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目が覚めた時、エイコが心配そうにそばに立っていた。
「手術は終わったよ」
とエイコが言う。
「ごめんね。もう僕は君の夫ではなくなってしまった」
と僕はエイコに謝った。
「ううん。いいの。でもあなたは人間ではなく、物体になっちゃったから、私、あなたを落札したから」
「ははは」
「あなたはブルーアーマーになってしまった。でも私だけのブルーアーマーでいて」
「エイコがそうしてくれるなら、僕は幸せだよ」
「うん」
それでエイコはキスしてくれた。
ブルーアーマーを「所有」できるのは「A級」の成人男子・成人女子に限られている。エイコがA級成人女子であったおかげで、僕は彼女のものになることができた。
医師が入って来て股間の包帯を外して手術の傷跡を確認した。それを見た時、僕はさすがにショックだった。
「一応説明しますが」
と医師はエイコを見て言う。
そう。僕は物体にすぎないから医師は僕に何かを説明する義務は無い。今や僕の「所有者」になったエイコに説明するのである。いわば僕はエイコのペットに似た扱いである。
「股間の物体は全て撤去されています。睾丸は処刑の際に廃棄されました。陰茎はずたずたになって復旧不能でしたので恥骨結合部から全部除去してあります。尿道口・肛門も閉鎖したので股間には何もありません。このようにとてもスッキリした状態になっています」
「体内の余剰物質は強化された肝臓で全て浄化されてしまいますので、排泄物は出ません。またそもそも食べ物を取る必要もありませんが、水分だけは補給が必要なので、1日に2Lをめどに飲ませてあげてください」
「普通の食物を食べることはできるんですか?」
「食べられますが、食べても栄養にはなりません。消化機能は働かないようにしていますので」
「食べたものはどこかから出てこないんですか?」
「完全に浄化されてしまいます。汗が少し出るだけです」
「体内にオーナーさんの希望で原子力エンジンが埋め込まれていますので、食物や点滴などを取らなくても半永久的に稼働します。ただ原子力エンジンは核物質を使用していて怖いので、半年に1度の定期点検は確実に受けさせてください」
「飲んで下さい」ではなく「飲ませてください」だし、点検を「受けてください」ではなく「受けさせてください」である。私は物体であり、人間と会話する権利は無い。医師はエイコとだけ話している。
そして念のため点検された後、僕は退院することになる。エイコと一緒にタクシーで1年ぶりの我が家に帰った。
「ホントに苦労掛けたね」
と僕は言ったがエイコは
「私あなたが生きててくれただけで嬉しい。ずっと愛してる」
と言ってキスをしてくれた。
それからこれから僕がずっと穿くことになるボトムを渡される。ショートパンツに似ているが、ふっくらとしており、やわらかく腰の付近を覆う。色が青いのでブルーアーマーと呼ばれる。
ヤプー国では男性は黒いズボン、女性は赤いスカートを穿くのが基本なのであるが、僕が受けたような手術を経た人はこのブルーアーマーを穿くことになっているのである。それは「人間ではない」印であるが、人間ではないからと言って何をされてもいいということはない。
一応ペットに準じた保護はされる。怪我させたり死なせたりすると「器物損壊罪」に問われる。一応「動物愛護法」の対象にもなるので、飼い主は予防接種や内部に埋め込まれたエンジンの定期点検などを受けさせる義務があるし、ちゃんと餌をやったり、最低限の躾けをする義務もある。
ブルーアーマーを穿く人には、僕のように刑罰を受けた人もいるが、実は大半は自らの意志で、または成人テストを受ける直前の15歳の時点で親に言われてこの手術を受けた人である。実際、15歳時点まできて、どうみても成人テストに合格できそうもない男性は、強制施設に収容されて虐待されるような日々を半永久的に送るよりは、性別を放棄して結果的に人権も消滅するものの、誰かのペットとして生きる方が、ずっと楽なのである。
「でも原子力というのはびっくりした」
「新型なのよ。雑誌の評価が良かったから頼んでみた」
「それもごめーん。お金掛かったでしょ?弁護士費用だって大変だったろうに」
「あなたを取り戻すためだもん」
と言ってエイコはまたキスしてくれる。
「でも原子力なんて使ってて周囲の人は大丈夫なの?」
「きちんと遮蔽されているから大丈夫だって。放射能検出器も付いてるから、万一放射能漏れが起きたら警報が鳴るし」
「あはは」
「ブルーアーマーになる人の主流は火力なんだけどさ、火力だと1日の活動に必要なエネルギーを作り出すのに毎日石油を400-500cc飲まないといけないのよ」
「うーん。石油は美味しくなさそうだ」
「まあどっちみち、もう普通の御飯は食べられないのだけどね。食べてもいいけど、それでは栄養取れないんだって」
「もう一度君のビーフシチューを食べておきたかった」
「まあ食べるだけなら食べてもいいから作ってあげるよ」
「ありがとう」
「もうひとつの選択肢が水力なんだけど、あれ大変なんだよね。エネルギーを生み出すための水車を回転させるために、頭の上から足の先に至る長さ1.5-1.8mの直径10cmのパイプを取り付けて、毎日2時間、それで滝に打たれる必要がある」
「冬は滝行は辛そうだ」
「それをしないと機能が停止してしまうからね」
エイコの実家に行っていた娘2人もこちらに戻って来て、学校にも復帰した。2人はクラスメイトたちには「大変だったね」と声を掛けてもらい、刑罰を受けたモノの子供だからといって虐められたりもしていないようでホッとした。
まるで以前の日常が戻って来たかのようであったが、色々異なることもあった。
