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目次]
タカシと別れてから、カズシはそのままドラッグストアに行った。ナプキンを買わねばと思ったものの、どれがいいのやら、さっぱり分からない!
見ていると、夜用・昼用とか、多い日用・少ない日用とかあるのが分かる。多分夜用がたくさん吸収するもの、昼用は少なめのものかなと考える。あと、羽付き・羽無しというのは、どちらがいいのやら、さっぱり分からない!
結局、夜用と普通の日用の羽付きを1個ずつ買うことにした。そのままそこのトイレに入り、夜用を1枚装着する。何か凄い巨大だ!付け方は何となく分かったが、既にさっきカフェのトイレではさんだトイレットペーパーは血だらけになり、パンティを汚していた。外側のズボンまで濡れなかったのが幸いという感じだ。
でも・・・生理が来たってことは、自分はもしかして妊娠可能だったりして!?
秋になって、カズシは本部に呼び戻された。現場勤務を1年ほどしたことになる。補充人員が埋まるまでって話だったのに、1年も掛かるとは思っていなかった。本気で募集してたのかな? そう思いながらもカズシは、ブラウスにスカートという姿で本部に出勤した。
本部の課長さんは「男性社員」だったはずのカズシがいつの間にか「女性社員」
になっていたので驚いたが、カズシが自分は戸籍上は男だから、深夜残業などもできるし、給料は女性社員基準でいいですよ、と言ったら
「中身が君であれば性別はどちらでも構わないよ」
と言われて、前と同じ条件で勤務させてくれることになった。給料もまだ戸籍が男なら男の基準で出すと言われた。
ただし女性社員になったということで、電話応対・来客応対、お茶出しなどは頼むと言われ、女性社員たちのお茶出しローテーションにも組み込まれた。
女性社員の入れ替わりが激しいので半分くらいは初めて見る顔だったが、男性社員時代を知っている女性社員たちからは
「何かねぇ、もしかしてこの子・・・という気はしてたんだよね」
「あはは」
「でも手術も終わってるんだって?だいたーん!」
などとも言われる。
現場でけっこう同僚女性たちとやりとりしていたのが役立ち、この事務所でも違和感無く、彼女たちとおしゃべりができた。勤務が終わった後、一緒にお茶を飲んだり、ケーキなどを食べに行ったりした。
また彼女たちから「お化粧しなさいよ」と言われた。
○○園の現場では、入居者たちの糞尿にまみれて仕事をしていたので、女性の同僚でもお化粧などしている人はいなかったが、事務所の仕事ではみんなお化粧をしていた。カズシがお化粧したことないというと
「信じられない」
といわれて、化粧品売場に連れていかれ、とりあえずお店のお姉さんの手でフルメイクをしてもらった。それで必要な化粧品を買った。
化粧水、乳液、ファンデーション、アイカラー、アイブロウ、アイライナー、マスカラ、ビューラー、チーク、チークブラシ、口紅、グロス、マニキュア、そもそも手鏡!
給料の4分の1くらい飛んじゃった!女の人って大変。給料も男より安いのに。
最初どれをどの順序で塗ればいいのか分からなかった。アイライナーは目の縁に入れるのが怖くて怖くてたまらなかった。最初の頃は随分変な塗り方になって、朝会社に行ってから、他の女性スタッフに
「あんた、そのメイク変」
と言われて、女子トイレに連れ込まれ、直されるというのを何度かした。
でも一週間ほどで何とか「メイク下手のおばちゃん程度にはなった」と言われた。
そして次第にメイクに慣れていくと、それが毎日の楽しみになっていった。やはり女はいいなあ。
そういう気持ちが高まっていった翌年の春。カズシは婦人科で診察を受け女性身体証明書を発行してもらった。MRIで検査されて、予想はしていたがカズシには卵巣も子宮もあることが確認された。それでカズシは性別を女に訂正した。
会社の給料は下がったけど、何となく充実した気分であった。
カズシが戸籍上も女になってから2年ほど経った頃。
その事件は唐突に起きた。
カズシは急な現場の応援で夜勤に行き、それが終わった所で寝ていたのだが、長兄のヒロシからの電話で起こされる。
「大変だ。タカシが勤めている第七作戦本部が爆撃された」
カズシは「爆撃」ということばが信じられなかった。
