広告:性転換―53歳で女性になった大学教授-文春文庫-ディアドラ・N-マクロスキー
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■徴兵検査の朝(3)

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彼はそこまで頭が回らなかったみたいで、カズシが「おちんちんは隠してる」
という話を信じてくれたようであったが、入居者の中の特に女性たちには、《性別の疑惑》をもたれてしまう。
 
食事の時に食堂へ誘導していた時、30歳くらいの女性入居者から胸を触られた。カズシの膨らんだ胸を感触で確認して、彼女は納得したような顔をした。
 
別の20代の女性は、いきなりお股を触ってきた。そしてそこに何も突起物が無いことを確認して、彼女はとても嬉しそうな顔をした。
 
それで数ヶ月、その施設で働いている内に、どうも女性入居者の間で、カズシは女性ではないかという噂が広がっていったようである。そしてその内その噂は男性入居者の方にも伝わっていく。
 
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「あれ、そういえばタナカさんとお風呂入った時、おっぱいあったよ」
「タナカさん、いつもおちんちん隠してるね。タナカさんのおちんちん見たことない」
「それって、もしかして隠してるんじゃなくて、おちんちん無いのでは?」
 
「もしかしてタナカさんって女の人?」
 
それで、とうとう施設のスタッフにも疑問を抱かれるに至る。
 

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カズシは課長(この園の実質的な責任者)からちょっと話をしたいと言って小部屋に招き入れられる。
 
「ちょっと最近、入居者さんやスタッフの間でも疑問の声が出てるんだけどね」
「はい」
「君って、男性だっけ? 女性だっけ?」
「えっと・・・戸籍上は男性のようです」
「実際は?」
「自分でもよく分からないんですけど、私の身体を見たら女に見えるかも」
 
「手術とかして直したの?」
「うーん。それに近いかも知れないですね」
 
「そうか。僕はそういうのには偏見は持ってないつもりだから、気にせず、ちゃんと最初から言ってもらえば良かったのだけど」
「済みません」
 
「いや、この施設では君も知っているように、男性の介護は男性スタッフが、女性の介護は女性のスタッフがすることになっている。でも実は最近、一部の男性入居者の中にね、タナカさんは女の人ではないのですか? 女の人からおむつ替えられるのは恥ずかしいとかいう声が出ていて。他にもお風呂に付いてもらってるけど、タナカさん女の人みたいな身体だから、つい押し倒したくなるのをずっと我慢しているという話も出ていてね」
 
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「あはは・・・」
 
うーん。男性と万一セックスしてしまった場合、自分は妊娠しちゃうのだろうか??
 
「君が女性ということであれば勤務態勢を変更して、君には女性入居者の介護をしてもらった方がいいのではないかと思っている」
 
「分かりました。女性扱いでお願いします」
「うん、分かった」
 

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ということで、その後、カズシは女性スタッフとして取り扱われることになった。夜間の勤務は、責任者1人と、男女1人ずつで、これまでカズシは女性スタッフと組んで仕事をしていたのだが、男性スタッフとの組で対応することになった。そして主として女性入居者のお世話をしたが、カズシが夜勤に入る日は責任者もできるだけ女性の幹部が入って、微妙なお世話(尿道カテーテルの挿入など)をする場合などはその人ができるようにしてくれたようであった。
 
女性スタッフ扱いになったので、入浴介護も女性入居者の担当になる。すると女湯に入らなければならない。すると、今までみたいに男性下着を着けておくわけにはいかない、ということでカズシは女性下着を着けることにした。
 
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買いに行ったものの、恥ずかしくて結局ブラジャーは買えなかった。中性的なフレアパンティと、ババシャツを数枚買ってきた。自宅で着けてみたが凄く変な気分だった。実は性的に興奮してしまった。以前ならおちんちんが立ってしまうところだが、立つようなものが無い。カズシはそっと自分のヴァギナを触ってみて、少し濡れていることに気付いた。そっかー。自分は性的に興奮すると濡れるのか!と新鮮な発見をした気分になった。
 

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女性扱いということで、トイレは女子トイレを使うように言われた。もっとも介護スタッフは、その職務の必要上、いつでも男子トイレにも女子トイレにも立ち入ることができるので、カズシはこれまでも何度も女子トイレには入ったことがあったし、入ったついでにそこで用を達したこともあった。
 
それで今後は女子トイレで用を達するのが標準ということにはなったものの、それまでとそんなに違った気はしなかった。
 
ただし、女子トイレを使う練習と思い、町などに出ていく時も女子トイレを使うことにしたので、これは最初結構ドキドキした。男が入って来たと思われて、「痴漢!」とか言われないかと不安だったが、そのようなことは無かった。
 
