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■夏の日の想い出・ゆうとぴあの(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-04-06

 
私は幼稚園の時までは髪を伸ばしていたし、母の気まぐれで時々結構可愛い服なども着せてもらえることがあった。
 
しかし小学校に上がる時、髪を短く切られることになった。
 
父が「そんな女みたいな髪で小学校に行けるか。小学校は幼稚園みたいに緩くないんだぞ」と言い、それで私は嫌だといったものの、母が「ごめんね」と言いながら、私の髪の毛を切った。短くなってしまった髪を見て私は泣いてしまった。
 
小学校の入学式に行くと、幼稚園の時の友人たちから
「あれ〜、冬ちゃんが男の子みたいになってる」
などと言われる。
 
そんなこと言われると私はまた悲しくなって泣いてしまう。
 
「ああ、やはり髪切られたくなかったのね?」
と女の子たちは同情してくれたが、男の子たちは
「泣き虫だなあ」
「ちんこ付いてんだっけ?」
などと言った。
 
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すると女の子たちから
「冬ちゃんは、おちんちんなんて付いてないよね〜」
と言われ、男の子たちからは
「そうか。やはり付いてないのか」
と言われた。
 
私はいつも男子トイレの個室を使っていたので、
「やはり、ちんこ付いてないから立ってしょんべんできないんだな」
などとも言われていた。
 

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私は幼稚園の頃まで自分のことは「わたし」と言っていたのだが、担任の先生は
 
「ああ、お姉ちゃんのマネして『わたし』と言ってたんだね?君は男の子なんだから、『ぼく』と言わなくちゃ」
と言い、私の自称を変えさせようとした。
 
私は『ぼく』ということばを使うと、何だか自分のことじゃないみたいで凄く変な気分だったのだが、何度も何度も言われるので、仕方無く『ぼく』ということばを使い始める。しかし、それを使うのにずっと違和感があった。
 
また担任の先生は、私が女の子とばかり遊んでいるのも心配して、
「君は男の子なんだから、男の子とも遊びなよ」
と言い、何人か優しそうな男の子に声を掛けて、
「遊んであげて」
と言った。
 
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それで色々な遊びに誘われた。
 
野球に誘われたが私は打っては三振、守ってはトンネルだった。内野では全然話にならないので外野を守ったのだが、私の所にボールが飛んでくると確実にランニングホームランになるので「何やってんだよぉ」と言われる。しかも腕力が無いので投げても全然距離が届かないし、飛んで行く方向も無茶苦茶ですぐに「いい。お前はボール拾うな」と言われる。
 
それでも一度だけフォアボールで塁に出たのだが、ベースから離れてはいけないことを知らなかったので、あっという間に牽制タッチアウトとなる。
 
そういう訳で野球には二度と誘われなかった。サッカーも似たようなもので、パスをもらっても受けとめきれないし、何度か自殺点を放り込んで、すぐに誘われなくなった。
 
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ゲームに誘ってくれた子もいて、ゲーム端末を貸してくれるのだが、やってみて何が面白いのかさっぱり分からなかった。しかも操作をミスって彼のセーブデータを消してしまったので
「何てことするんだ!」
と言って殴られた。
 
でもその子はいい人で、
「まあ知らなかったんだからしょうがないよな」
と言って、また誘ってくれて、今度は丁寧にひとつひとつ操作の仕方を教えてくれたし、やってはいけない危険な操作も教えてくれた。
 
RPG系はどうも私の鬼門らしいと判断して、データセーブの必要性が無いテニスゲームとか、レーシングゲームとか、五目並べとかをして遊んだ。特にレーシングゲームでは
「ああ、そういうハンドル操作するとぶつかるんだよ」
と言って、かなり要領を教えてくれたので、このゲームだけは私も結構ハマる感じがした。
 
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彼とはゲーム機上での将棋もしたが、
「将棋はふたりでやるならリアルでやった方が面白いよ」
と言って将棋盤を出してきて、本当に駒を使って将棋を指した。
 
ひとつひとつの駒の動きを教えてくれて、二歩や打ち歩詰めの禁じ手も教えてくれたし、角交換、振り飛車、棒銀などといった基本的なテクも教えてくれた。この時期はまだ矢倉とかは彼も知らなかったみたいで、「守りは金、攻めは銀」
などというだけのコンセプトで、結構アバウトな布陣で棒銀同士で戦っていた。また一緒に詰め将棋の問題を解いたりもした。私はこの詰め将棋が結構得意だった。
 
