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(C)2017-09-29
雄略天皇22年(AD500頃)7月のことでした。
丹後国与謝郡日置郷筒川村に水江浦嶋子(みずのえのうらのしまこ*1)という24歳の男性が居ました。
(この人の名前の読み方は「水江の浦の嶋子」説と「水江の浦嶋の子」説があるが、この物語では前者を採る)
彼は物凄い美男子で、また和歌や絵なども上手だったので、しばしば郡司や国司などの家に呼ばれて、祭礼などに参列することもありました。
その日、嶋子は船を出して遙か沖合の海上で漁をしていたのですが、3日経っても何も獲物がありませんでした。ところがやがて、美しい五色の亀が獲れました。
こんな亀は見たこと無い。不思議なものだと思って亀を船の中に置いたのですが、なぜかそこで嶋子は眠くなってしまいました。
そして目が覚めると、そこに美しい女性が立っていました。
(浜辺でいじめられていた亀を助けた太郎が龍宮に招待される話は明治時代の巌谷版で作られた話。元々は亀=姫で、姫の方から嶋子に言い寄っている。風土記版では亀の姿で寄ってくるが、御伽草子版では姫がひとりで船に乗ってやってくる。いい男がいたら言い寄るのは普通のこと。この物語はしばしば類話とみなされる鶴女房のような恩返し物語ではなく、浦嶋子と姫の純愛物語なのである)
「こんな何も無い海の上で突然現れた、あなたはどなたです?」
と嶋子は驚いて訊きます。
「素敵な男の方が、海の上に浮かんでおられるのに気付き、少しお話したいと思って、風とともにやってまいりました」
「それはまたどこから吹いてきた風なのでしょう?」
「天上の仙境です。でも私の身元はあまり追及しないで。あなたと色々お話がしたいだけなのです」
それで嶋子はこの女性は天女の類いであったかと驚いたものの、嶋子も普通の男なので、女性とおしゃべりするのは大好きです。それで話している内にどんどん盛り上がっていきます。
そしてふと話が途切れた時にふたりは見つめ合って、つい口付けしてしまいました。
そしてそれがきっかけでお互いの理性が吹き飛んでしまいます。ふたりは熱く抱き合ってしまいました。
「いいの?」
と嶋子が訊くと、姫は恥ずかしげにコクリと頷きました。
それでふたりはお互いの身を若い情熱に任せてしまいました。嶋子は、この姫は何て素敵な女性だろうと思い、姫もこのお方、やはり素敵な男性だわ、と思います。
ふたりの熱い時間は夜の間中続きました。
嶋子は姫を抱きながら、暗闇の中で目には見えないものの、この姫はあそこに毛が無いんだなと感じていました。まだ生えていないほど幼いとは思えません。そういう体質なのでしょうか?
明け方、さすがに疲れて少し寝て、起きた所で姫は言いました。
「私の心は天地が尽きるまで、そして日月共に極まるまであなたと一緒に居たいのです。この私の思いをあなたは聞いて下さいますでしょうか?ダメならすぐダメと言って。そうしてくれないと、私はもう耐えられなくなってしまう」
(天地が尽きるまでというのは普通は比喩的表現だが、姫の場合はむしろ、文字通り取るべきであった!)
