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9月上旬。
2年生前期(教養部3学期)の成績にもとづいて、進振の第一段階内定者が発表になる。春紀も美夏も希望通り、法学部・薬学部に内定していた。
中旬。春紀と美夏はちょっとだけ良い服を着て、しっかりメイクをして中野のサンプラザまで出て行った。初海たちと合流する。結構な長い列に並んで入場するが、入場時には、初海と春紀、令次と美夏が並んで入場する。4人の少し前で、女性同士で入場しようとして係に止められて揉めている人たちがいた。
「だから私たち、恋人なんですよー」
「同棲もしてるんです」
などと彼女たちが言っているのを聞いて、春紀たち4人は顔を見合わせた。
無事入場できた後、場内で分かれて、実際には初海と令次、春紀と美夏が並んで座った。令次と初海はほぼ同時に電話がつながってチケットを予約したらしかったが、座席は遠く離れていて、令次たちの席は上手寄りの18列目、春紀たちは下手寄りの24列目であった。
ライブは盛り上がった。幕が開くと同時にみんに立ち上がり、2時間のダンスタイムである。美夏はキャーキャー声を上げながら激しく踊っていて、何度か興奮して、春紀に強烈なキスをしたが、カップルイベントだけあって、キスをしている人たちは結構居たようである。
「だけどボーカルのユーちゃん、いい声してるね」
「声の高さとしてはアルトだよね」
「ああ、なんかドスが効いてると思った。でも春紀もアルトだよね?」
「いったん声変わりしちゃってるから、さすがにソプラノは出ないよ」
美夏はふーんという顔をする。
「春紀、中学まではテノールっぽい声で話してたよね。あの声は出ないの?」
「もうずっと出してないから出ないと思う」
「へー」
「声って習慣で出しているから、長く出してない音域は出なくなるらしいよ」
「なるほどー」
と言ってから美夏はまた少し考えていた。
「春紀、もうずっと長くおちんちんを立てるってのやってないじゃん。いざおちんちんをくっつけても立たなかったりしてね」
「なぜ、そういう話になる?」
桜木先生はいったん切り離したおちんちんを再接合する手術もたくさんしているとは言ってたけど、再接合したおちんちんはちゃんと機能したのだろうかと美夏は疑問に思った。今度聞いてみよう。春紀が居ない時に。
ライブが終わった後、また令次たちと合流し、夜の居酒屋に行って軽く1杯やりながら、ライブの興奮を語り合った。そして終電で帰宅する。春紀たちは電車から降りても、まだライブの余韻が残ったままで楽しく会話しながら道を歩いていた。そしてアパートの所まで来たのだが・・・・。
唖然とする。
ふたりがあまりのことに声も出せないまま立ちすくんでいたら、大家さんが春紀たちを見つけて寄ってきた。
「ああ、あんたたち無事だったか。良かった、良かった」
と大家さんが言う。
「これ、どうしたんですか?」
「分からない。突然崩壊したんだよ。あんたたちと104号室の**さんが連絡がつかなくて焦っていた」
春紀たちが住んでいたアパートが完全に崩壊しているのである。消防署の人だろうか、数人入って「どなたかおられませんか?」などと声を掛けている。確かにこれはもし寝ていたりしたら、崩壊したアパートに潰されてしまったかも知れない。
結局、あと1人連絡の付かなかった人もパチンコに行っていたということで無事が確認され、無駄な捜索作業になってしまった消防の人たちも「良かったですね」と言って帰って行った。
しかしその晩、取り敢えず泊まるところがない!
