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■夏の日の想い出・新入生の夏(2)
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8月3日はローズ+リリーの人気爆発のきっかけにもなったコミュニティFMのトーク番組に私と、ローズクォーツのリーダーであるマキさんの2人で出演した。
番組の冒頭で「ふたりの愛ランド」が流れ、DJさんが私達を紹介してくれた。
「ケイさんは2年前にもこの番組に出演してくださいまして、その時もこの曲を流したんですよね」
「はい。2年ぶりにこちらの局におじゃまさせて頂きました」
「その時はローズ+リリーというユニットで、もうひとりの女の子マリさんと一緒で」
「はい。今回は男の人3人と一緒です。ただ今日は都合で1人しか来てませんが」
「ローズ+リリーの『ふたりの愛ランド』は本来の男女デュエット曲を女の子ふたりで歌ったのが面白かったのですが、今回も女性2人で歌ってますよね」
「ええ。ふたつとも私の声です」
「わあ、ひとりデュエットなんですね」
「はい。本来の女性パートをアルトで、本来の男性パートをメゾソプラノで歌っています」
「すごいですね。完璧に声質の違うふたつの声ですよね。でもこのシングルをまるごとダウンロードすると、もうひとつ珍しいものが聴けるという噂が」
「ははは。それは聴いてのお楽しみということで。ちなみにそちらも私のひとりデュエットですので」
「えー、みなさん。この『ひとりデュエット』というのを覚えておいてください」
とDJさんが謎めいた言い方をする。
『ふたりの愛ランド・裏バージョン』は「おまけトラック」の扱いなので、個別ダウンロードを設定していなかった。つまりそれを聴くにはシングル丸ごとダウンロードするしかないのである。
DJさんは「ローズクォーツ」の構成や活動歴などについても尋ねてきた。
「クォーツとしては5年ほど、都内のライブハウスを中心に活動してきたのですが、昨年ボーカルが辞めてしまいまして、新しいボーカルを探していたところに、ケイさんと組まないかという話がありまして、会ってみると、ほんとに歌が上手いし、また器用な人だという印象で。性格も優しい感じでうまくやっていけそうだったので、一緒に活動することにしたんです」
とマキさんが説明した。しかしマキさんはこういう場に臨むのが初めてだけあって、かなり緊張している。表情が硬い。
「じゃローズクォーツになってからはそんなに時がたってないんですね」
「はい。1ヶ月ちょっとですね」とマキさん。
「ローズ+リリーで出てきて頂いた時も結成して半月くらいでしたね」
「ええ。できたてのほやほやでした」と私。
「ケイさんはローズ+リリーが活動停止した後、どうされてたんですか?なんかその付近の情報って、全然出てきてませんでしたよね?」
「受験生やってました。その間にも、受験勉強の妨げにならない範囲でまたやりませんか?というお話はあったのですが、やはり受験生は受験生らしくお勉強に集中していようということでおとなしくしてました。ただ昨年のサマー・ロック・フェスティバルは見に行きました。観客として」
「夏フェスの時期ですね」
「やはりあれは感動ですね。素晴らしかった。その内ステージの方に立ちたいですね」
「今年は再デビューしたてですけど、来年は狙えるんじゃないですか?」
「はい。お声が掛かるくらい頑張りたいです」
「ローズ+リリーのマリさんの消息も聞いていいのかな?。今回マリさんと組んでの復活ではなかったわけですが、マリさんとは喧嘩別れとかしたわけではないですよね」
「はい。マリとは仲いいですよ。同じ学校の同じ学部に進学して、毎日会ってますし、お互いの家にもよく出入りしています。今回のローズクォーツの作品の中にもマリが作詞した『あの街角で』という曲が入っていますし」
「おお。ちなみに・・・おふたりは恋人とかじゃないんですよね?」
「基本的に私達は女の子同士の友達感覚なので。恋愛成立の可能性はないです。これはローズ+リリーをやってた頃からそうだったのですが。それに最近、私自身がもう男の子ではなくなってしまいましたし」
