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「2名って私も?」
「もちろん。女の子同士だと、こういうのも一緒に行けていいね」
「うん」
私たちは御飯が終わった後、お部屋でのんびりと過ごし、それから20時20分になってから1階のエステルームに降りて行った。
カーテンで仕切ったエステ用の小部屋が3つあり、私は真ん中の部屋、姉は奥の部屋に入る。カーテンで仕切っただけだから、カーテン越しにけっこう会話をすることもできた。
パンティ以外服を全部脱ぐ。そして最初うつぶせに寝る。
エステ用のジェルを塗られて、足の裏から首のところまでずっとマッサージされる。凄く気持ちいい! そしてジェルの香りも何だかいい。女の子でいると、こういう気持ちいい思いができるのね〜、と私は「女の子ライフ」の新たな楽しみを覚えた気分だった。
うつぶせ状態でかなりマッサージされた後で、今度は仰向けになる。顔に美容液のパックをされる。これがまた気持ちいい。その状態でまた足の方からずっとマッサージされる。結構凝っていたようで、揉みほぐされる感触がほんとに気持ちいい。やがてエステティッシャンさんは私のバストをマッサージし始めた。キャー。これを揉まれるとは思っていなかった。
・・・・気持ちいいじゃん。
もし・・・自分に恋人とかできたら、恋人からバストを揉まれたりするんだろうか? と少し悩んでみた。でもその恋人って、女の子なんだろうか?男の子なんだろうか?
最後は美容液パックをはずされ、顔のマッサージをしてもらう。これも本当に気持ちいい。ああ。エステしてもらって良かったなあ、そして女の子で良かったなあ、と私は思った。
エステが終わってから部屋に帰ろうとするが、私はトイレに行きたくなった。ちょうど近くにトイレマークがあったので入ろうとした時、姉に腕を掴まれた。
「どこに行く?」
「え?トイレに?」
「トイレはいいけど、今どちらに入ろうとした?」
「え?男子トイレ」
「あのねえ、あなたは女の子なの」
「あ、そうか!」
「ちゃんと女子トイレに入りなさい」
「そうだよね」
「これからはプライベートで外出した時は必ず女子トイレ。いい?」
「うん。女子トイレは時々入ることもあったから、入れると思う」
「でも時々じゃなくて、今度からは必ずだよ」
「そうだね。そうしようかな・・・」
「あんた、女の子の友だちとカラオケとか行った時はどちらに入ってたの?」
「男子トイレ・・・」
「それも今度から女子トイレに入ろうね」
「そうだね。友だちも許してくれる気がするし」
「うん」
去勢手術から1年経って、私はとうとう性転換手術を受ける決断をした。
手術を受けた後はどうしても数ヶ月休む必要がある。休職を申し出る手もあるとは思ったけど、休職明けに女の格好で出て行ったら、即刻クビを言い渡されそうだ。クビになる前に自分で辞めたほうがいいと思った。
私はそこでその日、社長の所に行った。
「済みません、社長。お話があるのですが」
「うん?何?」
「えっと、打合せ室で話したいのですが」
「何か込み入ったこと?」
と言いながらも、社長は部屋に一緒に入った。
「唐突なのですが、実は会社を辞めさせてください」
と言って、書いてきた辞表を提出する。
「いや・・・それは・・・なぜ?」
「実は、ちょっと持病の治療に手術を受けたくて。その手術後の静養にたぶん半年くらいは掛かりそうなので、そんなに長く休んではご迷惑をお掛けすると思いまして」
「そんな持病があったんだ!」
「ええ」
「でも、そのくらい休職扱いにしてもいいよ? 何の病気なの?」
「えっと、性同一性障害といいまして」
「へ?」
「それで受ける手術は性別再設定手術というもので。世間では通称性転換手術と呼んでいますが」
「えーーー!?」
と社長は叫んで、絶句した。
「君、じゃ女になりたいの?」
「はい。実はもう睾丸は取っていて。女性ホルモンも長く飲んでいるので、男性機能は既に存在しませんし、バストも実はCカップあるんです。去年の夏はまだBカップだったので何とか誤魔化したのですが、今年の夏はもうバストを誤魔化しきれないな、、とも思っていました」
「そ・・・そうだったのか・・・・」
「そういうことで、休職ということにしても、私が女の格好で出てきたらお得意様とかにも仰天されると思いますし、それなら、どっちみち長期間休まないといけないので、辞職した方がいいかなと思って」
「うーん。。。。。ねえ、君、退職金がすぐ欲しい? その手術代にするとかで」
「いいえ。手術代は充分貯金があるので、特に問題はありません」
「だったら、君のことはやはり休職ということにしておくよ。だから手術が終わって体力が回復したら連絡してよ。女の格好で出てきてもいいよ。君の企画立案能力は捨てがたいから、何なら内勤で働いてもらってもいいし」
