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■寒椿(2)
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青葉の性別はちょっとした偶然でばれてしまった。
連休に入る前、担任が青葉の家庭の件について、小学校の時の担任の先生に話が聞けないかと思い、連絡を取ってみた。そして話をしている内に小学校の先生が「あの子、あんななりしているけど、さすが男の子ですよね。お姉さんを父親の暴力から守ってあげているみたいで」などと言った。
「へ?」と中学の担任は思った。「男の子?あの子、男の子なんですか?」
「え?」と今度は小学校の担任が言う。「男の子・・・ですよね」と向こうがかえって自信無いという感じの声で答える。
早速青葉を呼び出す。
「君、もしかして男の子なの?」
「私は自分では自分のことを女だと思っています。ですから、入学以来女子として扱ってもらえて、とても嬉しかったです。でも戸籍上の性別は確かに男になっています」
このあと職員室はちょっとしたパニックになってしまった。
誰も青葉が女の子ではないなどとは思いもよらなかったのであった。
「だって私この子の下着姿見てますけど、女の子の体にしか見えませんでしたよ」
と保健室の先生も体育の先生も言った。青葉の家の人にも話を聞きたいということになったが、両親との接触は問題がありすぎるようであったし、そもそもまともな話が聞けそうにないということで、青葉本人に確認して、高校に行っているお姉さんに来てもらうことにした。担任、学年主任、生活指導主事、校長、教頭、養護教諭の6人で話を聞く。未雨は語った。
青葉が物心ついた頃から女の子になりたがっていたこと。小学校に入った頃からずっと女の子の服しか着ていないこと。友達もほとんど女の子で、遊ぶ時も女の子たちと遊ぶことが多かったことなど。青葉のバストについては姉もよく分からないが、本人がいろいろ努力して作り上げたもののようだと言った。「ホルモン剤を飲んでいる訳ではないと思います。そもそもそんなもの買うお金ありません」と姉は言った。ただ青葉はヒゲも生えないし、体毛などもふつうの女の子並みであり、また声変わりはしていないようだと証言した。
青葉の姉にいったん退席してもらってから、その結果や別途小学校の時の担任から聞いた話などを報告した職員会議は大荒れに荒れた末にひとつの妥協案を見出した。あらためて青葉と姉を職員室に呼び、結論を伝える。
まず一応男子である以上、少なくとも授業中は男子の制服を着て欲しい。授業中以外の服装については特に何もいわない。通学時や放課後活動・校区外活動は「制服」であれば構わない。(つまり女子制服でも構わない。特にコーラス部の練習や大会には女子制服で行ってもらって問題無い)
トイレについては、男子トイレの使用は困難なようだし余計な混乱をもたらしそうなので来客用の多目的トイレを使ってもらいたい。髪の毛については女子の基準で長くなりすぎなければよしとする。(この中学は男子の髪はかなり短くすることになっているのでそれを青葉に強制するのはさすがに気の毒だということで全員一致した)
体育の時の着替えについては、小学校の時の扱いと同様に専用の更衣室を用意する。体育の授業については男子と一緒にさせて男子と身体の接触があるといろいろ問題がありすぎるので、女子と一緒に受けてもらう。夏の水泳の授業の時の水着は女子用でよい(青葉は胸があるので男子の水着を着せるわけにはいかない)。
そこで男子の制服をあらためてOBに頼んで調達して青葉に渡すことにした。
翌日、青葉が学生服を着ているのを見て教室はまたざわめきが起きた。担任が経緯について説明する。
