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令子の家に到着し、完璧に顔見知りであるお母さんやお姉さんたちに挨拶する。この家に来るのは1年ぶりだ。小学2年生の頃までは良く来て一緒に遊んでいたのだが、3年生頃から何となく男女の壁のようなものを感じてしまうようになり、微妙に疎遠になってしまっていた。それでも、私と彼女は「ハル」「令子」と呼び捨てで名前を呼び合う関係だけは維持していた。
「へー、これをアレンジするのね」と上のお姉さんの晶子さん。
「そうそう。クリスマスっぽい雰囲気にしたいのよね」
「王様とお后様の赤い服は、袖口とかに白いボアを付ければそれっぽくなりそう」
「白雪姫の白い服はむしろ白いまま、ブーケとか縫い付けて華やかにすればいいんじゃないかという気がしたんだけど」
「ああ、それでいい感じになりそうね」
「王子様の黒い服はどうしようかなあ」
「スパンコールとか付けてキラキラした感じにしたらどうかな?」
「うん。それでけっこういい雰囲気になるよね。これも袖口に白いボア付けようかな」
今いる子だけでもこの服を着た所を見たいと言われたので、令子が王子様の服、カオリが白雪姫の服、私がお后様の服を着た。
「ああ、ハルちゃん、王様じゃなくてお后様だったんだ!」と晶子さん。「実際の学芸会ではカオリの代役で白雪姫だったんだよね」と令子。
「あんたが王子様だから、性別逆転カップルだね!」
「そうそう。1年生の頃、よくからかわれてたよね」と令子。
「でもハルちゃん、さすが女物の服を着ても違和感無いね」とお姉さん。
「でしょ。白雪姫のお后様からは離れて、可愛い雰囲気にしてあげて」
「うんうん」と晶子さんは私たちを見ながら構想を練っているようであった。
「じゃ、材料買いに行こう」
と言って晶子さんの車で手芸屋さんに行くことにする。
「あんたたちも付き合いなさいよ」
と言われて、私たち3人も一緒に行くことにしたが、各々の衣装を脱いで元の服に戻ろうとした所で令子が
「ハルはこれを着てみよう」と言って服を渡す。
「えーっと・・・」
「しばらくこの手の服を着てないんなら、久しぶりに着てみるのもいいんじゃない?あるいはいつもこの手の服を着てるなら、全然恥ずかしがらなくてもいいでしょ?」
などと悪戯っぽい表情で言う。
「じゃ、そのあたりは曖昧に、借りるね」
「よしよし」
という訳で、私は令子から借りた女物の服を身につけた。お母さんが「あら?」
と言う。「たまにはいいでしょ?ハルとっても可愛いんだもん」と令子。「あ、私もこういう服、わりと好きですから」と私も言ったので
「うーん。まあ、本人が好きならいいか」とお母さんは笑っていた。
「あ、お母さん、この衣装、取り敢えず洗濯してくれる?」と晶子さん。
「いいけど、今洗濯したら乾くの明日の昼くらいになっちゃうよ」
「じゃ、コインランドリーで乾燥機に掛けてきてくれない?」
「了解」
晶子さんの車で町に出て、手芸屋さんで4人でいろいろ話しながら商品を選び、先生から渡されていたお金を使って材料を買う。そのあと、町に出て来たついでにということで晶子さんのおごりで、ケーキ屋さんに入った。ここは女性限定のお店である。
「ちょうどうまい具合に全員女の子だからね」とお姉さんは笑っていた。
「わあ、これ美味しい」と私が言うと
「この手の服を着てれば、ひとりででも来れるよ」と令子が言う。
「いや、ひょっとしたらさ」とカオリ。
「ん?」
「ハルちゃんだったら、ふだんの服ででもここに入ってきて咎められない気がする」
「ああ、そうかもね」
「たぶん女子トイレにふだんの格好で居ても、誰も疑問を持たないよね」
「うん、そんな気がしてきた」と令子。
「ちゃっかり普段女子トイレ使ったりしてない?」
「そこまでの勇気は無いよ」と私。
「『そこまで』ということは、『そこまで』行かないことならしてるのね」
私は困ったように笑う。
「でもほんと、女装で町を歩いたりはしてないよ。スカートで町に出て来たのは小学1年の時以来だよ」
「なんか微妙な表現だね」
「まあ今日の所はあまり追求しないでおいてあげるか」
「とりあえず私とも呼び捨てにしない?カオリって呼んでよ」
「うん。そうしよう。私もハルって呼んで」
そのあとプレゼント交換に使うプレゼントを物色しに行った。ファンシー・ショップに入る。
「ハルはこういうお店は平気でしょ?」
「うん。この手のお店には入るよ。学校では使ってないけど、家で使ってる鉛筆、メゾピアノだし」
「学校にも持ってくればいいのに」
「お母ちゃんから停められてるから」
「ふーん」
私は男の子に当たってもあまり問題無さそうな感じのディズニーのレターセットを買った。令子は鉛筆3本のセット、カオリはボールペンを選んだ。
レジの方へ行こうとしていた時、私はふと低い棚に置かれている商品に目を留めた。それはサンタ人形だった。思わず手に取る。わあ、これ去年夢で見たのに似てる!
