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「それで七歳の時のことなんだけど」
と千里が説明しようとした所で
「五歳の時はなぜしなかったの?」
というツッコミが入る。
「まあ、そのあたりが微妙な話で」
「へ!?」
「まあ最初は5歳の七五三なんて、バッくれておけばいいと思ったらしいんだよね。お金無いし」
「ふむふむ」
「ところでタマラは1990年6月6日6時の生まれなんだよね。だから彼女は数え方式だと、年長さんの1996年10月に七五三をすることになった。当時他にもポルトガル人のルアナという女の子、それに日本人だけど病気がちで幼稚園にも出てきていなかった沙苗ちゃんとかも七五三をするということだった。これ当時ここの神社によく集まっていた子供たちだったんだよ」
「ほほお」
蓮菜がニヤニヤしている。その表情の意味は千里にしか分からない。
「それで一緒にしない?とタマラに誘われたんだけど、この時点で私は満5歳だったんだよね〜」
「あっ・・・」
「それでうちのお母ちゃんとしては、タマラたちの七歳の七五三のついでに私の5歳の七五三をやっちゃおうと考えたんだよ」
「なんか、その先の話が見えてきた」
早川ヤヨイから「七五三、うちのタマラと一緒にしましょう」と誘われたものの、津気子は千里の服をどうやって調達しようと考えた。取り敢えず千里も(当然玲羅も)連れてジャスコに見に行ったものの、羽織袴のセットで18,000円とか25,000円とかで、苦しい家計の村山家には辛い値段である。
結局津気子は、普段着のまま連れて行けばいいや、と開き直る。それで帰ろうとしていたら店員さんから声を掛けられた。
「七五三でございますか?」
と店員さんはニコニコ笑顔である。
「ええ。でも済みません。予算オーバーなので他を見てみます」
と津気子は言った。
他をといっても、さすがにジャスコより安い所なんて無いだろう。このまま帰るつもりである。
「でしたらレンタルなどいかかですか?」
と店員さんは言う。
「レンタル!」
そうか。そういうものがあったんだ。気付かなかった、と津気子は思った。
「どちらのお嬢様ですか?」
と店員さんが訊く。
ん?1人は男の子なんだけど。
「えっと、上の子ですが」
「下のお子様はまだ5歳くらいですか?」
「ええ。まだ満4歳なんですよ」
「2つ違いですか?」
「はい。学年は」
「でも上のお子様の取り敢えず寸法だけでも測りませんか?」
「そうですね・・・」
それでうまく乗せられて店の奥に連れ込まれる。
「着丈は80cmくらいでいいかな。裄丈は40cm...41cmくらいかも」
などと言いながらサイズを計ってくれる。
津気子は和服の知識がほとんど無いので、どこの寸法を測られているのやら、○○丈ということば自体がちんぷんかんぷんである。
「でもレンタルっていくらなんですか?」
「3泊4日で1万円から3万円まで、お品のグレードによって変わるのですが、あ、もしジャスコカードをお持ちでしたら、2割引になります」
「ジャスコカードですか?だったら作ろうかな」
津気子としては1万円の2割引、8000円くらいなら、何とかなりそうな気がしたのである。
それで津気子はジャスコカードの申し込み書を書いた。すると書きあげた所で
「実はジャスコカードをお持ちのお客様限定で特価6800円で2泊3日というプランもご用意できるのですが」
と店員さんが言う。
「それにします!」
と津気子は即答した。
「ただ模様がこの3つの限定なのですが」
と言って店員さんはカタログを見せてくれる。ABCと3つのセットがあり、各々男の子5歳用、女の子7歳用のセットの写真が並んで載っている。むろん津気子は男の子5歳用を見て、Bが好みかなと思ったので
「じゃBにします」
と言った。
「分かりました。レンタルの日付はいつになさいますか?」
「10月12-13日が土日ですね。ちょっと待って下さい」
津気子は早川ヤヨイに電話をしてみた。
「七五三ですけど、12日の土曜日に行きます?13日の日曜日にします?」
「あ、ちょと待って」
それでヤヨイはどうも夫と話しているようである。
「うちの旦那が土日詰まってるらしい。むしろ10月15日火曜日はダメですか?」
「ちょっと待って」
それで津気子が平日にも借りられるかと尋ねる。すると店員さんは言った。
「平日でしたら特別割引 5980円でご利用頂けます」
「それにします!」
そういう訳で、千里の七五三は1996年10月15日(火)にすることになったのである。
当日は平日なので幼稚園がある。お迎えは14時なので、ヤヨイと津気子が車を出して、ルアナの母と一緒に3人で子供を受け取り、自宅に戻る。沙苗は幼稚園に行っていないので、お昼を食べて少し休んでから着物を着せ始めたようである。
津気子は千里を連れて自宅に戻ると、午前中にジャスコに行ってレンタルしてきた袋を開けて着せようとする。
その時、津気子は「うっ」と思った。
袋に入っていたのは、女の子の七五三衣裳なのである。
「うっそー!?なんで女の子用なの〜〜?」
どうしたらいいんだろう?と悩む。貸衣装の申し込み書類の控えを確認する。年齢性別の所が《女児7歳》に丸がつけてある。私ここに丸付けたんだっけ?記憶が曖昧だ。自分が間違って付けたか、あるいはお店の人が誤ってここに丸を付けたか。しかしどっちみちその時きちんと確認しておかなかったのがいけない。
でも誕生日も平成3年3月3日と書いておいたから5歳なのに、と思うが、津気子は添付されている「七五三時期表」を見ていて、この誕生日の子は「学年数え」方式だと7歳として扱われることに気付いた。満5歳なのに!
