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■夏の日の想い出・破水(2)

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その「直し」をした週、ちょうどKARIONの新譜のマスタリングが完成した音源をもらって聴いたりしていると、ほんとに早く和泉たちに追いつきたいという気持ちが強くなってきた。モーリーさんだけにお任せするのではなく自分でももっと積極的に動くべきだという気持ちも出てくる。それで少しもやもやした気分でいたら、書道部で政子が
 
「どしたの?唐本さん、なんか男の子の『たまってる』って奴?」
などと言う。
 
「ああ、ボク、その『たまる』経験は無いよ」
「へー。確かにあまり強くなさそうだったもんね。すぐ縮んじゃったし」
 
などと言う。これだけ聞くと、まるで私たちがセックスでもしたみたいに聞こえる。
 
「政子と冬って、やはりそういう関係だよね」
などと実際、傍にいた理桜に言われた。
 
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「うん、私たちは友だちだよ」
と冷静に笑顔で答える。政子の突飛な発言への対応もかなり慣れてきた感じがする。
 
「ふーん。友だちね〜」
と言って理桜はニヤニヤしている。
 
「うん。ボクたち良い女友だちだから」と私は言ったが
「私たちって心が通じ合ってるから」と政子。
 
「おお、お熱い」
 
「また誤解を招く発言を」
 
と私は笑って言ったのだが、その瞬間、私は政子と一緒に歌を歌ってみたい気がしてきた。そういえばこないだも政子とふたりでデュエットしてみようなんて話をしたんだった。
 
そうだ・・・・モーリーさんは、私の声1本では楽器の多彩な音に負けてしまうからデュエットの方がいいと言った。先日の音源制作では私自身の声で二重唱にしたけど、二重唱はふたりでやった方が自然じゃん!
 
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だいたい、私と政子のふたりで作った曲なんだもん。作ったふたりで歌えば完璧という気がする。
 
「今度の土曜か日曜、中田さん、時間ある?」
「あ、ちょうど良かった。啓介からデートに誘われてて、断る理由を探してたから、唐本さんに付き合うよ」
 
「いや、花見さんとの約束があるなら、そちらを優先してよ。花見さんとのデートは土曜?日曜?」
 
「土曜日。だから、唐本さんは土曜日に私を誘って」
「何だかなあ。まあいいや。じゃ、土曜日に○○駅前で会おう」と私。「いいよ」と政子。
 
理桜が「おお、頑張ってね」などと言った。
 
「あと私の前で遠慮して苗字で呼び合わなくてもいいよ。ふだんは名前で呼び合ってるんじゃないの?」
 
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「うん。冬は私のことマーサと呼ぶよ」
「へー!」
私はポリポリと頭を掻いた。
 

土曜日。駅前で落ち合った政子を私はいつものスタジオに連れて行った。
 
受付で
「DスタジオかEスタジオ空いてますか?」と訊くと
「うん。どちらも今日は1日空いてるよ」と言われるので
「じゃEスタを2時間借ります。個人的な使用なので、使用料は給料から引いておいてください」
と言ったのだが、
「ああ、気にせず使えばいいよ。機材操作の練習ってことにしとけばいいから」
と言われたので、ありがたくそういうことにさせてもらって2階のEスタジオに入った。
 
「冬、受付の人と女の子の声で話してた」
 
「うーん。細かいこと気にしない。こういう所来たことある?」
と私はそのまま女声で話す。
 
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「はじめて。なんか不思議〜な感じ」
 
「ここは小規模なスタジオだから、アイドル歌手とかの録音でよく使ってる。ロックバンドや、数人の歌唱ユニットは3階のもっと大きなFスタジオを使う」
と私は説明する。
 
「ここで何するの?」
「歌おうよ」
「わあ!」
「そもそも3月に一度一緒に歌おうって言ってたのに、その後なかなか時間が取れなかったから」
「そうだったね」
 
私は政子と一緒に作った曲の中から『雪の恋人たち』と『坂道』という曲の伴奏音源を流した。この2曲はデュエットしてこそ晴れる曲という気がした。
 
「今回はこの2曲」
 
「なんか格好いい音源!」
「私がキーボード演奏で作った音源」
「あれ? MIDIじゃなくて?」
「MIDIの方が手っ取り早いけど、これは実際の楽器で演奏してみたかったからね」
「へー」
 
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実際にはキーボードだけではなく、ヴァイオリンは本物を弾いているのだが面倒なのでそういう細かい説明は省略する。
 
