[*
前頁][0
目次][#
次頁]
「命(めい)ちゃんって、喉仏があまり分からないよね」
「ああ、それは友だちからもよく言われます」
「撮影中、女の子みたいな声でカメラマンさんに答えてたし」
「女の子のモデルを撮影しているはずなのに、男の子の声で返事が返ってきたら、撮影する側も気分が乗らないでしょ?」
カメラマンさんが帰った後、命(めい)は理彩のお母さんにお茶とお菓子をいただいていた。振袖はまだ着たままである。
「でもよく考えたら、パンフレットができあがったら、けっこう村の人に見られますよね」
「うん。でも女装の命(めい)ちゃん見たことのある人でないと正体には気付かないよ」
「そうですよね!」
と答えながら、ひょっとして自分の女装を見ている村の人ってかなりいないか?という気もした。でも、そういう人には、今更かも知れない。
「でも可愛いなあ、ほんとに。理彩よりも振袖が似合うみたい。命(めい)ちゃん、私の娘に欲しい感じだわ」
「理彩が男の子で僕が女の子なら、お嫁さんに来てもいいですが。でも振袖って可愛いですよね。こんなの着る機会は二度とないだろうから、今日は貴重な体験をさせてもらいました」
「あら、着たくなったら、うちに来たらいつでも着させてあげるわよ。命(めい)ちゃん用の和装下着も用意しておこうかしら?」
「ああ、そんな話を聞いたら、ますます理彩が調子に乗りそう」
「確かに最近、女装させられる頻度が高くなってる感じね」
「そうなんですよ!」
お昼前には自宅に戻ったが、自分の携帯で撮ってもらった振袖姿の写真を見せると、命(めい)の母は仰天した。
「でも、可愛いじゃん! お前、いっそ成人式の時は振袖を着る?」
などと言う。
「あはは、お金かかるからパス」
「でも、娘の成人式に振袖着せるって、親にとっては夢だからね」
「ごめんねー。娘じゃなくて」
「今から娘になる気は無い? 最近そんな人多いし」
「無い、無い」
「何なら手術代くらい出してあげるよ」
「要らない、要らない」
命(めい)は笑って否定しておいたが、なんでみんな僕をこんなに女の子にしたがるんだ!?などと思った。
その年の秋、二学期の始めのことであった。男の子たちが数人で騒いでいる。何だろうと思って近寄ってみたら「お、斎藤も参加しろ」と言われる。どうもアミダクジをしているようである。「何のアミダ?」と訊くが「いいから」と言われるので、名前を書いた。「あと2人欲しいな」と言って、近くにいた男子2人がつかまり、内容も知らされないまま、名前を書いた。
「よし、開けるぞ」といってクジは開封された。
「決定。1番は橋本と新庄、2番は三宅と河合、3番は高宮と斎藤、4番は朝倉と大平」
「何の組み合わせ?」
「この組み合わせでデートしてもらう」
「は?」
「いや、うちの演劇部が文化祭でやる劇で舞踏会のシーンがあるんだけど、そこで踊るペアが欲しいんだよな。で、この組み合わせでペアやってよ」
「ペアって男同士でいいわけ?」
「片方は男の衣装、片方は女の衣装。どちらが女の衣装着るかは、各ペアで話合って決めてくれ」
「ちょっー!」
「なんで女役は女を徴用しないんだよ?」
「男女だと照れるじゃん。手をつなぐのを概して女が嫌がるしさ。男同士なら手をつないでも構わんだろ?」
「手をつなぐより、女の衣装着るほうが恥ずかしいぞ」
「あ、ひとり女の衣装着たそうな顔してるのがいるな」
「斎藤は女役で決まりな。斎藤は最初からそのつもりで徴用した」
「えーっと」
「あと、橋本もやりたそうな顔してるから、橋本も女役な」
「ちょっと待って!」
「あと2組はジャンケンか?」
結局河合君、朝倉君が女役になり、命(めい)と橋本君と4人で舞踏会シーンで貴婦人の衣装を着て出演することになった。
みんなワルツのステップを知らなかったので、習うが、教える方も実はあやふやなので、なかなかうまく踊れない。
「まあ、どうしてもうまく踊れなかったら、何となくそれっぽく歩き回るだけでもいいから」
