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■夏の日の想い出・新入生の夏(3)

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私達は取り敢えずメインステージの指定ブロックに行った。
「おお、ここならステージ上の人の顔が見える」
「うん。いい席だよね。最前ブロックじゃないから、座って見ることもできるし」
「どうする?サブステージの方にも行ってみる?」
「私、Cステージに午後から出るマザー・ミッチェル行ってくる。他はここに居ようかな」と博美。
「私はBステージのラストのAYA見に行ってくる」と小春。
「私よく分かんないからここにずっと居る」と仁恵。
「私はここだけでいいけど、ドリームボーイズはフリーゾーンまで出て見て来ようかな」と礼美。
 
「じゃ小春、Bステージ見たあと、こちらと合流できなかったら駅前のガストで落ち合おう」
「OK」
 
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オープニングは今年は昨年150万枚という大ヒットを出したバンドが務めた。メンバーが全員40代で、デビューして20年目の初めてのビッグヒットということであった。演奏する曲目はそのビッグヒットの曲を含めて聞きやすくノリの良い曲であった。演奏技術も高い。これだけの腕を持っているバンドでもヒット曲に恵まれないというのはあるんだなあ、と私は思ったりしていた。
 
2番目は昨年オープニングを務めたバンドであった。今年も元気で若さあふれるサウンドでみんなをノリノリにさせてくれた。私は長袖に長いスカートでそれでなくても汗を掻いている状態で飛んだり跳ねたりしていたので、もう汗だらだらの状態になっていた。
「水分補給しなくちゃ」といって水筒のお茶をごくごく飲む。
「えーい。全部飲んじゃえ」といって、私はお茶を全部飲んでしまった。「分けてあげないからね、冬」などと政子が笑って言っている。
「うん。休憩時間に何とかする」
 
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そんなことを言っていた時だった。こちらの方に甲斐さんがやってくるのが見えた。何かただならぬ顔をしている。
「良かった、冬ちゃん、いた!」
「甲斐さん、何かあったんですか?」
「お願い、ちょっと来て。ここでは話せない」
「はい」
 
私は政子に「あとで連絡する」と言って、甲斐さんに付いていった。
「そうそう、甲斐さんチケットありがとうございました」
「ああ、うんうん」と、どうも気がそぞろである。何か大変なことが起きているようだということはそれで想像できる。
「それと、甲斐さんからずっと勧誘してもらっていたのに、結局須藤さんのほうのお誘いに乗ることになってしまいまして」
「うん。それは構わないよ。美智子さんとことうちは協力関係にあるし、どちらからデビューしても大差ないよ」
と甲斐さんは笑って言っていた。
 
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「でも給料はうちのほうが少しいいよ」
「あはは」
「ただそちらは印税の率がいいみたいだから、結果的には同じくらいになるのかな。でも、それより、他社からの誘いをちゃんと断ってくれていたのに感謝。唐本さんも中田さんも、うちと正式な契約結んでいたわけではないから、他社から取られても、うちは文句言えなかったのよね」
 
そのあたりの事情については実はかなり複雑な内情があるのだが、それは私と津田社長との秘密である。甲斐さんは知らされていないし、須藤さんも知らない。
 
「そのあたりは浮き世の義理で」
「うふふ」
そんな会話をしていたので甲斐さんも少し気分が落ち着いてきた感じであった。
 
私達はステージ裏のスタッフが集まっている所まで来た。
町添部長が難しい顔をして立っているのを見て驚く。
「おお、ケイちゃん、いたか」
「はい。連れてきました」
「おはようございます。お世話になっております」と挨拶する。
 
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「ケイちゃん、スカイヤーズの歌、歌える?」
「ヒットした曲なら歌えます」
「○○、△△、◇◇、※※、◎◎」
「全部歌えます」
「よし、決まり」
 
「何があったんですか?」
「ちょっと呼んできて」
「はい」と言って甲斐さんが走って行く。
「実はスカイヤーズのボーカルの BunBunがさっき倒れてしまって」
「えー!?」
「凄い熱なんで。本人は歌うと言っていたのだけど医者がこの炎天下で歌わせたら命の保証ができかねると強く主張して」
「出演を取りやめて午後やるバンドかBステージ出演予定のバンドに出てもらって穴埋めする手も考えたのだけど、すぐスタンバイできるバンドが見あたらない」
「わあ」
「そもそも辞退になるとスカイヤーズのファンに悪いし、彼らも初めての出演だからできたら出してやりたいしね。他のパートが倒れたのなら、そのパートを代わりに演奏できる人はなんとか調達できるのだけど、ボーカルはね」
 