私は各々の曲の自分のパートと政子のパートを歌ってみせた。
 
「冬と違う音で歌うのか・・・」
「大丈夫だよ。ほとんどの所でボクとマーサの音は三度唱だから、音が響くように歌えばいいんだよ。ちょっと試してみよう。ボクがミーって音を出したらマーサはドーって音を出せばいい。ドーって出してみて」
 
「ドー」
「伸ばしてみよう。ドーーーーーーーーーー」
政子も「ドーーーーーーー」と音を伸ばすと、最初の音は違っていたのにすぐに政子は同じ音に合わせてきた。
 
「その調子、その調子。今度は私がミーーーーーと歌うから政子はドーーーで合わせてみて」
「うん」
「ミーーーーーー」
「ドーーーーー−」
 
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政子はやはり最初の出だしの音は違うものの、私のミの音を聴いてちゃんと正しいドの音に合わせることができた。
 
「今のは長三度という音程。今度は短三度をやってみよう。今度はボクがソーと歌うから、マーサはミーって歌って」
「あ、音の幅が違う」
「そうそう。それが分かったら上等。まずミの音。ミーーーー」
「ミーーーー」
「うんうん。うまい。じゃ次はボクがソーーと歌うからマーサはミーだよ」
「ソーーー」
「ミーーー」
 
「うまい、うまい。やはりマーサは音感がいいよ」
「そうかな」
「これまであまり歌ってなかったから下手なだけで、練習すればすぐうまくなるよ」
「私、冬となら一緒に歌の練習をしてもいいかな」
 
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「よし。今日は徹底的に音程の練習をしよう」
 
ということで結局その日はひたすら2時間音程の練習をした。そして翌日もまたスタジオに出てきて、今度は別の部屋Cスタジオになったがそこで2時間、簡単な曲を私と政子で三度唱する練習をした。
 
「なんで三度に長いのと短いのがあるんだろと思ったら、間に黒鍵の無い所が入るかどうかで違うのね」
「そうそう! 分かってるじゃん」
「だから、ドミ、ファラ、ソシは長い三度、レファ、ミソ、ラド、シレは短い三度なんだ」
「うん。ちゃーんと音楽理論が分かってるじゃん」
「えへへ」
 
私がおだてると、政子は結構のってきて、そしてのってくると、音を正しい音に合わせるスピードが上がっていった。最初の頃は歌い出して少し置いて正しい音に収斂させていたのが、次第に歌い出した次の瞬間合わせられるようになり、日曜日の練習の終わりには、もう普通の人の歌並みになってきた。
 
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「じゃ来週も一緒に歌おう」
「うんうん。何だかこれ楽しい」
 

実際にはそれから毎日私たちは夜に電話を掛け合って携帯をつないだまま三度唱の練習をした。政子は日に日にうまくなっていった。6月7-8日の週末はまたスタジオに入ったが、その日もひたすら音を私と調和させて歌う練習をした。
 
「今日は四度下を歌うというのをやってみよう。これはフレーズの終わりとかでよく出てくる音程なんだよ。今度はボクがドーーと歌うから、マーサはソーーと歌ってみて」
 
「うん」
「ドーーーーーー」
「ソーーーーーー」
 
「合ってる、合ってる」
「私、三度の次は五度で響くのかと思ってた」
「実は五度なんだよ。ドレミファソでしょ」
「あ、うん」
「でもそのオクターブ下を歌うから、外見上は四度下になる訳」
「あ、そうか。実は五度なんだね!」
「そうそう。五度は三度より美しい音程だよ」
「うん。三度より合わせやすい気がした」
 
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それでその日はひたすら四度下を歌うというのをやった。
 
そして翌日は三度下と四度下の混ざった譜面を見せてピアノで伴奏しながら一緒に歌った。
 
「私、何となく、三度下にすべき時と四度下にすべき時が分かる気がする」
「そ? じゃメロディーしか書いてない譜面でやってみようか?」
 
と言って私は簡単な唱歌の譜面を見せる。ピアノ伴奏で歌ってみる。政子はほとんど間違わずに、ちゃんと和音になる音を選んで歌うことができた。
 
「すごーい。ちゃんとハーモニーが分かるってマーサ天才だよ!」
「うん。私は天才だもん」
 
と政子は得意そうに答えた。
 
そしてまた平日の間は毎晩夜に携帯でつないだまま、歌の練習を続けた。
 
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三週目。6月14-15日になって、いよいよ私たちは『雪の恋人たち』と『坂道』
の歌唱を収録した。その場で伴奏と仮ミックスして流してみる。
 