「どうしたの?」
「うん。これ以前うちにあった人形に似てるなと思って」
「へー」
「500円だし、買っちゃおう」
厳密には夢に見たものはこれよりひとまわりくらい大きかった気がする。多分同じシリーズの少しサイズの大きな商品なのだろう。
家まで車で戻り、取り敢えずお茶を飲んで少しおしゃべりした後、買ってきたボアやスパンコールを取り敢えず衣装に当ててみようということになる。
「あれ?衣装は?」
「コインランドリーで乾燥機に掛けてきたよ」
「あ、そうだった。それ頼んだんだった」
「もうそろそろ乾燥終わってると思う」
「あ、じゃ、私取って来ます。どこですか?」と私は言った。
「分かるかな?この家の前の道、右側にずっと行った所にお風呂屋さんがあるのよ。そこの中なんだけど」とお母さん。
「ああ、お風呂屋さんの煙突がありますね。あそこですね」
「そうそう」
「じゃ、行ってきます」
私は服を入れるバッグを持つと、お風呂屋さんに向かった。さてコインランドリー、コインランドリーと・・・・あれ?それらしきものが見あたらない。ちょうどそこへお風呂屋さんの人かと思う人が中から出て来た。
「あの、すみません。コインランドリーありますか?友だちから取って来てと頼まれたんですが、場所が分からなくて」
「ああ、コインランドリーは脱衣場の中にあるのよ。そこ入ってすぐの所だから。コインランドリーだけ使うのには、お風呂代要らないからね」
「ああ、そうだったんですね。ありがとうございます」
お風呂屋さんの人は裏の方に行ってしまった。
私は中に入ろうとして「あっ」と思った。
お風呂屋さんの入口は男女に分かれている。どちらに入るの?
ここに洗濯物を持って来たのは令子のお母さんである。お母さんが男湯に入る訳がない。当然、女湯の方に入った筈だ。つまり洗濯物は女湯の中にあるのでそれを取ってくるには女湯に入る必要がある。
私は正直な話、この頃、女子トイレにはけっこう成り行きで入ったことがあり、入るのに実はあまり抵抗が無かったのだが、さすがに女湯には入ったことが無かった。いったん戻って令子かカオリに来てもらう?というのも一瞬考えたが『ま、いいよね』と私は思い直して女湯の扉を開けた。中で自分が裸になる訳ではないし。
「コインランドリー使います」と番台の人に声を掛けて中に入る。
ちょうど夕方に掛かる時間帯なので、けっこうお客さんがいる。ここは近くに大学があるので、学生さんがわりとやってくるようだ。20歳前後かなという感じの女の子が多数いる。裸になっている人もいて、きれいな形のおっぱいが目に飛び込んで来たが、私は「わあ、いいなあ」と思ってしまった。私も女の子ならそのうち、あんな感じのおっぱいができるんだろうに、などと思うと少しせつない気持ちになる。
でも私はあまりそちらは見ないようにしてコインランドリーの場所を探し、すぐに分かったので、乾燥機の並んでいる中で、見覚えのある衣装の入っているものを開け、取り出して1つずつパタパタとしてからバッグに入れた。そしてあまり脱衣場の中は見ないようにして、お風呂屋さんを出た。
家に戻り、衣装をバッグから取り出した。
「ああ。きれいに乾いてるね」などと言い、衣装を畳の上に広げて、ボアやスパンコールをその上に置いてみる。いい雰囲気だ。
私たちは18時近くまでデザインについてあれこれ検討をした。そのあと晶子さんが車で、私とカオリをそれぞれの家まで送ってくれた。私は帰る間際に元の服に戻った。
その夜、布団の中で私はサンタ人形を見ながら、1年前の夢を思い出していた。そしてカオリから聞いた『性転換手術』ということばを思い起こす。
男の子にあって女の子にないもの・・・・・やはりおちんちんとたまたま?取っちゃうのか。昨年の夢ではサンタさんにおちんちんとたまたまを取られて代わりに割れ目ちゃんができていた。
女の子にあって男の子にないもの・・・・・割れ目ちゃん?その中におしっこが出てくる所があって、女の子のおちんちんみたいなのがあることまでは知っている。そんなことをずっと前に令子と話していたら「もうひとつあるんだよね」
と言っていた。そのあたりは自分にとっては謎の世界だ。
そして今の同世代の女の子にはまだ無いけど、そのうちできるもの。おっぱい。私は今日洗濯物を取りに行って入った女湯で見てしまった、お姉さんたちの形の良いおっぱいを思い起こした。いいなあ・・・それも性転換手術というので付けてもらえるんだろうか?それとも性転換手術すると、おっぱいが膨らんでくるのかな?
