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■寒凰(3)

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佐竹の父、佐竹旺の家は市の外れにあった。若い頃は羽黒山の近くに住んでいたのだが、10年くらい前から健康上の問題でこちらに引っ越して来ている。95歳ではあるが、見た感じはかなり若々しい。充分70歳前後に見える。80歳の賀壽子などもまだ充分60代に見えるし(運転免許試験場で受けてきた反射神経テストで40歳並みと言われたなどと言っていた)、65歳の佐竹(伶)も50代に見える。こういう仕事をしている人はやはりエネルギッシュな分、若く見えるのであろうか。
 
その佐竹旺が青葉たちを見るなりこう言った。
「お前たち、誰と会ってきた?」
 
青葉たちは顔を見合わせる。
「寒河江から鶴岡まで、どこかの眷属さんに見込まれて、お供をしました」
と賀壽子が代表で答える。
「悪いものではないな」
「ええ、そう思ったので、なりゆきに任せました」
 
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「そうか、そうか。それで君が青葉ちゃんか」
「お初にお目に掛かります」
「凄いパワーだな。おい、伶、お前全然かなわないだろ?」
「かないません。もううちの師匠を超えてますし」
「ああ。賀壽子さんもさすがに年だな」
「旺さんはまだまだお元気で」と賀壽子。
「お世辞言わなくてもいい。お互いの力量は見れば分かる。まあ、みんな年食ったな」
と旺は言った。
 
「しかし君は魂は女の子なんだね」と旺。
「ひいばあからもそう言われました」と青葉。
「君自身の波動は男の子の波動だけど、気の操り方は女の操り方をしてる」
「そうみたいです」
「でも魂が女の子だから、それでいいんだろうな」
 
「青葉、旺さんの病気分かるかい?」と賀壽子。
「癌です。あちこちに転移しているので、癌を治せる人の手でもかなり難しいです」
と青葉。
「さすが一目で分かるか。お嬢ちゃん、俺が後どのくらい生きられるか分かるか?」
 
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青葉は答えていいのかどうか迷い、賀壽子の顔を見た。
「正直に答えていいよ」
 
「若い人なら既に死んでいますが、ご高齢なので進行が遅く持ちこたえているのだと思います。それでもふつうの人なら3ヶ月もちません。でもおじさん、凄くパワーがあるから、多分あと2〜3年」
 
「うんうん。俺もまだ2年くらいは頑張るつもりだよ」
 
青葉は本当は半年もつかどうかと思ったものの、希望を与えるためにわざと長めに言った。しかし実際に旺が亡くなったのは翌年の末であった。
 
賀壽子は「旺さん、私より長生きするかも」などと言ったが、本当にそうなった。賀壽子が亡くなったのは、翌年の5月である。
 

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その夜は旺の手料理で晩御飯となった。賀壽子が「私が作りますよ」と言った
ものの、料理をするのも修行と言って、旺が自分でやった。
 
「わあい!お肉の入ってる肉ジャガだ!」と未雨が喜んで言う。
「肉の入ってる肉ジャガって・・・・肉の無い肉ジャガがあるのか?」と旺。
「うちの御飯に、肉や魚が入るのって、月に1度あるかないかです。うちの肉ジャガはだいたいお肉の代わりに高野豆腐です」と青葉。
「何?精進料理なの?」
「いえ、貧乏なので」
 
「ああ。じゃ、お嬢ちゃんたちにお小遣いあげるよ」
と言って、旺は未雨と青葉に千円札を1枚ずつくれた。
「わあ、ありがとうございます」
 
賀壽子は病気の状態次第では青葉に治療をさせようと思っていた感であったが、実際の病状を診て治療不能と判断したようで、結局祈祷だけして宿に引き上げた。(伶は旺の家に泊まった)
 
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宿は和風旅館で、8畳くらいの部屋に、賀壽子と未雨・青葉が一緒に泊まった。夜中、青葉はふと目が覚める。
 
枕元に昼間会った佳穂さんが立っていた。何だか古風な衣装を着ている。「こんばんは」と青葉は挨拶をする。
「こんばんは。ちょっとお願いがあるのですが」と佳穂。
「だと思いました。成り行きですし、お供します」
 
青葉は旅館の浴衣から昼間の服に着替えた。佳穂は青葉の手を取り、外に出ていく。少し歩いた感じだったが、気がつくと海岸にいた。目の前に小さな円錐形の島が浮かんでいる。
 
「あれ?ここは」
「由良海岸です。私の地元です」
「ああ、ここの話を車の中でしてましたね」
「ええ。それでこちらに来て下さい」
 
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と行って佳穂は青葉を連れて断崖の続く一帯に来た。湾の奥に大きな縦の亀裂が入っている部分がある。海蝕洞というよりは、断層による亀裂という感じだ。
 
