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■春和(3)
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まだ少し世間話などしているうちに慶子がやってきたので、慶子にも白石さんを紹介して、ふたりは名刺を交換していた。
「ああ、なるほど。表向きはあなたが継承者ということになってるんですね」
「ええ。中学生が出て行っても信用されないので」
「でも実際には全部青葉さんがしてくださってるんです」と慶子は笑って言った。
白石に別れを告げて、慶子の車で一ノ関まで送ってもらった。
「すみません。個人的な用事なのに、送ってもらって」
「うんうん。いいのよ。私も車で走り回っていると気分転換になるし」
「菊枝がドライブしてると頭が空白になるんだと言ってました」
「あ、そうかも。たぶんマラソンとかしているのと似た感覚」
「私も早く免許とってやってみたいなぁ」
「・・・・青葉さん、実は運転できるでしょ?」
「え?」
「だって青葉さん、しばしば助手席でブレーキ踏むような動作するんだもん。5月頃から気になってたんだけど」
「・・・それは内緒ということで。実は小6の時に教えてくれた人がいて・・・基本的な操作は覚えたんです。5月に菊枝の所に行った時、今慶子さんに言われたのと同じこと言われて・・・『運転できるなら、私ちょっと疲れたからしばらく運転代わって』なんて言われて1時間くらい運転しました。久しぶりだったけど、すぐ感覚が戻って来た」
「まあ、運転する時はお巡りさんに見つからないようにね」
「へへ」
駅前で降ろしてもらい、しばらく待っていたら、彪志がなんと父と一緒に車でやってきた。挨拶して乗り込む。車は郊外の住宅地に着いた。
「お邪魔します」といって家に上がる。
「青葉さん、お久しぶり」とお母さん。
「どうも、ご無沙汰しておりました」
「すっかり美人さんになっちゃって」と笑顔で歓迎してくれる。
「あ、これ詰まらないものですが、お土産です」と言って高岡で買ってきていた『鹿の子餅』を出す。
「あらあ、気にしなくていいのに」と言ってお母さんが受け取る。
「さあさ、お腹空いたでしょ?お昼御飯にしましょ」
「あ、すみません。待っていてくださったんですか?」
「大丈夫、ふだんの日曜のお昼なんて適当だから」と彪志。
「昨日も2時過ぎてからカップ麺だったし」
「こらこら、そういうのバラさないで」とお母さん。
お母さんは大きな皿に盛った焼きそばを台所から運んでくる。
「あ、私も何かお手伝いします」といって青葉は席を立つ。
「ありがとう。そこの箸立てから、お箸を4人分持ってきてもらえる?」
「はい」
青葉は箸立てを見るが、同じ模様の箸がたくさん立っている。特に個人用の箸は定めていない方式だなと判断し、取り箸まで含めて適当に10本抜き出してきて1組大皿に置き、残りを食卓に配った。その間にお母さんが小皿を4枚持ってきてみんなの前に置く。
「では頂きます」とお母さんが声を掛けてから、みんな頂きますを言い食べ始める。
「私、礼儀とかマナーとか全然分からないので、失礼なことしたら済みません」
と青葉が言うが
「あら、青葉さん、しっかりしてる感じよ」とお母さんは言う。
「お箸も取り箸まで用意してくれたので『おっ』と思った」
「私も姉も、小2の頃から両親に放置されてたので、躾とかが全くされてないんですよ。富山に行ってから、新しいお母さんに頼んで基本的なこと、たくさん教えてもらったけど、まだ全然不安で」
「大丈夫、俺もそういうのさっぱり分からないから」と彪志。
「あんたは少し適当すぎ」とお母さん。
「だいたい、その箸の握り方は何よ?ほら、青葉さんを見てごらん。きれいにお箸持ってる」
「わあ」と意外な所に飛んできて青葉も焦る。
「お箸の握り方なんていいじゃん。食べ物を摘めたらいいんだよ」と彪志。
「あ、でも青葉、無理にお箸右で持たなくても、左でいいからね」
「あ、ありがとう。じゃ変えちゃおう」
