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■夏の日の想い出・失恋の想い出(2)
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目次 8
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「中学生の恋でそこまで考える必要もないんだろうけどさ。この恋がもしうまく行っちゃったとして、ずっと続いていって結婚しようなんてことになった時に、ボク男として彼女と結婚する自信が無い」
「女の子同士で結婚しちゃってもいいんじゃない?」
「えー?そんなのもあり?」
「世の中にレスビアンというものがあること知らない?」
「レスビアンでも結婚するの?」
「結婚式する人いるよ。国によっては法的にも夫婦になれる国もある」
「そうだったんだ!」
「でも自覚もしてるみたいだけど、中学生の恋でそんな先まで考える必要無いじゃん。先のことはなりゆきに任せればいいよ。今冬子がその子のこと好きなんだったら素直に好きと言えばいいし、無理に男の子っぽく振る舞う必要もないんじゃない?きっと相手の子も今の冬子の性格があって冬子のこと好きになったんだと思うよ。あるがままの本音の冬子で付き合えばいいじゃん」
「そうだね・・・・あれ。。。ボク根本的に何を悩んでたのかな?」
「悩んでたというより少し混乱してただけかもね」
「そうだね」
「今日みたいな可愛い格好で彼女とデートする?」
「えーっと。それはちょっとやめとく。だいたいボクこういう格好で外を歩く勇気無い」
「えー?だって女の子サンタの衣装で配達とかしたじゃん。一昨年も去年も」
「うーん。サンタは特別」
「ふつうの女の子の服も変わらないと思うけどなあ。そうだ。私の中学の時の制服まだ取ってあるのよ。ちょっとそれも着てみない?」
「あ、うん」
ボクはマリンルックの上下を脱ぐと、女子制服を身につけてみた。
鏡に映してみると、普通の女子中学生がそこにいた。
「冬の制服姿は久しぶりに見たけど、やっぱり全然違和感無いね」
「うん。自分でも何か素敵な気分」
「制服、他の子に借りたりして着たりしてないの?」
「1年生の春に、教室でなんか試着会みたいになっちゃったことあって、男子みんな女子制服を交替で着てたのよね。あ、ボクも着てみたいと思ったんだけど、ボクにはお声が掛からなくて」
「それは・・・たぶん、冬子が男子の頭数に入ってないからよ」
と絵里花は笑っている。
「あ、そうかも」
「その制服あげようか?私はもう着ないし」
「でも家の中での置き場所に困る」
「堂々と着て、学校にもそれで行くとか」
「そこまでの勇気が無いのよね」
「じゃ、その気になった時のために、まだしばらく取っておくよ」
「ありがとう」
その後、ボクはまたさきほどのマリンルックの服に着替えて、コーヒーを飲みながらおしゃべりをしていた。すると絵里花のお母さんが帰ってきた。
「お邪魔してます」
「あ、いらっしゃーい、冬子ちゃん。あら?その服は」
「うん。私が去年着てた服。冬子は私の着せ替え人形なの」
「あらら」
「だって冬子って制服着てる時以外は地味なポロシャツにジーンズとかばかりで。もっと可愛いの着なきゃっていって着せてるの」
「冬子ちゃん、そんなに可愛いのにね」
「自分が可愛い女の子だという自覚に欠けてるのよね」
お母さんがお店から昨日の残り物のパウンドケーキを持ってきてくれていたので、またお茶を入れてそれを頂きながら、3人でおしゃべりを続けた。16時頃「御飯作らないといけないのでそろそろ帰ります」と言い、着替えに行こうとしたら「あ、今日はそれ貸してあげるから、そのまま帰りなよ」と絵里花が言う。お母さんの手前、変な言い訳ができないのでボクはちょっと困ったが、まいっかと思い「じゃ、借りていきますね」と言って、元々着て来た服の入った紙袋を持ち、家を出た。
