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■チョコが好き!(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2012-02-11

 
毎年この時期が僕は嫌いだ。お正月も過ぎると、ショッピングモールやコンビニには、いっせいに「バレンタイン・デー」のピンクの垂れ幕やポスターが張り出される。デパートの地下に「バレンタイン・チョコ」コーナーが出来て、若い女の子でいっぱいになる。
 
チョコは実は僕の大好物である。お寿司かチョコか選べと言われたら絶対チョコを選ぶくらい好きで、週に3〜4回は買っている感じだ。しかしこの時期にチョコを買うと、まるでバレンタインに女の子からチョコをもらえないので、自分で買って、貰ったかのように装う男の子、みたいに見られそうな気がして、買うのがためらわれるのである。また、バレンタインの特設コーナーには、色々変わったチョコが置いてあるので、チョコ好きの僕としては見てみたいのだけど、あの女の子たちの集団の中に入っていくのは、かなり気が引ける。
 
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今年もそういう訳で、あのピンク色の看板を見て「はぁ」とため息が出てしまった。やれやれと思いながら、今日はコンビニのオリジナルブランドの「ひとくちチョコ」
(100円)を選び、レジの所に持って行き、電子マネーで払う。
 
「このままでいいよね?」顔見知りの女子大生のバイト、沢口さんが言うので「うん。OK。袋に入れるのはもったいないからね」と答える。
 
「でもこの時期憂鬱」
「どうしたの?」
「バレンタインは女の子から男の子にチョコ送るって、誰が決めたんだろうね」
「ああ・・・山村君チョコ好きだよね。よく買ってるもん」
「うん、好き。でもこの時期に買うと、くれる人がいないから自分で買って、さも女の子からもらったみたいに見せてる男の子、みたいに思われないかって」
「私みたいに、いつも山村君がチョコ買ってるの、見ている人なら大丈夫だけどね」
 
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「デパートの特設売り場とかも、変わったのが無いか見に行きたい気もするけど女の子だらけだからなあ」
「確かにあの中に男の子が突撃するのは勇気いるかもね」
「ちょっとあの集団を見ただけでちょっと。去年は1度突入したけど、場違いな感じがしてすぐに撤退してきた。チョコは3個ゲットしたけど」
「わあ、すごい。山村君、女の子だったら良かったのにね」
「ほんとほんと、この時期だけでも女の子になりたい気分だよ」
 
その日はそんな会話をして店を出た。
 

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大学に出て学部の図書館に行き、資料を借りてきて院生室のコピー機で必要な箇所をコピーしていたら、ふらりと担当教官の篠原準教授が入ってきた。
 
「やあ、みんな元気してる?」
「なんか先生がそういう言い方する時って怪しい」と同室の篭原さん。
 
「君たち、こないだノースカロライナ大学で、超音波で避妊する方法が開発されたというニュースは聞いた?」
「ああ、ラットの睾丸に超音波を当てたら生殖細胞が減ったという奴ですよね」
と真崎君。
 
「実は僕も似たような実験を1年前からやってたんだよね。先越されたか!と思ったけど、向こうもまだ技術として完成してる訳ではないみたいだね」
 
「あれ、可逆的って書いてありましたが、本当に可逆的なんですか?生殖細胞減らすのはいいけど、もう戻らなくて永久に不妊になったりしないんですか?」
 
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「向こうのはどうか知らないけど、僕の実験ではちゃんと戻るよ。だいたい4ヶ月もあれば、ほぼ元の通り回復する。一番遅かった個体でも6ヶ月で回復した」
「へー」
 
「女性の卵母細胞は、生まれる前に完成していて、その後は静かに卵子になる日を待つだけで、損傷すると元に戻らないから、それで女性の高齢出産はトラブルが起きやすいのだけどね。男性の精原細胞は事故とかで数が減っても回復する仕組みなんだよ。分裂によって本来なら精子に変える分を変えずに精原細胞を増やす方向に使うんだよね」
「なるほど」
 
「それでさ、僕もラットではかなり実験したんだけど、人間でも実験してみたくてね」
「そんなの、御自分で実験してください!」
「実験した」
 
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「したんですか!?」
「ラットと同様に、超音波を当てると確かに数が減る。まあ1〜2割程度減るくらいで停めたけどね」
「きゃー」
「それで1〜2ヶ月もすれば元の状態に戻った。これまで3回試した」
「じゃ、技術として確立ですか?」
 