といって青葉は左手で箸を持ち直した。
「あら、左利きなのね。でも右でも左でも、お箸ちゃんと持ってる」
「結局そこに来るのか」
その時青葉が「あれ?」という声を出す。
「どうしたの?」
「この焼きそばが盛ってあるお皿、凄く良いお皿ですよね」
「あら?陶磁器のこと分かるの?」
「全然。うち、そもそもまともな食器無くて姉とふたりでしばしば紙の皿とかで食べてたし。富山に来てからこちらのお母さんが山中塗りが好きなんで、山中の漆器が家に沢山あるのですが陶磁器にはあまりこだわりがないみたいで」
「これは古伊万里の皿なの」
「へー。といっても御免なさい。その方面、さっぱり分からなくて」
「だいたい200年くらい前に佐賀県の有田で焼かれた磁器ね」
「すごい」
「でも、どうしてこれが良いお皿だって分かったの?」
「作った人の波動を感じるんです。凄い丹精込めて作られているから、とてもいい品だと思って。この皿自体が持っている波動も美しいです。もちろん、絵柄も可愛いですよね」
「そうそう。有田系の磁器って、絵柄が可愛いのよね。それで私好きで」
「でも有田で作られたのに伊万里って言うんですね?」
「伊万里が輸出港だったから」
「ああ!」
「ヨーロッパでは凄く人気があったらしいわ」
「へー。じゃコーヒーのモカなんかと同じ原理ですね」
「うん。輸出港の名前がブランド名になっちゃったのね」
「青葉のおじいさん、有田の元陶工だって言ってなかった?」と彪志。
「あら」
「陶工というより絵付け師だったらしい。でもうちには有田焼きらしきものは1枚も無かったよ。喧嘩してたからかも。でも3月におじいさんの所に行った時は、あの蘭の模様の・・・」
「香蘭社?」
「あ、それかな?なんかいい感じの湯飲みが出て来ました」
「世間一般には深川製磁という所の製品が好まれるんだけど、香蘭社もまた根強いファンが多いのよね」
「へー」
食事が終わったあと、青葉が持ってきたお菓子を開ける。
「わあ、なんか上品そうなお菓子」
「お茶入れるわね」
と言って、お母さんが煎茶を入れてくれた。そつなく青葉が手伝ってみんなの分の湯飲みとお菓子を乗せる小皿を配る。
「私、凄く気に入った」とお母さん。
「ええ。これ、けっこう美味しいでしょう?」
「いや。このお餅も凄く美味しいけど、私が気に入ったのは青葉さん」
「わあ」
「あなた、気配りが凄いし、雰囲気が凄く柔らか。お手伝いする時がすごくさりげなくて。いいお嬢さんだなあ。またこちらに来た時はぜひ寄ってね」
「いや、毎回それだと、俺、青葉とデートできない」
「いいのよ。彪志はしばらく受験勉強で忙しいからデートしてられないはず。代わりに私が青葉さんとデートしたいわ」とお母さん。
「ちょっとー、それはないよぉ」と彪志。
青葉は困ったような笑顔をしている。
「取り敢えず」と彪志のお父さん。
「母さんも青葉ちゃんのこと気に入ったようだし、彪志と青葉ちゃんは少なくともこちらの方では公認の恋人ということで」
「ええ。まだお互いに結婚とかが考えられる年齢じゃないけど、恋人として付き合う分は全然構わないと思うわ。お互いの勉強とかに影響が出ない程度にね」
「俺、むしろ青葉がいることで励みになってるよ」
なるほど。結婚はどっちみち先のことだから後で考えるとして取り敢えず恋人として交際するのは、親としてはノープロブレムというニュアンスのようである。しかし青葉は念のため『その点』を確認した。
「あ、えっと・・・お母さんも私の性別のことはご存じなんですよね」
「ええ。でも、こうしてあなたを見てると、戸籍上は男の子だなんて、全く信じられないわ」
「でも実は俺も未だに青葉が男の子という証拠を見たことが無いんだけどね」
「あら、そうなの?」
「だって、青葉って裸にしてみても女の子にしか見えないんだもん」
「おや、彪志、あんた青葉さんの裸を見たの?」
「うん、まあ・・・」
こないだの一夜の件はどうもお母さんには言ってなかったようである。
