の中でも、あれは暑くないか?と少し心配になった。
 
なお、ステージは楽器などが雨に濡れないように屋根があるのだが、アクアはステージの最先端まで出てきて歌っていたので、結構雨にも濡れたのではないかと思う。
 
昨年は途中で倒れたりして騒ぎになったのだが、今年はそういう事故もなく、一昨年のように観客が制御できなくなったりすることもなく、無事1時間のパフォーマンスを終えた。アンコールのコールが凄まじかったので、1曲だけアンコールをした。
 

青葉は(アンコール前の)最後から2番目の曲の演奏が始まったあたりで、後のことは小風にお願いして、(アクアのスタッフ証を見せて)ブロックを出る。そしてステージに向かった。何度か会場スタッフに呼び止められたものの、スタッフ証を見せると行かせてくれた。
 
楽屋口の所にはTKRの顔見知りの男性が居る。その人は顔パスで中に入れてくれた。やがて演奏が終わりアクアがステージから降りてくる。
 
「お疲れ様」
と声を掛ける。
 
アクアはさすがに
「疲れたぁ」
と言って、用意してあった簡易ベッドに横になる。青葉は彼女じゃなかった彼の手を取ってヒーリングする。
 
ほんとに今日の龍虎は女の子っぽいなと青葉は思った。うっかり「彼」ではなく「彼女」と言ってしまいたくなる。青葉は1時間のパフォーマンスで疲労がピークに達している龍虎の身体を癒やしていった。
 
10分くらい休ませてから脱出させる予定である。
 
ところがアンコールの拍手とコールが鳴り止まない。コスモス社長が運営の人と話している。
 
「龍ちゃん、どうする?無理はしなくていいけど、時間的には1曲だけアンコールしてもいいと運営さんの話」
 
「やります」
と言ってアクアは起き上がると、
「川上先生、ありがとう」
と笑顔で言い、屈伸運動などしている。そしてポカリスウェット500ccを一気に飲むと、化粧水入りウェットティッシュで顔を拭き、笑顔を作ってステージに向かった。
 
青葉はその姿をやや不安な表情で見送る。
 
アクアがステージへの階段に足を掛けた瞬間《画像が一瞬乱れる》ような感覚があった。へ?と思って、青葉は目をこする。しかしアクアは元気に階段を上り、ステージに立つ。そしてアンコールへの御礼を観客に言うと、予めアンコール用に用意していた『想い出海岸』を歌い始めた。
 
この曲のクレジットは加糖珈琲作詞・東郷誠一作曲ではあるが、加糖珈琲は葵照子の変名であり、東郷誠一の名義になっているが本当は醍醐春海の作曲、ということに世間的にはなっているものの、実際に書いたのは青葉である、という、やや複雑な曲である。
 
しかし、青葉は凄い!と思った。1時間歌い続けて、くたくたになっているはずなのに、歌に全く疲れが感じられない。元気いっぱいの歌声である。近くに居たコスモスまで「信じられない」などと言いながら、首を振っている。
 
「アクアちゃんのバイタリティって信じがたいですよね」
 
と言っている女性は
《§§ミュージック株式会社アシスタント アクア担当 高村友香》
という名刺をくれた。
 
最近アクアのサブマネージャーに就任したとのこと。関東のイベンターで主としてセミプロ・アーティストのお世話を5年ほどしていたという。彼女はライブやテレビ出演などの付き添い・送迎が主たるお仕事である。運転免許もイベンター時代に仕事の必要で大型免許を取得しており、自分の車(スバル・インプレッサ)で年間3万キロ走っているらしい。
 
「アクアちゃんって、絶対5人くらいは居ると思います。日替わりで出てきているんじゃないかという感じ」
 
と言っている女性は
 
《§§ミュージック株式会社アシスタント アクア担当 緑川志穂》
という名刺をくれた。
 
同じく最近サブマネージャーに就任したとのこと。彼女自身が有名集団アイドルに7年間在籍したものの、音源制作に参加できる選抜チームには7年間で2回選ばれただけ。ソロデビューの話などもどこからも掛からないまま、同年代の子がどんどん辞めていくので、無言の圧力を感じて3月いっぱいで「卒業」したらしい。彼女はテレビ局の人などには結構顔を覚えてもらっているので、主として放送局やレコード会社などとの連絡窓口になる。
 
