【春秋】(4)

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そして20時を過ぎた時であった。
 
猫形態のアキが青葉をチラっと見た。青葉はハッとしたが、意識状態は変えないように気をつけて、そっと教官室の方に意識を向ける。千里も既にそちらに意識を向けているようである。
 
「4人いるね」
「うん。小さな子が3人と、もう1人は女子高生くらいかな」
「ああ、3人は小さな子だと思った」
「どうする?」
「そっと行ってみようよ」
「うん」
 
青葉と千里は各々自分の存在を滅却させた状態で、ロビーの階段を通り、静かに2階へ行った。猫形態のアキがその後に続いていく・・・かと思ったのだが、アキは練習しているハルの傍に寄り、何か伝えているようである。ハルが頷き、いったん一緒にフロアの外に出た。そしてフロアを出た所で、アキが“人間態”に変わる。そしてアキの方がフロアに戻って、練習に参加した。
 
「へ〜!」
と青葉はマジで感心して声を出した。
 
「たまに身代わり頼みます」
「まあ、いいんじゃない?」
 
それで3人で静かに階段を登る。ハルは完全に滅却している訳ではないが、かなり気配を殺している。むしろ自分の生命エネルギーの大半をアキの方に移したのではないかという気がした。きっとハルとアキはこの手の“融通”ができるのだろう。
 
そして青葉はそっと教官室のドアを開けた。
 

中には千里が言ったように、小学生くらいの子供が3人と女子高生が1人居た。男の子1人と女の子2人で、女の子はもんぺのような服を着ている。
 
「お姉ちゃん!?」
とハルが声を出した。
 
「ハル、がんばっているみたいね」
と中に居た女子高生はハルに語りかけた。
 
女子高生は少しおびえている風の子供3人に
「逃げなくて大丈夫だよ」
と優しく声を掛けてから、こちらに向かい直って言った。
 
「たくさん迷っている子供たちがいたから、遊んであげてただけ。変なことはしないから見逃してくれる?」
 
「大丈夫ですよ。その子たちはもしかして空襲で亡くなった子たちですか?」
と青葉は言う。
 
「どうもそうみたい。熱い熱い、とか苦しんでいた子もいたけど、少しずつ癒やしてあげていた」
 
「左倉さん、私を覚えてる?」
と千里がその女子高生に尋ねた。
 
「忘れる訳がありません。1年生の時は完璧に負けたから、絶対来年はリベンジしてやると思って頑張って練習していたけど、私が死んじゃったから再戦できませんでしたね」
と彼女は言う。
 
青葉と千里は視線を素早くやりとりすると
「ハルちゃん、後はよろしく」
 
と言い、「え〜?」という顔をしているハルを教官室に置いたまま、外に出た。
 

5分ほど後、ハルが内側からドアを開けた。ハルはたくさん涙を流した後があった。
 
「村山さん、私頑張る。ウィンターカップでは愛知J学園を倒す」
と彼女は言った。
 
「うん。頑張ろうね」
と千里は言った。
 
青葉はチラッと教官室を覗き込んだが、そこにはもう誰も居なかった。
 

青葉と千里とハルが階段を降りてくると、フロアで先輩2人と練習していたアキがさっとこちらに出てきた。そしてハルとタッチするとそのまま外に出て行った。
 
3人がフロアに入って行くと、ハルの様子に気付いた高橋コーチが
 
「どうかした?」
と訊いた。
 
「たぶん解決しました」
と青葉は言った。
 

今日の自主練習はここで打ち切ることにして、その場にいた6人でフロア外にある和室(大会などの時は選手控室兼更衣室になる)に入った。千里がロビーの自販機でジュースを買ってきて6人に配る。
 
「ここジュースが100円って凄いですね」
と千里が言う。
「今時珍しいでしょ?助かっているんですよ」
と凛子が言う。
「実は仕入値は50-60円で、差額は自販機自体のメンテ費用と電気代分を引いて、生徒会の予算に組み入れているんです」
と高橋コーチ。
「それもまた凄い」
「有名メーカー品は無いですけどね」
「有名メーカーは縛りが厳しいですからね」
 

「ハルちゃん、泣いてたね」
と凛子が言う。
 
「姉と会ったんです」
「小さい頃亡くなったというお姉さん?」
「今は私の守護をしていると言っていました。でも私に見える状態になれたのは、物凄く強いエネルギー源があったからだと言ってました」
 
「まあ私たちが来たからでしょうね」
と青葉は言う。
 
春美が弓恵に“会った”のも多分同じ原理だろうなと青葉は思う。千里姉は巨大なバッテリーのようなもの、と天津子が言っていた。
 
「じゃ、色々このあたりで音を立てたりしていたのは?」
と凛子が言葉を探るように言った。
 
「昔空襲で死んだ子供たちじゃないかと言ってました」
とハルは説明した。
 
ここで青葉はこの付近の地図を示し、この学校のちょうど体育館から南西にあたる場所で、古いビルが解体され、現在新しいビルを建てる工事が行われていることを説明した。
 
「この工事が6月初旬に始まっているんです。それでそれまでビルによって堰き止められていた霊団がこの学校まで流れて来たんですね。この学校は川のカーブの内側にありますが、こういう地形には霊が溜まりやすいんですよ」
と青葉は説明を続ける。
 