さて、家に帰らなきゃとは思うものの、この格好で帰ったら母がパニックになりそうだ。姉は喜びそうな気もするが。となると途中で着換える必要があるが、ここから自宅まではずっと住宅街。あまり着換えられそうな場所は無い。
「仕方ない」
ボクはいったん町に出ることにした。そもそも参考書を買いに行ったんだった。そろそろ日も傾いてくるけど、まいっかな。バスに乗って商店街のある地区に行く。まずは本来の目的であった本屋さんに入り、参考書を選んだ。それを買っていこうと思い、レジの方へ行きかけた時、ふと平積みになっている本に目を留めた。「神秘のタロットカード」などと書いてある。
ボクは高校生の頃以降は占いに対する興味が薄らいでいくのだけど、この頃はまだけっこう占いに関心があった。タロットカード付きで値段は1200円である。お小遣いの残高はけっこうある。買っちゃえと思い、それも一緒に持ってレジに行った。
本屋さんの後、着換えるのにドーナツ屋さんのトイレを使わせてもらおうと思い近くのそのお店に入った。オールドファッションを1個とコーヒーを頼み、受け取ってテーブルの方に行く。何となく今買ったタロットカードの本を開けて眺めていた。ドーナツのほうを一口も食べないうちにコーヒーが無くなってしまった。お代わり自由なのでもらってこようと思い、席を立ったところで、ちょうど後ろから来た女の子と衝突してしまった。
「きゃ」「あ、ごめん」
女の子は持っていたトレイを落としてしまう。載せていたドーナツも床に落ちてしまった。
「ごめーん。買い直してあげる」
ボクは落ちたドーナツがストロベリーリングとポンデダブルショコラと見て取りそれをカウンターで注文して持ってきた。
「代わりの買ってきたよ」と言って渡した時、彼女がSであることに気付いた。ぎゃっとボクは心の中で叫ぶ。
「ありがとう。ここ座って良い?」と訊く。
「うん」
落ちたドーナツは彼女が片付けてくれていた。ボクはドキドキしながら席についた。
「何かどこかで会ったことがあるような気がするけど思い出せない」
などと彼女は言う。あれ?もしかして・・・・
「わあ、タロットカード?占いするんですか?」
「あ、えっと少しね」
タロットは姉がしているのを時々見ているので、少しはやり方が分かる。
「ね、もし良かったら私を占ってくれません?」と彼女は笑顔で言う。可愛い!でもその時、同時に彼女はボクを認識していないことも確信した。
「いいよ」とボクは答えた。
彼女とは学校でしか会ってないからSは学生服のボクしか見てない。声も学校では男の子の声でしゃべっている。でも今ボクは女の子の服を着ていて、声も中性的な、女の子の声にも聞こえる声で話している。顔は同じなんだけど、これでは確かに同一人物とは認識できないかも知れない。
「私好きな人がいて、よく彼と話すんだけど、彼、私のことどう思ってるのかなとか、彼私の思いに気付いているのかなとか、この恋の行方どうなるのかなとか」
ボクはトレイを脇のほうにやり、テーブルを念のため紙ナプキンで拭いてから、タロットカードをシャッフルし、集めて揃えてカットして、3枚横に並べた。左から「聖杯の王子」「隠者」「恋人」のカードが出た。
「今は純愛というか、半ば友情半ば恋という感じですね。彼はあなたの思いにたぶん最近気付いたところ。あなたのこと好きだけど、ピュアな感情で、今の段階ではすぐにあなたにアクションを起こさないかも知れない」
「ああ、そうかも。彼ってあまり積極的に何かするタイプじゃないのよね。わりと受け身な性格なんです」
「現状はあなたの思いに気付いて彼なりに少し悩んでる段階っぽい。でも未来のところに恋人のカードが出てるから、あまり遠くない時期に恋人になれるよ」
「ほんと?嬉しい。これって彼の告白を待つべき?それともこちらからアタックしちゃった方がいい?」
ボクはカードをシャッフルしなおし、まとめたパイルから2枚引いた。
愚者と棒の4(成功)が出る。
