【春卒】(1)

Before前頁次頁After目次

 
青葉は3月1日も彪志の実家に泊めてもらい、2日のお昼過ぎの新幹線で高岡に帰還した。
 
そして3月3日(木)は卒業式であった。
 
先日千里とも話したが、女生徒として入学し、女生徒として卒業できるのはこの学校が最初である。青葉はこの3年間の様々なできごとを回想し感無量の思いだった。
 
卒業式には朋子も会社を休んで留袖を着て出席してくれた。みんなの顔を見ると、既に行き先の決まっている子は笑顔だが、まだ決まっていない子、特にこれからまだ試験のある子は、卒業式どころではないという雰囲気である。 
なお、3年生の進学組、理数科・社文科の生徒は、まだ国立の後期試験までは補習が引き続き行われるので、まだまだ学校に出てくる子はいる。しかし入試のためにこの卒業式にも出席できない数名を除いてほぼ全員が揃うのはこれが最後になる。
 
青葉は1人ずつ名前を呼ばれ壇上にあがる卒業生たちを見ながら、様々な思いを抱いていた。
 
普通科6クラスが終わり、理数科になる。ヒロミが女子制服を着て壇上に上がるのを見て微笑んだ。彼女に関しては少し心が痛む所がある。あの中途半端な状態は何とかしてあげないとやばいよなあ。あの状態で結婚すると旦那さんが夜中に仰天する。
 
やがて最後の社文科になる。明石君、(石井)美由紀、江藤君、(大谷)日香理に続いて5人目に
「川上青葉さん」
と呼ばれ、青葉は
「はい」
と大きな声で返事して壇上にあがり、校長から「卒業おめでとう」と言われて卒業証書を受け取った。
 
式の最後に2年生の翼の伴奏で全校生徒で校歌を歌った時、青葉はこれがこの校歌を歌う最後なのかなと思うと寂しい気分になった。
 

式の後、教室に戻り、3年間社文科を担任してくれた音頭先生からあらためて卒業証書が渡され、その後お話があって解散となる。合唱軽音部2年生の久美子が教室にやってきて「卒業おめでとうございます。これからも頑張って下さい」と言って記念品を渡してくれた。中を開けるとコーヒーカップだった。
 
「あれ?私のとは色違いだ」
と亜耶から記念品を受け取った日香理が言う。
 
「日香理のは白で私のは青か」
 
「青葉はやはり名前に青って入っているから青なんだよ。光って白いイメージだから白なのでは」
と美由紀は解説していた。美由紀は美術部の後輩から水彩色鉛筆セットをもらっていた。
 
あちこちで並んで記念写真を撮る姿があった。青葉も美由紀や日香理たちと撮ったり、空帆や須美たちFlying Soberのメンバーで集まって撮ったり、何組も写真を撮りあった。
 

「ヒロミは呉羽ヒロミの名前で卒業証書もらったの?」
と尋ねると
 
「2枚もらった」
と答える。
「呉羽ヒロミ名義と呉羽大政名義」
 
「なるほどー」
「卒業証明書はどちらの名前でも発行するよと言われた」
 
「でも20歳になったら改名するんでしょ?」
 
「それなんだけど、お母ちゃんとも話し合ったけど、今年中に名前だけ改名しちゃおうかと」
「おぉ!」
 
「性別は20歳まで直せないけど、名前は考えてみたらいつでも直せたんだよね。実は私もお母ちゃんたちもそのことに全然気づかなくて」
 
「じゃもう正式に呉羽ヒロミになるんだね」
 

「でも今はそれより入試の方が心配で」
「ああ」
 
国立大前期の合格発表は3月8日である。ヒロミはそれに落ちていた場合に備えて後期試験(3月12-13日)に向けて毎日たくさん勉強をしている。
 
一方美由紀は美大の中期試験(3月12,14日−中期とは言っても実際には他の大学の後期日程と重なっている)を受けるため、毎日美術の先生に絵を見てもらっているようである。彼女は前期でT大の芸術学部を受けているがその合格発表は3月8日である。
 

「青葉、今年は3月11日、岩手に行かないの?」
と日香理から訊かれる。
 
「今年はみんな受験とかが大変でさ」
「なるほどー」
「だからゴールデンウィークに集まろうかという話をしている」
「だよねー。今は時間的余裕がないもんね」
「もう進学先が決まっている子もいるけど、まだまだ戦闘中の子も多い」
「まあこちらもだよね」
 

卒業式の翌日、3月4日は大学の授業料振替用の口座を開設しに指定銀行の近隣の支店に出かけて行った。
 
「K大学ですか。合格おめでとうございます」
と言われ、まずは窓口で書類を書いて口座開設の手続きをする。
 
「身分証明書に保険証か運転免許証などありますか?」
というので運転免許証を提示する。
 
運転免許証のいい所は性別表示が無いので、性別問題で揉める必要が無いことである。青葉は口座開設申込書は「川上青葉・女」で出している。
 
「今日いくらか入金なさいますか?」
「授業料を27万引き落とさないといけないので余裕見て30万円入れておきます」
と言って青葉は現金で30万円渡す。
 
「お預かりします」
と言って窓口の女性は1万円札を数えて
「確かに30万円お預かりしました」
と言って書類に金額を記入した。青葉はその数え方がすごく綺麗だなと思った。 
授業料の口座振替の手続きをした上で窓口の女性が言った。
 
「もしよろしかったらこの機会に一緒にクレジットカードをお作りになりませんか?学生さん向けにデビューカードというのがあるんですが」
 
「あ、いいですね。そうだ。ETCを付けられます?」
 
実はETCカードをどっちみち作りたいと思っていたのである。
 
「はい。ETCの他にWAONなどもセットできますが」
「WAONはどっちでもいいけど、つけてもいいですよ」
 
それで結局、カードの申込書類も書く。親権者名に「高園朋子」と書くと「あら苗字が違うんですか?」
と訊かれるので
「私、里子なんですよ」
と答えると
「分かりました。了解です」
とあっさり言ってくれた。
 
