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■姉弟(しまい)-sisters(4)

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それから数ヶ月が経った。
 
私は最初の頃、姉が勤めていたクラブに週2回出て行くようになり、様々なお客さんと談笑して、時を過ごした。私はなぜか各々のお客さんの細かいプロフィール、お仕事や家族構成なども知っていて、そつない会話ができていた。
 
一方、私は手術から8ヶ月経った時点で、性転換手術前に勤めていた会社に復職した。私の性転換は、男性の同僚には仰天されたが、女性の同僚からは「やっぱり」と言われた。
 
「だって、あなた背広の下にブラウス着てたよね」
「ズボンはレディスのを穿いてたよね」
「パンストよく穿いてたでしょ?」
「胸があるなあと思ってたのよね」
などという感じで、私のことは女性の同僚には元々バレていたようであった。
 
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顧客についてはどうかな・・・と思ったのだが、どこの顧客も一様に驚かれたものの「中身が同じなら外見は気にしない」と言われ、結局、休職前に担当していたところを、女性社員として引き続き担当することになった。
 
そうして私は仕事に完全に復帰した。
 
昼間は「伊布子」として、女性用のビジネススーツを着て会社に行き、様々な顧客と接したり、社内の作業の指示をしたりする。
 
そして夕方からは「伊布美」として、華やかなドレスを着てクラブに行き、お客様の接待をする。
 
けっこう忙しいものの、手術から1年近くもたてばさすがに体力もかなり戻ってきて、このダブルワークは何とかこなしていくことができた。
 
そしてクラブの同僚の久司さんとも、恋人として付き合っていた。約束通りクリスマスの日に一緒にホテルに行き、私は彼と女として初めてのセックスをしたが、彼はとても感激していた。私もとても気持ち良かった。ああ、女になってよかったなという思いがする。だって、私のおちんちんはもう長らく使用不能になってたもんね〜。
 
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もう男としてセックスした時のことはかなり忘却していたものの、何となく女としてのセックスの方が男としてのセックスより気持ちいい気もした。
 

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そしてある日。
 
休日。少しのんびりと自宅で過ごしていた時、玄関のベルが鳴ったのでドアを開けると、久しぶりに会う母だった。
 
「ごめーん。すっかり不義理してて。とにかく入って」
と言って中に入れる。
 
母はお土産に田舎の洋菓子を持ってきてくれていたので、紅茶を入れて一緒に頂く。
 
「あんた、今日は女の子の方なのね。伊布美ちゃんね?」
「えっと・・・・」
 
「あんたさ・・・中学生の頃からかね〜。よく女装するようになって、女装の時は《伊布美》と名乗って。でも男の子の時はふつうに《伊布雄》で。最初は普通に女装趣味なのかなと思ってたんだけど、その内、どうも《伊布美》の時は《伊布雄》の記憶が無いみたいで、《伊布雄》の時は《伊布美》の記憶が無いみたいというのに気付いたのよね」
 
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「・・・・お母ちゃん。私《伊布雄》でも《伊布美》でもないの。《伊布子》なの」
 
「第3のキャラクターができたのね?」
「じゃ、私、イブホワイトとイブブラックみたいなものだったのかな?」
「たぶん。あなた、もしかしたらそれが統合されたキャラ?」
 
「解離性同一性障害と言うんだっけ? イブホワイトとイブブラックはジェーンに統合されたけど、もしかしたら私はそれかもね。伊布雄は男として会社勤めしてたの。伊布美はクラブにホステスさんとして勤めてたの。でも今、私は伊布子として昼間は会社に行って、夜はクラブでホステスしてるのよね」
 
「会社にも女で行ってるの!?」
 
「えへへ。お母ちゃん、それでさ」
「うん」
「事前に言わなくてごめん。私、性転換手術しちゃった」
「えー!?」
「ごめんね。だから、私、お母ちゃんに孫の顔、見せてあげられない」
「いや、それはいいけど・・・・思い切ったことしたね」
 
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「結局私の基本は性同一性障害だったと思うのよね。私の中に元々女の子になりたいという強い気持ちがあって、その部分が《伊布雄》の自我から独立して《伊布美》になっちゃったのかもね。だから《伊布雄》の方が徐々に女性化していって、その結果《伊布美》と融合して《伊布子》になったのかも」
「ああ・・」
 
「私、性転換手術の直前まで《伊布美》と話してたんだよ。でも手術が終わった後は、一度も会えないの・・・・」
 
私はそう話しながら、涙が出てきた。
 
「お前《伊布美》と姉妹みたいなものだったんだね?」
「うん。姉妹ふたりでいると、全然寂しくなかったよ」
 
母は私をハグしてくれた。
 
「寂しい時は私でも良かったら電話して。私もお前と話したら寂しくないから」
「えへへ」
 
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母はその晩、泊まっていった。うちのアパートには布団が2組あった。《伊布美》が寝ていた布団に母が寝て、《伊布雄》が寝ていた布団に私が寝た。
 

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翌日、母を駅まで送って行ってから、私はちょっと疲れた気分で、そのまま家に帰りたくなかったので、町を歩き、ひとりでカラオケ屋さんに行き、思いっきり歌って、それからケーキ屋さんで、なんとなくケーキを2つ買った。
 
とぼとぼと帰り道を辿る。脇から飛び出してきた子供とぶつかり、あやうくケーキを落とすところだった。
 
「お姉ちゃん、ごめーん!」とその女の子は言った。
「こちらは大丈夫。君は大丈夫だった?」
「うん」
と女の子は言って元気に走って行った。
 
ふと、その子が出てきたところを見たら神社だった。
 
あれ・・・この神社。
 
そうだ。姉の成人式の時、ここにお参りに来たっけ。
 
お姉ちゃん、振袖着て。自分はその付き添いで、結局こちらまで小振袖着せられて。姉妹でお参りしたんだった。
 
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私は懐かしく思い、神社の境内に入ると、拝殿の所で心を空にして二拝二拍手一拝した。
 