「実はアクアは7人居て、曜日毎に別のアクアが出てきているんだよ」
などと言っている30代?の女性は
 
《§§ミュージック株式会社マネージャー アクア担当 山村勾美》
という名刺をくれた。
 
青葉は最初この人の年齢が読めなかった。先にメールか何かのやりとりをしていたら70代くらいの人と思い込んだかも知れない。深い人生経験を持っている感じで、おそらく凄い苦労をしてきているのだろう。しかし見た目や声などを聞くと30代だろうと思わせるものがある。
 
彼女の経歴については秋風コスモスから聞いている。10年くらい前に花村かほりのマネージャーを3年間務めていたし、それ以前に別の演歌歌手のマネージャーをしていたこともあるらしい(二葉あき子のマネージャーもしていたというのは、さすがに冗談だろうが:「水色のワルツ」で知られる二葉あき子の活動時期はだいたい1930-50年代である)。ポップス系歌手のマネージング自体は初めてであるものの、JPOP全般に深い理解と知識があるという。どうも千里とは旧知らしいし、AYAのゆみ、リダン♂♀の鹿島信子とも知り合いらしい。そういう人脈なら自分もひょっとしたら会ったことあるかも知れないと思っていたのだが、この顔に記憶は無かった。
 
でもこの人・・・MTFだよね?女声の出し方がうまいから、普通なら気付かないかも知れないけど。
 
「いや、その曜日別アクア説、私信じてもいいですか?」
と友香。
「曜日のイニシャル取って、アクアN、アクアM、アクアT、アクアW、アクアH、アクアF、アクアS、と呼んでいる」
と山村さん。
 
「必ずしもイニシャルではないような」
と志穂。
「曜日のイニシャルがダブっているからね」
と山村さんは言っていた。
 

やがて演奏が終わり、アクアは観客にたくさん手を振り、何度もおじぎし、そしてステージを降りてきた。
 
すぐ身代わりとしてスタンバイしていた、アクアと同じ衣装を着けた白鳥リズムが、三田原課長と一緒に楽屋口を出て、品川* ***-1833というナンバーを付けた白いトヨタ・アクアに乗り込む。この車が普段の学校から放送局やスタジオへのアクアの送迎に使用されていることはアクアのファンの間ではけっこう知られている。三田原課長もアクアの担当者として、よくインタビューや記者会見に出ており、ファンの間ではよく知られている。
 
そういう訳で、この車が出ると、それを追いかけて行くファンの人たちが結構あった。
 
実際のアクアはそのファンの動きを確認した上で、ジャージの上下に着換えて、高村友香と一緒にグレーのN-BOXで続けて脱出した。
 
「龍ちゃん、再度ヒーリングしなくていい?」
と青葉は声を掛けた。
 
「はい、大丈夫です。ホテルに戻ってから寝てますけど」
と言って龍虎は微笑んだ。
 
その龍虎の様子を見て、青葉は首をひねった。さっきの疲れ果てていたアクアとはまるで別人のように元気なのである。そして何か違和感があったのだが、その場では気付かなかった。N-BOXが走り去った後で、青葉は思った。
 
今の龍虎が普段の中性的な龍虎だ!と。
 
本当に龍虎って何人かいるんだったりしてね!?
 

アクア本人も退出したので、解散となる。
 
それでアクアの控室を出た所で、次の出番のリダンダンシー・リダンジョッシー・スペシャルの出演者たちが、もうひとつの控室に出入りしているのを見る。何気なく目をやっていたら、音源制作で何度か会ったことのあるバインディング・スクリューの田船智史さんが控室から出てきたのだが・・・スカートを穿いている!?
 