「冬って、ひとつひとつの差し方は定跡を知らないから適当だけどさ、全体の戦況をよく見てるよな。だからどのあたりで頑張らなきゃいけないかってのが、分かってる感じ。たくさん指してれば強くなるよ」
と言われた。
 
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結局彼とはその内ゲームはせずに将棋ばかり指していることになる。愛知の小学校に居た頃に親しくなった数少ない男子の友人のひとりである。
 

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でも大人になって再会してから彼に言われた。
 
「だけどさ、あの当時俺、親に言われたことあるんだよね。最近お前よくあの女の子と遊んでるね。ガールフレンドかいって」
「あはは」
「いや、実は俺も結構冬と遊んでて、ときめき感じちゃうことあって、俺って異常なのか?って少し悩んだよ」
「あははははは」
 

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幼稚園の先生は私の性別に関して、かなり寛容的に対応してくれた感じだったのだが、小学校で、特に1年の時の担任の先生は、私に「男の子」という型を当てはめようとした。それで私をたくましくしようとしていた感じで、体育の時間にも、私には
「お前遅れたから、もう一周走ってこい」
などと指示したり、鉄棒で前回りとかできないのを、できるようになるまでやってろと言われたりしていた。
 
どうかした子なら、いじめと感じたのかも知れないが、私の場合、言われたことはそのまま受け入れてしまう性格なので、走れと言われたら走っていたし鉄棒とかもずっと6時過ぎまでやっていて、校長先生が気付いて
「もう君、帰りなさい」
と言われてやっと帰ったりしていた。
 
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ただ、そんなことをされても私が「男の子」になれる訳が無かったのである。それでも自称に関しては、少しずつ「ぼく」という言葉も使えるようになっていった。
 
使う度に強いストレスを感じてはいたけど・・・
 

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私は物心付くか付かない頃から姉の部屋に置いてあるエレクトーンを弾いていた。教室とかには通っていないものの、姉が基本的に指使い、指替えなどを教えてくれたし、16フィートとか8フィートとかいった言葉も説明自体は間違っていた!ものの、趣旨は理解してた。(8フィートは8つの足、つまり4人でパイプオルガンに風を送り込んだもの、16フィートは16本の足、つまり8人で風を送り込んだものなどと姉は説明したが、取り敢えず16フィートは8フィートよりオクターブ低いということは理解できた)
 
私も教室に通いたいと言ったのだが、父が「男がエレクトーンなんか習ってどうする?」などと言って、通わせてもらえなかった。
 
代わりに小学校に入ってすぐ「公文」の学習塾に行かされた。しかしあまりにも詰まらなかったので1度行っただけで、2度と行かなかった。それじゃというので、次に習字の塾に行かされてこれは結構先生から「あんた字がうまい」と褒められ、半年ほど通ったものの、秋になって先生が結婚を機会に塾をやめることになり、それで習字の塾通いは終了した。その後、今度は珠算の塾に行かされ、これを私は小学5年の時まで続けることになる。
 
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さて、私がエレクトーンを習いに行きたいと思いながらも行かせてもらえず悶々とした気分であった1年生の春、私は音楽室のグランドピアノに興味を持った。
 
鍵盤が並んでいるから、エレクトーンと似たようなものだろうと思って弾こうとするのだが、鍵盤の重さが全然違うのでほとんど弾けない。私がたどたどしいタッチで弾いていたら
「下手だなあ。貸して貸して」
と言って、他の子が寄ってきて、華麗なタッチで両手弾きで『エリーゼのために』
を演奏した。
 
「すごーい。上手!」
「私、3歳の時からピアノ教室行ってるから。冬ちゃんはピアノ習ってないの?」
「私、エレクトーン習いに行きたいと言ったけど、ダメだって言われた」
「エレクトーンとピアノはまた違うんだよね。小さい内はむしろピアノ習っておいた方がいいんだよ。ピアノで基礎を作っていればエレクトーンは中学くらいからでもマスターできるから」
「へー」
 
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しかしその後は、他にもピアノ教室に通っている子たちがやってきて、音楽室のグランドピアノを交替で弾く。それで結局、ほとんど弾けない私はここではただみんなの演奏を聴いているだけという感じになってしまった。
 

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ピアノも弾けるようになりたいなあ・・・そんなことを思いながら過ごしていたある日、音楽の時間に使う教材を音楽準備室から取って来て、とその日当番だった私は先生から言われた。
 
音楽室は校舎3階の北端にあるのだが、その手前に階段があり、音楽準備室は階段の手前にある。つまり隣ではあるのだが、音楽室と音楽準備室は階段の分だけ少し離れているのである。
 
