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(c)Eriko Kawaguchi 2012-03-16
小学6年生の3学期が始まってすぐ、昼休みにカオリ・令子とおしゃべりしていた時
「ねえ、中学の制服の採寸、いつ行く?」
とカオリが聞いた。
「あれ?もうしないといけないんだっけ?」と令子。
「みんな一斉に頼むから、少し時間がかかるみたいよ。小学校の卒業式に中学の制服着て出るから、2月中に入手しておきたいし、そうなると、今月中旬くらいまでには頼んでおきたいのよね」
「じゃ、今度の日曜にでも一緒に行こうか」
カオリも令子も、中学の女子制服に関しては既に夏くらいに予約を済ませている。ただ、採寸は直前にすることになっていた。それをそろそろしようという話である。
「中学の制服か・・・・いいなあ」と私が言うと
「ハルも一緒に行こうよ」とカオリから言われる。
「えー?だって、私中学では学生服着ないといけないし」
「女子制服着ればいいのに」
「それが認めてもらえたらいいんだけどね」
「取り敢えず、私たちの採寸に付き合わない?」と令子。
「そうだねー。じゃ、取り敢えず一緒に行こうかな」
そういう訳で私は令子たちと一緒に、中学指定の洋服屋さん、といっても地元の唯一のショッピングセンターを訪れたのであった。
名前を言って予約を確認してもらい、採寸する。メジャーで身体の部位を測定されている令子、カオリを、私は「いいなあ」と憧れの目で見ていた。
「はい、終わり。次は君かな?」とお店の人。
「あ、済みません。私は付き添いで。私は制服作らないので」
「あら、そうなんだ? お姉さんのお下がりとか着る予定なのかな?」
その時令子が言った。
「ハル、女子制服を作らないにしても寸法だけは測ってもらったら?」
「ええ、それでもいいですよ」とお店の人。
そんなことを言われると、測ってもらいたくなってしまう。
「そうですね。じゃ、測ってもらおうかな」
ということで、私も取り敢えずBWHに肩幅・袖丈・スカート丈などを採ってもらった。
「あなた、ウェストが56って、細いわねえ」
「そうですね」
「でも成長期だし、59か61くらいで作ったほうがいいよ。3年着るんだから」
「ああ、じゃ61くらいにしようかな」
「ブラは今何付けてるの?」
「A70です」
「まだまだこれから発達してくる所ね。あなた身長があるから結構発達するんじゃないかなあ。B75くらいでもいいと思うよ」
「じゃ、バストはそれで」
などということで、かなり余裕をもったサイズを記入してもらった。サイズ表は複写になっていて、1枚目をこちらがもらい、2枚目はお店で管理する。
「今すぐ作らないにしても、一応その採寸表の番号でデータベースには入れておくからね。作りたいと思ったら言ってくれれば、2〜3週間で作れるから」
「はい、ありがとうございます」
私はその控えを大事にバッグの内ポケットにしまった。
2月になってバレンタインの季節になった。クラスの男子から「吉岡〜、義理チョコくれ〜」なんて、随分言われたので、私は一口チョコのパックを買ってきて、それにハートのシールを付けて、クラスの男子全員に配った。カオリもかなり熱く男子たちから求められていたので、ミニチョコのファミリーパックを買ってきて、それを1個ずつ配っていた。
私とカオリ以外では、潤子も義理チョコ配りをしていた。潤子は中学は私立に進学するので、この3月でみんなとはお別れである。それで何人かの男子から「名残惜しいよ〜」などと言われていた。
私はこの頃、けっこう同学年の男子たちからラブレターをもらっていた。基本的には返事は(変に期待されないように)出さない主義だったのだが、その子たちのために、私はブラックサンダーを用意して、向こうが1人になっている時を狙って「ラブレターくれた御礼」などと言って渡した。
「ありがとう。ね。メール交換とかでもいいからしない?」
などと言う男の子もけっこういたのだが
「ごめんね。私にはまだ恋愛って早いかなあって思って」
などといって、やんわりと断っていた。
しかし、そんな男の子たちの中でひとり、隣のクラスの子で、梅野君という子が改めて私にラブレターを渡してきた。あまりに熱烈な文章が書かれていたので、放課後に校舎裏手の石炭倉庫のそばで会って話した。
私はあらためてお断りをしたのだが、1度でいいからデートしない?と言われ、私も熱心さに負けて、2月14日がちょうど土曜日だったので、町で一緒に少し「お散歩」することにした。
私は黄色いトレーナーにお気に入りの桜色のプリーツスカートを穿いて出かけていった。
「わあ、可愛い。やっぱり、晴音ちゃんって、凄く可愛いね」
と彼は言ってくれた。
「でも学校にはこういう格好では出てこないよね」
「うん。私、スカートで学校に出て行ったことないのよね」
「出てくればいいのに。最近、学校でスカート穿いてる女の子少ないけどさ」
「そうなんだよね。私、女の子じゃないからスカート好きなのかも」
「なるほど!」
湖沿いの道を一緒に歩きながらいろいろ話をし、駅の待合室でジュースを買って一緒に飲んだ。
「でもデートってふつう、どんなことするんだろう。私、女の子ともデートしたことないから、よく分からなくて」
「晴音ちゃんは女の子とデートしなくていいんじゃない?男の子とデートしなよ」
「やっぱり、私はそっちなのかなあ」
「誰も、晴音ちゃんを男の子とは思わないから女の子とはデート不成立だよ。ただのお出かけになっちゃう」
「そっかー」
「大人の人のデートなら、ドライブして、食事して、ホテルに行くんじゃない?」
「ホテル? ホテルって一緒に泊まるの?」
「そうだよ」
「泊まって、朝までお話とかするの?」
「晴音ちゃん、ホントに分からないの?」
「え?何が?」
「晴音ちゃん、純情なんだね。そういうところが、また可愛いけど」
ほんとにこの頃は私はそういうことが分かっていなかった。この件は、あとで令子に聞いたら「あんたね・・・小学6年にもなって、無知すぎる」と言われた。
私と梅野君は、そのあと「ドライブ代わり」などと言って、電車に乗って隣の駅まで往復してきた。そして「食事」と言って、近くのお好み焼き屋さんに入り、ひとつのお好み焼きを分け合って食べた。
「じゃ、次はホテルね」
「何するんだろう?」
「ちょっと、そこの陰に行かない?」
「うん」
「お金あったら、ホントにホテルに誘いたい所だけど、僕には今これが精一杯」
「え?」
「晴音ちゃん」
彼はすごく真剣なまなざしで、私を見つめた。私はドキっとして、彼を見つめ返す。
彼の顔が近づいてくる。え?ちょっと待って。これ何??
