【春足】(4)

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それで雨宮先生はカエルの運転するGTC4 Lussoで、千葉の自宅に戻っていった。青葉と千里も矢鳴さんを呼んで帰宅しようかと思ったのだが、コスモスが言った。
 
「大宮先生、ちょっと霊関係でご相談があるのですが、お時間取れません?」
 
青葉は現在多忙すぎるので霊関係の相談は断っているのだが、コスモスは別である。
 
「いいですよ」
と言ったのだが、その時《姫様》が
『千里も連れて行け』
と言った。
 
それで青葉は
「ちー姉も付き合ってくれない?」
と言う。すると千里姉は
「1番の方が良さそうだから呼び出す」
と言った!
 
つまり土地絡みの案件かと青葉は思った。
 

30分ほどで千里1がオーリスを運転してきたので、ここに居た千里は1番とタッチして、そのオーリスを運転して帰って行った。
 
「醍醐先生も大胆だなあ」
などとコスモスは言っている。
 
全く、全く。
 
それで結局、青葉と千里1はコスモスの専用車 BMW 225xe iPower Whiteに乗り、コスモスの運転で北方に向かう。
 

やってきたのは、さいたま市内(旧岩槻市内)のマンションである。
 
コスモスはそのマンションの“敷地前”に車を駐めたが、降りるまでもなく用件は分かった。
 
「これはお知り合いのマンションか何かですか?」
と青葉は車から降りずに尋ねた。
 
「安く売りに出てたから、浄霊とかできそうなら買おうかと思って。以前から言っていた、主として独身者向けの社員寮に使えないかと」
とコスモス。
 
建設関係の話が続くなあと青葉は思った。筒石さんの新居に始まり、高岡の家の引越、そしてここの社員寮。
 
「ちー姉の見立ては?」
「マンションを建て替えるなら買ってもいい」
「同感」
 
「建て替えたら何とかなる?」
「このマンションの建て方が間違ってるんですよ。土地としてはそう悪い土地ではないです」
と青葉は言った。
 
「そういうことなんだ!」
 
「気の流れを遮るように建物が建ってるから、建て直さない限り改善は不可能」
と千里が補足する。
 
「ポルターガイストとか起きてません?」
 
「不動産屋さんは口を濁すのですが、情報を集めたのでは、よく物音がしたそうです。誰もいないのにピンポンが鳴ったり。廊下を歩いていたら、いきなり足首を掴まれて転んだり。どうも自殺した人もあったみたいで。何度かお祓いとか祈祷とかしてもらったものの改善されなかったようです。それで住人が居つかなくて、もう1年ほど入居者ゼロの状態だったらしいです」
 
ああ、妖怪足つかみは、こんな所にも出没しているかと青葉は思う。
 

「ここは土地は1000坪くらい?」
「1200坪。それが3500万円で売りに出てるのよ。でも現地を見た人はみんな帰っちゃうらしくて。ここ交通も不便だし」
 
「でも岩槻ICからあまり距離ないよね」
「そうなのよ。だから車前提ならかえって便利なのよ」
 
青葉は少し考えた。
 
「買うなら今日です。たぶん・・・」
と青葉が言って千里の顔を見ると
 
「来週には売れるね」
と千里が言う。
 
「じゃ買っちゃおうかな」
「3500万円というのは建物付きの値段?」
「そうそう。更地ならたぶんその倍は、すると思う」
「このマンション崩すのに7000-8000万かかるだろうね、普通の工務店なら」
「ちー姉のところなら1000万円で崩すよね」
「できる。何なら、このマンションをそのまま正しい位置と向きに移動させることもできるけど」
 
「マジ?」
とコスモスが驚いている。
 
「ああ、播磨工務店ならやるかもね」
と青葉も少々投げ槍に言った。
 
「そしたらあっという間に使えるようになるよね」
「新しい場所の基礎工事の期間と配管工事の期間だけあればいい。でも建て直しても12階建ては1ヶ月半でできるけど」
「ユニット工法は3日で1フロアできるもんね」
 
「このマンション自体20年経ってるし、建て直した方がいいかなあ。昔の基準だと壁も薄いよね?」
「かなり薄いのもあるかもね」
「建て直す場合、12階建てマンションはお幾らくらい?」
とコスモスは千里に尋ねる。
 
「部屋の間取りは?」
「1フロアに2DK 4個と1K 8個。現在のとだいたい同じ感じで」
 
と言い、コスモスがアバウトな絵を描いた。
 

 
これだと壁の厚さをどーんと0.2間(36cm)取っても青葉の計算では建坪191.36坪である。
 
(“普通の”マンションの壁は15-20cmと言われる。但し古い物には12cm程度しかないものもある)
 
延べ床面積はそれを12倍して=2296.32坪。ここは容積率200%なので1200坪の土地に、ちょうどこの大きさの建物が建てられる。ここは高さ制限は無い。どうもコスモスはこのあたりまでは設計図を描いて計算していたようだ。
 
「管理人室とかは?」
「1階にフロント、管理人住居に警備員室、売店・医務室・カウンセラー室・調理室。あ、そうそう。自動配膳設備も」
「了解。男子寮に作ったような虹色の部屋は?」
「希望者は自主的にその手の治療をしてくれる病院で。休みはあげるから」
 

虹色の部屋って何よ!?と思ったが、1階を管理系で使うなら、住居は2-12F. 12x11=132室になる。
 
ここで初めて全員車から降りる。青葉は雪娘をコスモスに付けた。青葉と千里は自分の身は自分で守れる。
 
敷地内に入り、ビルの周囲を歩いてみる。千里姉はレーザーメーターで建物のサイズを計っていた。
 
「このサイズから逆算すると、この建物の壁は8cmくらいしかない。それに容積率オーバーしてる」
「ああ。建て直し確定」
 
ちー姉の計算はあてにならないけど(*10)、古いマンションは実際防音性が悪いものも多いし、自殺者も出ているなら建て替えた方が良さそうだ。
 
しかし雑霊が多い。見に来た人がみんな帰る訳だ。
 
(*10)実際はこの数値は今《こうちゃん》が実測してきた数値。彼の計算では容積率が220%あった。
 

「ああ。だいたい分かった」
と千里は言った。
 
「社員寮は、女子寮みたいに防音にする必要は無いよね?」
「隣の部屋の生活音、上の階の足音が聞こえない程度ならいい。*オ*レ*みたいな安普請は困るけど。設備は無線LANや有線テレビなど女子寮新館に準じて」
 