「ところで、この近くで3年前にバスケットの大会に出てきた中学生を乗せたマイクロバスがワゴン車に正面衝突されて2名亡くなった事故がありましたよね」
とハルが言う。
 
「ああ、あったね」
 
「姉が言っていたのですが、最初その2人の中学生が、空襲で死んだ子供たちとバスケットして遊んであげていたらしいです。でもその中学生はたくさん遊んで、自分たちが成仏してしまったらしいんですよ」
とハル。
 
青葉も千里もそういう経緯であったか、と納得したものの、それを今知ったような顔はしない。そこまで知っていたかのような顔でハルの言葉に頷く。
 
「それは良かった」
「それでその後、うちの姉が引き継いで子供たちとバスケットで遊んであげていたらしいです」
 
「そういう経緯でバスケットをしていたのか・・・」
 

「でもそういうことなら、この工事が進んだら・・・」
 
「そうなんです。このビルの工事が進んで、再び気の流れが遮られるようになれば、怪異は止む筈です」
と青葉は言った。
 
「そういう仕組みだったのか」
と高橋コーチが大きく頷きながら言った。
 
「それまではやってきた子たちと姉が遊んであげたいと言っていました。子供たちはある程度遊んだら満足して上に上がっていくらしくて。姉はもう既に50人くらい成仏させたと言ってました。コーチ、部長、その姉の活動を許してあげてもらえませんか?」
 
「もちろん、いいよ!」
とコーチも泰美部長も言った。
 
「私たちで何かその子たちのためにしてあげられることはないかな」
と凛子・元副部長が言う。
 
「みんな空襲で焼かれて熱い熱いと言って死んでいったそうなんです。ですから、お水があればいいかも」
 
「じゃ、大きな鉢か何か持って来て、お水を供えてあげようよ」
「校庭の傍に立っている慰霊碑の所と、この体育館の入口とかに供えてあげようか」
「ああ、慰霊碑の所もいいね」
 
「こういう場合って、火のついたお線香はよくないですよね?たぶん」
とハルが訊く。
 
「うん。お線香を供える場合は、火をつけずに供えた方が良い。それが空襲でやられた人の供養になるんだよ」
と青葉は言った。
 

やがて、泰美のお母さん、そして凛子のお母さんが迎えに来て、残るはハルとコーチだけになる。
 
「だけど、ハルちゃん、さっきフロアから出ていってすぐ戻って来たよね。どのくらいお姉さんと話していたの?」
と高橋コーチが訊いた。
 
「えへへ」
と言って、ハルは外に向かって呼びかける。
 
「アキ、入っておいでよ」
 
するとハルそっくりの制服を着た少女が入ってる。
 
「いいの?私が姿を見せても」
と言ってアキは和室に入ってきた。
 
「双子だったの?」
とコーチが驚いて言う。
 
「まあ実質双子に近いかもね」
「時々ハルの身代わりをしてるかもね」
「ちょっと生理の重い日とか代役頼むこともある」
 
「この子はパーマンのコピーロボットみたいなものですよ」
と千里が言った。
 
「へ?」
とコーチは戸惑ったような声を挙げる。
 
「私はいわゆるドッペルゲンガーですね」
とアキが言うと、コーチは更に
 
「え〜〜〜!?」
と言って驚いていた。
 
「取り敢えず姉妹と思ってもらった方が精神衛生上は良いかも」
「そう思うことにする!」
と高橋コーチは言った。
 
「兄弟なのか姉妹なのかは微妙だけどね」
「は!?」
 

「でもハルちゃんたちのお母さん遅いね」
と高橋コーチが心配して言うので
 
「私たち今夜は富山市内に1泊するし、タクシーでホテルに行くから、途中乗せてってあげようか」
と青葉は提案した。
 
「じゃお願いしようかな」
とハルは言ってから、思い直したように言った。
 
「村山さん、もし良かったら少し1on1とかやらせてもらえませんか?」
「いいよ」
 
それで千里は持っていたスポーツバッグの中からバッシュを取り出す。
 
「いつも持っておられるんですか?」
とコーチが尋ねる。
 
「持ってないと不安で。一種の職業病ですね」
と言って千里は微笑んだ。
 
それからハルは千里と1on1を30分くらいやった。アキが制服姿のまま近くに立っていて、球拾いをしてあげている。
 
ハルは結局千里に1度も勝てなかった。それは千里が本気で相手をしているということなのだろうと青葉は思った。高橋コーチも物凄く真剣な目でふたりの様子を見ていた。
 

やがて21時すぎになって車の音がする。
 
「ごめんなさい、遅くなって。急な報道番組が入ったものだから」
などと言って、ハルの母が入って来た。
 
「あら、川上さん?」
「ご無沙汰しております」
と青葉は挨拶した。
 
ハルは母と一緒に帰って行ったが、アキの姿もいつしか消えていた。コーチはハルと一緒に母の車に乗ったと思ったようであるが、実際にはアキは母が入ってきた時に、ふと姿を消していた。
 
青葉と千里は高橋コーチに追って電話で報告すると伝え、タクシーでホテルに引き上げたが、実際にはその夜23時頃、峰川先生のご自宅にお伺いして、先生と高橋コーチ、青葉・千里の4人で今回の事件の全容について話すことになった。
 

翌9月27日のお昼休みに青葉と千里は再度学校を訪れ、教頭と校長に理事長、顧問の峰川先生、高橋コーチ・花形コーチ、泰美部長、茂代副部長、淳子元部長、凛子・元副部長、ハルが出席し、校長室で今回の怪異についての報告をした。
 
