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■夏の日の想い出・4年生の春(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-03-18
 
2013年4月。私たちは大学4年生になる。学校の友人たちは就職戦線も本格化し一方卒論を書かなければならない人や、ゼミで日々が大変な人たちもいた。
 
私と政子が学んでいる英文科では卒論を書くことになっており、3年生の内に既にタイトルを提出している。私の卒論は『シェイクスピアにおける異性装』
というもので、十二夜のヴァイオラ、ヴェニスの商人のポーシャ、お気に召すままのロザリンドなどの男装を取り上げたものだが、シェイクスピアの時代は「女優」が存在しないので、この「男装する女性キャラ」は男性俳優によって演じられていたという複雑な事情がある。特にややこしいのはロザリンドで、このキャラは男装中に恋人に遭遇し、自分に気付かない彼氏に「彼女への告白の練習を僕をロザリンドだと思ってやってごらん」と言うのである。
 
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つまり男性俳優が演じる女性キャラが男装した上で女役をするというトリプル性転換が発生しているのである。
 
「女優がいなかったということはだよ」と政子は言った。
「つまり『ロミオとジュリエット』のジュリエット役も男性俳優が演じていたんだよね?」
 
「まあそうだね。『夏の夜の夢』のハーミア、『ハムレット』のオフィーリア、『リア王』のコーデリア、それに歴史劇のクレオパトラとかもね」
「うぅぅぅ。男が『O Romeo, Romeo, wherefore art thou Romeo?』と言うのか」
「まあ、そうだね。でも現代日本のBLとか想像したら、そう辛くないんじゃない?」
「そうだなあ。美形なら良いが」
 
一方政子の卒論は『シェイクスピアにおける詩的台詞』というタイトルを提出していた。政子によれば、シェイクスピアの戯曲の台詞の中には詩としての性質の強いものが多くあるという。
 
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「ハムレットの『To be or not to be』とか文章として見たら訳分からんけど詩的表現としてはありだと思うんだよね。ロザリンドの『Come, woo me, woo me, for now I am in a holiday humour and like enough to consent』とかもこれは恋人のことを思って歌った詩だよなあ。その恋人が実は目の前にいるんだけど」
 
「男装というのを隠れ蓑にして、自分の心情をストレートに出してるよね」
「高校時代の冬が女の子の服を着た方が本質が出ていたのとちょっと似てるかも」
「うーん」
 

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2013年の1月に美智子が「4月から社員を増やすよ」と言った時、私は「社員増やすほど仕事あったっけ?」と思わず訊いてしまった。それが美智子は「学校を作る」
と言うので「えー!?」と驚きの声を挙げた。
 
美智子がこの事務所を作って以来、美智子自身が全国を度々巡回して声を掛けて音源製作に勧誘しているアーティストが多数おり、中にはインディーズの雀レコードからCDを出すところまで到達したアーティストも10組ほどいる。クォーツも元々そういう「勧誘された」バンドのひとつであった。
 
それで要するに、そのように音源制作のお手伝いをしている人たちを組織化しようという趣旨であった。この「学校」は入学金とか月謝とかも取らないが、音楽理論などを学びたい人のために講座を作り、その講座を受講する場合はその授業料を取るという趣旨である。
 
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そこで、その「学校(仮称:UTPミュージシャンアカデミー)」関係の事務処理、講座管理、講師管理、などの業務をしてもらうため、昨年倒産した都内の音楽学校で主任講師をしていた、諸伏夢花さんを迎え入れたのである。彼女は音楽大学の声楽科を出た後、スタジオミュージシャンとしてギターやピアノを弾いたり、バックコーラスで歌ったりなどをしていた経験が長く、前の音楽学校でも歌唱・ボイトレにピアノとギターも教えていた。
 
「うちの最年長社員になる?」
「花枝いくつだっけ?」と美智子が訊くと
「これだけど」と言って夢花だけに数字を見せる。
「あ、私はこれです。じゃよろしくお願いします、お姉様」と夢花。
「うん、よろしく、妹よ」と花枝。
 
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などとふたりでやりとりしていたが、人当たりが良いので、花枝とも若い悠子ともすぐに仲良くなった。
 
もうひとり雇い入れたのが甲斐窓香さんで、実は△△社の甲斐涼香さんの妹である。専門学校を出た後、電機量販店に勤めていたが、その会社が大手量販店に吸収され、店舗が整理されてそのあおりで解雇されてしまったため、新たな仕事先を探していた。ところがなかなか見つからない。
 
「ほんとに仕事見つからなかったら、姉ちゃんとこでバイトさせてもらえないかな」
などと言ったので津田社長に相談したら
「姉妹で同じ所にいると甘えが出るから、他の会社に行くか?」
ということでUTPを紹介されたのである。
 
