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目次]
5月中旬の月曜日。
その日淳平が会社まで来ると、ちょうど光岡さんが中に入ろうとしていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
と言って、挨拶を交わし、おしゃべりしながら建物の中に入る。
そして更衣室に入る。
その時、初めて淳平は疑問を感じた。
「あれ?ここって更衣室で男女が偶然かちあった場合は、どうしてるんですかね?」
「は?」
と光岡さんは変な顔をしたものの、いきなり着ていたチュニックを脱いでしまう。淳平は慌てて後ろを向いた。
「すみません。私、外に出てますね。光岡さんが終わってから着替えます」
「あんた、何恥ずかしがってるの?見られて恥ずかしい下着でもつけてるの?」
と光岡さんは笑って訊く。
「え?だって私が女性の着替え見ちゃいけないだろうし」
「女同士で別に恥ずかしがることないじゃん」
「私男ですけど」
「へ?」
光岡さんは下着姿のまま、淳平の前に回り込んできた。彼女の格好を見て淳平はドキッとする。
「あんた男なんだっけ?」
「そうですけど」
「そういえば、声がわりと低いなと思ってた。でもそれならなぜ男なのに、女性社員として働いている。女の子になりたい男の子?」
「えっと・・・わりと女の子になりたいですけど、私・・・男性社員ですよね?」
「いや、女性社員のはず。下の名前は淳子ちゃんでしょ?」
「淳平です」
「でもでも、あんた春風アルトのライブにロリータのワンピース着て来てたじゃん」
「女子限定のライブだけど男女ペアなら入れるからと言われて、兄に女装させられたんです」
「それだけ?普通にロリータのドレスを着こなしていたけど」
「度々女装させられているので」
「うーん・・・・」
彼女は素早く制服を着ると「ちょっと来て」と言って、淳平の手を引き更衣室を出て、先に来ていた事務の中川さんのところに連れていく。
「月山さんって男の子?」
「え?女の子でしょ?」
「本人は男だと主張している」
「嘘。だって、名前も淳子でしょ?」
「淳平ですー」
「待って」
それで中川さんは事務机の鍵を開け、引き出しを開いて何か探していた。やがて見つけ出したのは、淳平の履歴書である。
「淳子って書いてあるよね?」
「淳平と書いたんですが」
「ん?」
中川さんと光岡さん、それに竹田さんも加わってその履歴書を見る。
「淳子と書いてあるようにしか見えん」
と3人は言った。
淳平の字が下手くそなので『平』の字が『子』にも見えるのである。
「でも、私、性別は男にOを付けましたよ」
そこも3人は見ている。
「男を斜線で消してあるように見える」
「えっと・・・・」
「つまり、淳子ちゃんの字があまりに下手なので、誤認されたのか」
と最も冷静っぽい竹田さんが言った。
専務が出社してきた所で、中川さんが専務に「お話があります」と言い、淳平と一緒に3人で会議室に入る。
「え〜〜〜!?君男だったの?」
「そうですけど」
「普通に女の子と思ってた!」
「履歴書の性別は女になってたよね?」
と専務が訊くが、中川さんが、本人は男に丸を付けたつもりが、斜線で消したように見えること、本人は名前を淳平と書いたらしいが、淳子に見えることを説明した。
専務はあらためて履歴書を見ていたが
「やはり淳子に見える」
と言っている。
「だいたい職安からも女子と言われたから受け入れたのに」
「もしかしたら職安の人も私の性別誤解していたのかも」
「社内では普通に女子の中に溶け込んでいたよね」
「私、昔から女の子の友だち多かったから」
「お茶に誘ったりした時、ふつうにガールズトークしてた」
「昔から女性の友人たちとおしゃべりしていたので」
「女の子になりたい男の子だっけ?」
「女の子になりたくないと言ったら嘘になりますけど、とりあえず男として生きていくつもりです」
「なんか微妙なようだ」
(この件では後で光岡さんから「淳ちゃん、いつもブラ付けてるよね?」と言われてしまった)
「更衣室とかどうしてたんだっけ?」
「今まで1度も他の女子社員と遭遇したことなかったそうです」
「じゃ女子更衣室で着替えてたの?」
「あれ女子更衣室なんですか?男女共用の更衣室と思ってました」
「男女共用の更衣室って更衣室の意味が無い」
「トイレは?」
「私座ってするのが好きだから、いつも個室使ってました。それにこの制服、前開きがないし」
「女子用には前開きがないよね?」
「ええ。男子用には前開きがありますけど」
「これ女子用だったんですか?」
「男子とは思いも寄らなかったし」
「それに髪長いし」
「すみません。何か忙しくて、切りに行けずにいました」
「確かにここの所忙しかったよね。他の社員でも切りに行けずにいる子あるもん」
「眉も細いし」
「済みません。細くしておくのが好きなので」
「だけどだけど、先月フェアのコンパニオンとかしてなかった?」
と専務。
「してた。キュロットの衣装つけてた」
と光岡さん。
「あれ、キュロットだったんですか?ショートパンツかと思ってました」
と淳平。
「すね毛とか無かったよね?」
「済みません。すね毛がズボンに引っかかるのが嫌なので、いつも剃ってます」
(この件も光岡さんからは後で「日常的にスカート穿くから剃ってるんでしょ?」と言われた)
専務は中津係長と佐伯主任も呼んできた。ふたりとも淳平が男と聞いて驚いていた。
「確かに声が低い気はしたけど、このくらいの声の女性は居るし」
「月山さん、話し方が女性的だから、声が低くても女性が話しているようにしか聞こえない」
「で、月山君としては女子社員として勤務したいの?男子社員として勤務したいの?」
「男子にしてください」
「どうする?」
と専務は係長や主任と顔を見合わせている。
「実は男子社員の枠は埋まっていて、君は女子社員枠で入社してもらったんだけど」
と申し訳無さそうに専務が言う。
「まあそれでお茶配りとかもしてもらっていたのだけど」
と佐伯主任。
なんかこのままだと採用取消しになりそうだ。それは困る!
