【春卒】(2)

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ゴールデンシックスの演奏が10:30に終わった所で青葉たちは次のフラワー・フォーは見ずに引き上げた。政子が監視役の甲斐窓香さんと一緒にフラワー・フォーを見に来たはずであるが、今回はすれ違いである。
 
青葉はホテルに戻ると少し仮眠し、12時すぎに起きて昼食を取る。その昼食場所で冬子・和泉・小風の3人と一緒になったので4人で会場に移動した。12:45くらいに集合場所に到達する。他の出演者も集まってきて、例によって最後に13:03くらいに美空が花恋と一緒にやってきて全員揃った。
 
進行は少し押していて12:55に終わるはずの槇原愛の演奏が13:10に終了。5分の休憩を置いて13:15からステラジオ、13:47から貝瀬日南となった。このままだとKARIONの開始は14:17になりそうである。
 
「これエンドがずれてもいいんですか?」
「いちおう最後のAYAがヘッドライナーの特典でアンコールもやって10分間延長していいことにはしていたんだけどね。まあ日没までには終わるんじゃないかな」
 
「今日の日没は?」
「17:37と聞いた」
 

今日のイベントは最初のゴールデンシックスから貝瀬日南までの8組のアーティストが30分ずつ、そして最後のKARION, XANFUS, AYA は1時間ずつの持ち時間となっている。
 
ここでKARIONが先にやるのは、元々ここはKARION, XANFUS, Rose+Lily となっていて、蘭子=ケイが無理なく出演できるように間にXANFUSを入れた経緯があった。ローズ+リリーは1週間前のイベントに移動したのでXANFUSを先にしてもよかったのだが、当初計画した順序を踏襲している。
 
結局KARIONのステージは14:18に始まった。
 
今週水曜日に発売予定の『メルヘンロード』、昨年出した2枚のシングルと昨年2月のアルバム『四・十二・二十四』の曲を中心に、そして過去のヒット曲から『雪うさぎたち』などを演奏、最後は他の伴奏者は退場して、KARIONの4人に、青葉のピアノと夢美のグロッケンで『Crystal Tunes』を美しく演奏して終了した。
 

演奏終了後、控室で汗をかいた下着を交換してからXANFUSのステージを見る。KARIONの演奏が終わったのが15:16でXANFUSは設営準備に少し時間がかかり15:23スタートとなった。これが終わったのが16:19でAYAは結局16:24スタートとなる。
 
「これちょうどAYAの演奏終了時に日没になるね」
「なんか予定調和だなあ」
 
AYAは実際には16:28にいったん演奏を終えるがアンコールの拍手に応えて再登場する。ここで1曲目はAYAのデビュー曲『スーパースター』をひとりで歌うが、
 
「ローズ+リリー、KARION、XANFUSも入って!」
という声で、ケイ、マリ、和泉、小風、美空、音羽、光帆の7人も壇上に上がり08年組の8人で一緒にAYAが昨年出した大ヒット曲『停まらない!』を歌った。AYAは観客の方にもマイクを向け、会場の観客も一緒に歌う。
 
結局今日のイベントは『停まらないならもっと走れ』から始まり『停まらない!』で終わるということでフェード現象の歌で始まりフェード現象の歌で終わったことになる。
 
そしてこの曲が終わるのとほぼ同時くらいに日没(17:37)となった。
 
素敵なフィナーレであった。
 
「これにて本年の復興支援ライブを全て終了します」
という締めのアナウンスは貝瀬日南がしてくれた。
 
貝瀬日南と、今回のイベントでは裏方に回ってステージにはあがっていない秋風コスモスの2人は2007年デビューで、08年組より先輩になるのである。
 

ライブ終了後、係員の指示に従って順次退場する観客の中に
 
「今日は08年組が揃う所で蘭子の代役の人出なかったね」
「このイベントはギャラ無し・旅費自腹だから代役の人までは来られなかったのでは?」
などという声がけっこうあるのを耳にした。
 
青葉は「蘭子とケイは別人」というのをわざわざ言うのを辞めることにしたのと関係しているんだろうなと思った。これまでは夢美さんがしばしば蘭子の代役を務めていたのである。
 

イベント終了後、今日の出演者で残っていた人たち、ゴールデンシックス、槇原愛、貝瀬日南、KARION, XANFUS, AYA それに最後のアンコールにだけ出たローズ+リリー、そしてそれらの伴奏者合同で打ち上げをした。費用は割り勘!という、ささやかな打ち上げである。
 
伴奏者も入って全部で30人ちょっと居る。女性が圧倒的に多く、男性はKARIONのバックバンドの5人、AYAのバックバンドの一部しかいない。貝瀬日南のバックバンドの人たちはもう帰っている。
 
結構な人数なので4〜5人くらいのグループが幾つかできていた。美空とマリはシレーナ・ソニカの穂花と3人で「食糧食べ尽くし」を図っている感じだし、男性陣は飲んで騒いでという感じだ。ケイは和泉・貝瀬日南・槇原愛と何やら音楽論議をしている。
 
それで青葉は何となく小風・音羽・花野子と一緒のグループになった。
 

「なんかこの4人、元々お互いに微妙に絡んでるよね」
と花野子が言う。
 
「私と小風は小学校の時の同級生」
と花野子。
 
「え?そうだったんだ?」
と音羽が驚いたように言う。
 
「花野子は熊本生まれだけど、小学2年生の時に東京に引っ越してきた。私は水戸出身だけど、やはり小学2年生の時に東京に引っ越してきた。それで転校生同士でわりと仲良くなったんだよ」
と小風が説明する。
 