「ムーラン建設なら12億円、播磨工務店なら8億円かな」
「播磨工務店なら工事も早いよね?」
「播磨工務店なら20日で建てる」
「凄い。さっき言った1ヶ月半というのはムーラン建設?」
「そそ。基礎工事1週間と3日×12Fで合計41日」
「播磨工務店だと?」
「並行作業するから、基礎工事は同じ1週間かかるけど、その後は3日×12F÷3で21日」
 
(ちー姉、7+3×12 = 43 だし、7+ 3×12÷3 = 19 だよ〜、と青葉は思うがまあ誤差の範囲だろうと思い、何も言わなかった。3番以外の千里は計算が適当である)
 
「その÷3って何?」
と青葉は尋ねてみた。
 
「3班に分かれて、1,2,3階を同時に組み立てて、1階の上に2階を置き、その上に3階を置く。以下繰り返し。1階から12階まで貫通する鉄骨は最初から立てておくから、ずれることは無い」
と千里は説明する。
 
「普通の工務店にはできそうもない」
と青葉が呆れて言うが
 
「播磨工務店以外にはできないだろうね」
と千里も笑って言っている。
 
「タレント用住宅でもないし、播磨工務店に頼んじゃおうかな。彼らの実力はこれまでたくさん見てるし」
「OKOK。だったら、前橋を行かせるから、都合のいい時間を連絡して」
「ああ、前橋さんとか青池さんは安心感がある」
「南田は適当だし、九重は抜けが多いからなあ。4階建ての家に階段もエレベーターも無かったり(姫路の家の話!)」
「上島先生の家も階段の付け忘れがあったね」
「そうそう。雨宮先生に言われて、入居前夜に一晩で作った」
「まあドアの付け忘れくらいは補修してもらえば問題無いし」
 
ちー姉、その南田さんにうちの新しい家を頼んだけど大丈夫?九重さんには筒石さんの家を頼んでたけどそちらも大丈夫??
 

それでコスモスは不動産屋さんを呼び、この土地を買いたいと告げた。すぐに事務所に行き、売買契約を結んだ。
 
「古いマンションは崩さなくてもいいですか」
「はい。こちらで懇意にしている工務店に崩させますので」
「分かりました」
 
ということて、コスモスはその場で消費税込み3850万円を振り込んで、ここに社員寮を建設することにした。
 
春日部のスタジオはたぶん今後も使うと思うから、岩槻なら、そこにも近いし、女子寮まで(東北道を通って)30分程度で行けるので、マネージャーさんたちの住居としても便利である。
 
ただ、電車の駅に遠いし、バス路線は無いし、コンビニは100mほど行った所に1軒ある(*11)ものの、スーパーまでは2kmくらいあるし、一般的な感覚では不便な場所である。基本的にここは車が無ければ暮らせない場所だ。
 
コスモスは女子寮その他との間にシャトルバスを運行するつもりだと言った。疲れているマネージャーが寝起きに自分で運転したらとても危険である。また買い出しは頼んでおけばまとめて買っておくことにする。
 
(*11) コスモスは市の許可を取ってマンションとコンビニの間の歩道にガードレールと30mおきに青い街灯を設置してしまった。青は犯罪抑止力があると言われている。設置費用や街灯の電気代は§§ミュージックの負担である。但し太陽光パネルを付けたので電力の大半はそれで供給される。更に青葉が津幡で導入した“警備ロボット”を導入し、女子の住人はコンビニに行く時はロボットを同伴するように言った。このロボットは各個体が女子社員たちにより勝手に命名され、彼女たちに可愛がられた。
 
またこのコンビニはこの社員寮のおかげで売上が5割増えて(特に夜間の売上が凄く)夜間バイトを増やすことになる。
 

「あ、そうだ。全部屋を防音構造にしない代わりに、地下にバンドの練習室とか作れないかな?」
「大まかなのでいいから図面書いて前橋さんに渡して」
「OKOK」
 

青葉が東京に出ている間の10月17日(日曜“建つ”)、筒石の自宅が竣工して、引き渡された。本当は建設は一週間前の10月10日には検査まで完了していた。
 
しかし“吉日”を待ったのである。
 
10.11 十二直が“やぶる”
10.12 十二直が“あやぶ”
10.13 三隣亡
10.14 不成就日
10.15 神嘗祭の日なので遠慮する
10.16 十二直が“とず”
 
それで10月17日(たつ)に窓ガラスの保護シートを剥がして竣工とした。
 
ジャネが九重と一緒に家の中を見て回ったが、特に問題は無いようだった。九重は
 
「万一何か変な所あったら連絡下さい。すぐ補修に伺いますので」
と言っていた。
 
青葉は心配していたが、実際にはユニット工法の家で不具合が出ることはめったにない。
 

その日の内に、予め頼んでいた運送屋さんの手でマンションからこの家に荷物を移動した。数日以内には播磨工務店のメンバーがマンションに来て、改修!?工事をする予定だった。その後で鍵を不動産屋さんに返却することにしていた。
 
ところがである。
 
これは地元のテレビのニュースでも流れ、ジャネも朋子もびっくりした。
 
元のマンションに大型ダンプが突っ込み、マンションが部分的に崩壊し、また少し傾いてしまったのである!
 
そんな大事故なのに、死者はいなかった。
 
実はこのマンションがあまりに安普請なので、住人は少なく、全部で12戸あるのに、筒石たちの他には3家族しか住んでいなかった。その内1家族は実家に不幸があり、そちらに行っていた。1家族はみんなでファミレスに食事に行っていた。1家族は在宅だったが、ダンプが突っ込んだのの反対側2階の部屋だったので、地震か!?と驚いたものの怪我は無かった。
 
ダンプの運転手は重傷だが、命に別状は無いということだった。
 
そういう訳で・・・マンションはどっちみち崩すことになった。早めに壊さないと全体が崩壊する恐れもあるということだった。それで筒石たちはマンションを改修する必要が無くなった!それどころか御見舞い金までもらってしまった。
 

その日、吉田が銀行が終わった後、放送局に来たら、真珠が声を掛けた。
 
「あのさ、ちんちんで全体重支えるの難しかったらさ、こういうのはどう?」
「まだその話かよ?」
 
「吉田のちんちんをクレーンで掴んでもらって、そのまま持ち上げてもらうとか」
「そんなことして、ちぎれたらどうするんだよ!?」
「その時はボクが責任取って吉田と結婚してあげるから」
 
「・・・結婚してあげるとかあまり安易に言わない方がいいぞ」
「でも吉田のウェディングドレス姿、可愛くなりそうだけど」
「俺がウェディングドレスなのかよ!?」
 
「だってちんちんなくなったら、もう女の子みたいなものだし」
と明恵まで言っている。
「ちぎれた時点で潔く女の子になる手術を受けてもらえばいいよね」
「やだよ」
「マコと2人ウェディングドレス同士で」
 
