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■女子大生たちの天体観測(3)

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山道(というかほぼ山!)をたくさん歩いたので、疲れて体育館に戻るとかなり寝ていた。夕食の時間にも起きずに寝ていて夜中目が覚めてトイレに行ったら雨宮先生が居る(むろん女子トイレである)。「あら奇遇ね」と言って一緒にロビーに出て行く。自販機で雨宮先生がブラックコーヒーを買ってくれたので一緒に飲む。
 
「あんたもブラックでいいよね?」
「まあ女性ホルモン摂っている人はブラックにしないとまずいですね」
「血糖値コントロールが大変だからね」
「先生は、完全去勢した後、大変だったでしょ?」
「うん。玉がまだ1個あった頃は何の苦労も無かったのよ。でも2個目も取ったら、完璧に更年期障害にやられた。事実上あの年はまともに仕事もできなかった」
 
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「苦しんでおられるとは思いました」
「あんたのおかげで助かった。私が書くべき曲をだいぶ書いてもらった」
「こちらも鍛えられましたけどね」
 
そんなことを話していたら、昼間一緒になった秋月さんと大宅さんが男性エリアの方から一緒に出て来た。
 
「こんばんは〜」
「こんばんは。女子大生?」
「はい。千葉の方の大学に行ってます」
「でも歩くペースほんとに速かった。凄いですね」
「まあ鍛えてますから。私、バスケットの選手なんですよ。試合では40分間走り回りますから」
 
「わあ、凄い! お母さんもスポーツ選手ですか?」
「ん?」
 
ここで初めて、千里は自分たち3人が「父・母・娘」と思われていることに気付いた。確かに、30代?の男女と10代の女の子なら、家族に見られるかもね。
 
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「うん。私もエアロビクスとジャズダンスのインストラクターなのよ」
と雨宮先生。
「でもうちのは会社員だから、運動不足みたい」
と向こうの思い込みに乗っかって話をする。
 
「ああ、普通の人はあの山道は歩けないかも知れないですね」
 
向こうの2人は山歩きが趣味で、夏には北海道の山道などを結構歩いているということであった。
 

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それで秋月さん・大宅さんも笠利崎に行こうかと思っていると言う。
 
「ああ、いいですね。一緒に行きましょう」
と雨宮先生が提案する。
 
5人になると定員オーバーだが、無理すればタクシー1台に乗れないこともない。どっちみち明日は交通機関の確保は困難だから相乗りできると他の観測者にも配慮できる。
 
それで計画を練っていた所に、疲れたような顔をした男性が来る。甘いコーヒーを自販機で買って飲んでいるが、千里たちが笠利崎に行く話をしていたら、
 
「あんたたち明日笠利崎に行く気?」
と言う。
 
「ええ」
「それはやめた方がいい」
「え?」
 
男性は気象協会の人ということであった。
 
「僕は奄美の気象をずっと観測しているけど、笠利崎って島の北端だから気流の関係でいつも雲がかかっているんですよ」
「あぁ!」
 
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「逆にここの奄美空港の周辺は晴れやすいんです。そういう気象条件の所だからこそ、空港を建設したんですよね」
「そうだったのか!」
 
「絶対、笠利崎より宇宿漁港がいいと思う」
「ありがとうございます! そうします」
 
そういうことで、千里たちは気象の専門家に偶然遭遇したおかげで、観測条件の比較的良い場所で明日の日食を見ることができることになったのである。
 

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翌朝。天気は雨模様である。厚い雲がかかっているが、ところどころには晴れ間もある。うまい具合に日食の太陽があの雲の切れ目で欠けてくれると、きれいに日食を観察することができる。
 
千里たち3人が朝御飯を食べていたら電話が掛かって来た。蓮菜である。雨宮先生が構わないよというのでその場で取る。
 
「そちらどう?奄美はけっこう曇ってるよ」
「こちらは豪雨」
「豪雨?」
「どしゃぶりで凄いよ。レインコートが役に立たない。ついにテントから離れて下さいと言われて小学校の校舎の中に避難させてもらった。取り敢えずずぶ濡れになった服を着替えたところ」
 
「じゃ太陽は?」
「全く見えない」
「うわぁ」
 

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千里が向こうの様子を話すと、
 
「じゃこちらの方が、よく見えるかもね」
と雨宮先生が言う。
 
朝御飯の後、運動公園から約2kmの坂道を歩いて降りて行く。千里が雨宮先生と上島さんのカメラ・三脚など荷物を持っているのだが、手ぶらの上島さんが「待って」と言って何度か立ち止まり、2kmの下り坂に40分も掛かった!昨日は途中で放置して正解だったようである。
 