「爆撃って、敵機はどこから来たんです? 警戒網をくぐり抜けてこんな所まで来るのは無理でしょう?」
「それがゲリラに、うちの国の戦闘機を乗っ取られたんだよ。システムにハッキングされて、訓練中のF-85戦闘機が全部で5機乗っ取られた。第七作戦本部の他にも国防本部、国会議事堂、ヨーク塔、アケボノヒルズもやられた。国防長官や軍幹部が軒並み死亡したみたいだし、ヨーク塔がやられたのでテレビの電波は全部停まっている。首相も国会議員もほとんど死亡。アケボノ・ヒルズは勤務していた民間人が3万人以上死亡。開催中だった経済円卓会議の参加者も全員死亡したと思う。つまり政財界のトップ全滅」
「タカシ兄ちゃんは?」
「連絡が取れない」
カズシは呆然として受話器を握りしめていた。
とにかく現場に駆けつけた。軍服を着たヒロシの姿を見たので声を掛けたら、最初こちらが誰だか分からなかったようであった。カズシだというのを説明すると
「お前、何ふざけた格好してるの?」
と言われた。
「私、女になったんだよ」
と言って、「どう?状況は?」と尋ねる。
ヒロシも場が場だけに深くは追求せず、これまでに得られた情報を教えてくれた。
「どうもやったのは****のゲリラらしい。無人戦闘機でゲリラの基地が潰されているのに業を煮やしたみたいでさ。なにしろ苦労して撃墜したって、戦闘員乗ってないんだから、向こうとしては虚しいだろ?」
「まあ、そうだろうね」
「それで、その無人戦闘機をコントロールしている本部を潰すことにしたんだろうな。数年前から少しずつシステムに侵入していたんじゃないかと思う」
「被害は?」
「見ての通り、爆心から半径2kmがガレキの山。生存者はひとりも確認されていない。X爆弾を搭載した戦闘機を乗っ取られているから。X爆弾の威力から考えて、遺体も回収できるかどうか怪しい」
「小型の原子爆弾並みの破壊力があるからね」
とカズシも厳しい顔で言った。
タカシの遺体は発見できなかった。というより、8000人が勤務していたはずの第七作戦本部で、回収できた遺体は(多分)100人分程度であった。
なお「100人分」というのは推定である。回収できた遺体も断片ばかりなので、それが一人分なのか複数人分なのか判断に苦しむケースが多かったのである。
他の爆撃された施設も含めると死者は全部で30万人以上と考えられた。
国内には、ゲリラ許すまじという空気が高まった。国会議員全滅の事態に緊急全国知事会議で暫定首相に選出された老齢の都知事は行動を求める国民の声を背景にゲリラ本拠地への侵攻を決定。同盟国の承認も取った。派遣地は****の領内なので****政府は抗議したが無視である。義勇軍も募集された。
カズシはこの義勇軍に応募した。
「お前、女なのでは?」
「女ですが、今回の同時多発テロで兄が死んだんです。兄の仇を討ちに行きます」
「分かった」
ということで、一応医学的な検査と身体能力検査を経て、カズシは義勇軍の女性歩兵団に入れてもらえた。検査では……やっぱり裸にされて、やっぱり性器検査もされた!
でも以前徴兵検査で男が全裸で並んでいるのは見たくねぇという気分だったのに今回女が全裸でずらりと並んでいるのはむしろ美しく、お互い和気藹々とした雰囲気でおっぱいの触りっこなどもしながらおしゃべりしていて女性の下士官に注意されたりしていた。
カズシはチェックに合格し、義勇軍に参加。輸送機に乗り込んだ。
「だけどさ。今回私もちょっと義憤に駆られて義勇軍に参加したけど、向こうが無人攻撃機の本部をテロで潰した気持ちも分からないではないよ。自分たちは安全な所にいて、彼らの同胞をたくさん殺していたんだから」
と20代の女性義勇軍兵士が言う。彼女は過去に兵役を経験したことがあるらしく、上等兵の階級章をつけていた。
「その話には理屈では納得するけど、今回は私は自分の感情で動いてる。やられたらやり返す。そうしないと反撃能力無しと思われて、もっとやられる」
とカズシは言った。カズシは初めての兵役なので二等兵の階級章である。
「でも、こんな話もできるところが女兵士の良さかもね。こんなこと男性兵士の前で言ったら、ぶん殴られるか、下手したら軍法会議」
とやはり上等兵の階級章を付けている30代の女性が言った。