元々は空襲で死んだ子供たちの霊であること。またこの学校近くの地形が風水的に霊などがたまりやすい地形であること、最初3年前のバス事故で亡くなった中学生のバスケ部員2人がその子供たちの霊と遊んであげていたので、バスケ部に関わってきたこと、その中学生2名は既に成仏していること。子供たちはここでしばらく遊ぶと成仏していくのでこの4ヶ月で既に70-80人くらい成仏していること。
 
ただ、今その子たちと遊んであげているのがハルの亡き姉であることは説明を省略した。そのことで姉が怪異の一部のように誤解されてハルが責められてはいけないと考えたのである。これは高橋コーチと峰川先生にだけ昨夜の会談で説明している。
 
「じゃ根本的な原因はあのビルの工事ですか」
と校長が言う。
 
「午前中に私の方で向こうの建設会社に照会してみたのですが、だいたい来月中にはビルは7−8階くらいまで伸びるそうなんですよ。最終的な完成は春になるらしいのですが」
と峰川先生。
 
「だったら来月くらいには怪異も収まるんですね」
「そうなるはずです」
 
「それで昨日も少し話していたのですが、慰霊碑の所と、体育館の入口とかに供養のために大きな鉢とかに水を入れて置いたらどうかと思いまして。みんな空襲にやられて熱い熱いと言って死んでいったらしいんです」
 
「うん、それはいいことだと思う。すぐやろう。峰川君の方で適当な鉢を2つ買ってきてくれない?」
と校長が言った。
 
「はい。午後にも買いに行ってきます」
 
「じゃ水を入れた鉢とお線香でも供えますかね」
と教頭。
「お線香は供えていいのですが、火をつけないで下さいということです。熱いのは嫌なので」
と高橋コーチ。
 
「ああ、なるほど!」
 
「じゃ線香が供えられるような台も慰霊碑の所に作らせるよ」
と理事長が言った。
 

それで実際にその水の鉢を供えた所、怪異は随分“減少”したのであった。但し完全に無くなるのは、やはりビルの建設が進む10月中旬を待たなければならなかった。
 

さて、少し時間を遡って、青葉は9月の中旬、牽引免許の取得に自動車学校に行った。本当は春に取りたかったのだが、時間が無くて取りに行けなかったのである。今回も結構慌ただしい取得になった。
 
実際には、インカレに行った後、様々な用事で9月11日まで東京に留まることになり、12日(月)朝の新幹線で高岡に帰還した。そしてその足で市内の自動車学校に入校したのである。
 
「あら、あんた久しぶりね〜」
と受付のおばちゃんから言われる。
 
「今度は何取りに来たの?」
「牽引免許なのですが」
「牽引?あんた大型持ってたっけ?」
「いえ。でも普通と大特を持っているから取れますよね?」
「うん。たまに大型持たずに普通だけで取りに来る人は居るには居る」
と言って、受け付けてくれた。
 
適性検査などを受けた上で、いきなり教習に出る。牽引の教習は、受講生が現在持っている免許が何であろうと、大型のトレーラーが使用される。教官は青葉が大型を持っていないというので少し不安がっていたようであったが、実際にはきちんとこの大きな車を操作するので
 
「あんた、もしかして大型を無免許で運転してない?」
などと言われる。
 
「運転してないですよー」
「まあいいや」
 
実際には青葉もトラックは数回しか運転したことはないのだが、その数回の運転経験が今回の教習では多いに役立ったことは確かであった。
 

牽引免許は、四輪免許のどれか(普通・中型・大型・大特)を持っていることが取得できる条件であり、学科の授業は無いので、実技のみの教習になる。第1段階は5時間なので、これを12,13,14日の3日で受け、翌日には検定を受けて第2段階に進む。
 
第2段階は7時間なので1日3時間ずつしても3日掛かる。しかし青葉はこれを2時間ずつ16,17,18の3日に分けて受講した後、7時間目の「みきわめ」を19日にしてもらった。これは1日3時間教習を受けるには途中1時間の休憩が必要であることと、19日が祝日で卒業検定を受けられないから調整をしたからであった。卒業検定は20日(火)に受け、無事合格。翌日21日(水)に運転免許試験場に行き、視力などの適性検査を受けた上で、青葉は新しい免許証を取得した。
 
路上で実際に牽引する場合、牽引免許に加えて牽引する車の免許も必要なので、青葉は普通車での牽引と大特による牽引が可能になる。普通車での牽引というとキャンピングカーなどがある。大特による牽引というのは、例えば大規模農場でトラクターにより作物を乗せた車を牽引して道路を走るような場合が該当するらしいが、かなり特殊な事例である。
 
青葉は卒業検定ではトレーラーをちゃんと運転したのだが、実際の路上でトレーラーを運転するには、別途大型免許を取得する必要がある。
 
しかしこれで青葉の免許は、原付・小特・普通・普通二輪・大特・牽引の6種類のセットになった。フルビッターまではあと9個である。
 
その9個というのは、来年新設される準中型と、中型・大型・大型二輪、そして普通・中型・大型・大特・牽引の各二種である。中型は普通免許取得後2年経過しないと取得できない。二種は普通免許または大特免許取得後3年経過しないと取得できない。つまり現時点で青葉が取れる免許はあとは大型二輪のみである。
 