収入、および親権者の収入を書く欄があるので、青葉は自分の収入は4000万、親の収入は300万と記入する。
 
「あら?今ご収入がおありですか?」
「ええ。私、勤労学生なんですよ」
「なるほどですね。あ、でもここ単位は千円ではなくて万円なんですよ」
「ええ。昨年の所得額が4400万円でしたから」
 
と青葉が言うと窓口の女性はピクッとした。
 
「少々お待ちください」
と言って席を立って後ろの方のデスクに座っていた男性を呼んでくる。その男性は副支店長の名刺を出した。
 
「大変失礼ですが、昨年のご収入が4400万あったとか?」
「ええ」
「何か収入を証明する書類などお持ちですか?」
「ああ。先日税務署に提出した確定申告の書類の控えが確かまだバッグに入っていたはず」
と言って取り出して見せる。副支店長さんはその書類を見て驚いている。 
(本当は確定申告の控えは単に「申告した」ことを意味するだけで何も証明能力は無いのだが世間では収入の証明として結構信用されることが多い) 
「作曲家さんですか?」
「はい。占い師もしていますが、作曲家の収入の方が大きいです」
 
「あの、でしたらゴールドカードをお作りになりませんか?」
「ゴールドカードって30歳以上なのでは?」
「原則はそうですが、高収入の方は別なんです。それでしたら限度額が大きいので、高収入の方でしたら使用金額も大きいでしょうし、便利だと思いますよ」
 
「なるほどですね」
 
実は青葉は北海道の某銀行が発行したゴールドカードも中学1年の時から持っている。北海道のクライアント越智さんが作ってくれたもので、これまでも緊急に飛行機などに乗らなければならないような時に重宝していた。しかしさすがに北海道の銀行ではいろいろ使いにくい部分もあった。
 
それで結局青葉は書類を書き直してゴールドカードの申込書類を書いた。 
「クレジットカード本体、およびETCカードは御在宅確認の電話のあと1週間ほどで配達記録郵便で郵送致しますので」
 
「分かりました。よろしくお願いします」
 
青葉はしばらくは家に居ること多いし、在宅確認の電話はいつあってもいいなと思っていたのだが、実際にはその日の夕方掛かってきた。
 
そして実はその日の内に掛かってきて助かったのである。
 

青葉が銀行に行ってきた翌日・3月5日(土)の朝8時すぎ、東京の冬子(ケイ)から電話が掛かってきた。
 
「青葉、今日・明日、用事ある?」
「あ、いいえ」
「だったら、本当に申し訳無いんだけど、今日の午後の新幹線で福島まで来てくれない?」
「え?」
 
「実はうちの風花がインフルエンザで倒れちゃって」
「あらぁ」
「それでKARIONのステージでフルートと篠笛を吹く人が居ないんだよ。七星さんが使えたら良かったんだけど、彼女今月いっぱいはスターキッズ自身のアルバム制作でニューヨークに行ってて」
 
「ああ・・・」
「千里に訊いたら青葉をよろしくと」
「また千里姉ですか!」
 
「今回の分の交通費・宿泊費は私が負担するから、悪いけど来てくれない?例によってギャラは払えないんだけど、逆にギャラが払えないから身内の人間にしか無理が言えなくて」
 
「まあいいですよ。受験も終わった所だし」
「助かる。取り敢えず交通費はスルガ銀行の青葉の口座に9時になったらすぐ振り込むから」
 
「分かりました」
 
スルガ銀行同士だと、休日でも即日振込ができるのである。他にジャパンネット銀行や郵便局の口座同士でも同様のことができる。
 
「私も夕方くらいには福島に移動するけど、福島駅に着く頃連絡して。スタッフの誰か迎えに行かせるから。レコード会社のスタッフとかは昨日からずっと居るから早い到着でも構わない」
 
「分かりました」
 

それで母に言うと
「あんた、ほんとに忙しいね」
と半ば呆れているようであった。
 
それで青葉は急いで旅支度をした。着替えのカバンと楽器のカバンを作る。楽器はフルート、篠笛と念のため龍笛も2本(曾祖母由来のものと最近買ったもの)入れる。少し考えたがサックスも持っていくことにした。これは別の専用ケースだ。
 
新幹線の時刻を調べていたのだが、唐突に「車で行ってみようかな」というのを思いつく。それで母に相談すると
 
「青葉の運転の腕は信頼しているけど、ひとりで走るなら2時間走ったら1時間休むのが条件」
と言われる。
 
「うん。新幹線で行った場合、12:48の《はくたか》に乗って福島は16:32着なんだよ。でも今から車で出れば走行距離が450kmくらい。だいたい5時間で着くと思うんだよね。途中2時間の休憩入れても7時間。16時には着くから到着時刻に大差無いんだよ」
 
「駐車場とかは?」
「今日明日は福島西ICのそばにイベントのために無料駐車場ができているんだよ。そこに駐める」
「なるほどー!」
 
それで母は充分休憩を取り、眠くなったらすぐ休むこと、そして定時連絡を入れることを条件に車での往復を認めてくれた。
 
「帰りは余裕あるだろうから、もっとたくさん休みながら帰っておいで」
「うん。帰りはついでに桃姉たちの所に寄って来ようかな」
 
「だったら、お正月に桃香が置いていったお酒も載せていく?」
「ああ、そうしようかな」
 

冬子にも電話してみたが話し中だったので車で行く旨メールを送っておいた。 
それで青葉は荷物をアクアに積み込み、自分のETCカードはまだ来ていないので、母のETCカードを借りてセットする。
 