などとも言われたが、そんな中で橋本君がわりといいステップをしていた。
「うちの兄貴が社交ダンスやってた時期があって、練習相手にさせられた」
「お前はもしかして女役?」
「兄貴が男役だからね。ちょうどいい所に妹がいるとか言われて」
「よし。じゃ、河合と朝倉は橋本の真似をするといいな」
「えっと、僕は?」と命(めい)。
「斎藤は素で女だから、立っているだけでも問題無いから」
「むむむ」
しかしともかくも、「女組」は橋本君のステップをコピーして踊ることで、かなりまともになり、「男組」はそれをサポートするような動きをすることで何とか踊っているように見えるレベルまでは到達した。
リハーサルの日。本番通りの衣装を着けて出演したが、河合君と朝倉君は女性用のドレスなんて着たことがない感じで、異様に興奮していた。
「なんか、これ癖になりそうだ!」などと言っている。
「ほら、そこに癖になってる奴らがいる」と橋本君と命(めい)が指さされた。「僕は別に女物の服なんて着てないけど」と橋本君が言うと「ダウト」と言われている。
「僕もそんなに女物の服着ている訳じゃないけど」と命(めい)が言うと「嘘ついてると、閻魔様にチンコ抜かれるぞ」と言われた。
「いや、ひょっとして既に抜かれているとか」
こんなことをふつうの男の子に言えばイジメになるかも知れないが、命(めい)はこんな感じのことを言われて嬉しがっているので、みんなもどんどん言ってあげている感じである。
「だいたい、ちゃんと女物の下着を着てくるとは思わなかった」
「え?だって女物の服を着るのに、男物の下着ってないでしょ?」
「いや、ふつうの男子は女物の下着なんて持ってないのだよ」と橋本君からも指摘されてしまった。
トイレに行きたくなったので、「あ、俺も」と言った河合君とふたりでトイレに行った。ふたりとも男子トイレに入ろうとして中にいた男子から
「ノーノーノー、女子はここには入れません」
と言って追い出されてしまう。
困っていたら、そこにちょうど春代が通りかかった。
「どうかしたの?」
「トイレに入ろうとしたら、追い出された」
「あ、命(めい)じゃん。豪華な衣装つけてるな。どっちに入ろうとしたの?」
「え?男子トイレ」
「その服で男子トイレには入れないよ。命(めい)なら女子トイレもOKだよ。こちらにおいで」
と言って春代が手を握って、女子トイレの中に連れ込んだ。
「えっと、じゃ、俺も」
と言って河合君も命(めい)たちに続いて女子トイレに入ったが
「あんた、男でしょ」
と言われて、中にいた女子たちから追い出されてしまった。
「ちょっと−。なんで斎藤なら女子トイレもOKで、俺はダメなんだぁ!」
と河合君が抗議するが
「微妙な問題」
と言われてしまう。
「俺はどちらに入ればいいんだよぉ、男子トイレからも女子トイレからも拒否されてしまう」
と河合君はかなりマジで困ったような声を上げた。
本番1日目。命(めい)たち無事出番を終えて、まだ衣装を着けたまま廊下で立ち話をしていたら、そこに西川君が通りかかった。
「やあ」と声を掛ける。
「あ、どもー」と命(めい)は挨拶になっているような、なってないような返事をする。
「見たよ。きれいに踊ってたね」
「橋本君がきれいにステップを踊れてたから、女役はみんなそれをコピーしたんだよ。社交ダンスできる人が全然いなくて大変だった」
「あ、俺たち先に行ってるから」と高宮君が声を掛けて、みんな行ってしまう。命(めい)と西川君だけが残った。
「でも、ほんと命(めい)ちゃんって、こういう服似合うね」
「うん。割と好きかな。そうそう。先月なんて振袖着ちゃったんだよ。理彩の代役で」
「わあ、それは見たかった」
「あとで写真見せちゃおうかな」
「見せて見せて」
ふたりは何となくその場であれこれおしゃべりをし、かなり盛り上がった。