その大型二輪をいつ取りに行こうかと青葉は考え始めていた。
 

青葉が21日に運転免許試験場で新しい免許を受け取り帰ろうとしていたら、バッタリと吉田君に遭遇した。
 
「何しにきたの?」
と彼が声を掛けてくる。
 
「私は牽引免許を取った」
と言って、新しい運転免許証を見せる。
 
「例のフルビッター狙いか!」
「そうそう。吉田君は?」
「俺は大型二輪取った」
と言って彼も新しい運転免許証を見せてくれる。
 
「すごーい!大型二輪取ったんだ!大変だったでしょ?」
「まあ自動車学校に通って取ったから、お金と時間は掛かったけど、スムーズに取れたよ」
と吉田君。
 
「私も春くらいには大型二輪を取りに行きたいのよね〜」
と青葉は言う。
 
「川上は今バイクは何に乗ってるの?」
「うーん。それが全然乗ってないのよね」
「はあ!?」
 
「普通二輪免許は春に取ったんだけど、その後、全然運転してない」
「川上、その状態で大型二輪取るなんて絶対無理」
「やはり?」
 
「中古でもいいから1台買って練習しろよ。でなきゃ、自動車学校に行っても、あんたには無理って宣告されるぞ」
「うっ。。。それはきつい」
 

そういう訳で、青葉は北海道に行って桃川春美の件を処理し、そのあと富山市内で左倉ハルの学校の怪異を処理した後、10月1日(土)に、あらためて吉田君と金沢市内で待ち合わせた。
 
「学園祭の練習とか忙しいのにごめんね」
「いや、青葉の忙しさに比べたら大したことない」
「女装慣れた?」
「慣れたくない!」
「うふふ」
 
「まあとりあえず何か食事でもしながら」
と言って、サイゼリアに入り、吉田君に
「好きなの注文して」
と言ったら、ミックスグリル(599円)を頼んでいる。こういう吉田君の性格って好きだよなあと青葉は思う。もっと高いもの頼んでもいいのに。青葉はイカとアンチョビーのピザ(399円)を頼み、彼に「こちらも適当につまんでね」と言った。
 
「それでやはりバイク買うことにしたのね?」
「うん。お母ちゃんを説得するのにかなり苦労した」
「ああ、お母さんの気持ちは分かる」
 
「それで私も少し調べようとしたんだけど、そもそもどのくらいの排気量クラスがいいか、どこのメーカーがいいか、さっぱり分からなくて、それを相談したいと思って」
 
「なるほどね〜」
と言って、吉田君は食べながら考えている。
 

「川上の免許はATじゃないよな?」
「うん」
「小型限定でもないよな?」
「うん。限定は付いてないから400ccまで乗れる」
 
吉田君はそれでまた少し考えていたが、青葉から紙を1枚もらうと、こんな図を描いた。
 

 
※多くのフェリー会社で750cc以上はフェリー料金が高くなる。様々なサービス料金で750cc以上あるいは751cc以上で高くなるものがある。
 

「大型免許を取得するステップにする場合、125ccというのはあり得ない。250ccか400ccだと思う。どちらも高速を走れるし免許取ってから1年以上経っていれば2人乗りもできる。250ccと400ccの大きな差はパワーの問題と車検があるかどうかだな」
 
と吉田君は説明した。
 
「この表、分かりやすいね!」
 
「川上、原付とかは持っているんだっけ?」
「ううん。原付は免許を取った時に講習を受けただけ」
 
「だったら、俺は250ccを勧めたいと思う。250ccは一応高速に乗れるけど車検が不要で運用費が安くて済む、お得なクラスなんだよ。それに原付も経験していなくて、いきなり400ccは厳しいよ」
 
「やはり250ccか。。。吉田君は今何に乗っているの?」
 
「お金を貯めて大型買いたいけど、今乗っているのはカワサキのNinja250R」
「わっ、格好いい名前」
 
「カワサキのNinja250, スズキのGSR250F, ホンダのCBR250R, ヤマハのYZF-R25 この4つがライバル車なんだよ」
 
「へー!」
 
「ちなみにカワサキのNinjaは4年前に新型のNinja250が出たんだけど、俺が乗っているのは古いNinja250Rの中古ね。定価は55万だけど18万で買った」
「そういうの好き〜」
 

吉田君は「俺の見る?」と言ってアパートまで連れて行ってくれた。
 
「自分用のヘルメットと手袋を用意してくれたら同乗させてあげるけど」
と言うので、途中カー用品店に寄ってピンクのヘルメットと手袋、それについでにライダースーツを購入してから行った。
 
「この前に付いてるカバーみたいなのが格好いいね」
「カウルって言うんだけどね。特にこだわりが無ければ、これが付いているのを選んだ方がいいと思う」
 
それで青葉もヘルメットと手袋をしてライダースーツを着、吉田君のバイクの後ろに乗ることにする。
 
「川上、始動の仕方覚えてる?」
「忘れてるかも!」
 
「昔はキックスタートだったんだけど、今はほとんどのバイクがセルフ式だから」
と言い、青葉を運転手席に座らせ、スタートの仕方を教える。
 
「そうかそうか。こうやってスタートさせてた」
「ブレーキの掛け方は?」
「怪しい気がする」
 
「右足で踏むのが後ろブレーキ、右手で掛けるのが前ブレーキ。基本的には、後ろブレーキを掛けてから前ブレーキを2段階で掛ける。いきなり前ブレーキを全力で掛けたら間違い無く転ぶ。下手したらあの世行き」
 
「気をつけよう」
 
取り敢えずそのままエンジンを掛ける。「ちょっと動かしてごらんよ」というので、クラッチを握ってローに入れ、スロットルを回してエンジンの回転数が上がってきた所でクラッチを少し緩めて発進する。ギアは変えずに3mほど進んだ所ですぐにブレーキを掛けて停めた。
 