それからアパートに戻った。
 

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何気なく「ただいま」と言ってドアを開けると
 
「おかえり」という声がした。
 
「伊布美姉ちゃん・・・・・」
「今日はどこに行ってたの?」
「えっと・・・お母ちゃんが昨日から来てたんだよ。だからそれを送って行って、そのあとカラオケで歌って、ケーキ買って帰ってきた」
 
そう言って、私はケーキの箱を開ける。
 
「わあ、美味しそう! 今お茶を入れるね」
 
私と姉は紅茶を飲みながら、ケーキを食べ、今日あった何気ないことを話した。
 
姉の携帯に着信があった。
 
「ハロー、久司。うん。愛してるよ〜。ああ、ごめん。そちらのお母さんに挨拶に行かなきゃね。今度の連休なら動けるよ。うん。振袖でも着ていこうかな。成人式の時に着たまま放置してたのだけど」
 
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姉は彼氏の久司と楽しそうに話していた。
 
私はとても心が安らぐのを覚えた。
 

2年後。
 
私は土日を利用して北海道に赴いた。この水曜日に姉が待望の赤ちゃんを出産したので、そのお見舞いに行くのであった。最近交際している彼氏・阿茂も一緒だ。
 
新千歳空港に久司さんが迎えにきてくれて、一緒に病院に行った。
 
「僕ね。ある時期まで、伊布子ちゃんと伊布美って、ひょっとして一人二役なんじゃないかと疑ったこともあった」
「えー? なんで〜?」
 
「だって、ふたりを同時に見たことが無かったんだよ。家に訪ねていって、最初伊布子ちゃんが出てきた時は君が『お姉ちゃーん』と呼びながら中に入って行って、伊布美が『やっほー』とか言って出てくるけど、僕と伊布美が居間で話している最中、伊布子ちゃんは奥の部屋に入っていて、出てこない」
 
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「それは邪魔しちゃいけないと思ってたからだよぉ」
「あ、そうか!」
「それに私は人工女性だから子供産めないけど、伊布美姉ちゃんは天然女性だからちゃんと子供産めるからね」
「うん。それは証明してくれたね」と言う久司さんは少し照れた表情だ。
 
病院に着く。病室で赤ちゃんをそばのベビーベッドに寝せて、ピンクのパジャマを着た姉は幸せそうな顔をしていた。
 
「名前は決めた?」
「うん。小貴人(こきと)と言うの」
 
「変わった名前だね」
「デカルトの『ego cogito ergo sum』(我思う故に我あり)から採ったの」
「姉ちゃん、ラテン語知ってるんだ」
「この子がいるということが、私が生きた証だから」
 
「そうだね。姉ちゃんって、いつも消え入りそうな顔してるもん」
「ふふ。久司にもさんざん心配掛けたけどね。でも、この子がいるということは私もいるということだし、この子を育てるために、私はしっかり生きていくよ」
 
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「うん。頑張って。私も自分では子供産めないから、姉ちゃんの子供は自分の子供みたいに可愛いよ」
「うん。可愛がって。私と伊布子ってさ」
「うん」
 
「私は里子であの家にもらわれてきて。だから血もつながってないし、法的には別に姉妹でもないかも知れないけど、小さい頃から、すごく深い縁を感じていた」
「そうだね。小さい頃、ほんとに仲良く遊んでたから、結婚したいくらいまで思ってた」
と私が言うと久司さんも阿茂も「ちょっと、ちょっと」と慌てたように言う。
 
「でも私、そのうち、お姉ちゃんと結婚するんじゃなくて、お姉ちゃんみたいな可愛い女の子になりたいと思うようになったのよね」
「ふふふ。よく私のスカートとか勝手に穿いてたもんね。私の名前まで勝手に使ったりしてたし」
 
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「えへへ。実はお姉ちゃんの身分証明書を無断借用したりしてたから。中学生の頃からは、けっこう女の子の仕草とか、女の子の発想・反応とかをかなり教えてくれたね」
 
「まあ、私がかなり唆した部分もあったね」
「でもお陰で、私も立派な女の子になれたし、素敵な彼氏をゲットできた」
「うん」
阿茂が頭を掻いている。
 
「そしてお姉ちゃんもこんな素敵な彼氏をゲットできたし、赤ちゃんもできた」
「うん」
今度は久司さんが照れて頭を掻いている。
 
「未来ってさ」と姉は言った。
「自分が強く望む未来が来るんだと思うの」
「・・・・」
 
「だから、この子が幸せになる未来、この子の子供ができて、私がおばあちゃんになる未来を私はしっかり希求する」
「うん。私もそういう未来を信じてるよ」
 
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私は姉と見つめ合い、微笑んだ。そこに母が病室に入ってきて
 
「お、なんだか今日は賑やかだ!」と言った。
 
阿茂が緊張した面持ちで母に挨拶する。
 
「こちらこそ、こんな変な娘をもらって頂いて、感謝です」などと母は言う。
 
「でも私、幸せ」と母。
「伊布美には孫ができたし、伊布子も結婚するというし。伊布美が産んだ小貴人ちゃんも可愛いし、阿茂さんの娘の絵留子ちゃんも可愛いし。孫がふたり同時にできて、もう盆と正月とクリスマスとひな祭りが一緒に来たような気分だよ」
 
と言う母は満面の笑みを浮かべていた。
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