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それどころか、実を言うと、カズシは髪が長いので、それまで町で男子トイレに入って行き
「女子トイレが混んでいるからといって、こちらに来るなよ」
と言われたことが多数あったのである。
 
日常的に女子トイレを使うことにした結果、逆にトラブルが減った気もした。
 

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勤務先で女性扱いになってしまったことで、カズシはそれまであまり話していなかった同僚の女性スタッフと結構仕事以外の話もするようになった。
 
「カズちゃんって、男装女子なのかなぁと実は思ってた」
「あれ?そう見えました?」
 
彼女たちからはすっかり「カズちゃん」と呼ばれるようになっていた。
 
「何か身体の線が女性っぽい気がして。でも男性として勤務してたから」
「そうそう。でも髪伸ばしてるし。男装女子なら髪は短くしちゃうだろうから、もしかして逆にすごくトランスの進んだ女装男子なのかもという気もして」
 
彼女たちとは昼間の勤務の日に一緒にお風呂に入ることもあった。
 
「カズちゃん、もっと色気のある下着をつければいいのに」
などと言われる。
 
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「いや、買うのが恥ずかしくて」
「えー?でも女の子になる手術受ける以前に、普通に女の子の服着て出歩いたりしてたんでしょ?」
「うん、まあ」
「その段階で女の子っぽい下着も買うよね」
「勇気無くて」
 
「女の子の下着買う勇気はなくても、女の子になる手術を受ける勇気はあったんだ!?」
 
更にババシャツの下に何も付けてないのに突っ込まれる。
「カズちゃん、ブラジャーは?」
「したことない」
「有り得なーい!」
「一応持ってるんでしょ? 着けて来なよ」
「いや、実は持ってない」
「信じられない」
「何なら買い物に付き合おうか?」
 
ということで今度の非番の日に下着の買物に付き合ってもらえることになった。
 
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「お股はふつうに女の子の形だね」
と浴室の中で言われる。
 
「ええ。最初は結構戸惑いもあったけど、だいぶ慣れました」
「おっぱいはまだ小さいね」
「そうですね」
「これ、どのくらいかなぁ」
「さすがにAカップは越えてる気がする。Bかも」
「ちゃんとブラしてないと、胸の筋肉を痛めるよ」
「そうそう。若い内はいいけど、年齢を重ねると型崩れしてくるから」
「はあ」
 

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そういう訳で次の非番の日に、彼女たちが下着の買物に付き合ってくれた。
 
売場のおばちゃんに胸のサイズを測ってもらう。
「B75でいいですね」
 
最初《B75》という単語を聞いた時、戦闘機の名前かと思った。が兄が操縦している無人戦闘機はB74だった。唐突に中東の地域で展開されている戦闘に思いが及ぶ。高校時代の友人や大学時代の友人にも、あの地域に派遣されている人がいるようである。
 
しかしカズシは同僚の女性達の笑顔に思いが現実に戻る。笑顔で応じて、彼女たちと一緒に可愛いブラを数点選んだ。ブラとショーツのセットも幾つか買う。
 
更にはキャミソールを幾つか買った後、カズシがスカートを持ってないと言ったもので、それはぜひ穿いてもらわねばと言われて、アウターの売場に移動して、またまた可愛いチェックのスカートとフリフリしたブラウスを買い、その場でセットの下着からキャミからスカートから着せられた。
 
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「おお、可愛い!カズちゃん」
「それで通勤しておいでよ」
「こんな格好じゃ介護の作業できないよ」
「職場では作業用の服に着替えればいいんだよ」
 
カズシは女性扱いになって以来、女子更衣室を使っていいよと言われていたものの、まだ一度も足を踏み入れていなかったのである。
 
「それで着替える時、私たちといろいろおしゃべりしようよ」
「うん、おしゃべりはしたいね」
 
などと言い合った。
 
それからカズシは通勤の時は本当に女の子に見えるような服を着て、女子更衣室で作業用のトレーナーとジーンズに着替えて仕事をするようになった。
 

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あの徴兵検査の日から1年ほど経ってまた春が来る。カズシはふと前年老婆と会った町を歩いていた。
 
あのお婆さん、何者だったんだろうなあ・・・・
 
あの後、カズシは一度あのお婆さんの家を探して行ってみたことがある。しかしどうしてもあの家を見つけることはできなかった。
 
カフェに入ってコーヒーを頼む。スタッフが伝票の性別人数の所にF1と記入するのを見て微笑む。最近は女物ばかり着て歩いてるし、実は男物の服を着るのに違和感があるようになってしまい、先日男物の下着全部と男物のアウターのほとんどを捨ててしまった。
 
