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ところで、この日の朝、バスで登校した方の千里であるが、セーラー服のままバス停まで走り、ギリギリでバスに飛び乗った。千里が走ってくるのでバスは待っていてくれたのである。
何とか乗せてもらい、まだ息をハアハアしていたら
「千里ちゃん、今日は遅いね」
と声を掛けてくる子がいる。6年の時に同じクラスでソフトボール部でも一緒だった杏子である。彼女は遅刻の常習犯だった。その杏子と一緒のバスになるというのはヤバいぞと千里は思った。
「でも先週休んでたらしいけどもう大丈夫?」
「うん。何とか回復した。ありがとう」
そのまま彼女とバスを降りるまで会話をしていたが、杏子は私がセーラー服を着ていることには何も言わないんだなと思った。
「杏子ちゃんは何組?」
「私は3組。千里ちゃんは1組だっけ」
「うん。蓮菜からそう聞いた。でもS中は3クラスあるんだね」
「ギリギリだったらしいよ」
「へー」
「N小出身者とP小出身者で合わせて81人だったんだよ。1学級は40人以内にしなければいけないから2クラスではギリギリ収まらない。それで3クラスにして1学級27人になったんだって」
「わあ。だったら、誰かもうひとり転出してたら、2クラスだったのか」
「でも1学級に40人もいたら多すぎる気がするから、3クラスになって良かったと思う」
「そうだねー」
杏子からはあらためてソフトボール部に勧誘されないだろうかと思ったのだが、彼女はこの場ではその話題は出さなかった。
S町のバス停で降りた後、杏子が
「走るよ」
と言うので、中学に登る坂を一緒に走った。杏子はコンパスが長いこともあり、速い速い。千里は彼女に付いていくのに“結構マジ”になった。
生徒玄関の所まで来てから大きく息をしながら
「杏子ちゃん、さすが速いね」
と千里が言うと
「千里ちゃん、少し本気になれば頑張れるじゃん。普段もせめてそのくらい頑張ればいいのに」
と杏子から言われる。
「ごめーん。私、性格が適当だから」
「うん。それは感じてる。千里って70%が“適当”と手抜きで出来てる」
「正解かも」
と言いながら、蓮菜から聞いていた1年1組31番の所に靴を入れようと思ったらそこはふさがっている。
「あれ〜。私の靴箱の所が埋まってる」
「出席番号を聞き間違ったのでは?」
「あ、そうかも」
「空いてる所に適当に突っ込んでおけばいいよ」
「うん。そうしよう」
と思い、千里は数字が33番までシールが貼ってあるので、その次の数字の入っていない靴箱に自分の靴を入れた。そして青いスポーツバッグの中から上履きを出すとそれを履いて、取り敢えず職員室に向かった。
職員室に入ると千里は
「お早うございます。1週間休んでいました1年の村山千里です」
と挨拶する。
「ああ、村山さん。もう大丈夫?」
と言って寄ってきたのは50代の女性の先生である。
「はい、もう元気です」
「良かった」
「あなたは1組になっているんだけど、1組担任の菅田先生は今、朝のホームルームをするのに教室に行った所なのよ」
と言う。
あちゃ〜。やはり私遅刻しちゃったな、と思った。
「すみません。そしたら先週休んだ分の欠席届とかは、教室に行って先生に渡せばいいですかね?」
「それ行き違いになるかも知れないから、私が預かっておくよ」
と先生が言うので、欠席届・口座振替依頼書・家族調査票、就学援助申請書を渡す。
「あ、すみません。先生のお名前お聞きしていいですか?」
「うん。私はS中教頭の山口桃枝(やまぐち・ももえ)」
「教頭先生でしたか!すみません」
「まあ教頭なんて雑用係だから」
「でも何か似た名前の女優さんがいませんでした?」
「そうそう。昔『伊豆の踊子』とか『古都』とかに主演した大女優さん。向こうは同じ山口百恵(やまぐち・ももえ)でも百の恵み、こちらは桃の枝。せめて枝じゃなくて花ならよかったんだけどね。向こうが私より10歳若いから、私はよく“古い方の、ももえちゃん”と言われてたよ」
「へー」
「あ、あなたの教科書、渡すね」
「はい」
