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■男の娘とブーツを履いた猫(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2017-01-28
 
昔ある所に年老いた粉屋が居て、粉屋には3人の息子が居ました。
 
長男のアンドレは力が強く、年老いて伏せがちになっていた父に代わって粉挽きをしていました。次男のベルナールは頭が良く口も達者で、ロバを引いて農家から麦を預かってきては挽いた麦粉を持っていって手間賃をもらっていました。しかし末の息子クロードは腕力も無ければ、お世辞など言うのも下手で、あまり仕事ができないので、母が亡くなった後は代わって食事の支度や掃除、針仕事などをして父や兄を助けていました。
 
将来自分はどうなるんだろう?という不安はあったものの、日々、兄たちのサポートをし、時間が空いてしまった時は、よく葦笛を吹いて過ごしていました。
 
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この地方では葦(あし:フランス語ではロゾ roseau)で作った笛はミルリトン(Mirliton)と呼ばれています。葦の茎は中空なので、東洋の竹同様に笛に加工するのが容易だったのです。この村のはずれに葦が群生している湿地があり、クロードはそこで葦を採っては笛に加工していました。クロードはこの葦笛作りが得意だったので、村の人に頼まれて作ってあげることもよくありました。葦笛を作れば手間賃をもらえますが、葦笛なんてそう需要があるものでもないので、結果的には兄たちの仕事に依存した暮らしをしていました。
 

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「お前が、いっそ女だったら、どこかに嫁にやれるのになあ」
と長兄のアンドレは言います。
 
「お前、顔が可愛いし、女だったら美人だもんな」
と次兄のベルナールも言います。
 
「料理も針仕事も上手いし、気立ては優しいし、結構良い奥さんになるかも」
 
「ぼく、お嫁さんになるの〜?」
 
「あ、ちょっと母さんの遺した服とか着てみる?」
 
などと言って、兄たちに言われて亡き母の服を着せられてしまったこともあります。
 
「なんか充分女で通らないか?これ」
「弟じゃなかったら俺が嫁に欲しい。こんな美人は」
などと兄たちが言うので、クロードは真っ赤になってしまいます。
 
「この格好でマジで嫁に出しちゃおうか?」
「そもそもクロードって男でも女でも通る名前だし」
 
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「それは無理だよぉ」
と本人は焦って言います。
 
「まあチンコ付いてたら夜のお勤めできないしな」
「それに子供も産めないだろうしな」
 
「夜のお勤め??」
「結婚したら奥さんが旦那にしてあげることさ」
「ふーん・・・」
 
まだ10歳で性的に未熟なクロードには「夜のお勤め」の意味は分からなかったのです。
 

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「でもアラビアの方では男を女に変える医術とかあるらしいぞ」
「それどうやる訳?」
「チンコ切って、穴を開ける。出っ張ってるものを取って引っ込んでる所を作ればいいんだよ。切ったちんこの皮で穴の中張りをすればいいんだって」
 
穴って何だろう?とクロードは思います。
 
「あ、それはうまい。それで凸を凹に変えるのか。しかし無茶苦茶痛そうだな」
「まあ痛いだろうな。暴れないように手足を縛り付けて舌を噛まないように布を口に咥えさせて手術するらしい」
「ほとんど拷問だな」
「痛みに耐えきれずに途中で死んでしまう者もあるらしい」
「まあそれはあるだろうな」
 
「でも昔のローマの皇帝がアラビアの医者を呼んで女にしてもらって女王になったことあるらしいぞ」
「それは凄いな」
 
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クロードは兄たちの話を聞いて、自分にそんな手術受けろとか言われないよな、とドキドキしていました。そんなクロードの様子を、飼い猫のリルが不思議そうな顔で見つめていました。
 

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それ以降もしばしばクロードは母の服を着せられて、その格好でお料理をしたり、針仕事をしたりしていました。クロードが針仕事をしていると、しばしばリルがやってきてお膝の上に乗っていました。リルが膝に乗っていると、何だか針仕事がよけいうまい行くような気がしていました。
 
クロードの針仕事はかなり上手かったので、その内「これは商売になる」と思ったベルナールが、裁縫や繕いの仕事を取ってきてくれて、おかげでクロードは一家の収入に少しだけ貢献することができるようになります。
 
「お裁縫とか、あんたの所、お母さんも亡くなって誰がするの?」
とお客さんから訊かれることもあります。
 
「妹がこういうの得意なんですよ」
「へー!あんたの所、妹さんがいたんだ!」
 
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それですっかりクロードは兄たちの「妹」を演じることになってしまいます。
 
「お客さん来たから、女の服着て」
などと言われて慌てて着替えます。
 
それでやってきたお客さんたちは
 
「あら、こんな可愛いお嬢さんがいたのね」
「うちの息子の嫁にもらえないかしら」
 
などと言ったりしていました。粉屋のお客さんの中にもそんなことを言う人がありました。しかし兄たちは
 
「まだこいつ女になってないから嫁にやれないんですよ」
などと言っていました。
 
「女になっていない」というのは、兄は「初潮が来ていない」という意味で言っているのですが、生理というものを知らないクロードは「女になる手術を受けていない」という意味かと誤解し、やはり兄たちは自分に女になる手術を受けさせるつもりなのだろうか?と思い、痛い手術受けるの嫌だなあ、などと思っていました。
 