「美空がメテオーナでデビューすると言って、そのメンバーに小風が入っているの聞いて、おお!凄い!と思ったよ」
と花野子。
 
「メテオーナ?」
と青葉が尋ねると
 
「KARIONの元の名前」
と小風と花野子が言う。
 
「へー!」
「メテオーナは最初5人で結成したんだけど、その内3人が脱落して」
「わぁ」
「それで和泉と蘭子を追加して4人で新たにKARIONの名前でデビューしたんだよ」
と小風は説明する。
 
「いや、音楽ユニットって結成まもない時期には変動が多く発生しがち」
「うん。XANFUSも最初から残っているのは光帆とYukiだけだし」
と音羽が言う。
 
「そちらもかなり初期の頃脱落が相次いだみたいね」
と小風が言う。
 
「そうそう。私と浜名麻梨奈なんて、たまたまスタジオを見学に行ってた所で、唐突にあんたたちギターとベース弾いてと言われてメンバーに加えられてしまった」
と音羽は苦笑しながら言う。
 
「ああ、この世界その手の話も多いんだよ」
と小風。
 
「それでメインボーカル取ってた逢鈴さんがParking Serviceにトレードされちゃったから、私がギター担当だったはずがメインボーカルになっちゃって」
 
「なるほどー」
 
「逢鈴さん、今何してるんだっけ?」
「のんびりと羊の世話しながら暮らしてるって、こないだ事務所宛に絵はがき来てたよ。時々地元のナイトクラブで歌っているらしい」
 
「そういう生活もいいなあ」
 

「あれ?もしかして少女X・少女Yって、メテオーナの元メンバーですか?」
と青葉は唐突に気づいて言った。
 
「うん。でもそれは知っている人はほとんど居ないし、基本的にはあまり人に言わないで欲しい」
と小風が言う。
 
「何かあったんですか?」
「少女Yは喫煙で補導されてクビになったんだよね」
「あらら」
「それが実際には本人は1度もタバコを吸ってない」
「冤罪?」
「いや、本人がアホなんだけど、タバコにちょっと興味持って買ってきて、それで火を点けて口につけた瞬間、目の前にいた私服の女性警官に『あなた未成年じゃないの?』と。だから、タバコの煙自体も吸ってないと本人の弁」
 
「ああ」
「なんて間が悪い」
「でも口につけた所で既遂でしょうね」
「うん。それは自分が悪かったと言ってた」
 
「少女Xのことは花野子の方が詳しいよね?」
と小風は花野子に振る。
 
「うん。あの子自身は何も悪いことしてない。むしろ立派なことしてる」
と花野子は言う。
 
「あの子のお姉さんが大量放火犯として検挙されたんだよ」
「わぁ・・・」
「深川・旭川で何十件も放火して、被害総額も何億円とした」
「そんなことが」
「だから本人は悪くないけど、その状況で妹が歌手デビューしたらマスコミがあれこれ追及するじゃん。それって本人も辛いし、ユニットや事務所にも迷惑掛けるからといって辞退したんだよ」
 
「可哀想」
 
「でもその少女Xを拾ってくれたのがζζプロの兼岩会長で。チェリーツインまるごと契約して、その契約金や、その後のチェリーツインのCD売上とかでお姉さんの事件の被害の賠償金を払ったんだよ」
 
「そんな話があったんですか!」
と青葉は驚いて言った。
 
「実際には放火事件の中で最大の被害に遭った旭川C学園の理事長さんが少女Xの努力に感動して、他の物件の被害額を全部いったん肩代わりしてくれた。それで少女Xも、数年掛けてC学園に肩代わりしてもらった額を頑張って返済した」
 
「その理事長さんも偉いですね」
「C学園ではその少女Xが返してくれたお金を使って、福祉コースの課程を設置して、それで福祉関係の人材がそこから多数出ている」
 
「だったら表彰状あげたいくらいですよ」
 
「チェリーツインの活動自体が、全国の言語障碍を抱えた人たちを勇気づけているし、あのプロジェクトの収益の多くが福祉関係の団体に寄付されているし、あれは本当に表彰されるべきだと思う」
と小風も言う。
 

「でもチェリーツインが売れたのは何と言っても蔵田さんから曲をもらったからだろうけどね。紅ゆたか・紅さやか姉妹の曲では大して売れないよ。あの人たちの曲はやはり素人作品だし。メロディーとかの発想が凡庸すぎるんだよなあ。だからどの曲聞いても同じ曲に聞こえる。ここだけの話ね」
 