目が合ったので挨拶する。
 
「おはようございます、田船さん」
「おはようございます、大宮さん」
 
「あのぉ、まさか今日の信子さんの代役のベース&ボーカルって・・・」
「うん。ボク」
「え〜〜〜!?」
 
「ネットではみんなヒロシだと思っているみたいね」
と言って笑っている。
 
「凄いことを知ってしまった」
「まあ30分後にはGステージに来ている人には分かるけど」
 
「田船さんの女装は可愛いよと以前、ケイさんが言っていた気がする」
「ああ。お正月に振袖着せられたことあって、それをケイに見られたんだよ」
 
それは2015年のお正月のことらしい。
 
「大宮先生も女装しない?」
「私は元々女なので」
「可愛ーく女装させてあげるよ」
「それ何か怖い気がするから今日は遠慮しておきます」
 
それで退出させてもらった。
 

青葉はGステージを出ると、いったん会場内の出演者用に用意されている、パフォーマーズ・スクエアに入った。アクアのスタッフ証を持っているので中に入ることができる。屋根のある場所は嬉しい。それでKARIONの控室に行くと、畠山社長がいたので
 
「おはようございます。すみません。部屋の隅ででも仮眠させてもらえますか?」
と言う。
 
「おはようございます、大宮先生。隅などと言わずに、簡易ベッドでもよければそちらの衝立の向こうのベッドでお休みください」
と畠山さんは言う。
 
「この衝立のこちら側にあるベッドは?」
「そちらは野郎用です。衝立の向こうは御婦人用です」
 
「ここの事務所では性別は、野郎と御婦人ですか?」
「まあ世間ではそんなものです」
 
「日本って表面的には男尊女卑でも、けっこう裏では女尊男卑ですしね〜」
「そうなんですよ」
 
飲み物も御自由にということだったので、青葉は暖かいレモンティーを1本もらって衝立の奥に行く。自分のサックスケースが置かれているのを確認する。青葉は並んでいるベッドに横たわって熟睡した。さすがの青葉も朝3時半に起きて5時から12時まで雨の中、立ちっぱなしというのは、ホントに疲れた!!
 

起きたのは17時半くらいであった。近くのベッドに世梨奈や照香、政子も寝ている。小風・美空はたぶん強制的に起こされたかなと思った。起きてみると、KARIONの4人と海香さん、黒木さんでライブの打合せをしている。
 
衝立のこちら側は女性専用エリアのはずが黒木さんは、昔から女性用エリアに出入りしても誰も何も思わない。黒木さんのセクシャリティに疑いを抱きたくなるほどだが、女性に何も警戒されない雰囲気を持っている。アクアなどもそうだが、時々こういう男性がいる。
 
あ・・・吉田もそうだよな、と青葉は思った。
 

青葉が起きたのに気付いた冬子(蘭子)が言った。
 
「青葉、申し訳無いけど、KARIONのライブでサックス吹いてくれないかな?」
「はい?」
「ゆまが吹く予定だったんだけど、あいつ午前中の南藤由梨奈のライブの時に、濡れているステージで足を滑らせて」
「あらぁ」
「南藤のライブは残り1曲だったんで、何とかこなしたけど、指が痛いと言っていて」
「それは無理しない方がいいです。私が吹きますよ。譜面見せて下さい」
「ごめんねー。これがスコアなんだけど」
「分かりました。見てみます」
 
ライブ開始まで1時間半である。青葉はともかくも譜面を読んでいった。
 
「分かんなくなったら最悪アドリブでいいから」
「はい!そうなった時はそれで行かせてもらいます」
 
今日のKARIONのライブは1時間、演奏曲目はアンコールも含めて12曲である。ただしメインのサックスは黒木さんが吹くので、青葉が吹く第2サックスの出番は12曲中4曲だ。青葉はその曲目を冬子に確認した。
 