僕はもう人間ではなく「モノ」なので、色々制限されることも多い。
ひとつには僕は単独で外出することができない。犬などのペットがひとりで外出させられないのと同じで、誰か「人間」が連れていくという形を取らなければならない。それで、僕はエイコ、または娘に連れられた状態でのみ外に出ることができることになった。
ペットはもちろん税金はかからない。それは気楽であるが、仕事にも就けない。犬や猫を社員として雇うところはないだろう。それと同じだ。もちろん資格の取得もできない。犬が運転免許や医師資格を取れないのと同じでブルーアーマーは車の運転もできないし、医者や弁護士になることもできない。
色々な施設に入る時も、僕の分の入場料は不要である。何でもタダで見ることができる。ただひとりでは来られないというだけである。電車や飛行機もタダである。エイコや娘たちに連れられている限り、無料で乗ることができる。
ブルーアーマーは人格が認められないから、何か悪いことをしたら飼い主が罰せられる。だから、僕は何か我慢しがたいことがあってもひたすら我慢した。
基本的にブルーアーマーは「餌」が要らない。但し、動力源が必要なので火力の場合は毎日石油を飲む必要があるし、水力の場合は毎日滝に打たれる必要がある。ここで僕は原子力なので、燃料は心配しなくて済む。
「ヒロシの原子力エンジンは高速増殖炉を積んでいるんだよね。消費した燃料より多くの新たな燃料が生まれる夢の原子炉。だからヒロシが生きている間に燃料の追加が必要になることはまずあり得ないよ」
とエイコは言っていた。
「でも初期投資が高かったのでは?」
「政府の実用実験の検体として応募したのが当選したからね。本当は何億円って必要らしいね」
「要するに僕は実験台か」
「まあいいんじゃない? 毎日石油飲んでいると、それだけで鬱になりそうって言うし」
「確かにね〜。でもこれホントに安全なの?」
「政府は安全って言ってるけど」
「政府の言うことって、あまり信用できない気もするんだけど」
「そうだなあ。もしヒロシがそのために死ぬようなことあったら、私も一緒に死んであげるから」
「いや、それはダメだ。僕もエイコも死んだら、娘たちが困る」
「あの子たちはもう充分おとなだよ」
「まだこどもだよ」
僕はエイコに勧められて、近所のこどもたちに勉強を教える仕事をするようになった。これは建前的には子供たちが近所の家のペットと遊んであげている状態である。報酬として子供たちの親がエイコに「ペットとの遊び賃」の名目で、教師としての謝礼をする。
僕は小学5年生の時まで成績が悪くて、そのあと頑張って勉強して成人男性テストに合格したので、そういう経緯から出来の悪い子に教えるのがうまいと評判になって、けっこう遠くから習いに来る子もあった。
しかし基本的に仕事に就けない僕が少しでも家計の足しになることができるのが僕は嬉しかった。他に電話相談員の仕事もした。悩める人から電話で相談を受けていろいろアドバイスする仕事である。僕は特に30-40代の女性から恋愛問題に関する相談を受けることが多かった。
そんな感じで、いろいろ変則的ではあるものの家族4人での幸せな日々が戻ってきたような感じはあった。しかしそれは僕が働けなくなった分、頑張ってひとりで生活費を稼いでいるエイコのおかげである。
「ヒモみたいでごめんね」
「髪結いの亭主と思えばいいよ」
「物はいいようだなあ」
「法的にはペットだけどね」
そしてふたりの子供はどちらも成人女性試験を「才媛審査」でA級パスして成人女性となった。さすがエイコの娘である。ふたりは就職のため都会へと旅だって行った。ふたりとも割としっかりした感じの企業に入ることができたので私もエイコもホッとした。
10年後、ふたりの娘はそれぞれ結婚して、私とエイコは孫の顔を見る幸せに恵まれた。上の娘の子供は男の子、下の娘の子供は女の子であった。どちらも生まれた時はおちんちんが付いているから、見た目では分からないのだが、女の子の方はMRI検査でもちゃんと卵巣・子宮が確認されているので3歳くらいで、おちんちんを切ってちゃんと女の子のお股の形に整える手術を受けさせる予定である。
その年、全国のブルーアーマーたちに激震が走った。
ある地区の原子力ブルーアーマーが突如爆発事故を起こし、周囲30kmが立入禁止になるという、とんでもない事態が発生したのである。死者も数千人単位で出たらしい。
爆発を起こしたのは旧型の原子炉を積んでいる人で、僕のような高速増殖炉ではなかったのだが、全国の原子力稼働のブルーアーマーに緊急検査を受けることが義務づけられた。
実際には事故を起こした人は本来は半年に1度受けるべき定期点検を20年も受けていなかったらしい。それで冷却パイプが詰まってきちんと冷却ができなくなったことから爆発に至ったという推測がなされていた。しかし今回の強制点検で10年以上点検を受けていない人が全国で100人以上発見され、国会で取り上げられる問題へと発展した。
「定期点検シールが発行されることになったよ」
とその日帰って来たエイコは言った。
「恥ずかしいかも知れないけど、これを顔か腕の外から見える所に貼って」
と言って定期点検された日時と、次に点検を受けるべき日時が印刷されたシールを渡される。
「腕に貼らせてください!」
「顔に貼るのはさすがに恥ずかしいよね」
「僕もう人間ではないし、男性機能も無いけど、恥じらいはまだあるから」
「うんうん」
それでエイコは僕の左手の肘より少し上の部分に貼り付けてくれた。お風呂に入った程度では剥がれない、強力な接着剤が使用されている。
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■ブルーアーマーよ永久(とわ)に(3)