と言って、教頭と一緒に職員室の端の方に行く。教科書を入れた袋が2つ並んでいる。その内の1つを千里に渡してくれた。
「結構重いですね」
「中学の教科書は厚いし、資料集とかもあるからね。この他に、持ってない場合は、国語辞典・漢和辞典・英和辞典、アルトリコーダー、スクール水着、水彩絵の具とかを購買部で買ってね。これリスト」
と言って、教頭先生は教材のリストを渡してくれた。
そこに男の先生が寄ってくる。
「僕は1年の学年副主任の秋田だけど、村山さん、君の生徒手帳の写真を撮ってなかったんだよ。ちょっと撮影させてくれる?」
「はい」
それで千里は教科書の袋を持ったまま、秋田先生と一緒に職員室の隣の応接室に向かう。秋田先生は何だか大きなカメラを持っていた。
「でも君の髪は、長すぎて違反だと思うんだけど」
「すみませーん。病み上がりなので、少し体調が落ち着いてから切ってもいいですか?一応母が電話で連絡はしていたのですが」
「ああ、だったらいいけど、それなら髪は束ねておいてよ」
「分かりました」
と言ったが、髪ゴムとかが無いことに気付く。すると職員室を出たところで小春と遭遇する。
「あ、千里、学校に出て来たね」
「小春!」
「千里、髪長いままなの?」
「うん。体調が万全になってから切ろうと思って。でもこのままじゃいけないから結んでおくように言われたところで。でも髪ゴムが無いなあと思って」
「だったら、これ使いなよ」
と言って、小春は白い玉がついた髪ゴムを千里に渡してくれた。
「ありがとう」
「その教科書も教室に持ってってあげるよ」
「ほんと?重いけど」
「平気平気」
と言って、小春は教科書の袋を持って、教室の方に向かった。
千里は秋田先生と一緒に応接室に入って、写真撮影をしてもらった。
「これすぐ印刷屋さんに回すね。たぶん今週中に生徒手帳はできあがると思う」
「ありがとうございます。助かります」
「生徒手帳無いと、ゴールデンウィークに学割とかにも困るよね」
「あ、そうですよね」
「特に女子は中学生くらいになると、もうおとなと見分け付かないし」
と言われて、千里は、そういえば、私、セーラー服のまま写真撮影されちゃったけど、良かったのかなあ、などと思った。
その日の夕方、黄金印刷では、若い営業課長(社長の孫)が、S中の生徒手帳を印刷機で印刷し、それを製本していた。印刷したのが午前中だったので、インクが乾くのを待ってからも製本は17時頃におこなった。そこに専務(課長の祖母)が通り掛かり、
「あら、生徒手帳を作ってるの?」
と声を掛ける。
「うん。入学式の時に休んでたらしくてね」
「へー」
と言って、専務は課長の作業を見ていたが、ふと伝票に
《S中学校・1年・村山千里》
と書かれているのに気がつく。
「あら?S中の村山さんなら、さっき本人がいらっしゃったから、写真撮影して印刷機が空いたら印刷しようと思ってたのに」
「嘘!?こちらは朝学校に行って写真のデータ受け取ってきたのに」
「あら、もしかしてダブった」
「かも」
などと言っていたのだが、専務は、課長が制作している生徒手帳の写真がセーラー服を着ていることに気付く。
「あれ?女の子なの?」
「そうだけど」
「こちらにさっき来たのは男の子だったよ」
「だったら別の村山なのでは?」
と課長は言う。
確認してみると、どちらも名前が「村山千里」であることに気付く。
課長が制作中の手帳は
《1年1組31番・村山千里・女・平成3年3月3日生》
となっていて。専務が印刷待ちだった方は
《1年1組13番・村山千里・男・平成3年3月3日生》
と書かれている。写真も課長のはセーラー服の少女、専務のは学生服の少年である。
「生年月日が同じで性別が違うの?」
「顔も似てるね」
「双子なんじゃない?」
「あ、そうかも。だって出席番号が違うじゃん」
「ほんとだ」
S中の生徒手帳管理表を確認すると13と31の所に丸が付けられていない。
「うん。13と31がまだ未納になっていた」
と専務は言っている。
「仲良く風邪引いて休んでたのかもね」
「ああ、双子ってそういうのあるよね」
ということでスルーされてしまった!
本当に双子なら、顔が同じでも名前は違うはずだが、人は物事を単純化して捉えがちなのである!
