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その翌日の午前中、読んでいた専門書が途中で良く分からなくなり、頭を空っぽにするのに、町に出てぶらぶらしていたら、何か人だまりがあったので何だろうと思い寄って行った。すると「あ、あなたいい感じだ。ぜひお願いします」といきなり女性の人に言われた。
「何ですか?」と僕は戸惑いながら尋ねたが
「ね、いいでしょ?あなた凄く雰囲気良いもん」
「あ・・はい・・・?」と僕は曖昧な返事をしたらOKの意味に取られてしまったようだ。
「あ、助かります。じゃ、こちらに来て」と数人の男性が集まっている所に連れて行かれる。
「あと1人欲しいですね」と何だか責任者っぽい40代の男性が言う。
やがて、僕を捕まえた女性は、もうひとり若い男性を連れてこちらに来た。
「よし、これで人数足りた。じゃ、行こう」
というと、僕らはそばに駐まっていたワゴン車に乗せられ、どこかへ移動しはじめる。
「えっと、すみません。これ何ですか?」と僕は隣の男性に訊いた。
「あれ?聞いてなかったの?『金リロ!』の『人間鑑定局』に出るんだよ」
「金リロ?テレビ番組か何かですか?」
「知らないの?人気番組なんだけどなあ。その中に『人間鑑定局』ってコーナーで、本物と偽物を並べて、タレントさんに見分けさせるってのがあるんだよ」
「へー」
「本物のお医者さんと偽物のお医者さんを並べたり、本物の体操選手と偽物の体操選手を並べたり。でもいちばん人気があるのが、本物の女性と偽物の女性を並べるやつで、僕らはそれに出るんだよ」
「偽物の女性?」
「つまり女装した男」
「ってことは・・・」
「ここにいる男、全員女装させられるってことね」
「あはは・・・・」
「勘違いでここに来てて、女装が嫌なら今の内に言った方がいいよ」
「うーん。。。ま、いっか」
僕はこないだから、あちこちで「女になったら」とか「性転換したら」とか言われたこともあり、ちょっと女装してみるというのにも興味を感じた。思えば、これがもう「地獄の一丁目」だったのだろう。
車が放送局に着く。僕らは案内されて、楽屋のような所に連れて行かれた。女装させられる人全員にひとりずつスタッフが付いて着替えさせられる。
ズボンを脱いでと言われ、脱ぐと足にシェービングフォームを付けられ、足の毛をきれいに剃られる。腕もチェックされたが、僕は腕はあまり毛は無いので「このままでいいですね」と言われた。ヒゲが少し伸びてますねと言われ、それも剃られる。更には「眉毛を剃らせてもらっていいですか?」
と言われたので「はい」というと、それもかなり細く剃られた。鏡の中の自分の顔が少し変な感じだ。
「女物の下着を着けてもらいますが、ちょっとやり方があるので、おまたの付近に触ってもいいですか?」と言われた。
「はい」と答えると、まずパンツを脱ぐように言われる。僕がブリーフを下げると、スタッフの人は僕に女物のショーツを穿かせ、上に上げ切る前に僕のたまたまを押さえ込むようにしながら、おちんちんを後ろに向けて、そのままショーツをぴっちり上に上げきった。更にガードルを穿かせて、それをしっかり押さえる。
「もしかして女装経験ありますか?」
「いえ、無いですけど」
「失礼しました。触っても大きくならなくて楽に穿かせられたので。ここで大きくなっちゃって、苦労する人が多いんですよ」
「へー」
上の服も全部脱いで、ブラジャーを付けられた。カップの中にパッドを入れられる。更にキャミソールを着せられ、ブラウスを着せられた。鏡の中の自分を見ると、何だか不思議な気分になる。更にスカート!を穿く。
「わあ・・・」と思いながら穿かされたら、何だか不思議に頼りない感覚だ。まるで下半身に何も付けてないような感じである。
「似合ってますね!」とスタッフさんから言われた。
「やっぱり、木村ちゃんは素質のある人を見分けるのがうまいな」
などと言っている。
「そんなに似合ってますか?」
「ええ。これだけで既にちゃんと女の子に見えてるから」
更にパンティストッキングを穿かせられ、パンプスを履かされた。
「ショーツ、ブラジャー、キャミソール、パンティストッキングといった直接肌に付くものについては全部新品を使っていますので、ご安心下さい。ブラウスやスカート、靴はテレビ局の衣装を使っています」
「はい、分かりました」
「下着に関しては番組の収録が終わってからそのまま記念にお持ち帰りいただけますので」
「はあ」
更に髪をブラシで少し整えられた。
「あなたは髪が長いから、ウィッグ付けなくても行けますね。ちょっとだけ前髪切ってもいいですか?」
「はい」
美容師さんが使うようなシザーを取り出すと、僕の伸び放題になっている前髪を少し切る。手際がいい。本職の美容師さんだろうか?
