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(C)Eriko Kawaguchi 2016-06-19
2130年。その年は後の時代の歴史の教科書では「にゃい棹(さお)」という語呂合わせで覚えられることとなる。
この年、世界議会は「7歳を超える年齢の男性は陰茎を所持してはいけない」という世界法を制定。これは俗に「去勢法」「断茎法」あるいは7歳の内にペニスをカットするということから seven cut law などと呼ばれた。
50年後。
東方の島国・ヤンマに住む男の子ノブトは憂鬱な気分だった。
「明日からいよいよ。ノブトも小学生ね」
とお母さんから言われ、ランドセルをしょった写真も撮ったし、明日から小学3年生になるお姉ちゃんマユカ、5年生になるお姉ちゃんヒロミと3人で並んだ写真も撮った。
今日の晩御飯は前祝いということでノブトの大好きなハンバーグである。
「友達たくさんできるといいね」
とヒロミが言う。
お父さんが会社から戻ってきてから夕食になるが、お父さんはビールを飲みながら
「あんなちっちゃかったノブトもとうとう小学生か」
と感慨深げで、指を矩形状に動かして目の前にバーチャルディスプレイを具化させると、そこにノブトが生まれた時、お宮参りの時、1歳の誕生日の時、幼稚園に入った時などの写真を表示させて懐かしむようであった。
夕食が終わった所で明日の入学式用の書類を書く。
「おまえ、性別はどうするの?男の子のまま?女の子になる?」
「女の子ってやだなあ。僕は男の子のままがいい」
「わかった」
と言ってお父さんは性別欄の男の方に○をつける。なお性別は男・女・無の3つの中から選ぶことができる。
「まあ10歳になる時、それと中学に進学する時もまた性別は選べるから、気が変わったらその時、女の子にしてもらえばいいし」
「女の子の方が絶対いいよ、と言ったんだけどねー」
と長女のヒロミが言う。
「ノブトすごく可愛いからね。幼稚園でもずいぶん女の子と間違えられていたよね」
「だからいやなんだよぉ」
「従姉のサトミちゃんとかは、小学生の間は男の子してたけど、中学に進学する時に女の子を選択したね」
「サトミちゃん美人だもん。あんな子が男になっちゃいけないよ」
「うん。みんなからそう言われている内に、本人も女の子でもいいかなあと思って性別を再選択したみたいね。今では女の子になって良かったと言っているよ」
「うん。女の子に移行して後悔する子なんて、めったに居ないもん」
ノブトはその日はなかなか寝付けなかった。
何度もトイレに行く。
トイレの前に立ち、ズボンの前開きに指を入れ、ブリーフの前開きにも指を入れて、おちんちんを取り出す。そこからおしっこをする。こういうことも今日までしかできないのかと思うと、気が重かった。
翌朝、起きてからトイレにまた行き、名残を惜しむようにおしっこをする。朝ご飯を食べてから、入学式なので男児用のスーツを着る。上は黒いブレザーで下は黒いズボンである。このズボンを穿くのもきょうでいったんおしまいだ。お母さんは可愛いピンクのワンピースを着ていた。
2人のお姉ちゃんは先に7時半頃登校していった。ノブトは9時頃になってお母さんと一緒に家を出る。
学校までは歩いて15分ほどである。もっともそれは小学1年生の足で歩くからで、5年生のヒロミお姉ちゃんは10分も掛からないよと言っている。
昔は町中でも自動車が走っていたので道路ってかなり危険なものだったらしいが、もう70-80年前から都市内での自動車の使用は禁止されているので、道路を通っているのは人間とペットの犬や猫くらいである。田舎町だとタヌキ・キツネ・サルなども見るらしいが、ノブトは見たことが無い。
校門を入り、正面玄関の所で6年生の子たちに
「入学おめでとうございます」
と言われて、きれいな菊の形にまとめられたリボンをつけてもらう。
体育館に並べられた椅子の自分の名前が書かれた所を見つけて座る。お母さんは後ろの方の保護者席に座った。
周囲を見ると、黒とかピンクのドレスを着た子が多い。男の子の服を着ているのは全体の3割くらいである。
