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■男の娘とブーツを履いた猫(4)

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その頃、リルは人食い鬼のオグルからお酒などもらい、和やかにお話をしていました。
 
「でもあなたは物凄い魔力を持っておられる。物の姿形を変えるのも得意でしょう?」
とリルは言う。
 
「ああ。そんなのはたやすいことよ」
 
「例えばそこに立てかけてある大きな包丁を立派なアラビア時計に変えることなどできますか?」
 
実はその包丁はオグルが人間を食べる時、解体するのに使っていたのです。
 
「そんなのは簡単だ」
と言って、オグルがその包丁を見ると、包丁はあっという間にアラビア時計に変わってしまいました。
 
「すごーい。でも生きているものを変えることはできませんよね?たとえばそこのカゴの中に居るコウモリを駒鳥に変えるとか」
 
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「そんなの簡単だ」
と言ってオグルがそのコウモリを見ると、コウモリはあっという間に駒鳥に変わってしまいました。
 
「すごーい。でも人間を男から女にしたりすることはできませんよね?たとえば今このお城の向かっている馬車に乗っている、王様の隣に座っている男の子を女の子に変えてしまうとか」
 
「ん?国王がこちらに来てるのか?どれどれ」
と言ってオグルは窓の外を見ます。
 
「何だ?あれは?国王の隣に女の服を来た若い男が座っている。どれ」
と言って、オグルはそちらに鋭い視線をやりました。
 

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その頃、馬車に乗って国王と一緒に走っていたクロードはだんだん不安になってきていました。何だか王様、ぼくのこと女の子と思っているみたいだけど、もしぼくが男とバレたら、怒ってお手討ちになるのでは?と。
 
ところがその時、突然自分の身体に何か変化が起きたのを感じます。
 
え?何?
 
と思って何気なく胸に手をやり、ギョッとします。胸が大きく膨らんでいるのです。うっそー!?何が起きたの?と思います。更にさりげなく手をお股の所にやってまた驚きます。え〜〜〜!?無くなってる!?なんで〜〜!??
 

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窓の外をオグルと一緒に見ていてクロードが女の子に変わったのを確認したリルは満足げに頷いてから、こう言った。
 
「ほんとにオグル様は凄い。見事に女の子に変えましたね〜。でもご自分の身体を変化させることはできないでしょう?」
 
「できないことあるものか」
と言って、オグルはたちまち自分の姿を大きなライオンに変えました。
 
「きゃーっ」
と言ってリルは天井に飛び上がり、梁(はり)に捉まったまま言います。
 
「びっくりしたー!でもそういう大きなライオンにはなれても、小さなネズミとかにはなれませんよね?」
 
「できないことあるものか」
と言って、オグルはライオンの姿から小さなネズミに変わりました。
 
その瞬間!
 
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リルはそのネズミになったオグルに飛びつくと、むしゃむしゃと食べてしまいました!
 

やがて国王の馬車が屋敷の前まで来た時、リルが屋敷から走り出してきて、馬車を停めました。
 
「国王陛下。こちらはクロード様のお屋敷です。よろしかったら少し休んで行かれませんか?」
 
「おお、そうかそうか。では少し休ませてもらおう」
 
それで国王はクロードをエスコートするように片手を取って馬車から降ろしてあげました。
 
クロードは小さな声で「ここどこ?」とリルに訊きます。
 
「クロードが自由に使える場所。まあ任せといて」
とリルは答えます。
 
「それとさ、何だかぼく女の子になっちゃったんだけど?」
とクロードは小さい声で言います。
「まあそういうこともあるさ。気にしない気にしない。別に男だとか女だとか言うのは些細(ささい)なことだよ。私だって生まれた時は男だったけど女に変わったんだから」
とリルは答えます。
 
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「え?そうだったの?」
とクロードは驚いて言いました。
 
「それから王様がぼくのこと好きになっている気がするんだけど」
「きっと結婚してと言われるだろうから、承諾しなよ」
「え〜?ぼく王様のお嫁さんになっちゃうの?」
「クロード、結構誰かのお嫁さんになる気無かった?」
「でもお嫁さんになるには、凄く痛い女になる手術うけないといけないって兄さんたちが言ってたし」
 
「まあ、手術受けずに女の子になっちゃう人もたまにはあるのさ」
と答えてリルはまた国王の方に戻って先導していきます。
 

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リルは一行を広間に案内しました。そこにはりっぱな料理が並んでいました。実はオグルが仲間の鬼を呼んでパーティーをするつもりで小鬼たちに料理を作らせておいたのです。
 