「何かに見えません?」と佳穂が訊く。
「えっと、女の人のお股に見えます」と青葉。
「うふふ。あなたにもそれがあるといいのにね」
「欲しいです」
「その内できるわ」
「そうですか?」
 
佳穂が洞窟に入っていくので、青葉もそれに続いた。
 
真っ暗だが、佳穂は松明(たいまつ)を持っている。こういう洞窟では懐中電灯より頼もしい。酸素が足りないと火が消えるからすぐ逃げることができる。
 
しばらく進んだ所に砂浜があった。それを見て、青葉はあれ?今までひょっとして海の上を歩いて来た? と疑問を感じたが、あまり深く考えないことにした。
 
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砂浜の奥に祠のような建物があり、佳穂はその前で足を停めた。
 
「実はこの祠の中に鏡があるのですが、数日前に来た探検家のような方がそれを本来の位置からずらしてしまい困っていたのです」
「はい」
「それを直してきていただけないでしょうか? ここは神様の領域で、私たちは中には入れないのです」
「私は入れるのですか?」
「人間は入れます。それにあなたは生き神様の血を引いていて護られているし」
「へー」
 
青葉は祠の中に入った。4畳半の畳敷きで前方に祭壇があり、燈籠が燃えている。そして床下に銅製の鏡が落ちていた。ああ、これが祭壇に飾ってあったのかな、と思い持ち上げる。
 
重い!
 
銅鏡は見たことはあっても触ったことが無かったので、青葉はこんなに重いものだとは思いも寄らなかった。けっこうな腕力を必要とする。それを持ちあげて、祭壇の中央に朱塗りのスタンドがあったのでそれにセットする。
 
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ふぅっと息をついてから、何となく2拝2拍手1拝した。何かが微笑むような雰囲気を感じた。とても優しい感じだったので、女神様かな?などと青葉は思った。
 
祠を出ると佳穂さんがいない。ただ声だけが響いてきた。
 
「助かりました。ここは一方通行になっているので、お手数ですが洞窟を通り抜けてもらえますか? 通行証代わりに、鏡のレプリカを差し上げます」
 
その時、祠の方から何かが飛び出してきて、青葉の身体の中に飛び込んだ。
 
ふーん。青葉は何だかよく分からなかったが道を先に進むことにした。明かりは無いのだが、その真っ暗な洞窟の中で、道が「見える」ような気がして、スイスイと歩いて行った。もらった鏡の効力なのだろうか?
 
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かなり歩いた時、道は行き止まりになっていて、細い縦穴が天井に開いてあった。
『これ、登れってことかなあ?』
 
結構手がかりがあるので登れそうな気がする。万一それ以上登れなくなったら途中で降りればいいや、と考えて青葉は登り始めた。ここは一方通行だと言われたので、多分ここを登る以外無い。
 
それは運動神経の良い青葉でもなかなか苦労する縦穴だった。ただ、穴がかなり細いので、時々反対側の壁に身体を預けて休憩することができた。それでも結構な時間を掛けて登っていく。1時間近く登り続けたかと思った頃、縦穴は終了した。
 
どこか外に出た。
 
目の前にひじょうに大きな神殿がある。
 
ここはどこだろう?
 
青葉が神殿を眺めて戸惑っていたら、神職の衣装を着けた女性から声を掛けられた。
 
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「夜中にお参りですか?」
「すみません。ここはどこでしょうか?」
「ここは羽黒山の三神合祭殿ですよ」
「羽黒山!」
「迷子かな?」
「あ、いえ。ひとりで帰れます」
「向こうの方に行ったらバス停がありますけど。どこから来ました?」
「あ、えっと鶴岡です」
「じゃ、朝になったら鶴岡行きのバスも出ますから」
「ありがとうございます」
「気をつけて・・・・あら?」
「はい」
 
「あなた、何やら凄いものを持っているわね。素敵な鏡」
「えっと・・・由良の洞窟で頂きました」
「へー! もしかして由良から洞窟を通ってきたの?」
「はい。ずっと洞窟の中を歩いて、それから縦穴を登りました」
「ご苦労さま。次来る時は、ここの麓から遊歩道を歩いてくるといいわ」
「そうですね。そういう道の方が好きです」
 
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「でもあなた、その鏡の使い方、分からないわよね?」
「あ、はい」
「おいで。教えてあげるから」
 
その女性神職はそのまま青葉を連れて奥の方に行く。そして(合祭殿に比べると)小さな神殿の中に連れていき、祝詞を唱え始めた。その祝詞を聞いていて、青葉は心が洗われていく感じがした。
 
「あれ?今気付いた。あなた男の子?」
「えっと・・・戸籍上はそうみたいです」
「でも魂は女の子だね」
「自分でも女の子のつもりでいます」
「うーん。この鏡の修法は女の子にしか授けられないのよね。困ったな」
「すみません」
「あ、分かった。一時的に女の子に変えちゃってもいい?」
「むしろ永久に女の子に変えて欲しいです」
「ふふ。そうしてあげてもいいけど、上から叱られるから」
といって神職さんは青葉のお股の所に手を当てた。
 
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「はい、女の子にしたよ」と言われる。
青葉は触ってみて、ほんとにアレとアレが無くなっていることを認識した。なんだか割れ目ちゃんもできてる!
 