「これだけで随分思い出した」
「でもスタンドは起こした方が良かったな」
「忘れてた!」
 
「じゃ、後は俺の後ろに乗って、俺の操作を見てるといいよ」
「うん。よろしく」
 

それで青葉は吉田君の後ろに乗り、少し走り回ることにする。
 
「吉田君、二人乗りはOKだっけ?」
「高3の夏休みに免許取ったからね」
「さすがさすが」
 
交通量の少ない所がいいよと言って、郊外に向けて走る。森本まで旧8号線(県道215号)を進み、その後、国道304号に乗った。
 
「この道、初めて走った。気持ちいい!」
「バイクで走ると車より気持ちいいよ」
「そんな気がする」
 
バイクの操作に関しては、減速・加速、カーブの曲がり方などをひとつずつ吉田君は解説してくれたので、ほんとに青葉は春に普通自動二輪免許を取った時の講習内容を随分思い出した。
 
国道304号の終点、南砺(なんと)市では
 
「ここに来たら、絶対これは必見」
と言って、“セフレ”に連れて行ってくれた。
 
お店の看板には堂々と《A-COOP なんと セフレ》と書かれている。青葉も「うーん・・・」とうなって、そのお店を見上げた。
 
中に入って、飲み物とおにぎりにチキンを買ってきて、一緒に食べた。
 
「なぜセフレになったんだろう?」
「確かセーフティ&フレッシュの略とかいう話だった」
「なぜ誰も停めなかったんだろう?」
「それが一番の疑問やね」
と吉田君も笑って言っていた。
 
そのまままた吉田君の運転で金沢まで戻った。
 
ガソリン代などはもちろん青葉が出したのだが、付き合ってくれた御礼に夕食に誘った。
 
「途中で言うと意識されると困るから言わなかったけどさ」
「何?」
「川上、おっぱい結構大きいな」
「ごめんねー。身体を密着させておかないと怖いから」
「うん。それでいいんだけど」
「あそこ反応した?」
「それは聞かないのが武士の情けというもので」
 
「だけど今日もブラジャー着けてたのね」
「学園祭までは毎日着けることって厳命されてるんだよ」
「銭湯にもプールにも行けないね。ブラ跡付いてるでしょ」
「付いてる。性別移行する人の辛さを垣間(かいま)見ている」
 

10月1-2日、千葉県では先週の千葉県秋季選手権の準決勝と決勝が行われた。ローキューツは準決勝でフドウ・レディスを破り、決勝では千女会に1点差勝ちして、関東総合へと駒を進めた。
 
2009年以来、千葉県ではローキューツ(クラブ協会所属)と千女会(教員連盟所属)の“2強”時代が続いている。
 

10月8日(土)。青葉は母・朋子と一緒に市内のバイクショップを訪れた。
 
「でもホントに私心配で心配で」
と朋子はまだ言っている。
 
「疲れている時は絶対運転しないし、練習以上の使い方はしないと誓うから」
と青葉はまだ母を説得している。
 
実は青葉はどっちみちステップにするバイクだから中古でいいと言ったのだが、母は中古を買ってトラブルがあると困るから、どうしても買うというのなら新車と言い、その点は青葉が妥協した。
 
ともかくも、ショップの中に入り、青葉は
「ヤマハのYZF-R25の新車が欲しいのですが」
と言ったのだが・・・・
 
「女子大生さんならビッグスクーターがお勧めですよ」
とアットホームな雰囲気のスタッフさんがニコニコ顔で言う。(後で気付いたがオーナーの息子さんだったようである)
 
そしてそのスタッフさんが「まあ取り敢えず見てください」と言って連れて行って見せてくれたのは、ホンダのPCX-150 キャンディーノーブルレッドと白のツートンカラーである。
 
「色合いも可愛いでしょう?」
 
「あ、いえ。私、大型二輪免許が欲しくて、その練習用、ステップアップ用に中型バイクが欲しいんですよ。ですからATではなくMTで」
と青葉は趣旨を説明した。
 
「大型二輪を目指すんですか!女の子で大型も格好良いですよ」
 
「憧れますよね。でも実際には大型二輪取っても、けっこう日常は中型使うことが多いかもという気がするし、今中型を買っても無駄にはならないと思うんですよね」
 
「確かにそうですよ。私もゴールドウィング持ってますけど、もっぱらツーリング用で、普段はCBR250Rに乗っているんですよ」
とスタッフさんが言う。
 
「ゴールドウィング格好いいですね!」
と青葉はまずは褒めておく。
「でしょでしょ?」
と向こうはどうも商売を忘れている感じだ。
 
「それで私はそのホンダCBR250Rと同クラスのヤマハYZF-R25狙いで来たんですよ」
「ああ!それ悪くないですよ。将来大型取りたいのなら、そのあたりもいいと思いますよ」
 
とスタッフさんは褒められたこともありご機嫌である。
 

結局、吉田君も言っていたライバル車種、ホンダCBR250R, カワサキ・Ninja250, ヤマハYZF-R25, スズキGSR250Fと4台乗り比べてみませんかと言われる。
 
