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■寒慄(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-05-04
 
それは震災の起きる2ヶ月ほど前の1月中旬のことであった。
 
青葉は突然佐竹の家に電話しなければならない気がした。佐竹はもう2年前に亡くなっているのだが、様々な霊障相談などが寄せられるので、青葉は対応できる範囲で対応していて、その受付・連絡係を公式には佐竹の後継者となった娘さんの慶子がしてくれていた。また今まで青葉が受けてきた相談の相談料が結構な額になっていたが、その資産の管理もしてくれていた。
 
青葉が電話をすると、思いがけない声がした。
「菊枝!?」
「やっほー。私のメッセージは届いたかな?」
「ここに電話しなきゃと思った」
「よしよし。ちゃんと私達テレパシーが通るみたいね」
「また菊枝、パワーアップしたね・・・・」
「ちょっとこっちに出て来れる?」
「うん」
「じゃ、迎えに行くね」
 
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菊枝は以前はアルトに乗っていたのだが、フィールドワークで結構山奥まで入っていく時にパワーが足りないというので、ここ数年はパジェロ・イオに乗っている。しかしダイナミックな運転は相変わらずである。青葉は助手席に乗っていて、寿命が縮む思いをした。
 
「でも青葉、けっこうおっぱい膨らんで来てない?」
「気の流れで体内に膣・子宮・卵管・卵巣を作っているの。そこの卵巣を刺激すると、ちゃんと女性ホルモンが出るみたい。実物の卵巣ほどの分泌量は確保できないけど」
「人間の身体は面白いよね。きっと医学者が知らないいろんな可能性を私達の身体は持っているんだよ」
「うん。この女性ホルモンの分泌にちゃんとサイクルがあるんだよ。これは私がコントロールしてるんじゃなくて、自然に発生しているサイクルみたいで」
「ちゃんと生理があるわけだ」
「うん。ちょうど生理に当たる日の前後は感情が不安定になるし、その少し前くらいにはお腹が痛かったりする。あれPMSだよね」
「ますます興味深い。今度ゆっくり調べさせて」
「うん、いいよ」
 
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「今日はまた資料調べ?」
「うん。そのつもりで来たんだけどさ、来てみたらちょうどあの資料室の資料の電子化がとうとう完成したと聞いて、それなら早速そのデータをコピーさせてもらえないかと思って。私ならコピーしていいよね?一応、あれは青葉の個人資産だから許可取らなくちゃと思って」
 
元々青葉の曾祖母が個人的に集めた資料である。曾祖母は亡くなる時にそれを青葉に譲る旨の遺書を残していた。しかし青葉の家には置けないので、佐竹さんの所で管理してもらっていたのだが、それを電子化しようと思い立ち、人を雇ってその作業を進めてもらったのも青葉である。青葉は頂いた相談料をこういうものに使っていた。
 
青葉自身は頂いた相談料の1割までしか個人では使わないと決めていた。ただし友人などから頼まれた軽いヒーリングや願掛けなどは元々200円とか300円とかであったり、あるいはお代かわりに古着をもらったりおやつを分けてもらったりなどであったので、その分は全て個人的に使わせてもらっていた。それが親から完全に放置されている青葉と姉の生活を支えていたのである。
 
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「もちろんOKだよ。そもそも先々代(青葉の曾祖母のこと)とつながりのあった霊能者さんには全部開放していたものだし。でも実際に、この資料をちゃんと活用できるのは菊枝くらいだと思うよ」
「他に、出雲の直ちゃん、博多のサッチン、静岡の山川さん、東京の中村さん、あと高野山の瞬嶽師匠くらいかな」
「うんうん、そのあたりのメンツ。でもまあ全部使えるのは菊枝と瞬嶽師匠だけかも」
 
佐竹の家に着き、「こんにちは」「ただいま」と言って入る。
「データは何にコピーするの?」
「ハードディスクのつもり。2TB(テラバイト)のが4台くらいあればいいかなと思ってるんだけど。青葉の許可取れたら仙台まで行って買ってくるつもりでいた」
「うん。たぶんそのくらいで足りるかな。先にサイズ確認しておいて。ふつうに読むためのテキスト化したデータだけなら全部で500GB(ギガバイト)もあれば入るけど、図表とかを高解像度でスキャンしたデータのボリュームが凄くて」
「ここのデータベースを入れてるディスクが500GBのディスク20台だと聞いたからね」
「それはバックアップもあるから」
 