「確立するにはもっと大量にサンプルを集めないと。今はまだ開発中。でも、僕は38歳だからね。もっと回復力の高そうな20代の人でも試してみたいんだよねぇ」と篠原は楽しそうに言って、院生たちを見ている。
 
「とりあえず私は関係無いわね」と篭原さん。
「そうだね。君は睾丸持ってなさそうだから」
 
「あの・・・・俺、婚約者いるんでパスさせてもらえませんか?」と中原君。
「そうだね・・・もし不妊になっちゃったら悪いしね」
 
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「ちょっと待って下さい、不妊になる可能性あるんですか?」と僕は尋ねる。
「うーん。ラットでの実験では不妊になっちゃった個体は無かったよ。みんな生殖能力を回復した」
「人間では?」
 
「まだ人間は、僕自身でしか試してないからね。真崎君か山村君か、どちらか協力してくれないかなあ」
 
僕は真崎君と顔を見合わせた。
「ラットでは全個体、回復したんですよね?」
「うん」
 
「じゃんけんでもする?」と僕は真崎君に訊く。
「生殖細胞が減った結果、勃起能力とかに影響が出る場合は?」と真崎君。
「僕は大丈夫だったよ。生殖細胞減らしても毎日ちゃんとオナニーしてた。むしろ毎日ちゃんとオナニーするのが回復させるのにいいだろうね」
 
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「よし、山村、ジャンケンしよう」「うん」
 
ということで僕は真崎君とジャンケンした。僕が負けた。
 
「おお、生け贄は山村君に決定」と篭原さん。
「生け贄なの!?」
「科学の発展には尊い犠牲は付きものなんだよ」と準教授。
「犠牲になるんですか?」
 
「でも、先生、万一のことあったら、責任取ってくださいよ」と僕は言う。
「もちろんだよ。責任取って結婚してあげるから。僕もまだ独身だしね」
「結婚するんですか?」
「お嫁さんにしてあげる」
 
「なんでお嫁さん?」と僕は呆れて言うが
「だって僕が男だから。君の男性能力が無くなっちゃったら、もういっそ性転換して女性になってもらってもいいし。手術代くらい出してあげるよ」と準教授。
「ひぇー」
「あ、それいいかも」などと篭原さんも楽しそうに言ってる。
「山村君なら、女の子になっても生きてけると思うよ」
「それ、どういう意味?」と僕は篭原さんに文句を言った。
 
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みんなで一緒に篠原準教授の実験室に行った。
 
「脱いだほうがいいですか?」
「ズボンの上からでも超音波は当てられるけど、自分で試したのではやはり至近距離から当てたほうが確実に生殖細胞を減らせる。それに超音波を当てる前の生殖細胞の数とかもチェックしておきたいし」
「あ、そうですよね」
 
「最初に射精して欲しいんだけど」と準教授が言うので、実験室に付属する個室に入って容器に出してきた。準教授が顕微鏡でチェックする。
「あれ? 君、昨日か一昨日、射精した?」
「えっと・・・3日前です。昨日も一昨日もしてないです」
「3日間溜めてこれってのは、君精子がふつうの人より少ないね」
「あ、そうですか?」
 
「山村君、男性能力あまり強そうじゃないもんね」と篭原さん。
生理学の研究室なので、彼女は射精とか精子とかいう話は聞くのも言うのも平気である。
 
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「睾丸の中の組織を少し取りたいから注射器刺していい?」
「はい」
 
ベッドに横たわり、注射器を刺された。細い針を使っているので、あまり痛くない。
 
「ふーん。生殖細胞の数はわりと普通だなあ。活性が悪いのかな。君、ブリーフじゃなくてトランクスにした方が少し生殖能力上がるかもよ」
と準教授が顕微鏡を見ながら言う。
「あ、はい」
 
「じゃ、超音波当てるね」
「はい」
 
アメリカの研究チームは水の中で超音波を当てたようであるが、準教授は超音波を出す機械の探触子を直接陰嚢に接触させるようにして当てていく。篭原さんも含めてみんなが見ている。このあたりはもう羞恥心は吹き飛んでいる。ストップウォッチを見ていた準教授は1分で超音波を当てるのをやめた。
 
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「もう1回組織検査するね」
と言われて、また睾丸に注射針を刺されて組織を取られる。
 
「あれ−。僕が自分でやったのでは60秒で1割しか減らなかったのに、君のは60秒で2割減ってるな」
「大丈夫ですか?」と真崎君が心配そうに訊く。
「うん。僕自身も120秒当てて2割減らすのも試したけど1ヶ月半で回復したから。山村君、このあと禁欲して3日後にまた精液を採取させて欲しいんだけど」
「了解です。3日間禁欲します。普段もそんなもんだし」
 