と花野子はハッキリ言う。
 
「いや、どの曲も同じ曲に聞こえる作曲家って割と多い」
と音羽。
 
「あれ?紅ゆたか・紅さやかって女性でしたっけ?」
と青葉が訊く。
 
「あ、しまった。男だった」
「あの2人、男なのにしばしば姉妹と言われちゃうね」
 
「まあ星子・虹子姉妹がいて、少女Xと少女Yも姉妹のように仲が良いから、つい紅姉妹まで姉妹と言われてしまう」
 
「でも紅兄弟と言われることはまずないね」
「なんでだろうね。不思議だね」
 

「あと、私は青葉ちゃんのお姉さんの桃香と元同級生」
と音羽が言う。
 
「ふーん。同級生ね〜」
と小風が笑いながら言っている。
 
「まあそれ以上のことは想像に任せる。だから私は青葉のお母ちゃんと顔見知りだよ。ちなみに桃香とはセックスまではしてないよ」
と音羽。
 
「ふむふむ」
「私は美来にバージンを捧げたから」
「はいはい、ごちそうさま」
 
向こうの方でゴールデンシックスの京子・希美と話していたふうの光帆が何事だ?という感じでこちらをチラリとみた。
 
「私は青葉ちゃんのもうひとりのお姉さんの千里と元同級生」
と花野子。
 
「うちの姉の過去の黒歴史部分をよく知っておられるっぽい」
と青葉は言う。
 
「まあ色々秘密は知っているよ」
と花野子は笑いながら言っている。
 

「ところでさ」
と音羽が少し小さい声で言う。
 
「町添さんが制作部長を外れるのって確定?」
 
「え〜〜〜〜!?」
と小風が大きな声を出してから音羽から「しーっ」と言われる。
 
「嘘!?」
 
「松前さんがTKRの会長に就任したけどさ、そのまま向こうの専任になって★★レコードの社長は辞任、村上専務が社長昇格という噂があるんだよね」
と音羽。
 
「例の派閥争いか」
と花野子が言う。
 
「今の★★レコードには、小さなレコード店から出発した元々の★★レコードの系統の社員と、旧MMレコードの社員がいる」
と花野子は解説する。
 
「うん。制作力や新人開発能力はあったものの販売網を持っていなかった★★レコードが、販売網は持っていたけど、長年ヒット曲が出てなくて制作能力に疑問を持たれていたMMレコードを事実上、吸収合併して現在の★★レコードになっている。だから、制作部門には元々の★★レコード系の人が多いけど営業部門にはMMレコード系の人が多い」
と音羽。
 
「松前社長も町添部長も★★レコードの創業者のひとり。村上専務はMMレコードの元営業部長。これまで★★系が強かったんだけど、昨年夏に創業者グループの中心人物で最も多くの株を持っていた人が亡くなって、その人の持ち株がふたりの娘に分割して相続されたんだけど、そのひとりがMMレコードの元社長の孫息子の奥さんなんだよね」
 
と花野子は背景的なものを語る。
 
「うん。それでバランスがMM系に傾いてしまって。今株の保有比率はMM系の方が多くなっている。それでMM系では村上さんを次期社長にと推す動きが強くなっている。松前さんもまだ51歳で若いけど2007年に社長になって今年の夏には9年になる。長期政権に対して批判の声も出始めているから」
と音羽。
 
「TKR設立もそもそもは★★系の追い出し作戦だったんだよね。町添さんを社長に据えて、結果的に松前さんの後継者を消そうとする動き。町添さんは45歳。まだまだ若いけど、何と言っても創業者グループの最後のひとりだから、MM系にとっては目の上のたんこぶなんだ」
 
「だからMM系が考えていた構図は松前さんを会長に祭り上げて、町添さんはTKR社長、松前さんの懐刀の似鳥営業部長も実質的な権限の無い副会長か常務にしちゃう。それで村上専務が社長昇格、佐田常務が専務になって営業部長を兼任。制作部長には鬼柳次長の昇格という線」
 
「ところが松前さんは自らがTKRのトップとして転出することで町添さんを守った。だから松前さんの6月での社長辞任はもう既定路線だと思うけど、町添さんは制作部長として残っても、実質社内でほとんど孤立する形になると思う。似鳥さんは松前さんが居てこそ動ける人で、あまり上に立って行動するタイプじゃないもん。販売の仕事には熱心だけどね」
と花野子は言う。
 
「うん。似鳥さんは生粋のセールスマンなんだよ。先頭に立って販路を開拓していくけど、権力闘争みたいなのは苦手」
 
小風はこの付近の話は知らなかったようで腕組みして考えている。青葉もそんな権力闘争が水面下で起きていたとは思いも寄らなかったので、難しい顔をして話を聞いていた。そうか。水島さんが、こんなイベントは今年が最後かもと言っていたのは、こういう事情があったからだったのかと考えた。
 
「でも町添さんが辞めちゃったら、こんなイベントはもう来年は考えられないね」
と小風も言っている。
 
「うん。鬼柳さんは元々メインバンクから送り込まれてきた人だし、採算の取れないことは嫌うと思う」
 
「まだMM系の人が制作部長になるよりはマシだけどね」
 
「MM系なら黒岩大阪支店長の抜擢になると思うけど、あの人はあまりポップスに理解があるとは思えないんだよね。それは多分村上さんも分かっていると思う。鬼柳さんは若い頃バンドやってたんだよ。あの人のギター演奏聞いたことあるけどかなり上手い。それでポップスやロックには理解がある。それに元々人当たりがソフトで敵を作らない人だし。中堅クラスの社員をよく食事に連れて行ったりして、★★系・MM系どちらとも親睦を図って制作部に一体感を作り出しているよね」
 
「ただあまり先見の明は無い感じだよね」
「うん。それがちょっと心配」
「あの人はあくまで調整型。良い意味でも悪い意味でも典型的な中間管理職なんだ」
「むしろ大企業の中間管理職として絶好の人材だけどね」
「言えてる、言えてる」
 

青葉はその日ホテルに帰ってから、音羽・花野子が言っていたことが気になった。寝ようとしてもどうにも寝付けない。
 
町添さんが制作部長から外れる。
 
ローズ+リリーは町添さんのおおらかな性格を背景に活動を続けてきた。そもそも町添さんは半ば仕事を忘れてローズ+リリーに肩入れしている。何度もローズ+リリーのために首を掛けて便宜を図ってあげたことがある。
 
その町添さんが外れてふつうのサラリーマン的な人が制作部長になったら・・・たぶんマリさんの神経が耐えられない。きっともっとテレビに出ろとか言うだろうし、マリさんにもっと規律を求めるのではないか。そうなると彼女の才能は潰れてしまうだろう。
 
それは同様に町添さんに守られて自由に活動してきた、KARION, XANFUS, AYA, Rainbow Flute Bands, チェリーツイン、槇原愛とシレーナ・ソニカなどについても言える。
 
およそ芸能人としての意識どころか、社会人としての資質も怪しいマリ、1年近く活動を拒否していたAYA, レスビアン疑惑が度々取り沙汰されているXANFUS, そもそもセクマイのメンバーを集めて結成されたRainbow Flute Bands, 実質★★レコードの販売網を使用して営業しているのにそもそもメジャー契約を拒否しているチェリーツイン。どれも普通のレコード会社では存在を許してもらえないようなアーティストばかりだ。そんなアーティストが活動できて、大きなセールスをあげているのは町添さんという包容力が大きく先見の明のある人が制作の総責任者であるからである。
 

青葉はそこまで考えた時、町添さんの解任とともに、★★レコードが崩壊してしまうようなヴィジョンが見えた気がした。
 
これは阻止したい。
 
しかし阻止できるものだろうか?
 