そして一心に譜面を読んでいく。読みながらエアーで指を動かしていく。
 
そういえば12月のアクアの博多ドーム公演では、キーボードの人が爆弾を隠し持っていたというので逮捕されて、彼女が弾くはずだったパートを千里姉が代行したらしい。あれは2時間前だったが、アクアのライブ演奏は3時間・32曲だったらしい。キーボードは全ての曲で出番がある。2時間でよく32曲も覚えたものである。
 
もっとも、千里姉と冬子さんは、即興演奏・初見演奏の天才だと言っていた。並みのピアニストが、譜面を渡されて弾きこなせるようになるだけでも数日掛かるような曲を初見で弾いてしまう。ただ、冬子の場合はマジで初見でしっかり譜面を読んで演奏するのだが、千里の場合は勘で演奏していると言っていた。冬子がデジタルコンピュータなら、千里はアナログコンピュータなのだろう。千里の初見演奏では、本当はドミソのを所をソドミで弾いていたり、本当はAm7(A-C-E-G)の所をC6(C-E-G-A)で代用したり、が結構出るものの、パフォーマンスには支障が無いという。
 
しかし譜面に書いてある音符と違う弾き方で、ちゃんと代用可能な和音を奏でてしまうのが、逆に凄いと青葉は思う。それに千里は「私の場合、事前の譜読みはしない方が初見演奏はうまく行く」などと言っていた。練習しない方がいいってどういうこと!?
 
おそらくそのあたりが霊感のなせるワザで、事前練習することでその霊感が記憶にとらわれて働きにくくなるということなのだろうが、千里姉が霊感を喪失した今、そういう演奏もできなくなっているかも知れないと青葉は思った。
 

18時過ぎると出演者がほぼ全員揃う。あらためて今日のライブについて和泉から説明があった。今日の衣装が配られ、各自メイクして下さいと言われたが、青葉のメイクは「千里ちゃんから頼まれたから」と言って、長尾泰華さんがしてくれた!
 
きっと千里姉はサックス持って行った方がいいと青葉に予告した時点で泰華さんに青葉のメイクも頼むと連絡したのだろう。
 
「すみませーん。私全然メイクうまくならない」
「女の子なんだから、少し練習した方がいいと思うよ〜」
「友だちからも言われるんですけど」
 
寝ていた世梨奈や政子たちも起き出す。
「あれ?青葉も出るの?」
と政子から訊かれる。
「出ることになりましたー」
と青葉。
「水鈴(みれい:政子のKARIONでの名前)も出る?」
と美空が訊く。
 
「あ、出して出して」
と政子。
「じゃスターチャイム係で」
と和泉。
 
「OKOK」
 
それで政子も伴奏者の衣装を渡されていた。
 

そういう訳で青葉は18:59からファーストアンコールも含めて20:05くらいまでのステージを務めた。実際に演奏したのは本割で3曲と、ファーストアンコールで演奏した『月に想う』(黒木・蘭子・青葉のサックス三重奏)である。この日最後の出演者の特権で2曲アンコールしており、セカンドアンコールはおなじみCrystal Tunes。これはKARIONの4人とピアノ(風花)・グロッケン(泰華)の6人での演奏であった。
 
演奏が全て終わったのが20:10くらい。その後いったんパフォーマーズ・スクエアに戻ってから、全員で手分けして荷物を持ち、退出する。KARIONの4人と伴奏者・スタッフ併せて20人ほどで、今夜会場で徹夜する数人(荷物運びには協力してくれた)を除いて駐車場に駐めていた大型バスに乗り込む。今日は出番が無かった世梨奈と照香も荷物運びに協力した上で、このバスに乗った。点呼して全員乗っているのを確認して、佐良さんの運転で越後湯沢に引き上げる。越後湯沢のホテルに到着したのが21:15くらいであった。
 
それから打ち上げが始まる!
 
