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■女装太閤記(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-08-10

 
ヒロは物心付いた頃から女の着物を着るのが好きだった。そんなヒロを嫌った父・竹阿弥(ちくあみ)はヒロが女の服を着ているのを見ると殴った。それでヒロは自分はこの家にはいられないと思い、10歳の年に家を出た。
 
行き倒れし掛かっていた所を西方へいく行商人の夫婦に助けられる。夫婦はヒロを娘と思い「女の一人旅は危ないから自分たちと一緒に行かないか」と誘った。それでふたりに付き添い、京から浪速、更に備前まで行き、そこから山を越えて因幡に出て、更に出雲まで行った。
 
途中、ヒロは持ち前の笑顔で「看板娘」的な役割を果たした。商品はよく売れた。行商人夫婦はヒロに、更に博多・長崎まで行くつもりだと言ったが、ヒロはこの出雲の親戚の所にしばらく身を寄せると言ったので、たくさん御礼を渡して旅立って行った。
 
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もっともヒロは別に出雲に親戚などいなかった。鍛冶に興味があったので、その弟子になりたいと思っていたのである。飛び込みで弟子にしてくれと言ったものの門前払いを食う。しかし何度も何度も頼み込むと、鍛冶屋の親方は折れて、「女なら食事の仕度くらいできるかな?」と言って、下働きに雇ってくれた。
 
しかしヒロがとても頭の良い子であることに気付いた親方は、少しずつ鍛冶場の仕事もやらせてみた。するとどんどん覚えていくので、お前もう少し大きくなったら、うちの息子の嫁にならんか、などとも言ったりするようになった。この時期、ヒロもそういうのもいいかも知れないなぁという気もしていた。
 

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この時期、ヒロはよく川でドジョウを取ってきて、晩御飯の材料にしていた。
 
ある日、ヒロがドジョウ取りをしていたら、一人の若侍が通りかかった。
「娘子よ、お金は出すから、そのドジョウ1匹分けてはくれんか?」
 
しかしヒロはその侍が背にしょっている鉄の筒のようなものに興味を持った。
「お侍さん、その背中の筒みたいなものは何ですか?」
「これか? これは鉄砲というものだ。数年前に南蛮より渡来した凄い武器だぞ」
「それで、たくさん人を斬れるの?」
 
「ぶっそうなことを言う娘子だなあ。これは斬るんじゃない。撃つんだ」
「うつ??」
 
「やってみせようか?」
「やって、やって。ドジョウくらい御馳走するよ」
 
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「よし」
と言うと、若侍は鉄砲に何やら詰め、川の向こうの方に向けると紐のようなものに火を点けた。その紐が燃えていくとやがて「ドン!」という大きな音がして、川向こうの石が砕けた。
 
ヒロは腰を抜かしてひっくり返った。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。それ凄い! そんなの持ってたら、戦は連戦連勝」
 
「そうなるといいんだけどねぇ。こいつにはとんでもない欠点があるんだよ」
「欠点?」
 
「これ一回撃つと、その後筒を掃除して、また弾を詰め直してから火を点けないといけない。それをやってる間に相手から斬られてしまう」
「うーん。それは大問題ですね。でも何か手がありそうな気もする」
 
「あ、そうそう。私は明智十兵衛と申す」
「私はヒロです」
「君、可愛いけど、ただ可愛いだけじゃない。何か強い意志のようなものを持ってるね。君が男だったら、天下を取ったかも知れないなあ」
と十兵衛は言った。
 
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ヒロは十兵衛を鍛冶場に案内し、職人さんたちと一緒にドジョウ料理を勧めた。鍛冶場の親方も、十兵衛が持つ鉄砲に興味を持ち、見せてもらっていた。
 
「これは底をネジで留めてある」
「そのネジの切り方が普通と逆だと言ってました」
「ホントだ!」
「初期の頃は、ここを熔接していたのですが、それだと発射の衝撃に耐えられないのです」
「そんなにこの弾の威力は凄いのか!?」
 