「うん。凄く女らしくなりましたよ」
と満足そうに言う。
「お化粧しますね」
「はい」
よく分からないが化粧品のポーチを取り出しては、何やら色々塗っていく。
「この化粧品も衛生上、新品を使っています。終わったら記念に差し上げますので、気が向いたら使ってみてください」
「はい」
僕はスタッフさんの手でどんどん顔の雰囲気が変わっていくのを、不思議なものでも見るように見ていた。お化粧なんてする機会はめったにないだろうけど、なんか気持ちいい感じだ。肌がマッサージされている感覚なので、それも気持ちいいのだろう。お化粧は15分くらい掛けておこなわれた。
「完成。すごい美人になりましたよ」
「わあ」
僕は自分で鏡の中の自分に見とれていた。
そこにさきほどの責任者の人が回ってきた。
「あれ?今日は女性の出演者もこちらでメイクとかしてるの?」
などと僕を見て言う。
「いえ。女性の方は3号楽屋です。この方、男性ですよ」
「えー!?うそだろ。ほんとにあんた男?」
「はい、そうですけど」
「ああ、声を聞いたら男だけど、聞かなかったら女性にしか見えないな」
「でしょ。この人、凄いですよ」
「あなた、女性の人たちの間に座ってもらおうかな。これ、今日はみんな不正解だぞ」
と何だか楽しそうに言っている。
やがて番組の収録が始まる。僕は2番の席に座るように言われた。同じ楽屋で変身させられていた人が4,6,7,8の席に座る。4番に座ったのは車の中で僕に番組のことを教えてくれた人だった。彼(彼女?)もかなりきれいな美人に仕上がっている。1,3,5番の席には見たことのない人が座る。本物の女性なのだろう。男女ともに全員、喉仏の部分を隠すため、スカーフを巻いている。
ディレクターさん?から番組の進行が説明される。番号を呼ばれたら返事はせずに笑顔で席を立ち、少し前の方に引かれている線の所まで歩いて往復してくる。二回目はお茶と和菓子のセットが配られるので、番号を呼ばれたら急須から湯飲みにお茶を注ぎ、和菓子を食べながらお茶を飲んで下さいということであった。そのお茶を飲む時に、喉仏が見えないように気をつけてと言われ、少し練習させられた。へー、こういう飲み方すると喉仏が見えないのか、と面白く思った。
やがて収録が始まる。見たことのある男性アイドルグループのメンバーの人が司会をしている。僕たちは最初はただ笑顔で座っているだけである。回答者の人たちが、いろいろ勝手なことを言っているが、どうも1から5番までが女性という意見が多く、僕は少し楽しい気分になった。
回答者が1度目の回答を提示する。どの人が男性かというのを提示しているのだが、「78」「678」という回答が多く、「5678」「3678」という回答もあった。僕と4番の人は、みんなが女性と思い込んでいるようである。
次に歩いている所を見てのチェックの時間となる。僕らは番号で呼ばれると順番に席を立って、線のところまで歩いて来て、また座った。1番の人から順に歩いたのだが、僕は1番の人が歩いた時に、戻って来た時の座り方が重要だということに気付いた。そこで1番の人の次に「2番の人」と呼ばれると、静かに立ち上がり、ごくふつうに歩いて往復してきて、座る時に足を揃えて丁寧に座った。「あ、この人は女だ!」という声が飛んでいるが、黙殺して何も反応しない。
8番の人まで順に歩いてきたところで2度目の回答提示となる。5番の人(本物の女性のはず)がわりと大股で歩いたので、この人を男性と思い込んだ人が多かったようで、多くの人が「5678」と答え、何人か「35678」、1人だけ「345678」にしていた。相変わらず、僕と1番の人は女性と思われているようである。5の人はどうもワザとやってる気がしたので、そう振る舞ってくれと指示されているのかも知れないと思った。
最後にティータイムとなり、ひとりずつ、お茶を湯飲みに注いで和菓子を食べた。この和菓子美味しい!そう思いながら食べたので、自然といい感じの笑顔になったようであった。「可愛い!」という声が飛ぶ。僕は、ああ、なんかこんな感じでチヤホヤされるの良いな、などという気分になってきた。
8人全員が食べ終わり、最終回答の時間となる。「5678」と「678」に答えが割れた。1人「35678」、1人「4678」の人がいた。
「では正解です」と司会者の人が言い、8番の人から順に名前と性別を声を出して言う。
「8番、たかのり、男です」「7番、かずや、男です」「6番、たけし、男です」
とここまでは、全員の予想が当たっている。
「5番、れいこ、女です」という答えに、半分くらいの回答者が「あぁ!」
と失意の声を出す。