「何ならちぎれる前にボクが記念のセックスしてあげようか」
と真珠(まこと)。
 
「・・・・しない」
「ボク女の子に入れた経験はあるんだけど、男の子に入れるのも多分同じ要領で行けるんじゃないかなあと思うんだけど」
 
「まさか俺が女役なのか!?」
 
「え!?だって吉田って受けだよね?」
「受け???」
 
吉田が意味が分からないようなので、明恵と真珠は顔を見合わせた。
 

青葉は10月19日、千里1、千里の助手・服園帯夜さんと一緒に千里のG450に乗り、高岡に帰還した。この飛行機に、優子一家の4人が同乗した。
 
この時、優子たちと話していて、青葉は思わぬことを聞くことになるのだが、それは少し先で述べる。
 
最初に筒石さんのマンションの件を朋子から聞いて、びっくりする。
 
「青葉、あのマンションの運気を見たんでしょ?こんな事故が起きる予兆とかは分からなかったの?」
と母が訊いたが
 
「私はその家の霊的な環境とかは分かるけど、予言者じゃないから、ダンプが突っ込んでくるのまでは分からない」
と青葉は答えた。
 
ちー姉は分かるみたいだけどね、と青葉は心の中で思った。
 

この日は先日青葉が買った土地の引き渡し日である。
 
青葉は気を取り直して、朋子・千里および司法書士の霧川さんと一緒に不動産屋さんに行き、書類を受け取った。すぐにそのまま法務局に行き、登記を済ませた。
 
その後、霧川さんを事務所まで送り、母を自宅に置いて、代わりに自宅で待機していた服園さんが乗り、千里・青葉と3人で買った土地に行く。
 
「軽い結界を作るね」
と言って、千里と服園さんとで土地の四隅に何か筒を埋めていた。
 
4つ埋め終わると、確かにブーンという音(青葉や千里にしか聞こえない)がして、本当に軽い結界が掛かったようである。
 
「何を埋めたの?龍の像か何か?」
「女の子のパンティだけど」
「え〜〜〜!?」
と声を挙げたが、確かにそれは強力な呪具になる。あまり使う人はいないけど。
 
「夜中に掘り出さないように」
「そんな変態じゃないよぉ」
「播磨工務店の連中はあぶない気がします」
「掘りだそうとした奴を人柱にしちゃおうか」
「あまり血なまぐさいことはしないで〜」
「1日分の食料と水にお経を渡して円筒形の“棺桶”の中に入れて、埋めるだけだよ」
「勘弁して〜」
 

それで千里と服園さんはそのままG450で熊谷に帰還した。青葉は南田さんに登記の移転が終わったことをメールで連絡した。夕方くらいに、
「では工事は来週くらいから始めます」
という連絡が来ていた。
 
“来週くらい”という曖昧な表現が南田さんらしいと思った。あの時決めた設計図より、部屋が2〜3個多くなってたりして!?
 
その時、青葉は工事代金を聞いていないことに気付いた。でもたぶん3〜4億かなと思ったので、値段を聞いてから払えばいいやと思った。
 

信次の墓参りのため10/14に関東に出て来た優子一家だが、優子の母が
 
・ディズニーランドに行ったことが無い
・スカイツリーをまだ見てない
・アクアラインとか“ほたるの光”(*12)を見てない
 
などと言う。
 
(*12)きっと“海ほたる”のこと。
 
それで10/15はスカイツリーに連れて行き、浅草寺にお参りしたら感激していた。浅草寺に来たのは高校生の時に修学旅行で来て以来らしい。雷門の前でも記念写真を撮った(完璧にお上りさん)。もんじゃ焼きを食べてから、両国の相撲博物館に行った。
 
「すごい。ここ住所が墨田区横綱(よこづな)なのね」
「みんなそう読むけど、実は横網(よこあみ)なんだよね」
 
お母さんは、眼鏡を拭いてから住所表示をじーっと見ていたが
「ほんとだ!“あみ”だ」
と声を挙げた。
 
ちょうどそこに偶然にもお相撲さん(大銀杏をしていた:つまり十両以上)が通り掛かる。母が
 
「大ファンなんです」
と言って、エア握手してもらっていた。向こうもファンと言われて笑顔である。
 
「何て名前の関取?」
と後から母に訊いたが
「知らん」
と言っていた!!
 
「でも大きなマスクしてたね」
「普通のマスクではお相撲さんには小さいよ」
 

ディズニーランドは土日は混むので月曜日に行くことにする。16日(土)は一緒に皇居の見学に行った。両親はふたりとも初めてだったらしく、いたく感動していた。その後、神保町に連れて行ったら、父が夢中で古本を買っていた。この日だけで100冊くらい買ったのではないかと思う(何度も駐車場と往復した)。
 
「ここに住みたい」
と父は言っていた。
 
ここに住んでたら破産しそうだけど。
 
夕方は六本木の瀬里奈に連れて行ったら、ここでまた感動していた。
 
「凄い。美味しい。死んでもいい」
「まだ死なないでよね。私、子供抱えて生きていけなくなるから」
 
とは言ったものの、優子は奏音が小学生くらいになったらパートに出ないといけないかなあと思った。
 

信次名義での養育費送金は続いているが、これは実際には2019年の話し合いで、康子さんが信次の名義で送金してくれることになったものである。しかも康子さんはそれまで信次が送金してくれた額の倍の20万をこちらに送金してくれており、府中家の家計は現在、ほとんどこの送金に支えられている。
 
優子の父は2015年に保証かぶりで450万円の借金を抱え、住宅ローンの返済をしながらそれも返済しており、給料は返済金を払うと光熱費程度しか残らない。残高がまだ100万くらい残っている。恐らく完済は父が退職する頃になるだろう。優子自身も実は大学時代の奨学金の返済をしている。
 
しかし康子さんにいつまでも負担は掛けられない。うちの父も2年後には定年だし、再就職しても収入はかなり減るだろう。いづれ父母の健康問題も出てくる。
 
奏音をちゃんと高校に行かせてあげる自信が無い。大学に行きたいと言ったらどうしようか。
 

10月17日(日)、優子の両親は2人だけで、東京湾1周(結果的にアクアラインを通る)してくるということだった。最初は優子たちも一緒にと言っていたのだが、子供には体力的に辛いと思ったので、優子は奏音と一緒にホテルでお留守番にした。
 