やがて海岸に達する。海岸にはもう多数の人が居て、カメラの三脚を立てている人、天体望遠鏡をセットしている人などもいる。
 
「荷物ありがと」
と言って、上島さんと雨宮先生も千里からカメラと三脚を受け取り組み立ててセットした。
 
天気は悪いが蓮菜のいる島ほどではない。幸いにも、今のところは持ちこたえている。晴れ間も結構あるので、これだとうまく観測できるかも知れないと千里は思った。
 
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途中で蓮菜とまた電話で話したが、向こうは自衛隊が出動して島から退避する必要があるのではと思うくらい物凄い雨だそうである。危険なので絶対に校舎から出ないこと、という警察の指示があったということだった。
 
「だけど、あんたたち大変だね、って島の人がおにぎりとか持って来てくれてさ。なんだか心がほわっとしちゃったよ」
 
「その感動を詩に書いといてよね」
「書いたよ。千里もそちら、まだ雨降ってないなら、こちらよりマシっぽいから、しっかり見て曲を書いておいてよね」
「もう3曲書いたよ」
「これから本番だよ」
 

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ポップコーンだの、たこ焼きだの売っている人たちがいるので、雨宮先生にお金を渡されて買って来たりした。ホラ貝を売っている人もある。
 
「少女A、ホラ貝吹けるよね?」
「はい」
「ちょっと1個買ってきて吹いてみて」
 
などと言われるので1個買ってくる。ブォーーーーー!と千里が吹いてみせると周囲の視線が集中する。調子に乗って、色々な吹き方をしてみせていたら、少し山男風の中年男性が近づいて来た。
 
「あんた、出羽の人?」
「こんにちは。出羽で女山伏の鑑札をもらいました」
「凄い。ホラ貝も上手いね」
 
「先達は英彦山とお見受けしましたが」
「凄い!当たり!」
 
それで何となく握手をして、名刺交換!?までした。藤谷さんという人であった。その藤谷さんもホラ貝を吹いてみせてくれた。上島さんも雨宮先生も
 
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「確かに音が違う!」
と言って感心していた。
 

「でも君、村山千里さんなんだ?」
と上島さんが言った。交換した名刺を見たので名前が分かったようである。
 
「そちらは戸籍名です」
と千里は答える。
 
「改名したの?」
「いえ。千里って男でも女でも通じる名前なので」
「ああ。それは便利だね。モーリーも男女行けるよね?」
「雷ちゃんは女に性転換する時は不便ね」
「まあ、男をやめるつもりはないけど」
「いや、あんたほどたくさんの女と寝ていたら、恨んだ女がチョキンと切り落とすなんてこともあるかも知れん」
「怖いなあ」
 
「あんた、せめて浮気は年に1回くらいまでにしなよ」
「そうだなあ。少し考えてみる」
 
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刻一刻と日食の時間が迫る。
 
9:35。部分食が始まる。観測者たちがざわめく。この時点ではまだ結構晴れ間があった。このまま何とか晴れ間が持ってくれると・・・・と思っていたのだが、次第に雲が増えてきて、観測者たちの間から悲鳴に似たため息が多数漏れる。
 
「でも雲を通しても太陽の形は分かりますね」
「うん。雲が天然の日食フィルターになったようなもの」
 
上島さんと雨宮先生はずっとカメラを動画モードにして撮影している。千里は携帯のカメラとコンパクトカメラで時々撮影している(後でチェックしたら、コンパクトカメラは全滅だったが、携帯で撮ったのが結構撮れていた)。
 
10:52。
 
ほぼ欠けてしまった太陽のすぐそばを通って1台の大型飛行機がすぐそばにある奄美大島空港に着陸した。千里は夢中で携帯のカメラをそちらに向けてボタンを押したが奇跡的に撮れていた。
 
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後で確認すると、この飛行機は東京発・奄美大島10:40到着予定だったJAL 1953(MD-81)で、少し到着が遅れたために、この便に乗っていた人たちはレアな天体ショーを機内から見ることができて、感激だったらしい。
 
そして飛行機が空港に着陸して間もなく、10:55:43 太陽は完全に欠けた。
 
観測者たちはみんな息を呑んでいた。
 
太陽は相変わらず雲の向こうではあるが、皆既になったのはきれいに分かった。
 
あたりは真っ暗で、突然到来した夜に鳥たちが騒ぐ。
 
ずっと南の空は明るい。皆既日食になるのは奄美大島でも島の北部のわずかな地域に過ぎない。昨日行ったトビラ島付近だと皆既にはならないのである。
 
千里は初めて体験する皆既日食の不思議な世界に物凄く大きなものを感じていた。これを見たことで自分は人生が変わったかも知れないと思った。
 
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そして10:58:58 雲の向こうで一瞬ダイヤモンドリングが光った後、太陽は再び姿を現した。3分15秒の天体ショーが終わる。
 