「気を付けて」
という母の言葉に
「うん」
と答えて出発した。
 
途中の安いGSでガソリンを満タンにし、小杉ICまで行く。ちょうど9時をすぎたのでIC近くのコンビニでお金を下ろす。冬子さんは8万円も振り込んでくれていた。これは多分飛行機を使った場合の往復運賃かなと青葉は判断した。じゃ4万くらい冬子さんに返さなくちゃと思う。お金は念のため20万円下ろしておいた。冬子さんからのメール返信も来ていて《車は了解。福島西ICそばの臨時駐車場に駐めて。連絡したらそこに迎えに行かせる。急がなくていいから安全運転でね》とあった。
 
コンビニでクールミントガムと缶コーヒー3本、それに非常食用におにぎりとカニパン、カロリーメイトを買った。
 
高速に入る。ETCゲートを通過する。ピッという音がしてバーがあがり、青葉はこの車で初高速走行をすることになった。
 
車は快調に走っていく。比較的速い車の流れができていたので、青葉はそれに合わせて走って行った。睡眠防止を兼ねてカーナビに放り込んでいる音楽を鳴らす。今日は予習を兼ねてKARIONの初期の頃からのCDを一挙流していた。音楽に合わせて自分でも声を出して歌ったりもする。しかし和泉さんってクリアできれいな声してるよなと思う。フルートを頼むと言われたからと思い、曲の中でフルートが吹いている旋律も気をつけて聴いていた。
 
富山県から新潟県の県境付近には大量のトンネルの連続があり居眠りしやすい。青葉はこれまで何度かこの区間を(無免許で)走っているので、眠気予防でコーヒーを飲んだり、ガムを噛んだりしながら走った。実はこの区間は電波も弱いしトンネルも多くてラジオがまともに使えないので、車に放り込んでいる音楽頼りなのである。
 
11時半頃、黒崎PA(新潟市)に入れて休憩する。ここはPAとはいっても実質SAに近い広さと設備のある所である。
 

トイレに行ってからスナックコーナーでラーメンを食べる。その後いったん車に戻り、毛布と布団をかぶって30分ほど仮眠した。再度トイレに行き、少し体操をしてから車の所に戻り、ドアをアンロックしたら
 
「やったぁ!」
という声が近くでする。
 
何だ?何だ?
 
と思って見ると、20歳前後の男の子4人のグループが居て
 
「やっぱりアダルトだったよ」
「残念、絶対ヤングだと思ったのに」
 
などと言っている。
 
「あのぉ、何か?」
と青葉が声を掛ける。
 
「あ、いや、すんませーん。俺たちこの目立つ車のドライバーって何歳くらいの女かなと賭けしてたんですよ」
 
「絶対これ19か20(はたち)くらいの女だと思ったんだけどなあ」
「25歳以上の女に賭けた俺たちの勝ち」
 
む?つまり私、25歳以上と思われたってこと?
 
青葉はちょっとムカついた。
 
「ちょっと、あんたたちそれ酷い。私まだ18だけど」
と青葉は言う。
 
「え〜〜〜!?」
と彼らは一様に驚いた声をあげる。
 
「じゃ俺たちの勝ちか?」
と言っている奴もいる。
 
それで青葉は唐突に悪戯心が湧いた。
 
「でも、あんたたちどちらも外れだね」
「なんで?」
 
「だって、あんたたち20歳くらいの女か、25歳以上の女かってんで賭けしてた訳でしょ?」
 
「うん」
 
「私は男だから両方外れ」
 
「嘘」
 
「証拠はこれだよ」
と言って青葉は自分の国民健康保険証を取り出して彼らに見せてやった。 
「げー!!!」
「ほんとに男と書いてある」
「信じられない!!」
「あんたオカマだったの?」
 
「あんたたち何賭けてたのさ?」
「いや、負けた方がコーヒーおごるということで」
 
本当にささやかな賭けだ。
 
「じゃ両方負けだから、私にコーヒーおごってよ」
 
「少しお話していいなら」
「じゃ15分間」
「OKOK」
 

それで青葉は車をロックし、彼らと一緒にPAの施設に戻る。彼らが自販機のコーヒーをおごってくれて、青葉はしばし彼らとおしゃべりした。
 
「ね、ね、身体はどこまで直してんの?」
と訊かれるので
「あり、なし、なしだよ」
と青葉は答える。
 
「どういう意味だっけ?」
 
ああ、一般の人は知らないか。
 
「おっぱいあり、おちんちん無し、たまたま無し」
 
彼らはしばらく考えていたが、やがて言った。
 
「じゃ、ほとんど女の身体になってんだ?」
 
「うん。ちゃんと結婚できる身体だよ」
「結婚できる身体って・・・・じゃまさか穴もあるわけ?」
「あるよ。ちゃんとセックス可能なこと確認済み」
「すげー!」
 
「でも20歳になるまでは性別変更できないんだよ。だから健康保険証はまだ男なんだよね〜」
 
「すごーい。やっぱモロッコとかで手術したの?」
「モロッコが性転換手術のメッカだったのはもう遙か昔だよ。今はタイだよ」
「へー、そうだったのか」
「じゃタイで?」
「ううん。日本国内で手術したよ」
「へー。できるんだ?」
「あんたたちも手術して女になる?病院紹介してあげようか?」
「いや、遠慮しとく」
 
「だけど、お姉ちゃん、声も女だね」
「変声期が来る前にタマタマ取っちゃったからね」
「すげー」
「やはり手術して?」
「うん」
「取れるもんなんだ?」
「最近では時々いるよ。タマ取っちゃう子」
 
青葉はチラッと腕時計を見る。
 
「5分経過したね。あと10分かな」
 
「でもあまり色気の無い時計してるね」
「お姉ちゃんが買ってくれた時計なんだ」
「へー。お姉ちゃんって生まれながらの女?」
「ふたりいるよ。ひとりは生まれながらの女だけど、もうひとりはお兄ちゃんだったのがお姉ちゃんに変わったんだよね」
 
「え〜〜?じゃ兄弟から姉妹になっちゃったの?」
「そうそう。洋服を融通しあったり、女性ホルモン剤をもらったりしてたよ」
「なるほどー」
「手術も同じ日にしたんだよ」
「手術って性転換手術?」
「うん」
 
