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それでクロードはなけなしのお金で靴屋さんに頼んでリルの履けそうな小さな牛皮のブーツを作ってもらい、また丈夫な帆布を買ってきて、それを得意の針仕事で、しっかりとした袋に仕立て上げました。
それでブーツを履いて満足げな表情をしたリルはクロードからもらった袋を持ってウサギがたくさん居る森にやってきました。袋の中にウサギの好きな人参を入れ、自分は死んだふりをしています。するとそこにやってきたウサギが人参を取ろうと袋の中に入ります。すかさずリルは袋の口を閉じ、ウサギの首の骨を折って殺してしまいます。
そして王様のお城にやってきました。
「Qui est la?(何者だ?)」
と門の所で警備していたマルサン中尉が咎めます。
「Je suis Lilou. C'est un hommage a sa Majeste de Marquis du Lacarabas」
(リルと申します。これは国王陛下へのラカラバ侯爵からの献上品でございます)と言ってリルはウサギを見せます。
「おお、ウサギは陛下の大好物である。分かった。確かに陛下にお届けしよう」
と言って中尉は品物を受け取りました。
そして国王の所に行き、こう伝えました。
「C'est un hommage a sa Majeste de Marquise de la Carabas」
(これは陛下へのカラバ女侯爵からの献上品でございます)
「おお。それはそれは。よくよく礼を申しておいてくれ」
と若き国王は大好物のウサギを見て言いました。
ここでリルは「ラカラバ侯爵」Marquis du Lacarabas (マルキ・デュ・ラカラバ)と言ったのですが、中尉は「ラカラバ」というのが聞き慣れない名前だってので先頭の la を女性名に付く定冠詞と思い込んでしまいました。それで女性ならMarquis(マルキ)ではなくMarquise(マルキーズ)だったのだろうと思い込みMarquise de la Carabas(マルキーズ・ドゥ・ラ・カラバ)と言ってしまったのです。
(du は de le が縮んだ形)
自分がでっちあげた「ラカラバ侯爵」という名前が誤って「カラバ女侯爵」と伝わったとは夢にも思わないリルは中尉から「陛下は喜んでおられた」という話を聞いて満足し、その日は帰って行きました。
翌日、リルは畑の中で袋を開けてまた死んだふりをしていました。するとそこに山鳥が2羽やってきて、中に入っている麦の種をついばもうとします。鳥が中に入った途端、さっと袋の口を閉じ、中にいる鳥を殺します。そしてまたまたお城に行って「ラカラバ侯爵からの献上品」だと言ってマルサン中尉に渡します。
すると中尉がまた「カラバ女侯爵からの献上品」と伝えて国王に見せます。国王は、また喜んで、よくお礼を伝えるようにと言いました。そして使いの者にはチップを渡すように言いました。
チップをもらったリルはそれをクロードに渡して「魚獲りの網と魚籠(びく)を買ってくれない?」と言うので、クロードはそれを村で買ってリルに渡してやりました。
それでリルは翌日、川に行ってその網で魚をたくさん獲ると、それをまたお城に持って行って「ラカラバ侯爵からの献上品」と言ってマルサン中尉に渡します。それでマルサン中尉は「カラバ女侯爵からの献上品です」と言って国王に渡しました。国王は「カラバ女侯爵は本当に色々よくしてくれる」と喜び、中尉によく御礼をしておくように伝えるとともに、使いの者にはチップと女侯爵へのお礼に干し肉を渡すように言いました。
リルはこのようにして、毎日様々な獲物を獲っては、お城に持っていって国王に献上しました。リルはその度に少額のチップやお土産をもらうので、これがクロードの暮らしにゆとりを与えることになります。
「凄く助かっているけど、これどこでもらってきてるの?」
とクロードが訊きますと
「まあいい人のお屋敷だよ。私が魚や山鳥を獲って持っていくと、お駄賃をくれるんだよ」
「へー」
それでクロードはどこかのお金持ちの家に出入りしているのかな?くらいに思っていました。
一方、国王は毎日自分にプレゼントしてくれる“女侯爵”というのにちょっと興味を感じました。それで贈り物が1ヶ月続いた時、国王はお使いのリルを直々に自分のそばまで呼び、お酒と果物でもてなしました。そして訊きました。
「リルとやら、カラバ女侯爵(Marquise de la Carabas)というのは、何歳くらいのお方なのじゃ?」
ここで名前が誤って伝わっていることに初めて気付いたリルはびっくりしますが、あまり深く物事を考えるたちでもないので「うーん。まあ、いっか」と思いました。この時点ではリルもあまり先のことは考えていなくて、王様に気に入ってもらえたら、色々便宜を図ってもらえるだろう程度に思っていたのです。
「もう少しで16歳になられます」
「おお、そんなにお若い方なのか」
この時、国王はまだ22歳でした。実は妃(きさき)にできる良い娘はいないか、などと思っていたのです。
「お名前は何と言われる?」
「はい。クロードと申します」
「クロード姫か。良い名前じゃのう」
と国王はクロードにかなり興味津々の様子でした。
リルは国王の様子を見て「何かまじいことにならないか?」と一瞬、不安が頭をよぎったものの「まあ何とかなるだろう」と考え、その後も3ヶ月、4ヶ月と毎日国王へのプレゼントを続けました。
リル自身も何度も国王のそばに呼ばれ、お酒や珍しいお菓子や食べ物などでもてなされました。
ある日は「そなたの女主人へのプレゼント」などと言われ、上等な銀の髪飾りをもらいました。それを持ち帰ってクロードに渡すと、クロードは困ったような顔で言いました。