「今、ダイヤモンドリング、光りましたよね?」
「うん。光った」
「皆既になった瞬間はよく分からなかったけど、今、現れた時は確かに光った」
 

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部分食はまだ続いている。
 
千里は荷物から龍笛を取り出す。
 
今千里は笛を吹かずには居られなかったのである。
 
すると千里の笛に合わせて、近くに居た藤谷さんがホラ貝を吹き始めた。
 
龍笛とホラ貝の共演が宇宿漁港に響く。周囲の視線が集まるが千里は無心に笛を吹いていた。
 
空の雲はどんどん厚くなってくるのだが、千里が龍笛を吹いていた時、一瞬だけ太陽が雲の間から姿を現す。
 
「おぉ!」
と歓声があがり、多数の人がカメラのシャッターを切っている。
 
しかしすぐに雲はまた太陽を覆ってしまった。
 

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12:22。日食は終了した。
 
宇宿漁港に集まった1000人くらいの観測者たちの緊張が緩むのが感じられる。雨宮先生もため息を付き
 
「帰ろうか」
と言う。
 
それで機材を片付け、また千里が2台のカメラと三脚を持ち、体育館への道を引き返した。
 
「あんたが笛を吹いたら一瞬雲が途切れたね」
「そうですね。私が龍笛を吹くと、雷が落ちることが多いのですが、今日は逆に雲がちょっと途切れました」
 
「どうせなら皆既の最中に吹いてくれたら良かったのに」
「いや、皆既の時はもう感動で何もできませんでした」
 
「僕も感動した」
と上島さんは言った。恐らく上島さんはこの感動で曲を100曲は書くだろう。
 
「あ、道の端は歩かないように」
と雨宮先生が注意する。
 
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「何かまずいんですか?」
「端を歩いていると、ハブをうっかり踏んでしまう危険がある。ハブって湿気ったところが好きだから、草むらに居るのよ」
「わ!」
 
「奄美では草むらとは距離を取って歩くのがハブにやられないコツよ」
「分かりました!」
 
それで3人は歩道の車道側の端を歩いて坂道を登っていった。
 
「でもどうして海岸へ降りて行く時は注意してくださらなかったんです?」
「うん。忘れてたから」
 
まあ雨宮先生はこんなものである。
 

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また蓮菜から電話がある。
 
「そちらどうだった?」
「ずっと雲の向こうだったけど、ダイヤモンドリングが一瞬見えた」
「いいなあ! こちらは皆既になっていた間、あたりが真っ暗になっただけ」
「それでも皆既体験だよ」
「うん。そう思うしかない。この島にいる間中、村の人がほんとに親切でけっこう心がなごんだし」
「ふだんはめったに行けない場所だし、それなりの価値はあったのでは?」
 
「うん。皆既日食は太陽が invisible になる現象だけど、今回は invisible になるのが invisible であったという珍しい日食だよ」
 
「ああ、それは確かに貴重かも」
 
「ところで雨はどう?」
「物凄い。予定通り島を出られるかどうかも未知数」
「まあ焦っても仕方無いし。出るのに1年掛かるってことはないだろうし」
「うん。開き直るしかないよ」
 
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体育館に戻ってから、上島さんは歩いて疲れたので寝てると言ったが、千里は雨宮先生に誘われて運動公園内のプールに行った。
 
入口の所で料金を払い、女子更衣室の方に入る。
 
「先生、こちらで良かったんですか?」
「私、向こうでは着替えられないわよ」
 
先生は競泳用の水着であるが、千里はこの日、緑色のビキニを持っていっていた。
 
「・・・・」
「どうかしました?」
 
「ウェストが細い」
「鍛えてますから」
「水泳選手みたいに引き締まっている」
「私はバスケット選手です」
 
「あんたそれ、胸は本物だよね?」
「ええ。上げ底無しですよ」
「下も偽装無しだよね?」
「タックではないですよ」
「やはりおちんちん付いてないんだよね?」
「そんなもの付いてません」
 
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「つまり性転換済みなんだ?」
「まさか。私は男の娘です」
 
「まあいいや。でもせっかくそんな水着持ってるなら、海岸で着れば良かったのに」
「あまり肌を焼きたくないから」
「あんた白いもんね!」
 
千里はプールに入って、取り敢えず端から端まで往復してきたのだが、先生は端の方で水に浸かっているような感じ。
 
「泳がないんですか?」
「私、10mくらいしか泳げない」
「10mって、スタートの勢いで進みそう」
「私、息継ぎができないのよ」
「ああ。では勝手に泳いでます」
「うん。泳いでて。でもあんた、そんなビキニで泳いでいてよく水着が外れないわね?」
「外れちゃったことありますよ」
「やはり!?」
 

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女子大生たちの天体観測(3)

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