「1日にして兄弟から姉妹になったのか」
「なんか凄いね」
「右前袷のブレザーにズボンの男子高校生と学生服の男子中学生から、左前袷のブレザーにスカートの女子高校生とセーラー服の女子中学生に変身」
「なんか画期的というか」
 
「高校生と中学生の時に性転換したの?」
「うん」
「すごっ」
 
「しかし親も息子2人娘1人でバランスいいなと思ってたら、いきなり娘3人になっちゃったわけね」
「うん。親には悪いなとは思ったけどね」
「俺ちょっとチンコ痛くなってきた」
「遊びすぎじゃない?もう切ってもらったら?」
「嫌だ!」
 

「そういえば最近売れてるアクアっているじゃん」
「うん。可愛い子だね。私も好きだよ」
「あいつ、やっぱタマ取ってるよね?」
 
「どうだろうね。タマ取っちゃう手と、もうひとつは女性ホルモンを飲んで声変わりを押さえておく手もあるよ」
 
「そういうのがあるんだ?」
「でも女性ホルモン飲んでたら、おっぱい大きくならないの?」
「微量飲んでいたら、おっぱいは大きくならずに声変わりだけ遅れさせることもできるかもね。あの子の所にはファンの女の子たちから大量に女性ホルモン剤が送られて来ているらしいから調達には困らないかもね」
 
「そのホルモン剤送りたくなる気持ちは分かるなあ」
 
彼らとは途中からアクアの話題で随分と盛り上がった。
 

「さて15分経過したから行くね。コーヒーありがとう」
と青葉が言うと
 
「ね、ね、ね。25歳以上だったらホテルに誘いたい所だけど未成年だと俺らが捕まるからやめとくけどさ、良かったらおっぱいちょっと触らせてよ」
 
「うーん。おっぱいくらいはいいよ。お友達になったしね」
 
それで彼らは青葉の胸にかわるがわる触っていたが
 
「すげー。ほんとにちゃんと胸ある」
などと言って感動?していたようである。
 
「それシリコン入れてんの?」
「豊胸はしてないよ。これは女性ホルモンだけで大きくしたんだよ」
「すごいなあ」
「あんたたちもおっぱい大きくしてみる?」
 
「うーん。おっぱいあったらいいかも知れないけど、お婿さんに行けなくなるから、やめとく」
「まあ結婚した時に奥さんがびっくりするかもね」
 

「じゃね」
「うん。またどこかで会えたら」
「そうだね。縁があったら」
 
と言って青葉は彼らと別れた。
 
なんか結構楽しかった!
 
かなり脚色は入れたけど、私たぶん嘘は言わなかったよね?
 

彼らと何となく同期して車に戻る。腕時計を見ると12:50である。何となく彼らの車と一緒にスタート。彼らは赤いマツダ・ロードスターと青いホンダ・アコードである。その2台の車に続いてチェリー色の青葉のアクアが走っていく。かなり目立つ車列である。
 
PAを出てすぐに、彼らは新潟中央JCTから磐越道に入る。青葉も同じ方角である。
 
ふと彼らにあまり色気の無い時計をしてるねなどと言われたなと思う。うーん。可愛い時計とか買った方がいいのかなあ、などと悩んだりする。
 
青葉が使用している腕時計は震災の後、高岡に来てからすぐに桃香が買ってくれたCASIOの白いデジタル腕時計である。安物好きの桃香が選んだものなので、「1480円だったんだよ。いい値段だろ?」と桃香は言っていたが、桃香の好みらしくデザインはシンプルだが、安い時計の割にしっかりしていて、電波時計ではないのにほとんど狂わない。防水仕様だしラバー製のバンドなので運動をする時につけていても問題ない。電池は1度交換している。
 
そんなことを考えていた時、青葉はハッとした。
 
ちー姉の時計!!
 

先日福島から盛岡まで千里姉と一緒に行動した時、千里姉は「青い時計」をしていた。それは青葉が千里姉と知り合った2011年春から2012年夏に性転換手術を受けた(と称している)頃までしていた時計である。その後は銀色の時計をしていた。
 
銀色の時計は一度見せてもらったこともある。U20アジア選手権のベスト5になった記念品である。そして青い時計は青葉が推測するに細川さんからもらったものだ。
 
千里姉が青い時計をするのをやめて銀色の時計にしたのは、細川さんと破談したからだと青葉は推測している。それをまた青い時計をするようになったのは・・・・ふたりの仲に変化が生じたからか?
 
そういえばこないだちー姉は奈良から秋田まで走るのに細川さんの車を借りていたが、青葉が『よく堂々と借りるね?』と言ったら『夫婦だから平気』と言っていた。つまり・・・ちー姉は、細川さんと再び夫婦になったのだろうか? 
そこまで考えた時、青葉は11月頭に東京に行った時、千里姉が巨大なアクアマリンの指輪を左手薬指につけているのを見たことを思い出した。アクアマリンは千里姉の誕生石(3月)だ。あれは物凄くいい指輪だと思った。もしかしてあれは細川さんからもらったエンゲージリングなのでは? まさか細川さんが千里姉にあれを11月にくれた?
 
違う。
 
あれは多分元から千里姉が持っていた指輪だ。きっとかなり昔、ふたりが蜜月状態にあった頃に細川さんがプレゼントしたんだ。
 
先日彪志が自分にエメラルドの指輪を「ファッションリングとして」くれたのと同様に、あれはきっと正式のエンゲージリングを渡すまでのつなぎとして細川さんが千里姉にプレゼントしたものではなかろうか。どこかに保管していたのだろうけど、それを急に取り出してつける気になったんだ。
 
しかししかし・・・
 
いったいふたりの間に何が起きているのだ!?
 
細川さんは子供が生まれたばかりだ。今阿倍子さんと離婚することはたぶんあり得ないのに!??
 