「分かりました。では体力回復したら連絡します」
私は社長と握手して会談を終えた。
私は要らないと言ったのだが、休職中、向こう1年間は基本給の1割を毎月払ってもらえることになった。休養中にわずかでもそういう定期収入があるのは、ちょっと頼もしい気がした。なお、私の性別のことについては、休職に入る時点では何も言わず、復帰する時に他の社員には説明すると言われた。
「いよいよ手術だね」
「うん。ちょっと怖いけど頑張る」
「女の子になったら、きっと素敵なお嫁さんになれるよ」
「そうかな?」
「だから少しくらい痛くても頑張ろうね」
「うん」
私は姉に見送られて手術室の中に運ばれていった。私を見送る姉の顔がとても優しくて、とても力づけられる気がした。ちょっと手術怖いけど頑張ろう。
やがて時間となり麻酔が打たれる。意識が遠くなっていく。遠くなっていく意識の中で「これからも頑張ってね」という姉の声が聞こえた気がした。
私は麻酔から覚めた。やがて猛烈な痛みがやってきたが、モルヒネを打ってもらったので少し楽になる。
付き添ってくれているコーディネーターさんが私に症状を聞き、それを看護婦さんやお医者さんに伝えてくれる。コーディネーターさんはずっとそばに付いていてくれた。
しかし私は何か足りないものを感じていた。
最初の1日はその痛みとの戦いで、あまり考えられなかった。そして2日目の夕方くらいになって、私は「その疑問」をコーディネーターさんにぶつけてみた。
「あの・・・姉はどこでしょうか?」
「お姉さん? お姉さんが来ていたんですか?」
「え? だって、一緒に日本から来て・・・・コーディネーターさんも姉といろいろ話してましたよね」
「あなたはひとりでここに来られましたよ。ご家族の付き添いはありませんでしたが」
「え!?」
手術が終わって一週間後、私は退院して帰国した。帰りの便で、私の隣の席は空席だった。
自宅に戻る。
半月ぶりのアパートだ。
「お姉ちゃん?」
私はおそるおそる呼んでみたが、返事は無かった。
私は区役所に行って住民票を取ってみた。
私はひとりだけであのアパートに住んでいることになっている。うそ!
戸籍謄本も取ってみた。両親の名前が並んで載っている次には《伊布雄》という私の名前だけが長男として記載されている。戸籍に記載されているのは両親と私の3人だけ。私に姉がいたような形跡はどこにも見当たらない。
私はボーっとしたままの毎日を過ごしていた。
ダイレーションはちょっと辛いけど、手術自体の傷の痛みは日に日に少なくなっていった。私は帰国してすぐに戸籍の変更申請を裁判所に出したので、約1ヶ月ほどでそれが認められ、私は正式に女になった。
手術が終わってから4ヶ月ほどたった日。
玄関のベルが鳴る。
「はーい」と言って私は出て行く。
「あ、久司さん」
それは姉が勤めていたクラブのマネージャーさんだった。
「ああ、伊布美ちゃん、顔色だいぶいいね」
「えっと・・・・」
「君が持病の治療で3ヶ月ほど入院するのに休むと言ってたからさ。でももう4ヶ月たつし、連絡無いけど、携帯もつながらないしと思って自宅まで見に来た」
あ・・・この人はもしかしたら姉を知ってる数少ない人かも知れないと思った。しかし・・・・なぜかこの人、私を姉と間違えてる??
「もし体調良かったら、最初は週に2〜3回でもいいから、お店に出てこない?君のお得意さんたちが、まだ病気は回復しないのかねぇって心配してたし」
「あ・・・じゃ、週2回くらいなら」
と私はなぜか答えてしまった。
「何曜日が都合いい?」
「じゃ、水曜日と金曜日に」
「OK。助かるよ。じゃ、水曜日と金曜日お願いするね」
「はい」
「あとさ」
と言って、久司さんは私の方に一歩近づいた。
「うちの母ちゃんが、君の顔を見たいって、ずっと言ってるんだよ。1年前に連れて行って以来でしょ。早く結婚式の日取りとかも決めたいと言ってて。いや、僕も、『僕たちまだそこまでの段階に行ってないんだけど』とは言っておいたけどさ。だって僕たち・・・・まだ一度も一緒に寝てないしね」
「うん・・・・じゃ、今年のクリスマスイブには一緒にホテルに行ってもいいよ」
と私はなぜか答えてしまった。
「ほんと?じゃ、クリスマスイブにデートして、お正月にはまた実家に一緒に来てもらっていい? 今度は僕のフィアンセとして」
「うふふ、考えとく」
と私は言った。
彼は私の唇にキスをしてから、去って行った。
居間に戻り、姿見を見た時、姿見の中に写った姿は姉の姿だった。そして鏡の中の姉は私にニコリと微笑んだ。でもすぐに、それは自分が微笑んでいるのだということに私は気付いた。
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■姉弟(しまい)-sisters(3)