「あれ、タケシ君は女の子になるの?」
と幼稚園で親しかった子に話しかけた。タケシはピンクのジャケットとミニのスカートを着ている。
「うん。僕男の子の方がいいと言ったんだけど、あんたは女の子になりなさいとお父さんからもお母さんからも言われて。うちは上2人が男の子だからさ。僕は女の子にしたかったみたい」
「わあ。僕もさんざん、あんたは女の子の方がいいと言われたけど、僕は男の子でいたいと言った」
「ノブトの所は上2人がお姉さんだもんなあ」
「うん。だから男の子のままでもいいことにしてもらえたのかも」
世界共生歌、ヤンマ国歌を斉唱したあと、新入生の名前がひとりずつ呼ばれる。タケシ君は「カンザキ・タケミ」と呼ばれて「はい」と返事していた。女の子になるので名前も女の子風にタケミと変えたのだろう。僕は女の子になるなら「ノブコ」になるのかなあ、それとも「ノブヨ」かな、などと思っている内に「ササキ・ノブト」と呼ばれるので元気よく「はい」と返事した。
全部の新入生の名前が呼ばれた後
「以上108名の入学を許可する」
と校長先生が言った。
そのあと、校長先生、来賓の市長さん、教育長さん、そして警察署長のお話がある。
「イカノオスシと覚えて下さいね。知らない人から来てと言われてもイカない。車に乗ってと言われてもノらない。襲われそうになったらオおごえをあげる。そしてスぐ逃げる。そしてそのことをおとなの人にシらせる」
と警察署長さんは話していた。
その後、在校生代表で6年生の児童会長の女子が歓迎のことばを言い、新入生代表でスズキ・ユウコちゃんが誓いのことばを言った。ユウコちゃんも幼稚園ではユウタちゃんの名前で男の子だった。小学校にあがるのと同時に女の子になることになったのだろう。
その後でこの学校の校歌を教えられながら全員で歌って、入学式は終わった。
各教室に入って担任の先生からお話を聞く。
ノブトは1年3組で、担任の先生はハヤマ・エルカ先生と言った。優しそうな先生である。ちなみに小学校の先生は校長や教頭も含めて全員女性ということになっている。男の先生は中学からである。
教科書が各自の机の上に置かれている。なんだか重いなあとノブトは思った。ひととおり先生のお話があったあと、全員自己紹介をする。たいていは名前を言って「よろしくお願いします」と言うだけである。タケミは
「えー。カンザキ・タケミです。昨日まではタケシで男だったんですけど、今日から女になってタケミになることになりました。よろしくお願いします」
などと挨拶していた。
ノブトは単純に「ササキ・ノブトです。よろしくお願いします」とだけ挨拶した。
このクラスは男子10名・女子17名の27名ということである。実際には17名の女子の内タケミを含む5人は小学校から女子になることになった子で、元の性別でいうと男子15人・女子12名である。男女の出生率はここ数十年男3:女2くらいの比率と言われている。しかし20歳になるまでに男子の7割が女子に移行し、女子の2割が男子に移行するので、20歳時点での男女比は男1:女3くらいになる。それで現代では女性同士の夫婦が約半数である(ごく少数男性同士の夫婦もいる)。幼稚園で仲が良かった女の子スズカちゃんのところもお父さん・お母さんともに女の人だった。
ひととおりお話などが終わった所で、身体検査をしますので、みんなその前にトイレに行ってくるようにと言われる。
それでみんなでぞろぞろとトイレに行く。身体検査は時間がかかるのでクラスごとに時間帯をずらすようになっていたようである。
ちなみにトイレには男女の別が無い。幼稚園までは男子トイレ・女子トイレの別があったが、小学校以上には無いので、男の子も女の子もみんな一緒にトイレに行って列を作り順番を待つ。
小学校のトイレには、幼稚園の男子トイレにあったような小便器は無い。小便器を使う子が存在しないからである。
タケミはまだ「女の子になりたくないなあ」などと言いながら列に並んでいた。僕は女の子になる訳ではないけど、それでもけっこう憂鬱な気分である。やがて順番が来たので、空いた個室に入り、立ったままズボンとブリーフの前開きからおちんちんを出し、最後のおしっこをした。