青葉はこの件をずっと考えていたら、運転がお留守になりかねないと思い、気分を変えることにする。《雪娘》にも少し協力してもらって意識の10%程度を使ってカーナビを操作し、Flying SoberのCDをまとめて放り込んでいるフォルダを選択する。歌いながら走る。ずっとKARIONの美しい歌を聴いていたので、空帆のボーカルを聞くと落差が凄くて目が覚める! うん。音楽ってやはり美しいだけでは疲れるんだよ!

 
あ、それってちー姉が書いた『Roll over Rose+Lily』の話じゃん、と思うと少し楽しくなった。
 
俺たちはもう下手な歌しか歌えない身体になってしまった。ローズ+リリーの曲を掛けてくれ。あの美しい歌を聴いたらこの病気も治るかも知れない。ローズ+リリーを褒めているようで「きれいなだけでつまらん」と言外に言っている曲である。千里姉と冬子さんの信頼関係無しではとても書けない曲だ。実際冬子さんは「聞いて吹き出した」などと言っていた。
 
基本的にちー姉も冬子さんも争わない性格だからなあと思う。自分もそうだけど、やはり睾丸を取ったことで、そういう物が消えた気がする。
 
先行する2台はオービスにはひっかからない程度の上品な(?)速度で走って行く。青葉もそれに続いている。歌いながら走ることで心を無にし、運転に集中する。やがて彼らは津川ICで降りて行く。彼らがハザードを点滅させるのでこちらもハザードでお返事した。
 
裏磐梯方面に行くとか言っていたので、国道459号方面に分岐したのだろう。459という数字から「シゴク」きつい道と呼ばれる、素敵な「峠」である。 

車列の先頭になってしまったが《雪娘》が『青葉、遙か後方から覆面パトカーが近づいてきている。制限速度まで落とした方がいい』と言うので、青葉はアクセルを少し戻して速度を落とし、制限速度のジャスト70km/hにした。 
さてここは一車線区間である。追越ができない所で70km/hで走っている車がいると、後ろの車はイライラしがちだ。青葉が70km/hに落として少しした頃に後方から追いついてきた赤いインプが、至近距離まで寄ってきて走っていたが、やがてクラクションを鳴らしたりする。何か叫んでいる。まあ、覆面パトカーには気づいてないんだろうね。青葉は平常心で制限速度を守って走って行った。 
やがて追越車線のある区間が来る。すると後ろで青葉のアクアをさんざん煽っていたインプがまだ車線の別れる前、ゼブラゾーンを突っ切って前に出て凄い速度で追い越していった。追越際に助手席に乗っていた女性がこちらに何かわめいた感じだったが何と言ったかは聞こえない。その車はどんどん速度を上げ、推定120km/hくらいで飛ばして行く。そのあと2台青葉の車を追い越して行ったが、彼らは90km/h程度である。しかし他の車は青葉の後をそのまま70km/hで走る。 
そしてやがて白いポルシェが屋根に出したサイレンを鳴らし、物凄い速度で青葉の右側を追い越して行った。あぁ、可哀想にと青葉は思う。
 
そして数分走った所で青葉はさっきのインプと警察のポルシェが停まっているのを見た。まあ制限速度を50km/hもオーバーしたら捕まるよね〜、などと思いながらその場所を通過すると、少しずつ速度を上げて84km/h程度で走行を続けた。青葉の後ろの車もそれに合わせて走っていった。
 

しかし赤いインプといえばちー姉の前の車だよなあ、と青葉は思った。あの車のこと、そしてそれを昨年買い換えたアテンザのことをちー姉は桃姉には「お友達から借りた車」と言っているが、なぜ桃姉に隠す必要があるのだろう?なにかいろいろまずいことでもあるのかね〜。
 
桃姉がちー姉に内緒にと言うのは、だいたい恋人や元恋人に関わること、あとうっかりちー姉の持ち物を壊したりしたこと(千里姉はぼんやりしているので何かが無くなっていてもマジで気づいていないことが多い)などだ。ちー姉の「内緒にしてて」は、音楽関係の活動と細川さんに関することが多い。あのアテンザの名義人は見るなとちー姉言ってたけど、もしかして名義人は細川さんだったりして??
 
いや、こないだのちー姉の表情は別に見られても平気だけど、まあ見るなよという感じだった。それは私も知っている人。。。。。。
 
その時青葉は気づいた。
 

あ、分かった。
 
きっと雨宮三森だ。
 
インプレッサ・スポーツワゴンにしてもアテンザ・ワゴンにしても、あれって雨宮さんの好みだよ! 細川さんの好みは、もっとがっちりした系統って気がするもん。
 
その時、このアクアを母朋子の名義で登録したことを思い出す。未成年では車のオーナーになれないので、母が名義上の所有者になってくれたのである。 
あ。もしかして。ちー姉も前のインプを買った時、未成年だから雨宮先生が名義上の所有者になったのでは。でも今回の買い換えではちー姉の名義にしてもよかったはずなのに!?
 
うーん。まだ何か隠された事情があるのかなあ。
 

14時半頃、五百川PAで休憩する。残りはほんの40kmである。このまま最後まで走ってもいいだろうが、長距離走行では最後の数十kmがいちばん事故を起こしやすいことを青葉は6年ほどの!運転歴で知っている。
 
トイレに行ってきた後少し仮眠した。起きると15時半である。再度トイレに行き体操をして、缶コーヒーを1本飲んで運転席に戻る。冬子さんにあと30分ほどで福島西ICに到着する予定とメールする。
 
そして残りの距離をまあまあの速度で走って、16時頃、青葉は福島西ICを降りた。料金は6360円と表示された。
 

イベント用の臨時駐車場に入れる。スマホを見ると冬子から「★★レコードの水島さんに行ってもらうことにした」というメールと、その★★レコードの水島明星さんという人からもメールが入っていて「ケイさんからお迎え頼まれました。駐車場の北ゲートの休憩所に居ます。黄色いパーカーを着てKARIONの『メルヘンロード』を持っています」と書いてある。
 