「じゃ行こうか」
と行って神職さんは女の子の身体になった青葉を連れて山の中に入った。
 
結構な速度で歩く。青葉はいつも曾祖母といっしょに山歩きをしていたが、こんな凄い速度ではなかった。必死で付いていくが、それでも遅れる。すると神職さんは青葉が追いつくまで待っていてくれた。
 
「ごめんなさい。遅れて」
「まあ、まだ小学生だしね。2年か3年くらい?」
「いえ、1年生です」
「へー。1年生でこれだけ歩けたら大したもんだよ」
 
山中を3〜4時間ほど歩き回り、小さな滝の所に来た。
「滝行するよ」
「はい」
 
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服を脱ぎ、神職に続いて滝の下に座った。
「滝行、慣れてるみたいね」
「はい、曾祖母と一緒によくやっています」
「ふーん」
 
青葉は裸になったとき、お股の形が女の子になっていることで少しドキドキした。しかし滝に打たれているとそんな雑念はすぐに消えて、無の境地になる。冷たい水が身体を極限まで冷やす。しかし青葉は透明な心で全てを受け入れた。そして身体の中から何かが抜けて水とともに流れていったのを感じた。
 
「あんた、今の捨ててよかったの?」と訊かれる。
「私、何を捨てたんでしょうか?」
「ふつうの人生を歩む道」
「私、ふつうの生き方ができないのは覚悟してます」
「ま、いっか。それに『ふつうの生き方』だとあなた13歳で死んでしまうはずだったけど『ふつうじゃない生き方』だと多分50歳くらいまでは生きられるしね」
「へー。それはありがたいです」
「じゃ、おいで」
 
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滝行をした後、服を着て神職さんと一緒に近くの洞窟の中に入った。
 
その奥にも祭壇があり、鏡が飾られていた。由良で見たのと似た鏡だと思った。
 
神職さんと一緒にそこに座る。線香に火を点けて立てる。神職さんが祝詞を唱える。祝詞が響いている中、線香の煙が充満するのを感じる。それは洞窟の中に充満するだけではなく、青葉の身体の中にも充満していった。
 
その後、神職さんと一緒に山を下りたが、終始無言だった。ふたりはやがて羽黒山の麓、随神門の前に出た。
 
「バスが来たよ」
「ありがとうございました」と青葉は答え、
「洞窟の後、ずっと言葉を口にしない所までが修行だったんですね?」
と尋ねた。
 
「それが分かっていたのは偉い。また会おうね」
「ありがとうございます。お名前を聞いていいですか?私は川上青葉」
「私は名乗るほどのものでもないけど、羽黒山の古い烏だよ。まあ、昔は美鳳(みお)なんて呼ばれてたこともあったけどね」
「やはり、佳穂さんのお姉さんでしたか」
「ああ。佳穂は良い子だよ。あの子に親切にしてくれてありがとう」
 
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青葉は美鳳にお辞儀をしてバスに乗り込んだ。
 

そして気がついたら旅館の布団の中にいた。起き上がるともう起きていた曾祖母が「お早う」と言った。
 
「早朝の運動に誘おうかと思ってたのに、今日は青葉ゆっくり寝てたね」
などという。
「ひいばあ、今何日?」
「え?5月3日だけど」
 
大船渡を出て一関で一泊し、鶴岡に着いたのが5月2日。つまり佐竹旺の家で肉ジャガの晩御飯を御馳走になって宿に引き上げて、それから一夜しか経っていないことになる。
 
「ん? 青葉、お前夜中にどこに行ってた?」
賀壽子が青葉の変化に気付いたようであった。
 
「えへへ、ちょっと修行」
「凄まじくパワーアップしてる!」
 
青葉はそっと自分のお股に触ってみた。
 
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付いてる。。。えーん、これは無くなったままで良かったのになあ。せっかく女の子の身体になれたのにあまり触ったりできなかったのが残念、などと思ったら、どこかで笑い声が聞こえた気がした。
 
ふと思ってポケットを探ってみると、五百円玉と百円玉が1枚ずつあった。ここには昨日佐竹旺さんからもらった千円札を入れていた。減っている400円はきっと、羽黒山から鶴岡までのバス代かな?という気がした。どうも夢?と現実とが混じり合っている感じだ。
 
「それでさ、佐竹さんのお父さん、少しだけ治療できる気がする」
「うん」
 

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寒凰(3)

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