「待ってると彼いつまでも何も言わないかも。こちらから言っちゃえば彼は戸惑いながらもあなたの愛を受け入れます」
「わあ、やはりそうか。そんな気がしたのよね。でも告白する勇気無いなあ」
「手紙とか書くのも手かもね」
「あ、そうか!手紙なら書ける気がする」
そのあと彼女はタロットカードを見たがっていたので、まとめて78枚渡して存分に見てもらった。ボクはコーヒーをお代わりしてきて、飲みながらドーナツを食べながら、彼女と世間話をした。なぜか嵐の話題で盛り上がった。
「あ、じゃSちゃんは二宮君のファンなんだ」
「へー、恵子ちゃんは櫻井君がいいんだ」
そうそう。ボクはさすがに冬彦と名乗る訳にもいかないので恵子と名乗った。瞬間的な思いつきの名前である。ボクたちはそのままそこで30分くらい話してから、一緒にお店を出て、商店街の端で別れた。
彼女がバス停の方に行ったのを見てボクは商店街に戻ってスーパーに入り、トイレに行った。一瞬だけ迷ったものの女子トイレのほうに入り、個室に飛び込んだ。
手早く着換える。とにかくスカートさえ替えておけば何とかなる。絵里花から借りたマーメイドスカートを脱いで、元々穿いていたジーンズを穿く。上も替えたかったが、元の服に戻っちゃって女子トイレをパスする勇気が無かったので、上はマリンルックのプルオーバーのまま個室を出る。そのまま外に出てそのスーパーで晩御飯の材料を買ってから、バスで自宅方面に帰還した。
帰宅すると「あれ?その服は?」と母から訊かれた。
「うん。友だちと偶然会って、おうちにお邪魔して話してた時に、うっかり、自分のシャツを汚しちゃったら、貸してくれたんだ」
「あ、えっと・・・女の子の友だち?」
「ボク、男の子の友だちいないよ。ちょっと着換えてくる」
そんなことを言ってボクは自分の部屋に戻ると、プルオーバーを脱いで、タンスの中から出した、ゆったりめのトレーナーを着る。下着は取り敢えずそのままである。元々着ていたポロシャツは洗濯機に放り込んだ。
「遅くなってごめんね。晩御飯作るね」
と言って、ボクは晩御飯の酢豚を作り始める。材料を切って適宜中華鍋で炒めてはいったん取り出す。豚肉も角切りにして片栗粉を付けて揚げ、油を別の鍋に移してから、他の材料も入れて一気に炒める。素材がきれいに絡み合ったところで火を止めた。御飯を盛る。取り皿とお箸を並べてから、食卓の中央に置いた鍋敷きの上に中華鍋を置いた。
「お姉ちゃーん、御飯だよ」と姉を呼ぶ。帰宅の遅い父のために少し取り分けてラップを掛けた。パソコンで何か見ていた母がふたを閉じて食卓の方に来た。姉も部屋から出て来た。
「頂きまーす」
「うーん。美味しい。酢豚もやっぱり冬彦がいちばんうまいね」と母。「というか、ほぼ全ての料理で冬彦がいちばんうまいよね」と姉。
「カレーみたいに誰が作っても同じになりそうな料理でもやっぱり冬彦の作ったカレーは美味しいのよね」と母。
「タマネギをしっかり炒めてるもんね。あと材料投入のタイミングでも味の違いが出てくるみたい。でも私上手にタマネギ炒められないもんなあ」と姉。「冬彦がお嫁に行っちゃったら、御飯が不安だわ」と母。
「私とどちらが先にお嫁に行くかなあ」と姉。
「えーっと、ボクがお嫁に行くというのはもう確定?」とボク。
「うん」と母と姉。
「いいお嫁さんになるよね」
「相手は男の人でも女の人でもいいよね」
「あ、冬彦の友だちって女の子ばかりだし、女の子のお嫁さんになるかもね」
「ああ、最近ほんといろんなパターンあるし、それもいいんじゃない?」
「うーん。。。まあ、女の子のお嫁さんならいいかなあ・・・」
とボクは頭を掻きながら答えた。
御飯が終わって、台所の片付けをしてお風呂に入る。着替えを持ってから、お風呂に行き、トレーナーとジーンズを脱いだ。