それで「今到着しました。こちらはピンクのセーターに白いスカートを着ています。荷物3つ持っています」と返信して、北ゲートの方に歩いて行く。途中でメールが着信し「休憩所の外に出ています」とあった。
 
黄色いパーカーを着た人はいた。FUKUSHIMA2013 という文字が入っている。以前の復興支援イベントか何かの再利用なのだろう。このイベントは売上をまるごと寄付するということで、経費は全て主催者の負担なので、費用もできるだけ掛けないように運営されている。
 
その人は確かに『メルヘンロード』っぽいCDを持っている。
 
でも・・・・水島明星さんって書いてあったから、私、男の人かと思ったんだけど、あの人、女の人に見えるけど・・・
 
と思ったら向こうがこちらに気づいて近づいてきた。
 
「大宮万葉先生ですか?」
「はい」
「水島です。お世話になります」
と言って名刺をくれた。
 
確かに《★★レコード制作部 JPOP担当 水島明星》と書かれている。こちらも《作曲家・大宮万葉》の名刺を渡す。
 
「すみません。お名前は『あかり』さんとお読みするのでしょうか?」
と青葉は尋ねた。
 
「すごーい!いきなり読めた人ってまだ2人目!」
と彼女は感動している。
 
「何となく思い浮かびました」
 
「この名前まずみんな『みょうじょう』とかせいぜい『あけぼの』と読んで、性別も誤解されるんですよね。高校入試の時も大学入試の時も『あんた受験票が違う』と言われたし、★★レコードの面接受けた時は『性転換したの?』と言われたんですよ」
 
「苦労してますね」
「20歳すぎたら改名しようと思ってたんですけどねー。でも結構営業する時にネタに使えるし、かえって名前覚えてもらえるから、まあこのままでもいいかと思っているんですよ」
 
「確かにネタにはなりますね」
 

彼女がお荷物お持ちしますと言ったが、楽器の入っているのは自分で持ちますからと言い、着替えの入っているバッグだけ持ってもらった。それで彼女の車に乗せてもらい、ホテルに入った。
 
「先週も富山から往復してくださったのに、今週もって、大変でしたね」
「いえいえ。私などはお客様たちから印税を頂いていますからその利益還元と思っていますけど、水島さんたちこそ、立場上参加せざるを得ないのに交通費自腹とか大変でしょう」
 
「まあ福島支店のスタッフに頑張ってもらっていますが、私たちみたいな東京からの遠征組は交通費に関しては車の相乗りで来た人もいますし、町添のポケットマネーでバスを借りて、それに乗ってきた人も多いですし」
 
「町添さんも大変だ」
「でもケイさんとか個人的に数千万円負担しておられるようですし」
「言い出しっぺとはいえ大変ですね」
 
「でもこういうイベントできるのは今年最後になるかも知れないですね」
「やはり負荷が大変だからですか?」
「何か社内の体制が変わりそうで。あ、すみません。内輪の話を」
「いえいえ」
 

「でも晴れて良かったですね」
「ええ。先週は大変でしたから。明日も曇りの予報なので何とかなるかなと」
「ほんと先週はヒヤヒヤしましたから」
「巷ではケイさんはどこでもドアを持っているのではなんて噂も出てましたね」
「全くあの人は神出鬼没ですね」
 
「でもアクアのイベントは天候が悪かったおかげで、観客の過度の興奮も抑えられたかなというのがありました」
「ああ、確かに2万人の観客が興奮しすぎると、とても制御できなくなりますよね」
「椅子に座らせるのは移動防止もあるんですが、立たずに座って鑑賞してくださいという指示に観客がなかなか従ってくれなくて、何度か演奏をいったん中断して、アクアちゃんに『座ってください』と言ってもらったんですよ」
 
「いや、なかなか大変でしたね」
 
「まあここまで熱狂するのもさすがに今年いっぱいでしょうけどね。高校生になる頃にはたぶん声変わりも来るだろうし、そうしたら少しファンも落ち着くのでしょうけど」
などと水島さんは言っている。
 
「まあどんなアーティストでも、だいたい熱狂的に売れるのは2〜3年ですよね」
と青葉は言う。
 
「ええ。歌手の旬って短いんです」
 
確かにアクアは去年・今年が旬だろう。そしてローズ+リリーは・・・たぶん2013-2014年度が旬だったんだろうなと青葉は考えたりしていた。ミリオンの連続が2015年度も途切れなかったのは多分に偶然の要素が大きい。
 
作曲に関しても2013年10月に自分が冬子のセッションをして、ケイは迷路から抜け出してかなり良い曲を書くようになってはいるものの、2012年頃までの天才の煌めきのような曲はもう生まれないのかも知れない。『ピンザンティン』、『夢舞空』『海を渡りて君の元へ』『天使に逢えたら』『影たちの夜』『星の海』、『花模様』『キュピパラ・ペポリカ』『花園の君』。どれも1曲だけで歌謡史に名前が残るような名曲ばかりだ。
 
今回物凄い評価を受けた『振袖』もあれは高校時代に書いた曲なのだと言っていた。
 

ホテルで少しくつろいでいると、∴∴ミュージックの花恋さんがやってきて 
「大宮先生お疲れ様です。これ明日演奏する曲のスコアです」
と言って楽譜の束を渡す。
 
「明日朝7時からこちらのスタジオでリハーサルをするのでよろしくということです」
 
と言って花恋はスタジオの案内も渡す。
 
「今回、ギターはどなたが弾かれるんですか?」
 
本来のギター担当者である相沢孝郎さんは、奈良県の温泉宿から離れられないのではないかと思った。
 
「TAKAOさんが、先週迷惑掛けたからと言って今週は福島まで来てくださるんですよ。ですから従来のトラベリング・ベルズで演奏できるんです」
 
「それは良かった。でも相沢さんも頑張りますね」
 
「ええ。新体制は下旬のツアーでお披露目になると思います」
「新体制?ギターの後任、決まったんですか?」
 
「相沢さんの性転換バージョンということで」
「性転換しちゃうんですか!?」
 
「詳しいことはまだ秘密で」
 
と言って花恋は帰っていった。
 

翌日は朝5時半に起きて身支度を調え6時に1階ラウンジに降りて行って朝食を食べた後、指定のスタジオに楽器を持って移動した。相沢さんがもう来ていて 
「先日からありがとうね」
と言う。
「いえ、そちらこそ本当に大変でしたね」
と答えておいた。
 