十兵衛は職人たちの前でも鉄砲を1発発射して見せ、みんなその威力に驚いていた。
 
「お侍さん、この鉄砲は絶対に時代を変える」
「ですよね。私もそんな気はしているのです」
 
「ところでふと思ったのだが、十兵衛殿とヒロは顔立ちが似てないか?」
「あ、それは俺も思った」
「まるで父と娘みたいな感じ」
 
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すると十兵衛は言った。
「せめて兄と妹ってことにしてくださいよぉ」
 

それから数年後。ヒロは出雲から旅立った。
 
鍛冶場が戦乱に巻き込まれて破壊されてしまい、跡取りの息子も流れ矢に当たって亡くなってしまった。親方は意気消沈して、鍛冶場の再建もしないと言った。
 
それでヒロは新しい世界を見つけようと、旅立つことにしたのである。この時、ヒロが考えていたのは、近い内に戦乱の天下を統一する大名が出るのではないかということだった。その候補として考えていたのが、越後の長尾景虎(後の上杉謙信)、甲斐の武田晴信(後の信玄)、そして駿河の今川義元であった。ヒロはその中の誰かの傍で仕えることができないかと思っていた。
 
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女の一人旅は危ないからと言って、この機会に堺に出ようという、兄弟子夫婦と一緒に堺まで行った。この堺でヒロは鉄砲に関する情報を少し仕入れるとともに、各大名の情勢なども収集した。そして、越後・甲斐・駿河の内のどこに行こうかと思っていた時、駿河の国まで行商に行くという老商人夫婦がいたので、その人たちに付いて、ヒロは駿河に行った。
 
駿河でその老夫婦が松下加兵衛という人の所に行った時、加兵衛の奥方が、
「その娘さん、凄く聡明な顔をしている」
と言って、それがきっかけで、ヒロは松下加兵衛に召し抱えられることになった。
 
松下加兵衛は、今川義元の家臣・飯尾乗連の家臣で頭陀寺城主であった。
 

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ヒロは加兵衛の奥方付きの腰元となった。奥方はヒロが聡明なことに気付き、論語や孫子などの学問を教えるとともに、当時は女でも最低限のたしなみとして教えられていた武術も習わせる。
 
「ヒロちゃん、強い!」
と女性の指南役の人が音を上げたので、ヒロは途中から男性の指南役に剣や槍を習うようになった。
 
「このくらい強かったら、お前戦(いくさ)にも行ける」
と指南役は言った。
 
「今度の戦に行かせてもらえませんか?」
「戦場は地獄だぞ。お前、人を斬れるか?」
「斬ります」
「だったら連れて行こう」
 

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当時は結構女性の侍というのも居たのである。当時ヒロが憧れていたのは何と言っても「越後の龍」こと長尾景虎(後の上杉謙信)である。女性の身で居並ぶ男性親族たちを抑えて越後を統一。関東管領上杉憲政を保護下に置き、その縁で関東にも睨みを利かせているが、やがて京にも上って来て、北条政子以来の『女将軍』になるのではないかと見る人も多かった。佐渡の金山開発を積極的に進め、資金源も豊富だった。
 
やがて戦の時が来る。松下家中には他にも2人、刀を持って戦場に出る腰元がいたので、その2人ハル・ヤヤと一緒に、40代の男性足軽木下杢兵衛にガードされて戦場に出た。
 
鬨の声が上がり、戦闘が始まる。弓矢の応酬があり、近くで数人の味方も倒れる。「竹束の後ろから出るな」と杢兵衛がヒロたちに叫ぶ。自分が支えている防御用の竹束にも矢が刺さるのを音と衝撃で感じる。ヒロは武者震いをしていた。
 
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ちょっとしたきっかけから白兵戦に移行した。松下の足軽はみな白いタスキをしている。目の前に赤いタスキをした足軽が来た。いきなり斬りかかってくる。ヒロはさっと身をかわし、そのかわし際に相手の腹を横に斬る。重い衝撃が刀に来る。
 
