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■虹を越えて(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-11-01

 
思えばその時既に、全ての運命は仕組まれていたのだろう。
 
私はポスターカラーのカーマインが無くなったので画材店に買いに行き、ついでに彩色筆の新しいのも買ったらお店で福引き券をもらった。2000円で1枚福引きを引けるらしい。
 
私が引いて予想通り?4等のティッシュをもらって、帰ろうとしていた時、次に引いた中年男性が金色の玉を出した。係の人が鐘を鳴らして「1等賞!」と叫んでいる。へー。自分で1等なんて当てたこともないけど、人が当てたのを見たのも初めてだな、と思った時、その当てた人がそわそわして、辺りを見回すと、突然私の腕を掴んだ。
 
「すみません。君のその4等と僕の1等を交換してくれない?」
「え?」
「僕は今ここにいてはいけないことになってて」
 
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ああ・・・・会社の仕事か何かで他の町にいることになっていたのだろうか。
 
「バレると困るので頼む」
 
しかし1等は「ハロウィン・ミステリアス・ツアー」となっている。旅行の権利を放棄してまで、隠さなければならないことなのか。
 
「いいですよ。ボク学生で暇だし」
そういうと、私はティッシュをその人に渡す。係の人がほんとにいいんですか?とその人に尋ね、ええ、お願いしますというので、私がその1等の当選の権利をもらうことになってしまった。
 
住所氏名電話番号を書き、当選の証書をもらった。具体的な旅行の詳細などは郵送で書類を送ってくれるらしいが、当日はこの証書を持ってきてくださいと言われる。
 
その詳細説明書はすぐに郵送されてきた。10月28日金曜日の夕方出発し、列車で「どこか」に行って、30日日曜日の夕方に戻るという「2泊2日」の旅である。食事は、28夕=駅弁、29朝=旅館、29昼=休憩地、29夕・30朝=旅館、30昼=駅弁、となっていた。
 
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着替え、洗面道具、折りたたみ傘、スケッチブックと色鉛筆、デジカメ、非常食、それに多少のお金と携帯電話を持って、私は金曜日の夕方、集合場所に行った。
 
車両を1つ借り切ってのツアーなので、けっこうな参加者がいるかと思ったら意外に少なく、20人くらいであろうか。ほとんどがお年寄りで、若い人では25-26歳くらいの男性4人のグループがいた他は、同い年くらいの女の子が1人である。お年寄りもどうもグループが多い。このツアーは福引きの当選者ばかりではないようだ。たぶん一般のツアーの一部のチケットを福引きの当選にしたのであろう。
 
25-26歳の男性4人グループには同性ではあっても何となく近寄りがたい雰囲気があったこともあり、私は集合場所の駅のコンコースで、1人で参加している同い年くらいの女の子と何となく言葉を交わした。彼女は髪はショートカットでノーメイク。たくさんポケットの付いている(写真家用の?)ジャケットに、ジーンズを穿き、大きなカメラを肩にクロスに掛けていて、靴こそローファーだが最初見た時はボクは男の子?と思った
 
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「おひとりですか?」
「ええ。福引きで当たっちゃって」
彼女は声もアルトヴォイスだ。でもそのアルトが何となく気持ちいい響きである。
 
「ああ、ボクも福引きで当たったんですよ」
「友達誘って2人ででも参加できるみたいなこと書いてあったけど、私、誘うような友達もいなくて1人で参加したんです」
「あれ?そうだったんだ!説明書、全然読んでなくて」
「もっとも友達の分は参加費用が必要ですけどね」
「なるほど。でもボクもあまり友達いないし」
 
私たちは言葉を少しずつ交わしている内にけっこうそれが会話になってしまった。
「他に知り合いいないし、一緒に座りません?」
 
などと彼女も言うので、私たちは列車に乗り込むと一緒に座った。座席は回転式のクロスシートで、3〜4人のグループは向かい合わせにしているが、ほかはみんな進行方向に向けている。私たちもそのまま2人掛けの状態で、窓際に彼女を座らせ、私が通路側に座った。乗車まもなく配られた駅弁を食べながら、私たちは会話を続けた。
 
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「でも列車どこ走ってるんでしょうね。もう暗くなっちゃったから分からなくなった。あずさに連結されているみたいだから長野方面ですよね」
「もうすぐ大月を通過しますよ」といって千早は自分の携帯の画面を見せた。
「あ、そうか!GPSで分かるんだ!」
「文明の利器のおかげで、全然ミステリアスにならないですね」と千早は笑う。
 
私たちは携帯の番号とアドレスも交換した。彼女は「千早」と名乗っていた。彼女は駆け出しのイラストレーターということで、美術科の学生である私とは絵やイラストに関することで話が盛り上がった。
 
「でも私何かで捕まったりしたら、きっと『自称イラストレーター』とか報道される。だってイラストの収入なんてWWW制作の仕事や食品サンプルの写真撮影とか含めても、年間100万も無いもん。コンビニのバイトで何とか食べて行ってる状態で」
「この世界厳しいですよね。ボクもイラストレーター志望なんだけど、ホントに食っていけるのかは不安です」
 
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写真を撮るのも仕事のひとつということで彼女はEOSの大きな一眼レフを持っている。CFカードもたくさん持ってきたようで、沿線の夜景をしぱしばカメラに収めていた。私はまだそういうカメラを買うお金がないのでLumixのミラーレス一眼だ。私たちはお互いを被写体にして写真を撮ったり、お互いの絵を描いたりもして時を過ごした。
 