こんな朝早くからリハーサルで美空は大丈夫かな?と思ったが7:05に花恋に付き添われてやってきた。ちゃんと起こしに行ったようである。それでリハーサルが始まったが、完全に本番通りの進行でMCもまじえて演奏した。
 
今回の演奏メンバーはKARIONの4人のほか
 
Gt.相沢孝郎 B.木月春孝 Dr.鐘崎大地 Sax.黒木信司 Tp.児玉実
KB.川原響美 KB/Vn.川原夢美 Fl.川上青葉
 
というラインアップである。川原響美(おとみ)さんは冬子の親友・夢美さんのお姉さんで過去にも何度もKARIONのライブに蘭子の「代理演奏者」時には「ダミー演奏者」として参加しているらしい。なお、今日はグロッケンが省略されていて、どうしてもグロッケンの音が必要な所は響美さんか夢美さんがキーボードで出していた。
 

青葉は持参のフルート(YAMAHA YFL-261 白銅製:元々は中学時代に政子(マリ)さんが使用していた初心者用のフルート)で吹き始めたのだが、黒木さんが「川上さんはその楽器合ってない」と言い出す。
 
「蘭子、備品で何本かフルート持って来てるよね?」
と冬子に尋ねる。
 
「総銀製のYamaha YFL-777, Muramatsu DS と純金の Muramatsu 24K 1本持って来てる」
と冬子。
 
「この子の息の力なら純金でもいけると思うけど、いきなり純金では吹きこなせないだろうから、総銀を使わせてみて。同じYamahaの方がすぐなじむかな?」
と黒木さん。
 
それでその総銀製のヤマハのフルートを借りて吹く。あ、これ結構吹きやすいし良く鳴ると青葉は思った。
 
「うん。この方がいい。今日はそれで吹いてよ」
「はい」
 

今回は基本的にはフルートを吹き、青葉自身の作品である『白兎開眼』だけ篠笛(ドレミ調律)を吹いた。またKARIONのライブではいつも最後に演奏することになっている『Crystal Tunes』でピアノを弾いてくれないかと言われる。 
「それは川原さんの方がうまいのでは?」
「私はオルガン弾きだから、ピアノは微妙に不得意で」
などと川原夢美さんは言っている。
 
「それでも私よりずっと上だと思いますけど」
「私はグロッケンの方を打つからさ」
 
「お姉さんの響美さんは?」
「私素人だから」
と響美さん。
「私も素人です!」
と青葉。
 
「いや、実は私も今まで思い至ってなかったけど、今日はこのピアノも風花に弾いてもらう予定だったんだよ」
と冬子が申し訳なさそうに言う。
 
それで結局『Crystal Tunes』は青葉と夢美で伴奏することになった。
 

途中何度も停めて、調整してやり直したりということをしていたので1時間のステージのリハーサルが終了したのがもう9時すぎである。
 
「お疲れ様」ということでいったん解散する。
 
「じゃ13:00集合、時間厳守で」
ということであったが、美空は最初のゴールデンシックスだけ見てから後はホテルに戻って寝ていると言っていた。和泉は「私は今すぐから寝てよう」と言っていた。
 
和泉がマジでホテルに戻っていたので、冬子、美空、小風、青葉の4人で一緒にいったん市内某所まで行き、そこに待機してくれているスタッフ専用のタクシー(数台を丸一日チャーターしている)で会場に移動した。会場に通じる道路はシャトルバス、スタッフ専用のタクシーとマイクロバス以外は基本的に通行禁止になっている。
 
会場に入り、スタッフエリアのところで鑑賞することにする。近くに24-25歳くらいの感じの女性2人がいて、美空・小風と手を振り合っている。
 
「どなたでしたっけ?」
と青葉が小さい声で訊くと、美空が
「チェリーツインの少女Xと少女Y」
と答える。
「へー!」
 
「ステージでは基本的に顔出しNGだけど、ここでは覆面とかしてる方が目立つから」
「なぜあれ顔を隠すんですか?」
「まあ文楽の黒子と同じで、そこに存在しないという意味なんだよね。あくまでチェリーツインのボーカルは星子と虹子だから」
 
星子と虹子は「歌が大好き」ではあるものの実際には言語障碍で声が出せないので、少女Xと少女Yが覆面をしたり背景に擬態して代理歌唱しているのである。 
「美空さん、小風さん、お知り合いだったんですか?」
「まあ古い知り合いだね」
と小風が懐かしむように言った。
 

「そういえば少女Yの男の娘疑惑というのがありましたね」
「ああ、あの子は男装趣味があるだけだよ。天然女だよ」
「そういうことだったんですか」
「洋服も男物、女物が半々だと言っていた」
「なるほどー」
「実は男声も出せる」
「それは凄い」
 
「男装している時にドリームボーイズの蔵田さんにナンパされたのがデビューのきっかけ」
「そういうつながりが!?」
 
「実際にはその曲を書いたのは蘭子だよね?」
「まあ私はまとめただけだけどね。でも少女X・少女Yの素顔は私も久しぶりに見た。美空だけじゃなくて小風も知り合いだったんだ?」
「そのあたりは企業秘密ということで」
 
「でも今回チェリーツイン7人の交通費・宿泊費は美空が出してあげたんでしょ?」
「うん。あの子たちこそ純粋なボランティアだから、そのくらいはしてあげないとと思ってね」
 