「俺なら3日禁欲が辛いな」と真崎君。
「山村君はふだんは毎日してないの?」と篭原さん。
「えっと、週に1度くらいかな。原書とか夢中になって読み出すと1ヶ月くらいしない時もあるし」
「それは君の世代の男子では珍しいね」と準教授。
 
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「先生、これあまり良いサンプルじゃなかったかも」と篭原さん。
「かもね。でももしかしたら、安全限界値がチェックできるかもね」と中原君。「ああ、これ以上超音波当てたら、ダメという限界値だね」と真崎君。
「そうそう。山村君に少しずつ長時間当てて試してみて、もう回復しなかった時の数値が危険数値。山村君で大丈夫ならふつうの男の人でも大丈夫」
と篭原さん。
 
「ちょっと待って。回復しなかったら、僕どうすればいいの?」
「その時は、性転換手術受けて、篠原準教授のお嫁さんになればいいのよ」
「えー!?」
 

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翌日の夕方、僕は田舎に住む妹の彩佳がこちらに出てくるというのを聞いて、駅で待ち合わせて、晩御飯を一緒に食べた。
 
「これ、成人式の写真」
と言って、彩佳はキャビネサイズの写真を渡す。
 
「おお、綺麗に写ってるなあ。馬子にも衣装ってやつかな」
「お兄ちゃん、女の子の褒め方が全然なってないね。26にもなって彼女ができないわけだよ」
「そうか?でもこれ可愛い振袖じゃん。借り賃、高かったろう?」
「ああ、もうここまで酷いと、救いようがないなあ」
「別に結婚するつもりもないし。女の子の褒め方とか分からなくてもいいよ」
 
「お兄ちゃん、ホモなの?それともアセクシュアル?」
「ホモのつもりは無いけどなあ。アセク・・・って何?」
「うーんと、恋愛とかセックスにあまり興味無いの?」
「興味無いことはないけど、今は勉強に集中したいから、恋愛まで手が回らない」
 
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「うーん。。。。お兄ちゃん、ひとり暮らしで寂しいってことはないの?」
「別に。研究室や図書館に籠もって1日過ごしてると、時間のたつの忘れちゃうし、電顕なんか触ってると、楽しくて楽しくて」
「はあ・・・・私、先にお嫁に行っちゃうからね」
「まあ、お嫁に行くのは彩佳が先だろうね。僕はお嫁に行かないだろうから」
「・・・お兄ちゃん、もしかしてお嫁さんに行きたいの?ひょっとしてTG(ティージー)?」
「ティー・・・って何?」
 
「まいっか」
「でも彩佳、誰か嫁のもらい手があるのか?」
「ボーイフレンドはいるけどね。。。。まだ結婚とかまでは考えてない」
「彼氏いるんだったら、出来ちゃった婚とかにならないように、先にちゃんと籍入れろよ」
 
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「『出来ちゃった婚』なんて単語は知ってるのね?」
「まあ、そのくらいはね。ニュースとか見てると、芸能人とかほとんど、できちゃった婚じゃん。あいつら、コンドームとか知らないのかね?」
「節操無いよね。でも、お兄ちゃんはコンドーム知ってるのね?」
「使ったことはないけどね」
「使うような相手が早くできるといいね。お兄ちゃんが先に結婚してくれたほうが私もやりやすいしなあ」
 
「え?でも僕はお嫁さんには行かないよ」
「別にお嫁さんに行かなくたって、お嫁さんをもらえばいいんだけどね」
「あ、そうか」
「いや、ほんとにお嫁さんに行きたいんだったら、行ってもいいよ。私そういうの理解あるつもりだから」
「男がお嫁に行けるわけないだろ」
「いや、最近は手術して女になっちゃう人、珍しくないから」
「しゅ、手術?」
「・・・・・あのさ、もし本当に女の人になりたいんだったら、どうせなら、早く手術した方がいいよ。年齢が若い内のほうが、より女らしくなれるからね」
「そ、そうなの?」
 
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彩佳は「女の人になりたいんなら、これあげる」などと言って、道を歩いていてもらったという、化粧水と乳液のサンプルを渡して帰って行った。
 
「いや・・・・こんなのもらってもなあ」と思いながら僕は妹の乗った電車が出ていくのを見送った。
 

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