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■寒慄(2)
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津波の被害が教師の付けたFMから聞こえてくる中、青葉の頭の中に直接「大丈夫?」というメッセージが飛び込んで来た。こんなことするのは菊枝しかいない。「大丈夫」と返事したら「落ち着いたら電話して」と返信が来た。うん。それがいい。脳内直電でたくさん会話するのはさすがに辛い。
夕方になり教師があちこちに電話して避難所の場所を確認した。全員でそこに移動した。スキーは荷物になるので山小屋の近くにまとめて置いた。みんな沈んだ顔をしている。女子の中には泣いている子も多い。青葉は早紀と手を握り合っていた。
青葉は避難所への移動の最中に、できる限りの『探索』をした。最初に探索したのは姉だったが、かなり探したのにどこにも反応を見つけることができなかった。父と母も探してみたが、反応が無い。祖母も祖父も反応が無い。青葉は深い孤独感を感じた。
咲良は無事だ。後で電話してみようか。早紀の両親、咲良の母も反応があった。そこで早紀に「早紀のお父さん・お母さんは無事だよ」と伝えてあげた。
佐竹さんの娘さんは無事だ。しかしあの家は無理だろうなと思った。海岸の近くにあるからきっと津波にやられたに違いない。しかし資料室の本の中身は菊枝が電子化したデータを持っているから消失は避けられる。思えば、あんなジャストタイミングで菊枝がこちらに来たのも、そもそも菊枝自身も気付かない何かに動かされてだったのかも知れないと青葉は思った。
佐竹の家の資料データベースのハードディスク、それと祖母の家にあったバックアップのディスクは、いづれもディスクパスワードを設定しているしデータ自体も『霊能者にしか解けない』パスワードを設定している。あれが万一、誰かにがれきの中から回収されても中のデータが一般に流出することは無い。
避難所ではみんなが臨時公衆電話に列を作り、どこかに連絡を取っている。青葉はその列が途切れるのを待った。いちばん端の電話を取り、菊枝の携帯の番号をプッシュした。
「直電メッセージありがとう」という。
「無事みたいね。でもあんなことできるなんて私達超能力者みたいね」と菊枝。「私と菊枝の相性がいいからだと思うよ」と青葉は言った。
青葉は自分の姉、両親、祖母が亡くなったようであることを伝えた。
「青葉が霊査して反応が無いなら間違いないだろうね。気を落とさないでね、などとは言わないから。今夜はひとばん泣いていいからね」
「うん・・・泣き方忘れちゃった」
「そこだけでも解除してあげる。目をつぶって」
「うん」
「・・・・・解除したよ」
「ありがとう」
青葉は既に涙が出はじめているのに気付いた。
「それから佐竹さんの家はたぶん津波でやられたと思う。明日確認してくるけど」
「じゃあの資料室は」
「だめだろうね。データベースもろとも」
「おばあちゃんちのバックアップは」
「そちらもダメだと思う。だから菊枝が持っているデータだけが頼り」
「仕組まれてるね・・・・だから私は1月にそちらに行ったのか」
「あとでそちらのからコピーを取らせて」
「コピー1セット作っておくよ。落ち着いたら連絡して。持ってくから」
「うん」
「これからどうするの?」
「まずは他の避難所にいる知り合いと色々連絡取ってみる。それから明日念のため佐竹の家と私の自宅も見てくる」
「うん。そのあとは」
「分からない。何日か避難所で過ごしてから考える」
「まあ、青葉は自力で何とかできる子だけど、もしどこも頼る人がいなかったら取りあえずうちに来てもいいからね。1日1000円で泊めてあげるから」
「ありがとう。菊枝優しいね」
「だって、青葉タダで泊めてあげると言ったら絶対うちに来ないでしょ」
「たぶんね」
時々連絡をとりあうことを約束してその日は電話を切った。
その日のうちに青葉は咲良、佐竹さんの娘さん、と電話で連絡を取り合った。咲良はまだお母さんが無事であることを知らなかったので、大丈夫だと教えてあげた。今は電話がつながらないので使えないが落ち着いてから連絡を取り合うために咲良のお母さんの携帯の番号を聞いて青葉はメモした。
慶子さんは津波が来ることまでは瞬間的に感じ取ったので必死に高台まで逃げて助かったけど家はたぶん無理だと言っていた。また青葉の通帳や印鑑なども流出してしまったと思うということで、それに関しては落ち着いてから再発行の手続きを取ると言っていた。
早紀はまず母と連絡が取れていた。向こうは父の安否が確認できていないようであったが、早紀は「青葉が無事だっていってるから間違いなく無事だよ」と言っていた。早紀の母もそれで安心したようであった。翌朝、早紀の母は何とか足を確保して、早紀を迎えに来た。青葉は早紀の母の携帯の番号をメモさせてもらいまた、後日の再会を約束した。