時計はもう夜中の1時すぎだ。しかし青葉は千里に電話を掛けてみた。すると千里は呼び出し音が1回も鳴らないうちに取った。
 
さっすがぁ!
 
「おはよう、青葉」
「おはよう、ちー姉」
 
「どうしたの? まあイベントは終わったかも知れないけど、夜更かしは美容に良くないよ」
「ごめんね、こんな遅く。でもたぶんちー姉は起きていると思ったから」
「うん。ここの所、昼間は完全にバスケット漬けだから、夜中にひたすら作曲をしている」
「わ、その忙しいのにごめん」
 
「うん。いいよ。どうかしたの?再度性転換して男に戻りたくなった?」
「絶対戻りたくない!」
 
「まあ青葉は男としては生きていけないだろうね」
「ちー姉もだと思う。それでさ、ちー姉、★★レコードの権力闘争の話は聞いてる?」
 
「松前社長の辞任と村上専務の社長昇格はもう動かないと思う」
「やはり」
「焦点は結局町添さんの処遇と制作部長人事なんだよね」
「そういう情報ってどこから仕入れるの?」
 
「青葉って人間に関する情報収集が苦手だもんね」
「うっ・・・・」
 
私それいろんな人から言われている気がする、と青葉は思った。
 
「★★レコードの色々な人と話していると自然に分かるよ。本来青葉にも分かるはずだけど、その方面のアンテナが弱いんだよなあ、青葉って」
 
「そうみたい」
 
「でも正直な話、町添さんに制作部長を辞められるのは、私も困る」
「私も辞めて欲しくない」
 
「ちょっと『おいた』しない?」
 
と千里は提案してきた。
 
「何するの?」
 

「元々★★レコードは1992年に松前さん、町添さん、星原さん、羽根さん、須丸さんの5人で設立された。当初は20%ずつ出資していたんだけど経営規模が大きくなるにつれて資本金の拡大が必要になって、それを主として星原さんと須丸さんが負担した。その後まあ色々経緯があって、株式公開もしたしMMレコードとの合併があって、羽根さんが離脱したりして、昨年夏の段階で、星原6.6%, 須丸1.8%, 松前1.2%, 町添0.6%, ○○プロの丸花会長が個人で0.3%, ∞∞プロの鈴木社長も個人で0.6%, メインバンクが0.6%, そしてMMレコードの創業者のふたりの孫息子が2.5%ずつの株を持っていた」
 
「去年亡くなったというのは?」
 
「星原さん。その株は娘の鈴木片子さんと無藤準子さんが3.3%ずつ継承した」
「その無藤準子さんというのがMMレコードの無藤さんの息子さんの奥さんなのね?」
「そういうこと。星原さんとしては自分の娘を無藤さんの息子と結婚させたのは政略結婚的な色彩があったんだけど、結果的には仇となってしまった」
 
「それで株保有比率が逆転したんだ?」
 
「うん。現在丸花さんを含む★★系の5人の保有比率は7.2% MM系は3人で8.3% 鈴木社長とメインバンクは合計1.2%だけど中間派で、しばしばキャスティングボートを握る」
 
「それで今はMM系が勢い付いてるんだ」
 
「だからさ。青葉が株を買い占めて1.2%以上保有した上で町添さんたちに荷担したら再逆転できる」
 
「それ無茶な気がする。1.2%っていくら買うのよ!?」
「今の時価で8億円くらいだけど」
「それ無理。そもそも私8億円持ってないし、そんなに大量に買い占めようとしたら値上がりして、実際には8億円でも買えなくなるでしょ?」
 
「まあね」
 

「他に手はないわけ?」
「そうだなあ。村上さんを呪殺しちゃう?」
「私、まだ人殺しはしたくない」
「軟弱な」
 
そんな会話をしつつ、青葉は小学生の時、天津子と共同で呪いを掛けていた人を普通の仕事ができないような身体にしてしまったことがあるのを思い出して少し良心が痛んだ。
 
「ちー姉は人を呪い殺したことあるの?」
「内緒」
「うーん・・・」
 
「でも私は自分もしくは自分が守るべき存在が命の危険に曝されたら遠慮無く相手を倒すよ。青葉って、そこが甘い気がする」
 
「それ亡くなった曾祖母ちゃんにも言われてたし、天津子にも言われたことある」
「青葉は優しすぎるんだよね」
「うーん・・・」
 
「まあ殺すまでは青葉の良心が痛むというのであれば、無藤準子さんを離婚させちゃう?」
「え〜〜〜!?」
 
「元々政略結婚だったんだよ。ふたりの間には子供もない。そして無藤準子さんの旦那の激勝さんってDVの性癖がある上に浮気性なんだよ。ちょっと可哀想でさ。まあ私も浮気性の男と結婚しているから、あまり人のこと言えないけどね」
 
ふーん。やはりちー姉は細川さんと夫婦の意識なんだなと青葉は思う。
 
「それを離婚させようという訳?」
 
「そうすれば準子さんが★★系に戻らなかったとしても、★★対MMの比率は7.2:5.0になって、また★★系が有利になるんだよ」
 
「その浮気性な所を利用して離婚に追い込むわけ?」
「こういう裏工作、好きでしょ?」
「少し考えさせて」
「まあこういう工作は青葉の能力が無いと無理だから」
「ちー姉の力の方が凄いと思うけど」
 
