広告:兄が妹で妹が兄で。(3)-KCx-ARIA-車谷-晴子
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■夏の日の想い出・ゆうとぴあの(3)

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けっこうジュースなど飲んでいたらトイレに行きたくなる。
 
「ちょっとトイレ行ってくるね」
とリナに告げて、トイレを探しながら会場の部屋の外に出た。日本人のボーイさんがいたのでトイレの場所を聞き、教えられた方角に行く。男女マークがあったので、男子トイレに入ろうとしたら、そこから出てきた外人さんに止められる。
 
「Wait! This is for mens. Girls, over there」
そんな感じのことを言われたのだと思う。女子トイレの方を指さされる。
 
うーん。まいっか。私、今日は女の子として赤いリボン付けてるし。と思い、
「サンキュー」
とその外人さんに言ってから、私は女子トイレに入った。
 

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女子トイレ名物の待ち行列が出来ていたので最後尾に並ぶ。やれやれと思いながら待っていたら、そこに同級生の美佳が来て私の次に並んだが、私を見て「え?」と声を上げる。
 
「なぜここにいる?」
「向こうに入ろうとしたら、外人さんから女の子はそっちと言われた」
「あはは。それに英語では弁明できないよね」
「私、英語はワン・ツー・スリーくらいしか分からないよ」
「まあ、いいんじゃない? 冬ちゃんって、ここに居ても違和感無いよ」
 
やがて私が先頭になっていた時、個室が2つ同時に空いたので、私と美佳がそれぞれに入る。そして同時に入ったので、出るのも相前後してになった。
 
そのまま手を洗って会場の方に戻るが、美佳から言われる。
 
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「冬ちゃん、女子トイレに居ても恥ずかしそうにとかしてなかったね」
「え? 何か恥ずかしいもん?」
「だって・・・あ、そうか、実はいつも女子トイレ使ってるのかな?」
「え? そんなことはないと思うけど・・・」
「ふふ。まあいいや」
と言って美佳は笑った。
 

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パーティー中盤になって、ゲームをしますというアナウンスがある。ステージに大きな箱が置かれ、そこに司会者さんが手を入れて取った番号の付いているリボンフラワーを付けている人は前に出てきて何か芸をしてください、というのである(英語と日本語の両方で説明があった)。
 
最初に選ばれたのは、若いアメリカ人の男性で、出て行くとアメリカ国歌(『星条旗(The Star Spangled Banner)』)を歌った。大きな拍手があり、記念品をもらう。次に選ばれたのは日本人の初老の男性で、それでは私はこちらでと行って『君が代』を歌う。これも大きな拍手があり記念品をもらう。
 
しかし国歌を交換した後は、普通の歌謡曲などを歌う人、小話をする人、などもあり、中にはボールペンを指の間でくるくる回す芸を見せた人もあった。
 
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「記念品の箱って、白い箱と赤い箱があるみたいね」
「ああ、男の人には白い箱、女の人には赤い箱を渡してるみたい」
 
そのうち「327番」というアナウンスがあるが、誰も反応しない。
 
「327番、おられませんか?」
と再度司会の人が英語と日本語で尋ねた時、美佳が
 
「あ、冬ちゃん、327番だ」
と私の胸の花を見て言う。
 
「あ、ほんとだ」
 
番号を意識していなかったので全然気付かなかった。
 
「冬ちゃん行って何かして記念品もらっておいでよ」
「うん」
 
と答えてステージに上がる。
 
「じゃピアノで『きらきら星』を弾きます。そこのピアノ貸して下さい」
と言った時、係の人が何だか困ったような顔をした。
 
私がピアノの前に座ると、その人が寄ってきて
「ごめん、このピアノ、ここのミの音が出ないのよ。今修理頼んでるんだけど」
と言う。
 
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えー!? そこは中央ドのそばのミである。どうしよう?オクターブ上げて弾く?
 
と思ったがそれでは音が高すぎると思い直し、鍵盤をずらして弾くことを思いついた。
 
『きらきら星』という曲にはシの音が使われていない。だから、このミの音がシに相当するように、ファの音から弾き始めればいいんだと考える。つまり白鍵3個並んでいる所の左端から普通弾き始める所を、白鍵4個並んでいる所の左端から弾き始めればいい。その場合、本来のファに相当する音をシの鍵盤で弾くと音が合わないから、それは半音下げてラとシの間の黒鍵を使えばいい、と私は瞬間的に考えた。
 
つまりハ長調(C-Major)の曲をヘ長調(F-Major)に移調して弾く訳だが、この頃はまだ移調弾きの経験は無かったし(出だしの音を間違えて結果的に移調弾きになったことはあったが)、移調という概念そのものが頭の中に無かった。
 
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和音もドミソの和音(C)の代わりにファラド(F)、ドファラ(F)の和音の代りにシ♭レファ(Bb)、ソシレファの和音(G7)の代わりにドミソシ♭(C7)を使う。
 
私は「このファの鍵盤がドなんだ」と自分に暗示を掛けながら弾いた。頭の中でドドソソララソと考えながら、実際にはファファドドレレドと弾く。右手も左手もそうずらして弾く必要があるから大変だったが、何とか弾ききった!
 