いっそ戸籍上の性別も女に変えてしまおうかな、なんてのも考え始めていた。
 
この国では、性別を女から男に変更するのは大変である。最低限兵役を経験しておかなければならないので難関の軍事学校に入り、2年間の訓練を経て(卒業すると軍曹になれる)軍人として就役し、半年以上の戦闘地域への派遣を含めて5年以上の軍務をこなして名誉除隊、あるいは普通除隊してから、男性並みの身体能力があることを証明する試験に合格した上で、女性としての法的保護規定(深夜労働の制限や生理休暇の付与など)を使用しないという宣誓書に署名し、裁判所の審判を経てやっと男の戸籍をもらえる。
 
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しかし、男から女に変更するのは、裁判所に行く必要もない。単に市役所に届けを出すだけで良い。(但し性別を女に変更しても兵役の義務は消えない)
 
男→女、女→男で性別変更の方法に格差があるのは、この国では男性は女性より優れた存在であるとして、給与や社会的取り扱いに歴然たる差があるからである。
 
当時カズシが考えていたのは、医師の診断を受けて女性機能証明書を取り、それで性別を女に変更するということであった。その方法を取ると結婚も可能なのである。結果的には給料も下がることになるが、当時彼はむしろ同僚の女性たちより良い給料をもらっていることが後ろめたい気分であった。
 

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そんなことを考えていた時、
「ねえ、君」
と男性から声を掛けられる。
 
へ?と思って見上げると、何と次兄のタカシだ! きゃーっと思っていたら
「どこかで会わなかったっけ?」
と言われた。
 
カズシは開き直ることにした。
「ごぶさた、お兄ちゃん」
 
「やっぱり、お前、カズシ!?」
「うん」
「どうしちゃったの?」
「女になっちゃった。まだ戸籍は変更してないけどね」
「えー!?」
 
それでタカシとしばしコーヒーを飲みながら話をすることになる。カズシが実は徴兵検査で丙種になったのは、女の身体だったからということを打ち明けると仰天された。
 
「お前が女になりたがっていたとは知らなかった」
「うーん。明確に女になりたいと思ってた訳じゃ無いんだけど、徴兵を逃れる手は無いかなあとか考えてたら、いつの間にか女になってた」
「それはまた大胆な。でもお前、自然に女に見えるよ」
「ありがとう」
 
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タカシはこういうカズシの状態を受け入れてくれたようであった。
 
「でも父ちゃんやヒロシ兄には言うなよ。たぶんお前勘当される」
「うん。まあそれは覚悟してるけどね」
 
今の職場が、女になった自分を受け入れてくれているということを話すと、それは良い会社に当たったと言って、喜んでくれた。
 
そんな感じで話をしている内に、カズシは女としての自分に少し自信が持てるような気がした。
 
考えてみると小さい頃から、この兄には色々精神的に助けられたことがあったような気がしてきた。自分にとって一番大事な人なのかも知れないと思う。
 

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話が盛り上がってコーヒーのお代わりもしながら3時間近く話していた時、カズシは急にお腹がいたくなった。
 
「ごめん」
と言って、店のトイレに飛び込む。どうしたのかな?お腹冷やしたかな、と思っていたら、お股からたくさん血が出てきているのでびっくりした。どこか怪我したかな? とも思ったが、とりあえず便器に座ったまま体調が回復するのを待つ。
 
どこか炎症でも起きているのだろうか? などと考える。これって病院に行った方がいいのかなあ。でも自分の健康保険証は性別男になってる。その健康保険証で婦人科に行ったら、受付で追い返されたりして・・・
 
でも、お股からこんなに血が出てくるなんて、まるで生理みたい・・・
 
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と思った時、ハッとする。
 
これってもしかして、本当に生理だったりして!?
 
そう考えると納得が行く気がした。この1年でバストもかなり膨らんで来ている。多分、自分の身体の中には卵巣や子宮があるのではなかろうか。それで女性ホルモンが分泌されて胸が膨らんできたのだろう。だから生理が来てもおかしくないんだ!
 
それで取り敢えずトイレットペーパーをたくさんパンティーに挟み、トイレを出た。兄が
「大丈夫?」
と聞くが
「ちょっとお腹冷やしたみたい。アパートに帰って寝てるよ」
と答える。
 
「そうか。じゃ、また。何か困ったことがあったら遠慮無く相談しろよ」
といわれるので
「ありがとう」
と笑顔で言った。すると兄がその表情を見てドキっとするの感じた。
 
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