「私は何の霊感もないただの人だから」
「今更そういう素人の振りするのはやめようよ」
 
「青葉、もしその気になったら、**区の占い師***さんの事務所と無藤さんの自宅とを結ぶラインを観察してごらんよ」
 
「へ?」
 
「取り敢えず今夜は少しお休み。青葉、神経が高ぶって眠れないんでしょ」
「うん、まあ」
「そういう時はね。クリちゃんをいじって自分で逝くと自然と睡魔に包まれるんだよ」
 
「ちょっとぉ!」
 
「青葉性転換した後、あまりオナニーしてないでしょ?」
「えっと・・・」
「ちゃんとオナニーしてないと、彪志君とのラブライフも楽しめないよ」
「うーん・・・」
 
「じゃおやすみ」
「うん。おやすみ」
 
青葉は電話を切ってから「はあ」とため息をついた。
 

翌3月7日。
 
少し熟睡することができた青葉はホテルのバイキングで朝食を取ると福島西ICそばまでバスで移動し、自分の車に乗ると、一路東京を目指した。
 
そして昨夜千里に言われた占い師の事務所のそばまで行き、じっと観察した。その後、無藤激勝・準子夫妻の家に行ってみた。
 
なるほど〜。
 
片方だけ見ただけでは気づかないのだが、両方を見てみると確かに両者の間に霊的なラインが作られている。これは女性の行動を抑圧するラインである。おそらく、激勝さんあるいはその親の関係者が依頼して、激勝さんと準子さんが離婚しないように霊的な縛りを掛けているんだ。
 

青葉は近くのファミレスに入るとネットで無藤激勝に関する噂を検索してみた。すると出てくる出てくる。
 
某有名タレントや某政治家の息子が関わったのではと噂された女性薬物死事件に彼も関わっていたのではと噂されていること。彼は準子さんとは再婚だが、前の奥さんからDVで訴えられかけて巨額の賠償金で示談したという噂があること。銀座でかなり豪遊している噂があること。そして最近では誰かは特定できないものの大物女優と不倫しているのではという噂があること。
 
彼は今無職のようだ。お兄さんの方は現在大阪支店の営業部長の地位にありそれなりにまじめに仕事をしているようで、恐らく将来的には本社取締役になりいづれ社長になる可能性もあるという話だ。しかしどうも弟のほうは色々問題があるようだ。
 
「準子さんもお兄さんの方と結婚すれば良かったのに」
と青葉は独り言を言ったが《雪娘》が
 
『お兄さんは既に結婚していたから弟と結婚させたんだよ』
と教えてくれた。
 
なるほど〜。
 

青葉は考えている内に少しずつ怒りが出てきた。
 
出来の悪い息子と結婚させた上で霊的な縛りで離婚も考えられないようにしておくなんて非道い!
 
それで青葉は企業の権力闘争とは無関係にこの呪術ラインを壊してしまいたくなった。そこで★★院の瞬醒さんに電話した。
 
「**の法を使いたいんです。例のあれを1個もらえませんか?」
「へー。珍しいね。青葉ちゃんがそういう破壊工作するというのは」
「ちょっと私怨です」
「うん。青葉ちゃんはそういう汚れ仕事も経験した方がいいと思っていた。霊能者はね。表の仕事も裏の仕事もできなきゃ1人前になれないし、裏の仕事を経験していないと、裏の仕事が得意な霊能者と戦えないんだよ」
 
「それは実は菊枝さんからも何度か言われたし、生前の師匠からも言われていました」
「じゃ用意しておく。でも料金は300万円取るよ」
 
「代金は5月まで待ってもらえません?」
「いいよ。貸しにしとく」
「ありがとうございます」
 

それで青葉はアクアを東京駅近くの24時間出し入れ可能な駐車場に駐めると、新幹線で大阪まで行く。そのあと電車とレンタカーで夕方頃、★★院に到着した。
 
「じゃこれ。使い方は分かるよね?」
「はい」
「気をつけてね。反動は普通の霊鎧では防御できないからね」
「それは守れると思います」
「まあ青葉ちゃんが死んだら線香くらい供えてあげるから」
 
「死にませんよ」
 
それで青葉はその呪具を持って大阪まで舞い戻り、最終の新幹線で東京に戻った。そしてアクアに乗って無藤さんの家から1kmほど離れた所にあるファミレスの駐車場に駐めた。歩いて現場まで行く。
 
霊鎧をまとった上で、自分の内部にある「珠」を起動して周囲に強いバリアを張り巡らせる。
 
その上で呪具を「ライン」に向けた上で念をそそぎこんだ。
 
発動する!
 
一瞬青い炎がアーチ状にあがったのを見た。
 
そして明かにラインは消えた。
 
たぶん無藤家に密かに置かれていた「呪具」は破壊されたはずである。そして・・・これを仕掛けていた呪者も結構なダメージを受けたはずである。青葉は自分自身が無事なことで、その効果を確信した。実際問題として念のため周囲に張っていたバリアには何も反作用は来なかったのである。
 

青葉はふっと息をつくと霊鎧を解除して、とりあえず歩いて車を駐めたファミレスまで行き、そこで料理を注文したまま、数時間放心状態にあった。
 
その内桃香からメールが着信する。時計を見るともう朝の6時である。青葉は周囲に他に客がいないのを見てこちらから電話を掛けた。
 
「青葉東京に来てるんだっけ?」
「うん。来てる。ちょっと疲れてたから途中で休んでた。そちらに行っていい?」
「うん。ついでに買物して来てくれない?」
「いいよ。じゃ、そちらに行って朝御飯作るね。そうそう。お正月の例のお酒も持って来たから」
「おお、それは素晴らしい」
 