そういう訳で4月1日から2人が加わってUTPの社員は5人になった。
 
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年が近い社員が入って悠子は嬉しそうだった。
 
また現在抱えているインディーズアーティストの中に、バレンシアというガールズバンドが居て、良い作品が出来たらメジャーデビューの可能性有り、という話になってきていたので、窓香については、そちらのマネージメント絡みというのもあった。現在ローズクォーツは美智子自身が、スターキッズは花枝が主としてマネージメントをしている。
 
そういうアーティストごとのマネージング分担を言った上で担当は担当として全員で助け合って作業するので、他のアーティストに関する作業も自分の仕事と思ってやって欲しいという方針が説明されたが、窓香は
「あれ?ローズ+リリーの担当は?」
と訊いた。
 
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「ああ、ローズ+リリーの担当は不要」と花枝が言う。
「へ?」
「そもそもローズ+リリーはマリちゃん・ケイちゃんの個人的な活動という建前になってるし、ライブハウスとかの演奏もしないし。昨年もライブは4回やっただけだから、余裕で他の人でカバーできたね」と花枝。
 
「あとマリさんはスケジュール管理困難です」と悠子が言う。
「だってスケジュール表書いて、お渡ししても、全然守ってくれないんです」
「ごめーん。私そういうのもらってもすぐ無くす」
「マリは感覚人間だから、気の向くままに行動してるだけだから」
と私が笑って言う。
「マリに時間を守らせるにはそばに付いてて『ほら出るよ』とか言わないといけない」
 
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「まあ、それがケイの役目だよね」と政子。
「そういうこと。私はマリの専属マネージャー兼運転手」
と言うと、窓香が納得したような顔をする。
「それと御飯を作る係ね」
「うんうん」
 
「でも、ケイさんの方も忙しすぎるみたいで、とても私にはスケジュール管理不能です。ケイさんの手帳の予定表っていつ見ても真っ黒!」と悠子。
「それにかなり頻繁にそれを更新してますよね」
 
「私は大丈夫だよ。きちんと自分でプログラム使ってスケジュール管理してるから。スケジュール表は毎週1回プリントしてその後は日々更新を色の付いたボールペンで書き込む」
 
と言うが、実は私のスケジュールは、私自身と、町添さん、津田さん、畠山さんの4人でスケジュール表をネット上で共有した状態で管理している。ローズ+リリー、ローズクォーツ、マリ&ケイ、鈴蘭杏梨、水沢歌月、KARIONの蘭子といった名義での活動がお互いに複雑に絡むので、人間業では管理できない。衝突する日程については、最初津田さんが書き、その後町添さんがエンジン部分を微調整したプログラムで(場所の移動などが楽になるように)自動調整される。
 
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「私の予定帳は真っ白。ついでに携帯のアドレス帳も真っ白」と政子。
 
マリはまた先日もiPhoneを壊して新しいのに交換し、現在登録しているのは、両親の携帯と私の携帯の番号のみである。彼氏のは?と訊いたら、その内電話が掛かってくるだろうから、その時登録するなどと言っていた。
 
「でもiPhoneよく壊れるね」と政子。
 
政子は大学に入って間もなくiPhoneを買ったのだが、3年間に5回壊し、今回のがもう6代目である。ショップで展示機を壊したことや友人のを壊したこともある。
 
「アメリカでiPhoneとGalaxyを破壊する実験やってたけど、iPhoneの方が先に壊れてたから、多少iPhoneの方が脆いのかも」と夢花が言うが
「iPhoneじゃなくても以前使ってたフィーチャホンも年に1度は壊してたね」
と私が言うと
「何やったらそんなに壊すの?」
と呆れられる。
 
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「あ、そうそう。ふたりに言っておかなくちゃ。マリちゃん、そういう訳でよく電化製品壊すから、会社のパソコンやプリンタを絶対マリちゃんには触らせないで下さい。携帯電話などもダメです。マリちゃんがちょっと触っただけで壊れたことあります。マリちゃんにメールとか見せる時は必ずプリントして紙で渡して」
と花枝が言う。
 
「放電型?」と窓香が訊く。
「強烈な放出タイプですね。私が強い吸収型なので、私とマリは最高のコンビなんですよ。私がそばに居る時はマリも物を壊す確率が低くなります」
 

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3月下旬に発売された音楽雑誌に「ローズ・クォーツ・グランド・オーケストラ団員募集」なる広告が出ていた。UTPのサイト,ローズクォーツやローズ+リリーの公式ページにもバナーが張られていた。募集するのはヴァイオリン又はヴィオラ8名、トランペットとトロンボーン各4名の合計16名ということにしていた。
 