「すごく立派な髪飾りだけど、男のぼくがもらってどうするのさ?」
「針仕事している時に髪が邪魔にならないように留めておけばいいんだよ」
「ああ、なるほど、それなら使えるね」
またある日は「クロード姫へのプレゼント」と言われて、金のブレスレットをもらいました。それを持ち帰ってクロードに渡すと、クロードは困ったような顔で言いました。
「すごく立派なブレスレットだけど、男のぼくがもらってどうするのさ?」
「針仕事している時に服の袖が下がって来ないように留めておけばいいんだよ」
「ああ、なるほど、それなら使えるね」
そしてある日は「姫へのプレゼント」と言われて、素敵なサンゴのピアスをもらいました。それを持ち帰ってクロードに渡すと、クロードは困ったような顔で言いました。
「すごく立派なピアスだけど、男のぼくがもらってどうするのさ?」
「ピアスは耳に付ければいいんだよ。クロードは村の女たちから結構女の子と思われているから、ピアスしてても変に思われないと思うよ」
「これどうやってする訳?」
「村の女の子たちがしてるの見てるだろ?耳に穴を開けてそこにこの先を引っかけるんだよ」
「耳に穴を開けるの〜?」
「女の子はみんなしてるよ」
「ぼく男の子だけど」
「女の子の服を着ているから、女の子と似たようなものだよ」
「痛くないの?」
「痛いけど我慢」
「うっ・・・・」
それでリルは木綿針の先を火であぶって消毒するとそれでクロードの耳たぶにピアスの穴を開けてあげました。
「痛いよぉ」
「その穴が閉じてしまわないようにこれ付けてて」
と言って、リルはクロードにピアス穴を保護するための特別なピアスを付けてあげます(実は母の遺品)。
「1ヶ月もすれば穴は安定するから、それからこのピアスを付けるといいよ。他にもお母さんの遺したピアスがあるから、それも普段付けてるといいよ」
「でも色々もらうのが、凄く立派な品物だけど、リルどこに行ってるのさ?」
「内緒」
“クロード姫”が裁縫が得意と聞いた国王は、母君(王太后)の服を縫ってくれないかと言って、リルに上等のサテン生地を渡しました。リルは王太后の採寸だけさせてもらって、生地を持ち帰ります。
「これ物凄く上等な生地。リル、いったいどこでこんな生地を預かったのさ?」
とクロードは驚いて言います。
「まあ身分の高い方だよ。寸法はこれね」
クロードもあまり詮索はせずにその生地を縫って素敵なドレスを仕立てました。それを受け取った王太后は大いに喜び、
「カラバ女侯爵は素敵な方のようですね」
と“彼女”をすっかり気に入ったようでした。
また“クロード姫”が料理が得意と聞いた国王は、何か得意料理でも作って持って来てはくれないかと言います。するとリルは
「クロード様はパイが得意ですから、それを作ってお持ちしましょう」
と言いました。クロードもパイは母直伝で得意なので、ちょうどイチゴの季節だったこともあり、ベルナールの家のオーブンを借りて、美味しそうなイチゴパイを焼き上げました。それをリルが国王の所に持っていくと
「なんて美味しいパイなのだろう!」
と国王も王太后もたいへん喜びました。
またある時、クロード姫が“葦笛”が得意と聞いた国王は、ぜひ姫の葦笛演奏を聞きたいと言いました。国王としても、この機会にクロード姫の顔を見て、場合によっては、そのまま・・・・という下心もあったのです。
リルは困ったなあと思いながらも、国王の言葉ですから、無下(むげ)に断ることもできず「クロード様に伝えます」と言って下がりました。そして取り敢えずクロードに新品の葦笛を1本作ってくれと言っておきました。
半月ほど経った頃、国王は森の別荘においでになることになりました。リルはその機会を捉えてクロードの笛を国王に聴かせようと思い立ちました。
リルはクロードに普通の男の服を着て先日作った葦笛と、クロードの愛用の葦笛を持って自分に付いてくるように言いました。そして国王の別荘の近くで待機します。
国王が別荘に到着してまもなく商人の馬車がその別荘の近くを通りかかりました。するとリルはその馬車の前に飛び出して言います。
「あなたの馬車のお荷物があちらの方に落ちていましたよ」
「本当か?」
それで商人は馬車を停めて、落ちたという荷物を探しに行きました。実はリルがこっそり荷をひとつわざと落としておいたのです。
ここでリルは別荘の中に入ると、
「ただいまクロード様がいらっしゃってますが、恥ずかしくてまだ国王陛下にはお目に掛かれないので、笛の音だけで勘弁してくださいと申しております。どうかお庭に出てください」
と言いました。
「おお、そうか」
ということで、国王は王太后と一緒に別荘のお庭に出ます。そこからは立派な馬車の屋根だけが垣根の向こうに見えました。
そしてリルはクロードの所に行くと、ここで葦笛を演奏して、と言います。
クロードは「何なんだ?」と思いながらも、愛用の葦笛でずっと以前に祖母から習った『草原の少女』という曲を演奏しました。
その音を庭で聴いた国王は、何と素敵な曲だろう。そして何と素敵な演奏だろう、と感激しました。王太后も笛の音に聴き惚れているようです。
やがて曲が終わった頃、馬車は動き出しました。商人が落ちていた荷物を拾って戻って来たのです。
リルはクロードが作った新品の葦笛(ミルリトン)を持つと別荘の中に入りました。
「これはクロード様が今吹かれました葦笛と同じタイプの新品の葦笛でございます。クロード様のお手製です。国王陛下に献上いたします」
と言って葦笛を渡しました。
「そうか。姫のお手製の笛か」
と言って国王はその葦笛を大事そうに胸に抱きしめていました。
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■男の娘とブーツを履いた猫(2)