「やはり男と女の論理は少し違うよね」
と軍曹の階級章を付けている40代の女性レイカが笑って言った。
カズシは戦闘地域で1年半にわたって作戦に参加した。
実際には戦争は、最初の一週間で決着した。軍事同盟を結ぶ数ヶ国で編成した多国籍軍の無人戦闘機や巡航ミサイルが、まず空港を潰して制空権を取り、更にゲリラの拠点を徹底的に破壊して、向こうの戦力は壊滅し、ゲリラの幹部もピンポイント攻撃や諜報員による活動でほぼ全員殺害された。
その後3ヶ月ほど残党刈りを行ったあと、戦闘で破壊したり、元からゲリラが戦略上の理由で作っていなかった道や橋を建設したり、民間の医療施設や学校、ダム・水道・発電所などを建設する仕事をした。そして、この侵攻に抗議していたものの和解することができた****政府に後事を託して、多国籍軍は撤退。中立国の兵士からなる国連治安維持軍と交替した。
カズシたちの女性歩兵団は主として建設作業や住民への衛生指導などに当たったが、時折ゲリラの襲撃があり白兵戦を経験した。しかしカズシが撃った弾は全然狙った方向に飛ばず、結局ひとりも殺傷しないまま帰国することになった。
一応一年以上勤務したことで一等兵になっている。もし次にまた戦役に就けば上等兵にしてもらえる。
「あんた、でも次に来る時までに銃の練習しときなよ」
とレイカ軍曹から言われた。
「そうですね」
「軍役経験したから、簡単に銃の所持許可証は取れるけど、カズちゃんの場合は本物を扱う前にゲーセンでシューティングゲームした方がいい」
「あ、シューティングゲームならやってみようかな」
会社は元の福祉法人に復職することができた。今度はシステム課の方をやってくれといわれて、コンピュータシステムを運用する部門に配置された。給料は軍務を経験したということで普通の女性の給料より2割ほど多くしてくれた。
でも女性社員なので、電話来客の応対、お茶出し、コピーやFAXなどの雑用、お使いなど、何でもこなす。肩書きは係長にしてもらえたのに、平の男性社員から雑用でこき使われる、こき使われる。
まあ、この国はそういう国だから仕方無いかな。でも今度の総選挙では女権拡張を主張する、平和党に投票しようかな。そんな気持ちにもなってきた。
そしてまた春がやってきた。
カズシは兄の墓にお参りした。タカシの葬儀の時、父は女の格好をしたカズシを見て、真っ赤になって激高していたが、葬儀の席であまりみっともないまねもできないということで、長兄のヒロシにもなだめられて、抑えていたようだった。
後で勘当宣告書が送られて来たが、覚悟の上である。相続権が無くなるが、もとより遺産などはもしもの時も放棄するつもりでいたから気にならない。
最初はただカズシの性変に驚いていたヒロシも時々会っては
「お前、可愛いな。お前、弟としてはつまらん奴だと思ってたけど、妹なら可愛い気がするぞ」
などと言ってくれる。
そんなことを考えていたら、お墓の向こうでタカシが笑ったような気がした。
同僚のユミからメールが届いている。
「○○堂でプリンアラモード食べてから、ギンブラ(ギンガムの町を散歩すること)しようよ」
と書かれているのを見て、カズシは微笑む。
そして自分の車に戻ってから、バックミラーでお化粧を直し、ギンガムへと向かった。
その内・・・私、恋愛とかして結婚とかして、子供産んだりするのかなあ。。。
そんなことも考えながら運転していたら雨が降ってきた。わあ、車で来て良かったと思っていたら、道路沿いの廃ビルの入口で雨宿りしている男性を見かけた。カズシは何気なく車を停め
「乗りませんか?」
と声を掛けた。
「いいんですか?助かります」
と言って、その男性は後部座席に乗ってきた。
「あれ?」
「あ!」
カズシはその男性に見覚えがあった。
「ミノルさん!」
「カズシ君・・・いや、カズシさんと言わなくちゃだね」
「私、すっかり女として生活してるの」
「女の子なら当然じゃない?」
それは徴兵検査の時にカズシの後ろに並んでいて、少し声を掛け合ったミノルだった。
「兵役は終わったの?」
「うん。予定より少し長めに勤めて去年除隊した。****に行ったから」
「あ、私も義勇兵になって****に行ったんだよ」
「へー、凄い」
車を運転しながら、カズシはミノルの行き先も尋ねないまま、楽しく会話をしていた。