「なんか格好いい〜」
「きれいに仕上がったね」
「私が歌った歌じゃないみたい」
 
「この音源さ、ちょっと色々な人に聞かせてもいい?」
「うん、いいよ。でも聞かせてどうするの?」
「CDにして売ろうなんて話になったりしてね」
「へー。売れたらいいなあ」
「武芸館とかのステージに立ってさ、ふたりで1万5千人の観衆の前で歌うの」
「私と冬のふたりで?」
「そそ」
「いいかも知れないなあ」
 
と言ってから政子は
「先生、質問です」
と言って手を挙げた。
 
「なんだね?マーサ君」
「その時、冬は今みたいに女の子の声で歌うのでしょうか?」
「もちろん」
「だったら、その時冬は今みたいに女の子の服を着るのでしょうか?」
「当然」
 
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政子が「ふふふふふ」と笑うので「どうしたの?」と訊く。
 
「いや、可愛い冬ちゃんと並んで歌うのは楽しそうだなあと思って」
「ボク女の子だから」
「今日は素直だね」
「たまにはね」
「でもこれで連続三週、啓介とのデートを潰せたし」
「あはは。嫌いなら別れればいいのに」
 

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私はこの時作った音源を誰に聴かせたのか、実は記憶が無い。
 
その後の8月から12月に掛けてのことがあまりに慌ただしかったので、その少し前の6月頃からの記憶が大幅に抜け落ちたり混乱しているのである。
 
取り敢えず畠山さんには聴かせようと思ったのだが、これが随分後にずれこんでしまった(と思う)。
 
6月の後半は、昨年のクリスマスの時に知り合った歌手・晃子さんとの共同ライブの件が入り、7月に入るとKARIONのアルバム制作(これも私と和泉が実質的なプロデュースをした)が始まったので、私はこの自分たちの音源のミクシング、マスタリング自体をする時間が取れず、最終的に音源を完成させたのはKARIONのアルバム制作が終わった7月20日以降なのではないかという気もするのだが、6月の内に仮ミクシングはしているので、その段階でひょっとしたら何人かに聞かせたのかも知れないという気もするが、よく分からない。
 
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畠山さんも6月は青島リンナ・MURASAKI・前川優作といった、∴∴ミュージックの三大スターのライブが連続して行われて、かなりバタバタしたので、後から畠山さんに確認しても、この音源を最初に聴いた時期はあやふやだと言う。
 
一方で私は7月の上旬には、『雪の恋人たち』『坂道』の出来が良かったので更に調子に乗って、政子とふたりで、これまで作り溜めた曲をスタジオを半日借りて一気に歌だけ吹き込むという作業もしていた。
 
更にKARIONのアルバムの制作を終えた直後くらいから、私と政子は花見さんに誘われて△△社の設営のバイトを始めてしまった。そんなことをしている内に8月3日が来て、私と政子は唐突にデパートの屋上ミニライブのステージに立たされてしまったのであった。
 
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この慌ただしかった時期の多分7月中旬くらいに私は路上で偶然穂津美さんに遭遇した。
 
「わお、久しぶり〜」
「ちょっとお茶でも」
 
ということで私たちは近くのカフェに入り、お茶を飲む。
 
「そうそう、冬ちゃん、レイシーが見つかったよ」
「ほんとですか!」
 
穂津美さんは以前女性歌手ユニットのバックダンサーをしていた時エルシーと名乗っており、その時の同僚のティリーという人とふたりで自主的な音楽制作活動をしていた。この「エルシー」「ティリー」というのが『不思議な国のアリス』に出てくる、ヤマネの三姉妹の名前の一部と偶然一致していたため、もうひとり、この三姉妹の名前の残り「レイシー」の愛称になる子がいたら仲間にして三人組のユニットを作りたいなどと言っていたのである。
 
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「冬ちゃんたちが言ってたみたいに、麗子って子。本人は今までレイシーなんて呼ばれたことない、なんて言ってたけど、強引にレイシーにして、ついでにリーダーを押しつけた」
「あはは」
 
「それで三人でスリーピーマイスってユニット作ったんだ」
「あれ?ドーアマイスじゃなかったんですか」
「うん。ドーアマイスよりスリーピーマイスの方が覚えやすいから」
「ああ、確かに名前の覚えやすさは大事ですよね」
「あ、音源聴かせてあげよう」
 
と言って穂津美さんはICレコーダにイヤホンを付けて貸してくれた。
 
「これスキー場で聞かせてもらった『愛の武闘会』ですね。でも凄く聴きやすくアレンジされてる」
 
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夏の日の想い出・破水(2)

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