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■夏の日の想い出・失恋の想い出(3)
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月曜日、昼休みにSが「ちょっと渡したいものがあるから放課後、校舎裏手の柳の木のところに来てくれない?」と言った。「いいよ」
ボクは放課後になるとその木のところに行った。ほどなくSがやってきた。
「唐本君、私直接言おうかと思ってたんだけど、勇気が無くって。それで手紙に書いてきたの」と言ってSは可愛い封筒に入れられた手紙を渡す。ボクはそれを受け取って便箋3枚に綴られた彼女の熱い思いを読んだ。心がキュンとなる。
「ボクも意気地無しだから、うまく口では言えなくて。それでこれ」
と言って、レモンイエローの洋封筒に入れた手紙を渡した。彼女がそれを受け取る。開けて便箋を広げる。そこには「好き。付き合って欲しい」という短文が書かれていた。
「唐本君・・・・」
「Sさん・・・・」
僕たちはしばし見つめ合い、やがて手を取り合い、そして笑顔になった。ここはキスしちゃう場面かなという気もしたけど、当時のボクはまだうぶで、彼女にキスをすることはできなかった。
校庭の脇にカマボコ型の体育用具室があり、ボクたちはその用具室の屋根の上に一緒に座って、いろいろな話をした。告白をして恋人になったからといって、特段これまでと違う話をするわけではない。今までと同じような話なのだけど、ふたりの関係がこれまでの友だちから恋人に変化したことで、会話も何か熱いものになったような気がした。
ちょうどそこにロードワークから帰ってきた貞子が通りかかる。ボクたちが並んで座っているのを見て笑顔で手を振った。ボクは手を振り返した。
こうしてボクはSと恋人になった。
ボクたちは別にこそこそと付き合ったりはしていなかったから、昼休みも放課後もよく教室で話していた。ボクたちが話していると、クラスの他の女の子が寄ってくることもあったが、気にせずその子たちも入れておしゃべりをしていた。他の子が会話に加わることをSも気にしていない感じだった。
デートもよくした。土日に一緒に市の図書館に行ったり、町に出て一緒に参考書や問題集を見たり、公園でジュースなど買ってベンチに座って話したりもした。お小遣いに余裕がある時はドーナツ屋さんに入って話すこともあった。お母さんにお金をもらって1度は一緒に映画を見に行ったりもした。
映画に行った後は(その分のお金ももらっていたので)ハンバーガー屋さんに行った。中学生のお小遣いではなかなか入れないところである。
「何頼む?お母ちゃんからお金もらってるし、おごってあげるよ」
「じゃ、ベーコンレタスバーガーのMセット」
「じゃ、ボクはえびフィレオのSセットにしよう」
「S?Lにしないの?」
「ボク少食だから」
「へー」
彼女に先にテーブルを確保しておいてもらい、品物が出て来たところでそれを持って彼女の所に行く。食べながら映画の感想などを話していたが、ボクはえびフィレオを半分まで食べた所でギブアップした。
「だめー。食べきれない。残して持ち帰ろう」と言う。
「うっそー。信じられない。男の子なんてバーガー2〜3個食べちゃうかと思ってたのに。こないだ会ったうちの従兄なんてビッグマック2個食べて、まだ入るかもなんて言ってた」
「それはまた凄いね」
「陸上部してた頃もそんな感じだった?」
「ボク当時体重が40kgしかなかったから、せめてあと5kg増やせって言われて。頑張って食べてたけど、体重全然増えなかった。当時は晩御飯3杯も食べてたよ」
「3杯って普通じゃん」
「そう?」
「男の子って5〜6杯食べない?」
「えー!?そんなに食べるもの?」
「男の子の友だちとかの食べるの見たことない?」
「うーん。ボク男の子の友だちいないから。あ、でも陸上部辞めた後は一時期体重が52kgまで行っちゃった。今は48kg前後で安定しているけどね」
「48kgって、女の子並みの体重だね。というかあたしより軽いし」
「でも52kgあった時は身体が重くて重くて辛かったんだよね。あ、ポテト、よかったら食べない?全然手付けてないから」
「うん。じゃ、もらっちゃおう。でも唐本君、食糧危機になっても生き残れるね」
「あ、そうかも」
やがて1学期が終わり学校は夏休みに入ったが、ボクたちは週に1回くらい、どこかで落ち合って散歩をしたり、公園の芝生の上などに座ったりしておしゃべりを楽しんでいた。
「でも唐本君って凄く優しいよね」
「そうかな?」
「なんか柔らかーく包み込まれるような感じなの」
「まあボク、ワイルドじゃないから」
「唐本君いつも『僕』と言うよね。『俺』とか言わないの?」
「うーん。それは使ったことない」
「ほら、言ってみてよ。『俺』って」
「・・・・ごめん。それ言えない」
「面白いなあ。私が知ってる男の子って、みんな普段『僕』とか言ってても、女の子の前では格好付けるみたいに『俺』って言ってたから」
「ボク、あまり男らしくないから」
「スポーツやってたのにあまり腕力もないよね。ほらまたやってみよう」
と言って彼女はベンチの上に肘を置いて腕相撲の体勢を取る。ボクは微笑んで彼女と腕を合わせ、せーので力を入れる。あっという間に負けてしまう。
「わーい。また私の勝ち。ね、ね、手加減してないよね」
「全力だよー」
「でも、私、男の子とちゃんとした交際まで行ったのも初めてだけど、こんなに優しくされたのも初めて。だから私唐本君のこと好き」
「ボクも交際は初めてだけど、Sさんのこと好き」