22時前に列車は松本に着き、あずさと切り離され、単独で走行を始めた。
 
「大糸線に入ったね」と千早が携帯のGPS画面を見ながら言う。
私たちはいつしか敬語を使うのをやめて、友達言葉で会話をしていた。
「そっちの方がミステリアス・ツアーっぽいよね、篠ノ井線に行くより」
「大糸線の沿線は温泉が多いから、その中のどこかが目的地なんだろうね」
 
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時刻が遅いのでもう寝ている客もいる。私たちは私が乗車前に買っていたペットボトルのコーヒーを分け合って飲みながら小声で会話を続けていた。
 
23時すぎに列車は今日の終着駅に到着した。御丁寧に駅名標にカバーが掛けてあるが、GPSのおかげで、私達はここが黒木駅であることを知っていた。近くに黒木温泉があるから、そこで泊まりになるのであろう。
 
駅から少し歩いた所に船着き場がある。こんな深夜遅くまで列車に揺られてきて更にフェリーに乗ると聞いて、顔を見合わせている老人たちがいる。しかしここの温泉に行くにはこのフェリーに乗るしかないのだ。
 
フェリーに乗って黒木湖の水面を走ること5分ほどで、私たちは黒木湖の中央にある弁天島に到着した。近くにある黒木雄岳の神様と黒木雌岳の神様が喧嘩して乱暴な雄岳の神様が雌岳の神様の首を切ったら、この湖に落ちて島となったという伝説がある。こんなことを知っているのも、私は高校時代にも1度家族旅行でここに来たことがあるからである。
 
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私は千早にそんな伝説などを語って聞かせていた。
 
やがて私たちはフェリーから降り、少し揺れる感じのタラップを通って旅館の建物に直接入ってしまう。階段を上ったところに広間があり、私達はいったんそこで思い思い、ソファに腰掛けたり、壁に寄っかかったりしていた。私と千早は荷物だけ床に置いて立ったままだ。
 
「本日はお疲れ様でした。謎の温泉の謎の宿に到着致しました。温泉は一晩中入ることができますので、ご自由にどうぞ。お部屋は夕方お渡ししました書類の中に部屋番号が記されていますが、分からない方はこちらまでおいでください。明日の朝は10時の出発です。8時から朝御飯となっております。私は1階の次郎の間におりますので、何かあったらお声をお掛け下さい」
 
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添乗員さんの説明で、とりあえずみんな自分の部屋へ行く。夕方渡したばかりなのに書類がどこかに行ってしまったなどといって部屋を問い合わせている人がいる。何やら手伝ってと言われて添乗員さんはそのお客さんと一緒に広間を出て行った。私と千早はその場でしばし立ち話をしていたが、そろそろ部屋に引き上げようということになった。
 
「お疲れ様でした。また明日ね。君はどこの部屋?」
「私はえっと・・・・、3階の鳳凰の間って書いてある」
「え?」
私は目を疑った。
「ボクも鳳凰の間なんだけど」
「え?」
私たちはお互いの書類を見比べてみたが、確かにどちらも3階・鳳凰の間になっている。
 
「ちょっと行ってみる?」
「うん」
 
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私たちは3階まで上がり、鳳凰の間というところを探して、そっと襖を開けてみた。8畳ほどの部屋の中央にテーブルがあり、既に布団が2つ敷いてあった。
 
「私達ふたりだけだったりして」
「まさか・・・」
「あ・・・」と千早が言う。
「もしかしたら私、男と間違えられたのかも。千早って名前、男でもあるから、時々間違えられることあるのよ」
 
なるほど。それならこの事態はあり得る。若い客が少ないから、ちょうど似たような年齢の一人旅の客。で同性であれば同じ部屋に、と思われてしまった可能性がある。
 
「いや、それならボクのほうが女の子と間違われたのかも。朔弥(さくや)という名前も女の子であるから」
「ああ確かに」
 
「添乗員さんとこ行って、部屋を変えてもらおう」
私はそう行って千早を促して部屋を出ようとしたのだが、千早が何か考えている風である。
 
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「ね、朔弥さん、この部屋で一緒しない?」
「え?」
「だって全然知らないおばさんたちと同じ部屋に入るより、今日少し仲良くなれた朔弥さんとのほうが、私リラックスできそうで。私って人見知りだし」
「でも・・・」
「着替えとか後ろ向いてすればいいよ」
などと彼女がいうので、結局私はその夜、彼女と一緒に同じ部屋で過ごすことにした。
 
「えーっと、布団の位置を・・・」
などといって、私はふたつの布団の間にテーブルが来るように配置し直した。
「ボクが表の方で寝るね」
「ありがとう」
 
私たちはお風呂に行ってきてから、お茶を飲み、お菓子など食べながら少し会話をした。
 
「夏目漱石の小説にこんなのあったね。見ず知らずの男女がたまたま列車で同席して、そのあとたまたま同じ旅館に行ったら、連れと思われて同じ部屋に案内されちゃうの」
「三四郎だね」
「同じ部屋になるけど、何も起きないまま一晩過ごして、翌朝」
「度胸の無い人ね、なんて言われちゃう」
「うふふ」
「ボクも度胸のない男だから」
「そうなんだ!」
「そろそろ寝ようか」
「うん」
 
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おやすみを言ってその晩は寝た。その夜は極彩色の夢を見た。夢の中に千早が出て来て、謎めいた微笑みを見せた。そして夢の中の彼女がこんな事を言った。
『境界線を越えるのに走ってもダメ。歩いていって初めて越えることができる』
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