桃香と話していたら青葉も心が少し柔らかくなって微笑みが出た。
 
「そうだ。桃姉、私、こないだ桃姉たちに貸してもらったお金で買った車を運転してきたんだけど、どこか駐める所あるかな」
 
「ああ。うちの近くの駐車場のいつもミラ駐めている所に駐めればいいからアパートまで来たら教えるよ」
「ミラ駐めてる場所なら分かるけどミラは?」
「昨日、千里が使うと言って用賀の方の駐車場に持っていったんだよ」
「へー」
 
実際は青葉がアクアを駐められるように空けてくれたんだろうな。
 
それで電話を切ると、青葉はテーブルの上にほとんど手つかずで残っている料理をこっそりとビニール袋に詰めバッグに入れた。そして伝票を持って席を立ち、会計の所に行った。
 

どっちみち荷物を降ろすしと思い、青葉はコンビニで少し食料品を買った上でアクアをいったん経堂のアパートそばに停める。桃香が出てきて車を見て
 
「凄い色の車だ!」
と言った。
 
「キャンセル車があってすぐに入手できるということで買ったんだけどね。でも私っていつも控えめだから、こういう色の方が私のためにはいいって友だちから言われた」
 
「ああ、それは私も賛成。青葉って地味な色を選びがちだし。白とか水色じゃ青葉の運気は沈んでしまうよ」
と桃香は言う。
 
「桃姉が運気なんて言葉使うの珍しい」
「私は唯物論者だけど、人は結構気の持ちようで変わるんだよ」
「そうだね」
 
それで荷物を降ろしてからいったん駐車場まで車を移動させ、歩いてアパートに戻る。
 
「桃姉、そこに落ちている赤いストッキング、誰の?」
と青葉が言うと
 
「わわわ」
と桃香は慌てた様子でそれを台所の大きなゴミ収集箱の中に放り込み、その上から部屋のゴミ箱の中身を入れて、見えなくしていた。
 
なるほどー。ちー姉が最近遅いのをいいことに他の女の子を連れ込んでいたのか。桃姉もちー姉のこと凄く好きみたいなのに、なんで浮気するんだろう?どうもよく分からないなあと青葉は思った。
 

青葉はそのあとコンビニで調達してきた食材で朝御飯を作り、桃香と一緒に食べた。それから桃香が「食糧の買い出し頼む」と言ってお金を3万円置いて会社に出かけるので、それを見送った。
 
青葉は昼くらいまでぐっすり寝てから、棚の隅にあった賞味期限が2012年のそうめんを茹でてお昼御飯にし、そのあとアクアで買い出しに出た。
 

約半日前。
 
「まだまだ詰めが甘いなあ」
 
とトボトボとした足取りで現場を去りファミレスの方に向かう青葉の背中を見送って千里はつぶやいた。
 
「今のは不意打ちに近かったから相手はやられたけど、相手の攻撃の道具を残しておいたら、今度はこちらが反撃くらうじゃん」
 
5分ほどで《こうちゃん》と《いんちゃん》が別方向から戻って来る。
 
『こうちゃん、いんちゃん、お疲れ様』
 
『結界を完全に破壊したから、あの占い師を恨んでいる数人の占い師からの攻撃がまともに入るようになった。水晶玉も鏡も《割れちゃった》し祭壇も《壊れちゃった》から、あそこは霊的に再建するのに半年はかかるだろうね。本人に再建できるだけの気力と霊力が残っていたらだけど』
 
と《こうちゃん》
 
『ありがとう。そのくらいはしておかないとね』
と千里は言う。
 
『本当は殺しちゃうのがあとあと面倒が無いんだけど』
『それは禁止』
『へいへい』
 
『今日進行中だった浮気現場の写真、無藤家のポストと、週刊**の郵便受けに放り込んだから。相手が女優の**だし、週刊誌は絶対飛び付くよ』
と《いんちゃん》。
 
『そこまでやれば、後は自動的に進んでいくだろうね』
 
『女に暴力ふるった上で浮気するような奴は本当は殺してやりたかったよ』
と《いんちゃん》は言う。
 
『私の配下に居る限り、正当防衛の場合以外、人殺しは禁止』
『はいはい』
 

『でもあのラインを一撃で消し去った青葉のパワーはやはり凄まじいよ』
と《こうちゃん》は言う。
 
『あの子って自分のパワーが人間の領域を越えていること自覚してないよね』
と《いんちゃん》。
 
『あのラインが消去されたことで結果的に結界にも穴が空いたから、その後のこちらの工作もできるようになったからな。まあ物が壊れちゃったのは事故で』
と《こうちゃん》。
 
『そういう呪いのシステムを破壊するとか、やはり青葉は凄いよね。元々能力があった上に、小さい頃から厳しい修行を重ねたからできるんだろうね。私にはとても伺い知れない世界の力だなあ。私なんて何の修行もしてないし、そもそも霊的な能力からして全然無いし』
と千里。
 
『・・・・・』
 
『どうしたの?こうちゃん』
『千里の発言ってマジなのか、冗談なのかどうもよく分からん』
『私はいつもマジだけど』
 
『まあいいや。今回は結構俺も楽しんだし』
と《こうちゃん》は言った。
 

『しかし貴司君って浮気はするけど暴力はふるわないから、千里も見捨てないんでしょ?』
 
と《いんちゃん》は言う。
 
『いや、実際問題として貴司君の浮気の既遂って凄く少ない。ほとんど千里が潰してるから、未遂ばかり』
 
と《こうちゃん》。
 
『あんたたちが勝手に潰したのもあるみたいだけど』
『まあそれは親切心で』
『若干は暇つぶしで』
 
『貴司君はむしろ千里にも阿倍子さんにも浮気の罰でおしおきを受けてるよね』
と《こうちゃん》
 
『あんまりやってると、ちんちん切っちゃうぞと警告してるんだけどね』
と千里。
 
『緋那さんからもそれ言われて、ちんちんに包丁を突きつけられてこのまま切り落とすよと一度言われてたね』
『へー。緋那さんもそのまま切り落としちゃえば良かったのに』
『千里、貴司君のちんちん無くなってもいいわけ?』
『うーん。無ければ無いで何とかなると思うけどなあ』
 