お昼前、お腹が空いたなと思う。奏音も「マクドたべたい」などと言っている。
 
「じゃちょっと出掛けてくるか」
と言って、奏音を連れて、ホテルから出掛ける。
 
この時は曇模様だったので、優子は奏音と手を繋いで、そのまま歩いて出掛けた。歩いて1kmほどの大型スーパーまで行き、その中にあるマクドナルドで、奏音にチーズ月見を食べさせ、優子も“濃厚とろ〜り月見”を食べる。食べながら、これは奏音に食べさせると、服が悲惨になったかも知れないと思った。
 
マクドナルドを出てから、おやつにガーナチョコの大袋、奏音が好きなビスコの大袋、ミニクロワッサン10個入り、薄皮あんぱん(5個入り)、骨付きのフライドチキン3本に骨なしチキン1本、飲み物に2Lの烏龍茶とミルクティーを買い、更に父が飲むかもと思いキリンラガービールの6本セットを買った。
 
そして普段の買物の感覚で駐車場に行こうとして
「しまった!歩いて来たんだった」
と思い出す。
 
車が無いと分かると荷物が重く感じる。だいたい飲み物だけでも6kgくらいある。
 
しかも困ったことに雨まで降ってきた。自分はまだしも奏音を濡らすわけにはいかない。タクシーを呼ぼうかと思ったが、こんな近い距離、乗せてくれるだろうかと不安になる。その時。
 

「可愛いお嬢さんですね」
と声を掛けてきた女性が居る。見た感じ、40歳くらいだろうか。女性だし、子供を褒められたので、優子も警戒心を緩める。
 
「子供って可愛く感じますよねー」
と優子は答える。
 
「なんか音楽でもしそうな顔をしている」
「この子の名前、“かなで”と言うんですよ」
「すごーい、きっとピアニストかフルーティストになりますよ」
と彼女は言った。
 
“ピアニスト”という言葉は誰でも知っているが、“フルーティスト”という言葉は、音楽をやる人でないと知らないかも知れない。この人音楽するのかなと思った。
 
「音楽なさいます?」
と尋ねてみる。
 
「私、楽器メーカーに勤めているんですよ。オルガンが専門なんですけどね。音楽教室とかも運営してますが」
 
優子は顔をしかめる。まさか営業か?電子オルガン教室とかの?
 

しかし彼女は優子の表情に気付いたようである。
 
「ああ、勧誘とかじゃないですよ。私はオルガンの制作とか修理が専門なんです」
 
制作・修理?
 
「もしかしてパイプオルガンですか?」
 
「そうです。そうです。そうか。オルガンといったら普通の人は電子オルガンを想像しますよね」
 
いや、確かに音楽の分野では単にオルガンと言ったらパイプオルガンのことである。彼女の言葉の使い方が正しい。
 
「なんか凄いものを作ってますね」
「海外出張も多いです。この春はインドまで行ってきましたけど、もう感染しないかヒヤヒヤでしたよ。知り合いにビオンテックのウィルス開発に関わっている人が居て」
 
「ウィルス開発??」
 
「ああ、間違い、間違い。ワクチン開発です」
「びっくりしたぁ」
 
「それで治験に参加して去年の内にワクチンを打ってもらっていたから、隔離期間も短くて済んだし、幸いにも感染しませんでしたけどね」
 
「大変ですね!海外出張も。いや実は私も治験に参加してて昨年の内にワクチン打ってもらったんですよ」
 
「へー。結構日本でも治験参加者はいたんですね。でもインドとか若い人に行かせるのは可哀想だから、私たちみたいなのが行くんですよ」
 
「ああ。そういう時は年上の社員は辛いですね」
 

なとと会話していた時、彼女は優子の持つ荷物に気がついた。
 
「奥さん、それ重たいでしょ。私が持ちますよ」
「え?でも」
「私は学生時代にラクビーしてたし」
と言って、彼女は優子の買物の荷物を持ってくれた。たしかに逞しい腕だ。
 
優子は以前にも似たようなシチュエーションがあったのを思い出しつつあった。でもあいつは男だったし。
 
「でも奥さんも、わりと腕が太いですね」
「私、中学高校で柔道してたから」
「おお、それは頼もしい」
「でも女性でラグビーって珍しいですね」
 
「すみませーん。当時は私男だったから」
「へ!?」
「2年前に唐突に女になってしまって」
 
性別って唐突に変わるものなのか??
 

「女性ホルモンの作用で筋肉が減ってるから、普通の男ほどの腕力は無いかも知れないけど、普通の女性よりは腕力あると思いますよ」
と彼女は言っている。
 
優子はこの元男?の女性に急に関心を覚えた。
 
「でも性別を変えるにはわりと遅い方かな。20代で変更する人が多いのに」
「お金貯めるのに時間がかかった上に、実は一時期女性と契約結婚していて」
「契約結婚?」
 
「レスビアンの女性で親から言われてどうしても子供を産んでおきたいということで、その子供の父親になって欲しいと言われて」
 
「子供作ってしまったら性別は変更できなくなるのでは?」
「まあそのあたりを話し始めると長くなるのですが」
 
「そしたら、子供を作った上で、性転換したの?」
「そうです。私は自分は女だと思ってたから元々恋愛対象が男性だし、向こうもレスビアンだから、結婚はしていたけどセックスは1度もしてないです。子供も人工授精で作ったんですよ」」
 
だったら法的な性別は変更してないのかな。でも何か似たような話を某所で聞いたぞと優子は思った。
 
「でもいちばん辛かったのは、自分の遺伝子を引き継ぐ子供がいるのに、私は親とは名乗れないことで」
 
「女の人では父親は名乗れませんね」
「つごう3人の親になりましたけど、子供たちとは私は会えないんです」
「ちょっと辛いかも」
 

「すみません。つまらない話をしてしまって」
「いえ、もっと詳しく聞きたいくらい」
「そうですか? あ、取り敢えずお荷物運びますよ。奥さんの車はどのあたりですか?」
 
「実は地方から東京に親族の墓参りで出て来ていたんですが。普段の買物のつもりで、うっかり車が無いこと忘れてて」
 
「それは大変だ。足が無いと困りますよね。私の車で送っていきますよ」
「助かるかも」
「ここで待ってて。車をここに回してくるから」
「すみません!だったら、その間は私が荷物持ってます」
と言って荷物をこちらに取る。実は短時間でも持ってもらったので、こちらは腕の筋力が回復している。
 
彼女は傘を差して駐車場の奥に入り、車を出してこちらに回ってきた。ドアを開けてくれるので奏音と一緒に後部座席に乗り込む。運転席の後ろにチャイルドシートが取り付けてあるので、そこに奏音を座らせ、自分はその左、助手席の後に座る。
 
でも子供と会えないというのにどうしてチャイルドシートがあるんだろう?
 