「4番、ひろみ、男です」という答えには「えー!?」という声が圧倒的であった。4番の人はほんとに女らしい感じで、仕草なども女性的だったので、ほとんどの人が女性と思っていたようであった。4番を男性と回答していたのは一人である。その回答者は「やった!」と叫んでいる。残りの1番から3番はみんな女性だろうと思っているようである。
「3番、さくら、女です」という答えには、みんな頷いている。さて、僕の番だ。僕はわくわくして回答する。
「2番、のぶお、男です」と僕が笑顔で答えると、「うっそー!?」とスタジオは一種のパニック状態になった。
「あなた、女でしょ?男みたいな声出してるんじゃないの?」
「えーっと、男ですけど」
「ちょっと、誰か、ほんとに付いてるかどうか確認してよ」
などとひとりのタレントさんが言うと、4番の人が
「あ、僕が確認しましょうか?」
などと言って立って寄ってくる。
「いい?」
「うん、いいけど」
と言うと、彼は僕の股間に触る。
「確かに付いてますよ」
と4番の人が言うと、「嘘だ−!」「信じられない!」という声があちこちから出て、しばしスタジオは騒ぎが収まらなかった。
「静粛に、静粛に!」と司会者が言い「最後に1番の人、よろしく」と言う。
「1番、あい、女です」と答える。
しかしまだスタジオの興奮は収まらない。
司会者の人が「そういう訳で、今週は正解者が出ませんでした。今週の賞金10万円は来週にキャリーオーバーとなります」と言って、番組は終了した。
「今日は凄く女っぽくなった人が2人もいて、凄く盛り上がりましたね」
などと、スタッフの人が言っている。僕と4番の人はディレクターさんに握手を求められた。
僕らは楽屋に移動して、クレンジングをもらってお化粧を落とし、女物の服を脱いで、元の服に戻った。お礼に、と出演した人全員がファミレスの御食事券をもらった。テレビ局のワゴン車で、それぞれ都合の良い駅まで送ってもらいぱらぱらと解散となった。僕は4番の人、宏海さんと握手をして別れた。
帰宅してから「記念に」などと言われてもらった、女物の下着と化粧品セットを畳の上に置いてみた。女装なんて、めったにない体験だけど、ちょっと面白かったな、と僕は思った。
その日見た夢の中で、僕は女装して、女の子の友人数人と一緒に甘いココアを飲みながら、何か会話をしていた。
その翌日。例の睾丸に超音波を当てる実験をしてから3日たったので、僕は篠原準教授の研究室に行き、精液の採取をした。個室に入って容器に射精してそれを準教授に渡す。
「あれから何か変わった感じは無かった?」
「あ、はい。別にふだんと同じですが」
「ふーん」
と言って顕微鏡で精液のチェックをする。
「え?」と準教授が言ったので、僕は「どうかしました?」と訊いた。
「いや。。。そんな馬鹿な。。。」と準教授は明らかに焦っている。
「何かあったんですか?」
「精子が全く無い」
「えー!?」
「すまん。組織検査していい?」
「はい」
準教授は僕の睾丸に注射器の針を刺して、採取した組織を顕微鏡でチェックする。
「うーん。生殖細胞の数は3日前とあまり変わらないね。微増しているから回復が始まっているよ」と準教授。
「だったら、精子が無かったのは一時的な現象でしょうか?」と僕。
「あ、そうか。生殖細胞の増殖が優先されているから、精子はあまり生産されないんだ」
「あ、じゃ、問題無いですね」
「うん。たぶん。でも僕が自分で実験した時は、生殖細胞を2割減らした後でも精液の中に精子はちゃんとあったんだけどなあ・・・・この3日間、禁欲してるよね?」
「はい。1度も射精してません」
「うーん。じゃ、様子を見るか。一週間後にも再度チェックさせてもらっていい?」
「はい」
「一週間とか禁欲できる?」
「あ、全然問題ありません」
番組の放送は、収録があった週の金曜日だった。時間を教えてもらっていたので、自宅で、専門書を読みながらテレビを付けて見ていたのだが、すごく綺麗に映っているので「わあ」と思う。これ自分じゃなかったら、思わずデートに誘いたくなるかも、などと思ってしまった。
番組が終わってから、携帯に妹の彩佳から電話が掛かってきた。
「お兄ちゃん、テレビ見たよ」
「あ、えっと」
「いや、お姉ちゃんと言うべきなのかなあ」
「いや、町を歩いてたら、テレビ局の人に捕まっちゃって」
「すごく美人になるんだね!」
「自分でもちょっとびっくりしてる」
「やっぱり、普段から女装してるんでしょ?でなきゃ、あんなに綺麗になる訳無いもん」
「いや、ほんとにしてないって」
「隠さなくてもいいよ。私、応援してあげるからね」
「いや、応援されても・・・・」
「お父ちゃんは知ったらびっくりするだろうけど、お母ちゃんにはそれとなくほのめかしておいてあげるね」
「いや、ほんとに、女装とかしてないって」
「恥ずかしがらなくてもいいよ。じゃ、またね」
と言って妹は電話を切った。
うーん。なんか勝手に誤解されてるなあ・・・・