広告:ここはグリーン・ウッド (第6巻) (白泉社文庫)
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■女装太閤記(2)

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「殿様『ひよし』と聞き違ったみたい」
とヒロが言うと、一若は
「お前、殿様に気に入られたようだな。殿様がそう聞いたんだから、お前『ひよし』という名前にしろ」
と言う。
 
「それもいいですね〜」
ということで、ヒロは《木下日吉》と名乗ることにした。
 

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日吉が馬番になってから数ヶ月経った時。それは真冬の深夜であった。
 
「殿がお立ちになるぞ」という声がした。日吉は急いで馬小屋に行き、信長の愛馬に鞍を付け、引いて来る。ところが草履取りが居ない。
 
慌てて起こしに行くと
「こんな夜中に殿がお立ちになる訳無い。お前聞き違いじゃないか?」
などと言って寝てしまう。
 
確かに自分の聞き違いかも知れないが、もし本当にお立ちになるのであれば草履取りが居なかったら信長は激怒するだろう。怒って草履取りを斬り捨てるかも知れない。
 
日吉は仕方無いので、自分で玄関に行き、信長の草履を準備した。
 
奥の方で何やら音がする。やはり殿はお立ちになるんだ。そう思って外に降る雪を見つめていた。こんな寒い日に殿は何をなさるのだろう。手も冷たいし、足も冷えるよなあ・・・・と思っていた時、突然日吉は冷たい草履を履いたら殿が可哀想、と思ってしまった。
 
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それで信長の草履を自分の胸の中に入れて暖めた。
 
それから15分ほどして、信長が玄関に出てきた。日吉は服の中から草履を取りだし、きちんと揃えて置く。
 
本来なら馬を引いているはずの日吉が玄関にいるので、信長は
「猿、お前、いつ草履取りになったのだ?」
と訊く。
 
「恐れ入ります。草履取りの**から、ちょっと見習いしてみろと言われまして。あ、お馬はそこにつないでおります。ただいま連れて参ります」
「ふん、まあ良い」
 
と言って信長は草履に足を入れたが、突然その信長の顔が曇る。
 
「猿、お主、この草履の上に腰を降ろしていたであろう?草履が暖かいぞ」
 
日吉はぴっくりして弁解する。
 
「めっそうも御座いません。私はこんな寒い夜に冷たい草履のままでは殿のお御足が冷えると思い、私の胸の中に入れて暖めていたのでございます」
 
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と言って、服の胸をはだけて見せた。そこには草履の泥が付着している。
 
「ほほぉ」
と信長は言ったまま、馬に乗ると駆け出して行った。
 
翌日、信長から日吉を草履取りに任命するというお達しがあった。
 

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松下家中では腰元として仕えていたヒロであったが、織田家中では取り敢えず男の振りをしていた。それはこの時期、ヒロ自身も悲しかった出来事として、声変わりが来てしまったからである。何とか女のような声が出ないかと密かにかなりの練習はしていたものの、まだそれは不十分であったので、当時の声では女を装うことができなかったという問題があった。馬番にしても草履取りにしても、あまり性別を問われない仕事だったので、そのあたりを曖昧にしていた。
 
この時期、尾張国は名目上の守護は斯波義統であったが、実際には織田信友の支配下にあり、信長はその信友の奉行の一人に過ぎなかったものの、着実に尾張領内での勢力を伸ばしていた。その勢力拡大を恐れた信友は、信長の弟の信行を支持して、これに代えようとする。
 
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その企みを斯波義統が聞いて信長に通報したため、信友が怒って義統を殺害する。すると、信長は「主君殺しの大罪人」として信友を倒した。そうして、まんまと信長は尾張の支配権を手中にする。戦いに名目というのは大事なのである。もっとも、これで尾張が収まった訳ではなく、改めて弟の信行を支持する勢力は手強く、両者の戦いは数年続いた後、信長は病気と称して信行を城に呼んだ所を謀殺するという手段に出た。更には元の斯波家を支持する勢力との戦いも続き、信長が尾張を完全に統一したのはヒロが織田家に仕えてから5年も経った頃であった。
 
その時期、戦いに戦いが続くので、足軽だけでなく、本来は非戦闘員であるはずのヒロたち小人も戦いに動員される。これはヒロにとってはむしろ好都合であった。ヒロは松下家中にいた頃に鍛えた剣術と実戦経験で活躍し、やがて正式に足軽に取り立ててもらった。
 
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日吉がまだ足軽に取り立てられて間もない頃、寄合所でみんなで酒を飲んでいた時に、槍は長い方が有利か、短い方が有利かという議論になった。
 
かなり議論がされた所で、たまたま居合わせた槍の指南役が
「槍は短い方が良い。長い槍は取り回すのが大変だから」
と発言し、それで決着が付いたかと思った所で日吉が唐突に言う。
「槍は長い方が遠くから突けるから絶対有利」
 
指南役の意見に真っ向から対立する意見を言ったことで、指南役が真っ赤になって怒ったが日吉は平気である。
 
「だったら、おいらと**様とで、それぞれ20人ずつ足軽に長い槍と短い槍の特訓をさせて、一週間後に対決するというのではどうでしょう?」
「良かろう、試合しようではないか」
 
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ということで、各々20人ずつのチームを組むことになった。
 

指南役のチームに入った足軽たちは、ほんとに猛特訓をさせられた。
 
「何か向こうは凄い特訓やってるぜ」
「ひぇー。こっちも凄いことになるかねぇ」
「んで、日吉の奴はまだ来ないのかい?」
 
そんなことを日吉のチームに入った足軽たちが言っていた頃、美しく装った若い女がひとりやってきた。
 
「皆様ご苦労様です。お茶とお菓子を用意して来ました」
「あんた、誰?」
「あ、えっと・・・日吉の妻で御座います」
「へー、日吉の奴に、こんな美人の女房がいたのか!」
 