どちらかというと青葉も試してみたい気分だったので、まずは持参のヘルメットと手袋を着け、バイクスーツも着る。
 
「準備万端ですね!125ccとか乗っておられます?」
「いえ。友だちのバイクに同乗する時のために持っているんですよ」
「なるほどー!」
 
それで各々のバイクに跨がり、スムーズにエンジンを掛けて発進。構内で各々30mずつ往復で走らせてみた。
 
「発進・停止はスムーズですね」
とショップの人には褒められたし、母も
「へー、やるじゃん」
と言ってくれたが、実は青葉としてはかなりドキドキであった。
 
内緒だが、先日吉田君のバイクで南砺市まで往復した時に、山中の道で
 
「誰も見てないから、ちょっと走らせてごらんよ」
 
と言われて少し練習させてもらったのである。最初は結構発進できずにエンストさせたりもしたが、おかげで、今日はスムーズに出来た。
 
結局4台乗り比べて、やはり事前にスペックをチェックして自分の好みはヤマハっぽいと思っていた通り、ヤマハのバイクがいちばん自分に馴染む感じがした。
 
それで結局YZF-R25を買うことにする。
 

お店の人は中古にも新車同然の状態の良いものがありますよと言ったが、朋子が新車という線を譲らない。
 
「ABSはどうします?」
という質問に、青葉は
「無しでいいです」
と言ったのだが、母が横から
「いえ、それ付いてるのにしてください」
と言う。
「ではABS付きで」
 
「今在庫はありますか?」
「YZF-R25-ABSの新車でしたら、今ブルーとブラックの在庫がありますが」
「ブルーがいいです」
 
「金額はどうなりますか?」
「定価は消費税込み599,400円で、これに重量税4900円、自賠責12ヶ月で9,510円、登録代行手数料6000円を加えて619,810円になります。お支払いはどうなさいます?バイクローンとかありますが」
 
「あ、いえ現金で払いますよ」
「分かりました。でしたら少しサービス品付けておきますね。それと端数取って61万円ジャストにしますよ」
「ありがとうございます」
 
万円単位で端数を取ってくれるのはさすが個人経営っぽいショップである。本来バイクの特に新車はほとんど値引きしない。
 
サービス品としてヘルメットとバイク用グローブ、タイヤのロックチェーン、バイクカバーまで頂いた。ヘルメットは「うちにあるのでこのエリアにあるの好きなの取って下さい」と言われたので、ブルーのヘルメットを選んだ。自分用にピンクのを買ったので同乗者用はブルーにしようかという考えである。但し2人乗りができるのは来年の春以降になる。
 
「ありがとうございます。では休み明け10月11日の夕方にはお引き渡しできると思います。準備ができましたら、ご連絡します」
「分かりました。お願いします」
 

10月7日(金)。今年のWリーグが開幕した。
 
千里が所属するレッドインパルスは昨年の覇者・サンドベージュとの代々木第2での二連戦に臨むが、76-61, 72-59で二連敗のスタートとなってしまった。この後リーグは年末まで全チームと当たる通常シーズン戦(1次ラウンド)が行われる。
 

10月7-10日、岩手県で第71回国民体育大会が開かれた。今年のバスケットは成年男子が47都道府県から代表が出ることになった。貴司は大阪府の選手として選ばれ、出場していた。
 
7日の1回戦は不戦勝、8日の2回戦では島根代表に勝ち、同日行われた3回戦で宮城代表に勝ってベスト8に進出する。しかし9日の準々決勝で愛知代表に敗れ、今年はここまでであった。
 

大会が終わって大阪に戻ってきた貴司は、新大阪駅の出口に阿倍子が京平の手を引いて待っているのを見た。
 
「もう浮気しない?」
と阿倍子は訊いた。
「ごめんね。本当にあれは悪かった」
と貴司はあらためて謝った。
 
「だったら今度だけは許してあげる。次やったら、もう本当に許さないよ」
と阿倍子は言った。
 
「分かった」
「じゃ一緒に帰ってあげるよ」
「ありがとう」
 
「パパ、ぼくカレーがたべたい」
「よしよし。作ってあげるよ」
と言って貴司は京平の頭を撫でた。
 
この家では実はカレー作りは貴司の仕事になっている。カレーなんて脂っこいもの食べられないと阿倍子は言い、ひとりだけ冷や奴でごはんを食べる。
 
「でも僕が到着する時刻、よく分かったね」
と貴司は阿倍子に言った。
 
「千里さんが教えてくれたからね」
と阿倍子。
 
確かに千里なら分かるだろう。しかし・・・・
 
「まさか仲良くなっちゃったの?」
「まさか」
と言ってから阿倍子は付け加えた。
 
「私は千里さんを信用していないけど、今は貴司の方がもっと信用ならない」
「ごめーん」
 
阿倍子は帰宅後、年内セックス拒否を宣告した。
 
(とは言っても、実際にはふたりはセックスをしたことがない。要するに同衾拒否ということのようである。なお、貴司は実は千里からも年内射精協力拒否を宣告されている)
 

「あ、そうだ。貴司の留守中に、親戚の布施暢彦さんという人から結婚式のお知らせが来てたけど。出欠の返信葉書付きで」
 
と言って阿倍子は葉書を出してくる。実は貴司が国体参加で6日からマンションを留守にしていたので、阿倍子はそれと入れ替わりにマンションに帰宅していたのである。
 
「へー。暢彦君が結婚か」
「従兄弟か何か?」
「そうそう。札幌の従兄」
「でも住所は北九州市になってるよ」
「へ?」
 
それで貴司が母に電話して確認すると、暢彦君は転勤で北九州市勤務になっており、福岡市在住の女性と親しくなって結婚することになったらしい。結婚式は北九州市と福岡市の中間の福津市(福間と津屋崎の合併でできた市)の神社で挙げるらしい。
 