しかし授業中だけ男子の制服を着ることを強要されたことで女子生徒の間に青葉への同情が広がった。特に椿妃たち、先日青葉を更衣室で取り囲んで身体チェックしたグループなどは、青葉に「あんたが可愛い女の子になれるよう応援するからね」などといって、しばしば可愛い服を調達してきて、青葉に「これあげる」などと言ってプレゼントしてくれた。彼女たちとは放課後一緒に遊んだりすることも多くなった。
トイレに関しては椿妃や早紀など同級生の女子が10名ほどで校長の所に抗議に行った。青葉は普通の女の子と全然変わらない。トイレは全部個室なんだし、わざわざ女子トイレから排斥する必要はないのではないかと。校長もその件に関してはどちらかというと容認派であったので、再度職員会議に掛けることを約束してくれた。その結果、青葉は男子の制服を着ている時は共用トイレを使ってもらうが、女子の制服を着ている時は女子トイレで構わないことになった。
先生達の中にも、授業中だけ男子制服を着るようにさせなくても、ずっと女子制服でよいのでは、という意見の先生もけっこういたが、保守的な先生たちの抵抗で、その件については少し時間をおいて議論することになった。
そういうわけで青葉は毎日、女子の制服で通学してきては1時限目の前に学生服に着替え、授業が終わるとまた女子の制服に着替えて、図書館で過ごしたりクラブ活動をしたり、また友人達と街に遊びに出たりする生活をするようになったのであった。昼休みもコーラス部の練習がある時は青葉は「専用更衣室」で女子制服に着替えて出ていた。
コーラス部ではみんな青葉の性別問題には驚いていたが青葉が「私は今後も声変わりしないですから大丈夫です」と明言したのでそのままソプラノに留め置かれた。入部時にE3〜B♭6だった青葉の声域はゴールデンウィーク明けの頃には練習の成果、D3〜C7まで広がっていた。顧問の先生は青葉のこの声を活かさない手はないというのでソロパートのある曲を練習に組み込んだ。
「青葉、男子の声は出ないの?」と椿妃は訊いたが「それは出ないんだ、御免」
と青葉は答えた。「もしかしてカストラート状態?」「似たようなものかな」
更衣室問題に関しても青葉の級友たちは先生達に申し入れたものの反応が芳しくなかった。そこで椿妃らは実力行使に出て、体育の時間に青葉を半ば拉致するかのように「いいからこっちおいで」と女子更衣室に連れていき、ここでみんなとおしゃべりしながら着替えようよなどと言った。この結果、少なくとも体育の時間は青葉はみんなと女子更衣室で着替えることが多くなった。その状況を見ても先生達は特に何も言わなかった。一応のタテマエは通っているので、実態については、黙認してくれている感じであった。
青葉がいつも無表情で感情を殺した話し方をすることについては保健室の佐々木先生が心配して、しばしば保健室に呼んで話をした。しかしなかなか改善は見られない感じであった。5月のある日、佐々木先生と青葉が保健室にいた時、同じ1年の別のクラスの女子生徒が気分が悪いといって保健室に来た。とりあえずベッドに寝せて熱など測ったりしていたが、青葉に気付くと「ねえ。青葉、容子の生理不順、治してあげたんでしょう。私のも治してくれない?」という。
「ちょっと診せて」と言って青葉はその子のお腹のあたりに左手を出す。直接身体には接触させずに2〜3cmの距離に留めている。
「生理不順というより生理が重いでしょ、これ。それと生理前がきついよね」
「うん、そうそう」
「生理のサイクルはそんなに乱れないんじゃない?今気分が悪いのもPMSかな」
「そうなのよ」
佐々木はふたりの会話を聞いてあっけにとられている感じだ。
「とりあえず応急処置。今辛いのを軽くしてあげる」と言うと
青葉は目をつぶって、左手をそのままの位置に置いたまま、右手の指を何やら印でも結ぶような形にした。しばらくそのままにしていたが、やがてゆっくりと左手を身体と並行に動かし始めた。気功かしら?と佐々木は思う。青葉はその動作を5分くらいしていたが、やがて「あ、ここだ」と小さく呟くと、一気に強くその手を動かした。「あ」と女生徒が声を出す。
「どう?」
「今凄く楽になった」