青葉は結果的に朝からあまり大したものを食べていなかったので、かなりお腹が空いていた。女性が多いおかげで、アルコールも強要されないしたくさんお茶など飲みながら御飯を食べていた。
 

今日は、リダン♂♀スペシャルの代役ボーカルのことがやはり話題になる。
 
「田船智史さんとは思わなかった」
「あの人を予想していた人はいなかったと思う」
「あの人も丸山アイやフェイとかの仲間なの?」
「まさか。アイやフェイのお母さんの世代でしょ」
「そこまで年取ってない!」
 
「リダンリダンは、何度か田船美玲(田船智史の姉)さんから楽曲をもらっているんだよ。その縁で、話が出たんじゃないのかって言ってた」
 
そんなことを言っていたら、ひとり苦しそうな顔をしている人がいる。
 
「美空知ってたの!?」
「私自身がその場にいたんじゃないのよ」
と美空は言う。
 
「ゴールデンシックスの打合せで、花野子と千里が雨宮先生の所に行っていた時に、田船姉弟も来ていて、そこにアイちゃんとヒロシちゃんが来て、誰かベースが弾けて歌の上手い男の娘がいないかと訊いたらしい」
 
「その人脈が分からない」
 
「いや、田船姉弟は雨宮グループ。バインディング・スクリューって実はワンティスと同じ年に活動開始している」
とケイが言う。
「そんなに古いんだっけ!?」
「当時はインディーズだけどね。それで何度かタイマンしたこともあって、それで田船姉弟はワンティスのメンバーとは旧知なんだよ。まだ売れてなかった頃、かなり雨宮先生に支援してもらっている」
 
「そうだったのか!」
 
美空が話の続きをする。
「雨宮先生って、男の娘の知り合いが多いじゃん。やはり信子の代理は男の娘がいいよねというので、雨宮先生の所に訊きに来た」
 
「信子ちゃんって、上島先生派かと思ってた」
「上島先生とどうも恋人だった時期もあるみたい」
「うっそー!?」
「でも上島先生は派閥を作らないから、結局雨宮先生に色々お世話になっている」
「なるほどー」
 
「まあそれで雨宮先生はベースの弾ける男の娘の名前を数人挙げた」
と美空は説明を続ける。
 
「そんな『数人』もいるんだ!」
 
「男の娘のミュージシャンって、絶対的に不利なんだよ。男のベーシストも女の子のベーシストも需要がある。でも男の娘のベーシストはなかなか使ってもらえない」
 
「それはベーシストに限らずだよね」
 
「ところが雨宮先生は実力さえあれば、どんどん色々な歌手の音源制作に推薦してくれる。男の娘ベーシストって、見た目が女の子でガールズバンドなんかにマッチするけど、筋力が男の子だからパワフルな演奏してくれる。だから実はとても使い手がある」
 
「それは言えるなあ」
 
「まあそういう訳で数人の名前を挙げた上で、『そういえばここに居る田船君もベーシストだよ』と」
 
「あははは」
 
「『待ってください。私は男の娘じゃないです』と田船さんは言ったけど、お姉さんの方が『この子の女装はわりと可愛いよ』と」
 
「ああ」
「いや、以前テレビでも女装を披露していたけど、美人だった」
 
「まあそれで田船智史さんが女装してベース弾きながら歌うことになっちゃったらしいんだよね。これ千里さんから聞いた」
 
ちー姉、日本代表で忙しくしているのに、そういうものにも関わっていたとは、と青葉はあらためて千里の活動量の凄さに驚いた。
 
「それいつ頃の話ですか?」
と青葉は美空に訊く。
 
「7月15日くらいだったと思う」
 
だったら・・・東京駅での事故の後?? ちー姉、あの事故の影響なんてまるで無いかのように活動している!?どうなってんだ?と青葉はあらためて千里姉のことが分からなくなった。
 

翌日7月30日(日)朝。
 
青葉は7時に目が覚めた。
 
パソコンを開き、FIBA(国際バスケット連盟)のサイトを見て、千里の参加している日本女子代表が昨夜の試合(インド時間で20:00-21:30, 日本時間で23:30-1:00)で、オーストラリア代表を破ってアジアカップ3連覇を果たしたことを知った。千里姉はもう寝ているかなと思ったが
 