拍手をもらい、赤い箱の記念品をもらってリナたちの所に帰って来た。
 
「おつかれー」と美佳。
「何かあったの?」とリナが訊く。
 
「うん、あのピアノ、ミの音が出なかった」
「えー!?」
「それでミの音を使わないように弾いた」
「すごーい」
 
「ところで記念品は何?」
「何だろ?」
 
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というので箱を開けてみると、リップクリームだった。
 
「おお。塗ってごらんよ」
「うん」
 
と言って、リナから手鏡を借りて塗ってみると、唇に油性の湿度があるのが未体験の不思議な感覚。
 
「あ、これ色付きなんだ」
「可愛いよ、冬」
「うん。何だかこれ好き」
 

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パーティーも終盤になって、リナが
「終わってからは混むだろうしトイレに行っとこうよ」
と言う。
 
近くにいた帆華と美佳を誘うが、すると美佳が「あ、冬も一緒に行こう」と言う。
 
「ん?」
「冬はさっきも女子トイレ使ってたしね」
「へー」
「いや、あれはちょっと」
 
「じゃ、一緒に行こう行こう」
 
ということで、4人で一緒にトイレに行った。やはり列ができているので並ぶ。
 
「男子トイレもいつもこんなに列出来るのかなあ」
「冬、どう?」
「小便器はめったに列できないけど、私は個室だから、しばしば待つことになる」
「へー、立ってしないんだ?」
「そんなことしたことない」
「ふーん」
 
と言って、リナは美佳・帆華と顔を見合わせ頷くようにした。
 
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パーティーの終わりにノア君は一緒に来てくれた友人たちに感謝の意を込めてと言って、男子とは握手し、女子には手の甲にキスすると言った。女子たちも外人さんの感覚だしいいか、という雰囲気。ひとりずつ握手あるいはキスをしては少し言葉を交わしていく。
 
リナの手の甲にキスして、リナが
「ケーキ美味しかった。5つも食べちゃった」
と言うと
「それは良かった。僕もステーキ5枚食べちゃった」
などとノア君は言う。
 
彼のどんな言葉も受けとめて反応を返すのは偉いなと思った。
 
そしてノア君は私の前に来ると、ひざまずいて私の手の甲にキスをした。
 
「冬ちゃん、ステージでピアノうまかったね。僕もピアノ習ってみたいなあ」
「ノア君、物覚え良いから、すぐうまくなるよ」
 
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などといった会話を交わして、ノアは隣の美佳の前に行く。
 
会場を出て、ノア君たちと別れ、私とリナ、それにあと2人の女子と帰る方向が同じだったので、おしゃべりしながら帰る。
 
「ノア君、冬ちゃんには握手じゃなくてキスしたね」
「赤い花を付けていたから、女の子として扱ってくれたのかな?」
「いやいや、そもそもノア君は冬ちゃんを女の子と思い込んでいるのかも」
「あり得る」
「だって、冬ちゃんいつも女の子の集団にいるもんね」
「うむむ・・・」
 

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深山先生とのピアノレッスンは、夏休みの間は自然休止となったが、2学期になって再開される。私が元々エレクトーンを結構弾いていたこともあり、バイエルはどんどん進んでいった。
 
やがてハ長調以外の曲を弾くようになってから、私は悩んでしまう。
 
「どうしたの?冬ちゃん」
「#の付いてない曲を弾く時は良かったんですけど、#がたくさん付いた曲を弾くと、音が変なんです。『猫ふんじゃった』とか悲惨」
「あぁ」
 
「#が付いてない時は、ドレミの間とファソラシの間はそれぞれ音の高さが等しいんですよね。そしてミとファの間、シとドの間は音が狭いです。#が1個付いてる時も、やはりドレミとファソラシは音の高さが同じで、ミファ・シドは狭い。#が3個付いてる時まではいいです。でも#が4個付くとうまく行かないんです。ミの音の所をドと読んで、こうやって上がっていくと」
 
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と言って私は#が四個付いた状態(E-Major:ホ長調)の音階を弾いてみる。
 