4月14日(千里が初登校した日)の帰りの会の後、掃除がだいたい終わって、千里が帰ろうとしていたら、玖美子に抱きつかれた(ついでに胸を揉まれる!)。
「ささ、千里、剣道部に行くぞ」
「私、別に剣道部もしないけど」
「いや、ちゃんと入部届は出しておいたから」
「出したんだ!?」
「道具も持って来てあげたよ」
「嘘!?」
「金曜日の段階で、千里は月曜日から出てくるらしいと聞いたからさ。金曜日は雪が凄かったでしょ?部活の帰り、うちのお母さんに迎えに来てもらったから、ついでに神社に寄ってもらって、千里の防具と竹刀をこちらに運んでもらった」
「雪の中大変だったね!でも道着持って来てない」
と言ったら、小春が
「千里の道着と袴、それに練習が終わった後の着替え、これに入れておいたよ」
と言って、小学校時代に使っていた赤いスポーツバッグを渡した。
「準備万端だね」
と玖美子。
「それに千里、その髪、まとめた方がいいよ」
と言って小春は千里に赤い玉のある髪ゴムを渡した。
「ありがと。あれ〜。私、朝も小春に髪ゴムもらったのにどこ行ったのかな」
「千里のその手の言葉は毎日10回くらい聞く」
などと玖美子は言っている。千里は忘れ物の天才である。
「私は神社に行ってるね」
「うん」
それで小春は自分のカバンを持って帰って行った。
その後ろ姿を見て千里は考えた。
そういえば、千里に剣道を続けるように言ったのが小春だった。小春が言うのなら、まあ剣道続けてもいいかな、と千里も思った。
それで玖美子と一緒に女子更衣室に向かった。
千里は特に意識せずに女子更衣室に入った。朝は生徒手帳の写真もセーラー服で撮っちゃったし、今更だと開き直っている。
玖美子と一緒に女子更衣室に入って、2人でおしゃべりしながら、道着に着替えた。
そして体育館に行って、2階の用具室の剣道部ロッカーから各々の防具・竹刀を出した。
「へー。剣道部の道具はここに置けばいいのか」
「そうそう。このロッカーの鍵は、3年生の鐘江さんと藤田さんが持っている」
「鍵があるんだ!」
「小学校の時は適当だったけどね」
玖美子と一緒に下に降りて行く。
「村山さん、待ち構えていたよ」
と2年生・3年生から言われて、取り敢えず軽ーく手合わせなどした。
この日は男子の鐘江さんなどとも手合わせしたが
「村山さん、凄い強くなってる」
と言われた。むろん、3年の鐘江さんには簡単に2本取られて負けたが、1年生男子で千里に勝ったのは、竹田君だけであった。でも玖美子はニヤニヤしながら見ていた。
「やはり、入学前に言った通り、村山さんは、団体戦の代表決定ね」
「ありがとうございます」
「私も出るからね」
と玖美子が言う。
「どういうオーダーなんですか?」
と千里が訊くので、女子の藤田部長がオーダー表を見せてくれた。
先鋒・村山千里(1年)1級
次鋒・沢田玖美子(1年)2級
中堅・武智紅音(2年)2級
副将・田辺英香(3年)2級
大将・藤田美春(3年)初段
「わぁ、先鋒か・・・」
「勝ち抜き方式だったら、私たちの出番は無いかも知れん」
などと3年の田辺さんは言っている。
「村山さんがずっと休んでたから提出保留してたけど、大丈夫みたいだから今日これで申し込むよ」
「ひゃー。頑張ります」
「よしよし」
型の練習などもしていたら、顧問の岩永先生が来て、鐘江さんと藤田さんが呼ばれて行った。
「何だろう」
「中体連の打合せかな」
などと言って、男女の部長抜きで練習を続けていたら、藤田さんが戻って来て
「沢田さん、村山さん、ちょっと来て」
と言うので、ふたりとも道具をその場に置いたまま藤田さんと一緒に行く。
2人は職員室の近くにある会議室に入った。顧問の岩永先生、鐘江さんのほか、教頭先生と、30代の女性の先生が居る。
「1年生の女子部員を連れて来ました。こちら沢田、こちら村山で、2人とも偶然にも“彼女”と同じクラスで、小学校でも剣道部で一緒だったんです」
と藤田さんは先生たちに言う。
そして藤田さんは更に千里に
「村山さんは今日初登校だから知らないかもしれないから紹介しておくけど、こちら教頭先生、こちら保健室の清原先生」
と言う。
「教頭先生とは朝もお話しました」
「うん。一週間休んでたと聞いて心配してたけど、元気なようで安心した」
と千里は教頭と言葉を交わした。
教頭先生はすぐに本題に入る。
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女子中学生たちの出席番号(3)