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「ちょっと待ってね。菊枝のユーザーに全コピー許可を設定するから」
青葉は管理者のパスで入り、操作してkikue2というアカウントを作って、そのユーザーに必要な許可を設定した」
「このkikue2で入って。パスワードは今私が打ったのを見てたよね」
「もちろん」
パスワードはランダムな英数記号の並びにしたが、菊枝ならそのくらいちゃんと覚えているだろうというところで、こういうものを紙に書いて渡したりはしない。
「しかしコピー、どのくらい時間かかるかなあ。もともと資料調べで一週間くらい泊まり込むつもりで来たけど」
 
「私も見当がつかない。一応ここのデータのコピー1セットは私の祖母の家に置いてあるんだけど、随時バックアップしていったものだから」
「できるだけ遠い場所にコピー置いておくといいよ。万一地震とかでやられたら、近所の町も一緒にやられる危険あるでしょ」
「そうなんだよね・・・・でも信頼できる人に管理してもらわないといけないから。瞬嶽師匠はこういうの分からんとか言いそうだし」
 
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「あのさ、そういう時のために銀行の貸金庫というものがあるの」
「あぁ!それは気付かなかった。でもあれって、かなり預金してないと、借りれないんじゃないの?」
「コネというものがあるんだよ、青葉君。私達コネなんてありまくり」
「そうだね。菊枝、どこか借りられそうな所探してくれない?私は表には出てないから直接のコネがあまり無いんだ」
「了解♪」
 
一応公的には佐竹の後継者は佐竹の娘さんの慶子にはなっている。慶子も儀式やふつうの祈祷ならできるのだが霊的な力は持っていないので、本格的なものは一応慶子が表に出て、実際には青葉が処理していた。
 
「ね、菊枝。この資料集・・・私も時々海外の資料とかで興味を持ったのを取り寄せたりして年々増えているけど、今はとりあえず私の個人資産になっているけど、そのうち法人化したいんだよね」
「そのほうがいいだろうね」
「でも今それやっちゃうと、うちの親から変なことされそうで。私が20歳になったら法人化するから、それまで待ってくれる?。一応自分の取り分と、私がみんなの共有財産と思っている分は、厳密に区分しているんだよ」
 
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「知ってるよ。1割しか取ってないんでしょ?3割くらい個人でもらっておいてもいいのに。青葉特に、自分と姉さんの2人の生活掛かってるんでしょ」
「お金の亡者にはなりたくないから」
「難しいよね、この稼業。無料でやると安易になりがち。でも高額取るとお金に心が支配されがち。バランスが大切だよね」
「うん」
 
「だけどさ、前々から不思議に思っていたんだけど」
「何?菊枝」
「青葉、その気になったら両親を調伏しちゃったりできるんじゃないの?」
「うん。しようと思ったことはある」
「でもしなかった?」
「一応親だしね。それに基本的に人の心に作用する呪法は使いたくないの」
「確かにね。私もめったに使わないよ。あれは最終手段」
 
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「もうひとつ疑問に思ってたのが、青葉の表情なんだけど」
「バレてる?」
「やはり、それわざとだよね」
「最初はホントに父親の暴力に堪えかねて、自分でも表情を失っちゃったの。でも自分の精神力でそれは克服した。だけどさ、こういう表情をいつもしてたら取りあえず家の中では平和に暮らせるでしょ。面倒な争いで無駄なエネルギーを使いたくないから。でも学校とかで表情豊かにして家では無表情という切り替えもわざとらしい。あとこの表情が仕事にも都合がいいんだ。菊枝もだったろうけど、私達って『何だ子供か』って依頼主に思われがちでしょ」
「うんうん」
「でもこの能面のような表情がけっこうインパクトあるのよね」
「だからいつも無表情で通しちゃってるのか」
「それもあるんだけど・・・・・実はね」
 