おちんちんを中にしまい、ため息をつく。水を流して個室を出る。手洗い場で手を洗って、他の子たちと一緒に保健室に行った。それぞれのお母さんも付いてきてくれる。
保健室では出席番号順に並ぶ。
ひとりずつ名前を呼ばれたら、カーテンの向こう側に行き、そこで服を脱いでから身長と体重、それに血圧・体温・脈拍を測られる。タケミはノブトの3人前である。
タケミはそこまではおとなしくしていたのだが、その後、更にもうひとつ先のカーテンの向こうに行き、次のキザキ・レイカちやんが身長・体重を測られていた時
「いやだ!いやだ!」
という声をあげるのが聞こえてくる。
ノブトは思わず後ろに並んでいたスズカちゃんと顔を見合わせた。
「男の子って大変ね」
「僕も憂鬱〜」
タケミは「いやだ!女の子になりたくないよぉ!」と叫び、お母さんがなだめていたが、どうも最後は鎮静剤か何か注射をされたようである。静かになったかと思うと、泣き声が聞こえてきた。
「ああ、かわいそう」
とスズカ。
「でも女の子になっちゃった以上はもう仕方無いから女の子としてやっていくしかないよ」
とノブトが言うと、スズカの後ろに並んでいるコージは
「どっちみち、おちんちんは切っちゃうんだから、男も女も大差無いと思うけどなあ」
などと言っていた。
確かにそうかもね。
ノブトは2つ上の姉マユカが、お風呂に入った後、服も着ずに裸で歩いているのを見たことがある。おまたの所に何だか縦の割れ目のようなものがあった。女の子って、ああいう形になるのかな。でもあの割れ目の中ってどうなってるんだろう?と思うとドキドキする気分だった。
カーテンの向こうに行く時は女の子はドレスやスカート、男の子はズボンを穿いているが、カーテンから出てくる時は全員ドレスかスカートである。タケミは泣きながら、お母さんに手を引かれてミニスカート姿で出てきた。
「タケミちゃん、元気出してね」
「女の子もすぐ慣れるよ」
とみんなで声をかけてあげたが、タケミは涙が止まらないようだった。
やがて「ササキ・ノブト君」と呼ばれるので「はい」と答えてお母さんと一緒にカーテンの向こうに行く。服を脱いでと言われるので、上着を脱ぎ、ズボンを脱ぐ。ズボンを脱ぐ時、ああ、これでしばらくズボンは穿けないんだなあと思った。
下着姿のまま、身長と体重を測られる。そのあと体温・脈拍・血圧なども測られて異常ないですねと言われる。ちなみにここで発熱があったりした場合は、後日体調が回復してから別途病院に行って、手術されることになる。
ノブトはため息を付きながら脱いだ服を持ってお母さんと一緒にもうひとつのカーテンの向こう側に行く。優しそうな女の先生がいる。上のシャツをめくって聴診器を当てられる。口を開けて喉の様子もチェックされる。
「問題無いですね。ノブト君の希望は男の子のままということですね」
「はい、それでお願いします」
「手術方法は単純接続、睾丸温存ですね」
「はい、それで」
「じゃおちんちん切っちゃおうね」
とお医者さんは笑顔で言った。ノブトはああ、と思いながらもパンツを脱ぐ。おちんちんの所に箱型の機械を装着される。
「睾丸も一緒に取る場合、それと性転換して女の子の形にする時は玉袋も一緒にこの機械の中に入れるんですよ」
とお医者さんは言っている。
「単純接続で間違い無いですね?」
とお母さんに確認する。お母さんが機械のスイッチを見て
「間違い無いです」
と言う。
「では切りますよ」
と言うと、お医者さんはボタンを押した。
「はい。終わりましたよ」
と言われる。
全然痛くなかった!
ノブトはちょっと拍子抜けする思いだった。痛くはないよとは聞いて
いたのだが、結構不安があったのである。
機械が取り外される。
ノブトは「ひゃーっ」と思った。おちんちんが無くなっているというより、おちんちんのサオの部分が無くなり、おちんちんの先の柔らかい部分が直接身体にくっついた状態になっているのである。
「おしっこはここから出てくるから基本的には今まで通りね。でもおしっこする度にどうしても周囲が濡れるから、きちんとペーパーで拭くように」
「はい」
「ではいいですよ」
と言われて、ノブトは
「ありがとうございました」
と言って席を立った。