翌日。青葉は避難所にいる先生に断って避難所を後にする。まずは佐竹さんの家まで歩いていった。たしかにその場所は津波にやられてがれきの山になっていた。青葉はふっとためいきをつくと、家のあった場所をだいたい見当をつけその四隅のあたりを少し掘った。
「見つけた」
青葉は『それ』を回収して学生服のポケットに入れる。四ヶ所それぞれから、『それ』を掘り出した。
「しかし、この学生服は参ったなあ」
と青葉はひとりごとを言う。
「どこかで女物の服を調達しないと・・・避難所でもそのうち服の支給はくるかも知れないけど、この格好で女物の服をくださいとか言うと、変態かと思われちゃうだろうしな。さてどうするか」
せめて体育の実技やっててジャージだったら、自分は女にしか見えない筈なのだけど、学生服というのは最悪だ。
青葉はそこから約5kmの距離を歩いて自宅の付近まで行った。かなりひどい状態の道路を5kmなので、2時間以上かかってしまった。しかしその付近も何も無い状態になっていた。「ああ、図書館から借りていた本、返せないよ」などとよけいなことを考える。
姉はどこにいたんだろう、と考えてみた。少しぼーっとしていたら自動的にビジョンが始まった。地震のあとでパニックになっている状態から、みんなで避難の話をしている中、彼氏?が姉に近づいてきた。どこかに行こうと誘われているようだ。姉は反対しているようだったが、結局押し切られてしまった。場面が転換する。海岸。まさか!?波が荒れている。やがて大きな波が来る。ここで初めて逃げようとしたようだが。
そこでビジョンは切れた。
「おねえちゃん・・・・・・・・」
昨夜菊枝に解除してもらった、悲しみの涙を流す機構が働いた。
姉のビジョンが消えた時に、姉の炎のそばに、もうひとつ小さな炎が燃えていたことに青葉は気付いていた。お姉ちゃん、妊娠してたのか・・・・・津波は姉とその彼氏のみならず、姉の胎内に芽生えたばかりの小さな命も消してしまった。
青葉はそこで座り込んだまま涙を流していた。
日暮れが迫っても青葉は動くことができなかった。
結局青葉は自宅跡のがれきの上でその夜をあかしてしまった。寒い中で長時間過ごすのは鍛えているから平気だ。しかし朝日が差してきた時、さすがに少しお腹が空いたなと思った。過去の経験からするとだいたい5-6日は何も食べずに過ごせるのだが、精神力が落ちているから何か食べたほうがいいと思った。少し歩いていたら、ちょうど見回りをしている市の職員に会ったので近くの避難所の場所を訊く。
お礼を言ってそちらへの道を進んだ。避難所に着いてから早紀のお母さんの携帯と佐竹さんの娘さんの携帯に電話して所在を伝えた。
青葉は、肉親を失ったショックというのは後から効いてくるものだということばを思い出していた。地震の当日は姉や祖母の死を何となく受け入れていたのに、今日あたりになってから、もう悲しくて悲しくてたまらない。そしてどうして自分はせめて姉だけでも守ってあげられなかったのだろうと思った。自分が全力を出していれぱ、何か助ける方法があったのではないかと悔やまれた。悔しい。悲しい。そして自分の力の無さを再認識した。
しかし青葉は思った。そうだ。自分はまだまだ未熟なんだと。鍛え直そう。自分はほとんど天涯孤独になってしまった。いっそ、どこかのお寺にでも入れてもらって修行でもしようかとも思ったりしていた。でも・・・・・・私を「女」の修行者として受け入れてくれるお寺さんなんてあるんだろうか。。。。難問だ。だいたい今の避難所で青葉はトイレに行くのにも実は困っていた。
そんなことをいろいろ考えていた、その避難所での4日目の夕方。あまり聞いたことのないファミレスチェーンの炊き出しの車が来た。どこかのローカルチェーンだろうか。ここ数日、青葉はおにぎりしか食べていなかったので(実際には落ち込んでいたので、ステーキを目の前に出されても食べられない状態ではあったが)、お肉とかでも食べたほうが気力が出るかな、と思い列に並ぶ。
こういう悲惨な地域に派遣されてくる炊き出し車だから男のスタッフばかりかと思ったら意外に女性ばかりで構成されたチームだ。みんな可愛い制服を着ている。よくこんな所まで来たなあ、道自体通るのに苦労したはずだぞと思って眺めていた時、青葉はひとりの女性に目がいった。え!?あの人・・・・だよね。
注文を取りにきたのも、キッチンカーの入り口のところで食事を渡してくれたのも別の女性だったので、その場では声を掛ける機会が無かった。でも・・・ビーフ・カレーを食べながら考えていた。こんな場所で偶然?こういう人に出会うなんて。きっとこれは運命だという気がした。運命なら行動しよう。
青葉はそう思い立つと、ちょうど食器の回収に来ていたその女性のところに近寄り回収用のワゴンに自分の分の食器を置くと、「済みません」と声を掛けた。
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寒慄(2)