「夫が、練習は適当にやっておけば良い。それよりゆっくり休んで体力を整えておいてくれと言っておりました」
 
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そうなのだ。織田家中は連戦に次ぐ連戦をしていたので、足軽達はみな疲労が蓄積している。ここで一週間も休めたらかなり体力回復できる。
 
それで日吉のチームの足軽たちは一週間をのんびりと過ごし、夕方くらいになって、時々「少し練習もすっか?」などと言って自主的に槍を突く練習をしていた。だいたい午前中に日吉の妻がやってきて、おやつなどを振る舞い、夕方くらいに日吉本人が出てきて、みんなの練習を見ていた。
 
5日目くらいに信長が様子を見に来た。のんびりとおしゃべりなどしている足軽たちに驚く。
 
「これはどうしたことじゃ? てっきり練習しているかと」
「申し訳ありません。足軽たちが疲れているので、むしろこの一週間は休ませて、体力を回復させた方が、良い動きをするのではと、夫が」
と《日吉の妻》が信長に言った。
 
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「誰、お前?」
「申し遅れました。日吉の妻で御座います」
「ほぉ、あの猿にしては、よく出来た女房のようだ。名前は?」
「えぇっと・・・」
「ええ?」
「いえ、ネネと申します」
 
「ふむ。覚えておこう」
と信長は楽しそうな顔で言った。
 
「あ、殿様も、よろしかったら、このお菓子、お召し上がりになりますか?」
「どれどれ・・・おお、旨いではないか!」
「ありがとうございます」
「まあ、好きなようにせよ」
「はい」
 
信長は笑いながら去って行った。
 

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そして試合の日。信長も見に来た。
 
両チーム分かれて試合が始まる。指南役のチームが号令を掛けるが、たった一週間で詰め込み教育されているので、いろいろな技法の名前も混同して覚えている。指南役の言う「回し槍!」などという掛け声にも「どうすんだっけ?」
状態で、いろいろ声を掛ける度に足軽たちは混乱の極致となる。
 
一方の日吉チームは単純である。
「攻め!」とか「突け!」とか「引け!」とかしか言わないので、みんな一斉にその動きをする。
 
勝負はあっという間に決してしまった。信長は日吉とそのチームの足軽にたくさん褒美をやったが、負けたチームの足軽にも少しだけ褒美をやったし、責任をとって切腹するなどと言った指南役にも「その命を信長に預けろ」と言い、指南役は、ひれ伏してこの殿様に付き従って行こうという思いを新たにした。
 
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日吉が信長に仕えてから1年ほどした時、信長は尾張の実質的支配者であった織田信友を倒して清洲城に本拠地を移したが、戦乱でかなり荒れていて城壁の修復が必要であった。普請奉行に命じて作業をさせるものの、一向にはかどらない。それで短気な信長の雷が落ちた。
 
「いったいいつまで修復に掛かるのだ?このまま信行が攻めてきたら簡単に城内に侵入されるぞ」
 
その時、隅の方に控えていた日吉が言う。
 
「おいらなら7日であの城壁、修復してみせるな」
 
すると信長は日吉の近くまでわざわざ来て言う。
 
「猿、7日で直すと申したか?」
「はい」
「やってみろ」
 
と信長は言って奥に下がった。
 
周囲の足軽たちが驚いて言う。
 
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「おまえ、なんて大胆なこと言うんだ?」
「できなかったら、手討ちにされるぞ」
「今すぐ殿様のところに行って土下座して取り消せ」
 
「まあ、やれると思うんだよねぇ」
と日吉はのんびりとした口調で答えた。
 

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日吉は職人たちを集めた。
 
「この城壁をこれから7日で修復する」
「7日で!?」
「無茶です」
「職人たちを10の隊に分ける。修復すべき城壁は100間(180m)だが、各隊の担当はその10分の1の10間(18m)とする。競争で修復しろ。いちばん早く修復を終えた隊には殿様からたくさんのご褒美が出る」
 
職人たちは100間ならとても一週間では終わらない気がしたものの、10間なら何とかなりそうな気がした。
 
それで職人たちは懸命に働いた。そして働いていると、《日吉の妻》と称する女性が現れて、頑張っている職人たちに、おにぎりとかお菓子とかの差し入れをした。お茶もたっぷり振る舞った。それで職人たちはまた元気が出て昼夜を問わず働いた。日吉自身も妻と入れ替わるように現れては、職人たちを励ました。
 
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一週間後。信長はさて猿はどのくらいできただろう。できなくて逃げ出してはいまいかなどと思いながらも、猿のことだから、ひょっとしたら半分くらいは仕上げているかも知れんとも思いつつ、城壁を見に来た。
 
見事にすべて修復が終わっていた。
 
そして、そこかしこに職人たちが疲れ果てて地面に寝ていた。
 
にこやかな顔をして、日吉の妻が信長のところに寄ってきた。
 
「殿様、この通り、すべて修復が終わりました。この職人たちにたくさんご褒美をあげてください。特に**以下の職人たちは自分たちの担当の場所をいちばん早く仕上げましたので、ほかの職人の倍のご褒美を」
 
「ほお。大したものじゃ」
「あ、このお菓子いかがですか? 先日のものより少し工夫をしてみたのですが」
「おお、旨い。そなた、お菓子作りが上手だのぉ」
 
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信長はとてもご機嫌であった。
 
そして信長は日吉を新たな普請奉行に取り立てた。奉行という立場になったので日吉は名前を変えることにした。「日吉」の「吉」の字は残し、木下藤吉郎という名前にした。
 

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