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「ん?」
「解除するキーを忘れちゃった」
「何!?」
「だから、今自分でこの表情を解除できなくなっちゃったのよ」
「青葉らしくないミスだね」
「我ながらそう思う。これ掛けたの、まだ小2の頃だったからなあ。未熟だったんだよね」
「解除手伝おうか?」
「ううん。いい。自動解除の条件が成立するの待つ」
 
「どういう条件?」
「私に、私のことを親身で慈しんで保護してくれるような家族ができた時」
「彼氏とか?」
「うーん。それが分からない。案外姉貴が高校卒業した後、私を連れて家を出てくれたりするとそれで成立するかも。でも、姉貴でも彼氏でもない、そういう条件の人と、そう遠くない時期に会えるかも知れないという気がするのよね」
 
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それを聞いた瞬間、菊枝の頭の中にホタルイカが光る海のイメージが浮かんだ。しかし菊枝はその時その意味を量りかねた。
 
「できるといいね。彼氏か。。。。あるいは従姉みたいな感じの人かもね」
「うん、そうそう。その付近の線なの、私が予感しているのは」
「じゃ、どうにもならなくなったら言ってよ。いつでも手伝うから」
「ありがとう」
 

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「ね、ね、青葉」
と早紀がその話をしたのは2月も中旬の頃であった。
「咲良がね、新年度から公立に移るかもって」
「へー」
 
小さい頃に男の人から怖い目に遭わされて男性恐怖症になっていた咲良は中学は私立の女子中学に進学したのであった。
 
「やはり私立ってお嬢様ばかりじゃん。水に合わなかったみたいで」
「あぁ」
「いじめられてる訳ではないけど、孤立しちゃってるみたいなのよね」
「また一緒に通えるといいね」
と青葉は言ったが、その時なぜか自分達3人がまた一緒に学校に通える日は来ないような気がした。なぜだろうと青葉は思ったが、その時は分からなかった。
 
その日の体育、青葉は女子更衣室のほうで着替えていた。最近「専用更衣室」のほうはあまり使っていない。
 
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早紀とおしゃべりしながら着替えていたら、いきなり後ろから胸を掴まれた。
「きゃっ」
思わず悲鳴をあげる。青葉といえどもいつも自分の周囲に結界を張っているわけではない。その時は完全に無防備だった。
「青葉〜、また胸大きくなってる」
「椿妃〜。もう。掴まれたら掴み返す」
と言って、青葉は椿妃の胸に触った。
「椿妃こそ、順調に胸育ってるじゃん」
「へへへ。ブラジャーをCに替えた」
 
「いいなあ。私はなかなかAを卒業できないわ。でも見栄張って5月くらいからBに替えちゃおうかなあ」
「なぜ5月?」
「ゴールデンウィークに集中して女の子の気分の暗示掛けて女性ホルモンを活性化させようと思って」
「ふーん。お薬とか何も飲まずに、瞑想とマッサージとツボ押しとかだけで、そこまで胸が大きくなるほうが驚異だわ」
「ホルモン剤、そのうち飲むようになるとは思うけど、飲まずにどこまで大きくできるか挑戦したい気分なのよね」
 
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3月9日の地震ではどこもかしこも大混乱だったが、もともと東北は地震は多いので、素直に諦めて落ちたものや割れたものの後片付けをした。9日の夜は最近ほとんど家に帰ってきてなかった父が帰宅し「何か壊れたか?」と聞いたが、「もともとこの家に壊れるほどのものも無いけど」と青葉が言うと、いきなり殴られた。青葉がキッと睨むと「ふん」と言って父はまた出かけてしまった。これが青葉が父と交わした最後の会話であった。
 
母のほうは9日は帰って来なかったが、10日の朝にアルコールの臭いをぷんぷんさせて帰宅した。「あぁ、何か地震あったんだっけ?」と聞くので「あったけど」
というと「じゃ家の中、ふたりで片付けといてね。青葉少しお小遣いくれない?」
などと言う。青葉はためいきをつくと「今これしかないから」と言って2000円を渡した。「ありがとね」と言い、「とりあえず寝る」と言って寝てしまう。母は青葉が何らかの方法でお金を稼いでいることに気付いてはいたが、そんなに高額たかったりはしないので、青葉は時々現金を渡していた。
 