「でしたら、女子社員枠のままでいいです。給料も女子の給料でいいですし、お茶配りもしますから」
「うーん。じゃ、女子並みの待遇ということで」
「制服も今着ている女子制服で問題ないみたいだから、そのままでいいね」
「どうせ、立っておしっこしないんでしょ?」
「確かにそうではありますけど」
「髪は短く切った方がいいですか?」
と淳平は訊いたが
「今みたいに髪ゴムでまとめていたら問題無いと思う」
と専務は言う。
「ロッカーはどうしましょう?」
と中津係長。
「面倒だから、そのままで」
と佐伯主任。
「えっと着替えに困るので男子更衣室に移して頂けないかと・・・」
と淳平は焦って訊く。
「うち、男子更衣室が無いんだよね」
「要望はあるんだけど、改造するのも大変だし」
「後ろ向いていればいいんじゃないですかね?」
と光岡さんが言う。
「じゃ月山君のロッカーは女子更衣室のままで」
「つまり、ほとんど女子社員だね」
「うーん・・・・」
「名刺はまだ作ってなかったけど、月山淳平で作る?月山淳子で作る?」
「淳平にしてください!」
「じゃ両方作っておいて、好きな方を使ってもらうとか」
と佐伯主任。
「じゃ、淳平・淳子両方作っておくね」
と専務は言った。
このようにして、淳平の男子(?)SE生活は始まったのであった。
しかし淳平の性別が明らかになっても、社内での扱われ方はほとんど変わらなかった!
毎朝女子更衣室で着替え、着替え中に他の女子社員たちとおしゃべりしたりもする。実は淳平は女子の下着姿など見ても何も感じないし、どうも何も感じてないようだというのも、他の女子社員たちには認識された。
そもそも淳平自身、しばしば女子下着を着けていたし!
また男子社員たちに比べると定時であがれる確率が高く、退社後他の女子社員たちと誘い合って、甘いものを食べに行ったりしていたし、洋服屋さんに一緒に行ったこともある。
ノリで一緒にスカートとか買ってしまったこともあり、淳平は、女の子に準じた存在と女子社員たちからはみなされている雰囲気もあった。
「淳ちゃん、スカート何枚くらい持ってるの?」
「うーん。。。。30枚くらいかなあ」
「私より持ってる気がする」
「お化粧もするんでしょ?」
「練習はしてるけど、あまりそれで人前には出てないかな」
実は兄と一緒にお出かけする時は随分女装してお化粧しているのだが、そのことはここでは内緒にしておく。しかしぱっちりお化粧をしている所を見たことのある光岡さんはニヤニヤしている。
「淳ちゃんって、恋愛対象は男の人だよね?」
「恋愛対象は女の子ですよ〜」
「ほんとに?」
「淳ちゃん、初恋の人は?」
「うーんと・・・・幼稚園の時の隣のクラスの子かな」
「それ男の子女の子?」
「・・・・男の子だった気がする」
「バレンタインにチョコもらったことある?」
「ううん」
「チョコあげたことは?」
「・・・・・ある」
「やはり恋愛対象は男の子だね」
「じゃ、やはり私たちは安心してお友達として付き合えるね」
ということで、今日も淳平は女の子たちとガールズトークを繰り広げるのであった。
そしてこういう性別曖昧な取り扱いは、淳平がこの会社に入ってから最初の3年間くらい続いた。