「おお、なんか凄いことを聞いてしまったような」
「ローズ+リリーをしていた頃、私は自分の性別をちゃんと言ってなかったのでファンの方には申し訳なかったのですが、戸籍上の性別は置いといて私自身は最初から自分は女の子のつもりでいましたし」
「なるほどですね。私もケイさんに最初お会いした時から、女性だと思っておりましたし、今でも女性にしか見えません」
「ありがとうございます。それでローズ+リリーのほうは、活動復活の予定は未定ですが、アルバムは出す予定で準備中です。実際にリリースするのは多分年末くらいになるのではないかと思うのですが」
「楽しみですね」
「はい。マリのファンの方は少しお待たせしてしまいますが、ローズクォーツの方もよろしくお願いします」
ここで話がいったん中断して新しいシングルの中から『佐渡おけさ』が流れる。
「えーっと、民謡ですよね」
「民謡ですね」
「これはまたどういう意図で?」
私とマキさんが顔を見つめ合ってしまったが、私が説明する。
「元々クォーツというのは4分の1を表すquartにsが付いたもので、4分の1を4人集めて360度の円になる、という意味があるんです。4人でひとつという意味もありますが、円のように360度どういう方向の音楽でも貪欲にやってしまおうという方向性でして、今回のシングルでもあとで聴いていただく『萌える想い』
はテクノ、『Love Faraway』はフュージョン、先程の『ふたりの愛ランド』はポップス、『あの街角で』はフォーク、という感じで様々なジャンルの曲を採り入れています。クォーツの実際のステージでは、その場でのリクエストに答えて、洋楽や演歌なども演奏していたのですが、いろいろやるなら民謡でも歌っちゃおう、ということで採り入れました」
「なるほど、ユーティリティ・バンドということなんですね」
「はい。そのうちバロックとかもやっちゃおうか、などとも話しているのですが」
「おお、それは凄い」
「でも。これちゃんと民謡の発声をしてますね」
「はい。新潟の民謡教室まで通って練習しました」
「おお、本場で鍛えたんですね」
「ええ。本物の民謡歌手さんにはかないませんが、雰囲気だけでも色々なものを楽しんで頂こうということで」
「楽しむというのはいいことですね」
「ありがとうございます」
「それでは最後に、タイトル曲の紹介頂けますか?」
「はい。それではローズクォーツの初シングル『萌える想い』からタイトル曲の『萌える想い』、聴いてください」
私の紹介にかぶせて曲が流れ始める。そしてDJさんの
「今日はローズクォーツのマキさんとケイさんにおいで頂きました」
という声で放送は終了した。
この日は他に3つのコミュニティFM局にお邪魔してローズクォーツと新譜の紹介をさせてもらった。そのおかげでこのシングルは20時頃までに1500ダウンロードとまずまずの滑り出しをしたのだが、夜中0時過ぎた頃から突然ダウンロードのカウントが上がりだした。しかも夕方くらいまでのダウンロードはシングル丸ごとの他に、楽曲単位のものもかなり多かった(「萌える想い」と「あの街角で」が多かった)のだが、深夜からのものはほとんどが丸ごとのダウンロードであった。
カウントが上がっていることに気付いた私は何か起きたのだろうかと思いネットを見ていたら、2chや複数の個人ブログで「ふたりの愛ランド・裏バージョン」
が話題になっていることに気付いた。
「あはは・・・・・」
私は心の中で苦笑しながら書き込みを読んでいた。
−この男の方、誰が歌ってんの?クォーツのマキ?
−いや、マキはもっと下手だよ。サトのほうがまだうまかったはず
−FMでケイが「これもひとりデュエット」だと言ってた。
−え〜?これまさかケイの声?
−ケイの男声、初披露か?
−俺は認めたくねー。ケイは俺にとっては可愛い女の子なんだ!
−しかし甘い声だね。こんな声持ってるなら隠すことないのに。
−男声と女声で多重録音したのか
−いや、この曲、一発録りっぽい。多重録音じゃないよ。
−じゃ、リアルタイムで男声と女声を切り替えながら歌ってるのか。すげー。−しかしなんか脱力感のある歌い方だよな。
−うん。それでなんかゆるくて気持ちいい感じになってる。
−夏のビーチで歌ったら、こんな雰囲気になるんじゃない?