それに対して嶋子も答えます。
「僕も君を愛する気持ちが揺らぐことはないよ」
「だったら、私と一緒に蓬莱島まで来てくれる?」
「うん。行こう」
そこで浦嶋子は、棹を取り、姫の言うままに船を操っていきました。ふたりはしばしば棹を停めては愛の語らいをするので、結構な時間が掛かり、10日あまりを経て、やがて海中に浮かぶ広く大きな島(*2)に辿り着きました。
船を降りてみると、浜辺は宝石を敷き詰めたかのように美しく、銀の塀に金の屋根が乗っています。高い宮門は長い影を落とし、楼殿は鮮やかに輝いていました。
ふたりは手を繋いで歩いて行き、やがて大きな屋敷の門に着きました。姫は
「母を呼んできますから、あなたはちょっと待ってて」
と嶋子に言うと、門の所に彼を置いたまま、中に入っていきます。
しばらく待っている内に、青く裾の長い千早(ちはや)のような服を着た、幼い少女が7人出てきて、結構離れた距離から
「わあ、この人が亀姫様の夫だよ」
「へー。格好いい男だね!」
「私がお嫁さんになりたい」
などと騒ぎ立てます。
嶋子は微笑ましくその子たちを見ていました。
その子たちが去ってから少しすると今度は赤い小袖に裳(も)を着けたさっきの子たちよりは少しお姉さんかなという感じの少女が8人出てきて、さっきの子たちより少し遠い距離から
「ねえ、あの人が亀姫様の夫かな」
「美しい人だね」
「でも本当に男なのかな?女の人が男装してるとか?」
「まさか」
などと言っています。嶋子は苦笑しながら立っていました。
しかしそれで嶋子は姫の名前が「亀姫」であることを知りました。
やがて、かなり豪華な大袖(おおそで)を重ね着し、裾の長い立派な裳(も:スカート)を着けた姫と、やはり豪華な服を着たその母親らしき女性が出てきます。その母親が
「ようこそいらっしゃいました。亀姫の母で乙姫と申します。急ぎ宴の準備なども致しますが、それまで粗末なもので申し訳ありませんが、取り敢えず上にお上がりになって食事などお召し上がり下さい」
と言いました。
「ありがとうございます。水江浦嶋子と申します。よろしくお願いします」
と挨拶してから屋敷に上がりました。
粗末な食事とは言われたものの、国司(くにつかさ)の館に招かれた時に頂いたような立派な食事が並んでいます。ここに姫と母、それに3人の姉も出てきて、嶋子を歓迎してくれました。
「そういえば」
と言って、浦嶋子はさきほどの童女たちのことを話します。
「七人組の幼女たちは、昴星(すばるぼし:プレヤデス星団)、八人組の少女たちは畢星(あめふりぼし:ヒヤデス星団)なんですよ。何かされました?悪気は無い純情な子たちなので、許してあげてね」
と姫は笑顔で言いました。
なお、3人の姉たちは、上から鰐姫(わにひめ)、鯨姫(くじらひめ)姫、鮫姫(さめひめ)、という名前で、鰐姫と鮫姫はひとりで座っていましたが、鯨姫の傍にはお気に入りの侍女でしょうか、仲の良さそうな同年代の女性がピタリと付いていて、その人の名前は入加(いるか)と言いました。鯨姫様は入加のことを「私の良い人」と紹介しましたが、女性が夫の訳がないので、きっと「仲の良い人」という意味なのでしょう。
また亀姫のお母さんの名前は乙姫(おとひめ)で、そのお姉さんが絵姫(えひめ*3)。この人がこの宮の主(あるじ)のようです。絵姫様には4人の娘が居て、鯛姫(たいひめ)、鮃姫(ひらめひめ)、鮭姫(さけひめ)、鱒姫(ますひめ)と言いました。
他にもたくさんの親族が紹介されましたが、嶋子は一度にはとても覚えきれなかったので、あとで亀姫に聞こうと思いました。
ここでひととき団欒(だんらん)した所で
「そろそろご準備を」
と言われます。女童(めのわらわ)が数人来て、嶋子を案内しました。かなり長い回廊を歩いた先に岩風呂がありました。きれいな水が張ってあり、女童が赤く焼いた石を投入します。これで水が温められて湯になるのです。嶋子もこういうものは今まで何度かしか見たことが無かったので、凄いと思いました。
女童が、細い板でかき混ぜて手を入れ、温度を確認しています。
「適温でございます。どうぞ、入浴を」
と言われ、着ていた服を脱がされます。
最初にお湯を身体に掛けられ、柔らかいスポンジ状のもので身体を洗われました。初めて見るものだったので尋ねたら
「ツーワ(*4)と申します。大きな草の実ですが、実の肉質部分を落としますと、このようになりますので身体を洗ったりするのに使用します」
と答えました。
(*4) ヘチマのこと。