「滞っていた所が流れるようにしたから。でも少し寝ていたほうがいいよ。夕べ、夜更かししたでしょ」
「凄いなあ、そういうのも分かっちゃうのね」
「寝不足はお肌にもよくないよ」
「そうだよね」
「それとホルモン分泌も少し乱れていたの修正しといた」
「ありがとう。あ、お代は月末でいい?今お小遣いピンチで」
「いつでもいいよ」
目をつぶってうとうととし始めた感じの女生徒を寝かせたまま、佐々木と一緒にベッドから離れた。
「今のってもしかして心霊治療?」
「心霊治療もしますけど、今のは気功です。たいていは気功のレベルで治せますよ。私のひいおばあさんが拝み屋さんだったんです。私が小2の時に亡くなったんですが、私はそのひいおばあさんから凄い素質があるって言われて、幼稚園の頃から一緒に滝行とかしてたんですよね。私、ひらがなより先に梵字の阿を覚えたんです」
「へー」
「それでひいおばあさんが亡くなってから、生前からこの子が私の跡継ぎだからってあちこちで言ってたみたいで、私でもいいから診てくれって人がたくさん来て。手に負えないのはひいおばあさんの大人のお弟子さんとかにも回していたのですが、私でもできる程度のものは治してあげたりしてました」
これは実は嘘である。逆に弟子の佐竹さんが手に負えないのが青葉の所にまわってきていた。お金も佐竹さんが1年前に亡くなるまで管理してくれていた。佐竹さんが亡くなった後は、佐竹さんの娘さんが連絡係をしてくれている。
「で、有料なのね?」
「はい。こういうものはタダでしてはいけないと言われています。タダですることで無責任になってはいけないから、ちゃんとお金を取るのだ、と」
「ああ、そういうことを言う人いるね」
「実際問題としてこれでいただくお代のおかげで、私と姉は最低限の食料を確保してるんです。これ秘密ですよ。親に見つかるとお金取り上げられるから
かなり慎重にお金は隠してるし。時々わざと少し発見させてそれで満足させてます」
「あなたって、ほんとに大人ね」
「かわいげ無いってよく言われます」
「違うわ。良い意味でよ。でも、ホルモン分泌の乱れとか、そんなの治せるのね」
「ホルモンは精神の影響を受けやすいので、逆に気功でコントロールしやすいです。私の胸も、自分の体内の女性ホルモンを活性化させて作ったんです」
「そうだったの!」
「・・・・先生にこれ言ったら叱られるだろうな・・・・」
「何?」
「私・・・小学5年生の時に自分の睾丸の機能を止めちゃったの」
「・・・・・」
「だから、私は去勢してるのと同じ。だって、声変わりとか絶対嫌だと思ったから。最初足に1本黒い毛が生えてきたのを見て、ああ私は男になってしまうのかなって、一晩泣き明かしたんです。でもこれ絶対阻止しようと思って」
「それで、あなたヒゲとかも無いのね」
「はい」
「叱られるようなことだとちゃんと分かっているのなら、いいわ。それと、そういうことを打ち明けてくれてありがとう。校長先生たちには言わないから」
佐々木はこの子が自分には少しだけ心を許してくれたんだなと感動していた。
「ありがとうございます。完全に止めるのに実際は1年近く掛かりました。でも止めた後、ホルモン的にニュートラルになるのはまずいからと思って女性ホルモンを活性化させたんです。おっぱいが少しだけできたのは、半ばボーナスみたいなものかな」
その時ちょっとだけ青葉は笑顔を見せた。
「青葉ちゃん、辛いことがあったらいつでも私に言ってね。あと御飯が確保できない時は遠慮無く言って。お姉ちゃんともども何か食べさせてあげるから」
「ありがとうございます。頼ることあるかもしれません」
青葉が丁寧におじぎするのを見て、佐々木はほんとにしっかりしている子だと思った。この子ができるだけふつうの女生徒として生活できるように、自分もいろいろしてあげたいとも思った。
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