「じゃ送りますよ。どこのホテルに泊まってます?」
 
「ホテルはこの先の**ホテルなんですけど、私もっとお話ししたいわあ。ちょっと東関東道・圏央道・常磐道から郡山あたりまでループしてきません?ガソリン代・高速代は私が持ちますから」
 
「そうですか?」
 
“ループ”なんて言葉を優子が使ったことで向こうもこちらが車好きだと思ったようである。しかも地方から出てきたというのに、この付近の高速の名前がスラスラ出て来た。東関東道なんて関東以外の人にはあまり有名でない。
 
「私優子です」
「私は夏樹です」
 
それで古庄夏樹は、Mazda MX-30をスタートさせた。
 

その日、優子が奏音を連れてホテルに戻ったのは20時頃だった。
 
「ごめーん。古い知り合いに会って、話し込んじゃって。これ一応お弁当買ってきたけど」
 
「いや、こちらもラッシュに引っかかって、さっき戻った。疲れた疲れた。お弁当嬉しい。頂きまーす」
 
「疲れたなら明日のディズニーランドはやめる?」
「行く!」
 
そしてその夜、千里からショートメールがあったのである。
 
「私、青葉が高岡に戻るのに同乗して明後日19日にビジネスジェットで能登空港に飛ぶんだけど、もしそちらと日程が合えばご一緒できないかと思って」
と千里。
 
「助かります。こちらも明後日19日に帰るつもりで、新幹線の手配をしようとしていた所だったんです」
 
(本当は格安ツアーバスに乗るつもりだった)
 
「じゃ一緒に帰りましょう。明後日の朝とか熊谷まで来られます?」
「ええ。レンタカーもそちらで返すし、車でそちらに向かいますよ。何時ですか?」
「10時とかは?」
「行きます」
 

それで10月18日は優子は、奏音と両親と一緒に東京ディズニーランドを1日楽しむ。
 
そして19日は朝6:30にホテルをチェックアウトし、奏音と両親をレンタカーのプリウスに乗せ、外環道から川口JCT→東北道に乗り、羽生ICで降りて熊谷に向かった。郷愁飛行場に到着したのは8:40頃だった。
 
そして千里たちのG450に乗り、能登空港まで送ってもらった。千里は青葉と、40代くらいの女性を伴っていた。“モニカ”と同年代かなあと優子は思った。
 
10時半か11時くらいに出発の予定だったが、乗る人がみんな揃ってしまったので9時半には郷愁飛行場を離陸した。今回は優子の父がコーパイ席に乗り、子供のようにはしゃいでいた。
 

「青葉さん、短水路選手権はどうでした?」
と優子は尋ねる。
 
「今回は金銀銅のメダル三種コンプですね」
「すごーい!」
「でも日本選手権だし」
と青葉が言うので優子は意味が分からず困惑する。しかし千里が
 
「国際的に活躍する選手はこういう感覚ですね」
と言うので、国内大会ならメダルは当然という意味か!と理解した。さすがオリンピックのゴールドメダリストだ。
 
優子がねだるので、青葉はその金銀銅の3種類のメダルを見せてあげた。
「写真撮ってもいい?」
と言うのでいいですよと青葉は答える。
 
それで優子は青葉が3つのメダルを首に掛けている所を撮影していた。
 

「しかし青葉は17日はずっとプールにいたから、雨が降ってるの気付かなかったよね?」
と千里。
 
「降ってるなあとは思ったけどね」
 
「こちらは熊谷に詰めてる某タレントさんを東京で別件の仕事があるのに連れて行くの頼むと言われて同伴してヘリで往復して来た」
と千里。
 
「そういう仕事にまで借り出されてるんだ!?」
と言いながら、千里が同伴したのなら、アクアか常滑真音だろうなと青葉は思う。千里が付いてたら、万一ヘリが墜落しても助かる確率が高い。
 
「今あそこはスタッフの数が全然足りてないからね」
「確かにねー」
 
「ヘリコプターも1機は所有してるけど、今月は他に2機借りてる」
「わあ」
「スタッフもだけど足の確保にも苦労してる」
「そうかもね」
「SCCのドライバーも昨年春に設立した時の倍の120人・120台になってるし。バスも10台所有してるし。バスの運転手さんは20人」
「必要だろうね」
「幸いにもコロナ不況のおかげで優秀な人材が確保できる」
「営業成績あげている会社はみんな人手不足だと思う」
 

「足といえば、17日は買物に出てて急に雨が降ってきて、車に乗れば平気と思ってて、スーパーの玄関まで来てから『しまった。旅先で足が無かった』と思い出して」
 
「どうしました?」
「うまい具合に昔の友人が通り掛かって、彼女の車に乗せてもらいました」
「それは良かったですね!」
 
「そのついでに長く話し込んでしまって。スーパーからホテルまで1kmくらいだったんですけど、仙台経由になっちゃった」
 
「わっ」
「話がはずんではずんで。車も交替で運転しながら」
「久しぶりだとつもる話もあったでしょうね」
 
と言いながら、青葉は優子さんの“お友だち”って、もしかして恋人?と感じた。ビアンだから、女性のお友達というのが実は恋人であることが多いのは、桃姉と同じという気がする。それにそもそも優子さんって、高校時代は「北の桃香・南の優子」と言われた人だし!
 

「足といえば、青葉、足つかみ妖怪の方は何かヒント見つかった?」
と千里が尋ねる、
「全然。妖怪っぽい事例はたくさん見つかるんだけど、解決策が分からない」
と青葉は答える。
 
「何ですか?その足つかみ幽霊って」
と優子が訊く。
 
それで青葉は、全国的に“人の足首をいきなり掴んで転ばせる妖怪”が出没していて、青葉が出演している〒〒テレビの番組でそれを調査しているけど、解決策が見つからないのだと正直な所を話した。
 
「転ばせるかぁ。私、子供の頃、いつも足首に糸付けてたね」
と優子は言った。
 
「糸?糸って何です?」
 

「あら、知りません?」
と優子のお母さんが言った。
 
「私も小さい頃、よく転んでたから、お祖母ちゃんに言われて、足首に糸を付けていたんですよ」
と優子の母は言う。
 
優子のお母さんは55-60歳くらいだろう。多分1960-65年頃生まれ。そのお祖母さんというのは、大正生まれかな?と青葉は頭の中で暗算した。
 
「糸を巻き付けておくと効果があるんですか?」
「“転ばぬ先の糸”って言うんですよ」
「へー!」
 
その時、青葉は思い出した。この話、曾祖母(八島賀壽子 1923-2005)から、聞いていた。“転ばぬ先の杖”の話が出た時、何かあったような気がしたのはこの記憶だ!でも今更言えない!
 