−うんうん。雰囲気はいい。
私は自分の男声を晒すのは嫌だったのだが、こう好感されてしまうと悪くない気もした。私が「ひとりデュエットです」と明言したのは最初に行ったFM局だけだったのだが、ちゃんとそれを聴いていた人がこの曲の秘密に気付いてくれたことも嬉しい気がした。
そういうわけで、このシングルは日が変わってから9時までに6000ダウンロードを記録。その後もネットを中心に話題が広がっていき、月末までに3万ダウンロードという、まずまずのヒットになったのであった。
8月中、私は学校が夏休みで時間があったのだが、ローズクォーツの他の3人はそれぞれ昼間の仕事を持っているため、平日はなかなか4人で集まることができなかった。特に7月の下旬にレコーディング優先でやっていたため仕事の溜まっている人もあり、土日でさえも4人そろわないことがあった。
「まあ、そういう訳で、今週末はサマー・ロックにでも行ってくる?8月13日なんてお盆の直前だけどさ」
と言って須藤さんはサマーロック・フェスティバルのチケットをぴらぴらと見せた。昨年、甲斐さんにチケットをもらって、政子たち友人4人で見に行ったフェスである。
「どーんと20枚もらっちゃった。でもマキさんもサトさんもタカさんも仕事だって」
「あらあら」
「冬、お友達誘って行っておいでよ」
「ちょっと都合聞いてみます」
と言って、私は友人数人に電話を掛けて都合を確認する。政子は「もちろん行く」
と即答であった。礼美はバイトで行けないと泣いていた。仁恵は「バイトあるけど休んでいく」とのこと。他、同じクラスで仲のいい博美・小春が行くといった。
「チケット5枚ください」
「OK。あとは返そう」
「うちの事務所の他のアーティストさんには回さないんですか?」
と私は驚いて訊く。
「ローズクォーツとそのお友達限定でもらったから」
「ああ」
「フェスは私もスタッフで入るけど、涼香(甲斐さんの下の名前)に会ったら、お礼言っといてね」
「ああ、やはり甲斐さん経由ですか」
「うんうん。その元は町添さんだよ。30組の出演者の内、7組が★★レコードだからね。このチケットはローズクォーツとピューリーズの限定」
「なるほど。でも来年はステージの方に立ちたいなあ」
「うん。立てるように頑張ろう。町添さんがチケットくれるのも、次はステージの方に来てね、という意味だから。そして来てくれるかもというユニットにだけ配る」
「頑張ります」
「あ、念のため1枚予備をもらってていいですか?」
「うん。いいよ」
と言って、須藤さんは私にチケットを6枚くれた。
私がチケットを6枚もらったのは『1人』増えるかも知れないなという予感があったからだが、案の定、フェスに行く日の朝になってから礼美から電話が入った。
「急にシフトが変わっちゃって、今日空いちゃったんだけど、チケット余ってないよね」
などという。
「レミ、そんなこと言い出すかもと思ってチケットは取っておいたよ」
「わあ、ありがとう!!待ち合わせは?」
「東京駅。横須賀線ホーム。ホーム中央付近。8時厳守。水着も持参よろ」
「了解!」
東京駅で6人で待ち合わせて電車で会場の最寄り駅に行き、入場ゲートに並ぶ。
「冬、長袖にロングスカートって暑くない?」
「余計な日焼け厳禁と言われてるのよ。もう日焼け止めの超強力なのを顔と手にも塗ってるよ。途中で塗り直す」
「去年は気楽だったね」と政子。
「でも受験生だったけどね」と仁恵。
「受験生で夏フェスに来るというのは大胆だな」と博美。
「でも私は冬たちに出会ってなかったら△△△に合格できなかったなあ」と礼美。
指定ブロックは昨年と同じ所であった。今年は1ステージのみであった昨年と違ってステージが3つできていて、メインの8万人入るステージがブロック指定で、3000人および1000人キャパのサブステージは自由な場所で観覧できるようになっていた。また、メインステージの最前ブロックの更に前に休憩時間単位で総入替制&入場数制限のあるフリーブロックが設けられており、お目当てのアーティストの時はそちらに行って見てもよいことになっていた。このフェスティバルは今年で5周年になるので、他の大規模なフェスにならって色々改革してきたようであった。
また昨年までは1ステージのみだったので出演者は10組だったが、今年は3ステージなので合計30アーティストが参加する、大きなイベントになっていた。
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