去年のサンタは「20歳になる頃、偽のおちんちんは無くなる」と言っていた。それって、その頃、性転換手術というのを受けちゃうということなのかもね。そんなことをその夜、私は思っていた。
その晩見た夢の中で、私は病院でお医者さんに手術されていた。
「メス」というお医者さんの声に看護婦さんがメスを渡す。お医者さんが私のおちんちんとその下にある袋をメスで切ってしまう。その切った後を縫い合わせて、割れ目ちゃんができる。手術が終わった後自分の身体を鏡に映してみると、お股のところには何も無く割れ目ちゃんがあって、おっぱいはきれいに丸く膨らんでいる。それから私は白いウェディングドレスを着て結婚式を挙げていた。
その後、私はスカートを穿いて学校に出て行き、少し恥ずかしげな表情をして女子の友人たちの所に寄っていった。
目が覚めてから、結婚式と学校のシーンは順序が逆だよなと思った。しかしそういえば自分はスカートで学校に出て行ったこと無いんだな、などというのも考えていた。
月曜日。この日は終業式だったのだが、その終業式が終わった後の学級会で、クリスマス会をした。買い出し係の子たちがみんなの机にケーキを配る。ファミリーサイズのファンタをついで回る。いつも音楽の時間にピアノを弾いているみちるが、教室に置かれている電子キーボードを弾いてみんなで、ジングルベル、エーデルワイス、きよしこの夜、を歌った。
そしてプレゼント交換である。あらかじめみんなが出しているプレゼントを4つの袋に分けて入れている。プレゼントは明らかに女の子用という感じのものは女の子に配る袋に、男の子用という感じのものは男の子に配る袋に入れている。
高岡君、令子、カオリ、私の4人が晶子さんがアレンジした衣装を付け袋を持って登場する。高岡君の「メリークリスマス!」という声を合図に、みんなにプレゼントを配り始めた。
高岡君と令子の王様・王子様で女子に、私とカオリのお后様・白雪姫で男子にプレゼントを配っていく。高岡君は元々女子に人気があるし、令子も宝塚の男役に憧れるようなノリで一部女子にファンがいるので、けっこう歓声が上がっていた。
カオリは女子の中でむろん人気No.1、プレゼントを手渡されただけで嬉しそうにしている男子がいる。私はそれを見ながら微笑んで「私の方でごめんねー」
などと言いながらプレゼントを配ったが、令子から「ハルちゃんから渡されて嬉しそうにしてた男子、けっこういたよ」などとささやかれた。
学校が終わってから、カオリから「この後うちでもクリスマス会するから、ハルも来てね」と言われた。
いったん家に戻ってから友だちの家でクリスマス会をするということを言い、(「会費がいるんじゃないの?」と言われ、500円玉1枚と100円玉5枚もらった)カオリの家の方に行こうと思って、カオリの家を知らないことに気付く。令子の家に電話してみたら、ちょうど令子が出て、今から行こうとしていたので、一緒に行こうと言われる。そこでまず令子の家に行った。
「よし、ハルはこれに着換えて行こうね」と服を手渡される。
「なんか、そういう展開になりそうな気がしたよ」と私は笑って答えた。
渡された服はライトグリーンのポロシャツと桜色のセーター、それにやや紫がかったピンクのニットスカートである。その桜色のセーターを見た時、ああ、これ1年生の頃に母と一緒にお出かけした時の服の色に似てる、と思って少し懐かしい気持ちがした。
お母さんは出かけているということであったが、晶子さんとその下の中学生のお姉さん・浩子さんがいて、私が渡された服に着替えると「おお、可愛い!」
などと言ってくれた。