振り返るとその足軽が倒れている。今自分は人を殺したんだ、というのが我ながらちょっとショックだった。
 
「油断するな!」
という声が掛かる。目の前に大きく刀を振り上げた足軽がいたが、それを杢兵衛が倒した。
「済みません」
「絶対気を抜くな」
「はい」
 
近くでハルが苦戦していた。杢兵衛と共にそちらに行き、その相手の足軽を杢兵衛が後ろから斬る。するとその足軽は必死の形相でこちらに突進して来た。ヒロは冷静にその相手を斬り倒した。
「少しは度胸が付いたか?」と杢兵衛。
「はい」とヒロ。
「大丈夫か?」と杢兵衛はハルにも声を掛ける。
「ありがとうございます。大丈夫です」
 
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ヤヤも含めて4人で出来るだけ離れないようにしながら白兵戦を戦い抜く。ハルが1人、ヤヤも2人、ヒロは4人、その後敵を斬った。
 
戦いは30分ほどで決着。こちらの勝利であった。
 

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松下加兵衛の家に3年仕え、その間に4度の戦に参加。ヒロはたくさん人も斬った。お前は男並みだと言われ、苗字を名乗って良いと言われたので、ヒロはいつもお世話になっている木下杢兵衛の苗字を頂き、木下弘(きのしたひろし)と名乗ることにした。普段、腰元として暮らしている時はヒロで、戦場に出る時は木下弘となるのである。
 
ある時、加兵衛がヒロを呼んで告げた。
 
「ヒロよ。お前は非常に類い希な才能を持っている。その才能をもっと伸ばす道を選ぶつもりはないか?」
「と言いますと」
「今川は守護大名の家柄。こういう古い体制の所では女のお前の才能は活かされない。いっそもっと新興の物事にとらわれない家に行って仕えた方が良い」
 
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「えっと・・・私、クビですか?」
「私もできたらお前をずっと召し抱えておきたいし、家老に取り立てたいくらいだが、今川の家中では厳しい。尾張に織田信長という若造がいる。かなりの問題児だが、こいつがなんと美濃の斎藤道三の娘を嫁にもらっている。つまり道三に見込まれた男だ。私は信長はきっと何かしでかすと思う。お前、織田の家臣になってみないか?」
 
「えっと・・・私、間者ですか?」
「そのつもりは無い。向こうの様子をこちらに漏らしたりする必要は無い。まあ、今川から織田家には既に数人間者が入っているがな。むしろお前は忠実な織田の家臣になれ。あの織田にお前のような優秀な頭脳が入ると、とんでもない奴になりそうな気がする」
 
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「それでは私はいつか松下様と敵になるかも知れませんよ」
「それはこの戦国では仕方の無いことよ」
 

それでヒロは松下の元を辞して尾張に行った。松下から教えられたツテを頼り、信長の小人頭・一若という人に紹介してもらい、馬番として取り立てられた。松下家中では、松下自身が今川の直臣ではなく、今川の家臣の家臣という立場であっただけに、ヒロは一度も今川義元の顔を見ていない。しかし織田家では、馬番に取り立てられたその日に、信長に紹介された。
 
「ふん、猿みたいな奴だな」
と信長は言った。
 
ひっどーい! 猿〜!?
 
とヒロは思ったが、そのストレートな言い方で何となく信長という人を好きになった。
 
「名前は何と言った?」
「木下弘(きのしたひろし)で御座います」
「ん?きのしたひよしか? 日吉神社のお使いは猿だから、丁度いいな。よし、馬を出せ」
「はい」
 
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ヒロが馬を出すと、その馬は何だか嬉しそうにヒヒーンと鳴いた。その様子を見て、信長は
「お前が扱うと馬の調子が良いようだな。励んで仕事しろ」
「はい、ありがとうございます」
 
それで信長は馬で駆け出して行った。
 
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