やがて彼の唇が私の唇に接触した。
ちょっとー。これってもしかして・・・・・・KISS?
頭の中が混乱しているうちに、彼の唇は離れた。
「こんなことしちゃ、いけなかった?」と彼は聞いた。
ううん、という感じで私は首を振った。
「また、デートできる? それとも今日だけにしておく?」
私は少し迷ったが、こう言った。
「ごめんね。今日だけにしておく。でも、凄く楽しかった。梅野君のこと、好きになっちゃいそうだから、やめとく。これ以上好きになったら、自分が女の子でないことが悲しくなっちゃうから」
「分かった。でも晴音ちゃんのこと好きだよ」
「私も好き」
私たちはもう一度唇を接触させた。
そしてしばらく見つめ合ってから微笑んだ。
「じゃ、行こうか」
「そうだね」
「また気が向いたらデートして。そのうち」
「うん、気が向いたらね」
その日はそんなことを言って別れた。
少し楽しい気分で、家のほうに行くバスに乗り、やがて最寄りのバス停で降りる。そして、バス停のそばのスーパーに寄り、雑誌コーナーで少し立ち読みをした。ちょっと気持ちを静めてから帰りたい。ただ、スカート穿いて来たし、お父ちゃんが帰る前には帰りたいけど。。。
なんてことを考えていた時、「吉岡さん」と男の子から声を掛けられた。
「荻野君!」
「吉岡さんだよね? あんまり可愛い格好してるから、見違えちゃった」
「えへへ。ちょっとお出かけしてきたから。荻野君もどこかお出かけ?」
「あ、うん。実は急にチョコが食べたくなっちゃって」
「ああ、バレンタインってんで、さんざんチョコの広告とかも出てるしね。荻野君、わりと甘いもの好きだったもんね」
「だけど、何だかこの時期、男の子としてはチョコが買いにくいんだよ」
「ああ、そうかもね」
「買いに来てはみたものの、何だか恥ずかしくなっちゃって」
「気にすることないのに。何なら、私が代わりに買ってあげようか?」
「え?ほんと?助かるかも」
「何買うの?」
「ガーナチョコを・・・2個」
「OK」
彼が200円渡してくれたので、私は食料品売場でガーナチョコ78円を2枚買い、レジを通って、彼にチョコとお釣りを渡した。
「ありがとう。助かる」
「うん。じゃ、私、そろそろ帰るね」
「うん。。あ、そうだ」
「ん?」
「このチョコ、吉岡さんに買ってもらったのに何か変だけど、1つあげる」
「え?なんで?」
「うーん。バレンタインかな」
「バレンタインって、女の子が男の子にチョコあげるんだよ」
「それは本命チョコだから、これは友チョコかな」
「そっか。じゃ、もらっておくね。ありがとう」
「うん。じゃ、また」
私は手を振って彼と別れ、自宅へと向かった。
3月3日の雛祭り。クラスの女子の内12人が集まってカオリの家で雛祭りをした。
カオリの家には大きな段飾りの雛人形があった。おばあちゃんが生まれた時に買ったというもので、もう60年ほど前のものであるが、人形はきれいにしていた。カオリから人形の由緒を聞きながら人形を見ていた時、三人官女の真ん中の人がこちらを見て、ニコっと笑ったような気がした。
え?
と思い、その官女を見つめる。その時、その官女が
「制服、買っちゃいなよ」
と言ったような気がした。
その直後、私はみんなとおしゃべりしていて、話の流れでカオリが私に中学の制服を、今日だけ貸してくれるということになった。
カオリの部屋に行き、彼女の制服を借りて身につけてみると「わあ、いいな」
と思う。本気でこの制服を着たくなった。その日、雛祭りの席で、私は1時間ほど、カオリの女子制服を着ていた。
その制服を着た私を見て、三人官女の真ん中の人がニコニコしている気がした。
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桜色の日々・中学入学編(1)