チェリーツインは今回のイベントに参加している中で唯一のインディーズ・アーティストである。彼女らのプロジェクトの収益の半分が毎年福祉関係の支援活動をしている団体に寄付されている。また彼女たちこそ、売上を全て寄付する純粋チャリティーライブを年2回実施している。
 

ちょうど10時になりイベントが始まる。ゴールデンシックスが登場して2万人の大観衆を前にカノンとリノンが煽るようなセリフを言っていきなり盛り上げる。そして『停まらないならもっと走れ』という曲から始める。ゴールデンシックスにはこの手の「煽る曲」が多い。ある意味ロックの魂だ。
 
「この曲、AYAが歌っている『停まらない!』を私が書いた時に同時に千里が書いた曲みたいなんだよね」
と言って冬子さんは苦笑している。
 
「それって何かあったんですか?」
と青葉が訊く。
 
「まあここだけの話、私と千里と川崎ゆりこが乗っている車がフェード現象で停まらなくなったんだよ」
「ひゃー」
 
「千里が走行中に自分が運転席に移動して、車の脇を擦って停めてくれた」
と冬子は説明する。
「走行中に運転を替わったんですか!?」
と青葉が驚いて言う。
 
「凄いね。さすが国際ライセンス持ち」
と美空が言っている。
 
「でもAYAも別口でフェード現象やっちゃって、やはり車の脇を擦って停めようとして壁面に激突した」
 
「ああ」
 
「素人はそうなるかもね」
と小風。
 
「それよく無事でしたね」
と青葉。
「カイエンだからだと思う。やわな車だと大怪我してたろうね。これ内緒ね」
と冬子。
 
「今日は内緒の話をたくさん聞く」
 

「内緒ついでに、今日の演奏曲目に入っている『夏祭りの夜に』と『ツンデレかぐや姫』って名義が逆ですよね?」
と青葉は言う。
 
「それよく分かるね」
と小風が感心する。
 
「まあ青葉は波動で分かったでしょ?」
と冬子が訊く。
 
「ええ。常識的に言うと『ツンデレかぐや姫』みたいな軽いノリの曲は葵照子・醍醐春海が得意とする所で、『夏祭りの夜に』みたいな深い曲ってこれまでも森之和泉・水沢歌月がよく書いてた感じの曲なんです。でも波動が違うんですよ」
 
「レコード会社から、和泉・歌月であまりふざけすぎないでくれと言われたんで名義を交換したんだよ。でも印税は本来の作者が取る約束」
 
「なんかそのあたりの名義貸しって複雑すぎますね」
「まあ誰とは言わないけど、この世界には名義を貸して収益をあげている作詞家・作曲家も多いから」
 
「それってブランド商法だよね?」
「そうそう。ライセンス生産なんだよ」
 

「でも醍醐春海は今すごく充実してるよね」
と小風が言う。
 
「『鬼ヶ島伝説』も『夏祭りの夜に』も凄くいい曲だよ」
と小風。
 
「うん。私は個人的には正直な話、ラビット4の曲は脅威に思うほどよくできてると思うんだけど、円熟さでは醍醐春海が物凄くいい。ただ、あの子不安定だからね。いつ唐突に調子を落とすとも限らない。あの子が出てきた2007-2008年頃って物凄く良かったけど2009-2010頃は調子を落としていた。2011年後半から2012年前半も凄く良かったけど2012年後半から2013年前半は酷かった。そのあと少しずつ復活してきて、今またピークにさしかかっている感じかな」
 
と冬子は言う。
 
それって要するに細川さんとの恋愛関係に連動してるんじゃないか?と青葉は想像した。
 
「芸術家って、わりとそういう波のある人、いるよね」
と小風。
「うん。まさに彼女はその波のあるタイプだと思う」
と冬子は言っていた。
 

「でも蘭子も一時期調子落としてたけど、最近かなりよくなってきている」
と小風は言う。
 
すると冬子は自分のバッグから1枚の譜面を取り出した。
 
「これこないだからずっと推敲している」
と言ってかなりの修正加筆の跡がある譜面を見せてくれる。何色ものボールペンで修正が入っている。
 
「『雪原を行く』って、こないだのスノーモービルでの脱出の時の曲?」
「うん」
 
「あれ、でも公開しないんじゃ?」
と小風が訊く。
 
「公開しないならテレビ局に撮影させないよ」
と冬子。
 
「公開しちゃうんだ?」
「じゃ、もしかしてケイと蘭子は別人という話はもうおしまいですか?」
と青葉は尋ねた。
 
「まあ詳しくは13日のテレビを見てもらえば」
「へー!」
 
青葉は修正の跡の物凄い譜面をどれが最終的な修正なのかを判読しながら読んでいく。
 
「これ凄くきれいな曲ですね。しかもシンプル」
 
「うん。音域は2オクターブに留めているから、ふつうに少し歌唱力のある人なら歌える。難しい音程進行も無い。先日の『振袖』や『門出』は超難曲だから」
 
「東堂千一夜さんの『トップランナー』だって凄くいい曲なのに、あの2つと並べるとかすんじゃったね」
などと美空は言う。
 
「『門出』は和泉も歌う自信無いと言ってた」
と小風。
 
「いや和泉の方が私より音域広いから歌えるはず」
と冬子は言ってから
「青葉にも歌えるけどね」
とこちらを見て言う。
 
「あの曲は音域だけの問題じゃないんです。音程取りが凄く難しいんですよ。本当に音感の良い人にしか歌えない。でも和泉さんにも歌えるはずですよ」
と青葉は言う。
 
「実は鴨乃清見さんから大学進学なんかやめてこの歌で歌手デビューしない?とか言われたんです。でも私は歌手とかするガラじゃないし。それでケイさんを推薦したんです」
と青葉は更に説明した。
 
「おお、そういう経緯があってローズ+リリーに行った訳か」
 
 
Before前頁次頁After目次