『それだけど、こないだちんちん取り上げてもあまり焦らなかったし、実は本人無くてもいいんじゃない?』
 
『あれってあんたたちのしわざ?』
と千里が訊くと、《こうちゃん》はゴホッゴホッと咳をして誤魔化す。
 
『でも貴司君ってM?』
と《いんちゃん》が訊く。
 
『うーん。どうだろう?確かにSよりはMかもね〜。一度入れてあげたら痛い痛いとか言いながらも喜んでいる感じだったし』
 
『・・・・・』
『どうしたの?いんちゃん』
『あれ本当に痛がってる気がしたけど』
『そう?』
 

青葉は3月8日の午後はアクアで郊外のスーパーに買い出しに行き、お肉や野菜、お米などを買ってきて、せっせと食糧の冷凍ストックを作った。そしてこの日は国立大学前期の合格発表なので、友人たちから合格・不合格の報告が入るのを見てはひとつひとつ返事をしていった。
 
日香理は東京外大に合格していた。凄く喜んでいる様子だったので直接電話して話した。
 
「本当に良かったね」
「これで来月からは東京暮らし。生活費は基本的に自分で稼ぐ約束だからバイトしながら勉強もしないといけないけど、長年掛けて親を説得したから頑張るよ」
 
「頑張るのはいいけど無理して身体壊さないようにね」
「うん。ありがとう」
 
美由紀はT大芸術学部に落ちていた。彼女とも直接電話で話した。
 
「残念だったね。でも第1希望の美大の試験はこれからだし、一発大逆転を狙って頑張ろう」
「うん。頑張る」
 

同じT大学の人文学部を受けた美津穂は合格していた。T大学を受けた子としては別の高校であるが中学の時の親友のひとりでC高校に行っている奈々美もT大に合格したという報告をうけた。
 
また青葉と同じK大学の国際学類を受けた彩矢、経済学類を受けた凉乃、青葉と同じ法学類を受けた星衣良、数物科学類を受けた水泳部の杏梨も合格していた。
 
青葉は取り敢えず友人で同じ大学に行く子ができたので心強い気分だった。特に中学以来の友人の星衣良が同じ大学の同じ学類に通ったのは本当に心強かった。彼女はT高校を受験した時はかなりギリギリに近い所で合格したのだが、この3年間に本当によく勉強したのだろう。
 
「星衣良すごーい。T高校に入った時は私たちと似たような成績だったはずなのに」
「ほんとによく勉強頑張ったんだね。おめでとう」
などと最初から国立は諦めてH大学を受けた明日香・世梨奈から祝福されていた。
 
「部活さぼってひたすら勉強してたし」
などと星衣良は言っている。
 
彼女は一応茶道部に入っていたのだが、実質ほとんど部活には顔を出していなかったようである。1年生の時は人数合わせで軽音部と合唱部に参加してもらったものの秋以降はそちらからも離れている。
 
「1年生・2年生の内は進研ゼミで基礎固めして、3年生になってからZ会も受けたんだよ」
「学校の補習も受けながら、よく頑張ったね」
 

紡希は京都大学に合格していた。空帆も東京工大に合格していた。どちらにも《おめでとう!これからがもっと大変だろうけど頑張ってね》とメールしておいた。紡希は普通科からの帝大合格というのは、本当によく頑張ったと思う。帝大組では、絢子は超難関の東大理三、徳代は東大文一に各々合格を決めた。
 
男子では明石君は阪大法学部、江藤君も東大文一、寺田君は東大理一、そして吉田君は青葉と同じK大学の法学類に合格した。彼は理数科なので理工学域を受けるのなら分かるのだが、なぜか法学類なのである。彼は後期ではT大学の知能情報工学科に願書を出すという不思議なことをしていた。
 
「あんた法学部に行って何すんのさ?」
と同じクラスの空帆から訊かれていた。
 
「弁護士を目指すよ」
「あんたが弁護したら全員有罪になりそうだ」
と空帆から言われるし
「あんた他人に言いくるめられやすいもんねー」
と6組から出張してきていた須美にまで言われている。
 
「弁論は鍛えるよ」
と本人は言っていた。
 
つまり青葉、星衣良、吉田君が同じK大学法学類に通うことになる。
 

そして問題はヒロミであった。青葉はヒロミの話がどうにも理解できないので高岡に帰ってから詳しく聞かせて欲しいと言った。ヒロミの方もどうも青葉に聞いて欲しい雰囲気であった。
 
その晩、桃香は7時頃帰ってきた。
 
「例の生酒が楽しみ〜」
などと言っている。青葉は桃香のおつまみ用にスルメを買ってきていたのでわざわざ石油ストーブを焚いて、その上であぶる。
 
「うんうん。こういうのはストーブとか七輪であぶるのがいいんだよ」
と桃香は言っている。
 
青葉も微笑んで生酒の瓶を開け、桃香のグラスに注いであげる。
 
「美味い!青葉も飲まないか?」
「そうだなあ。もらっちゃおうかな」
「よし。母ちゃんには内緒で」
「うん」
 
それで結局青葉はその晩、桃香と生酒の一升瓶を半分くらい空けてしまうほど飲んで、さすがに酔っ払って完璧にダウンしたのであった。
 
やはり攻撃的な呪術を使ったことで青葉の良心が痛んでいて、この日は自分の神経を麻痺させたい気分になったのである。
 

翌3月9日朝青葉は頭痛とともに目が覚める。うっ、これが二日酔いかなあと思いながらも朝御飯を作り、桃香を会社に送り出した。桃香は青葉以上に飲んだはずなのに平気そうであった。
 