命(めい)は理彩が好きで、他の子には男であれ女であれ気持ちが揺らぐこともないし、西川君も命(めい)が男の子であることも、理彩のことが好きであることも承知なので、ふたりの関係が恋愛関係に発展することは無かったのであるが、この時期、命(めい)と西川君はかなり良い雰囲気にもなっていたのである。
ふたりはしばしばこんな感じで話していたし、その後も何度かデートまがいのことをしたこともあった。
あんまり命(めい)が西川君と仲良くしているので、少し心配した春代が理彩に訊いた。しかし理彩は笑って答えた。
「命(めい)が私以外の子を好きになることはないよ。相手が女の子であれ男の子であれね」
「おぉおぉ、凄い自信だね。でも大事なものは絶対手元から離さないようにしておいた方がいいよ」
と春代は釘を刺しておいた。
翌年の2月13日、日曜日。命(めい)は突然理彩から呼び出しを受けた。「足の毛は剃ってきてね」と言われたので「またか」と思いながらも自宅のお風呂場で綺麗に剃り、ついでに最初から女物のショーツとプラも身に付けて上は一応普通の服を着て理彩の家に行った。この時期はまだ雪が深い。ここ数日朝の気温が低かったので、雪がガチガチに固まっていて、命(めい)は滑らないように気を付けながら理彩の家まで行った。
「こんにちは」とドアホンに向かって言うと理彩が開けてくれて中に入る。忘れない内にちゃんと理彩の家の神棚に挨拶をする。
「あれ、今日はお母さんたちは?」
「うん。ふたりで**温泉まで出かけて、今日は私ひとり」
「へー」
親が不在だからといって遠慮するような間柄でもないので、上がり込み、一緒に理彩の部屋に行く。
「一昨日、昨日は、御神輿かつぎお疲れ様」と理彩。
「高校生は御輿かつぎの主力だからね。もうこき使われる、こき使われる。まだ筋肉痛だよ」
「女子でも元気な子は御神輿かついでたね。クーちゃんもなっちゃんも巫女舞やった後、法被に着替えてかついでたみたいだし」
「理彩は今年は巫女舞には入ってなかったね」
「うん。今年は人数足りてるみたいだから、免除してもらった。本当は生理が来る前の女の子がやるもんなんだけどね、あれ」
「人数が少ないから、そんなこと言ってられないもんね。でも今年は小学1年が3人いたからかな」
「あの3人、なかなかパワフルだわ。気が合うみたいで、よく一緒に遊んでるけど、破壊力も凄い」
「みたいだね。男の子顔負けのパワーみたい」
「さて、それじゃ着換えてもらおうかな」
「はいはい。下着はもうつけてきたよ」
「なかなか殊勝でよろしい」
今日はどれにしようかなぁ?などと言いながら理彩は自分の洋服ダンスの中から服を取り出し、可愛いトレーナーとニットのプリーツスカートを取り出し命(めい)に渡した。命(めい)は着ていた服を脱いで、渡された服に着替える。理彩の前で命(めい)が下着姿になるのはお互いに全然平気だ。
「あれ?タックしてるの」
「うん。何となく」
「ふーん」
「揺り戻しかな。御神輿かついだので、男の面を使ったから」
「ああ、バランスを取ってるのね。じゃ今日は女装できて良かったじゃん」
「うん。理彩から呼ばれなくても、今日は女の子下着つけたい気分だったかも」
「私の服、少し命(めい)の所に置いておく?そしたらいつでも着れるよ」
「いや、女装にハマったら怖いからやめとく」
「既にハマってる癖に!」
ふたりは特に何かする訳でもなく、いつも一緒にやっている問題集(ふたりで一緒に勉強できるように同じものを買っている)をしながら、おしゃべりをしていた。理彩と命(めい)のふつうの休日の過ごし方である。
「ああ、なんか刺激が欲しいなあ」と突然理彩が言った。
「刺激って?」と命(めい)。
「例えば、命(めい)が私を襲うとか」
「なんで?」
ふたりは座卓に向かい合って座って勉強していたのだが、理彩は立ち上がるとぐるっと回って命(めい)の隣に座った。
「私に欲情しない?」
と言って、理彩は命(めい)の身体につかまる。命(めい)は微笑んで
「こんなに身体くっつけてきたら、キスしちゃうぞ」
と言う。