やはり仙境には不思議なものがあると思いながら身体を洗われていますが、あそこまで洗われると、つい立ってしまいます!しかし女童たちはそれを全く気にせずに洗ってくれました。
いったん湯に浸かります。女童は今度は服を着たまま湯の中に入って手足の凝りを揉みほぐしてくれました。これは気持ちいい!と嶋子は思いました。
湯からいったん上がると、女童が小さな刃物を持っています。
「毛を剃らせて頂きます」
と言って、何か白い塊を湯に浸けて手で揉むと泡が立ちます。
「それは何ですか?」
と訊くと
「フェイザ(*5)と申します。これを付けてから剃るときれいに剃れるんですよ」
と答えました。
(*5)石鹸のこと。
それで女童は「目を瞑っていて下さい」と言って嶋子の顔に石鹸を付けると小刀でヒゲや顔の毛を剃り始めます。
石鹸の泡に守られているので全く痛くないし、むしろ気持ちいい!と嶋子は思いました。
女童たちは嶋子を横に寝せると腕の毛、脇毛、胸や腹の毛、更には足の毛まで剃ってしまいます。
「足まで剃るの〜?」
「美しい身体で姫に婿入りして頂きますので」
それで足まではまあいいかと思っていたものの、最後はあの付近の毛まで剃り始めます。
「そこもなの!?」
「はい。きれいな身体になりましょう」
「髪の毛までは剃らないよね?」
「髪の毛と眉毛は剃りませんよ」
その時、嶋子は姫のあの付近に毛が無かったことを思い出しました。そうか。仙境ではここの毛まで剃る習慣なのか、と思い至りました。
しかしその後、女童は頭の髪にもそのフェイザ(石鹸)を付け始めました。
「ちょっと待って。やはり頭も剃るの?」
と嶋子が驚いて訊きますが
「洗うだけですよ。洗うのにもこれを付けたほうがきれいに汚れを落とせるので」
と女童が言うのでホッとした嶋子でした。
そういう訳で、嶋子は髪の毛と眉毛以外の全身の毛を剃られた上で、再度湯に入り、身体を温めました。
湯温が下がっていたので、女童が焼けた石を追加で投入していました。
しかし・・・きれいに毛を剃られた足を見ると、嶋子が元々色白なので、まるで女人の足のようで、それを見て自分に欲情してしまいそうだと嶋子は思います。毛を剃られてしまった股間の釣り竿と魚籠(びく)は、まるで少年のもののように見えました。
仙境ではこういう所の毛まで剃っちゃうとはね〜、まあ釣り竿を折られたりしない限りは問題無いが、などと嶋子は考えましたが、釣り竿が無くなってしまっては、姫の池に釣り竿を垂れることができません!
結構暖まったかなと思った所で湯からあがります。
柔らかい布で身体を拭かれます。麻や絹の感触ではないので尋ねるとメン(綿)という植物で作った布ということでした。
その後で、白い麻布を腰の所に巻かれます。ああ下帯かと思います。昔は下帯を着けていたのは上流階級のごく一部の男性で、庶民は着けていませんでした。しかし女童は、その下帯をお股の間には通さず、ぐるぐると腰の周りだけに巻いてしまいます。へ〜これが仙境の巻き方か、と嶋子は感心しました。
次いで金糸が織り込まれている詰め襟の青い色調の服を着せられます。ああ、たしかこれは衣(きぬ)とかいう服だなと嶋子は思いました。新嘗祭の時に国司が着ているのを見たことがあります。するとこれに袴(はかま)を合わせるのだろうと思ったら、やはりそうで、同色の袴を穿かせられました。
衣(きぬ)自体は男女とも着る服ですが、男性は下に袴(はかま)を穿き、女性は下に裳(も)を付けるのが一般的です。
「あれ?この袴って、左右の足が別れてないんだね(*6)」
と嶋子は女童に尋ねました。
「はい。倭国(わこく)の袴は左右に分かれているようですが、蓬莱国では別れていないんですよ」
と女童が説明するので嶋子も納得しました。
しかし左右に分かれてない袴って、まるで女の裳(スカート)みたいだと嶋子は思いました。
髪もきれいな形に結われ、金銀の飾りまで付けられます。さすが仙境の婿入りの衣装は凄いと嶋子は思います。そして最後はお化粧までされるのでびっくりします。
「男もお化粧するの〜?」
「普通にしますよ」
「へー!凄い」
やはり仙境の習慣は色々違うようです。
結局お風呂に入って、その後こういう衣装を着せられるので1時間くらいは掛かっているので、嶋子が屋敷に迎えられてから2時間以上、この島に着いてからは3時間くらいが経過しています。
女童に先導されて嶋子は回廊を歩き、やがて大きな広間に出ます。そのいちばん奥の席で、先ほど着ていた服より更にグレードアップした豪華さの服を着て、きれいにお化粧もした姫がこちらを見て笑顔で会釈しました。
それで嶋子がその隣の席に着くと大勢の列席者から歓声があがりました。