《優勝・ベスト5・スリーポイント女王おめでとう》
 
というメールを送っておいた。お返事は午前10時すぎにあり
 
《ありがとう。最後はけっこうシビアな戦いになったけど何とか勝てた》と書かれていた。
 
インドと日本は3時間半の時差があるので、今起きた所かなと思った。
 

この日は“ふつうの”ミュージシャンの生活サイクルに合わせて、お昼をホテルのレストランで取った上で、ローズ+リリーの関係者みんなで大型バスに乗り、会場へ移動する。機材なども積み込んで移動したが、ローズ+リリーの関係者は多いので、結局午後1時と3時の2便に別れた。ケイの親戚を中心とする和楽器奏者は3時の便になった。今日は雨が酷いので、高価な楽器は持っていかない。雨に濡れても惜しくない楽器を持っていくということであった。
 
「三味線とか、合皮か何かのを使うんですか?」
「さすがに合皮の三味線は鳴らない」
「ああ、そうなんですか!」
「それに天然の皮に比べて堅くて、合皮の三味線で演奏すると、手首とかに負担が掛かるんだよ」
とケイの従姉でローズ+リリーのライブにはよく出てきている中村美耶さんが説明してくれた。
 
「まあ三味線にも安物があるから、雨の日はそういうのを使う」
「ああ、そうなんでしょうね」
 
この日のGステージの演奏スケジュールは、10時に金属女給、14時にハイライト・セブンスターズと、次世代の中核になりそうなアーティストが演奏し、18時にローズ+リリーが演奏した後、20時には日本人のトリを取るDream Waves, そして22時から、このイベントのヘッドライナーを務めるアメリカのバンド、ジャンジャムクーンである。
 
3時のバスで入った人たちを入れて4時すぎから最終的な打合せをする。ローズ+リリーは楽器の担当が複雑なので、どの曲でどの楽器を誰が弾くかを再確認する。実際には年末年始のツアーで使用した小型スマホに各自の担当楽器やステージへの出入りが表示されるので、それに従えばよいようになっている。
 
「今日はいちばん静電気の酷い人が来てないな」
という声がある。むろん千里姉のことである!
 
「醍醐は今インドのバンガロールにいるので」
と青葉は言う。
 
「ソフトウェアの仕事か何か?」
「いえ、バスケットの大会です」
 
と昨日(のKARIONの楽屋)に続いてその話をすることになる。
 
「いや、確か醍醐さんはソフトウェア会社に勤めていると聞いたことがあったし、バンガロールってIT産業が凄いから」
 
「たぶん姉はソフトウェア会社には籍を置いているだけだと思います。1年の半分は日本代表の活動で会社休んでいるから、給料もまともに出てないと思いますよ」
 
「それ首にならない訳?」
「既に10回以上辞表を出しているのに、受理してくれないそうです」
 
「いや、醍醐さんはバスケットのプロ選手でしょ?ソフト会社なんかに勤められるわけないです」
「醍醐さんって、作曲家兼レースドライバーなのかと思った。レースドライバーのライセンス持っているんでしょ?」
「確かに運転はすごく上手いけど」
「先月鈴鹿で行われたレースに出てたよ。名前が出ているんで、おっと思った」
 
嘘!?いつの間に!??
 
「醍醐さんって、本職は霊能者じゃなかったの? 日本で十指に数えられる霊能者だと聞いたけど」
「それは青葉ちゃんと混同していると思う」
 
「やはり千里の職業は不明だ」
と楽しそうに美空が言っている。
 
「多分、ソフト会社に勤めてる千里、バスケットしてる千里、作曲家してる千里、霊能者してる千里、って千里は4人いるんですよ」
 
「ああ、それを信じたい気がする」
 
「ケイは5人くらい居るらしいし、千里が4人、アクアが3人、上島先生は100人くらいかな」
 
「分身の術を使える音楽関係者が多いな」
 
 
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【春雷】(2)