しかし小鬼たちはオグルが死んだので逃げて行きましたし、仲間の鬼たちは国王が多数の兵士と一緒にやってきたのにおそれをなして、屋敷に近寄るのをやめました。
 
ちなみに料理は牛の肉やガチョウの肉などで作ったもので、人間の肉は入っていないことを、リルは匂いをかいで確認しておきました。
 
「国王陛下。そろそろいらっしゃる頃だと思い、料理をご用意しておりました。配下の料理人たちが作ったもので、姫のお手製ではございませんが、どうかお召し上がりください」
 
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「それはかたじけない」
 
と言って、国王はリルに先導されて上座に着きます。そしてそのそばに王太后とクロードを座らせました。マルサン中尉をはじめとする護衛の兵士たちも、国王に許されて食卓に就きます。
 
リルはワインを多数蔵の中から持ってくると、いちばん上等なのをクロードに渡して、目配せします。クロードもすぐに理解して、ワインの栓を開けると
 
「どうぞ」
 
と言って笑顔で国王の杯に、そして王太后の杯にワインを注いであげました。するとマルサン中尉が歩み寄って「失礼します」と言って、ワインの瓶をクロードから受け取り、クロードの杯にワインを注いであげました。
 
他の者は適当に栓を開けては、お互いに注ぎ合いました
 
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そして国王の乾杯の音頭で食事は始まりました。
 

結局、国王はこの日、このお屋敷に「お泊まり」になることになりました。
 
リルは近くの村に行くと、娘たちや若者たちが集まっている所に行って頼みました。
 
「あんたたち、お屋敷で働く気は無いかい? オグルはカラバ女侯爵の従者が倒して、屋敷はカラバ女侯爵のものになった。もう里で人が食われたりすることはないから、安心して働けるよ」
 
「オグルが死んだのか!」
「食われたりすることないなら、働いてもいいよ」
 
それでリルは取り敢えず10人の男女を屋敷に連れてきては、食事係・掃除係・屋敷の警備の係など担当を手早く決めたのでした。
 
それで翌朝の食事の支度や、国王のお見送りなども、滞りなく済ませることができました。
 
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国王が旅立った後で、リルがクロードの所に行くと、クロードはため息をついていました。
 
「どうだった?初夜の感想は?」
とリルが訊きます。
 
「お嫁さんって、あんなことされるとは知らなかった」
とクロードが言います。
 
「何とかなったでしょ?」
「たぶん。でもぼく、女の子になっちゃったんだね」
「女にならないとお嫁さんになれないからね」
 
「女の子としてやっていけるかなあ」
「まあ何とかなるさ。私も女になってから10年やってきてるし」
「ふーん。リルはどうして女になったの?」
「内緒」
「まあいいけどね」
 
「結婚してと言われた?」
「毎日朕のためにパイを焼いてくれないか?と言われたんだよ」
とクロードが言うと、リルは吹き出します。
 
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「『はい』と言ったんでしょ?」
「パイを焼くくらい別にいいかと思って『はい、お承りします』と言ったら、王様が凄い喜びようでさ」
「あははは」
 
「後から考えたら、それって結婚してという意味だったのね?」
「まあ一緒に暮らしてという意味だよね。第1夫人にはなれないかも知れないけど、第2夫人か第3夫人くらいかも知れないけど、いいよね?」
 
「ああ、それは気にしない。なんか生活は保証してもらえそうだし」
「まあ愛想を尽かされない限りは食うに困らないだろうね」
 
「お城の生活とか不慣れだし、失敗もして色々言われるかも知れないけど、まあ何とか頑張ってみるよ」
 
「クロードは私に似て、楽天的だから、何とかなると思うよ」
とリルは優しい顔でクロードに言いました。
 
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クロードと一夜を過ごした国王は、当初の予定通り隣国の国王の城に赴き、「縁談含み」で、そちらの姫と会いますが、姫がまだ8歳であったことから、さすがに自分の相手には若すぎるからと言って自分の弟君(17歳)との縁談を進めてはどうかという話に持って行きました。
 