「何かお嫁さんの家は民謡の家元さんの家系らしいよ」
「え〜? それ面倒な作法とか無いの?」
「そういうのは無いらしい。直系ではないということだし。でも三味線くらいは練習しないといけないかもと言ってた」
「たいへんそう」
 
母との電話を切ってから阿倍子に尋ねる。
 
「そういう訳で、結婚式は福岡らしいけど、阿倍子行ける?」
「そんな遠距離まで旅行する自信無い」
「そうか。じゃ、僕ひとりで行ってくるかなあ」
と言ってから、貴司はふと京平がこちらを見ているのに気付いた。
 
「パパ、来月九州に従兄の結婚式で行ってくるけど京平どうする?」
 
その時、この日京平に付いていた《たいちゃん》が京平に教えてあげた。
 
『京平ちゃん、パパに付いて行くとおかあちゃんに会えるよ』
 
すると京平は貴司に笑顔で言った。
「ぼく、パパといっしょにいきたい」
「よし。じゃ2人で行って来ようか」
 
それで貴司は出席に○を付けた上で、妻の阿倍子は体力が無いので欠席するが息子の京平(1歳半)を連れていくと書き添えて、返信の葉書を出した。
 

10月11日に青葉の買ったバイクの納品準備ができたという連絡があったので、青葉は取りに行った。母と一緒に車でバイク屋さんまで行き、帰りは母の車の後ろを青葉がバイクで追尾するパターンで帰って来た。
 
母は地図に青いラインマーカーで印を付けた。
 
「当面の間、この道以外は走行禁止」
「えっと・・・」
 
マーカーで塗られた道を見ると、国道415号の伏木〜氷見〜谷屋間、スーパー農道の東海老坂〜氷見IC〜森寺間、国道160号の阿尾〜庵間、など自宅近くの5つの路線である。国道8号であるとか、国道160号の高岡〜氷見間など、交通量の多い道を外したようだ。
 
「通っていい道がつながってないんだけど」
「その間は慎重に、できるだけ速やかに通過」
「それ矛盾してるよぉ」
「それと伏木万葉大橋とか新湊大橋は横風が怖いから通行禁止」
「それを通れないと凄く迂回しないといけないんだけど」
 

10月の下旬、青葉が通うK大学では学園祭が行われた。
 
青葉は星衣良や杏梨、それに杏梨がうまく勧誘して水泳部に入部させた奥村君などと一緒に、吉田君が出場するK笑劇団の『アリババと4人の盗賊』のステージを見に行った。
 
笑劇団のステージということで、大量のダジャレを含むコントの連続である。1年生部員3人の女装は、全員わりときれいに出来ていて、仕草なども普通に女性的だし、何気なく見ていると、男性が演じていることに気付かないのではとも思った。さすが3ヶ月ほど日常的に女装していた成果である。
 
バラバラにされたカシムの身体を靴屋がつなぎ合わせる所は、マネキン人形を使うのだが、最初手と足を逆に付けてみたり、頭がお股の所に来たりと無茶苦茶なことをする。そのうち
 
「あ、ちんちんが無い」
「もしかしたら拾い忘れたかも」
「しかたない。女の形にしておこう」
「そうだね。兄さんは実は女だったということで」
「だったら、私は女と結婚していたことになる訳〜?」
 
などとやっていた。
 

更に最後のモルディアナがカシムの息子と結婚するという場面で、吉田君のモルディアナは
 
「実は今まで黙っていたんですが、私男なんです。だから奥さんにはなれません」
と言い出す。
 
「だったら、女になればよい。お医者さんよろしく〜」
 
という呼び声で白衣を着た医者が出てくる(カシム役の柏原君の二役)。
 
「では今から女にする手術をしますから、明日は花嫁になれますよ」
と医者。
 
「では先生よろしく」
とアリババ。
 
「ちょっと待って」
 
と言って逃げようとするモルディアナを医者とアリババが連行していった所でアラビアの踊り子の衣装を着けた語り手(手下3・客人3を演じていた梅野・元部長)が下手から出てきて
 
「このようにして賢い働きでアリババを救ったモルディアナはめでたく女の子にもなることができて、カシムの息子と結婚し、幸せに暮らしたそうです。めでたし、めでたし」
と言って、幕が降りた。
 

11月5-6日。
 
岡山県総合グラウンド体育館(ジップアリーナ岡山)で全日本社会人バスケットボール選手権大会が開かれた。
 
この大会の準決勝で玲央美たちのジョイフルゴールドは山形D銀行を破り2位以内を決めてオールジャパンの出場権を獲得した。そしてもうひとつの準決勝は40 minutesとローキューツという、千里の古巣同士の対決となった。ローキューツは揚羽・万梨花・ミナミなどが必死に頑張ったものの、地力の差で40 minutesが12点差で勝利。あと1つのオールジャパンの切符をつかんだ。40 minutesはこれで2年連続の出場である。
 
敗れたローキューツは出場予定の関東総合で優勝しなければオールジャパンには行けない。
 

同じ11月5-6日、富山県ではウィンターカップ予選が行われた。この大会に左倉ハルは4番の部長、5番の副部長に次ぐ6番の背番号をもらって出場した。
 

その日、青葉の家に“人間形態”のアキが来訪していた。アキは先日のように学校の女子制服を来ていた。
 
「怪異の解決御礼は理事長さんから出てるけどさ、ハルが奈津姉ちゃんに会わせてくれた御礼をしたいって言うから持って来た。これお年玉とインターハイに出てBEST8になった金一封とかを貯めておいたもの」
 