でも本当にどうしよう?お店に言って交換してもらう?しかしこの時期の衣裳のスケジュールというのはかなり厳しいスケジュールで動いているだろう。交換可能な衣裳があるかどうかは分からない。追加料金とか取られたりして?
「おかあちゃん、どうしたの?」
と千里が尋ねる。
「えっと、お前の衣裳、男の子の七五三衣裳頼んでいたのに、間違って女の子用が来ているのよ」
と津気子は正直に言う。
「まちがいなの?でもこのふく、きれいでいいなあとおもった」
「お前これ着たいの?」
「うん」
そういえばこの子はいつも女の子に間違われるし、本人も女の子のような性格で、着ている服もだいたい女の子っぽい。実際、愛子のおさがりの服(本来は玲羅にともらったもの)を勝手によく着ている。
本人が着たいなら、着せてもいいか?
どうせ武矢は出港中で、見てないし。
津気子が悩んでいたら、もう七五三の衣裳に着替えた早川タマラと母のヤヨイがやってくる。
「ツキコさん、そろそろ行く〜?」
「えっと、どうしようかと思って」
と津気子が言うと、ヤヨイは部屋の中にいる千里がまだ幼稚園のスモッグのままであるのに気付く。
「あ、着せるのに苦労してた?」
「えっと・・・」
「じゃ、私着せてあげるよ」
「そ、そう?お願いしちゃおうかな」
実際、津気子は3歳の七五三の時も、玲羅に服を着せるのに物凄い苦労をして、それでも途中で着崩れしたのをヤヨイが少し直してくれていた。ヤヨイは和服が好きなようで、自分でもよく着ている。3歳の時は色留袖だったが、今日も訪問着を着ている。一緒に幼稚園から帰ったのに、その後のわずかな時間でタマラに和服を着せ、自分でも着たのは凄いと、津気子は思った。
「OK。任せて」
とヤヨイは言うと、千里にまず着ている服をパンティ以外は全部脱ぐように言う。それで千里がパンティだけになってしまうと、それにまずは和装スリップを着せる。
しかし・・・千里はパンティ(女の子用)を穿いててもおちんちんの形が分からないのはなぜなんだ?と津気子は思った。あの子・・・付いてるよね?うまく隠しているのだろうか?
長襦袢を着せて紐を縛り、着物を着せて帯を締めてくれたが、手際が鮮やかである。さすが普段から和服を着ている人は違う。凄い!と思った。ちょっと、よそ行きの洋服を着せる程度の時間で千里に七五三の衣裳を着せてしまった。髪飾りなども付けてあげると、千里は嬉しそうにしている。
「できたよー。いこー」
「ありがとう!」
それで少し良い感じのワンピースを着せた玲羅も連れて一緒に神社に行く。
神社の境内で、ヤヨイの夫ピーター(日本名平太)、ルアナと母にルアナの妹、沙苗と母と落ち合う。ピーターは羽織袴を着ている。ルアナ姉妹は可愛いワンピースだが、沙苗はピンクの和服である。ルアナと沙苗の母たちも津気子同様、普通のよそ行きの服である。結局親も和装なのは早川夫婦だけである。
社務所で宮司に「七五三の祈祷お願いします」と言い、祈祷料を払う。それでヤヨイ夫婦とタマラ、津気子と千里・玲羅、ルアナ姉妹と母、沙苗と母、合計11人で巫女さんにお祓いを受ける。
この年(1996年)は宮司の娘・結子さんが来ていて巫女をしてくれていた。娘さんは昨年まで釧路に住んでいたのだが、その年の春に深川に引っ越してきたので、忙しい時期はこちらに来てくれるのである。夫が転勤族なので、1〜2年単位であちこち移動するらしい。
それで昇殿して祈祷をするが、結子さんが幣や鈴を持ってお祓いをしたり、奉納する榊を渡すのをおこなった。祝詞をあげる時も結子さんが太鼓を叩くが、龍笛はいつの間にか来ていた小春が吹いてくれた。その日の小春は中学生くらいの雰囲気だった。
でも小春は幼稚園にも5〜6歳の雰囲気で姿を見せていた!
小春の年齢が不安定なのを認識しているのは、宮司と千里くらいで、他のみんなには意識されていないし、不思議にも思われていない。座敷童というのはそのように、みんなの意識の外に居るのである。
多くの人は、普段通っている道のそばに咲く花の高さが10cmであっても15cmであっても、それが違っていることに気付かない。逆に言えばその高さの違いに気付くのが千里のような子なのである。ただ千里はその感覚を「霊感」というのだということを知らない。