というので春紀も美夏も数人、泊めてくれるかも知れなさそうな女友達に電話するものの、連絡がつかなかったり、あるいは「ごめーん。今日は彼氏が来てるから無理」と言われたりした。
「どうしよう?ホテルにでも泊まる?」
「そうだなあ」
と春紀は言ってから、ふと思いついて、ある番号に掛ける。
「こんばんは、斉藤さん。実はお願いがあるんですが」
「ん?何?」
「今晩泊めてくれません?」
「へ!?」
斉藤検事は話を聞くと、すぐ車でふたりを迎えに来てくれた。
「エロ本とか転がってるのは武士の情けで見ないことにして」
と言いながら、部屋にあげる。
「ああ、全然気にしません。むしろ読んじゃおうかな」
と美夏。
「うち2DKだから、奥の部屋を使ってもらえばいいよ。布団ないけど、毛布だけでもいい?」
「十分です。助かります!」
などと言いながら、部屋に入ったのだが、若い男性の姿がある。
「あれ?お客様があったんですか?」
「ああ、そいつは無害だから気にしないで。女の子には興味無いらしいから」
「もしかして、斉藤さんの恋人?」
「違う!俺はノーマルだ!」
と斉藤は言ったが
「僕は和ちゃんと一緒の布団に寝てもいいけど。めくるめく世界に招待してあげるのに」
などとその人物は笑って言っている。
お互いに自己紹介する。その人物は藤村真樹と名乗った。名前の読み方は本来は「まさき」だったのを「まき」に変えてしまったらしい。春紀たちも知らなかったが、名前の読みは裁判所などに行かなくても、区役所に届けを出すだけで変えられるらしい。
「それは知らなかった!」
「私の名前の読み《ごんべえ》とかに変えちゃおうかな」
と美夏は言うが
「それ無理がありすぎる」
と春紀は言っておいた。
藤村さんは何でも自分のマンションでバルサンを焚いたので、今夜友人の斉藤さんの家に泊めさせてもらうことにしていたらしい。
「和ちゃんとは、司法修習生の時の同期なのよ」
と藤村さんは言う。微妙に中性的な言葉遣いだ。
「検事さんですか?」
「ううん。弁護士」
「の資格を持っているだけだよな?」
「うん。一応弁護士会には登録してるけど、全然弁護士のお仕事はしてない」
「では何のお仕事を」
「プー太郎(無職のこと:最近では多分死語)」
「生活費は?」
「こいつの親父さんが外務省のお偉いさんでお金あるから、すねかじってるみたい」
「へー!」
「子供の頃は外国にも随分行ったよ。インドとか、イランとか、タジキスタンとか、エジプトとか」
「アジアが多かったんですね」
「そうそう。最初は中東局の方に居たんだけど、途中で南部アジア局に異動されたんだよ」
「でもこいつ、今、収入も無いくせに、お茶の水の広いマンションに住んでるんだ」
「まあ、たまたま浮いてた物件なんだけどね」
取り敢えず4人でお茶を飲んだのだが
「そんな突然アパートが崩壊するって何だろうね?」
と斉藤さんが言う。
「きっとシロアリか何かだよ」
と藤村さん。
「そうかも。戦後間もない頃に建てたアパートらしいんですよ」
「それは年季が入ってるな」
「戦後間もない頃なら、きっと使ってる材木も品質が悪いよ」
「きっとそうだと思います」
「結構床が傾いてたもんね」
「階段登る時に、絶対真ん中に足を置かないといけないステップがあった」
「ああ、俺が行った時、それ最初に注意されたね」
「でも君たちこの後、どうすんの?」
「それなんですよ。アパート探さないといけないけど、うまく1日で見つかるか。それに実は引っ越し費用のあてがなくて。実家のお母ちゃんに泣きつこうかなとか考えていたんですけど」
「だったら、良かったら、僕のマンションに住まない?」
と藤村さんが言った。
「え!?」
「君たち東大生なら、本郷キャンパスにはうちのマンションから歩いて行けると思う」
「ちょっと待て。一応男である、おまえのマンションに可愛い女の子2人を住まわせる訳にはいかん」
と斉藤さん。
「僕、女の子には興味無いのに。僕は純粋にゲイだよ」
「いや、それでも許せん」
「だったら、和ちゃんも一緒に住む? 監視役で」
「は!?」
「うちのマンション、4LDKなんだけど、LDKから各部屋に直接入れる構造なのよ。僕が4部屋のうち2つ使っているんだけど、あと2つは空いてるのよね。だから、そのひとつに美夏ちゃんたちが入って、ひとつに和ちゃんが入ればいいと思う」
「あのお、お家賃はいくら払えばいいですか?」
と美夏が訊く。
「タダでいいよ。美夏ちゃんたちも、和ちゃんも。僕も親に家賃払ってないし」
と藤村さんは言ったが
「いや、検事が供応を受ける訳にはいかん」