「付き合い出した2年前の時点で既におっぱいあったし、こないだ見た時にはかなり大きくなってたし。完璧に女の子の身体だったよ」
「あら、その胸って本物なの?」とお母さん。
「はい」と青葉は微笑んで答える。
「お股には何も付いてないし」
「そういう所まで見た訳?彪志」
「はい、見られました」と微笑んで青葉。
「でも、そしたら普通に男の子と女の子がするようにできるのかしら?」
「うん。普通に男の子と女の子がするようなことをしたよ」と彪志。
「あら、しちゃったの?」
「高校生のセックス経験率は30%らしいよ、母ちゃん」
「全く呆れるわ。でもちゃんと避妊したわよね?」
「はい、彪志さん、ちゃんと付けてくれました」と青葉。
「私は本来妊娠しないはずなんですが・・・・彪志さん、私ならマジで妊娠したりしかねない、なんて言って」
「あ、そうか。妊娠しないんだっけ?」とお母さん。
「それが青葉って生理があるんだよね」と彪志。
「え!?」
「普通の女の子の生理とは少し違うみたいだけど。そんな子だから妊娠もあり得なくもない気がするから、結婚できるようになるまではちゃんと避妊する」
青葉は何も言わずに笑っている。
「でもそこまで進んでるんなら、親がどうこう言う話じゃないよわね、お父さん」
「いや、そういう関係あるなしに関わらず、青葉ちゃんはいい子だと思うよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「彪志、あまり受験勉強が忙しくならない内に、夏休みにでも1度、富山に行って、青葉さんのお母さんにも挨拶してきなさい」
「だね、行ってくる」
その日は15時くらいまでお母さん・お父さんを交えて居間で団欒をし、その後彪志の部屋にふたりで行って、少しふたりだけの会話をした。さすがにセックスまではしなかったが、しっかり抱き合ってディープキスをした。
「さすがに下の階に親がいる状態でセックスはできないな」
「ふふふ。したかった?」
「そりゃしたいさ。でも今日は我慢しないといけない日のようだ。ああ、折角アレ買ったのにな」
「わあ、買ったんだ」
「これ」
と言って、彪志はスポーツバッグの中の手帳の間から、避妊具を取り出した。
「面白い所に入れてるね」
「よく持ち歩くものに入れとかないとね。学生鞄にも入れてるよ。でも友達に見られたくないから隠し方は悩んだ。箱や説明書は買ってすぐにコンビニのゴミ箱に捨てた」
「うふふ」
「青葉」
「うん?」
「セックスしない代わりに、胸触らせて」
「いいよ。いつも触ってるくせに」
と言うと、青葉は彪志の手を取り、自分の服をめくって、ブラジャーの上に直接彪志の手を接触させた。
「あ・・」
「ん?」
「だっていつも洋服の上からだったのに」
「私の身体は全部もう彪志のものだよ」
「あ、えっと・・・・・」
「だから、胸以外の場所でも、どこにでも触っていいよ・・・・どうしたの?」
「やりてぇ・・・・無性にやりてぇ・・・・」
「あはは、今日は我慢ね。ちょっと可哀想だけど」
その後は彪志とはごく普通の会話を重ねた。1時間ほど話していた時、その話題が出た。
「そういえばさ、昨夜、俺の夢の中に青葉が出て来たよ」
「あはは、それ私、覚えがある」
「え?あれ実の青葉なの?」
「私、無意識に友達とかの夢に勝手に侵入しちゃう癖が昔からあって」
「俺、青葉の夢はしょっちゅう見てるけど、昨夜の青葉は妙に実感があるなと思ったら・・・・」
「星の見える公園で散歩しておしゃべりしたね」
「うん」
「でもね、彪志の夢には今まで1度も入ったこと無かったんだよ。ある程度の付き合いのある人なら、老若男女問わず、私無差別に侵入しちゃうのに」
「へー。じゃ俺の夢に侵入したの、昨夜が初めて?」
「うん。なんで彪志の夢にだけ侵入することないのかな、って思ってたんだけど、こないだ菊枝と話していて、それは多分私が彪志にちゃんと向き合ってないからだって言われた」
「・・・・・」
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