これは「Rose Quarts Plays」シリーズの次作『Rose Quarts Plays Easy Listening』
用の臨時編成オーケストラのメンバーを募集するものであった。イージーリスニングを演奏するのに、トランペットやヴァイオリンの音を全部シンセで代用してもいいのだが、せっかくだから生の音でやろうということになった。そこでパートを割り当ててみたものの不足するヴァイオリンと金管の演奏者を募集したのである。条件は4月1日現在15〜29歳の演奏者で4月から9月までの指定の土日祝日に日本国内で稼働できることと、プロアマ不問だが特定の芸能事務所や楽団などと専属契約の無い者ということにした。
 
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年齢制限を設けたのは、年齢が高い人が多いと20代のケイやタカから指示が出しにくいためであるが「私は戸籍上は30代ですが心は20代です」などと言った人と「年齢制限は指示のしやすさのためと思いますが」と意図を理解した上で「私は年下の指揮者の指示にも素直に従いますから」と言ってきた40代の人も受け入れた。
 
演奏したカセットテープ又はMP3を送ってもらって事前選考した上で、4月6日に東京でオーディションを行った。オーディションはタカ、サト、宝珠さん・鷹野さん・香月さん、私、そして今回のオーケストラの指揮をお願いすることにした渡部賢一さんが選考者となった。
 
渡部さんは以前私がリハーサル歌手をしていた『歌う摩天楼』というテレビ番組で演奏していた番組内オーケストラの指揮をしていた人で、今回誰かお願いできそうな指揮者がいないかと考えた時ふと思い出したので「柊洋子と申しますが」
と言って連絡を取ったら、私のことを覚えていてくださった。そして趣旨を説明すると、指揮はOKだし楽団員の選考をするなら、僕も参加させてというので、来て頂いたものである。
 
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また募集の際も選考者を「ケイ・タカ・鷹野繁樹・渡部賢一ほか」と書いていたことから『歌う摩天楼』のオケメンバーが4人も応募してきた。また、鷹野さんが学生時代に所属していたオケの仲間も2人来ていた。
 
私は、クラシック系の演奏者にはポップスがだいたい低く見られがちだということと期間限定のオーケストラということで、あまり応募は無いのではと心配していたのだが、そんな訳で書類を送ってきた人が全部で100人ほど。オーディション参加者約50名という大盛況であった。
 

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ほとんどの応募者がセミプロなので、急な用事や仕事競合での欠席のことも考え、Vn10 Tp5 Tb5 の合計20名を採用した。例の「心は20代」の30代の人(加治さん)、「素直」な40代の人(清水さん)も合格したし、『歌う摩天楼』
の人4人(塚内・柴野・梅津・桑村)、鷹野さんの元仲間2人(長田・杉江)も合格した。この8人はむしろ合格させたという感じである。『歌う摩天楼』の元オケメンバー4人には「柊洋子がケイだったことに今気付いた」と言われた。
 
「男の子だったなんて全く思いも寄らなかった」と塚内さん
「あはは、最近女に埋没してるんで、そういう台詞は久しぶりに聞きました」
「でも当時から歌唱力凄かったもんなあ」と柴野さん。
「本番で歌う歌手を完全に食ってたもん」と梅津さん。
「お褒めの言葉ありがとうございます」
「でも当時は少し苦手っぽかった高音が凄くよく出るようになったね」と桑村さん。
「はい、頑張って練習しました」
 
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なお、このオーケストラのコンサートマスター(第1ヴァイオリン)は、鷹野さんを予定していたが、上手な人ばかりで、自分がコンマスではみんなが従ってくれないから最年長の清水さんお願いしますと言い、清水さんは自分は先頭に立つタイプじゃないからと譲り合い、ふたりで話して唐突に桑村さんを指名した。桑村さんはびっくりしていたが、指揮者の渡部さんとも親しいのでみんなとの架け橋になれればということで引き受けてくれた。
 
「ところでケイ、そのテレビの仕事には私服で行ってたの?」と政子。
「えっと、制服だけど。私や和泉は出演者じゃなくてスタッフだから、きちんとした服着ないといけなかったから」
「あの番組、確か10月か11月頃に打ち切りになったよね。何か凄く唐突な時期に終わったなと思ったの覚えてる。ってことはさ。ケイ、もしかして10月頃は冬服で行ってる?」
「そうだね。夏服じゃ寒いよね」
「つーことは、高校の女子制服の冬服も持ってたのね?」
「えっと。その件はまた後でね」
 
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