と言ってアキは封筒を出した。青葉は中身が3万円であることを確認して
 
「取り敢えずもらっておくね」
と言い、領収証を書いて渡した。
 
「でもアキちゃん、制服姿好きみたい」
「この女子制服は元々3つ作ってあるんだよ。ボクとハルが1つずつ着て、もうひとつは洗い替え。ふたりが同時に洗濯しない限り問題無い」
 
「うまくやってるね〜」
「ボクたちは下着も含めてお互いの服を着るの平気だから。万一一緒に洗っちゃったら、ボクは猫のままでいるということで」
「なるほどなるほど」
 
「最近また人間形態をよくやってるの?」
「猫の方が多いよ。ボクとしては猫形態の方が楽なんだけど、猫形態では人語を話せないからさ。誰かと話さないといけない時は人間形態になる。あとハルの身代わりをする時とかね」
 
「なるほどね。ここまではバスか何かで来たの?」
「高岡方面に走るトラックの荷台に飛び乗って来たよ」
「さすが猫だね」
 

「でもウィンターカップ出場おめでとう」
「ありがとう」
「県大会はスリーポイント女王とアシスト女王まで取ったし」
 
「千里さんに結構指導してもらってたからね。背が低い選手はどうしてもゴール下では勝てないからさ」
「女子でも全国トップクラスは凄いよね」
 
「うん。性別なんてどうでもいいという感じ。インターハイでも180cm台がごろごろいたし。だけど、今度の東京体育館では、どういう組合せになるか分からないけど、愛知J学園に当たったら今度は夏みたいに気合い負けはしない、とハルは言ってたよ」
 
「うん。頑張って」
 

「結局、ハルがお姉ちゃんと会えたのはあの時だけみたい」
「でもかなり刺激されたんじゃない?」
「頑張ってるねってお姉ちゃんから褒められたよ。それでハルはホントに今、一所懸命練習してる」
 
「あ、そうか。ハルちゃんが体験したことは、アキちゃんも共有できるんだ」
「そうそう。ボクは感覚を遮蔽しているから、こちらから向こうには伝わらないけどね」
「遮蔽しているということは流すこともできるのね?」
「うん。でもふたつの感覚を同時に感じ取ると混乱するから、流してないんだよ」
「なるほど〜」
「それに色々裏工作もしてるしね」
「そういうのアキちゃんは得意みたい」
 
「ふふふ」
と言ってからアキは言った。
 
「千里さんは凄いね。あれいくつもの感覚を同時処理してる。ボクは自分の分とハルの分と2つでいっぱいいっぱいなのに」
とアキは言ったが、青葉はその問題をここで突っ込むのはやめたほうがいいと思った。内輪の事情はあまり明かしたくない。
 
しかしアキの言葉をそのまま受け取ると、千里姉は「感覚の受け口」を3個以上持っているんだろうな。ひょっとしたら千里姉って元々ひとりではないのかも。ハルとアキのようにひとつの“存在”をいくつかの“エイリアス”が共有しているのかも、というのを、青葉は瞬間的に連想した。
 
実際、千里姉はどう考えても物理的に移動不能な時間で遠隔地に出現していることがある。ソフトハウスに勤めているのは本当は誰なのかというのも不明のままだ。正直、千里姉が3人くらい居てもおかしくない。
 
でもそれ人間なのか〜!?
 

「ところでアキちゃんって、前からボク少女だったっけ?」
「“ボク少女”というより、ボクは男の子だから」
「あ、そうだったっけ?」
 
「川上さんが以前推察したように、元々性別の曖昧なハルアキが、女の子のハルと男の子のアキに分裂したんだよ。だからハルは女の子だけど、ボクは普通の男の子だから。まあ女装は嫌いじゃないし、この女子制服姿はわりと病み付きになってる。堂々と女子トイレに入れるしさ」
 
などとアキは少し危ないことを言っている。
 
青葉は物凄く気になることがあったので、つい質問してしまった。
 
「アキちゃん、ちんちんあるんだっけ?」
 
するとアキは可笑しそうにして言った。
 
「内緒」
 
「それと前から疑問があったんだけど、ハルちゃんってさ、しばしば『生理が重かったから』とか言い訳してるよね。あれ何なの?」
「生理があるんじゃないの? ナプキンは買ってるみたいだよ」
 
「あの子、半陰陽だったんだっけ?」
「女の子だと思うけど」
「マジで卵巣とか子宮があるの?」
 
「それも内緒」
 
「まあいいや」
 
もし・・・・アキに男性器があったとしたら、そしてハルには女性生殖器があったとしたら・・・・ハルもアキも子供を作ることが可能??
 
ハルは以前「何人も兄や姉が死んでたったひとり生き残った自分が去勢して生殖能力を失ったのは両親に申し訳無く思っている」みたいなことを言っていたのに・・・・。
 
アキは「ちょっと疲れたから少し猫になって休む」などと言って猫になってしまったので、紙の皿にアキ本人持参!のロイヤルカナンを出してあげたら美味しそうに食べていた。少し休んだら、ハルに頼まれた買物して富山に帰ると言っていたので、その買物先と富山までは送っていくよと青葉は言った。
 
青葉は餌を食べているアキを見ながら思った。
 
ハルの生殖能力は疑問だけど、アキにはやはり生殖能力が残っている気がする。でもアキが子供を作った場合、
 
それって・・・猫の子じゃないよね!??
 
などと青葉が考えたら、アキが笑ったような気がした。
 
 
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