「私は、裁縫の糸みたいなの巻いてたね?」
と優子が言う。
 
「そうそう。ミシン糸の白糸を左足首に巻いて結んでた」
「それずっと巻いておくんですか?」
「時々まき直してたね」
「たいてい数日で取れてしまうんですけど、毎月旧暦の1日に巻き直すと1ヶ月間、効果があると、私はお祖母ちゃんからは聞いたんですけどね」
と優子の母。
 
「毎月旧暦の1日に・・・左足首がいいんですか?」
「男は右で、女は左と聞いてた」
「最近流行の男の娘さんは女性と同じでいい気がします」
 
「でもあれ諸説ある気がする。利き足でいいんじゃないかなあ。だって、人は利き足から歩き出すから、転ぶ時も利き足を着地しそこなって転ぶ気がする。私は左足が利き足だからちょうど良かったのかも」
と優子は分析する。
 
「この話、知ってる人がいないかテレビ局で聞いてみようかなあ。でもお母さん、よかったらテレビ局でその話、ちょっと聞かせてもらえません?優子さんも」
「いいよ」
 

それで、この日、高岡に戻ってから、まずは先日購入した土地を受け取り、登記をして、千里姉に軽い結界をしてもらった。そして夕方すぎに、優子と母を〒〒テレビに連れて行ったのである。
 
幸花はとうとう解決策が出て来たというので大喜びであった。優子にも付き添ってもらい、お母さんが“転ばぬ先の糸”に関して説明してくれる所、幸花と偶然居合わせた明恵の左足に巻いてくれる所を撮影させてもらった。
 
なお、この番組の放送予定は11/26かと思ったのだが、幸花は
「金沢ドイル復帰記念で10/29に放送する」
と言う。
 
「すぐじゃないですか!」
 
幸花は、青葉・明恵・真珠・吉田!、更には明恵たち経由で彼女たちの友人、竹本初海・川西玲花・米山舞佳などにも話し、“物を知ってそうな人”にこの“転ばぬ先の糸”のことを知らないか、尋ねてみた。すると真珠が斎藤種雄さんも知っていたという情報をつかんできた。
 
津幡アリーナ内に建つ“辺来の里(ヘライのさと)神社”の宮司さんである。
 
まさに灯台元暗しだった。早速、幸花たち取材班が行ってインタビューした。
 
宮司の話はだいたい優子のお母さんの話と一致していた。やはり旧暦1日に巻くが、宮司の話では、旧暦1日の日没までに巻き、翌日(旧暦2日)の日没を過ぎたら切ってもよいということだった。
 
「時間指定があるのか」
「いや、昔は日没から次の日が始まることになっていたから、1日の日没からもう2日になってしまう。だから1日の内に巻かないといけないのだと思う」
「なるほどー」
 
また宮司さんは、男が左足で、女が右足だと言った。優子の母の方式と逆である。
 
「ドイルさんは分かるでしょ?左はひ(火)で男、右はみ(水)で女ですよ」
「なるほどー」
 
「やはり諸説あるのかな」
「それはある気がします」
と斎藤さん自身も言っていた。
 
「迷ったら両方まけばいいのでは?」
と初海。
 
「それだと万全(ばんぜん)かもね」
と宮司は笑って言った。
 
それで宮司さんの手で、真珠・初海・幸花が右足に糸を巻いてもらった。その様子も撮影する。
 
「皆山さん、既に左足にも巻いてる」
「これで万全です」
 

神谷内さんは、10月にこの放送をして“転ばぬ先の糸”の効果があったかについては、後日短いフォローアップ番組を『いしかわ・いこかな』の中で放送すればいいと言った。
 
(『金沢ドイルの霊界探訪』は元々毎週金曜深夜に放送されている『いしかわ・いこかな』の中の“コーナー”である。ただし、最近は霊界探訪は放送時間が長くなり、『いしかわ・いこかな』の1時間が丸ごと霊界探訪になることが多い)
 

転ぶ所の映像は、8月の放送では幡山ジャネ(本当はマラ)が転ぶ所のリアル映像と、吉田が明恵・真珠の前で転ぶ“再現映像”が流れていたものの、あの放送の反響で視聴者から多数のリアル映像(偶然撮影していた)・わざわざ再現してくれた映像が寄せられている。
 
その中から青葉の目で、本当に妖怪っぽいものを選び出していた。更に甲斐絵代子へのZoom取材、“金沢コイル”(千里のこと)による水森ビーナへの取材(あけぼのテレビの撮影者が撮影している)、更にリアルで撮影された原町カペラが転ぶ場面(◇◇テレビの歌番組の登場シーンで撮影されたがNGになって本放送には流れていない)も、◇◇テレビと§§ミュージックの好意で使用できることになった。
 
それから“金沢ドイル”が、今回の妖怪は“足つかみ”と仮に呼ばれているが、昔から“足まがり”とか“すねこすり”という妖怪が知られていると解説する。ここで“まがり”とは“まとわりつく”という意味の方言であることも説明しておく。“足まがり”や“すねこすり”の想像図も、真珠が描き、小道具係さんが作ったモーター入りの“すねこすり”(小さな犬のよう)が、吉田の足の間を通過して転ぶ様子も撮影された。(また俺が転ぶのかい!?と文句を言った)
 
「いや、マジでこんなのが足の間をすり抜けたら転ぶよ」
と吉田。
 
また、境港市の鬼太郎ロードに妖怪すねこすりの像があるのだが、これを鳥取・島根を放送域とする、NK放送さんが、ローカルタレントを使ってレポートする様子を撮影してくれたので、これも放送する。
 

その上で、優子の母、斎藤宮司に取材した“転ばぬ先の糸”のインタビュー映像と実際に幸花たちの足に巻いてくれる映像が流れる。それで明恵・真珠・初海・玲花・吉田および真珠の兄の金剛(以上実験台!)が足首に糸を結んでいるところが映る(玲花・吉田・金剛には青葉が巻いた:むろん巻いてる所を撮影放送した)。
 
「これ本当は旧暦1日の夕方前までに巻くらしいんです」
「次の旧暦1日は11月5日です」
と解説した。
 
ちなみに、左右どちらに巻くかについて、現時点で2種類の説が出ているので、明恵は左、真珠は右(以上男の娘組)、初海は右、玲花は左(以上女の子組)、吉田は右、金剛は左(以上男の子組)に巻いている。幸花は両側に巻いてる!
 