「じゃ私はもう帰るからね」
「うん。気をつけてな。昨日渡したこのアパートの鍵はそのまま持ってていいから」
「了解」
 
それで青葉はたくさん水を飲み、お昼すぎまで寝て何とか酔いが覚めた気がしたので、荷物を整理して車に積み込み、高岡に向かった。
 
やはりたくさんお酒を飲んで、そのあとぐっすり寝たことで、青葉もだいぶ気持ちが楽になった気がした。
 
「私悪いことはしてないよね?」
などと自問する。《ゆう姫》が言った。
 
『青葉はまだああいう呪法を使うには純粋すぎたな』
『ちー姉は平気なのかなあ』
『あの子は達観してるね。必要だと思ったことは冷静に実行する。あの子はそれが本当に必要だと思ったら自分の恋人でさえ殺すだろうね』
 
《ゆう姫》の言葉に青葉は緊張した。
 
『でもそんなことしたら、あの子はその後恋人の後を追って自殺するよ』
 
その言葉に青葉は顔がほころんだ。
 
『必要なことは実行しなければならない。しかしそれは自分の感情とは別なのだよ』
『そうかも知れませんね』
 
『青葉』
『はい』
『お前はもう卒業しなければならない』
『はい?』
 
『高校から卒業したろ?』
『ええ』
 
『お前は今までみんなから守られていた。霊的な物事だけに限らず、世の中には仏の顔で行動すべき時と鬼の顔で行動すべき時がある。でもお前の周囲の人たちがお前には鬼の顔をしなくてもいいように守ってくれていたんだよ。瞬嶽師匠、菊枝先輩、美鳳さん、朋子母ちゃん、桃香姉ちゃん、千里姉ちゃん、学校の先生。それぞれが本当はお前がしなければならない闇の部分・裏の部分を代行してきた』
 
青葉は《ゆう姫》の言葉を聞いていた。
 
『ここ2年くらい千里が今まで隠していた自分の能力を青葉の前で見せるようになったのはなぜだと思う?』
『え?』
 
『あの子は瞬嶽が亡くなる直前に頼まれたからだよ。自分に代わって青葉の霊的なバックアップをしてやってくれと』
 
『そうだったのか・・・』
 
『まあ、まだ数年は千里は青葉のバックアップをしてくれるだろうから、その間に少しずつたくましくなれ』
 
青葉は少し考えていた。そして明るく答えた。
 
『はい』
と。
 

『あ、それでだな青葉』
『はい』
『お前まだ酔いが醒めてないぞ。今呼気検査されたら免許取り消し、2年間免許取得不可になるな』
『きゃー!!』
 
『悪いことは言わん。次のSAで駐めて今晩はぐっすり寝ろ』
 
『そうします!』
 
それで青葉は結局双葉SAに車を駐め、また充分に水分を取ってぐっすり寝たのであった。青葉は翌3月10日朝《ゆう姫》に
 
『私、酔い醒めました?』
と訊く。
 
『今0.13mgくらいかな。検挙はされんが注意はされる』
『もう少し寝ます!』
『アルコール・チェッカー買っておくとよい』
『それがいいかも』
 
それで結局青葉が双葉SAを出発したのは3月10日の夕方で、高岡に帰着したのは3月11日朝であった。
 

「お帰り、安全運転してた?」
「うん。帰りは少し疲れが溜まってたから結局、途中山梨県で丸1日寝てた」
 
さすがに酔っ払って1日寝てたとは言えない。
 
「うん、そういうのがいいね。そうそうカード来てるよ」
と朋子は言った。
 
「ありがとう。今回ETCで2万円くらい使ったから返すね」
と言って青葉は現金で2万円渡す。
「でもあんたお金は大丈夫?」
「うん。桃姉が学費とか出してくれたから今余裕あるんだよ」
「じゃもらっとくね」
と言って朋子はお金を受け取った。
 
銀行のキャッシュカード、クレジットコード(ゴールドカード)、ETCカードの封筒が到着している。カードを見てみたがETCカード以外はエンボスレスである。古いインプリンターを使った詐欺行為がかなりあったのでそれを防止するためオンラインの新しい端末でしか使えないようになっている。AOBA KAWAKAMIの文字がプリントされている。
 
青葉はそれを見ていて「あれ?」と思った。
 
「お母ちゃん、クレカってMRとかMSの表示が無かったっけ?」
「え?どうだっけ?」
 
それで朋子が自分のクレカを見てみると、それもTOMOKO TAKAZONOの印字だけでMSの表示は無い。しかし青葉が取り出してみた北海道のH銀行の子会社が発行したクレカを見ると、それには AOBA KAWAKAMI MS のエンボスが入っている。
 
「そうだ。聞いた気がする。最近のクレカってICカードが入っているでしょ?」
「あ、うん」
 
「このICカードの中に性別も含む個人情報が入っているからカードの表面からは性別表示も無くしたとか」
「なるほどー」
 
「MRとかMSの表示があったら、青葉みたいな子は使いにくかったろうし、良いことだと思うよ」
 
「ほんとそうだよね。マイナンバーカードとかあれ酷いよ」
「あの性別表示を消してくれって運動している人たちもいるみたいね」
「うん。時代に逆行していると思う」
 
 
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【春卒】(2)