そしてボクたちは見つめ合い、微笑み合っていた。いつか・・・・キスなんてする勇気が出るかな。。。。
でもこの時期、本当にボクは悩んでいた。絵里花には割り切ったみたいなことを言ったものの、やはりSと一緒にいる時は自分のできる範囲で男の子っぽい自分を出していた。「男らしくないから」なんて自分でSに言いつつも普段の自分よりかなり男っぽい行動をしていた気がする。でもボク自身の心情としては、やはりできるだけ女の子っぽい自分でありたかった。更には女の子っぽくありたい自分が本当に女の子と恋人でありつづけることが許されるのだろうかというのも、日々自分の心を苛む課題だった。
でもこの時期、そういう問題を置いておいてもボクは日々が楽しかったし、彼女といる時間はとても幸せだった。彼女にはたくさん「好き」と言ったし、彼女もボクに「好き」と言ってくれた。
何かおかしいという気がしたのは2学期に入って9月の中旬頃だった。1学期はいつもSと一緒に帰っていたのに、その一週間一度も一緒に帰ることができなかった。なぜかタイミングが合わないのである。しかしそう気にすることでも無いんだろうと思い、ボクは彼女のことを思いながらひとりで帰り道を辿っていた。16日から18日までの連休にも何とか会ってデートしたかったのだが、なぜかどうしても連絡が取れなかった。
なかなか会えないお詫びの意味もこめてだろうか。22日の日には彼女から手紙をもらった。物凄く熱烈な思いが書き綴られていて、ボクはもう次会ったら彼女にキスしてしまおうと決意した。しかしその直後の23〜24日の土日にも彼女と会うことはできなかった。
やっと会えたのが週明け、25日の月曜日だった。「話があるの」と言われてボクは校舎の裏手の柳の木の所に行った。ボクはこの時、完全に彼女にキスするつもりでいた。
「何だかここのところ、うまく会えなかったね。忙しかった?」
「唐本君、こんなこと聞いたら驚くだろうな・・・・」
「ん?どうしたの?」
「私ね。。。。他の男の子とHしちゃった」
「え?」
ボクは頭の中が真っ白になった。
「彼、2学期に入ってから私にラブレターくれて。。。。その後猛烈なアタックされて。。。。それで会って話してたら、凄く口説かれて。。。」
「・・・・」
「こないだの連休にも会ったんだけど、そこでまた熱烈な告白されて、なんかそういう雰囲気になっちゃってキスしちゃって。。。。。そして昨日とうとうHしちゃったの」
彼女を非難したり、あるいは彼女にすがったりするような気持ちは、なぜか起きなかった。ボクは彼女と何となく一緒に歩き、近くの公園のペンチに座って、何だかとてもふつうにおしゃべりをしていた。
重大なことが起きている気がするのに、なぜ自分はこんなにふつうの話ばかりしてるんだ?と思うくらい、ボクと彼女はごくふつうの話をしていた。好きなおやつの話をしたり、あるいはジャニーズの有望株の子の話をしたり。ごく普通に話してごく普通に笑ったりした。3〜4歳の女の子を連れた若い夫婦が、ボクたちの前で子供を遊ばせていた。その無邪気な様子にボクは微笑んでいた。
やがて18時のチャイムが鳴る。もう日も落ちてそろそろあたりは暗くなり始めていた。タイムリミットが来たのをボクは感じた。
「大通りまで送って行くよ」
「うん」
ボクたちは手をつないでその道を歩いていった。その時ボクは彼女と手をつなぐのはこれが最後なんだというのを初めて認識した。彼女の顔がとても愛おしかった。キスしたい。でもボクにはそれはもう許されていないことも認識していた。やがて通りに出る。バス停まで行く。彼女はここからバスに乗って帰る。ボクは彼女の乗るバスが来るまでバス停で話をしていた。そしてバスが来る。彼女が乗り込もうとするけどボクは「もう少し待って」と言った。彼女はもうステップに足を掛けている。そこで動作を停めてしまったので、運転手さんが「お客さん、乗るんですか?乗らないんですか?」と訊く。
ボクと彼女は見つめ合っていた。運転手さんが「お客さん、早く決めて下さい」
と言っている。それでもボクたちは手をつないだまま見つめ合っていた。
そして彼女は小さく「ごめんね」と言って手を離した。
彼女はステップを上がり、バスのドアは閉まった。そしてバスは発車して行った。ボクはそのバスをいつまでも見送っていた。バスが見えなくなってしまってからもずっと見送っていた。
ボクは歩いて家に帰ったけど、自分のてのひらから掴んでいたはずの大きなものが抜け落ちて行ったような感覚に襲われた。
その後、1ヶ月くらいのことは何も覚えていない。ほとんど記憶が飛んでいる。誕生日を家族に祝ってもらったのも、まるで夢の中のようだ。学校の先生からも貞子や美枝からも「どうしたの?」とか「大丈夫?」と訊かれたけど、ボクは何も答えることができなかった。
勉強も何もしていない。宿題も全くやっていかないので先生から「何か悩み事でもあるのか?」と訊かれた。でもボクは何も答えられなかった。元々ボクはオナニーってあまりすることがない。でもその1ヶ月は全くしなかった。おしっこする時以外はアレに触りもしなかった。
ただ、心の中にぽっかりと大きな穴が空いてしまった感じだった。それは何をしても埋めることのできないものだった。教室の中でSと顔を合わせることはあるけど、何も話さない。
自分の気持ちを整理する意味も兼ねて彼女に手紙を書こうかとも思った。一応書いてはみた。でもそれを投函する気持ちにはなれなかった。
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