と斉藤さん。
「んー。じゃ、両方とも月3万で」
と藤村さん。
「入居させてください!」
と美夏は言った。
それで、春紀たちも、斉藤さんも、藤村さんのマンションに同居することになったのであった。
翌日は朝から、斉藤さん・藤村さん、それに友人の定子・安子、さらには普段あまり群れたがらない彰子まで出てきて、片付けを手伝ってくれた。
幸いにも崩れたアパートから、書籍やノートの類いはほとんど無傷で回収できた。斉藤さんの車に積み込んで、藤村さんのマンションに運ぶ。
「布団には割れたガラスがだいぶ刺さってる」
「これは買い直した方が無難だよ」
「そうしようか」
食器の類いは大半が割れていたのでこれも買い直しである。洋服は洗えば使えそうということで、定子が藤村さんのマンションの洗濯乾燥機を使用して頑張って洗濯してくれた。また斉藤さんからもらったパソコンは、モニターは壊れていたが、本体は無事で藤村さんのマンションに持ち込んで動かしてみるとちゃんと動作した。
「良かった。ここにデジカメで撮った写真のデータも入れてたから」
と美夏が言ったが
「写真はディスクに入れたままだとハード障害が起きた時に泣くことになるからMOかCD-Rにバックアップしておいた方がいいよ。安定のCD-Rがお勧め」
と藤村さんが言う。
「それ考えます」
と美夏も答える。
しかし友人たちの協力のおかげで、夕方までには回収作業を終えることができた。
「アダルトグッズがあったのだけど」
と彰子が言ったが
「要るならあげるけど。洗えば使えるはず」
と美夏。
「もらっちゃおうかな。こんなのとても自分では買えない」
「私も買うのに結構勇気が要った!」
ということで、せっかく買ったのに春紀が使ってくれない怪しいグッズは彰子のもとに引き取られていった。
司法試験の論文式の合格発表は10月に行われたが、初海君はやはり落ちていた。多くの法曹志願者は大学卒業後数年間にわたって司法試験にチャレンジし続けて、2年か3年くらい掛けてやっと合格している。大学に在学中に合格する者はほんのひとにぎりである。
春紀が参加している栗原さん主宰のゼミのメンツでは主宰者の栗原さん(修士2年を自主留年中)と吉塚さん(修士2年)、竹森さん(学部4年生を自主留年中で通称5年生)と本当に4年生の金崎さんが合格していたが、他の受験者は、短答式か論文式かのどちらかで落ちていた。3年生で春紀をこのゼミに招待してくれた片山さんは短答式で落ちていた。修士1年の根本さんは手応えあったと言っていたのだがダメだった。おそらくボーダーラインくらいだったのだろう。論文式に合格した4人は今月末に行われる口述試験に臨むことになる。
11月の上旬。春紀は母から信じがたい内容の電話を受けた。
「あのね、あのね、来年の6月にね、あんたの妹か弟ができるから」
「は?」
「私、妊娠しちゃったぁ」
「え!?」
春紀は頭の中が混乱した。妊娠するって、父がもしかして自分も知らない内に一時帰国して母とセックスしたのだろうか? それとも長年の恋人関係にある桜木医師との間の子供なのだろうか? いや待て。母と桜木先生の間でどうやって女同士で子供ができる? 生殖医療のスペシャリストである桜木先生のことだ。女同士で子供作るくらいは何とかする?
「それお母さんが産むの?」
「もちろん」
「父親は誰なの?」
「内緒」
「内緒って・・・・お父さんには言った?」
「言ったよ。産んでいいって言った」
「お父さん、帰国した訳じゃないよね?」
「うん。ずっとアルゼンチンにいるよ」
春紀の頭の中で民法の条文が駆け巡る。婚姻中に生まれた子は嫡出児だ。父と母の子供として戸籍に入ることになる。でも父はもう15年ほど海外に出たままである。
この件を美夏に言ったら、美夏は少し考えたようだったが
「まあ、いいんじゃない? 15年も離れ離れで、もし会う気があったら、お父さんが一時帰国するなり、お母さんが向こうに渡るなりしてるでしょ。それをしていないということは、春紀のお父さんとお母さんは実質もう離婚しているのだと思う。お母さんが誰か他の男の人と関係ができても悪くないよ」
「そうだよねぇ。じゃお母さん、お父さんと離婚してその人と結婚するのかな」
「そのやりとりの内容だと、それはしないんじゃないの?」
「じゃ、やはり法的にはお父さんとお母さんの間の子供ってことになるのか」
「まあ、そうだろうね」
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続・受験生に****は不要!!・夏(3)