ずっと付けっぱなしのキャミソールと女の子パンティが顕わになる。洗面台の鏡に映してみる。ちょっとドキドキ。キャミソールを脱ぐとブラが見える。更にドキドキ。ふっとため息を付いて、ブラジャーの後ろのホックを外し肩紐も外し、それからパンティーを脱ぐ。そこからポロリと出て来たものを見て、別の意味のため息を付く。
明日にも絵里花の所に持って行き返して洗濯もお願いしないといけないので、畳んで着替えの所に一緒に置いた。浴室に入り、身体を洗って湯船につかり、今日の夕方のできごとをまた思い起こしていた。Sの気持ちは分かった。あの占いは、ボクは自分の感情は交えずにカードに出ただけの内容をそのまま伝えたつもりだ。でも、ボクがしたアドバイスに沿って彼女が行動すれば、ボクは彼女の意志表示に対して何らかの回答を出す必要がある。もう自分としても、何と答えるべきかは、心が定まっていた。
でも、どういうふうに言おうか・・・・そんなことを考えていた時、脱衣場のドアが開いた。あ、しまった。ブラを見えるような場所に置いておいた。やばい。
と思ったものの、ドアはすぐに閉められた。うーん。母だろうか、姉だろうか。まあ、なるようになれだ。
Sにする返事について色々考えてるうちにけっこう時間も経っている気がしたのであがることにする。お風呂からあがりバスタオルで身体を拭き、パジャマを着る。自分の部屋に戻って、今日買ってきた参考書を読み始めた。
23時半頃。トントンと小さなノックの音があった。襖を開けると姉だった。
「ちょっといい?」
「うん」と言って姉を入れる。やはりさっきお風呂場のドアを開けたのは姉だったなと思った。ボクたちは部屋の中央に向かい合って座った。
「訊きたいことがあるから正直に答えなさい」と姉は厳しい顔をしている。
「さっき冬彦がお風呂に入っているのに気付かなくてドアを開けちゃったんだけど、着替えの所にブラジャーがあった」
「うん」
「あれは誰のブラ? 見たことないブラだけど、新品には見えない。冬彦、女の子の友だち多いよね。今日も女の子の友だちと会ってきたんでしょ。あれはその子の所から盗んできたもの?」
「違うよ。あれはボクのブラだよ」
「ほんとに? 冬はこれまでノーブランドのブラばかり着けてたじゃん。でもあれはワコールだった。それでタグがかすれていて、かなり着込んでいる感じだった」
「あのブラは今日会った子のうちにずっと置かせてもらってるの。洗濯も彼女がしてくれてるの」
「なるほど・・・・やはり冬って日常的に女の子の服、着てるんだ?」
「そんなに日常的に着ている訳じゃないよ」
「ふーん。洗濯物気をつけていても、冬の女物の服が洗濯されている気配無いし最近はあまり女装してないのかなと思ったら、そうやって友だちの所で女装してたのか」
「えーっと、そう頻繁にしている訳でもないけど・・・」
「分かった! そういう協力者が何人かいるんだな?」
「あ、それは・・・・」
「まあいいや。そのブラと、パンティもかな。洗濯機に入れといていいよ。母ちゃんから訊かれたら私のだって言うし、乾いたら私の部屋のタンスに入れておくから、向こうに持って行く時はそこから勝手に持ってっていい」
「ありがとう」
「下着だけ?今日持ち帰ったのは」
「えっと、プルオーバーはお母ちゃんの見てるところで洗濯機に入れたけど実はスカートもある」
「私のものの振りして洗濯してあげるから出しなさい」
「うん」
と言ってボクは紙袋の底に入れておいたマーメイドスカートを出した。
「可愛い!こんなの着るんだ、冬彦って」
「うん、まあ」
「ちょっと穿いてみてよ」
「えー?」
と言いながらもボクはそれを穿いてみせた。
「私がよく冬彦に通販の失敗物のスカート穿かせてるけど、穿かせた時に、違和感無いなあと思ってたのよね。自分でも時々穿いてるから、穿きこなしちゃうんだな」
「そんなに頻繁には穿いてないけどね」
姉はいつしか笑顔になっていた。その日はスカートを穿いたまま姉と1時間くらいあれこれ話していた。
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