「階名でラとシの間、鍵盤で言えばC#とD#の間が他の所より狭くて、シとドの間、鍵盤ではD#とEの間が広すぎるんです」
 
「うん。よく分かったね。この音律は#が4個付くとうまく行かないのよ。♭の方は3つでダメになるよ」
 
と言われたので私は♭3個(Eb-Major:変ホ長調)の音律を弾いてみる。
 
「あ、ほんとだ。ソの音(鍵盤上はB♭)が変」
 
「ね。♭も2個までは大丈夫なんだよ」
「どうしたらいいんでしょう?」
 
「ヴァイオリンなんかだとどんな音律も自由自在だけど、ピアノは音律合わせるのが大作業だからね」
「春に合わせた時は3日がかりでしたね」
 
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「ひとつの手は引ける調でしか弾かない」
「そんなぁ」
「もうひとつの手は平均律にしてしまう」
 
「平均律?」
「冬ちゃん、ラの音から始めて音を合わせて行って、最後がつじつまが合わなくなったでしょ?」
「はい」
「その最後で出来てしまうずれを、各音程を合わせる時にすこしずつ我慢していって、要するにずれを全体に分散させてしまうのね」
「なるほど!」
 
「すると音はドとソの音でも完全には響かないんだけど、その代わり変化記号がどんなにたくさん付いていても、問題無く弾ける。音楽室のグランドピアノは、平均律に合わせてあるんだよ」
「そうだったんですか」
「冬ちゃんちのエレクトーンも平均律になっているはずよ」
 
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「じゃ、先生、平均律に合わせましょう」
「そうしようか」
 
そういう訳で私と深山先生はまたピアノを分解して、音叉でラの音を合わせた後(春に合わせたはずが少しずれていた。ピアノは年に1〜2度調律する必要があるらしい)、各鍵の音を合わせて行った。ちゃんと響き合うようにすると最後が大きくずれるのだから、最初から少しずつずらしていくことになる。しかしずらし方の具合が悪いと最後のずれがうまく収まってくれない。この作業は何度も何度も試行錯誤を繰り返したが、2時間ほどの悪戦苦闘で何とか各音ごとに聞こえる音のうねりが同じくらいになるように調整することができた。
 
「先生、3度は平均律の方がきれいですね」
「うんうん。冬ちゃんが春に作った音律はピタゴラス音律というんだけど、ピタゴラス音律は5度がきれいに鳴る代わりに3度が響かないんだよ」
「そうだったのか」
 
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「逆に3度は響くけど5度が響かないミーントーンという音律もある」
「へー」
「ピタゴラスとミーントーンの間を取って主要な和音で3度も5度も響くようにしたのを純正律と言って、これは19世紀頃はよく使われて、響きがきれいだから現代でもファンが多いんだけどね。移調できないし、主要な和音以外は響かないという重大な欠点があるんだよな」
「ああ」
 
「色々な調で弾こうと思ったらそれぞれの調用の楽器を用意しておかないといけない。ピアノが3台くらい必要」
「それは置き場所に困ります」
「転調する時はピアノからピアノへと走って移動する」
「大変です!」
 
「平均律は響きはピタゴラス音律や純正律に比べてきれいじゃないけど、その代わりどんな調でも弾きこなせる。ピアノみたいな楽器にとってはいちばん使いやすい音律だね」
「なるほど」
 
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そういう訳で、半年間のピタゴラス音律でのピアノレッスンを経て、秋から私たちは普通に平均律で調律されたピアノでレッスンをするようになったのであった。
 

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秋には学校の遠足があった。春の遠足はバスに乗って少し離れた町にある動物園まで行ったのだが、秋の遠足は近くの山の上まで徒歩であった。山の上まで行くということは、ずっと上り坂である!
 
私は女子のクラスメイトたちと一緒に歩いて行ったが、みんな
「疲れたー」
「足が痛い」
などと文句言いながら歩いていた。
 
途中の休憩ポイントまで来た時のことであった。
 
担任の剛田先生が人数の確認をしていて何だか「あれ?」などと言っている。その内、名簿を取り出してチェックし始めた。
 
「ね、ね、君たち、宮国さん(美佳)は見なかった?」
と女子たちに訊く。
 
「あれ?」
「そういえば居ないね」
「美佳、体格いいし元気だから、前の方にいたりしません?」
「あ、そういえば出発して間もない頃、どんどん前の方に進んで行ってたよ」
「冬は最初男子の方にいたけど、遅れてきて私たちと一緒になったけどね」
「そうそう。それが入れ替わりくらいになった感じだった」
「あ、確かに、ぼく美佳ちゃんに抜かれました」
 
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「男子の方で誰か見てないかな」
 
というので先生は前の方にいる男子たちに訊いたりしていたが、どうも誰も知らないような雰囲気。
 
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