「これで1ヶ月くらい転ばなかったかを来月くらいに報告します」
「旧暦1日になる11月5日、12月4日には巻き直します」
と明恵・真珠は言った。ついでに旧暦1日になる日のリストをフリップボードで示す。
 
(2021) 11/5 12/4
(2022) 1/3 2/1 3/3 4/1 5/1 5/30
 
「結び目は短く切ってね。長かったらそれを踏んで転ぶから」
と言って、真珠が自分の足首に巻いた糸の結び目を短く切った所を示す。
 
「糸はレース糸、ミシン用のポリエステル糸、など細いものがいいです」
「絹糸やナイロン糸、釣り糸や三味線糸、ギターやヴァイオリンの弦とかは丈夫すぎて足を痛める可能性があるから使わないでね。糸が切れない代りに足が切れちゃいます」
 
「糸はピッタリ巻いてね。遊びがあると、それがどこかに引っかかって転ぶ可能性があるから」
 
「巻く時は夕方までにね」
「切れたらそのままでいいし、汚れたら切ってもいいですからね」
 

その日、吉田は勤務している銀行から「定期健康診断に行ってきて」と言われ、職場から近い、金沢市内の総合病院に行った。受付で会社から渡された書類を出すと、カルテを渡され、おしっこを取ってから数字の順番に回って下さいと言われる。
 
それで紙コップをもらい、まずはトイレ(男子トイレ)に入り、トイレの棚に紙コップを置く。その後、検査室に行き、体重・身長・腹囲・血圧を測り、採血されたのだが、女性の検査技師さんから声を掛けられた。
 
「よしだくにおさん?」
「はい」
「おしっこは提出しました?」
「トイレの棚に置きましたけど」
「無いのですが」
「え〜?」
と言って、そちらに行く。
 
「ここに出てますけど」
「あなた男子トイレ使ったの?」
 
え?俺、男子トイレ使っちゃいけないの?と思うが、検査技師さんはそれ以上追及しなかった。
 

その後、眼科に行って視力、耳鼻科に行って聴力を測定された。眼科で待っている間に問診票に記入し、提出した。問診票には
 
・妊娠していますかあるいはその可能性がありますか
・生理は乱れていませんか?
 
という質問があった。男女兼用フォームなんだろうなと思う。それで妊娠の可能性はないので、妊娠には「いいえ」、生理なんて来たことがないので乱れようもないから「乱れてない」を選んでおいた。
 
(桃香が渡された問診票にはこのような項目は無かった!)
 

胸部X線検査に行く。
「よしだ・くにおさん、2番の部屋へ」
と言われて、2番に入る。
 
吉田邦生は「よしだほうせい」と読むのだが「くにお」と誤読されるのはいつものことなので、気にしない。
 
レントゲン室に入ると、直前に撮影した女性が服を着ていている最中だったのでギョッとする。会釈してからすぐ後を向いた。女性が悲鳴をあげたりしないかと思ったが、彼女は平静である、むしろ何で男が入ってきても悲鳴をあげたりしないのか疑問を感じた。
 
彼女が部屋を出て行ってから、吉田は銀行制服の上着を脱ぎ、ワイシャツを脱ぎ、アンダーシャツを脱いでカーテンの中に入った。
 
アルコール消毒の臭いがする。1人ずつ機械を消毒しているようである。
 
検査技師が「あれ?」という表情で
「よしだ・くにおさんですか?」
と尋ねるので
「はい。そうです」
と答える。
 
すると技師は平静を装い、機械に抱きつくよう吉田に指示し、撮影室に入った。
「息を吸って、止めて」
「はい、OKです」
 
それで吉田はカーテンの外に出て服を着たが、次のクライエントは吉田が服を着て退出した後で!呼ばれた。
 

その後、心電図検査に行く。また例によって
「よしだ・くにおさん、2番の部屋へ」
と呼ばれるので、中に入る。ここもアルコールの臭いが凄い。
 
靴下と、上半身の服を脱いだら呼ぶように言われる。
 
それで上半身裸になってから技師を呼ぶと、女性の技士がギョッとしている。
 
「よしだ・くにおさんですか?」
「はい。そうです」
というやりとりの上、技師さんは吉田の胸にクリップをつける。足にも付ける。それで心電図検査をした。
 

心電図検査で終わりなので、受付に行き、書類をもらって銀行に帰還した。
 
吉田はカルテに「吉田邦生・よしだくにお・女」と記載されていることに最後まで気付かなかった。
 
(吉田は30歳前なので、胃癌検診と婦人科検診!は無い。桃香は30歳以上だが、書類が男になっていたので、男には婦人科検診は無い!!)
 

10月27日(水曜“開く”)に青葉邸の新築工事は始まった。この日は青葉と朋子は南田社長と一緒に、新しいご近所さんに
「工事中、ご迷惑おかけします」
と言って、菓子折を持って回った。
「工事はいつまでですか?」
「11月下旬までです」
「早いんですね!ユニット工法ですか?」
「まあ似たようなものかな」
と南田は言っていたが、青葉はそういえば工法は聞いてなかったぞと思った。
 
隣接する学校にも挨拶に行ったが、校長先生は青葉を知っていて
「東京オリンピック金メダリストの川上青葉さん、そして金沢ドイルさん、そして作曲家の大宮万葉さんですよね?」
と嬉しそうにしていた。
 
「作曲のピアノの音とかします?」
「ピアノは防音室に入れるからピアノの音でご迷惑は掛けないと思います」
「残念だ!聞こえたら子供たちの音楽教育にもいいのに」
などと言っておられる。あははは。
 
「でも水泳の金メダリストさんなら、御自宅にプールとか作らないんですか?」
「地下に体育館とプールを作る予定です」
「おお!体育館も」
と言って、校長先生は青葉に打診した。
 
「ね、ね、その運動施設、空いてる時はうちの学校の児童に使わせてもらったりはしないですよね?」
 
あははは。体育館はたいてい空いてる気もするなあ。
 
この件は、後日検討することにした。
 

青葉は母や桃香たちから言われていた、ドライバーの件で、誰かやってくれそうな人を知らないかと、明恵・真珠・初海に訊いてみた。
 
「それ拘束時間は?」
「ほとんどが待機時間だと思うんだよ。その待機時間中、基本的にはできるだけ身体を休めてて欲しい。万が一にも疲労運転はしてもらっては困るから。それと基本的には飲酒は控えて欲しい。いざという時にアルコールが体内にあったら困るから。12時間交替で2人あるいは8時間交替で3人という線。ほとんどが待機時間だけど、いつ仕事があるかは全く分からないのが難しい」
 
「給料はお幾らくらい?」
「月20万くらいを考えている。お休みが取れるように、雇うのは4人必要と思ってる」
 
「それ私たち3人がやっちゃいけません?」
「え〜!?だって君たち学校は?」
「まだしばらく、リアルとネットの授業が週交替なんですよね」
「私と、アキちゃん・マコちゃんが反対の組だから、たいていどちらかは空いてる」
と初海。
 
君たちネット授業の時はパソコンの前にいなければならないのでは??
 