正直、国王の心は昨夜「結ばれてしまった」クロードのことで一杯になっていて、他の女性との縁談は考えたくなかったのです。
 

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国王とクロードの結婚式は半年後に執り行われました。
 
クロードの屋敷で働いていた娘や若者たちの内、留守居役になってくれた人を除いて多くがそのままクロード姫付きの従者としてお城に一緒に付いてきてくれました。お城のしきたりに不案内なクロードにとって彼らはとても心強い存在となりました。お城ではリルと親しくなっていたマルサン中尉や彼の友人たちが親切にしてくれましたし、王太后も優しかったので、クロードも何とかお城でやっていくことができました。
 
クロードは1年後に可愛い男の子を産みました。国王はいきなり世継ぎができて、物凄い喜びようでした。
 
「クロード頑張ったね」
とお産が終わったクロードにリルが語りかけます。
 
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「凄く痛くて苦しかったよお」
「まあお産は大変さ」
「でもぼく自分が赤ちゃん産めるなんて思いもしなかった」
「女の子になったんだもん。赤ちゃんくらい産めるさ」
「リルは赤ちゃん産まないの?」
「昔産んだよ」
「そうなの?」
「遠くで暮らしているんだよ」
「へー」
 

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リルはクロードの兄のアンドレとベルナールの所に行って、クロードが遠くの町でお嫁さんになったことを伝え、お土産の品と言って、お酒と干し肉やお菓子に少々のお金を渡しました。
 
「うっそー!? クロード、本当に嫁さんになったのか!」
「急に居なくなったから心配してたんだよ」
 
「しかしあいつ女の服を着ると可愛かったもんなあ」
「あれだけ可愛いと、男でも構わんと言って結婚してくれる男もあったのかもね」
 
とアンドレとベルナールは言い合いました。
 
リルはしばしばふたりの所に行っては「お土産」を渡したので、兄たちの暮らしも豊かになっていきました。アンドレは水車小屋を10個まで増やし、多数の人を雇って粉挽きの仕事をしましたし、ベルナールは荷物を運搬する馬車を買って、更に商店も開いて、手広く商売をするようになりました。
 
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クロードは王子を3人産んだ後、王女も2人産みました。弟君は隣国の王女と(王女が16歳になるのを待って)国王に8年遅れで結婚したものの、そちらは王女ばかり6人しか生まれなかったので、後継問題で揉めることもありませんでした。
 
国王自身もクロード以外には妃を娶りませんでしたので、クロードは優しい国王・王太后・そして可愛くて元気な王子・王女たちに囲まれて王妃として幸せに暮らしました。
 
おしまい。
 

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■野暮な解説
 
「カラバ侯爵」のカラバ(Carabas)という名前の由来についてはよく分かっていません。現在整理されている説としては下記のようなものがあります。 
 
・ヘロデ王(アグリッパ1世.在位AD37-44)の時代にアレクサンドリアに居た狂人の名前がCarabas。 
・トルコ語でCarabagというのが「山」のこと。 
・有名な大悪魔にmarquis Decarabia(デカラビア侯爵)というのがいる。marquis Decarabia -> marquis de carabia とペローは発想したかも知れない。 
・ワインで有名なボルドー近くのSaintonge県(現在のジロンド県付近)にMarquis Carabaz(カラバ侯爵:最後の文字が s ではなく z )という人がいてchateau de Garde-Epeeという砦があった。この砦は1553年にAncelin某なる商人が買い取って倉庫として使用した。ペローの年代は1628-1703なので彼の時代には「古い時代の記憶」の範疇であったろう。 
・そのジロンド県にはCabaraという町がある。 
 
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この他に日本では「ユダヤ教の秘儀カバラ」と関係があるのでは、と言う人も居ますがカバラの綴りは Cabbala で、やや綴りが遠すぎる気がします。
 
ちなみに貴族の階級は公爵 Duc (Duchess) 侯爵 Marquis (Marquise)
伯爵 Comte (Comtesse) 子爵 Vicomte (Vicomtesse) 男爵 Baron (Baronne) となっています。
 

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オグル(Ogre 女性形 ogresse オグレス)というのは、ヨーロッパの民話にはよく出てくる人食い鬼で、特に赤ん坊を好んで食べるとされています。漫画「シュガシュガルーン」では闇の魔法使いがオグルと呼ばれていましたが、語源はこれだろうと思います。
 
英語ではこの単語は同じ綴りで「オーガ」と発音します(女性形はogress オーグリス)。オーガというのもRPGなどのゲーム関係ではよく妖怪の名前などに使用されていますね。
 
なお、このOgreというのは、そもそもこのペローの「長靴を履いた猫」に出てきた名前が、後に一般名詞化したのでは、という説もあるようです。
 
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