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クロードが13歳になった年、年老いた父が亡くなりました。葬儀を済ませた後でアンドレが言います。
 
「これからは各々別に生きることにしよう」
「そうだな。父さんの世話があったからこそ、俺たちは一緒に過ごしていたようなもんだったし」
 
「それで財産分けしようと思うんだけど」
「うん」
 
「粉挽き小屋は俺がもらっていいよな?」
「主として兄貴が使っていたからそれでいいと思う」
「家とロバはベルナールがもらっていいと思う」
「うん。俺はそれで荷運びとかの仕事をするよ。もちろん兄ちゃんとこで粉挽きする麦や仕上がった粉を運ぶのもするから」
「じゃ粉挽きの手間賃を俺とベルナールで2:1で分けるというのでどうだ?」
「OKOK」
 
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「ぼくは?」
とクロードが尋ねます。
 
「お前には母さんの服を全部やるよ」
「まあお前しか着てないし」
「あと、その猫のリルはお前がもらっていいと思う」
「うん。リルはお前にいちばん懐いているし」
 
「じゃ、猫と母さんの服をもらう」
 
父の服は兄たちが山分けするようにしたようです。
 
「あと、作業小屋はおまえが使え」
と兄たちがクロードに言います。
 
「あそこ10年前に建てたものだから、建ててから多分50年経っている家の方よりもしかしたら良いかも知れん」
「まあ狭いのが玉に瑕だけど」
「うん。ぼくひとりだし、寝るところさえあれば充分だよ」
 
「それから、針仕事は俺が取ってきてやるから。あと葦笛作りの仕事も取って来てやるよ。それで小遣い稼げるよな?」
とベルナールが言う。
 
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「うん。頑張る」
 
「あと俺たちの食事を作ってくれたら、その手間賃を毎日払うよ」
「分かった」
 

それで3人は別々に暮らし始めました。アンドレは水車小屋に寝泊まりし、ベルナールは家の方で暮らして、クロードは村はずれの作業小屋に住むようになります。クロードは家の方に置いてあった裁縫道具と葦笛作りの道具を持ち込み、ここで主として針仕事をして生活の糧を得るようになりました。また毎日朝晩食事を作ると、それを兄たちの家に配達していました。葦笛もたまに制作依頼されていました。
 
「結局、ぼくが受け継いだのはお前だけかな」
と言ってクロードはリルの背中を撫でながら、針仕事をしていました。
 
クロードはむろん男物の服も少し持ってはいましたが、お金にあまり余裕が無いし、小さい頃から兄たちによく穿かされていてスカートを穿くことにはあまり抵抗を感じなかったので、大量にもらった母の服を着ていることが多くなりました。
 
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「おまえはそういう格好似合うよ」
などと兄たちからおだてられたのにも、気を良くしていました。たまに余り布をパッチワークしてそれで新しい自分用のスカートを作ってしまうこともありました。ズボンを作っても良かったのですが、何となくスカートもいいなあと思って作っては穿いていました。
 
それに実は針仕事の時、スカートを穿いて椅子に座っていると、スカートが物を置くのに便利なのです。これがズボンだと置いたものが滑り落ちてしまいます。それで針仕事をする時はいつもスカートを穿いていました。
 
「スカートって針仕事のためにあるのかも」
などと思ったりします。
 
それでその格好のまま、縫い上げたり繕いをした服を依頼主の所に持っていくこともあったので、クロードのことを女の子と思い込んでいる人もけっこうあったようです。
 
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クロードはまだヒゲも生えてないし、声変わりもしていませんでしたし、髪も切るのが面倒なので長く伸びたままにしていました。それで女物の服を着ていると、本当に女の子のように見えたのです。
 
「だけど針仕事の手間賃だけだと、ほんとに厳しいよ。まあ食材のお金はベルナール兄ちゃんがくれるから、食べるのにだけは困らないけどね〜」
などとクロードは独り言を言っていました。
 

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しかしその年、ふたりの兄は相次いで結婚し、クロードは食事の配達をする必要は無くなりました。それとともにクロードは生活が急に厳しくなりました。
 
針仕事の手間賃だけでは、食費に足りないのです。
 
数日食べるものも食べずに仕事をしていることもありました。時々兄たちが来ては食料を分けてくれたので、餓死はせずに済んでいたものの、クロードは先行きに不安を感じるようになりました。
 
「ほんと、お前が女だったら、嫁さんの世話してやるんだけど」
とアンドレなども困ったように言っていました。
 

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15歳半になったクロードは、ひとりで針仕事をしつつ、膝に乗っているリルを見ながらつぶやきました。
 
「いよいよ食べるものが無くなったらどうしようか? リル、お前あまり食べる所無さそうだしなあ」
 
すると唐突にリルが言いました。
「クロード、私に可愛いブーツと大きな袋をくれない? それでクロードが食べるのに困らないようにしてあげるから」
 
クロードは驚きます。
 
「お前しゃべれるの?」
 
「猫はみんな人間の言葉分かるけど、しゃべれないと思われた方が可愛がってもらえるから、しゃべらないだけなのよ」
 
「へー。でもブーツと袋は用意してあげるよ」
 

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