「それにもし3人ともふさがってたら、誰かの母とかが対応できると思う」
「なるほどー!」
「3人ともお母ちゃんも運転免許持ってますよ」
「時間帯によっては舞佳ちゃんも対応できると思う。私たち3人もあの子もお酒は飲まないし」
 
(実は真珠は母から叱られて禁酒中!)
 
それで、青葉は明恵・真珠・初海の3人を専任ドライバーとして雇うことにしたのである。各々のお母さんがバックアップドライバーをしてくれる。また舞佳も臨時には対応してくれることになった。
 
ただ4人とも大学生なので、コロナが落ち着いてきてリアル授業中心になった場合、昼間が手薄になる気はした。しかし青葉はすぐにも昼間のドライバーを確保できることになる。
 

『金沢ドイルの北陸霊界探訪』は10月29日(金)の深夜−正確には10/30 0:10-1:10 に放送された。ドイルの復帰作・約1年ぶりの出演ということもあり、視聴率が深夜番組としては驚異的な6%もあった。それで“妖怪足つかみ”に対する反響は物凄かった。
 
「自分も妖怪足つかみにやられた」
という声が物凄く多数寄せられるとともに、“転ばぬ先の糸”についても
 
「おばあちゃんから習った」
「私もよく転んでたから実践してる」
という声が多数寄せられた。
 
転ばぬ先の糸をするようになってから、めったに転ばなくなったという声も多かった。
 
右か左かについては、男女で違うというのは聞いておらず、自分は左に巻けと言われたとか、右に巻けとと言われたという意見が多かった。明恵の後輩たち、和栄や舞佳で集計してみると、男性では左が7割、女性では右が6割で、やはり斎藤宮司が言っていた“男が左・女は右”が本則?なのかも知れないと思われた。しかし男女で違うという説については、男が左説と女が左説が拮抗していた。また優子が言っていた“利き足に巻く”という意見も全体の2割ほどあり、両方に巻く!というのも5%ほどあった、
 
“転ばぬ先の糸”の“動作原理”についてもいくつかの説が寄せられた。ひとつは、それを巻いておくことで足もとに気をつけるようになり、転びにくいというもの。また妖怪足まかりは綿のお化けだから、糸が巻いてあると、他の妖怪の縄張りかと思い、寄って来ないというのもあった。
 

なお番組の中で美しく女装した青山が出ていた件も結構話題になっていた。そして勝手な噂も広まる。
 
「もう性転換手術も終わって完全な女性になったらしいね」
「去年の秋に結婚したらしい」
「相手は職場の上司だって」
「今年の夏に赤ちゃんも産んだらしいよ」
「もう一児のママか」
 
「吉田君は男装で出てたけど、どうして?」
「会社にはちゃんと女子社員として出てるらしいよ。女子を表す赤い枠の社員証を首から掛けていたの見たと言っていた人いた」
 
と吉田までトランスしたことにされていた!
 
「でも番組内で3本目の足とか言ってたけど」
「ジョークでしょ。さすがにもうちんちんは取ってると思うよ」
「ちんちん付いてて、それを真珠ちゃんが掴んだりはしないよね」
「もし付いてたら、女の子が男子のちんちんを掴む場面をテレビで流したことになるけど、そんなの常識的に考えられないから、やはり付いてないんだと思う」
 
常識の無い番組で済みません!
 

青葉はこの番組のビデオを広嘴さんに送ってあげた。すると
「こんな画期的な転び防止策があったとは」
と言い、すぐ実戦すると彼女は言っていた。
 

広嘴さんは11/6-7日に栃木県宇都宮市で行われた日本社会人選手権水泳競技大会で大会復帰した。この時、11月5日(旧暦の10月1日!)の事前練習時に彼女が右足首(骨折した側の足でもある)に糸を付けていたら、
 
「それで出場したらルール違反」
と水連の人に指摘された。
 
確かに水泳では、水着・水泳帽・ゴーグルなど、認められたもの以外を身につけて競技に出るのは違反である。
 

ちょうどそれで彼女が水連の人と言い争いをしている所に幸花がいたので、寄っていき“転ばぬ先の糸”について説明した上で提案をした。
 
「糸はプールサイドまでは付けておき、スタート台に乗る前に切る。そして、離水したらまた巻くというのはどうでしょう?」
 
実は女性ホルモンの影響でバストが発達していたK大水泳部の奥村春貴のケースで、彼女は当時まだ“1年間男性ホルモンが基準値以下なら女子として認める”というルールの経過観測中だったので、男子として出場しなければならなかった。しかし男子は上半身を覆う水着は不可という規定により、公式大会ではBカップのバストを人前に曝す必要があった。しかしそれは公序良俗に反することである。それで青葉や幸花たちが水連・水着メーカーと話し合い、女子選手として認められるようになるまでの経過処置として、このような運用方法を決めたのである。
 
上下が共布でできていて、上半身まで着たら女子水着に見えるが上半身部分を脱ぐと下半身だけの、男子用水着になる特殊な水着を開発してもらう。これで水連の認定をもらう。
 
春貴はプールサイドまでは女子水着状態で行き、スタート台に就く直前に上半身を脱ぐ。そしてレース終了後離水したらすぐまた上半身を着る。すると彼女のバストはほとんど人の目に曝さなくてすむ。
 
幸花はその応用を思いついたのである。
 

広嘴さんは幸花の提案に乗り、外したり付けたりが容易な、マジックテープ付きの“糸”を作り、それで本番に参加した。彼女はこの大会の200m個人メドレーで銅メダルを獲得し、また転んだりもしなかったので
「転ばぬ先の糸のおかげ」
と喜んでいた。
 
彼女は糸を巻く代わりに足首に白いペイントをする方法も思いついたのだが、水連に照会すると
「違反ではないができたら遠慮してほしい」
と言われた。
 
ボディペイントしてレースに参加する選手が増えると好ましくないという判断である。それで広嘴さんはその後も、マジックテープ式の“転ばぬ先の糸”を愛用した。
 
3/2-5の“国際大会日本代表選手選考会”でも、3月3日が旧暦1日なので、その方式で行く予定である。
 
 
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【春足】(4)