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母は学校から戻ってきてもまだ寝ていた。夕方になって起きてきてお風呂に入り、お化粧をすると「またね」と言って出かけていった。それが青葉が見た母の最後の姿であった。
 
姉は9日は帰宅して地震のあとの片付けを青葉と一緒にしたが、10日の日は帰宅しなかった。最近姉には彼氏が出来たようであった。親があの状態だし、歯止めがないのをいいことに時々彼氏の家に泊まっているようだった。高校生としては不純かも知れないが、確かにその方が御飯は確保できるしな、と青葉は思っていた。
 
11日の朝、果たして姉は戻ってきた。
「ごめんね。また朝帰りしちゃって」という。
「大丈夫だよ。でもちゃんと避妊してる?」
「それがあの人、付けるのいやがるんだよね・・・」
「だめだよ。ちゃんと付けさせないと。姉貴の学校、妊娠したら退学でしょ?」
「うん。言ってみる」
「一応朝御飯、作っておいたけど食べる?」
「うんうん、食べる」
 
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両親ともいないので、のんびりと朝の時間を過ごすことができた。最近はこういう朝も多くなっていた。以前みたいに家庭内で荒れる両親におびえて生活していた時よりはまあいいかな、と青葉は思っていた。
 
7時になり、一緒に家を出る。いつもの角で「じゃ、またね」と言って手を振って別れたが、その時なぜか涙がたくさん出てきた。何なんだろう。この涙は・・・・その時青葉には涙の正体は分からなかった。
 
その日、青葉はすこぶる体調が悪かった。変な頭痛がする。おかしいな。「生理」
にはまだ日数があるのに・・・・授業中もなぜか集中できず、早紀から授業中にぼーっとしてるの珍しいね、などと言われた。
 
6時間目は体育でスキーだったが、ちょっと出来そうにないので見学させてもらうことにして、授業中は着ておくことになっている学生服を着て、みんなと一緒に学校の裏山に登った。みんながスキーをしているのを見ていてた時、ふと海が光るのを感じた。青葉は立ち上がって走りながら叫んだ。
「先生!!!!みんなを集めて!!」
「どうした?」
「大変なことが起きます」
先生も青葉の強い霊感を知っているので「分かった」と言い、滑ったり登ったりするのをやめさせて全員を集合させる。
「何かあったんですか?」
と生徒達の間から声が出た時、いきなりそれは来た。
 
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「わっ」「きゃー」
男女合同授業なので1年3組と4組の男女全員がいたが、突然の激しい揺れにみんな悲鳴をあげた。スキーが倒れて何本も勝手に滑っていく。
みんな直下型の地震にやられたと思ったようだったが、冷静な青葉はP波とS波の時間差から、暗算で、震源までの距離を150kmくらいと見積もった。これは信じがたいほどの巨大地震だ・・・・・
 
「よく雪崩起きなかったな」とやっと立ち上がった体育の先生が言う。「これ余震来ますね。次は雪崩起きるかも」ともうひとりの先生も言う。
「生徒すぐに下に降ろしましょうか」
その時、青葉はその教師のことばにとても嫌な予感がした。
「待って下さい!」と反射的に言う。
「どうした?」と訊かれる。
 
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うーん。待ってと言ったものの、なんだろう・・・・・
その時青葉はさっき海が光ったことを思い出した。同時に頭の中に「TSUNAMI」という単語が飛び込んで来た。
「津波が来ます」
「津波?」
「しかもこれかなり凄いです。明治の大津波くらいのかも」
ふたりの先生が顔を見合わせた。
 
すぐに学校に携帯で連絡を取る。しばらく話していた。
「確かに、津波警報が出ているらしい。学校の方でも生徒をどこか高台に移動させようかという話を、今しているところだと」
「だったら、我々はここを動かないほうが安全じゃないですか?」
「川上、そう思うか?」
と訊かれた。
「はい。動かない方がいいです。ただ雪崩が起きた時のために、比較的安全な林の中に」
「うん、そうしようか」とふたりの先生が確認しあう。
 
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「よし、みんな、林の中に移動するぞ!」
と教師がいい、ふたつのクラスは林の中に移動して、そこで数時間を過ごした。教師は携帯FMをつけてニュースを聞いていた。
 

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