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「で、私が代わりに歌うんですね」
「頼みたい。なにしろ急なことで」
「スカイヤーズの出番って、今やってる湘南トリコロールの後、休憩をはさんですぐですよね」
「そうなんだよ。あまりにも急すぎて、ほんとにどうしようと思ってた時に、甲斐くんが、ケイちゃんなら歌えるはずと言い出して。僕も君の器用さは知ってたから。それに君なら充分な知名度がある。ここで全く無名の歌手を出すわけにも行かないんだ」
 
「ありがとうございます。器用さは自信あります。私、売れなくなったらリハーサル歌手でも食っていけるよ、なんて言われたこともありますし」
「あはは。それはもったいないよ」
と町添さんは明るい表情になって言う。
 
そこにスカイヤーズのメンバーがやってきた。
私が挨拶すると、ギターの YamYam さんが
「あ、ローズ+リリーのケイちゃんじゃん」と言う。
「うまいの?」とリーダーの Pow-eru さんが YamYam さんに訊く。
「この子、凄く歌唱力あります」と答えた。
「とりあえず合わせてみていいですか?」と言い、ギターとベースに電気を通さないままの音で弾き、それに合わせてスカイヤーズの「飛んでけ、空の向こうへ」
を私は歌った。
 
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「前奏だけで、よくこの曲と分かったね」とPow-eruさんが言う。
「ええ、スカイヤーズの曲はよく聴いてますから」と私はにこやかに言う。町添さんもニコニコしている。
「演奏予定の5曲と予備の1曲、通してみよう。時間無いから1コーラスずつ」
「はい」
 
ということで私達はその場で6曲、合わせたのであった。
「一発でここまで合わせられるって、凄いな」
「君、譜面を正確に覚えてるね」
「はい。私、エレクトーンも弾くので、スカイヤーズはスコア譜をエレクトーン譜に自分で書き直して、弾いてますので」
「なるほど」
「1ヶ所微妙にずれた所は、俺達の方がスコア通りに演奏しなかったもんな」
「すみません。あそこ本番ではちゃんと合わせます」
「あの程度は大丈夫。BunBunなんてしょっちゅう間違ってるし」と
傍観していたドラムスの Chou-ya さんが笑って言った。
 
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「これなら行けそう。じゃ、ケイさん、お願いします」
「はい」
という会話を交わしたのは、もうすぐ休憩時間が終わり、あと5分で出番という所だった。
 
私はスタッフの人に頼んで水をもらい、500ccのペットボトルを飲み干す。
「この服、動きにくくて。なにか適当な動きやすい衣装ありませんか?」
というと、銀色のブラウスと膝丈スカートのセットを渡された。
「こんなんでいいでしょうか?」とスタッフの女性が言う。
「OK、OK。ありがとうございます」といって受け取り
「時間無いからここで着替えちゃいますね」といって私は着ていた服をその場で脱ぎ、衣装を身につけた。慌てて甲斐さんが身体で視界を遮ってくれた。しかし近くにいた人のかなりが私の下着姿を見た感じではあった。
 
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「あれ、ケイちゃん、おっぱい大きくした?」とYamYamさんが言った。私はにこっと笑いVサインをして、スカイヤーズのメンバーと一緒に
ステージに向かった。
 
休憩時間が終わった所で司会の女性がステージ中央に出て
「ここでお知らせがあります」とアナウンスをした。
 
「スカイヤーズのボーカルのBunBunさんがさきほど急に倒れてしまいまして」
『えー』という声が会場から沸く。
「命に別状は無いのですが、とても今日歌えない状態です。スカイヤーズの出場辞退も検討したのですが、それではファンの方に申し訳ないということで、今日だけの臨時ボーカルに、たまたま会場に来ておられました、ローズ+リリー、ローズクォーツのケイさんをお願いしました」
というと
『わー』という歓声が上がる。
私達はその歓声の中、ステージに出て行った。
 
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私はステージ中央に立って凄いと思った。ローズ+リリーでは最大でも3000人クラスの会場しか経験していない。今ここには8万人くらいの観客が詰めかけている。これは興奮ものだ。凄い快感!
 
「みなさん、こんにちは! ローズクォーツのケイです。というよりも、ローズ+リリーのケイと言った方が、みんな知ってるかな?」
 
と言うと「はーい」という会場からの声。
 
「私今日は観客で来てて、ついさっきまでは客席の方にいたのですが、BunBunさんが倒れたとのことで、急遽ピンチヒッターを仰せつかりました。スカイヤーズのファン、特にBunBunさんのファンの方々には、とても不満とは思いますが、スカイヤーズの音だけでも楽しんで下さい」
と私はマイクを持って言った。
 
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続いてPow-eruさんがマイクを持ち
「そういうことで、BunBunがぶっ倒れてしまったので、急遽、ケイさんに代理のボーカルをお願いしました。今日は夏フェスというお祭りならではの、スカイヤーズとケイさんとの合同セッションと思って楽しんで下さい」
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