そこは初めて入ったが、ほとんど倉庫のような感じで、多数のCD、上級生が鼓笛隊で使う様々な楽器(大太鼓・小太鼓・ベルリラなど)、それに良く分からない棒や板が所狭しと乱雑に置かれている。
 
その日、私が言われたのはトライアングルやタンバリンの入っている箱を持ってきてということだったのだが、その時、この準備室の奥の窓際に古ぼけた感じのアップライトピアノが置かれていることに気付いた。あ、ここにもピアノあったのか。そう思った私はそのピアノがとても弾きたくなってしまった。
 
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放課後、自分の教室を出て、音楽準備室に行ってみる。鍵はかかっていない。それで「しつれいしまーす」と声だけ出して中に入り、窓際のピアノのふたを開けてみる。ちょっとドキドキ。
 
鍵盤を押してみる。
ドゥワーン
という柔らかい感じの音が、少しずつ小さくなりつつ響く。家で弾いているエレクトーンでも、ピアノの音は入っているが、生で聞くと独特の空気の揺れのようなものも感じて、それが不思議な快感を呼ぶ。
 
わあ、この感じ好きだなあ。
 
私はそう思うと、取り敢えず『カードキャプターさくら』の主題歌を探り弾きで弾いてみた。うん。いい感じ!
 
音楽室のグランドピアノに触れた時は、指の力が足りなくてうまく鍵盤を押せなかったのだが、力が必要なのだというのを意識して押せば、それなりにピアノは音を出してくれる。私はその他にも、テレビのテーマ曲や幼稚園の頃に習った曲、また家でエレクトーンで姉に教えられながら弾いている曲を思いつくままに弾いていった。それで、どのくらいの力で押せばピアノはちゃんと音を出すのかというのが少しずつ感覚がつかめてきた。
 
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私はそれから毎日放課後に音楽準備室に入ってはこのピアノを弾くようになった。エレクトーンでは両手弾きで左手和音を弾きながら右手メロディーを弾いているので、その要領で弾こうとすると、ピアノではその弾き方がうまく行かない。
 
エレクトーンだと下鍵盤はコンビネーション(フルー管系:いわゆるオルガン音)にして和音の持続音を鳴らしつつ、右手はトランペットとかの音でメロディーを弾くと様になるのだが、ピアノでは音が減衰してしまうのでエレクトーンのように左手押さえっぱなしにして和音を響かせるというのができない。
 
しかも、エレクトーンではそもそも上下鍵盤にボリューム差を設定しておくことで、和音を弱く響かせてメロディーを強く出すことができるが、ピアノは同じ強さで弾けば同じ音の大きさになるので、左手を指3本で弾くと、右手1本で弾くメロディーを和音が食ってしまうのである。
 
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音量差の問題は左手を弱く弾けばいいのだということに思い至るのだが、持続音が出せない問題は私を悩ませた。ピアノ弾いてる子は、左手をどういう弾き方してたっけ? と考えてみるものの、どうも統一された弾き方というのが無かったような気がしてきた。
 
そして、もうひとつ私を悩ませた問題。
 
それはこのピアノのピッチが狂っていたことであった!
 
中央付近でドレミファソと弾いてみると、特にソの音が低い。1オクターブ上のソと弾き比べてみても、明らかに音が違う。他に、レの音も微妙に低く、ミの音は逆に少し高い気がした。
 
こういう音の高さというのはどこかで調整できるのではないかと思ったものの、特に調整用のボタンみたいなものも無いし、どうしたらいいのか、私は困ってしまった。音がくるったままのピアノで弾いていると、どうにも気持ちが悪い。
 
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そういう悩みはあったものの、私はここで思いっきりピアノが弾けることに結構満足していた。音楽室のグランドピアノには、いつもピアノが弾ける子たちがたむろしていた感じだったが(みんな自宅はたいていアップライトなので、学校でグランドピアノを弾けるのが助かるという話だった)、準備室と音楽室は階段のある所を隔てているので、お互いに向こうの音は聞こえなかった。
 
そんな感じで、私が放課後の「ピアノのひととき」を満喫するようになって半月ほどした頃。、私がいつものようにピアノを弾いていた時、突然音楽準備室のドアが開き、ビクッとする。
 
「あら、1組の唐本さんだったっけ?」
「あ、はい」
 
それは1年2組の担任の深山先生だった。
 
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「ごめんなさい。ここ勝手に入ったらいけませんでした?」
「ああ。全然構わないよ。ピアノも自由に弾いていいよ」
「ありがとうございます。良かった」
 
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